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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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提督のBlackOps遍
  訪問者

 その艦娘が事前連絡も無しにブルネイ第一鎮守府に現れたのは、とある『密命』を携えての事だった。

「で?軍令部総長の秘書艦殿がウチに何の御用ですかねぇ?」

「そう邪険にしないで下さいよ、金城提督。よく知ってる仲じゃないですかぁ」

 そう言って微笑みを浮かべながら目の前に居るのは龍田。所属は横須賀の大本営にある軍令部。軍令部ってのは海軍の大元締めの2トップ、その片割れだ。内閣に従属して人事と軍政を司る海軍省に対して、天皇の統帥権をサポートして海軍全体の作戦立案や指揮を行うのが軍令部だ。まぁぶっちゃけ、海軍の元帥でも頭の上がらない連中なワケだ。

「ヘイdarling、この女とどういう関係か……ご説明願えますよね?」

 この会談の席にはウチの嫁さん、もとい筆頭秘書艦である金剛が同席している。その目はジト目で此方を睨んでいるが。

「横須賀時代に、『ちょっと』知り合いになっただけだ」

「『ちょっと』?」

「あら、そんな簡単な説明で済ませてしまうの?あの頃あったあんな事やこんな事、説明しなくていいのかしら?」

 クスクスと笑う龍田。しかしその目は細められ、まるで悪戯好きの狐の様だ。実際コイツは女狐と呼ばれても差し支え無いような奴だがな。

「提督、後でお話があります」

「アッハイ」

「あらあら、あの暴れん坊が今や形無しねぇ」

「おい、いい加減にしねぇと……」

「あら恐い、私手籠めにされちゃうのかしら」

 龍田がポツリと呟いた瞬間、執務室の至る所から銃口が向けられる。昔馴染みの知り合いで軍令部のお偉方の秘書とは言え、アポも無しにやって来て提督に会わせろなんて宣う奴と一人では会わせられないと主に嫁艦連中が主張してな。執務室の隠しスペースに武装した艦娘が隠れ潜んでいた。

「こうなるぞ、って言おうとしてたのによぉ」

「あんまり最前線をナメるなよ?小娘」

 あと金剛さん、銃口向けたままそのドスの利いた声は止めて差し上げろ。新入りのチビッ子共がビビる。

「おふざけが過ぎたかしらねぇ」

 龍田も苦笑を浮かべながら両手を上げている。





「で?改めて聞くが用件は」

「これを」

 龍田が差し出して来たのは茶封筒。朱く『部外秘』の判が押されている。完全に厄介事のそれだ。

「封を切る前に言っておくわ。中身を見た瞬間から、貴方はこの案件の関係者。否が応でも協力して貰うことになるわ」

「協力の期間は?」

「事態が終息するまでよ」

「拒否権は?」

「一応あるわ。その封を切らずにこちらに返せば、協力の意思無しとして私はこのまま帰るわ」

「ふ~ん」

 提督は躊躇いも無く、封筒の封を切って中身を改めた。

「これはこれは……確かに、アポ無しでないと不味いわなぁ?コレは」

「でしょう?外聞的にも、内向きの理由的にもね」

「まさか……海賊行為を働く艦娘がいるとはな。しかも、ウチの庭先で」

 封筒の中身は、ブルネイの周辺海域に於いて海賊行為を働く艦隊の存在を示す報告書だった。黙々と資料を読み込んでいく提督に、疑問を呈する艦娘が一人。

「あの……それのどこがそんなに問題なのでしょうか?ギンバイは褒められた事では無いですが、昔からあった事ですし」

 ウチの総務の取り仕切りをしている大淀だ。




「あら、真面目を絵に書いた様な貴女がそんな事言うなんて……随分貴方に影響されてるじゃない。金城クン?」

「うるせぇ。ついでにその呼び方はヤメロ」

 ギンバイ、というのは食事に集るハエのごとく食糧をちょろまかす行為を揶揄した言葉だ。転じて、艦隊の運営に必要な物資を非正規の方法で手に入れる事をそう呼んだりもする。勿論海軍内の規律や風紀の乱れに繋がる行為である為に『見つかれば』厳罰物だ。が、艦隊運用は綺麗事だけで済まされ無い事もあるため、小規模な被害であれば『お目こぼし』される場合も無くはないのだ。実際、金城提督の鎮守府では資源調達に苦慮している警備府等の小規模な鎮守府に対して、こっそりとだが余剰気味の物資を横流ししたりして支援したりしている。無論、自分達が足りなくならない範囲での僅かな物だが。

「だが……今回の連中は見逃せねぇな。何しろ味方を撃沈したって報告すらある」

「まさか!?そんな事があれば、即座に報告を……」

「するのが普通、よねぇ。けれども報告は無し……何故だか解るかしら?」

 味方に艦隊の人員を撃沈された……つまりは殺された。そんな重大な事を上に報告すらしない。その理由は何か?

「そりゃ出来んだろう。仮にも軍隊だぞ?場末の喧嘩で警官がチンピラに刺されて殺されたのとは訳が違う」

「面子の……為ですか」

 軍隊、というのは国家の暴力装置だ。艦娘という特殊な敵対勢力を相手にする為の部隊とはいえ、その本質は変わらない。そんな軍隊が一番嫌う物は何か?と問われれば『他国に無礼(ナメ)られる事』だろう。国家の暴力装置たる軍隊が、他国に無礼られるという事は即ち暴力装置としての機能不全と変わらない。内部の統制が出来ていない軍隊など、整備のされていない暴発確定の銃の様な物だ。そんな銃を突き付けられても虚仮脅しになるかすら怪しい。

「万が一この不祥事が明るみに出てみろ。国内外の艦娘否定派と艦娘絡みの利権に食い込めなかった軍需企業の連中が手ェ組んで、大規模なデモが起きるぞ?いや、デモで済んでりゃ可愛い方か。下手すりゃ内戦が起きても可笑しくない」

 何しろ、敵は深海棲艦ではなく艦娘。自分達と同じ存在を相手にする……それは人間同士の戦争と変わらない。その上、敵は身内。国内の度の鎮守府が敵か味方か解らない状態で内戦に突入などしたら、待ち受けるのは規模が拡大した戦国時代の再来だ。

「笑えないジョークですね」

「ジョークで済んでる内は笑い話だけれどね。私が内密にここに来た理由、納得頂けたかしら?」

「んで?俺にどうしろっての」

 龍田はそこで居住まいを正し、改めて頭を下げる。

「金城零二提督、軍令部として要請します。海賊行為を働いている艦隊の特定、及び原因の調査。そしてその是正を」

「是正、ねぇ……出来なかった場合は?」

「戦力の減少は避けたいですが、綱紀粛正の為にも“処分”をお願いします」

「処分って……」

 艦娘にとって処分と解体は似ている様で大きく違う。解体とは、戦闘行為が出来なくなった艦娘を穏当に艦娘としての能力を除去して一般人にする事だ。対して処分は物理的に抹消する事……つまりは殺害すらも辞さないやり方だ。

「ま、上官不服従は銃殺されても文句が言えねぇってのが軍の伝統というからな。引き受けましょう」

「提督、それはあまりに……」

 何かを言い募ろうとした大淀の腕を掴んだのは金剛だ。その顔は苦虫を万匹噛み潰した様に歪んだまま、左右に首を振る。金剛も判っているのだ、普段厳しいが誰よりも優しい提督がこうもアッサリと受け入れたのは自分達の為なのだと。

「そう、受けてもらえて助かるわ。じゃあ私はこれで」

「おいおい、もう帰っちまうのか?飯でも食ってけよ。ご馳走するぜ」

「遠慮しておくわ。だって……そんな殺伐とした貴方の顔を眺めながら食べても、美味しくなさそうだもの」

 そう言って、突然の訪問者は去っていった。



 
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