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リュカ伝の外伝

作者:あちゃ
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天使とラブソングを……?(第8幕)

 
前書き
リュカ伝には珍しい、
貴族階級の人が登場します。 

 
(グランバニア:ナハト・クナイペ)
アイリーンSIDE

本日のステージも終わり、控え室まで戻ってきた。
ぶっ続けでは無いにしろ約4時間の演奏は疲れる。
喉も渇いたし、着替えて水飲んだらさっさと帰ろう。

(コンコン)「アイリーン……今いいかしら?」
帰り支度を考えながら控え室のソファーでぐったりしてると、ドアをノックして室内を確かめる声が聞こえた。
声の主は“キャロライン・リーパー”だ。私はキャロと呼んでいる。

「どうぞ」
そう答えると、怪訝そうな顔をしたウェイトレスが入ってきた。
何か問題でもあったのだろうか?

「如何したのキャロ?」
「疲れてるとこゴメンね」
彼女は申し訳なさそうに私を見ている。

彼女とは芸高校(芸術高等学校)での同期生だ。
とは言え彼女はサックスフォンを専攻しており、授業が一緒になることは希である。
それでも一時期、私は盗作をしてるうえ高飛車だったから、友達も少なく事務的にでも接してくる学友は少なかった。

そんな中、彼女は数少ない例外に該当する。
友好的では無いにしろ、私に対して嫌悪感を抱かずに接してくれた学友だ。
専攻が違うというのも大きな理由だろうが、もっと違う理由も存在する。

それは……私が彼女から盗作しなかったからだ。
私はサックスだろうがバイオリンだろうが、良いと思った曲は誰彼構わず盗んできたが、彼女の曲は盗まなかった。彼女に気を遣った訳では無い……盗むに値しなかったのだ。

その所為か、心を入れ替え被害者に謝罪し回ってからは、ピエッサに次ぐ友好関係を築いている。
勿論、盗むに値しなかったというディスりは誰にも秘密だ。
この仕事を紹介してくれたのもキャロだから、絶対に彼女の作詞作曲力にケチを付ける訳にはいかない。

「何かトラブル? 私、何かやらかした?」
「ううん、貴女は何もやらかしてないのだけれど、客の一人がね……」
どちらかと言えば普段から自分の感情を隠さない彼女なのだが、何か言いにくそうに話してる。

「ステージが終わったら貴女に席まで来る様に言えって……そう言って来たオッサンが居るのよ」
「そ、そういうのは断ってもらわないと……」
どっかのエロ親父を想像し慌てて拒否る。

「勿論断ったわ。でも言うだけ言えって……来るか来ないかは貴女の判断に任せるって」
何よ……随分余裕ぶっこいてるわね。
相当の金持ちが、私を囲いたくて来たのかしら?

「あのね……そのオッサンね……来店からラストオーダーまで、店で一番安いオレンジジュースしか頼んでないの。それも2杯だけ……金は持ってなさそうよ」
余裕ある金持ちって訳じゃない!? じゃぁ知り合いかしら……?

「ちょっと気になるわね」
「そ、そう? ケチな客に関わっても碌な事なさそうだけど……」
私は好奇心から疲れた身体に鞭を打ち立ち上がる。

そして納得はしてないキャロの後に続いて店内へ舞い戻る。
客への対応を素早く出来る様に店員達が待機している箇所へキャロと一緒に訪れて、彼女が指さすテーブルに視線を向ける。

「あの金持って無さそうなオッサン」
そうキャロは教えてくれた。
確かに誰か男性客が座ってる様だが、薄暗くて顔までは見えない。

私の存在に気付いた客は、テーブルのキャンドルを手に取り、顔の位置まで持ち上げて自らをアピールする……
そしてそのアピールされた顔を見た私は「陛下!」と叫び、慌てて陛下の席……お席まで駆け出したのだ。

「へ、陛下……わ、私めに何かご用でしょうか!?」
「しー……まだお客さんも居るのだし、大きな声で話すのは迷惑だよ」
人差し指を立てて口に近付け、私の大声を窘める。

ハッとなって周囲を見渡したら、案の定全員の視線を集めてしまっていた。
きっとお忍びで来店されたのに、私はとんでもない失態をしてしまった。
「も、申し訳ございません」

「あはは……仕方ないよ、いきなり僕が現れちゃぁねぇ」
優しく私の失態を許してくださる陛下……
そしてエレガントな動作で対面する席に座る様ジェスチャーで促された。

私は席に座り、背筋を伸ばして陛下に対面する。
「まぁそんなに緊張しないで。これでも飲んでよ……まだ口を付けてないから。美味しいよこの店のオレンジジュース」

「いただきます」
実際喉が渇いてたし、緊張で水分を欲してたし、促されるまま陛下のオレンジジュースを頂いた。だが陛下がお口を付けてた方が私は嬉しかった。

「さて……余りダラダラと無駄話をしても仕方ないし、いきなりだけど本題に移らせてもらう」
「は、はい!」
また声が大きくなってしまった。

「いや……そんなに緊張するほど大した用件じゃないんだ。ただちょっと仕事を依頼したくって……」
「はい。お引き受け致します!」
私は即答……と言うか、半ば食い気味に返答した。

「まだ仕事内容を言って無いんだけど(笑)」
「いえ、陛下からのご依頼を断る気など毛頭ございません!」
今度は何とか自重して小声で答えることに成功した。

「う~ん……色々複雑だから返答は内容を聞いてからにして欲しい」
「す、すみません……」
「いや良いんだ。なんせ人目があるからこの場で仕事内容は話せないからね」
「この場で話せないのですか?」

私が周囲の注意を引きつけてしまっただからだろうか?
だとしたら私はとんでもない愚かな女だ。
心を入れ替え音楽に真っ直ぐ向き合う様にしても、生来の愚かさは無くならないのだろう。

「別にアイリーンちゃんが周囲の視線を引きつけたから話せない訳じゃなくて、元々この場では内容を伝えるつもりは無かったんだ。その証拠に、ここに来る前にピエッサちゃんに会って、明日学校が終わった後に君を連れて城へ来る様に伝えてあるからね。元々から仕事内容は明日話す予定だったんだよ」

「そ、そうでございましたか……」
ちょっとだけホッとした。
だがわざわざこの店までいらっしゃったのだ……多少は内容を話されるつもりだったのだろう。私はまた陛下の優しさに救われた。

「そ。だからホントは今日お店まで押しかける必要性は皆無だったんだけど、僕の我が儘で押しかけちゃった。あの僕のことを“オッサン”って呼んでるウェイトレスの()には申し訳なかったけどね(笑)」

「あ、あの()陛下にそんなこと言ったんですか!?」
「いや……直接は言って無いよ、流石に。でもほら、僕って冒険者だったこともあるじゃん。だから小声でも聞こえちゃうんだよねぇ(笑)」

「キツく叱っておきます!」
「お手柔らかにね。王様云々は兎も角、お客さんに対しては優しく笑顔で接してあげてって」
陛下は優しすぎるぅ。

「で、さぁ……詳しい仕事内容は言えないけど、多分きっと引き受けてくれるだろうと思ってるから、報酬を先払いしようかなって思ってるんだ。あぁ勿論、依頼を断っても“報酬返せ”とは言わないよ」

「そ、そんな……報酬なんて不要ですわ!」
「いやいや、報酬が支払われないと『仕事』とは言わないから、仕事の体をなす為にも報酬の支払いは絶対条件なんだ。今回の依頼内容にも関わってくることだからね」

「そ、そうなのですか……で、では」
「うん。でね……単純にお金で支払う報酬でも良いとは思うんだけど、不思議な事にお金って使うと無くなるじゃん」
い、いや……不思議では無いですけども……

「それよりも、この報酬でよりお金を儲けることが出来た方が良いと思ったんだよね」
「より儲けることが出来る……ですか?」
如何言うことだろうか?

「そう……曲を報酬としてプレゼントして、アイリーンちゃんの能力(才能)で世の中に広めて、序でにお金も儲けちゃえば完璧じゃんって事」
「……………きょ、曲を!!??」

「しー。まだ他にもお客さんが居るから……」
「す、すみません!」
あまりの事に、また大声を上げてしまった。

「ピエッサちゃんからも聞いたけど、もう盗作は止めて既存の曲を弾くことで実力を世に示してるみたいだけど、これは君にあげるから自作の曲として世に広めて構わないよ」
これはありがたく嬉しいことだが、はっきりと断らなければならない。

「陛下……とてもありがたく光栄な申し出ではありますが、私はもう二度と他者の曲を自作だと偽るのは致しません。仮に陛下より賜った曲を自作と偽り世に出したとしても、それを基準に私の才能を買って作曲を迫られる事になるでしょう。そうなった時、私には二匹目のドジョウすら生み出すことが出来ず、また苦しむことになります。どうか陛下の曲を私が奏でるというスタンスで世に広めさせて下さい」

「なるほど……そうだね。ゴメンね、無用どころか迷惑な申し出をして」
「と、とんでもございません! 本当に光栄なことでございますから!! こちらこそ申し訳ございません」
私の気持ちを理解してくれた陛下は……まさかの、頭を下げられ謝罪を告げられた。私も慌てて頭を下げ、陛下のお気持ちを踏みじにってしまったことを詫びた。

「う~ん……でも出来ればぁ……王様発進って事を最後まで隠して世に広めてほしい」
「さ、最後まで隠す?」
最後って如何言うことだろうか?

「うん。『王様が作った曲です』って発表するんじゃなくって、発表して『誰が作った曲?』って聞かれるまで制作者のことには触れないでいてほしい。『アイリーンちゃんが作った曲?』って聞かれても『いいえ』って答えるだけで、なるべく王様発進って事を隠してほしい」

「か、畏まりました……」
「納得はしてないね(笑)」
顔に出てたのだろうか……私は思わず顔を伏せる。

「これはピエッサちゃんに『ドラクエ序曲』をプレゼントした時にも言ったんだけどさ……その曲を理解した上で、評価を出してほしいんだ。王様が作ったから良い曲だって言われても……ねぇ」
そう言えばピエッサが言ってたわ。

「はい。納得も致しました」
「うん、よかった。じゃぁ君にプレゼント……じゃなくって、報酬として渡す曲なんだけど、タイトルは『春よ、来い』だ。明日、城に来るまでに楽譜を渡せる様にするけど、アイリーンちゃんの才能(能力)なら、この場で弾き語れば覚えれちゃうでしょ?」

「自信在ります!」
「即答(笑) 良い返事だ。じゃぁ早速ピアノを借りよう。オーナーはあの伯爵かな?」
陛下は私の即答に苦笑いすると立ち上がり、ピアノの使用許可を得る為にオーナーの“イチーム・ハバローネ伯”を指さす。流石伯爵閣下……陛下にお目にかかったことがあるらしい。

「ハバネロ伯……だったけ? ピアノ借りるよ!」
名前は忘れかけられてる。
そんなことは気にする素振りも見せず、陛下は優雅な動作でピアノの前に座った。ここからでは店の柱が邪魔で、陛下のお姿は見えない!

陛下のお姿は見えないが、何音か調律を確かめると弾き始めた。
そう……まさに芸術とはコレのことだと思う素晴らしい曲を!

アイリーンSIDE END



 
 

 
後書き
もし「春よ、来い」を知らない人の為に補足説明致します。
松任谷由実さんの楽曲です。
効いた事が無い方、ほぼ居ないと思いますが
名曲なので聞いてみて下さい。

次回はキャロライン・リーパー視点です。 
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