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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Saga30-B遥かに永き旅路の果てへ~Have a good journey~

†††Sideイリス†††

マリアさんがルシルの座る車椅子の後ろに回って、グリップを握ったところで・・・

「待ってください!」

なのはが制止の声を上げた。そしてルシルの前にまで移動すると「私の魔力、持って行って」って右手を差し出したから、ルシルは驚きの表情を浮かべてなのはを見た。

「これが最後って言うのなら、私に出来ることは全部やっておきたいんだ。事件解決後には休みをとるつもりだったし、2~3日分くらいは魔法使えなくても大丈夫だから」

「しかし・・・」

「しかしも何もないよ。ほら、早く。時間、ないんだよね?」

「ありがとう。本当にありがとう、なのは」

女神のごとき笑顔を浮かべるなのはに、ルシルは泣くのを堪えるように目をギュッと瞑って礼をした。動かし難そうにしてるルシルの左手を取って、「いつでもいいよ」って笑ったなのはは目を伏せて、魔力を吸収されるのを待つ。

「絶対に無駄にはしない。女神の祝福(コード・イドゥン)

「ぅく。ん・・・ぅん。ルシル君。今日までありがとう。ルシル君と一緒に過ごせたことは、私の誇りだよ」

「なのは・・・。俺もだよ。君と出会えたこと、共に戦えたこと、光栄だったよ」

魔力の吸収が終わったのか、なのはは手に取っていたルシルの左手を、そっとルシルの膝の上に戻した。なのはがルシルから離れると、今度はフェイトが「じゃあ、次は私」ってルシルの前に立った。わたし達の考えはもう同じだ。なのはの言うようにこれが最後になるのなら、これから旅立つルシルの役に立ちたい、だ。
そんなわたし達の思いを察してくれたみたいで、マリアさんは車椅子のグリップから手を離して、「もう少しだけ、お別れの時間を設けます」って言って、その姿を消した。

「えっと、私からもありがとう、かな? 前の世界線でもお世話になったみたいだし、恋人だったし、け、けっこ・・・結婚、もっ、したみたいだし! この世界線でも! ルシルには何度も助けられた! だから、その! いろいろとありがとう!の気持ち!」

顔を真っ赤にしてフェイトはルシルの左手を両手で握りしめた。ルシルの目は懐かしいものを見るかのように優しくて、「こちらこそ。フェイトのおかげで、今の俺があると言ってもいいくらいだ。ありがとう」って儚げに笑って、フェイトの魔力を吸収した。

「次は私、私!」

フェイトがルシルの手を戻すより早くアリシアがルシルの手を取って、フェイトみたいに両手でルシルの手を包み込んだ。さらにアリシアは、ルシルの手を愛おしそうに自分の額に寄せた。

「私もね、ルシルに目一杯のお礼を言いたいんだよ! フェイトがさっき言ったけど、前の世界線じゃフェイトとアルフが、この世界線じゃ同じように2人、それに私がお世話になったから。私が蘇ることが出来たのは、リニスが蘇ることが出来たのは、間接・直接問わずにルシルのおかげだもんね。本当にありがとうだよ!」

「そうか。リニスは残留を決めたんだな。あぁ、確かに創世結界からリニスが消えている。プレシアは・・・残っている。そうか、それが彼女の選択か。・・・アリシア。こちらこそありがとう。君のいる日常は楽しかったよ」

「えへへ♪ 私も、すごく楽しかった!」

「ルシル。あたしゃ、アンタにあげられるほどの魔力は無いから、感謝だけになるけど・・・」

「いいよ、アルフ。君にも世話になったな」

「そりゃこっちのセリフさ。アンタのおかげで、アリシアとリニスが居る、一緒に生きていけるんだ。アンタと一緒に過ごせた時間、その恩、絶対に忘れないからな」

アリシアの魔力も吸収し、アルフと握手を交わし終えたルシルに、今度はアリサが「なら、今度はあたしの魔力を上げるわ」って言ってルシルの前に立った。そんなアリサの隣に「時間がないようだし、私も一緒にお願い」って言ってすずかが並んだ。

「アンタへの怒りはさっきのでチャラよ。・・・なのはもフェイトもアリシアも、アンタの左手ばかりに触れてたけど、魔力吸収って左手しか出来ないの?」

「いや。右手でも出来るようにしてあるから、どちらでも構わないよ」

「そ。じゃあ、あたしが右手で・・・」

「私が左手だね」

「あのさ。あたしも、アンタにいろいろとお礼を言いたいのよ。前の世界線じゃあたし、魔導師にならずに実家を継いだらしいじゃない? それを知って、あぁ、この世界線のあたしは幸せだわぁ、って思ったわけ。そうなった理由が間接的とはいえアンタにあるのだから、感謝したいのよ」

「私も、アリサちゃんとおんなじだよ、ルシル君。ルシル君の与り知らぬところでの私やアリサちゃんの魔導師化だけど、おかげで私たちはなのはちゃん達と同じ魔法の世界で、一緒することが出来てる。それに私に魔法技術者っていう道に進む機会をくれた。すっごく感謝してる」

「ありがとう、ルシル」

「ありがとうね、ルシル君」

「こちらこそだ、アリサ、すずか。すずかにはエヴェストルムを造ってもらったし、アリサにもいろんな事件はもちろん、日常でも世話になった。ありがとう」

アリサとすずかはルシルの手と握手をして、ルシルの魔力吸収を受けた。チーム海鳴で残るはわたしとはやてだけとなった。ルミナ、セレス、クラリス、ミヤビは魔力はほぼ空で、セラティナも“エインヘリヤル”・ルシルとの闘いで空っぽだ。

「魔力はあげられないけど、握手でお別れはしてくれる?」

「もちろんだよ、セレス」

「というか、私たちの魔力はすでに貰ってるはずだよね・・・?」

「あ、ああ・・・まぁ。すまん。プリム達ヴァルキリーに奪われた君たちの魔力は、俺の魔力炉(システム)の中、創世結界ブレイザブリクに魔力結晶として貯蔵されている」

「なら、いい。奪ったんだから、ちゃんと役立ててほしい」

「ありがとう、セレス、ルミナ、クラリス。絶対に無駄にはしないよ、君たちの魔力も」

「・・・あの、私の魔力は少し回復したので、ルシル副隊長、よろしければ貰ってください。鬼神形態顕現」

ルミナ、セレス、クラリスの順で握手を交わした後、ミヤビの額に魔力の塊である角が2本と生成してから、「どうぞ、角に触れてください」って片膝立ちになって、ルシルの手を取って自らの角に触れさせる。

「いいのか? ミヤビ。回復したばかりだろう?」

「いいのです。これまでお世話になったことへのお礼として、感謝の言葉と共にどうか受け取ってください。今日までありがとうございました」

「こちらこそ世話になったよ、ありがとう、ミヤビ」

そうしてミヤビからの魔力を貰い終えたルシルに、スバル、ティアナ、エリオ、キャロの集まった。4人もミミルとの戦いで魔力が空に近いことで、ルシルもそれを察しているから、手を差し出そうとしてる4人に向けて首を小さく横に振った。

「「「「ルシルさん・・・」」」」

「君たちにも本当に世話になったな。・・・スバル。クイントさん、ナカジマ三佐、ギンガに、よろしくと、それにご迷惑をお掛けして申し訳なかったと伝えておいてくれないか? クローンとはいえ惨たらしく壊した俺の遺体を発見させてしまったからな」

「はい・・・! 必ず伝えます・・・! ルシルさん! ありがとうございました!」

「ティアナ。ティーダ執務官のこと、すまなかった。俺たちとエグリゴリの問題に巻き込んでしまって申し訳なかったと、君とティーダ執務官に謝らせてくれ」

「そんな! 頭を上げてください! その問題のおかげで、兄は殉職しなかったんです! 確かに何年も兄は死んだと思い続けましたけど、ちゃんと再会できました! そこには感謝しかありません! ですから・・・ルシルさんが謝る必要はありませんよ。どうか、自分を責めないでください。なので、私から口にする言葉はこれだけです。ルシルさん、ありがとうございました」

「・・・。エリオ。同じ男として、大人として、恥ずかしくない姿を見せるべきだというのに、最後の最後で格好悪いところを見せた。以前、俺みたいに強く、格好いい大人になりたいと言ってくれたのにな」

「ルシルさんは十分に格好いいままですよ。むしろ、人らしいところを見ることが出来て嬉しかったりします。ルシルさんにだって怖いことがあって、泣くことだってあるって。・・・弱い部分も含めて、改めてルシルさんのような強く、優しく、格好いい男になりたいって思います」

「面と向かってそう言われるとさすがに照れ臭いな・・・。キャロ、フリードも、ありがとう。いろいろと迷惑を掛けてしまったことには、すまなかったと謝らせてほしい」

「いいえ、迷惑だなんて。私、ルシルさんに、それにルミナさん、アイリにも本当に感謝しているんです。ルシルさん達と出会ったあの任務、第51管理世界ワイエルバキアの内戦鎮圧作戦。あの日、ルシルさん達と出会えたから、今の私がいると思うんです。前の世界線で私のことを知ってくれていたからってこともあると思うんですけど、それでも気に掛けてくれたから・・・。早いうちにフェイトさんやアリシアさんと出会うことも出来ました。ルシルさん、本当にありがとうございました」

スバル達との握手を終えると、今度はヴィヴィオ達がルシルの元に集まった。

「ルシルさん! これまでいろいろとありがとうございました!」

「ルシルさんは私にとって、もう1人のコーチでした!」

「私、ルシルさんのこと絶対に忘れません!」

「ルシルさん。クラウスに代わり、お礼を申し上げます。シュトゥラに平和を齎してくれたこと、ありがとうございました。そして、アインハルト・ストラトスとしても、長くお世話になったことに感謝を」

「それでは私も、アインハルトに倣って元ガリアのイクスヴェリアとして、あなたに感謝いたします。初めて出会った時のこと、頭を撫でていただけたこと、さようならではなく、またお逢いしましょうと約束してくれたこと、そのどれもが世間知らずだった私には新鮮で、とても嬉しかったです。そして現代でも、機能不全を起こしていつ目覚めるともしれない私を救ってくれました。感謝してもしきれない大変なご恩、決して忘れません」

「ルシルさん。ホテルアルピーノ、そしてアルピーノ家を代表してお礼を言わせてください。ルシルさん、それにアイリのおかげで、ホテルアルピーノは管理世界紙でも紹介されるほどに有名、大繁盛しました。感謝してもしきれません!」

「私も、いろいろとありがとう! 前の次元世界はもちろん、今回でも私がここの居られるのは、ルシルさん達のおかげって判ったから! この恩は絶対に忘れないよ!」

「父さん。僕と父さんとの間ではもう長い挨拶は要らないと思うんだ。だから・・・だからさ、アースガルドに帰ってもどうか元気で。これまでありがとう、さようなら、父さん」

「・・・リオ、コロナ、ヴィヴィオ、アインハルト、イクスヴェリア、ルーテシア、リヴィア。ありがとうな。君たちも来たことには驚いたけど、俺に最後の挨拶するためにわざわざ来てくれたことは、純粋に嬉しかったよ。フォルセティも、父さんの最後、見届けてくれ」

最後の挨拶も残るはわたし、トリシュ、セラティナ、はやてら八神家のみとなった。チラッとけん制するかのようにわたしとはやてとトリシュは視線を交えた。こんな事してる暇なんてないのに、ほんの少しだけルシルの記憶の残るお別れの挨拶の仕方、その順番を争おうとした。ルシルだけでじゃなくて首を傾げてるセラティナにも申し訳ないよ。

『イリス。ちょっとだけ時間を私にくれないかな・・・?』

『シャルロッテ様!』

マリアさんと一緒にルシルの真実を語ってくれたシャルロッテ様は、“テスタメント”になる前からルシルと因縁があって、なってからも最初はいがみ合い、けど徐々に親しくなって、最後の方では恋をしてたお方だ。この中の誰よりもお別れの挨拶をしたいに違いない。

『どうかな? あ、ダメだったら・・・』

『いいえ! 今すぐにでも! あ、でも、わたしの分も時間を残していただければ・・・』

『もちろんだよ。軽く挨拶するだけだから、時間は掛からないよ』

『了解です。では、どうぞ』

目を閉じて、わたしの意識を水の中に沈めるようなイメージ。沈んでく中で、もう1人のわたし――シャルロッテ様と入れ替わる感じで、次の瞬間にはわたしは自分の中から外界を認識するようになる。

「私が先に挨拶をさせてもらうわね」

「っ! シャ――イリスと意識を代わったのか、シャル」

「うん。久しぶり、ルシル。あなたがアースガルドに帰る日がいよいよ来たのだから、1万年の相棒が挨拶しておかないと、ね」

シャルロッテ様の最初の一言で、わたしからシャルロッテ様に人格が代わったことに気付いたルシル。ウィンクしながら答えたシャルロッテ様がルシルの側に寄ると、彼の左頬に右手を添えた。

「過去の私が口を奪うわけにはいかないからね。私はこっちに愛と、これまでの感謝と、万感の思いを込めて伝えるよ」

そう言ってシャルロッテ様は、ルシルの右頬にキスをした。ルシルは一切抵抗せずにシャルロッテ様のキスを受け入れて、「ははは」って小さく笑い声をあげた。

「・・・正直、テスタメントとしての俺の最後を、君に見届けられることになろうとは思わなかったよ」

「そうだね。私も、人格を保ったまま、そしてルシルの居る次元世界に転生できるなんて思いもしなかった。さらに言えば、堕天使戦争の決戦を見ることも。だけど、嬉しくもあるの。私の最後を見届けてくれたあなたを、今度は私が見届けることが出来る今が、ここにあることを」

「始まりは敵同士で、テスタメントで戦友となり、そして今があると思うと、なんとも数奇な運命だろうか」

「本当にね~♪・・・さてと。これ以上はイリスに申し訳ないから、私は下がることにするよ。ルシル。またどこかで逢えるといいね」

「・・・そうだな」

「さようならは言わない。またね、私の初恋(ルシル)

「ああ。またな、俺の憧憬(シャル)

最後にルシルは握手を交わしたシャルロッテ様の『ありがとう。交代するわ』という感謝と同時に意識を交代した。もうこのままわたしが行こう。そう考えたから、「次はわたしからね」って声を掛けると、ルシルが目を丸くした。

「なに?」

「いや。君のことだから最後に挨拶して、少しでも印象付けようとするんじゃないかと・・・」

「あはは。そう考えてたけど、順番如きで印象に残る残らないようなルシルじゃないでしょ。きっちりわたし達のことを憶えたままでアースガルドに帰って、思い出として振り返ってよ。わたし達もずっと憶えてるから。ていうか、忘れるわけがない。・・・こんなに人を好きになったことないし、これからもずっと、わたしはあなたを想い続けるから」

そっとルシルの両頬に手を添えて、わたしは「愛してる。永遠に」って、シャルロッテ様が空けてくれていたルシルの唇にキスをした。

†††Sideイリス⇒はやて†††

シャルちゃんとシャルロッテさんの挨拶が済むと、セラティナが「なら、次は私が」とルシル君の前に立った。

「ルシル。初めて会った時のこと憶えてる?」

「あ、ああ、憶えてる。ランサーと名乗って犯罪者狩りをし終えて帰ってきた際にリーゼ姉妹と遭遇した,あの時だな」

「そう! リーゼ教官たちが頼ってくれたから、いざ意気込んでみればあなたみたいな規格外に結界を粉砕されて! あれ、すごいショックだったんだから! でも、結界魔法の天才だと持て囃されて思い上がっていた私にはいい薬だった。早いうちに挫折を知って、今となってはよかったな~と。それについての感謝もあるし、捜査課で一緒に働けたことなどなど、多くの恩がある。極めつけは、私の前世、アリスと引き合わせてくれるきっかけをくれたこと。アリスともども感謝してる」

「そうですね。私の人格を覚醒させたのは厳密に言えばマリア様でしたが、きっかけはルシル様がこの次元世界なる場所を訪れたこと」

セラティナの口調、声色がさらに大人びたものに変わった。マリアさんが私たちに見せたルシル君の真実の中で登場した結界王アリス、その人の人格が変わったようや。アリスさんは動かへんらしいルシル君の右手に自分の手を重ねると、涙をポロポロと流し始めた。

「アリス・・・!?」

「ルシル様の創世結界に、シエルとカノン、シェフィリス様がいらっしゃるのですよね。・・・また、お逢いしたいです。なのでルシル様。どうか、アースガルドへ無事にご帰還なさり、シエル達の魂を解放なさってください・・・」

「もちろんだとも。必ずシエル達を解放し、輪廻の輪に戻すよ。ありがとう、アリス。元気でな・・・って、おかしいか?」

「いいえ。これからもセラティナと共に生きていく所存ですので、元気に生きていきますよ」

ルシルさんとアリスさんが握手を交わすと、「では、セラティナに戻します」と言って目を伏せた。セラティナに代わったのが、纏う雰囲気から感じ取ることが出来た。そんでセラティナも「ありがとう」と、ルシル君と握手してる右手をキュッと握り締めた。

「・・・トリシュ」

「っ!・・・やっぱり、ですか・・・」

ルシル君に名前を呼ばれたトリシュが、ホンマに小さな声で呟いたのが聞こえた。寂し気に私をチラッと見た後、「はい。ここに」とルシル君の前に移動した。セラティナと入れ替わるように立ったトリシュにルシル君は「本当に助けられてばかりで、感謝の念しかないよ」と微笑んだ。

「いいえ。当然のことをしてきたままでです。シュテルンベルク家の大恩人、セインテスト家。その子孫であるあなたに助力することは、シュテルンベルク家の使命でした。が、それ以上に私個人があなたに恋をしていたから、少しでも力になりたかった。ですが、まさかオーディン様本人とは。本当に数奇な運命としか言いようのない・・・」

「本当に・・・。エリーゼの願うままに行為に至ってしまったわけだが、俺も彼女との間に子が生まれると思わなかった。ただな、トリシュ。これだけは信じてほしい。確かに最初はエリーゼの強引さに当てられていたが、彼女もまた長い旅路の中で出逢えた愛おしい女性だった。ちゃんとそこには愛があったと思う。だから、シュテルンベルク家は俺にとって宝だよ。もちろん君もだ」

「・・・そう言ってもらえて、エリーゼ卿も、歴代の当主様たちも、兄様も、光栄に、誇りに、幸せに思うでしょう。もちろん私も、とても嬉しいですよ。・・・ルシルさん。お疲れさまでした。良い旅路を」

――乙女の祝福(クス・デア・ヒルフェ)――

シャルちゃんと同じようにルシル君の唇にキスをするかと思うてたトリシュは、ルシル君の左頬にキスをした。ルシル君も少し驚いてるみたいやけど、すぐに「魔力、ありがとう。助かるよ」とトリシュに微笑んだ。なんとなくやけど察することは出来た。トリシュは、ルシル君への想いを完全に絶ったってことが。

「ルシル君!」「ルシル!」

トリシュがルシル君から離れると同時、リインとアギトがルシル君に駆け寄ってしがみ付いた。とうとう私たち八神家が、お別れを済ませる番になってしもうたわけや・・・。2人だけやなくてザフィーラ、シャマル、ヴィータ、シグナムと続いてルシル君の側へ。

「リイン、アギト。今日まで本当にありがとうな。アギトにはベルカ時代より世話になった」

「ルシル君! リインも、ありがとうですよ~! いっぱい、いっぱい、ありがとうですよ~!」

「あたしを救ってくれて、アギトって名前をくれて、家族をくれて、ありがとう! オーディンに、ルシルに逢えてマジで良かった!」

「ルシル君。私からもお礼を言わせて。あなたがオーディンとして私たち守護騎士を家族として迎え入れてくれたこと、今でも大切な思い出よ。それに料理も教えてくれたおかげで、前の世界線では料理下手だった私とは違い、今回の転生ではちゃんと料理のお手伝いも出来たもの。本当にありがとう」

「私は他の者たちのように口が達者ではないから、長々とした挨拶は出来ん。ゆえに、この万感の思いを込めて礼を言わせてほしい。ルシル。お前と出逢えて私は・・・とても幸福だったよ」

「あたしもあんまし小っ恥ずかしいことを人前で言いたかねぇから、簡単に挨拶させてもらうぞ。・・・あんがとな、ルシル。アンタと一緒に過ごした時間は、何よりの宝物だったよ」

恥ずかしいことは言いたないって言うてたヴィータは、顔を真っ赤にしながらもルシル君を背後からぎゅうっと抱きしめた。そんで耳元でなにか――きっと、感謝の言葉を口にした。

「ルシル」

「「アインス・・・」」

私の側に居ってくれてたアインスがひとりルシル君の側に歩み寄って、その前で王に忠誠を誓う騎士のように片膝立ちになって頭を下げた。

「神器王ルシリオン・セインテスト・アースガルド陛下。シュリエルリートとして、リインフォース・アインスとして、私の持てる最大限の敬意と謝意を貴方に。先の次元世界でもそうですが、今回の次元世界でも、貴方に救っていただきました。こうして夜天の主たる八神はやて、守護騎士4騎、融合騎2騎と同じ時間を過ごせるのも、ひとえに貴方のおかげです。家族としての挨拶の前に、貴方の融合騎であった者としての謝辞を述べさせていただきたい」

「アインス・・・。ああ、確かに受け取った」

「では、家族として。ルシル、改めてありがとう。最後はお前の勝手に振り回されて怒り心頭だったが、怒りの感情など一瞬でしかない。お前には言葉だけでは足りないほどの感謝の念しかない。だから・・・ありがとう、と送らせてくれ」

「こちらこそ、ありがとう」

ルシル君とアインスが握手を交わすと、アインスだけやなくてみんなの視線が私に向いた。最後やからな、私が。私の挨拶が終われば、ルシル君はもう・・・。私は俯いて、小さく呼吸を繰り返す。そんで最後に深呼吸をして、「ルシル君」と、退いてくれたアインスに代わってルシル君の前に立つ。

「世話になったな、はやて。この次元世界での俺の居場所をくれたから、俺は孤独の十数年を過ごさずに済んだ」

「・・・うん」

「死を偽って大いに悲しませたこと、本当に申し訳なかった」

「うん・・・」

「ありがとう。楽しかったよ、はやての家族として過ごせたこの十数年は・・・」

「・・・うん・・・」

相槌だけで何も言えへんくなってる。ルシル君が死を偽ったときは、あまりに突然なお別れ過ぎて何も考えられへんくなった。そやけど今回は、ちゃんと挨拶を出来るお別れや。挨拶がきちんと出来るのは嬉しいのに、お別れが近付いてることを思い知らされるようで、それを拒絶しようと頭の中がぐちゃぐちゃになる。

「はやて」

「っ・・・!」

左手をぎこちなく動かして、私の右手にそっと触れてくれた。私の知る力強いルシル君の手とは思えへんほど弱々しい。精いっぱい伸ばして、触れてくれたその手を私は握り返して、お互いの指を絡ませる、俗に言う恋人繋ぎをする。

「体温、低いな・・・」

「あぁ、すまない。もう心臓も血管もない体になっているから、温かみを失ってしまって・・・」

「ううん。体温が無くてもルシル君の大きな手や。こうして触れられることが出来て、私は嬉しいよ」

温かみは無いけどゴツゴツとした男性特有の大きな手は確かに今、私の手の中にある。きゅっきゅっと握る力を強めたり弱めたりしてるとパキンと音が鳴って、「ルシル君!」の指にヒビが入ってしもうてた。血の気が引いて手を離そうとするんやけど、思い止まって「私の魔力、持ってって!」って提案した。“エインヘリヤル”のルシル君との戦いで消費したというてもまだまだ残ってるし、少しでもルシル君に使ってもらいたい。

「早く!」

「あ、ああ! すまない! 女神の祝福(コード・イドゥン)!」

「ぅん!・・・っはぁ・・・ふぁ・・・!」

魔力をこんな風に吸収されるなんて初めてな体験で、なんやぞわぞわする。変な声が出ぇへんように口をキツく結んで、吸収が終わるまで耐えた。で、魔力の吸収が終わってもルシル君のヒビの入った指は元に戻ってへんかった。

「ありがとう、はやて。助かったよ」

「どういたしまして・・・って、ルシル君。指・・・」

「あぁ、ガーデンベルグとの闘いに備えて蓄えたんだ。体の修復はその時までお預けだ」

「そ、そうか・・・」

そうゆうことならこれ以上触れ合っててルシル君の体を壊すわけにはいかへんから、手を離そうとしたんやけど、この手を離したらそれこそホンマにお別れになるって思うて離し辛くなった。ルシル君もそれを察してくれたんか、今にも崩れそうな指を曲げてもう一度握ってくれた。

「ルシル君・・・! ・・・いやや・・・」

「はやて・・・?」

「やっぱり、いやや。解ってる、ルシル君を引き留めることは、ルシル君を本当に殺すこと繋がるとゆうことくらい・・・! それでも! ルシル君と離れたくない! 明日からホンマにルシル君が居らん世界になるなんて・・・悲しい、寂しい・・・!」

感情の決壊。涙が止め処なく溢れてきて、ルシル君の決心を鈍らせるようなことを口走ってしもうたから「ごめん、なさい・・・ごめんな」と、空いてる手で口を押えながら謝る。

「はやて・・・。俺もはやて達と一緒に居られなくなるのは悲しいし寂しいよ。だけど大丈夫だ。はやてには家族や友人、仲間が大勢居る。一時は寂しくなるだろうが、すぐに思い出となっていくよ。何せ君たちの人生はまだ半分も行っていないからな。やがていつかは俺という存在が、あー居たな~と思える日がくるはずだ。それはそれで俺も寂しいが、それは自然なことだ。これから先、いろんな出会いがある。楽しい事、嬉しい事があるだろうし、悲しい事、辛い事もあるだろう。その積み重ねが、俺を思い出にしていく」

「そうかもしれへんけど、ルシル君と過ごした十数年はあまりにも濃くて、大切で愛おしい時間やった。思い出になるにはあまりにも長い・・・と思う。その間、ずっと寂しい思いをせなアカン・・・」

「それはほら・・・あー・・・」

「ごめんな。困らせて・・・。私ばかり我がまま言うてごめんな・・・」

涙を袖で拭い去って、ルシル君の手を両手でそっと外して、ルシル君の膝の上に戻した。ルシル君は首を横に振って、「我儘なものか。困ってもいない。再確認できたよ。君たちのことを忘れるものか、とね」と微笑んだ。

「・・・はやて。これまでありがとう。どうか幸せに、元気で」

「っ!・・・ルシル君も、これまでホンマにおおきにな。ルシル君と出会えて、恋をして、好きになって良かったって心から思う。・・・どうかお元気で」

そんで最後に私は、ルシル君の唇にキスをした。唇を離して、閉じてた目を開ける。ほぼ同時にルシル君も目を開けて、『俺もはやてに出会えて幸せだったよ。ありがとう』と、誰にも聞こえへんようにするためか、口頭やなくて思念通話でそう言うてくれた。キュッと胸を締め付けられる。鼻の奥がまたツンとなって泣きそうになるのを必死に耐える。せめて最後は、笑顔でルシル君を見送る。それが私に出来る手向けやと考えて・・・。

「ルシリオン様」

「・・・ああ。頼む」

マリアさんが車椅子の後ろに音もなく現れて、グリップを握った。今度こそルシル君が旅立つとき。私たちは「ルシル君!」「ルシル!」『ルシル!』と名前を呼んだ。ルシル君は力強く頷き返して、左手の親指を立てて見せた。そんなルシル君に「マイスター!」と駆け寄ったのは、ずっと黙って見届けてくれたアイリやった。

「アイリ。・・・すまん! やはり一緒に来てくれ! 俺を・・・助けてくれ!」

「~~~~~っ! ヤヴォール!」

涙を流しながら満面の笑顔を浮かべるアイリは本来の30㎝程の身長に戻って、ルシル君の膝の上に着地した。アイリが一緒ならきっと、ルシル君も大丈夫のはずや。

「ルシル君、アイリ。いってらっしゃい」

私のその挨拶にみんなも「いってらっしゃい!」と手を振り始めてくれて・・・

「「いってきます!」」

ルシル君とアイリも同様に私たちに手を振り返してくれた。ルシル君も、私たちも、涙が零れるのを拭うことなく、懸命に笑顔を浮かべて、ルシル君たちの姿が消えるその瞬間まで手を振り続けた。
そして、ルシル君たちが消えたその瞬間、私はその場に泣き崩れた。 
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