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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
  欺瞞 その4

「たった一人の人間……、
それも黄猿(マカーキー)にドイツの組織を潰され、おめおめと逃げ帰ってきた」
窓辺より、ハバロフスク市街の景色を眺めながら、KGB長官は応じた
「それで済むのかね」
釈明の機会が与えられた男は、グルジア訛りの強いロシア語で返す
「申し訳無()え話です、長官(アニキ)
男は東欧KGBの諜報責任者で、表の肩書はドイツ民主共和国駐箚大使でもあった
「しかし、東西ドイツでの工作は多大な益を党に(もたら)しました……。
投入した工作員の秘密組織網、BETA侵略に遭っても健在です」
額から流れ出る汗を、懸命に拭き取る
「東欧から引き揚げても、良い頃合いじゃねえんですかねぇ」
彼の方を振り向くと、グルジア語で返した
「その、木原という男を抹殺()して居たら、お(めえ)さんはソビエトへ(けえ)って()れたかい」
 木原マサキ誘拐事件
当該事件は、結末から言えば国際関係に多大な影響を及ぼした
チェコスロバキアやポーランドは表立って外交官追放という形で、反ソの姿勢を内外に示すという行動に出る
ハンガリーに在っては外交使節団の追放ばかりではなく、ハバロフスクに対し、最後通牒とばかりに大使館を引き上げてしまったのだ
 もっとも、駐留ソ連軍が、ベルリンで行動しなかった事も影響があろう
赤軍とKGBの亀裂は、この事件を結果として日に日に増していった

 暫しの沈黙の後、長官は何時もの如くロシア語で応じた
訛りの無い流暢な発言で、話す
「国外のドイツでは、貴様がKGBのトップだが、ソビエト国内では違う。
ただの末端にしか過ぎぬのだよ」
再び、正面の窓を見据える
「帰って来ぬであろうな」
後ろ手に腕を組んで、背を伸ばす
「常々、私に話してくれたではないか……。
戦争というのは負けたら御終いだと言う事を」
ちらりと、顔を背ける
「露日戦争の結末がどうであったか、憶えているかね」
正面から振り返り、男の方に体を向ける
「君の様な敗北主義者……、東欧諜報責任者の地位は、後進に道を譲り給え」
「お待ち下せえ、ア、アニキ」
額に青筋を張って、言い放つ
内務人民委員会(エヌカーヴェーデー)以来の同輩の仲、今日限りだ」
1930年代のNKVD以来の老チェキストを冷たくあしらう
男の運命は既に決まってしまった
「今一度、機会を頂けねえでしょうか……」
それでも猶、一縷の望みをかけて懇願した
「必ず木原を抹殺して、東欧の組織を立て直して見せます」
静かにドアが開く
振り返ると、彼に自動拳銃を向けて立つ数人の男達が居た
「き、貴様!」
消音装置(サプレッサー)の付いたマカロフ自動拳銃を男の面前に突き出す
「貴様呼ばわりは()えだろう、俺はKGB第一総局長だ……
その俺が、あんたの最期を見届けてやるんだよ」
拳銃の銃把を握りしめる
「消えてくれるか」
不敵の笑みを浮かべ、引き金を引く
「待ってくれ、俺はソ連外交の要の……」
自動釘打ち機の様な音が響き、男は倒れ込む
来ていた背広より、血が滲む
「任務に失敗した……、党とのしての示しを付けるために死んでくれ」
脳天に向け、二発の銃弾を撃ち込む
男は言い返す間もなく、こと切れた

 木原マサキ襲撃事件失敗への対応は、政治局会議で事前に決定していた
KGBは、東独大使館関係者250人を既に拘束
主だった官僚と高級将校は、粛清、下士官兵は、最前線送り
大使は、尋問中に《自殺》、同地のKGB幹部も死亡した状態で《発見》
その様な筋書きで、事態は動いていたのだ

「引退すると言えば、楽に殺した物を……」
消音装置を分解し、銃を背広の腰ポケットに仕舞う
「木原が何が目的か分かりませんが……、最もどうでも良い話です」
長官の左脇に移動した
「我等、共産党(ボリシェビキ)に勝負を挑んでくる。
だから、仕掛け爆弾で消し飛ばしましょう」
長官は、その発言に耳を疑った
「奴等の乗った汽車や船ごと、爆弾で吹き飛ばす。
実に簡単でしょう」
長官は左脇に居る第一総局長の顔を覘く
「本気かね」
男は、驚きの表情を浮かべる長官には目を呉れず続ける
「実に簡単な仕事です」
長官は、室内電話を取ると3桁の数字を押した
「第7局破壊工作対策課に繋げ」
そう告げると、受話器を勢い良く置いた


 カーキ色の開襟野戦服に身を包んだ男が敬礼をする
「お呼びでしょうか、同志長官」
大佐の階級章を付け、ソ連軍では珍しいつば付きの野戦帽を被り、紐靴を履く
男は第7局破壊工作対策課長で、KGB特殊部隊『アルファ』の司令官であった
 長官に代わり、第一総局長が伝える
「消してほしい人物がいる」
「誰を」
大佐の方を振り向く
「木原マサキと氷室美久の二名だ……」
長官が、ふと漏らす
「同志大佐、木原は手強い。気を付けて任務にあたり給え」
不敵の笑みを浮かべる
「すでに東ドイツの組織は壊滅した……。
君達がしくじれば、奴を汽車ごと爆弾で消そうと思っている」
真剣な面持ちで、大佐は答えた
「では私の行動は、西のプロレタリア人民と社会主義諸国の同胞の命を救うと……」
眼光鋭く、彼を見つめる
「その通りだ」
そう言い放つと、男達は哄笑した 
 

 
後書き
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