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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epilogue彼らの物語は今ここに終わる

†††Sideはやて†††

ルシル君との再会からもう2年半くらい経ったかな。世界はあれから結構変わったと思う。
まず、上位次元世界と下位次元世界ってゆう概念を管理世界中に広めることから始まったんやったな。方法はユーノ君を始めとする学者にそれとなく伝えて、そこから民間に伝播させてくって感じやった。半年もすれば次元世界が2つあるってことは認知されるようになった。

(そんで次に、境界の存在が伝播されたんよな・・・)

2つの次元世界を隔てる障壁――境界。同時期に広められることになった正体不明生物である天属と魔族は、その境界に開いた穴(ルシル君がガーデンベルグと闘う際に通ったのと同じやつやね)を越えてやって来る存在で、互いの戦争に人類が巻き込まれ、天界・魔界・人間界の三界の存亡を懸けた戦争に発展してしまったことも・・・。

(さすがに今の管理世界は科学に傾倒してるから、天使や悪魔みたいなオカルトを心底信じられる人は数少ない。そやから一纏めにしてアンノウン、天界・魔界についても纏めてアナザーと呼称することを、ルシル君とリンディ本局長とマリアンネ聖下が決めたらしい。個体別の名前は、ルシル君から局や教会に伝えられて、それを正式名として使うようになってる)

この2年半の間に“アンノウン”が出現したのは12回。その際には本局・教会と同盟を結んだアースガルドおよび同盟世界統合軍――“スヴィズリル”が上位次元世界から降りてきて、フィレスさんやトリシュ、アンジェを加えたシャルちゃんたち新生白金桜騎士隊プラティーン・キルシュブリューテと一緒にこれを迎撃。協力してくれる天使や魔族も大勢いてくれてるおかげで、今のところは甚大な被害は起きてへん。

(同盟会議は生中継として管理世界中に流れて、その時にリアンシェルトによって秘匿されてきた再誕戦争のことや魔術、ルシル君の真実、T.C.事件時に亡くなったルシル君はクローンだったことなどが明かされたんやったな・・・)

ルシル君関連のことだけでも一騒動が起きたのに、管理局が保管してる書物で最古なのは6千年前のもので、それ以前に起こってた再誕戦争時代の資料などがアースガルドから提供、公表されたことで、各管理世界の歴史学会は大騒ぎ。上位次元世界に渡って、さらに歴史を学びたいと言う学者が、上位次元世界の代表とも言えるルシル君と繋がりがある本局や教会に詰めかけることがあった。

「(私たち八神家のところにも来るかと心配やったけど、そこは自重してくれたから助かったわ・・・って!)あ、あー! おおおーーー!」

「行けるか!?」

「行けますよ!」

自宅のリビングでテレビ鑑賞してる私とリインとアギトは、モニターに映る映像に白熱してる。内容は今年のインターミドルチャンピオンシップ男子の部、世界チャンピオンを決める大一番。管理世界最強の10代男子を決めるべく、2人の男の子が激しい攻防を繰り広げてる。
片や私の大切な愛息子、フォルセティ。片や因縁のライバル選手。一昨年の試合は勝ったフォルセティがチャンピオンになって、去年はフォルセティの負け。そんで今年の今日、三度目の決戦となった。序盤から熾烈を極めた魔法戦、中盤は近接格闘戦、終盤の今は最後の力を尽くしての得意戦法の応酬。フォルセティは射砲撃、相手選手はバインドからの格闘。

「「「フォルセティ!」」」

応援にも熱が入る。本当なら去年までと同じように会場にまで行って、直接声援を送るんやけど・・・。今の私の体やとそれも難しく、私の身の回りを世話をしてくれるリインとアギト、それにアインスが、休職中の私と一緒にフォルセティを応援してくれてる。

「フォルセティ。頑張っていますね。主はやて、リイン、アギト。コーヒーのお代わりを淹れてきました」

「おおきにな、アインス」

「ありがとうです!」「あんがと!」

ソファの前にある脚の短いテーブルの上に置かれた空のコップに、アインスがコーヒーを注いでくれた。コップを手にモニターに視線を戻した。ちょうどフォルセティが、相手選手のバインドの収縮を魔力弾で弾いて遅らせ、逆にバインドで拘束したうえで特大の一撃へ。

「「「コード・エンデン・クリーク!!」」」

フォルセティの背中から切り離されて空中砲台と化した銃翼ゲヴェーア・フリューゲル8挺と、フォルセティの拳銃型デバイス・“エマナティオ”2挺から放たれるのは、計10発の集束砲。至近距離での魔力爆発にフォルセティも相手選手も飲み込まれた。相打ち覚悟の一撃って誰もが思うやろうけど、フォルセティには、アイリから伝えられたルシル君の術式がある。

魔力吸収(イドゥン)多層甲冑(ゴスペル)。集束砲の魔力を利用してゴスペルを展開できてれば、きっと・・・)

魔力爆発で起きた白煙がリングを覆い隠したんやけど、すぐにほぼ中央で何かが衝突したことによる衝撃波で煙が消し飛んだ。衝突と正体はフォルセティと相手選手が最接近してて、2人が最接近しての攻撃やな。相手選手の拳はフォルセティの頬――正確には頬を護るように展開されてた小型シールドに防がれて、フォルセティは右手の“エマナティオ”を相手選手の腹部に突き出してた。

――コード・カノーネ――

一切の容赦のない零距離砲撃が“エマナティオ”の銃口から放たれて、相手選手の残り僅かなポイントを0にした。この瞬間・・・

「フォルセティの!」

「王座奪還だぜぇぇぇーーー!!」

ソファから勢いよく立ち上がってハイタッチを交わすリインとアギトの言うように、フォルセティが再び世界最強の10代男子であることが決定した。私も動き回って喜びを表したいんやけど、激しい動きはご法度やから大人し~く座ったまま「アインス! ばんざーいや!」って、両腕を上げる。

「ば、ばんざーい・・・!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

「「「「ばんざーい!」」」」

最後は私、アインス、リイン、アギトの4人で万歳三唱。フォルセティのインタビューが始まるまでの間、世界代表戦のダイジェストが流れる。フォルセティが選抜戦で相手選手と戦う映像が始まったから・・・

「ほら、あゆ。お兄ちゃん、ホンマにすごいことを成し遂げたんよ? 自慢のお兄ちゃんやね」

私は大きくなったお腹を撫でながら、あと2ヵ月ほどで生まれる子ども、あゆにそう伝える。東風と書いて“あゆ”。春から夏にかけて吹く東寄りの風で、氷を解き、春を告げる風とゆう意味の雅語の1つでもある。
私とルシル君との間に出来た、愛しい愛しい大切な娘や。そう。私とルシル君は再会後にちゃんと結婚式を挙げて、正式な夫婦となった。今の私の名前は、はやて・セインテスト。あーでも、仕事上はこれからも八神を名乗らせてもらうことになってる。

(セインテストの後にアースガルドを使わへんのは、王位返上によってルシル君もアースガルド姓を使わんくなったから・・・)

サイドボードの上に載ってる写真立てに収められた、数ある写真をチラッと見る。その内の1つには、タキシード姿のルシル君(ひげは綺麗に剃ってある)とウェディングドレス姿の私が写ってる。
フィヨルツェンとリアンシェルトの魔力でテラ・フォーミングされた第2世界ベルカ。そのベルカに聖王教会本部が移されてから最初に結婚式を挙げたのが、私とルシル君の組やった。今でもハッキリと思い起こせるほどに幸せな時間やったな。

「あゆ~。元気に生まれて来いよ~」

「そうですよ~。お姉ちゃん達も、あゆと会える日を心待ちしているですよ~」

私の両隣に座り直したリインとアギトが、私のお腹を優しく撫でながら声を掛けてくれた。私も「お母さんも、早く会いたいよ~」って声を掛けて、あゆやルシル君と一緒に過ごせるようになった未来に思いを馳せる。

「ルシルも、こちらの世界で一緒に過ごせればいいのですが・・・」

「ん-、ルシル君にはルシル君の立場、仕事もあるからな~」

写真の1つを見る。戦闘甲冑と同じデザインの軍服姿のルシル君が“戦天使ヴァルキリー”達や、私たち人類に協力してくれてる魔族、中でも最高クラスの魔人であるシュゼルヴァロード姉妹と写る写真がある。
ルシル君はアースガルドの魔術師軍の総督やし、結婚式を挙げるためにミッドにもう一度訪れてくれたルシル君は、同盟世界の各軍隊の総指揮も任されるようになったって言うてたし。しかも今は大きな戦争中や。そう簡単には一緒に過ごすことは出来ひん。

「そやけど・・・お互いの居場所で頑張ろうって、ルシル君と決めたからな。本音を言えば一緒に居られへんのは確かに寂しいけど、離れてても心は繋がってる。新しい命(あゆ)も一緒やし、アインス達も居るし、上位・下位間でも通信できるようになってくれたし、大丈夫や」

「そうですか・・・。そうですね。あなたとルシルは強い絆で結ばれていますから」

「はやてちゃん。幸せになりましょうね」

「あたしらもルシルも一緒にな!」

「そうやね。家族みんなが幸せになるんや!」

いつか必ず迎えることが出来る平和な世界で、家族みんなで面白楽しく過ごせる未来に思いを馳せた。

†††Sideはやて⇒ルシリオン†††

「マイスター! フォルセティ、王座を奪還したってヴィータからメール来たよ!」

私の側に控えてくれているアイリが、あの子自身の携帯端末をこちらに向けて教えてくれた。フォルセティは今日、インターミドルの決勝戦だった。私も直接応援に行きたかったのだが、残念ながら予定がブッキングしてしまったことで叶わなかった。

「おおー! それはお祝いしないと! どこでパーティする? フライハイト(わたし)の家で開く?」

「そうだな。そこのところは妻に相談してみないとな」

「つ・・・! 妻・・・妻かぁ。・・・あなたとはやてが結婚してから2年経つっていうのに、まだ吹っ切れてないわたしが居て・・・。ごめん」

はやてのことを妻と表現した瞬間、申し訳なさそうにシャルが謝ってきた。彼女も私を想い慕ってくれた女性の1人だ。私はシャルではなくはやてを選んだ。頭を掻いて暗い表情を浮かべるシャルに「すま――」と謝ろうとすると、彼女の側に立って、同隊メンバーと話をしていたトリシュが「謝ってはいけません」と私を制した。

「「トリシュ・・・?」」

「ルシルさん。あなたへの想いを捨てきれないイリスの問題です。それに、はやてを選んだのはルシルさんです。選んだ者として、選ばれなかった者への謝罪は酷です。ですから胸を張ってください」

「あ、あはは、そうだね。うん、わたしの問題だ。そういうわけで、ルシルは謝らず、堂々としてればいいよ」

「・・・それに、イリス。あなた、この戦争が終わったらルシルさんから、その・・・アレです、えっと・・・」

「むっふっふ~♪ 精子提供を受けるのだ! 妻の座ははやてに渡ったけど、わたしもルシルとの間に子どもを儲けられるんだから、割と悪くない!」

先程までの暗い表情はどこへやら。シャルが腕を組んで堂々とした仁王立ちで言いきった。そうなのだ。私は三界大戦終結後、シャルに精子提供することになってしまっていた。元はアースガルド含めた同盟世界の王族の希望者のみだったんだが、ミッドを始めとした下位次元世界と行き来が出来るようになると同盟世界の王族からこう提案されるようになった。

――下位次元世界で子を成した場合、ルシリオン総督の魔術師の才は引き継がれるのでしょうかね――

――ミッドガルド、いえ今現在はミッドチルダでしたか。ミッドチルダに想い人がいるため、総督は我々の娘や孫との結婚をしないとのことでしたね――

――想い人は魔術師ではなく、魔導師でしたわね。スヴァルトアールヴヘイム(うち)の魔術師からこんな報告が。ミッドチルダには、再誕戦争時に活躍していた騎士国家レーベンヴェルトの貴族、フライハイト家、それにアルファリオ家、ヴィルシュテッター家、ヴァルトブルク家、さらにはヨツンヘイムの皇族の分家まで存続しているようですわ――

――総督。ここは1つ彼女たちにも遺伝子提供なさってはどうでしょう? 良いお付き合いをしているとのことですし、希望者を募っては如何か?――

本当に頭にくる会合だった。そのつもりがあったのかどうかは判らないが、私やはやて達を実験動物のように扱う言い方にさすがの私も、“彼女たちを愚弄するおつもりか?”と敵意増しましで言い放ったからな。それで押し黙ったことであの連中も懲りたことだとは思うが・・・。

(その話をはやて達にしたのが最大の過ちだった・・・。私の阿呆め・・・)

私の子が欲しいとシャルが真っ先に飛びついてきたのだ。もちろん、そんな事は絶対にないから諦めるようには言ったのだが、シャルは全く諦めてくれなかった。だから、はやてに相談したのだが・・・。

――私はええよ。シャルちゃんとは最後の最後までライバルやったし、私もシャルちゃんの立場やったら駄々こねたやろうし。気持ちは痛いほど解るんよ。そやから私は、シャルちゃんとルシル君の間に子どもが出来ることには抵抗あらへんよ。そやけどシャルちゃん。これだけは肝に銘じておいてな? ルシル君は、わ た しの旦那や。シャルちゃんに子どもが出来て安定期に入ったら・・・――

――りょーかい、了解!――

私の意見はどこへ行ったのか。はやてとシャルが2人だけで話を進めるものだから、今度はシャルのご両親であるマリアンネ聖下とリヒャルト卿に相談してみた。娘がおかしな事をしようとしていると知れば、必ず反対してくれると考えたからなのだが・・・。

――私は構わないわよ? それが娘が納得したうえで出した答えだっていうのなら。ただ、母親としては、しっかりと籍を入れてから子どもを作ってほしいって願っていたわ――

――私の可愛い可愛い愛娘の純潔を、結婚もせずに散らし、孕ませ、父親として認知することなくポイ捨てするだと? そんなこと許せるものか! お前を・・・殺す!!――

モニター越しでも判るほどリヒャルト卿の殺気は本物だったな。父親としては当然の反応だ。ただ1つ言わせてもらえれば認知するつもりだ。だからポイ捨てなんて人聞きの悪いことには反論させてもらう。とまぁ、リヒャルト卿は反対派だが、マリアンネ聖下が賛成派になったことでシャルの勢いは膨れ上がり、結果としてこの三界大戦終結後にシャルに精子提供することになった。

「ていうか、トリシュ。あなた、しどろもどろになりすぎ。初心なフリしてさ。もうじき結婚するんでしょ?」

「だから慣れてるんじゃないの?」

「キスは何回くらいしたのでしょう?」

「おっぱい揉まれた?」

「な、慣れてない! してない! 揉ま・・・ああもう! この話はおしまい!」

私たちの話を聞いていたらしいルミナがそう言ってトリシュの頬を人差し指でぐりぐりした。彼女の言うようにトリシュは、かつて率いていた騎士隊の元同僚と結婚することになったそうだ。ルミナやセレスがニヤニヤしながらトリシュに詰め寄り、シモの話ということでトリシュは顔を真っ赤にした。

「まったく。これから大事な一戦を戦い抜かなければならないというのにこの子たちったら・・・」

「シャル隊長たち、男性も近くに居らっしゃるのになんて話を・・・」

「騎士フィレス、ミヤビ」

戦天使(ヴァルキリー)”や協力してくれている魔族や天属とも普通にコミュニケーションを取り、本作戦の作戦を再確認していたフィレスと、彼女に付いて回っていたミヤビが戻って来て、それぞれシャル達の話にリアクション。フィレスは呆れからの嘆息。ミヤビは顔を真っ赤にしてモジモジしている。
ミヤビと言えば、この2年半で最も驚いたのが彼女の出生の秘密だ。彼女がまさか、魔界最下層の魔人の血を継いでいたとは。ディアヴァルネール族と呼ばれる魔人種で、ミヤビと同じような結晶角を具現化して、その戦力を引き上げるという能力を持つ鬼人。

(再誕戦争時に、同盟軍にも連合軍にも属することなく両勢力にケンカを売っていたそうだ。確かに、ヴァルキリーから所属不明の魔術師に何度も襲撃されているという報告は受けていたような気はする。おそらく、その魔術師が鬼人だったのだろう)

そんなミヤビは、この2年半で魔界最下層に在る鬼人の里ヤッフェルに三度ほど赴いている。“ラグナロク”の影響で人間の世界――表層世界に取り残された分派の末裔、そのクローンであるミヤビは、自分の血の故郷に興味を持ち、私がアースガルドへ帰還する際には有休を取って付いて来ていた。ミヤビの淑女然とした性格・立ち振る舞いがあちらの鬼人たちにも受け、快く迎え入れられているようだ。だから鬼人が今日みたく下位次元世界に訪れた際は、ミヤビがパイプ役となってくれてもいる。

「お疲れ様です、騎士フィレス、それにミヤビも」

「あなたも。すごいわね。これだけの仲間がいる中での戦闘なんて生まれて初めてで、ちょっと興奮しているわ」

「お疲れ様です、ルシル総督。ディアヴァルネールのオルファ戦隊長と会ってきました。作戦については概ね了解していましたけど、彼らは逆境や不利な状況下での戦闘が好きということなので、本能に負けて力をセーブするしもしれない、と・・・」

「なるほど。まぁ味方の最下層魔族は彼らだけではないから、その辺りは甘んじて受け入れよう。・・・シャル! ヴァルキリー各隊長は一度集まってくれ! 作戦のおさらいだ!」

私の一声にトリシュをからかっていたシャルや、“ヴァルキリー”の隊長たちが集まった。空間モニターを展開し、本戦闘の作戦を改めて伝える。

「これから行われるのは、三界大戦の最終決戦と呼称しても過言ではない大一番だ。現在、天界にて反逆者のリーダーを務める大戦勃発の元凶、七元天使セメルエルが、他の七元天使たちと戦闘している。狙いはセメルエルを上位次元世界のヒミンガルドに墜とすためだ」

七元天使は上級三隊トップである熾天使より上位の階級で、その存在はまさに神に等しい圧倒的なもの。本来であれば私たちのような人間、魔術師では到底太刀打ち出来ない相手だ。だが、表層世界に墜ちてしまうと、表層世界のバランスを崩さないように神秘が制限される。それでも太刀打ち出来ないほど強いが・・・。

「で、ヒミンガルドで待機している他の上級天使や上位魔族が、今度はここ下位次元世界の第5無人世界マイフィアにセメルエルを墜とす。その際にセメルエルに味方する反逆天使も一緒に墜ちてくるだろうから、そんな反逆天使群を撃破するのが私たちの仕事となる」

セメルエルは、一緒に墜ちてきた味方の天使・魔族が相手をする。私たち魔術師の神秘では、脅威となる神秘が一定以下にまで制限されようとも届かないからだ。だから雑魚が対セメルエル組の邪魔をしないようにするという、脇役に徹しなければならない。まぁ脇役と言っても危険性は高く、最悪戦死という結果が考えられる戦闘になるのは必至だ。

「何か聞いておきたいこと、言っておきたいがあれば言ってくれ」

「うーん、特には無いかも。対天使戦も12回は繰り返してるし、戦果も十分に挙げてるし」

「ルシルから借りてる神器のおかげで、いい感じに勝ってきてるもんね」

セレスは自分が手にしている大剣型神器、蒼の混沌剣“アスル・カオス”を見せてきた。彼女の先祖であるヨツンヘイム皇族に受け継がれてきた神造兵装の1つで、再誕戦争時に回収しておいたソレを託した。ちなみにフィレスにもヨツンヘイム皇族の神器の1つ、兄弟剣である蒼の正義剣“アスル・フスティシア”を渡してある。
クラリスには、彼女の前世グレーテルが使用していた神器、神造兵装の101位・白謳の聖剣“アルブス・フィデース”を渡し、アンジェには、前世のチェルシーの神器である指揮棒型の神造兵装番外位・“転輪杖ヴォース・ヴィルジェン”を渡し、トリシュには弓型の神造兵装93位・天上聖弓“ルーナ・ベッルス”を渡してある。
ちなみにルミナは、“界律の守護神テスタメント”や“霊長の審判者ユースティティア”が扱う干渉能力を人の身で使えるため渡していない。ミヤビも鬼人の国でリミッターの外し方を学び、今や最下層の魔人と同程度の神秘を扱えるようになったため、神器所持は逆に弱体化させる可能性があることで彼女にも渡していない。

「(天界製の神器だからと言って天属に通用しないわけではないからな。アースガルドや同盟世界に眠っていた神器を有効活用だ)シャルとセレスは無いらしいが、トリシュ達は何かないか?」

私からの確認にトリシュを始めとした騎士や各隊長は「ありません」と答えた。実際、どれだけ綿密な作戦を立てようとも無駄になる可能性が高いのが今回の決戦だ。私がみんなに伝えられるのはただ一言、生き残れ、だ。神秘を扱える魔術師であろうとも所詮は人間。巨像に挑む蟻のようなものだ。行き当たりばったりな戦闘になる可能性が高い。だから「深追いはせず、自分の命を最優先で頼む」と伝えた。

『お父様。ヒミンガルドで動きがありました。セメルエルを含めた反逆天使が、作戦通りに天界より墜ちてきました』

世界看守システムの管制プログラムであるエリスリナから連絡が入った。それはつまり、「いよいよ開戦だな」ということになる。私の周囲に集まっているシャル達や“ヴァルキリー”達の空気が張り詰めるのが判る。

「通信はこのまま繋げておいてくれ」

『かしこまりました。ヒミンガルドの映像を投影しておきます』

新たに展開された大モニターに、少なくとも1000体の天使が映し出された。全長30㎝ほどの小型天使から、数㎞ほどの大型天使など様々で、天使同士が熾烈な戦闘を繰り広げていた。さらに最下層魔族も紛れて大暴れしているから混沌そのものだ。

「ヴァルキリー各隊は所定の位置へ移動。シャル達も移動しておいてくれ。あと、いつでもすぐに移動できるようにな。所定の位置に転移されるようにしてあるが、状況によってはズレる可能性がある」

「んっ、了解! んじゃ行こうっか! 白金桜騎士隊(プラティーン・キルシュブリューテ)、出撃!」

シャル、ルミナ、セレス、クラリス、ミヤビ、トリシュ、フィレス、アンジェの騎士たちが飛び立って行くのを見送る。続いて“ヴァルキリー”総勢800体も方々に散り、天使・魔族たちも作戦どおりに所定位置へと向かっていく。

「アイリ。私たちも行くぞ」

「ヤヴォール! 全力全開でサポートするね! マイスター!」

――ユニゾン・イン――

いつまでも変わらずに私の融合騎で居続けてくれているアイリとのユニゾンを果たし、“神槍グングニル”を手に空へと上がる。

『マイスター。絶対に勝って、はやて達の・・・家族のところへ帰ろうね!』

「ああ! 大手を振って帰ろう!」

『お父様! 七元天使が転移門を開きました!』

エリスからの報告を聞いた直後、空に無数の歪みが発生と同時に鐘の音が轟いた。私は全体通信で「来るぞ! 注意しろ!」と伝えた。歪みの中から次々と白い怪物たちが出現してきた。人型から獣型、簡潔に説明できない形状型の天使たちだ。

『でっか! 何アレ! アレがセメルエル!?』

直径が1.5㎞ほどの正二十面体を体とし、四面には顔像、四面には龍・虎・亀・鳥の頭部、十面には鎖のような触手、一面には裸の男性の上半身、一面には裸の女性の上半身が生えている。どれがセメルエルの本体かは判らないが、とにかく体の大きな天使だ。

「ウリベルトとシュゼルヴァロード姉妹も降りてきたか」

魔界最下層の各国を管理する支配権の内の3柱もようやく出現。ウリベルトは再誕戦争当時に最強だった魔術師フノスと引き分けた魔獣属の女王で巨狼。ルリメリア、リルメリアのシュゼルヴァロード姉妹は幻想一属を支配する魔人だ。

「はやて、あゆ。みんな・・・。私を支えてくれ。・・・行くぞっ!!」

そうして私たちは、人類に脅威をもたらす元凶であるセメルエル以下反逆天使たちを相手に交戦を開始した。

・―・―・回想終了だ・―・―・

「どうだろう? ここが、私の生まれ故郷であるアースガルドだ」

「うん。すっごく綺麗や場所やね。・・・風の中に花の香りが混じってるのがええ感じや。すぅ・・・はぁ・・・。うん、ここがルシル君の生まれ育った世界なんやな」

「ああ。もっと早くにはやてやあゆ、みんなを連れて来たかったが、三界大戦の後始末が長引いてね。でも、やっと招待することが出来たよ」

隣に立つ妻はやて、そして3年前に生まれた愛娘あゆに、目の前に広がるアースガルドの大地の感想を問う。はやては抱きかかえているあゆの頭を撫でながら答えてくれて、あゆは目の前に飛んで来た花弁に夢中だな。必死に手を伸ばして掴み取ろうとしているから、代わりに私が取って「どうぞ」と差し出す。

「ありがとー! ママ、おはな!」

「うん! 綺麗やね~♪ パパからのプレゼントや!」

「パパ? にーちゃ?」

悲しいかな。あゆは、私とフォルセティの区別がまだハッキリとつかないのだ。だから一度、はやてはあゆの視線を私に向けさせ、「この人がパパ」と言い、次いでヴィヴィオ達と談笑しているフォルセティに視線を向けさせ、「あの人はお兄ちゃん」と言った。

「パパ! にーちゃ!」

「そうや。パパとお兄ちゃんや」

「なあ、はやて。私はそんなに若く見えるか? もう33歳を超えているんだが?」

「うーん。リンディさんや桃子さんくらいには、かな? 普通に20代前半でも通用するよ」

きゃっきゃと喜ぶあゆに、私とはやては顔を見合わせて苦笑。何気ないやり取りなのに、私の胸の内は幸せでいっぱいだった。
セメルエルや反逆天使たちとの決戦から早3年。私はようやく、はやてがいつか言っていた願いである、私の故郷に行ってみたい、を叶えることが出来た。しかも実娘が一緒だ。いや、フォルセティやシグナムら家族、なのはら友人、ヴィヴィオ達も一緒だから、その感動もひとしおだ

「コレ、何で出来てるんだろ~?」

「炎のようでいて熱くもないですし・・・」

「不思議な物質だね~」

「ねえねえ! 足元! 薄っすらだけど下が見えるよ! うわっ、高っ!」

「高所恐怖症の方には辛いものですね。私は違いますけど」

私たちは今、アースガルドと防衛世界ビフレストを繋ぐ転移門の1つの前に居るのだが、転移門から元セインテスト王領グラズヘイムへと続く炎のように揺らめく虹の大橋の上で、ヴィヴィオ達は虹の橋が何で出来ているのかと考えている。

「ユグドラシル。本当にてっぺんが見えないね。フェイト、アルフ、リニス」

「うん。すごいね。あの中にも街があるっていうんだからさらに・・・」

「あそこ、あとで案内してくれるのかな?」

「一般の方もいらっしゃるようですし、後でルシルさんに聞いてみましょう」

フェイト達からそんな会話が聞こえてきた。もちろん“ユグドラシル”内も案内するつもりだ。が、さすがに全階層とはいかないから、案内する場所は限られてくるが。

「とても澄んだ空・・・。空気も美味しくて・・・。思いっきり飛んだら気持ち良いんだろうな~」

「あ、それ解りますよ、なのはさん! あたしもウイングロードで、この心地いい風の中を突っ切りたいです!」

「私もです! フリードに乗って、エリオ君と一緒に空のお散歩してみたいです!」

「ほんっと、あんたらは仲良いわね~。結婚式には呼びなさいよ?」

「「うえ゛っ!?」」

三界大戦終結後、セメルエルが滅びたことが影響なのかは判らないが、上位次元世界と下位次元世界を隔てる境界がさらに薄くなり、管理局の次元航行艦でも自由にとはいかないが往来が可能となった。だから今回も、すずかの第零技術部が保有している“ベルリネッタ”でビフレストへ赴き、そこからアースガルドへの専用転移門で来たわけだ。

「アースガルド巡りもいいんだけど、あたしはヴァルキリーの隊長格と一戦交えて経験値を積みたいわ」

「奇遇だな、アリサ。私も同じことを考えていた。私としてはアーフィと言う双剣の副隊長と剣を交えてみたい」

「シグナムもアリサもマジでバトルジャンキーだな、おい」

「せっかく私たちをアースガルドに招待してくれたのだから、少しは戦闘から離れなさい」

「そうですよ。こんなに素晴らしい景色なのですから、楽しまないのは罪ですよ」

「シャマルやリインの言う通りだぜ。休暇を模擬戦で過ごすなんて馬鹿なすることだぜ?」

上位と下位という区別も、魔法技術での移動が可能になったということで廃止することも決まり、まずは管理局が運営している次元航行船運用会社からミッド~ビフレスト間の便を出すことも決まっている。ゆくゆくはビフレストだけでなくアールヴヘイムやニヴルヘイムなどの他世界との便、民間会社も参入する予定だ。

「難しいかもしれないけど、私はルシル君にヴァルキリーに関するデータを少しだけ見たいかも。あ、もちろん技術を盗みたいわけじゃなくて、ちょっとした興味心で・・・!」

「僕も、実はアースガルドの知識の蔵に行ってみたいな~とは思っているんだけど・・・」

「「ユーノがそう言うなら私たちも行ってみたい!」」

技術者であるすずかや学者であるユーノ、その内縁の妻であり同じ学者にしてSt.ヒルデ魔法学院教師であるセレネとエオスは、己の知識欲に真っ直ぐで、以前からそう漏らしていたことも知っているため、「あとで開発棟と蔵にも案内するよ」と伝える。

「ヴァルキリーの隊長格との模擬戦も、まぁ聞いてみるよ。開発者――父と言ってもあの子たちの意思を曲げる命令は下せられないからな」

およそ7千年越しに2つの次元世界が元に戻るということで、その歴史的な出来事に新暦という暦も変更するかどうかという提案があり、正暦か真歴か、はたまた別のか、80を超える管理世界の政府代表との会議も開かれている。もちろん私を含めたアースガルド政府や各同盟世界政府も参加している。

「僕はすずかが往きたいところに往くだけなんだけど・・・。ローフェティタはどう?」

「正直、どっちでもいい。月村すずか。私は未だに貴女とケリオンが付き合うことを認めたわけじゃないから。そもそも神器と人間の間に愛だの恋だの・・・。いい? 私もケリオンも、今は人の姿を取っているけど人間じゃないの。100年生きれば御の字の人間と、寿命なんてものが無い神器。別れは必定、悲恋は必至。それでもいいわけ?」

アールヴヘイムに在る、数万と存在する転移門の中の最高位、“ケリオン・ローフェティタ”。その意識体であるケリオンとローフェティタも今この場に居る。何故ならアースガルドとミッドチルダが交流を開始したことを、私がアールヴヘイムに赴いてケリオンに伝えたからだ。ローフェティタの考えも十分理解できる。それでも私は、すずかとケリオンを再会させてあげたかった。

「判ってる。私とケリオン君はどうしたって過程は築けないって・・。だけど、同じ時間を過ごせないとしても一緒に居て、思い出を作っていける」

「永遠を生きる僕は、確実にすずかの最期を看取ることになるだろうけど、それを不幸とは思わない。すずかの言うように思い出を宝物にして生きていく。というか、ローフェティタだって昔はアールヴヘイムの王族に恋してたじゃないか」

「そ・・・! それはそうだけど! あれは私の片思いで終わったからダメージが少なかっただけ! けど貴方たちは両想い! きっと心のダメージは・・・!」

「それについてはもうすずかと話合ってるから、たぶん大丈夫」

「うん。心配してくれてありがとう、ローフェティタさん」

「むぅ・・・。そもそもルシリオン陛下が悪いのですよ! 陛下が私たちにすずかのことを教えなければ!」

「おっと、私に飛び火してきたか。いずれアールヴヘイムを始めとした世界とも交流が始まる。となれば遅かれ早かれすずかとケリオンの再会は訪れていた。なら、2人のために早い方が良かった、と思うのだが?」

「それははそうですけど~~~!」

ローフェティタは自身の美しい黒髪をガシガシと掻き乱し、納得も理解もしているが感情で認められないと言った風だ。そんなローフェティタ達の様子に、「そんなことよりいつまで我らを突っ立たせておるのだ?」と、不満げに言いながら私の太もも裏を蹴っ飛ばしてきたのは「ディアーチェ?」だった。

「うぬに一言感謝するべく来ただけというに、こんなところにまで連れて来られようとはな。ゲストとして扱わぬのならさっさとエルトリアに帰らせろ。我らは忙しいのだ」

「まぁまぁディアーチェ。異世界人によるエルトリア侵攻も落ち着き、復興も順調。博士もきっと休みを許してくれますよ」

「そうですね。博士も私たちに少しは休むように何度か言っていましたし」

「平和も復興も大事だけど、ボクはもうちょこっと戦っていたかったな~」

「不謹慎でありますよ、レヴィ。私たちだけではジリ貧となり、敗北は確定だったであります」

「そうですよ。・・・ルシルさん。エルトリアの住民を代表し、改めてお礼をさせてください。ルシルさんがヴァルキリーを派遣してくれたおかげで、侵攻軍を完膚なきまでに叩き潰し、さらに本拠地まで潰滅させることが出来たのですから」

「そうよ~♪ 復興に関しても手を貸してもらって、すっごく助かってるわ」

はやて達と再会後、何度目かの食事会の際になのはがふと、シュテル達ともまた逢いたいな、と漏らしたことが始まりだった。私としても逢えることなら逢ってみたいという気持ちもあり、早速再会する方法を思案。いくら行き来が難しい距離とはいえ、こうまで再会が難しいのはおかしいのでは?と考えた私は、私と同じ魔力を有する使い魔、エフェルヘリンズの反応を元にエルトリアを探してもらえるよう“ケリオン・ローフェティタ”に頼んだのだが・・・。

(まさか、未来とは思わなかったな・・・)

エルトリアという世界は今の時代でも存在するが、エフェルヘリンズの居るエルトリアは今の時代から300年ほど未来なのだそうだ。なるほど、アミタ達が行き来が難しいと言うわけだ。時間渡航など夢の技術。しかし、その問題はすぐに解決できる。そう、“ケリオン・ローフェティタ”だ。あらゆる距離、あらゆる時間にも転移できる最高位の転移門の力を使えば、ミッドとエルトリアを繋げることが出来る。

(そして、なのはがエインヘリヤル・シュテルから聞いていたエルトリア侵攻は現実で、シュテル達は敗北寸前まで追い込まれていたことが判った。だから・・・)

三界大戦も終わり、同盟世界の遊撃警察としての役割となって少しばかり暇をしていた“ヴァルキリー”、炎熱系最強のティーナ率いるヒルド隊を派遣した。科学には優れていたが神秘の一切ない侵攻軍など“ヴァルキリー”の敵ですらなく、ディアーチェ達と協力することで本拠地まとめて半年で壊滅させることが出来た。それが4ヵ月前の出来事だ。

「いや、気にしないでくれ。友人を助けるのは当然のことだし、エフェルが世話になっているし、派遣したヴァルキリーも久しぶりに戦えて満足していたしな。利害も一致していたわけだ」

「それでも、本当にありがとうございました!」

「ハグして感謝を示したいけど、もう妻子持ちだからやめておくわ♪」

「そうしてもらえると助かるよ、キリエ」

和気あいあいと話している中、ずっと黙っていたアイルが「すずか。少しくっつき過ぎではありませんの?」と、すずかとケリオンの肩が触れ合っていることに不満を漏らした。

「え、そうかな? 普通だよ」

「いいえ。ローフェティタと同じで、私もすずかとケリオンのお付き合いは認めませんわ。仮にも私のオリジナル。同じ顔をしているあなたが、私とは深い付き合いの無いケリオンとベタベタ、イチャイチャとされるのは少々不快ですわ」

「でも不思議だね。すずかと同じ顔立ちなのに、僕は君に全くと言っていいほど何とも思わない。やっぱり見た目じゃないんだ。だから安心していいよ、アイル。僕はすずか一筋だから。だから君も、顔は同じでも自身とすずかは別人だって思うといいよ。そうすれば不快な思いなんてしなくなるから」

「すっごくイラつきますわ、あなた」

ケリオンとアイルの中で火花が散る。そんな2人に落ち着くように言うアリサ達、ユーリ達を眺めていると、シャルがススッと私の隣に移動してきた。

「シャルロッテ様でも一度も足を踏み入れることの出来なかったアースガルドの地を、こうしてわたしが踏めるなんて・・・。しかも、ルシルとの間に生まれた息子と一緒に・・・。ね? シグルド。ほら、パパですよ~♡」

ベビーキャリア(抱っこ紐とも言うな)を装着しているシャルの胸には、1歳半の赤ん坊は寝息を立てている。名をシグルド・フライハイト。再誕戦争が始まるより前に実在したと言われているアースガルドに伝わる英雄の名前だ。名前負けしないように強く清く育てていくと、シャルは宣言していた。そんなシグルドは母親であるシャルが差し出した人差し指を握り、「あーうー」と笑顔を浮かべた。

「ふあー! 可愛い! あゆもシグルドも可愛すぎて、アイリ、にやけちゃうよー!」

当初ははやてとシャルがずるいと駄々を捏ねていたアイリだったが、あゆやシグルドが生まれてくると一気に落ち着き、良いお姉さんとして面倒を見てくれている。ちなみに今もなお教会騎士団の融合騎部隊、藍木春菊騎士隊の隊長としてミッド住み。主離れの時期なんだと少し寂しくなった。

「トリシュ達も来られたら良かったんやけどな」

「あの子は臨月だし、産休取ってるわたしやはやてとは違ってルミナ達は通常勤務だしね」

はやてとシャルが向き合ったことで、あゆとシグルドが近くなる。異母姉弟関係になる2人は互いに手を伸ばし、きゅっと優しく握り合った。その微笑ましい光景にアインス達も、なのは達も笑顔になった。もちろん私も。

「なあ、ルシル君」「ねえ、ルシル」

「ん?」

私に同時に声を掛けてきたはやてとシャルに振り向くと、2人は一度互いの顔を見合わせた後にこう聞いてきた。

「「幸せ?」」

その問いを聞いたとき、私はこれまで自分が歩んできた人生が一気に脳裏を過った。まったく普通の人生ではなかったな。特に“界律の守護神テスタメント”というものが。ただ、そのおかげで今の私があるのも事実。事実ならぬ人生は小説より奇なり、だな。自分の半生を小説にしたら売れ・・・ないか。

「もちろん、幸せだ。私には勿体ないほどだよ。はやてとシャルとの間には子どもが出来、アイリやアインス達、なのは達が支えてくれている。これ以上の幸せなんて考えもつかないよ。だから・・・私は、この人生を愛している」

虹の橋を再び歩き出しながらそう答える。ルシリオン・セインテスト・アースガルドという人生を諦めなくて良かった。万感の思いを載せての発言だったんだが、くっさいセリフを吐いたとすぐに思って顔が熱くなる自覚をする。何か言い直した方がいいのか、または開き直るべきか、さてどうしようかと思っていたら、はやてが私の右腕を、シャルが私の左腕を抱きしめた。そしてアイリは、私の背中に飛び乗った。

「私も!」「わたしも!」「アイリも!」

「「「この人生を愛してる!」」」

はやて達も、そしてなのは達も「愛してる!」と大合唱。恥ずかしいやら照れ臭いやら複雑な思いが生まれたが、みんなのノリがそんなものを押し流していった。だから私はもう一度・・・

「愛してる!!」

大きな声で、アースガルドの遥かなる青い空に響き渡るように、告げた。
父様、母様、ゼフィ姉様、シエル、フノス、イヴ義姉様、カノン、ステア、セシリス、フォルテシア、プレンセレリウス、ジークヘルグ、カーネル、マリア、そしてシェフィリス。随分と遠回りになったが、私は大切な人たちと愛を伝え合い、幸せになったよ。

「ありがとう」




魔道戦記リリカルなのはANSUR
               Fin

 
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