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冥王来訪

作者:雄渾
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異界に臨む
  策謀 その4

 
前書き
次回から東独編から本編に戻ります 

 
翌日早朝、事態は動いた
保安相に伴なわれて、シュミットはその場に向う
彼の狙いは、《直訴》して策謀を潰すことであった
《おやじ》と保安相の週一度の相談
その機会は彼にとって、チャンスにすら思えた
会議が始まるまでは……

《おやじ》と大臣の話に一区切りがついた時を見計らって彼は言った
「議長、宜しいでしょうか」
《おやじ》は、顔を上げて、彼の方を向く
小柄ではあるが、《絶妙》の政治手腕で、国際共産主義の粛清の荒波を泳いできた《怪人》
そのソ連への追従の姿は、ある種の芸術品の様である
彼の手にある報告書を、恭しく差し出す
《おやじ》は、報告書を一瞥する
顔色は、一瞬青ざめたかと思うと、赤く染まっていく
鼻息は荒く、掛けている厚いレンズの入った眼鏡が上下するさまが判る
即座に不機嫌になるのが彼には分った
立ち上がると、書斎の奥にある金庫の前に向かう
金庫を開けると、報告書を勢いよく投げ込む
そして厚い扉を手荒く締めた
鍵の掛かる音が聞こえる
彼は焦った
KGBの資料を基に作った秘密報告書が、読まずに仕舞われてしまったのだ
「お待ち下さい。どうぞ、再考を御願い致します」
明らかに興奮した顔で、彼の方を向く
目が血走っており、髪が僅かであるが逆立っている様に見える
「過労の傾向があるな」
握っていた手袋を落とす
「2か月間の休養を命ずる。構わんよな」
脇に居る大臣が頷く
彼は、なおも食い下がった
「何故ですか、議長。
この国家の騒乱を未然に防ぐべきでは、ありませんか」
不機嫌な顔をしたまま、彼に返答した
「先立つ《作戦》の手前、私の顔に泥を塗るような真似は止め給え」
この時、確信した
眼前の老人は、《パレオロゴス作戦》を目前にして軍事クーデター未遂などという、恥を被りたくないと言う事を語っている
《ソ連への盲従》、それは良い
だが、危うい状況にあっても決断すら出来ない人物が国を左右している時点で、ある種の不安を覚えた
半ば耄碌した男であることは、曖昧模糊とした態度から判別出来た
いざ、面前で対面してみると予想以上であった

黙っていた保安相が、重い口を開く
「そもそも君達が、軍を、まともに監視出来て居ない様では、なあ……
シュミット君、少しばかり《バカンス》へ出かけなさい」
この時期に中央から遠ざけるのは、危険ではないか
重大局面での2か月近い休暇は、先々の《キャリア》に傷がつく
彼は、焦った
「お待ちください……」
一笑に付すと、静かに返す
「君が作らせた報告書とやらは、《誇大妄想》が過ぎる。
その様な事を、暗に議長は仰りたいのだよ」
大臣の鋭い眼光が、なおも彼を捉える
「我々もソ連の面前で、恥ずかしい思いはしたくはない。
党の体面が辱められるような事が、ソ連に伝わればどういうことになるか、判るかね」
腕を組んで、椅子に深く腰掛ける
「だが見せしめは必要だ。
私から、ブレーメの様な《反動派》を、つるし上げる方策を練ろう。
奴らの親類縁者100人に、今までの10倍の監視要員を回せ。
だが、直接手出しはするな。ゆっくり弄れ。
発狂させて、倒れこむのを待つのが、一番の方策だ」
彼は自らを恥じた
自分達がどのような立場にあるか、目前の危機から目を背けている様に
「分かりました」
大臣は、納得しかねているようであったが、返答してきた
「宜しい。
今日は、帰りなさい」
彼は部屋を後にした

彼は、帰りの車中で考えた
無駄とはわかっていたが、踏むべき手順はすべて踏んだ
その後は、人民共和国の政権を簒奪し、ソ連の為に自在に動く防御壁にする
《パレオロゴス作戦》など、一笑に付すべき愚案に頼ろうとは思わない
BETA等、より強力な原水爆で、焼き払えば、この国の住民も、その威力に傅くであろう
共産圏の盟主たるソ連が睥睨するだけで、右往左往する連中だ
扱いやすい奴隷として、保安省の木っ端どもを使い、自ら調教してやれば、良い
その前段階として、暴力での政権簒奪
多少過激だが、暗殺隊を送り込んで、《おやじ》と、その一派を消すしか有るまい
『時間は、無い』
軍の仕業に見せるために、秘密裏に、ソ連から持ち込んだ4台の戦術機もある
これで、共和国宮殿を急襲して、その後に連隊を送り込んで鎮圧する
荒業であるが、成功すれば利益も大きい
その暁には、《反乱の首謀》として軍の大粛清が待っている
軍首脳部を一掃して、子飼いのスパイを送り込む
思想的に操りやすい少年兵でも集めて、《親衛隊》を作れば、上出来だ
秘密作戦の適任者は、アクスマン
彼の《情夫》との噂のある、ゾーネとか言う若造と共にやらせれば良い
あの男は、自分の利益の為なら《何でもする》
恐らく《塗れ仕事》でも喜んで参加するであろう
仮に失敗すれば、奴等に詰め腹を切らせれば良い
飽く迄、自分の最終目的は、この国の支配者だ
《玉座》に在って、その意向を示す
《反乱鎮圧》という結果は、十分すぎる材料であろう
10万人の保安省の職員と秘密工作員は、その為の踏み台にしか過ぎない
嘗てソ連が、ハンガリーにチェキスト(KGB工作員の古い言い方)を送り込んだ事例が思い起こされる
NKVD(内部人民委員部・KGBの旧名称)は、其の間者を首相に据えて、ハンガリーを自在に操縦したように、自らも出来るであろうか
いや、遣らねばなるまい
その様な決意を胸に秘め、早朝の官衙を後にした



 
 

 
後書き
前回、今回の話で、新たに出てくる原作人物です
(役職等は、『シュヴァルツェス・マーケン』準拠になります)
初見の方もいるので説明いたします。

フランツ・ハイム中将(国家人民軍西方総軍隷下教育軍総監、反乱軍の指導者)
ミヒャエル・ゾーネ中尉 (アクスマン中佐の副官)

ご意見、ご批判、ご感想、よろしくお願いいたします 
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