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SHUFFLE! ~The bonds of eternity~

作者:Undefeat
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第二章 ~罪と罰~
  その十四

「ごめんなさい、稟君。すぐにお夕飯の準備しますね」

「ああ、別に急がなくてもいいぞ」

「はい、桜ちゃんはどうしますか?」

「うーん」

 そんな会話を交わしつつ、芙蓉家に到着。玄関を開けると何やらいい匂いがしている。一同首を傾げつつキッチンへ向かうと、そこには柳哉がいた。

「おう、お帰り」

「柳?」

「柳ちゃん?」

「柳君? その、もしかして……」

「ああ、そのもしかしてだ」

 鍋にはクリームシチューが湯気を上げている。いい匂いの正体はこれのようだ。

「今夜はクリームシチューにするって言ってたろう? まあ、あくまでも水守家流の味付けではあるけどな」

 確かに買い物をしている時にそんな話をした。もしかしたらあの時から既にこの事態を予想していたのだろうか?

「腹減ってるだろう?」

 そう言いながら楓がいつもしているエプロンを外し、本人に返す。というか結構似合っていたので誰もツッコミを入れていなかった。

「んじゃ、俺はお(いとま)するわ」

「え、あの、食べていかないんですか?」

「そこまで野暮じゃない」

「うん、そうだね」

 桜も空気を読み、帰宅することにしたようだ。

「それじゃ、おやすみ」

「はい、あの、柳君」

「ん?」

「ありがとうございました」

 頭を下げる楓に苦笑する柳哉。

「まあ、迷惑料ってことで」

「いえ、夕飯(そのこと)ではなくて」

「? それ以外で何か感謝されるような事があったか?」

 悪戯っぽく笑って言う。まあ確かに、文句を言われこそすれ、感謝されるような事はしていない。
 柳哉の意図を感じ取ったのか、楓も笑う。

「私が、勝手に感謝しているだけですから」

 肩を(すく)める柳哉。と、稟の肩を掴み引き寄せる。

「後はお前次第だ」

 それだけを言って、柳哉は桜と共に芙蓉家を出た。


          *     *     *     *     *     *


 帰り道。

「楓ちゃん、大丈夫そうだったね」

「まだそうと決まったわけじゃないけどな」

 後は稟次第だ。とはいえ、あの様子なら余程の事が無い限り心配はいらないだろう。

「でも、桜は良かったのか?」

「え?」

「稟の事」

 八年前の時点でも楓と同様、稟に好意を寄せていた桜だ。これをきっかけに稟と楓が付き合い始めたらどう思うのだろうか。

「大丈夫だよ」

 柳哉のそんな内心を察したのか、桜は微笑んで言った。

「私はね、柳ちゃんと同じ。稟君だけじゃなく楓ちゃんにも幸せになって欲しいんだから」

 それにね、と続ける。

「神界でなら、楓ちゃんと一緒に稟君の奥さんになれるかな、とか考えちゃって……」

 若干顔を赤くしながら言う桜に、大爆笑する柳哉。

「……そんなに笑うことないじゃない」

「いや、悪い悪い。しかしまあ、随分と逞しくなったもんだ。褒めてるんだぞ?」

「褒められてる気がしないよ」

 若干むくれる桜。柳哉はそんな桜を先程の大爆笑の際に出た涙を拭いながら微笑ましげに見ている。

「ま、その当たりは楓と要相談、だな」

 あと、シアとネリネも。

「稟君と、じゃないんだね」

「あいつに拒否権なんてものは無いだろう? 特にこの件に関しては」

 酷い言い様である。が、妙に説得力がある。まあ、二世界の王からして|あれ(・・)なのだから。

「それじゃ桜、お休み」

「うん。お休み、柳ちゃん」

 八重家の前で二人は別れた。


          *     *     *     *     *     *


 夕食後、稟はある提案をした。

「花火……ですか?」

「今年は見るだけで、家では一度もやってないし。……どうかな、二人で」

 時期的には若干遅いものの、暦の上ではまだ夏だから。そう言って稟が楓に見せたのは昼間の内に購入しておいた花火セットだ。打ち上げ花火なども欲しかったが、川辺などならまだしも、ここは住宅地だ。さすがに近所迷惑になるだろう。もっとも、両隣なら文句を言わないどころか嬉々として参加しかねない。それはそれでいいのだが、今回だけは遠慮したい。
 
「……そうですね。夏ももうあと少しですし、最後にいいかもしれません。」

 特に今年の夏は色々ありましたから。そう言って楓は花火を手に取り、楽しそうに微笑む。

「まあ、確かに色々あったよな」

 シアとネリネのバーベナ学園への転入と両隣への引越し、さらに婚約者候補宣言、プリムラの来訪と芙蓉家での同居生活、デイジーやツボミとの出会い、皆と行った海、水守家の光陽町への帰還、そして今回の騒動。本当に色々あった。楓も同じ心境なのだろう。

「それじゃ、先に片付けちゃいますね」

「ああ、俺は準備しとくよ」

「はい」

 どうやらうまくいったようだ。花火に誘うには勇気が必要だった。楓が頷いてくれなかったらどうしようかと、内心冷や冷やしていた。

(楓は覚えててくれてるんだろうか? 俺達の約束、その始まりを)

 キッチンで洗い物をしている楓の後ろ姿を見つつ、稟は花火の準備を始めた。


          *     *     *     *     *     *


「綺麗……ですね」

 呟く楓。その表情はうっとりとしており、花火の放つ光に照らされているせいか、どこか色気を感じさせる。

「ああ、そうだな……」

 楓の方が綺麗だ、という言葉を飲み込みつつそう答える。よく映画やドラマなどで出てくる台詞だが、まさか自分が現実に口にしそうになるとは思ってもみなかった。

「なあ、楓」

 少し心を落ち着けてから、花火に見入っている楓に声をかける。

「はい」

「俺達、一緒にいるよな。約束通り」

「え……」

 唐突な稟の台詞に、楓は言葉を失い、目を見開く。それを見て、稟の心に安堵が広がる。楓は、ちゃんと覚えていてくれた。自分と同じ記憶を、約束を。湧き上がってくる歓喜のままに、言葉を続ける。

「あの時と同じだな。夏の夜、この場所で、花火をしながら約束した」

「稟君……覚えて……」

「大事な約束なんだ。忘れようがないだろう?」

 そう言って、稟は苦笑した。
 幼い頃の夏の夜、自分と楓がこの芙蓉家の庭で、輝く七色の光の中で交わした指切り。忘れるわけがない、大切な記憶、大切な約束。

「忘れているって……忘れられているって……思っていました……」

 少し目を伏せたまま、呟くように言葉を漏らす楓。良く見れば、少し震えているようだ。寒さからでは決してない。

「稟君を、あんなに苦しませてきた私との約束なんて、とっくに忘れてしまっているって……」

「いや、むしろあの約束があったから、俺は今ここにいる。というか俺の方こそ、楓は忘れてるのかもしれないって思ってた」

 幸いにして、杞憂で済んだが。

「忘れるなんて事……ありません。忘れられるわけが……ないですから」

 頭を振り、稟の言葉を否定する。その声は、弱々しく震えているが強かった。

「良かった」

 そう言って稟は、丁度いいタイミングで消えた花火を楓の手から取ってバケツに放り込み、楓を抱きしめた。

「ひゃっ!? あ、あの……稟君?」

 楓が落ち着くまで、しばし待つ。

「なあ、楓。もう一回、約束しよう。あの時と同じ約束を」

「でも……」

「……嫌か?」

「嫌なわけ、ありません。でも……」

 体を離しながら楓が言う。

「稟君、聞いてもらってもいいですか?」

「ああ」

 頷く稟を見て楓は語り始めた。  
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