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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
ソ連の長い手
  崩れ落ちる赤色宮殿  その3

 混乱する市外の喧騒を余所に重武装の車列が一路ハバロフスク空港に向かう。
周囲を装甲車で固め、軍用道路を驀進(ばくしん)し、去っていく姿を市民は唯々見守っていた。

 走り去る車の中で、男達は密議を凝らしていた。
「議長、空港にはすでに大型ジェットが用意してあります。
そこよりウラジオストック経由でオハ(北樺太の都市)に落ち延びましょう…」
「アラスカの件はどうなったのかね……」
不安そうな顔をするソ連邦議長の愁眉を開かせようと、KGB長官は語り掛けた。
「議長。心配なさいますな……。我等が手の物がすでに米国議会に潜入して居ります。
我国の領土となるのも然程時間が掛かりますまい」

 車から降りた一行は、大型旅客機のイリューシン62に乗り込むべくタラップに近寄った。
その直後、唸り声をあげた自動小銃の音が響き渡る。
AKM自動小銃で武装し、茶色い夏季野戦服を着た集団が議長達一行を囲んだ。

 彼等を掻き分ける様にして深緑色のM69常勤服を着た将校が、マカロフ拳銃を片手に現れる。
「同志議長。残念ですが、この飛行機は我等GRUが使わせて頂くことになりました」
官帽を被った顔を向けると、不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
「5分後にはここはスペルナズの空挺コマンド部隊が襲撃する手はずになって居ります。
貴方方は日本野郎(ヤポーシキ)と共にこの場で討ち死になされる運命……」
 黒い革鞘に入ったシャーシュカ・サーベルを杖の様にして、身を預けるKGB長官。
彼の口からGRU将校に疑問を呈した。
「此処を爆破すれば、貴様も生きては帰れまい。違うか……」
将校は不敵の笑みを浮かべるばかりで、ただ拳銃を向けた手を降ろそうともしなかった。

 間もなくすると、羽虫の様な音を立てた航空機が3機、空港上空に現れた。
茶色い繋ぎ服を着て、厚い綿の入った降下帽をかぶった集団が落下傘で降下してくる。
「我々の負けの様だな……」
議長は観念したかのように呟いた。
「持って回った言い方をなされますな、同志議長。
あなた方の殺生与奪は既に我等の手の中にあるも同然です」

 60名ほどの空挺兵士達は着地をすると、姿勢を正してソ連首脳を囲む様にして駆け寄って来る。
「同志議長、核爆弾操作装置をこちらにお渡しいただけませんかっ!
言う通りにしていただければ脱出用の航空機も爆破せず、あなた方の生命も保証しましょう」
議長はKGB長官の方を振り返る。
「此処は逆らうべきではありませんな……。いう通りにしましょう」
男は不敵な笑みを浮かべる。

 議長は、トランク型の核ミサイル誘導装置をGRUの将校に手渡す。
受け取った男はひとしきり笑った後、態度を豹変させる。
「皆殺しにして、イリューシン62は我等が頂いていく」
「了解しました。同志大佐!」

 何処から聞きなれぬ自動小銃の音がすると空挺部隊の兵士達は姿勢を低くして、小銃を構える。
槓桿を引き、弾倉から薬室に銃弾を送り込むと射撃姿勢を取る。

大佐は、KGB長官をねめつける。
「こいつらは捨ておけぃ!どうせ死ぬ運命だ」
そう言い残すと足早にジェットに乗り込んだ。

 空挺兵士の乗ったイリューシン62は、轟音と共に離陸準備を始めた。
ソ連首脳陣は、空港の端の方に逃げるべく滑走路を横断し、ターミナルビルの方へ駆けこむ。
ふとKGB長官は立ち止まると、遠くより駆け寄って来る兵士達に敬礼をした。
 カーキ色の開襟野戦服に編上靴。『パナマ』と呼ばれる鍔の広い防暑帽を被った一群。
彼等は、KGB虎の子の部隊である、アルファ部隊の兵士達であった。
遅れて来た兵士達に指示を出す。
「裏切者どもを撃ち殺せ!」

 無線機を持った兵士が、空港に待機しているストレラ-10に連絡を入れる。
即座に赤外線誘導ミサイルが発射されると、ロケット弾は直進し、航空機に衝突。
爆音が響き渡ると同時に閃光が広がった。



 眩い閃光と共に白磁色の機体が滑走路に出現した。
天のゼオライマーは、ハバロフスク市内より空港に転移してきたのだ。
ゼオライマーより飛び降りて来る、帝国陸軍の深緑色の野戦服を着た男。
着地すると、姿勢を正すより早く拳銃を取り出す。
右手に構えた長銃身の回転拳銃(リボルバー)をソ連邦最高会議議長に向けた。
ピストルは火を噴くと、議長の眉間を一撃で貫いた。

 巨大ロボの出現に唖然とする彼等の目の前で、ソ連邦議長は暗殺された。
回転拳銃を片手に、ソ連首脳に近づいて来る。
「何者だ。貴様は……」
男は、不敵な笑みを浮かべつつ、ドイツ語で答えた。
「俺は木原マサキ……天のゼオライマーのパイロットさ」 

 KGB長官は怒りのあまり、身体を震撼させる。
右の食指でマサキを指差し、こう吐き捨てた。
「こやつを殺せ!」
 周囲を警護する側衛官達が自動拳銃を一斉に取り出す。
雷鳴の様な音が周囲に響き渡ると同時に、 濛々と立ち上がる白煙……

 轟音の後、横たわる首相の遺体を前に側衛官の一人が呟いた。
「あなた方の指示が原因で、ソ連はゼオライマーに荒された……。
それが今はっきり判りました。その責任を首相に取ってもらったまでです」
唖然とするマサキを余所に、ソ連人たちは内訌を始めた。
「勿論、貴方にも責任を取ってもらいますよ……長官」
政治局員の一人が、重い口を開いた。
「だが、その前に聞きたい。木原マサキの抹殺命令は、国益の為か……」
KGB長官は一頻り哄笑した後、彼等の方を振り向く。
「そうだ。ソ連国家100年の計の為、私は木原の抹殺を指示した。
残念なことにその企てを知る首相を君達は殺してしまったのだよ……」




「嘘を抜かせ。はなから俺の事を狙っていたではないか。違うか……」
マサキは、ソ連人の間を掻き分けると、KGB長官に相対した。
「遺言があるのなら、俺が聞き届けてやるよ」
彼は、インサイドホルスターに回転拳銃を仕舞うと男の方を向いた。

 長官服を着た老チェキストは、右に立掛けたサーベルを取ると、鯉口を切る。
老人は、流暢なドイツ語でマサキの問いに応じた。
「この場所に君が来た時点から、君の負けは決まっていたのだよ……。木原マサキ君」
抜き身のサーベルを、マサキの方に向ける。
 サーベルを振りかぶり、マサキの顔に近づける。
頬を白刃でひたひたと叩く。マサキは身動ぎすらしなかった……。

「木原よ……聞こう。貴様の望みとは何だ」
マサキは鋭い眼光で、目の前の老人を睨みつけた。
「俺の方こそ聞きたいね……何故俺を付け狙う」
薄く色の付いた眼鏡のレンズが夏の日差しを受け、怪しく光る。
「私個人の感情としては我が甥ゴーラ(グレゴリーの略称)の(かたき)を取らせてもらうためとだけ言っておこう」
黒く太い秀眉を動かす。
「ゴーラだと……聞いた事がないな。そんな雑兵」
老人は、左手で色眼鏡を取ると懐に仕舞った。
「せめてもの慈悲だ、教えてやろう。ゴーラはKGBの優れたスパイとして東ドイツに潜入。
シュタージの少将にまでなった。その名をエーリッヒ・シュミットと変えてな!」

「故に貴様の動きは逐一この私の耳に入ったのだよ……。
今頃は駐留ドイツ・ソ連軍の中にいるKGB部隊が暴れ回る手筈。
シュトラハヴィッツ少将と忌々しいベルンハルト中尉、議長諸共殺している事であろう」
マサキは、一頻り哄笑する。
「何がおかしい」
じりじりと歩み寄ると、腰のベルトから何かを差し出す。
「今の話……、すべてばっちり記録させてもらった」
そう言って、右手に握った携帯レコーダーを見せる。
「貴様……」

 吊り紐で背負ったM16自動小銃を取ろうとした矢先、六連式のナガン回転拳銃が火を噴く。
「お互い銃は抜きだ……、お前も日本野郎(ヤポーシキ)であろう、侍の末裔だろう。
剣技で決めようではないか」
 そう言って拳銃を捨てると、サーベルを振りかぶる。
マサキは思わず後ろに引き、間一髪のところで一撃を避ける。
「死ねぃ!」
背を向けて、その場より退いた。

 銃を抜こうとする兵士達に向けて、長官は言い放った。
「諸君。手出しは無用だ、私の好きなようにさせてくれ。
ソ連を守る盾であるKGB長官の私が、今こそ、このたわけ者に思い知らせてやるのだ」
剣を構えたKGB長官は、さながら憤怒した豹を思わせた。

 マサキは失笑を漏らした後、M16小銃から20連発の弾倉を外して捨てた。
「面白い。茶番に付き合ってやろう」
左腰より銃剣を抜き出すと着剣する。そして刃の先を、老人に向けた。

 薄ら笑いを浮かべる老人は、サーベルを持ちながら段々とにじり寄って来る。
マサキの繰り出した銃剣の一撃を難なく交わすと、彼の動く方に刃先を向ける。
「あっ……」
マサキの顔に、不安と躊躇いの色が浮かんだ。
もう一度、銃剣を繰り出すも、サーベルを払い落とすどころか、寸での所で弾き返されてしまう。
火花が散り、カチンと鈍い金属の音が不気味に響き渡る。

「何を怯えている。さあかかってこい、木原よ」
老人は、左手で煽る様にマサキの事を手招きする。
 マサキは再び小銃を構えるが、負けを悟った……。
このままでは勝てない……。
 だが薬室には、挿入した5.56x45ミリ NATO弾が一発は入っている。
至近距離なら外しはしまい……。
 戦いとは情け無用なのだ。KGB長官のお遊びも終わりにしよう……。
僅かばかりの勇気を振り絞って、男の胸目掛けて銃剣を着き出す。
老人は身をかわすと、左手で銃身を握りしめ、サーベルで彼の肩から切りつけた。
刀は背中から着けていた×字型の背負紐(サスペンダー)の留め具に当たり、火花を散らす。
 力いっぱい小銃を振り回して、老人の手から離す。
マサキは、胸元に銃口を突き付けると躊躇いなく小銃の引き金を引いた。 
 

 
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