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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第四十話 エルゴン星域会戦(後)

帝国暦482年8月30日21:00 カプチェランカ、銀河帝国軍、カプチェランカβⅢ基地
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 幼年学校を卒業して最初の任地がこんな極寒の星とは…相当私も嫌われた様だ。まあ、キルヒアイスと離れ離れにならなかったのがせめてもの救いだな。
しかし、最前線とは云えこんな系外惑星の地表では武勲の立てようが無い。寵姫の弟は大人しくしていろ、という事だろう…。
ああ、苛立ちばかりが募ってしまう。こんな有様では姉上をあの男から救い出し、宇宙を手に入れるなど痴者の夢というものだ。
「星を見ておいでですか、ラインハルト様」
「ああ、星はいい。俺も早くあの星々の海に泳ぎ出したいものだ」
「星々の海といえば、我が帝国艦隊と反乱軍艦隊が戦闘を開始する様です」
「ふん、どうせ碌な戦いではあるまい」
「メルカッツ提督率いる三万一千隻と反乱軍の二個艦隊が交戦間近との事です」
「メルカッツだと」
「はい」
「メルカッツはまだ少将だったと思ったが…その彼が何故その様な大艦隊の指揮官なのだ?」
「士官クラブで耳にしましたが、かなり変則的な編成な様です。何でも貴族の尻ぬぐいとか何とか…」
「門閥貴族どもか。指揮官がたとえメルカッツであっても、靡下の艦隊が貴族共ではな。見るべき所は少ないだろう」
「ラインハルト様」
「…口は災いの元、とでも言うのだろう?」
「はい…士官クラブで概略図ではありますが戦況放送が行われる様です。ご覧になりますか」
「…いい暇つぶしにはなるだろう。行ってみよう、キルヒアイス」



宇宙暦8月30日22:00 エルゴン星域、自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 クレメンテ提督はビュコック提督の意図を了解してくれたが、ヒルデスハイム艦隊の前衛の二つの分艦隊が突撃してきた為、我々との合流を果たせなくなってしまった。
だがクレメンテ提督は老練だった。敵の分艦隊の連携があまり良くないのを見てとると、艦隊を急速後退させた。第三艦隊の二時方向から並進して突撃してきた敵の二つの分艦隊は第三艦隊の急速後退に追従しきれず、第三艦隊に向けて互いが急に変針して進撃を続行した為、艦列が重なり合い衝突して爆散する艦が多数出る、という有様だった。クレメンテ提督はそこを見逃さなかった。急速後退から逆撃に転じ、突撃してきた二個分艦隊に大打撃を与えたのだ。
「見事なもんじゃ。儂も是非とも見習わねばならんもんじゃて。参謀長、無理に合流せずともヒルデスハイム艦隊はクレメンテ提督に任せておいて良さそうじゃ。こちらもメルカッツ艦隊の動きを封じるとしよう」
「はっ。…全艦、九十度回頭、敵メルカッツ艦隊の前に展開する。艦隊速度、全速」
「閣下、よろしいでしょうか」
「何だね、バルクマン」
「クレメンテ提督は、どのようなお方なのでしょう」
「儂も詳しくは知らんが、一見粗野に見えるが、機を見るに敏、という表現が似合うお方じゃろうな。多分、この戦いが終われば、退役なさる筈じゃ」
「何故です?まだ退役なさる年齢では無いと思いましたが。小官などが言うのも失礼な話ですが、非凡な能力をお持ちの様です。まだまだ同盟軍には必要な方だと思いますが…」
「ロボス大将を好かんそうじゃ」
「それだけ、ですか!?」
「偉くなるとな、色々あるのじゃ。それに、そろそろ後進に道を譲る時期だと言うておられたな」
「後任はどなたが」
「ルフェーブル中将ではなかったかな」
「後進に譲る、ですか…」
「腑に落ちんかね?」
「戦争はハイスクールのスポーツ競技や部活動ではありません。上級生が卒業して、下級生の為に席を空けるのとは訳が違います。戦える能力のある方が戦わないのでは、勝てる戦いも勝てなくなってしまいます」
「少佐は、帝国との戦いに勝てると思っとるのかね」
「小官はそのために同盟軍に入隊しました。失礼ですが、閣下は同盟が帝国に勝てないと仰るのですか」
「…儂は同盟を護る為に入隊した。負けるとは思ってはおらんよ」
「失礼しました」
「考えは人それぞれじゃ。さあ、一仕事するかのう」



8月30日22:15 銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ

 敵ながらなんと見事な…見とれている場合ではない。
「味方の危機を救うぞ。全艦、味方の右に迂回しつつ敵の左側面を衝く!急げ」
「閣下、我が艦隊が敵の左側面を衝く間にフレーゲル少将、シャイド少将の両分艦隊に後退していただきましょう」
「そうだな、そう二人に指示してくれぬか」
「了解いたしました」
ファーレンハイト中佐が下艦した後、私を補佐してくれているのはシューマッハ少佐という男だ。才気走った事は言わないが、適格で得難い助言をしてくれるので何かと助かっている。この戦いが終わった後も私の幕僚として残って欲しいものだ…。



8月30日22:30 自由惑星同盟軍、第三艦隊、旗艦シバルバー
クレメンテ

 「敵の新手が十時方向より突入してきます!」
「近接戦闘に切り替える。母艦機能を持つ艦はスパルタニアン(単座戦闘艇)の準備を…」
「直撃来ます!……うう………閣下?…閣下!」
「だ、大丈夫だ…第五…艦隊に連絡を…指揮権を…委譲…」
「閣下!軍医を!」
「さ…参謀長…離艦用意だ…」


8月30日22:35 自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ オットー・バルクマン

 これは…!
「…閣下、第三艦隊旗艦シバルバー、被弾多数、大破の模様。『我、指揮不可能』との事です」
「参謀長、全艦停止…艦隊陣形をU字陣形に再編。陣形完成後、向きはそのまま九時方向へ移動、第三艦隊の居る宙域に向かう」
「はっ!…全艦停止、U字陣形をとれ!再編後メルカッツ艦隊に正対したまま九時方向に移動!」
「バルクマン」
「はっ」
「第三艦隊の各分艦隊司令は誰じゃったかな」
急いで携帯端末(P D A)を開く…あったあった。
「ウランフ少将とコーネフ少将です。ウランフ少将が先任です」
「よし、参謀長、ウランフ少将に通信、残存艦艇をまとめ戦線を維持せよ、まもなくそちらへ行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
まさかシバルバーが大破とは…。戦闘にまさかは無いが、とんでもない事になったな。指揮不可能って、クレメンテ提督が戦死…?
「閣下」
「どうした」
「シバルバーより通信。…クレメンテ提督、戦死なされました」 
伝えるモンシャルマン参謀長の表情が硬い。
「一仕事どころでは無くなってしまったな。参謀長、泣くのは後じゃ」



8月30日22:50 銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ

 「閣下、敵旗艦と思われる大型戦艦の爆沈を確認致しました」
「敵旗艦を沈めただと?本当か!?」
「はい、反乱軍艦隊の通信がそう申しております。敵の動きの鈍さからすると、罠などではないと思われます」
なんという僥倖!勝てる、勝てるぞ!
「よくやった。反乱軍艦隊の様子はどうか?」
「攻勢を強めておりますが、徐々に後退しております。艦隊の再編成をするのではないかと。こちらもフレーゲル、シャイド分艦隊が後退に成功しました」
「よし、攻撃の手を緩めるな。フレーゲル、シャイドの二人には、再編成が済み次第我等の両翼につけと伝えてくれ」
「かしこまりました」
緒戦こそ失敗したが、艦隊戦というものも中々面白いではないか。やはり私には才能があるのかもしれん。あの二人も落ち着きを取り戻してくれるとありがたいが…。




8月30日23:00 銀河帝国軍、メルカッツ艦隊、旗艦ネルトリンゲン
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 敵艦隊の旗艦を沈めるとは…意外と言ってはあれだがヒルデスハイム伯も中々やるではないか。まあ、まぐれ当たりと云う事もあるかもしれんが…。軍人をやるのは簡単だが、軍人が皆軍事的才能がある訳ではない。特に指揮官としての資質はそうだ。優秀な参謀、優秀な艦長が艦隊を率いた途端に凡将、愚将という例は枚挙に暇がない。ヒルデスハイム伯はそうかもしれないし、そうではないかもしれない。どちらにせよ我々の領分に踏み込むのはこれ限りにしてほしいものだ…。
「中佐、あの第五艦隊の意図は何だと思うかね」
「あからさまにU字陣形をとったところを見ると…いつでもかかって来い、投網の準備はできているぞ…と言った所でしょうか。状況からすると、敵の第五艦隊は第三艦隊の援護に向かおうとしているなは明らかです。砲口はこちらを向いていますが、徐々に三時方向に移動しているのがその証拠です。半包囲体制を見せつけて、こちらの追撃の意図を挫こうとしているものと推察します」
「そうだな、私もそう思う。みすみす合流させる手はない、長距離砲で敵の左翼を攻撃する。突出は避けよと全艦に通達せよ」
「かしこまりました…シュッツラー准将より通信です、正面スクリーンに回します」

“提督!我々も急ぎヒルデスハイム伯爵に合流を!”

「合流はします。だが今ではありません。ヒルデスハイム艦隊が優勢に戦えているのも我等が敵第五艦隊の動きを牽制しているからです。それに今合流して攻撃に参加したら、武功を横取りするのか、と言われかねませんぞ。准将のお立場では、それはつたないのではありませんか?」

“それは…”

「このまま敵第五艦隊を牽制し、ヒルデスハイム艦隊が相手を撃破した後、我々とで敵第五艦隊を挟撃する。宜しいですね?」

“…了解した”



8月30日23:30 自由惑星同盟軍、第三艦隊、代理旗艦盤古(バン・グー)
ウランフ

 「コーネフ分艦隊より入電、『我レ、再編成完了。指示ヲ乞ウ』です」
「よし、よく堪えた、戦いはこれからだ!…チュン大佐、コーネフ分艦隊の兵力は?」
「敵艦隊の突入により分断された戦隊と合わせて…約四千隻程です」
「こちらが約六千隻…コーネフ少将に先程後退した敵二個分艦隊に突撃せよと伝えろ」
「突撃、ですか」
「そうだ。後退した敵はおそらくまだ再編成が終わっていない。終わっていればとっくに攻撃参加していてもおかしくはないからな」
「確かにそうですな」
「それに、敵は錬度が低そうだ。突入してきたヒルデスハイム艦隊はそうでも無さそうだが、後退した敵の最初の醜態(ざま)を見ただろう?機制を制すれば、混乱させられる」
「了解致しました」
「それと第五艦隊には再編成完了、反撃に移ると伝えろ。助勢願う、ともな」
「はっ」



8月31日00:15 カプチェランカ、銀河帝国軍、カプチェランカβⅢ基地
ジークフリード・キルヒアイス

 ラインハルト様は食い入る様にスクリーンを見ておられる。
概略図で現地とタイムラグがあるとは云え、初めての大規模会戦を御覧になられたのだから無理もないだろう。
「どうした、キルヒアイス」
「…いえ、味方が善戦しているなと思いまして」
「善戦だと?善戦なものか。大体、あの二個分艦隊の醜態はなんだ。変針が錯綜して敵に逆撃を喰らった上、再編成に手間取っている内に更に敵の先頭集団の突撃を許すとは…。救援に来たヒルデスハイム…伯爵の突入がまるで無駄になっているではないか」
「はい…ですがそのヒルデスハイム伯爵はかなりの勇戦ではありませんか」
「…それは素直に認めよう。だが、敵の第三艦隊の指揮を引き継いだ奴は、果断な指揮官の様だな」
「はい。あの状況では突入してきたヒルデスハイム艦隊を挟撃するのが常道だとは思いますが…」
「あの二個分艦隊の錬度の低さを見てとったのだろう…迷惑かけ通しだな、あの味方は。俺達が艦隊を率いる事になったら、ああいう様だけは晒したくないものだな」
「そうですね…我々はいつまで此処にいるのでしょうか」
ラインハルト様の言ではないが、早くこのような星とおさらばしたいものだ。此処はあの方から遠すぎる…。



8月31日00:15 エルゴン星域、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム

 くそ、このままでは敵中に孤立してしまう。まさかあの二人が更に後退するとは…一門の恥の上塗りではないか…。
「少佐、潮時のようだな。後方を遮断される前に撤退する。全艦、斉射だ!エネルギーの許す限り続けよ!」
「了解致しました…全艦、斉射しつつ後退!」



8月31日00:15 銀河帝国軍、メルカッツ艦隊、旗艦ネルトリンゲン
ベルンハルト・シュナイダー

 何という事だ…!突破を許した挙げ句、ヒルデスハイム艦隊を見捨てて逃げ出すとは…!
「中尉、あれが味方とは、情けない限りだな」
「全くです」
ファーレンハイト中佐の顔が険しい。フレーゲル、シャイド両男爵の失敗が最後まで尾を引いている。それにひきかえヒルデスハイム伯爵はよくやっている。敵旗艦を沈め、両男爵を救い、今も敵中にて戦っている。
「見方を変えねばならんな。伯が戻られたら、俺は改めて伯に詫びをいれるよ」
「差し出がましい様ですが、それが宜しいかと」
「二人とも、状況が変わるぞ」
「はっ、失礼しました…そうですね、ヒルデスハイム艦隊が後退を始めました」
「ヒルデスハイム伯を救う。斉射三連、その後疑似突出。シュッツラー分艦隊は伯の援護に向かわせる」
「了解致しました…全艦砲門開け、斉射三連、艦隊強速度で前進!…シュッツラー准将に連絡、直ちにヒルデスハイム艦隊の援護に迎えと伝達せよ!」




8月31日00:25 自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 敵の前進速度が上がった!攻勢に転じるのか!…しかし…。
「敵の一部が転進します!」
あ…思わず叫んじまった…。
「その様じゃな。参謀長、眼前の残った艦隊はどうやら殿(しんがり)に立つ様じゃ。手強いぞ。こちらも斉射だ」
「は、はっ…全艦斉射!こちらの方が敵の倍だ!撃ち負けるな!」
「バルクマン、敵の意図が分かるかね」
「は、はい…撤退の準備ではないかと推測します」
「何故そう思う?」
「戦闘を継続するのであれば、敵は全軍でヒルデスハイム艦隊に合流しようとする筈です。しかしそれではこちらも第三艦隊に合流してしまう。お互いが合流した場合、優勢なのは此方です。旗艦が沈んだとは云え、現状では第三艦隊が優位に立っています…ヒルデスハイム艦隊の撤退を援護する為に艦隊の一部を分派、残った本体でこちらの足止め…第三艦隊も、敵に五千隻も増援が来てしまうと劣勢です、後退せざるを得ません。その間にヒルデスハイム艦隊は後退すると思います」
「そうじゃな。参謀長、では我々はどうすべきだと思うね?」
「は、はっ…こちらも一部を現宙域に残し、第三艦隊に合流…」
「却下じゃ…敵は…メルカッツ艦隊の本隊じゃろうが…こちらの半分の兵力で我々を足止めしようとしておる。おそらく精鋭じゃろう。同数を残したとて足止め出来るか分からん。敵が撤退するのなら、こちらも撤退じゃ。おそらく敵は追って来んじゃろうて」
「は、はっ。では第三艦隊にその様に伝達致します」
「宜しく頼む…多分敵の突出は擬態じゃろう、敵も無理はせん筈じゃ。注意を怠らん様にな」
良かった。しかし参謀長には気の毒な事をしてしまった…そう睨まないで下さい。




8月31日02:00 カプチェランカ、銀河帝国軍、カプチェランカβⅢ基地
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵も味方もいい引き際だな…前半はこちらが優勢、後半は互角かやや劣勢…。
「如何でしたか、ラインハルト様」
「…中々見ごたえはあったな。埒もない戦、というのが正直な感想ではあるがな。特に味方に関しては不満の残る戦いぶりだった」
「ラインハルト様」
「…また、口は災いのもと、と言いたいのだろう?キルヒアイス」
「はい。よくお分かりの様ですね」
「まったくお前という奴は…さあ、もう休むとしようか」
ああ、俺があの艦隊を率いていたなら…。
俺は必ず宇宙を手に入れる。そして皇帝を倒し、必ず姉上を救い出す…。



 
 

 
後書き
執筆中に間違えて公開になってました。
もし読んでいた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。 
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