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冥王来訪

作者:雄渾
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異界に臨む
  慕情 その2

 
前書き
東独編は一旦終わりにします

 

 
ベルンハルト中尉は2週間後、病床から戻った
過労による急性気管支炎との診断で、予後を確認するため、戦術機への搭乗は一時的に禁止
基地での後方勤務となり、大量の決裁書類を処理していた
タイプライターを止めて、そばに居る曹長に尋ねる
「曹長、ハイヴ攻略作戦の件だが……」
脇に立つ曹長は、立ったまま、答えた
「中尉、実は作戦が多少変更になったのです」
そういうと、白板の方へ歩いて行く
白板に張り付けてある地図と資料を剝がし、彼の下へ持って着た
彼は渡された資料を読む
「これは……」
ソ連軍が急遽、通常編成外の部隊を投入することが書き加えてあった
「第43戦術機機甲師団。こんな部隊、前線では聞いたことが無いぞ」
驚いた表情で顔を上げ、脇に居る曹長の顔を覗き込む
「どうやら臨時編成の部隊らしいです。ハイヴの内部探索をする装備の部隊で……」
不意に彼は大声を上げた
「そんなことが出来る部隊があるのなら、なぜ前線に投入しない」
ふと思い悩んだ
(「どこまでも、人をこき使う気なんだ、モスクワ(ソ連)は……」)
曹長が声を掛ける
「良いでしょうか」
意識を現実に引き戻す
「どうした」
「なんでも噂ですが、思考を判読する能力を持った《兵士》を使うそうで……」
彼は再び黙り込んだ
(「この期に及んで、超能力者だと。連中はどこまで行き詰ってるんだ」)
三回ほど、ノックされた後
突然、部屋のドアが開く
椅子に、腰かけているベルンハルト中尉に、向かって青年が歩いて来る
「やっとその気になったか、ユルゲン。だから言ったじゃないか」
中尉は、顔を上げた
脇に居る曹長が、訝しんだ顔をして尋ねる
「誰ですか、中尉」
困惑する曹長に向かって、彼は紹介をした
「紹介しよう、(空軍)士官学校の同期で、ヨーク・ヤウク少尉」
遮るように声を掛ける
「唯の同期じゃないぞ。次席卒業だ」
ヤウク少尉は、曹長に敬礼をする
彼の敬礼を受けて、曹長が返礼をする
「上も、ちゃんと分ってるんだね。
君には僕みたいな補佐役が居ないと駄目だとね」
曹長が目配せすると、彼は改まって
「無礼な対応をして申し訳ありませんでした」
ヤウク少尉は階級章を見て、慌てて敬礼をしてきたのだ
中尉は、彼の子供じみた態度に呆れた

「お前こそ、前線を放って置いて、何で、ここに居るんだ」
少尉は、腰かけているベルンハルトに答えた
「聞いていないのか。一時帰国命令が出たんだよ」
彼のいない間にウクライナ派遣軍の戦術機実験集団の主だった面々は一時帰国していたのだ
「どういうことだよ」
彼は、同輩に尋ねる
同輩は、おどけたように答えた
「君が帰国して、寝込んでる間に、《パレオロゴス作戦》の下準備が始まったんだよ」
勝ち誇ったように答えると、彼の顔を、目を細めて見た
その様な態度に、不安感を覚えながら、彼は再び、訪ねた
「《パレオロゴス作戦》、初めて聞くな。何だよ、それ」
静かな声で、曹長が割り込んできた
まるで、子供を諭すような素振りで話す
「ミンスクハイヴ攻略作戦の正式名称です……」
同輩は、話している途中に割り込んできた
彼は、自己顕示欲を満足させるためであろうか、と内心不安に思った
「先頃NATO(北大西洋条約機構)とWTO(ワルシャワ条約機構)の双方の話し合いで決まった名称で、何でもギリシャ語で、《古い理論》を指す言葉だそうだ」
少尉の士官学校時代と変わらぬ態度に、彼は呆れて、声も出なかった
目の前の先任曹長をないがしろにするとは……
いくら自分たちは将校とは言えども、年季の違う古参兵を蔑ろにするのは、《軍》という暴力装置の中にあっては禁忌ではないか
彼の背中に、汗が流れていくのがわかる
下着は湿り、寒気すら覚えるほどであった
「どうした、反論の一つもないのか。ユルゲン」
厳しい顔をした曹長が、二人の間に入ってきた
低い声で二人に話しかける
「宜しいでしょうか。ご学友同士のお戯れも、程々に為さるべきかと」
「曹長、貴官の意見を参照しよう」
彼は、足り障りのない返答をすると、項垂れる友人と共に部屋を出た
その際に、彼等は年上の曹長へ、謝罪して、その場を後にした
「少し、こいつと話してきますので、席を開けます。
ですがよろしくお願いします」


「やっと結婚する気になったんだろ、ユルゲン」
二人の青年将校は、基地の敷地内を歩きながら、話し合った
ヤウク少尉が前を向いて歩いているのと対照的に、中尉は、下を向きながら歩いている
「まあ、告白はした。返事は……」
隣に居る少尉が、彼に返した
「君は、そういう所が、本当に意気地なしで優柔不断だよな」
彼の顔が顔を上げる
青白く美しい顔は、その言葉で赤くなり、昂揚しているのが判るほどであった
「で、何時、結婚……」
少尉の問いへ、たどたどしく返した
「来年の……」
少尉は、目を見開いく
大げさに、手を振り上げ、絶叫した
「来年だと。散々待たせておいて、君は。最低じゃないか」
彼は、少尉の肩を掴み、正面を見据える
燥ぐ彼を押さえつけ、告げた
「まだ、《パレオロゴス作戦》の下準備すら始まっていない段階で、そんなこと出来るかよ」
少尉は、顔を背けながら答える
「本当に、君は人の心が分からない人だね。大体、そんなんじゃ彼女が20歳超えてしまうじゃないか。散々引き延ばして仮に……」
彼は、少尉の体から手を離した
「何だよ。仮にって……」
彼の脳裏に《死》の文字が浮かぶ
戦死以外に、この国には、《死》が近すぎるのだ
「今結婚すれば、来年には子供が……」
その話を聞いた時、彼は混乱の極みに達した
顔は耳まで赤く染まり、体温が上がるのがわかる
鼓動が早くなり、握る拳は汗ばんでいく……
(「俺とベアトリクスの子供……、アイリスの甥姪、どの様な物だろうか……
あの美女と……、あの美しい躰の……」)
「この話は続けるつもりはないぞ」
少尉が、手を握りしめて、両腕を振る
興奮して語っているのが、一目で判る状態だ
「そうやって逃げ続けてどうするんだね。君は。
5年近く付き合ってる、彼女の気持ちを考えたことは、ないのかい。
傍に居たいから、君の反対を押し切って陸軍士官学校には行ったんだろう。
違うかい。
そうだろ、ユルゲン」
興奮して、少尉の左手を掴もうとするが、払いのけられる
それでもなお、彼の面前に、顔を寄せる
「士官学校次席として、補佐役としていう。今すぐにでも結婚しろよ。
現実から逃げてるんじゃ、君の父君と同じではないか」
彼の脳裏に、妻との離婚から、酒害に苦しみ、《発狂》した父が浮かぶ
思えば、母、メルツィーデスは、寂しさから、父の同僚と不倫関係になり、異父弟を成した
10年以上前の苦い記憶が甦る
「忠告は受けよう。ただ、今は動けない」
少尉が、興奮したままだ
彼を、再び抑えようとして動く
彼は退き、背を向ける
そして、別方向へ動き出した
「何でだよ。僕は君の事を考えて……、待ってくれよ。ユルゲン」
彼は、友人を置き去りにして、走り始めていた
(「お前の言う事は分かっている。唯、今動けば、妹も、彼女も危ない」)
頬に涙が伝え落ちてくるのが、解った
ヤウク少尉の忠告は、正しい。しかし、未だ、その時期ではない
その本心では、目の前の友人には、話しておきたかったのだ
愛しい人ベアトリクスと、血肉を分けたアイリスの身に、危険が迫っていると言う事を
言えば、自分達の企みが保安省の間者に漏れ伝わる
もどかしい思いを胸に秘めて、その場を、彼は黙って立ち去って行った


 
 

 
後書き
前回、今回の話で、新たに出てくる人物は、先任曹長以外は原作人物です
(本編ではなく外伝『隻影のベルンハルト』)
初見の方もいるので説明いたします。

ヤン・ボルツ (ベルンハルト兄弟の後見人、東独外務省非常勤職員。軍隊勤務経験あり)
ヨーク・ヤウク少尉 (ベルンハルトの補佐役。ボルガ系ドイツ人)

また2021年の投稿は本日が最終日です

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