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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第三十三話 帰途

宇宙暦791年5月28日17:00 フェザーン星系 フェザーン宇宙港 同盟側発着ゲート
フェザーン商船「マレフィキウム」 ヤマト・ウィンチェスター

 皆が無事で戻って来た。バーゼル夫人も無事に保護出来たし、本当によかった。
「どうも有り難うごさいました。あなたが、ヘル・ウィンチェスター?」
「はい。ここまで来れば帝国の手が伸びる事はありません。出航はまもなくです。船内で窮屈な思いをさせてしまいますが、そこは御容赦頂きたい、フラウ・バーゼル」
「窮屈より安全が第一ですわ、ヘル・ウィンチェスター」
「アイゼンヘルツからの道中は如何でしたか?」
「快適でしたわ。特に何もありませんでしたし、何より頼りになる護衛の皆さんがいらっしゃるんですもの。ところで、主人は息災ですか?」
「ええ。カイザーリング氏と共に無事です」
「そうですか」
「何か、ご懸念でも?」
「…いえ、何も」
バーゼル夫人は俺に軽く会釈すると、エリカに伴われて船室に向かった。ハイネセンまでの道中はエリカと同室になる。俺は嫌だったが船室の数には限りがあるし、キンスキー嬢であれば夫人にも監視とは分かっても窮屈な思いをさせずに済むだろう、とシェーンコップが言うので、その意見を尊重する事にした。
後で聞いたら、それは表向きの理由で、船室を余分に使われると自分の部屋に男共が来る事になるから、それが嫌だから、という事だった。…俺だってマイクと同室なのになんでシェーンコップだけ個室なんだ!
しかし、二人とも無事と聞いた時のバーゼル夫人は複雑な表情を浮かべていたな。どっちかが死んでくれていればいい、とでも思っていたのだろうか。

 「ヤマト、この制服、貰っていってもいいか?」
「いいとは思うけど…帝国軍の制服を何に使うんだ?」
「訓練に使うんだよ。対抗部隊を演じる時に使うんだ」
「そういう事ね。でも連隊に帰れば帝国軍の制服くらいあるんじゃないのか?過去に鹵獲した物だって大量にあるはずだろ」
「ないんだ。…逆亡命にでも使用されたらコトだ、って理由でまわしてもらえないんだ」
「…そんな理由で?」
「ああ。酷いもんだろ」
「いいよ。キャゼルヌ大佐に、今回の使用した分だけじゃなくて他にもまわして貰えるように頼んでおくよ」
「ありがとう。なんか、悪いな」
「…どうしたんだよ、元気ないな」
マイクの表情は冴えない。
「今回の任務は勉強になったよ。誘ってくれてありがとうな。まあどちらかと言うと俺が無理矢理ついてきたんだけどな。…食堂行こうぜ」
そう言って俺の肩を叩くと、マイクは立ち上がった。

 

5月28日17:10 フェザーン商船「マレキフィウム」 エリカ・キンスキー

 「ハイネセンにはいつ頃到着いたしますの?」
「…ええと、六月の…二十三日くらいだと思います」
「そうですか。それまでよろしくお願いしますね、キンスキーさん」
「あ!エリカ・キンスキー兵曹です、こちらこそよろしくお願いします!」
「バーゼルです。ヨハンナとお呼びくださいましね」
「私の事もエリカとお呼びくださいね」
「はい、エリカさん」
にっこり笑うヨハンナさんは綺麗な人です。上品そうな方に見えるんだけど…グレーのパンツはいいんです、でもその胸元がざっくり開いたドレープのニットはどうかと思います。ヤマトさんだってチラチラ見てたし。あーあ、やっぱり男の人はおっぱい好きなのかなあ…。
って、そんなことはどうでもいい…よくはないけど…どうでもいいんです、今回のフェザーン行きで初めて任務らしい任務が私にも与えられたのです。

“夫人も監視だとは分かっているだろう、でもなるべくそう思われる事の無いよう接してくれるかい?”

 監視なんてやったことない。でも普通に接するだけでいいのなら私にも充分やれる筈です…筈なんだけど…ハイネセン到着まで頑張らなきゃ!…頑張っちゃダメなのか、普通に、普通に…。



5月28日19:30 バーラト星系 ハイネセン ハイネセンポリス 
自由惑星同盟軍統合作戦本部ビル 宇宙艦隊司令長官執務室 アレックス・キャゼルヌ

 まったく、いつになったら首席副官は着任するのか。このままでは代理の文字が取れないまま俺が首席副官、という事になってしまいそうだぞ。司令長官も代理のままだから、それでもいいのかも知れんが…
“副官代理。後方勤務本部厚生課長よりTELが入っております。そちらにまわします”

「お待たせしました、副官代理のキャゼルヌです」
”セレブレッゼだ。元気かね?“
「お久しぶりです。元気にやっていますよ…課長になられたんですね、おめでとうございます。何かありましたか?」
”いや、ありがとう。慰安旅行のパターン収集の件なんだが、君は知っているかね?”
「ええ。それが何か」
”それが終了した、と君に連絡してくれと上に言われてね“
「わざわざありがとうございます。参事官だった時に少し関わりまして、無事に終わったか気になっていたんですよ」
“成程な。それはそうと、たまにはうちにも顔を出したまえ。君を引き抜きたがっている所は多い、顔つなぎも重要だぞ”
「ハハ、そのうち寄らせていただきますよ、先輩」
”そうか、期待しないで待っておくよ。では“

 「閣下、フェザーンの件ですが、無事終わったそうです。工作員と対象者の一行は本日、フェザーンを離れたとの事です」
「そうか。こちらに着いたら労を労わねばならんな」
シドニー・シトレ大将。現在はまだ宇宙艦隊司令長官代理だが、代理の文字が取れるのは既定事項とされている。士官学校の頃から、この人とは縁が深い。
野心家、というほどではない。誠実だがその能力と声望の高さ故に、対抗閥から野心家とみられているだけだ。実際、同盟軍の権力中枢に位置し、その組織の最高位が手に届く所にあるのなら、そこを目指すのは自然な流れだろう。自ら喧伝する事はないが、彼にはその能力も意思もあるのだ。『能力と野心の調和のとれた誠実な軍人』とでも評すべきなのだろうか。
「どうかしたかね?」
「いえ、何でもありません」
「顔に書いてある。言ってみたまえ」
「では…このまま行けば、閣下から代理の二文字が取れるのはそう遠くない先の事というのは理解出来ます」
「それで」
「フェザーンから彼らが戻れば、色々な事が分かるでしょう。ですが見当違いだった、という事もあります。我々が危惧したような情報漏洩やスパイなどは存在せず、同盟と帝国にまたがる麻薬犯罪を暴き、その蔓延を防いだ。それだけかもしれません。確かにそれだけでもかなりの功績です。ですが軍組織がその犯罪に利用されていた以上、ただの自浄を目的とした行為でしかありません。悪い言い方になりますが、当たり前の事を当たり前にやっただけ、という事になります。今回はその当たり前を行うのに色々と問題がありはしましたが」
「確かにそうだな」
「下手をすると自作自演、と言われかねません」
「誰にだね?」
「それを私の口から申し訳あげるのは憚られます」
「そうだな、私が宇宙艦隊司令長官の座に座るのを決して快く思わぬ者もいるだろう。では有無を言わせない為には何が必要だと思うかね?」
「目に見える功績です。軍だけではなく、同盟市民からも見える功績が必要です」
「だろうな」
そう言うとシトレ大将はバインダーに挟んだペーパーを机の引き出しから取り出して、私の卓上に置いた。
「素案だ。目を通してみてくれないか。見せるのは君が初めてだ」
「…!これは」
表題には『案:イゼルローン攻略作戦概要』と記してあった。


5月28日17:30 フェザーン星系 フェザーン近傍 フェザーン商船「マレキフィウム」
ヤマト・ウィンチェスター

 軍艦と違って食事を摂る時間は特に決められていない。乗組員はそうはいかないが、客は俺達しかいない上にこの船は旅客船ではなく小さい貨客船だから、皆が一斉に食堂にも入れる訳でもないし、自分の部屋で食べたって構わないのだ。でも習慣とは恐ろしいもので、食堂に行ったらローゼンリッターの皆が揃って夕食を食べていた。
「満席だな」
「ああ」
「よう二人とも。もう空くから待っていてくれ」
シェーンコップが悪いな、と手で示しながら、ワインを紙コップに注ぎ出した。席を空けるのは部下で、自分は席を立つ気はないらしい。
「配食時間がが決まっている訳じゃないんですから、皆で一斉に食べなくても」
「この時間には腹が空くようになっている。軍隊の悪しき慣習だな」
急かされる様に席を立ったリンツとブルームハルトはブリッジへ暇潰しに、デア・デッケンとクリューネカーは部屋に戻るようだ。
「そうですね。何もしなくてもこの時間には腹が減ってしまいますね」
食堂と言っても専門の調理員がいる訳じゃない、冷凍のディナーセットをチン!するだけだ。俺は植物性蛋白(グ ル テ ン)のカツレツセット、マイクは…冷凍品じゃなくて、ビッグサイズのインスタントヌードルにするようだ。
「おいおい、ヌードルはワインに合わないだろう」
そう言いながらシェーンコップは俺達の分の紙コップを取ると、それにワインを注ぎ出した。
「終わったな。まあ、連隊に戻るまでが任務だが」
「そうですね」
「どうしたんだ」
マイクの元気がない事に気付いたのだろう、シェーンコップがチーズを食べながらマイクに尋ねた。
…あんた、酒とツマミたくさん買い込んで来たな?実は俺もなんだ、後で持ってこよう…マイクの話は俺が聞こうと思っていたけど、ここはメシに専念させてもらうとするか。
「少佐はなんで亡命したんですか?」
「急だな。…俺に聞くな、その時俺はまだご幼少のみぎり、だ。俺には理由などないよ」
「あ、そうでしたね。お祖父さんとお祖母さんでしたよね?少佐はお二人に理由は聞かれたんですか」
「聞いてないな、今となっては聞けないし、もうどうでもいい事だ」
「お二人とも亡くなられてるんですよね…そうですよね」
「一体どうしたんだ?」
お湯を注いでとっくに三分経ったインスタントヌードルに、マイクはまだ手をつけていない。再び紙コップにワインが注がれた。
「俺達と一緒でしたね、帝国の人間も」
「当たり前だろう」
「いえ、そうじゃなくて…何と言えばいいのか、確かにアイゼンヘルツは不景気そうな所でした。俺、帝国の人間を見るのは初めてだったんですよ」
「過去の戦闘でも見てるだろう?」
「あれは帝国軍人です。俺達と変わりませんよ」
「帝国に住んでいる人間、帝国の風景を初めて見た、という事か」
「そうです。不景気そうっていうだけで、同盟とさほど変わりはない。それに気付いたら、なんで戦ってるんだろうってふと考えちゃったんですよ」
マイクの紙コップに三杯目を注ごうとしたシェーンコップの手が止まった。つい俺も手を止めてしまった。
「俺の親父も戦死でした。だから、親父を殺した帝国軍は確かに憎い。でもここの人達は…って思っちゃって。ダメなんですかね、こういうの」
「駄目じゃないさ」
マイクの三杯目になる筈だった分は、違う紙コップに注がれていた。…部屋から新しいボトル持って来るか。今夜は長くなりそうだ。 
 

 
後書き
三十一話あたりから、ヤマトの階級が少佐になってました。訂正しておきます、失礼しました。 
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