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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  皿洗いと町開き


キリトとアスカ2人は皿を洗う作業を黙々と繰り返す。

この〈洗う〉という作業は〈料理スキル〉の熟練度とは関係なく行えるので、キリトにも手伝うことが可能だ。
先ほど自分で言っていたように(あくまで本人の主張ではあるが)、キリトは別に不器用ではない。
皿洗いなど学校の家庭科授業の調理実習以外では経験が無いが、以外と滑らかな動きで汚れを落として、水気を拭き取る。

その横でキリトの手つきを見ていたアスカが何故か少しだけ驚いたような顔をしている。

「どうした?」

居心地の悪くなったキリトが思わず訊ねる。

「料理できないんじゃないのか?」

どうやら先ほどのエギルとクラインの会話が聞こえていたらしい。
二人がいないからか、敬語ではなくなったアスカの問いに返す。

「アスカまで失礼だな。やったことが無いだけで、やれば出来る。それに皿洗いなんて誰がやっても一緒だろ?」

現実世界なら洗剤で滑りやすくなったお皿が持ちにくかったり、手際のいい人と悪い人では作業時間に違いがあるだろうが、この世界では〈物を持つ状態〉はプレイヤーが意図的に放そうと力を緩めることが無い限り保たれるし、一定時間洗い流せば〈汚れ〉は確実に消える。

「まあ、キリトらしい考え方だな」

キリトの答えに対してアスカは苦笑しながら、返答と取れるか取れないかよく分からない返事をする。


余談だが、アスカはキリトの女性アバター用プレイヤーネーム〈キリカ〉を知っており、キリトは二人きりなら使っても良いと言っているが、基本的にずっと〈キリト〉で通している。

単純に二人で話すような機会が少ないこともあるが、アスカ曰く、両方使っていると他のプレイヤーと話している時にも間違って使いそうになるらしい。

じゃあなんで聞いたんだよ? とキリトは疑問に思っているが、他のプレイヤーの前で〈キリカ〉の名前が明かされるリスクが無いのなら特に文句はない。

またしても会話が途切れてしまう。
いくら借り物の宿屋とはいえ、自分の部屋に知り合いの男性プレイヤーと二人きりでいることにキリトは内心結構焦っていた。
まあ、相手はあのアスカなので何も事が起ころうはずもないし、万が一、億が一のことがあっても、こちらには黒鉄宮へとご案内できるシステム的保護があるので問題はない。
とはいえ、実際に事が起こる可能性がある状況はそれだけで気まずくなるものである。

居心地悪いことこの上なく、キリトは懸命に振る話を考える。
アスカはさして気にしていないような様子で皿洗いを進めている。
それから数秒後、

「・・・・きょ、今日のボス戦お疲れ」

と、自分の口から出た言葉に自分で、なんだそりゃ!? とキリトは言いたくなった。
自分がコミュ症な自覚があるが、よもやここまでとは驚いた。
どう考えても皿洗いしながらする話ではない気がするし、この打ち上げ自体がボス攻略のお祝いだったのだ。

アスカも急な話の振りに戸惑ったのか、

「ああ・・・・お疲れ」

と、オウム返しのような返事をした。
しかし、ここでまたしても会話を途切れさせるわけにはいかないので、キリトは続けて言う。

「まあ、今日のボス戦わたしは楽だったけど」
「確かに26層のボスはそこまで強くなかったからな」
「それもあるけど・・・・・・やっぱりアスカの指揮能力が高かったから戦闘がスムーズに運んだよ。今まで一度も経験無かったのに凄いな」
「まあ、団員達が調べてくれた情報をまとめて、相手の攻撃パターンに合わせて指示を出すだけだからな」

キリトの賞賛に対して照れることもなく、事も無げに言い切るアスカ。

「それが凄いって言ってるんだけどな」
「そうなのか?」
「そうそう。今までパーティーの指揮を執ってたリンドなんてすっごい悔しそうな目してたからな」

少しだけ笑いながらキリトが言うと、アスカは逆に嫌そうな顔をする。

「好意的でない視線は感じてたけどな・・・・誰がボス戦の指揮をしたって変らないから気にする必要ないだろ」
「みんながみんなアスカみたいにボスに勝てさえすれば満足、ってわけにはいかないからな」

リンドからすれば、ボス戦でリーダーを張ることによって自分が攻略組最強のギルドのリーダーであると知らしめたいのだろう。
それがぽっと出の〈血盟騎士団〉にどちらの役割も奪われてしまったらたまったものではないはずだ。

実際、キリトもボス戦に参加しているのは、この世界からの解放のためという側面もあるが、ボス戦で獲得できる膨大な経験値とレアなアイテムのことを考えていない、と言えば嘘になる。

「別に俺だってやりたくて指揮取ってるんじゃないし、代わりたいならリンドに任せてもいいんだけど―――」
「それは無理だろね。どう見てもアスカの方が上手だったし」
「・・・・団長にも『君の方が確実にうまくやれるはずだ』って似たようなこと言われたよ」

苦笑するアスカ。
団長、とは間違いなくヒースクリフのことだろう。
キリトは思い切って気になっていたことを訊ねた。

「・・・・何で〈血盟騎士団〉に入ったんだ?」

自然と口から零れた疑問にアスカはすぐには答えなかった。
慌てて付け加える。

「あっ! いや、別に悪いことだとは思ってないし、むしろギルドに入ることを進めた身としては嬉しいんだけど、あんなに頑なにギルドの勧誘を蹴ってたのに、どうしてかなって思っただけで・・・・」

最後は消え入りそうな声だったが、何とか言い切ったキリトはアスカの返事を待つ。
しばらく考える仕草を取っていたアスカはおもむろに口を開く。

「・・・・・・団長が一番攻略に真面目って気がしたからかな」
「真面目?」
「なんて言ったらいいんだろな・・・・・・確かに〈ドラゴンナイツ〉とか〈風林火山〉も攻略組ギルドとして活動してるけど・・・・あの人は本当にボス攻略に全てを賭ける、みたいな感じだったから・・・・かな」

それはキリトも少なからず同意できるので、頷く。
まるで感情を表に出さない男だが、ヒースクリフはいざボス戦となるとかなり積極的に活動する。
この間など、一人でボス戦に必要な情報を集めてキリトは凄い、と思うより呆れた記憶がある。
まあ、アスカも超生真面目攻略組メンバーなので、そこらへんが気が合ったのだろう、と解釈する。
そこで、アスカは少しだけ遠い目になる。

「まあ、実際に入ってみたら意外とノリのいい人が多くて困ったけどな。制服なんて俺と団長に無断で作成してたからな・・・・・・」
「やっぱりあれ、アスカが選んで着たわけじゃないんだ」
「当たり前だろ。最初はそんな派手な制服は着ないって言ったんだけど、完成させるまでにありえないほどのコルを注ぎ込んだからって、経理のダイゼンさんに泣く泣くお願いされて仕方なく・・・・」
「・・・・着た、と」

今度はアスカが頷く。

「それに団長が『アスカ君が先頭に立った方がより効果を狙える』とか言ってきたから少しヤケクソ気味になって酒場に突入したし」

どうやら見た目の完璧は雰囲気とは異なり、ギルド内では中々に楽しげなことが起こっていたらしい。
思わず笑ってしまったキリトはそのまま口を開く。

「まあ、確かに効果は抜群だったと思うよ。クラインやわたしはともかく、エギルでさえびっくりしてたからなー・・・・・・今まで散々地味目な装備を纏っていたアスカがあんな超ド派でな服装でやって来るとはさすがに予想外」
「・・・・キリトだって黒一色だろ」

キリトが少しからかうと、素早くアスカから反撃をくらってしまう。

「うぐっ・・・・わ、わたしは変装するために仕方なく黒色の装備にしているだけであって決して好きこのんでああしているわけじゃない」

本音を言えば服装をコーディネートするのが面倒なので、黒一色の方が楽という理由も含まれてはいるが黙っておく。
しかし、一年近くの付き合いでキリトがそういうことに無頓着であると概ね理解しているアスカにうろんな目を向けられる。
キリトは焦って補足説明を行う。

「ほ、ほら。私服は黒じゃないだろ?」

今のキリトはシンプルなデニムのショートパンツに無地の白色Tシャツ。
女の子らしいかどうかは疑わしいが、断じて男っぽい服装ではない。

「まあ、黒色ではないな・・・・」
「だろ?」

そこで、ふと思い出したようにアスカが疑問を口にする。

「あれ? 何で女物の服着れてるんだ?」

キリトは性別を偽って男としてこの世界に入ってきている。
当然、アバターの設定は男のままのはずだ、とアスカは判断したのだろう。

キリトはウインドウを開きながら答える。

「いやー、茅場も少しは優しさを持ち合わせていたみたいで、本来の性別とアバターの性別が違う人だけは、両方の性別の服を着ることができるように設定変更できるんだよ」

このことは基本的にネカマしか知らない情報なので、アスカが知らないのも無理ないだろう。

「・・・・それもそうか。キリトはともかく、男性プレイヤーが女性プレイヤー用の服しか着れないのは色々と問題がありそうだよな・・・・」

ボソリと呟いたアスカの台詞にキリトも同意する。
本当に色々と問題がある。
見た目とか、外見とか、ルックスとか。

「わたしは男物しか着れなくても何とかなるからいいけどな・・・・。コートとかは男性プレイヤー用の着てるし」
「そうなのか?」
「女性プレイヤー用のコートで真っ黒な品がどこにいっても見つからないんだよ・・・・」

数多くの店を渡り歩いたが、丈の長くオシャレのオの字も無いような機能性重視の黒コートなど見つかるわけもなく、早々に断念した。

「結構苦労してるんだな・・・・」
「まあ、ボス攻略会議で話し合う時に比べたら全然マシだけどな・・・・・・って、何だ?」

そこで、急にキリトの元へとメールが一通届く。
皿を置いてウインドウを操作して確認すると、差出人はクライン。
内容は、

“一人暇だから早く来いよう!”

なるものだった。
その内容をキリトがアスカに伝えると、アスカが笑う。

「じゃあ、早く終らせないとな」

言いながらアスカは残り数枚しか残っていない皿に手を伸ばした。
キリトも同様に皿洗いを続行。
ものの数分で終えた二人。

アスカは調理器具をアイテム欄にしまい、外に出ようと扉に手を掛ける。
が、やはり行くのが億劫なキリトは、

「やっぱり行かない・・・・とかダメかなー・・・・」

と言う。
それにアスカは、

「クラインさん一人待たせておくのも悪いだろ」

と返してくる。

クライン一人待たせるくらいで済むのならやっぱり行かないでおこう、と言いかけたが、往生際が悪いと自覚のあるキリトは隠さずに盛大に溜息を付いた後、アスカを追って宿屋を出た。



転移門まで近い宿屋に泊まっていたので、すぐに第27層主街区に到着したキリトとアスカ。
アスカの後ろで転移門に入ったキリトは、目の前の光景に驚きを隠せないでいた。

この層の転移門が有効化されてからまだ5時間近くしか経過していないというのに、既にエギルのような商人プレイヤーや鍛冶プレイヤーがカーペットに所狭しと商品を並べて、行き交う人々と交渉したり、他にも観光目的で来たプレイヤーが出店の食い物片手に数人で談笑しながら、大通りを闊歩している。

転移門近くの売店を覗き見していたクラインが二人に気づいて歩み寄ってくる。

「遅かったじゃねえかよ」
「一枚一枚丁寧に洗ってたんだよ」
「えっ、キリトも手伝ったのか?」

信じられない、みたいな顔をするクライン。

「失礼な奴だな。それくらい当然だろ」
「いやー、おめえが女らしいことしたのこれが初めてじゃね?」

本当に失礼な奴だ。

「クライン。今度は上に打ち上げてやろうか?」
「すいませんしたーっ!」

キリトが右足を蹴り上げるような体制になると、さきほどタンスにめり込んだ記憶のあるクラインはすぐさま勢いよく謝った。




クラインを謝らせたキリトが落ち着いたところで、3人は今後の予定を考える。
街開き初参加のキリトにはどうしたらいいのか分からないので、クラインとアスカの意見を尊重する。
アスカが「どこでもいい」と答えたので、2人の視線がクラインに移る。

「んなこと言われてもな・・・・。俺だって別にそう何度も来たことがあるわけじゃねえしよ・・・・」

クラインが頼りないことをぼやいている。

「人を無理矢理連れてきといて何だよそれは」
「うっ・・・・、まあ、いいじゃねえか。適当に歩いていたらいいだろ!」

形勢不利と判断したクラインは逃げるように先頭に立って歩き出す。
まあ、確かに祭りなので適当にぶらつくのも悪くないだろう、と考えを改め、キリトとアスカは後を追おうとして、あることに思い当たりぴたりと足を止める。
隣のアスカも静止してキリトの方を向く。

「どうした?」
「いや、この格好まずくないか・・・?」

言いながらキリトは自分の姿を見下ろす。
今のキリトは、外に出ると言われて部屋着のままのショートパンツに上はTシャツ一枚のシンプルな出で立ち。
別に部屋着で出てきたことが問題なのではない。
どこからどうみても女の子の格好であることが問題なのだ。
キリトの言わんとすることを理解したアスカ。

「あー・・・・、どうする?」
「うーん・・・・・流石に祭りの中をフードケープ被って渡り歩くのはなー」
「あの格好で彷徨いてたら、誰かに通報されるぞ」

もちろん、この世界に警察なんていないので、アスカの言ったことは冗談だが、周りから奇異の目で見られることは間違いない。

「諦めてその格好で行こう。逆に女の子っぽい服装で堂々としてたら、ばれることもないだろ」
「まあ、そうかもしれないけどさ・・・・」
「それに、俺も祭りを一緒に歩き回る奴が黒ずくめの変質者姿だと嫌だ」
「うぐっ・・・・」

それは同意見なので渋々女の服装のままで、キリトは街の大通りへと向かった。


大通りの中に入れば、それなりに女性プレイヤーの姿も目に入ったので、自分だけが注目される心配はないだろう、とキリトはほっと胸をなで下ろす。
こんな所で誰かに素性がばれたら、明日の朝刊(この世界にも数ページだけの物だが、新聞が存在する)には

“衝撃の事実!! 〈悪の黒ビーター〉黒の剣士の正体は女!!!”

などと1枚目の見出しに書かれることになるだろう。そんなことになるのは本当に御免だ。

まあ、女性プレイヤーというだけでそれなりに視線が周りから集まる物なのだが、幸か不幸か、隣には平凡な見た目の女性プレイヤーの数倍人目を寄せる男性プレイヤーが存在しているので、たいていのプレイヤーはそちらに目をやっている。

「ねえ・・・あれ、〈血盟騎士団〉の副団長のアスカ様じゃない!?」
「そうだよね! あたしも今日の新聞に顔写真載ってるの見たよ! 格好いいよねー!」

女性が上げる黄色い声って漫画の中だけだと思ってたな~・・・・・・・、とキリトは頭の中で感想を言う。

男性からのみならず、女性プレイヤーからも注目を集めている張本人のアスカ様は少し不機嫌な顔をしている。
どうやら、どこかの新聞発行者に記録結晶でばっちりと顔写真を取られて、今日の夕刊で全プレイヤーへと情報が発信されたらしい。

「・・・・肖像権とか無いのかよ」
「まあ、こっちの世界には法律が無いからなー。索敵スキル上げてたら、こっそり尾行している人に気づけるようになるよ」
「・・・・・あのスキルの熟練度上げ、発狂するほど地味だから遠慮する」

どうやら、アスカにはあの地味な作業が向かなかったようだ。
かくゆうキリトも別に好きではないが、ソロプレイヤー必須スキルなので、我慢して頑張っている。

「元からある程度有名だったのが、更に一段階レベルアップしただけだと思えば?」

アスカはソロプレイヤーとして攻略組にいる時からその容姿で人目を引いていた。
本人は知らないかもしれないが、写真が裏で出回っていたほどだ。

「思えない」
「さいですか。じゃあ、アスカがフードケープ被る?」
「却下」
「ですよねー」

と、そこで前を1人で先先歩いていたクラインが振り向く。

「おーい、俺だけぼっちにさせる気かよー」
「1人で先走ったのはそっちだろ」
「んなつれないこと言うなよ。で、どうする?もう飯くっちまったからな」

先ほどアスカの手料理をたらふく食べたばかりだ。
別にまだ食べれないこともないが、過剰な味覚信号によって数日間仮想の膨満感に悩まされることになる。

「んー・・・・、っと、あれ何だ?」

キリトの指さした方向にアスカもクラインも視線を移す。
そこにあるのは、1つのショップ。
ジュースを売っているお店らしく、でかでかと看板に“メロンクリームソーダ!!”
と書かれている。
先ほど飲んでいたメロンソーダ似のジュースは不味かったので、今度は美味しいかもしれない。それにクリームというのが気になる。
アスカも一料理人としてクリームの存在に心引かれた様子だ。

「じゃあ、あれに寄ってみるか」

クラインも了承したところで、3人でそのお店に向かう。
暖簾のような物はなかったので、近づきながら店の中を窺う。
〈ベンダーズ・カーペット〉の上に様々な調理器具が山ほど、それでいて綺麗な配置で並べられている。テーブルの上には3種類の大きさのグラスが置かれており、好きなサイズを選べるらしい。
一番驚いたのは、その店の主が女性プレイヤーであることだろうか。しかも結構な美人さん。
ずかずかと店内まで歩いていたクラインが店主が女であると分かると、途端にピッキーンと体を硬直させる。

「あら、いらっしゃい。3人ですか?」

そんなクラインの挙動不審をも軽くスルーしながら、店主の女性プレイヤーは落ち着いた声音で話しかけてくる。最初から予想していたことだが、NPCではないようだ。
動けないクラインの代わりに隣のアスカが流石の対応力で受け答えする。

「はい」
「サイズはどうしますか?」
「俺は真ん中のやつで。この人も同じ物を」

横にいるクラインを指さしながらアスカが注文を済ませる

「そちらのお嬢さんは?」

キリトは自分が訊ねられていることに数秒気がつかなかったが、遅まきながらに女の格好をしていることを思い出す。

「うーん、お味はどうですか?」

ちらちと店主の方を見ながらそう言うと、店主が笑みを作る。

「味には自信があるわよ。不味かったら代金返金してもいいわよ」

胸を張る女性プレイヤーを見て、キリトも不敵な笑みを浮かべる。
こういうスタンスのプレイヤーはまったくもって嫌いではない。

「じゃあ、一番大きいサイズで」
「ありがとうございます」

女性は慣れた手つきでウインドウを操作。緑色の液体が大量に入った鍋のようなものと、こちらは銀色のボウルに入ったクリームを取り出し、鍋の中の緑色の液体をグラスに注ぎ、その上にクリームを載せる。
できあがったグラスをそれぞれに渡してくれる。
ようやく復活したクラインも含め、3人とも早速ジュースを口に含む。

「美味しい・・・・」
「でしょ?」

キリトの口からぽつりと漏れた感想に女性が当然、とばかりにウインクをする。
現実世界のメロンソーダに比べると少し甘みが足りなくて苦みが強き気がするが、クリームの甘さがまろやかな味にしてくれる。

「耐久値が切れるのがもの凄く早いから、少しだけ急いでね」

女性からの言葉を聞くまでもなく、3人は一瞬で完食した。


「どうも、ご馳走様でした」
「また来てねー。イケメン君と可愛いお嬢さんならいつでも大歓迎だよー」

最後までろくに会話に参加しなかったクラインを引っ張りながらキリトとアスカは店を出る。

しばらくして、

「くそっ! あの美人さんとフレンド登録すればよかったぜ!!」
「ラグってたくせによく言うよ」

と、復活したクラインの悔恨の叫びを軽くあしらいながらさらに大通りを進んでいく。
気になる店を覗き込みながら歩くこと数分、大通りの中央の円形に広がる広場にたどり着いた。
更に一段階熱気が籠もっている気がする。広場を取り囲むように寄せ集まっている人々からの歓声が身を叩く。

その理由は直ぐに分かった。
広場中央から聞こえるのは金属同士がぶつかり合う甲高い衝撃音。
様々な色のライトエフェクトが輝いている。

「おおっ!模擬戦やってるみてえだな!」

クラインが少しだけテンションを上げている。
かくいうキリトも少しだけ興味がそそられている。

模擬戦とは圏内で行う戦闘のことだ。
圏内ではいかなる手段を用いてもHPが減少することがないので、主に訓練のために行われるが、このようなお祭りではショーとして開催されることもある。

どうやらタッグ戦のようで、4人が広場中央でソードスキルを連発している。
しかし、片方のペアの力量が明らかに下だ。キリトの予想通り、十数秒後には広場中央からそのペアが弾き飛ばされる。
勝った2人の横に司会役の男が飛び出してきて叫ぶ。

「さー! 次の挑戦者はいないかー! 男女ペアによるタッグ戦、見事10連勝したペアには豪華賞品をプレゼント!! 男性プレイヤーにはアインクラッド1の裁縫師アシュレイさんお手製のダークコート! 女性プレイヤーには最高級の調理器具セット!!」

豪華賞品の中身を聞いてキリトとアスカが大きく反応する。
お互いの視線が交錯する。

キリトの狙いはコート。アスカはおそらく調理器具が目当てだろう。

それだけで意思疎通は完了した。
アスカが細剣を取り出し、キリトも同じように片手剣をオブジェクト化。

「おい、まさかおめえら参加するつもりか?」

後ろに立っていたクラインが恐る恐る訊ねてくる。

「ああ。デュエル形式じゃなくて、ただ広場中央から相手を弾き飛ばしたら勝ちみたいだからウィナー表示で名前がばれる心配もないし、大丈夫だろ」
「いや、でもよぅ・・・・」
「それに、わたしとアスカなら10連勝くらい余裕だろ」
「そういう問題じゃあないだろ・・・・・」

呆れた様子のクラインを放っておいてキリトとアスカは広場中央へと足を進めた。

それから10回ほど広場中央から凄い勢いで吹き飛ぶ人影が見えた(クライン談)。



「キーちゃん、何やってるんだヨ・・・・」

フードケープを目深に被った女性プレイヤー、アルゴのぼやきは早朝の薄暗い路地裏に木霊して消えた。
情報屋アルゴがかき集めた情報の中には1つのシャッター写真が。
その写真の中で鬼神のごとき強さで他の女性プレイヤーをボコボコにしている黒髪の少女は、どこからどうみてもアルゴの数少ない同姓のフレンド登録者であり、性別を偽っているはずの少女。

アルゴは〈悪の黒ビーター〉となった彼女に関する情報は売らないようにしている。
数ある情報屋の中でもダントツの情報収集能力を持つアルゴが動かない以上、彼女の素性がばれる心配はないはず・・・・だった。

もう一度写真をじっくりと見たアルゴは深く溜息を付く。

こんな写真が出回れば、キリトの正体がばれる可能性は急上昇するだろう。

「仕方ないナ。また報酬をたんまりと貰うだけで許してやるカ」

情報屋として個人的感情を商売に持ち込むのは良しとしていないが、数少ない同姓のフレンドの危機だ。少しくらい動いたところで罰は当たらないだろう。
そう判断したアルゴはこの情報の出所を掴むために薄暗い夜明けの裏道へと姿を消した。




それからいくら経とうとも、その時の女性プレイヤーの情報が表に出ることは無かった。
 
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