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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
  欺瞞 その3

 マサキは、日本総領事館の手配した車に乗ってハンブルグよりボンに向かっていた
「情報によれば、ソ連指導部は君を招聘したそうじゃないか」
左隣に居る男は、瞑想している彼の方を向く
その声に気付いた彼は、一瞬顔を傾けた後、正面を見据える
「別に構わないさ。
俺は奴等に向かって、ピストルを撃つのだからな」
 そういうと、回転拳銃(リボルバー)を取り出し、彼の面前に向ける
ドブネズミ色の背広姿の男は、彼の行動に驚愕する
「その弾には、空洞加工(ホローポイント)が入っている」
 ホローポイント(hollow point)
弾頭を擂鉢状に加工し、人体に命中すると、茸状(マッシュルーミング)に変形、径が大きくなる
先端部が運動エネルギーを、効率よく目標に伝達して重症を与えるとされる弾丸
それを、彼は用意していたのだ
「今回の話が、嘘か誠か。確かめに行くのではない」
男は、被っている中折帽の頭頂部(クラウン)を掴む
「殺しに行くのさ……、ソ連指導部を」
不敵の笑みを浮かべる
「共産党指導部という頭が消し飛べば、ソ連という体は死ぬ」
彼の発言に車中は凍り付いた
「本当の悪人と取られかねない発言をするとは、意外だね」
スナップ・ブリムの帽子を持ち上げ、彼に見せつけた
脱帽して、降参の意思を示す
それを見て納得したかのように、一頻り哄笑する

「俺はもとより善人などではない……」
拳銃を懐中に仕舞うと、タバコの箱を取り出す
『ホープ』の紙箱より紙巻きたばこを抜き、火を点ける
「この世界の文明程度であれば、BETAへの対抗は苦慮するであろう……。
それ故、ソ連がこの俺の力を求めているのは分かる」
セミアメリカンブレンドのタバコ葉の味わいを感じながら、紫煙を燻らせる
「もっとも、俺を一度ならず殺そうとしようとした相手とは話し合いなど出来ぬ」
蜂蜜風の味付けを愉しみ乍ら、悠々と吹かす
「間違ってはいなかろう……」
そう言うと、面前に紫煙を吹きかけた
「ほう、君なりのソ連政府への答えかね」
冷笑する男の顔を一瞥する
「好きにしろ」
そう言うと、再び瞑想の世界に戻った

 日本京都
 ミラ・ブリッジスの下に、段ボール数箱に及ぶ国際郵便が届いた
差出人はハンブルグの日本総領事館で、中には数十冊に及ぶドイツ語の文書
その他には、食べきれぬ量のグミキャンデーとクマのぬいぐるみ
外遊中の夫からの細やかな贈り物に感に堪えない面持ちになる
泫然(げんぜん)と落涙する様を見た女中から心配されるほどであった
 異国の貴公子に見初められ、輿入(こしい)れして半年余り……
寂寞の情を催す事は今に始まった事ではないが、この贈り物を目の前にしてより強く感じる
ただ待つ事しか出来ぬ事に焦りを感じた


 翌日、帝都城に濃紺の色無地を纏った白皙の美女が参上した
女は、篁夫人のミラ・ブリッジスで、文書を下げて登城(とじょう)したのだ
一時騒然となるも、山吹の衣を許された名家の関係者
無下に扱うことも出来ぬ為、奥御殿に呼ばれた
関係者は、彼女に真意を訪ねた
 尋問ではなく、茶飲み話と言う事で、聞き出した話は以下の様な物であった
夫、篁祐唯からの贈り物の中にドイツ語の文書が大量にあって、対応に苦慮した
その相談の為に、城内省の武家の風紀を扱う部局に尋ねたと言う
事情を知らぬ警備関係者と悶着があったことを謝罪し、彼女は帰宅の途に就いた
 持ち込まれた文書はドイツ語でタイプ打ちされており、形式から東ドイツの物であることが判明した
住所氏名のほかに職業や血液型、個人的な政治信条や指向まで記されていた
内容から類推するに、国家保安省(シュタージ)秘蔵の個人情報資料
あの悪名高い『シュタージファイル』という結論に至った
 事情を精査した後、彼等は動く
帝国陸海軍や外務省関係者まで呼んで、翻訳作業に取り掛かる準備をする
一か月程で仮翻訳を済ませることを目標に、その日より情報省内に臨時の部署を設けた

 
 ハンブルグ郊外でF4戦術機の完熟訓練をしていた篁祐唯は、急遽領事館へ呼ばれた
彼を待っていたのは、夫人が帝都城に持ち込んだ文書に対しての尋問であった
強化装備を脱ぎ、勤務服に着替えて領事館に向かう
幌が張られた四人乗りの小型トラック
米軍軍用車『ウィリス M38』の影響を強く受け、『ジープ』其の物であった
 揺れる車中で、後部座席に座る綾峰に問うた
「どの様な用件で呼び出されたのか……、皆目見当が付きません」
軍刀を杖の様にして腰かけ、軍帽を目深に被った綾峰
目を見開き、彼の方を向く
「俺が判る事は、ただ事ではないと言う事だよ」
そう告げると、再び目を瞑った
彼は前を振り向くと、背凭れに身を預けた

アウトバーンを飛ばしてきた彼等はすぐさま領事室に呼ばれる
敬礼を終えた後、総領事が腰かけるよう促してきた
直ぐには帰れそうにはない事を悟った彼は、ゆっくり腰かけた
出された茶と、茶菓子を勧められると一礼をして軽く口に含む
総領事は、懐中より紙巻きたばこを出すと火を点けた
紫煙を燻らせながら、彼に尋ねた
「奥方にドイツ土産を送ったのは確かかね」
彼は、総領事の顔を見ながら話す
「小官が、家内に家苞(いえづと)を送ったのは事実です。
ですが、何故その様な事をお尋ねになられるのですか……」
「何を……」
右手で髪を撫でる
「『ハリボー』というクマのキャンデーとテディベアのぬいぐるみですよ。
シュタイフ社のクマのぬいぐるみは本場ですから……」
領事の顔から笑みがこぼれる
「初々しい夫婦だね、実に結構」
悠々と煙草を燻らせる
「……とすると、君はシュタージファイルのことは知らぬと言い張るのかい」
その言葉に唖然となる
全身の血の気が引くような感じがした
「自分は……」
言い終わらぬうちにドアが開かれる
勢い良く開いた扉の向こうに、野戦服姿の木原マサキが立っていた
腕を組み、不敵の笑みを浮かべている
綾峰が眼光鋭く睨む
「どうした、木原」
不敵の笑みを浮かべ、彼等を見つめる
「ソ連の小国に対し恫喝も辞さぬ態度……、何れは世界大戦に発展する」
眼光鋭く、総領事を睨む
「貴様等も態度をはっきりすべきだ……。
そこで弛んだ日本社会を鍛え直す為、少しばかり細工させてもらった」
そう言い放つと、堪え切れなくなった彼は哄笑する
困惑する彼等を尻目に、部屋を後にした 
 

 
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