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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第43話:情けは捨てきれず

 
前書き
どうも、黒井です。

読んでくださりありがとうございます。 

 
 二課本部に戻った奏は、早速先程の顛末を弦十郎に報告した。

「何だと!? あの2人がジェネシスに?」
「あぁ、結構危ないところだったよ」
「でもま、今はとりあえず心配はいらねえよ。ウィズが連れて行ったんならそう悪いようにはしねえだろ」

 ジェネシスに敗北し、危うく透の命が奪われる寸前だったと言う話を聞いて肝を冷やす弦十郎だが、颯人達によって救われウィズに匿われたと聞き一先ず安堵する。一度しか相対した事は無いが、これまでのウィズの行動から弦十郎も彼の事は悪人ではないと認識しているのだ。

「ウィズ、か。彼が関わっているのであれば安全面なら信用しても良いのかもしれないが、何故彼はあの2人を?」
「2人って言うか、透の方が重要だったんだろ。何しろあの透って奴はジェネシスを裏切った幹部候補。多分何かしら組織の情報持ってるんじゃねえかって期待したんだろうよ」

 弦十郎の疑問に対し、颯人はあまり興味無さそうに答えた。透が情報を持っていようがいまいが、ウィズが独り占めしている現状彼らにはどうしようもないのだから考えるだけ無駄と思っているのだ。

 もし彼がその事について考える必要があるならば、それは状況が変化した時である。

「クリスちゃんが危なかったって本当ですか!?」

 などと考えていたら、早くも状況に変化が生じた。部屋の外で話を聞いていたのか、響が血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。
 翼も共に居たのか、部屋に飛び込んだ響を必死に宥めている。

「お、落ち着きなさい立花!? 話は聞いていたでしょう!? あの2人なら今はとりあえず心配する必要は無いって!?」
「あ、すみません…………でもぉっ!」
〈コネクト、プリーズ〉
「ハイハイ。これでも食べて落ち着きなって」
「むぐっ!?」

 興奮冷めやらぬと言った様子の響の口に、颯人が魔法で取り出したドーナッツを響の口に押し込んだ。突然口の中にドーナッツを押し込まれて目を白黒させる響だったが、口の中に広がる甘さに本能が刺激されたのか無言で咀嚼した。ドーナッツにまぶされた砂糖の甘みが、響の興奮を冷ましていく。

 響の口にドーナツが引きずり込まれるように入っていくのを見て、奏と翼は軽く苦笑しつつ颯人にウィズと連絡が取れないか訊ねた。今あの2人が彼の元に居るなら、これまでの事と今後の事も考えて接触しておきたい。

「なぁ颯人? ウィズと連絡とる事って出来ないのか? それこそ電話番号とか、さっきの魔法みたいな奴とか」
「無理無理。ウィズの奴、こっちからは絶対連絡させないんだよ。あの指輪も結局ウィズの使い魔が持って行っちまったし」

 ここら辺ウィズは本当に徹底していた。長距離の移動は基本転移魔法なので足取りを追う事は不可能だし、颯人に対する指示などのやり取りは専ら直接面と向かっての口頭である。だから通信傍受など無意味だし、颯人自身もウィズのアジトの場所は知らないので彼からウィズの居場所が明かされる可能性はゼロに近かった。
 お陰で片手間にだがウィズの行方も捜索している弦十郎はお手上げ状態だった。

「こうなったら、当分はあの2人の事はウィズに任せるしかない……と言う事か」
「そう言う事だな。さっきも言ったけど、とりあえずは安心しといていいと思うぜ」

 一つ心配があるとすれば、クリスの方が大暴れしないかと言う事であった。恐らくだが、ウィズとクリスはあまり相性が宜しくない。透が間に入って緩衝材の役割を果たしてくれればいいが、チラッと見た限り彼はあの時点で相当消耗していた。そんな状態で、暴れる少女を何処まで宥める事が出来るか。

 颯人は内心の不安を、周りに気付かれないように溜め息と共に吐き出すのだった。




***




「ん、んぅ…………ん? ここは――――?」

 その頃、クリスは目覚めると目に映る光景に困惑を隠せずにいた。

 まず自分の状態だが、傷の手当てがされた上に着替えさせられ布団の中で寝かされていた。一瞬透がやってくれたのかと思ったが、彼は彼で動く事も儘ならない程の状態だった筈だ。安全そうな場所にクリスを運ぶならともかく、着替えさせた上に布団に寝かせられるほどの余裕があったとは思えない。

 そもそも今寝かされている場所自体、訳が分からなかった。今彼女の目の前に広がっているのは何処かの部屋の天井だが、誰かの手で管理されているのか微塵も汚れた様子がない。消えた照明にも埃が積もっていないのだ。

 ここは何処で、誰が自分に手当を施したのか? いやそもそも、あれから一体どうなった?
 確か気を失う前、自分と透はジェネシスの魔法使いに襲われた挙句、逃げようとしてウィズに遭遇し…………

「――透!?」

 そこでクリスは透がどうなったのか気になり起きようとして、手当された傷が痛んだことで再び布団の中に沈んだ。
 全身を苛む痛みとぶり返してきた疲労に堪らず顔を顰めていると、起き上がろうとして乱れた掛け布団が何者かによって直された。

「ッ!?」

 そこに居たのは、頭の天辺から全身を黒いローブで包まれた人物だった。フードを目深に被っている上にゆったりしたローブの所為で体型も分からない為男か女かの判別すら困難だったが、フードの下に僅かに見える口元から辛うじて女性だろう事が伺えた。

 その女性と思しきローブの人物が、クリスに布団を掛け直しながら口を開いた。

「大丈夫ですか? まだ動いてはいけません。今は安静にして、傷と体力を癒す事に集中してください」

 口から出た声色と口調は明らかに女性のそれだった。
 丁寧で且つ優しい口調でクリスの事を気遣う女性だったが、クリスはそんな彼女の気遣いを煩わしいとでも言うかのような態度で返した。

「う、うるせぇ、余計なお世話だ。それより透……アタシと一緒に居た男の子は?」
「彼でしたらそちらに」

 反発するクリスに、しかし女性は気を悪くした様子も無くクリスの視線を彼女の右隣に誘導する。促されるままに自分の右隣に顔を向けるクリス。その際部屋の内装を見る事になったが、部屋の造りなどを見た所ここはどうやら何処かのマンションかアパートの一室らしい。

 そんな感想も、隣で目を閉じ身動ぎすらしない透の姿に掻き消える。

「透ッ!?」

 思わず起き上がり透に近寄ろうとするクリスだったが、それは女性により止められる。

「ですから、動いてはいけません。彼ほどではありませんが、貴女にも安静が必要なのですよ?」
「余計なお世話だっつってんだろ!? それより、透は?」
「彼でしたら大丈夫です。解毒は済ませ、手当も終えています。命に別状はありませんが、貴女以上に彼は体力の消耗が激しいので当分の間は絶対安静です」

 先程よりも強めの口調で、しかしそこには確かな気遣いを感じさせる声でクリスを諭し寝かせる女性。徹底して敵意を感じさせない彼女の雰囲気に、流石のクリスも少しだけ警戒心を引っ込め大人しくすることにした。

「本当か? 本当に透は大丈夫なんだな?」
「ご安心ください。そこは誓って保障します。貴女達に危害を加えない事も含めて、です」

 そう言って頭を下げる女性に、クリスも今は大人しくすることを選んだ。顔も晒さない彼女の言う事を全面的に信じる事は出来ないが、少なくとも今すぐどうこうするつもりがない事だけは信じる事にしたようだ。
 どの道、満足に動けない現状ではヘタなことは出来ない。ここは彼女の言う通り傷を癒し体力を回復させることに専念した方が、ここから逃げ出す時に都合がいいだろう。そう考えたクリスは、女性に促されるままに布団の中で肩の力を抜いた。

 その瞬間、クリスの腹が盛大に音を立てた。思えばここ最近ロクなものを食べていなかった。逃げる事に必死になるあまり、思うように食料の調達が出来なかったのだ。
 不覚にも腹の虫が鳴いたのを女性に聞かれ、クリスは恥ずかしさと情けなさで顔を赤くしたが女性の方はこうなる事を予想していたのか即座に立ち上がると台所へ向かった。

 それから物の数分ほどで、女性はスープの入った皿を乗せた盆を持ってきた。女性は盆をクリスの枕元に置くと、彼女の背中に手を回して起き上がるのを手助けし、折り畳み式の小さいテーブルを組み立てクリスの膝を跨ぐように置いたそれの上に盆を置いた。

「お腹が空いているでしょうが、体力の消耗した体に固形物は宜しくありません。物足りないかもしれませんが、今はこれで我慢してくださいね?」

 野菜が細かく刻まれ、軽くドロドロになるまで煮込まれたと思しきスープ。粥か何かの様なそれから漂う匂いは、忽ちクリスの空腹を刺激し再び腹の虫を鳴かせる。

 体はすぐにでもそれを食べろと言うが、しかしまだ完全に警戒を解いていないクリスはそれに手を付ける事をしない。もしかしたら今までのが全て彼女を油断させる為の演技であり、このスープに何かを仕込んでいるかもしれないのだ。

 スープと女性の顔を交互に睨むクリスに、女性は小さく溜め息を吐くと一緒に置かれたスプーンを手に取りスープを掬うと一口飲んだ。

「……これで、毒などは入っていない事を理解していただけましたか?」
「――――チッ」

 自ら率先して毒見をしてみせた女性に、クリスは何だか負けたような気になり悔し紛れに舌打ちをすると女性からスプーンを引っ手繰りスープをかき込むように口に運んだ。一度口に入れると、体の方が抑えが利かなくなったのか休む間もなくスープを掬っては口に突っ込む。まだ口の中にスープが入っているのに次を口に入れようとして、口元から零れたスープがクリスの口周りやテーブル、着替えさせられた寝間着を汚していく。

 そうして数分ほどで完食すると、今度は眠気が襲ってきた。まだ疲れが残っていたのと、温かいスープを飲んだことで体の緊張が解れたのだろう。

「あふ……」
「あ、少々お待ちを」

 一つ大きな欠伸をして舟を漕ぐクリスを引き留め、女性は替えの寝間着に着替えさせた。流石にあのまま寝かせる訳にはいかなかったのだ。
 眠気の所為で思考が鈍ったクリスはされるがままに寝間着の上を着替えると、横になり布団を掛けられた。

 クリスはそのまま眠りに落ちようとするが、一つだけどうしても気になる事があったので睡魔を堪えて女性に問い掛けた。

「あ、なぁ…………そう言えば、聞き忘れるところだったけど、あんた……一体誰なんだ?」

 状況の変化に混乱していた上に透の事が心配だったのもあって、女性の名を聞くのをすっかり忘れていた。彼女にとって先程まで女性に対する関心はその程度だったと言うのもあるが、逆に言えば今は彼女の名前が気になる程度には興味を持ち始めているという事でもある。

 今にも眠ってしまいそうなクリスに教えて、目覚めた時覚えているかは分からないが、それでも彼女はクリスからの問い掛けに答えた。

「申し遅れました。私の事は、アルド……とお呼びください」

 アルド…………彼女がそう名乗ると、クリスは口の動きだけでその名を反芻しながらゆっくりと眠りについていく。

 あっという間に寝息を立て始めたクリスを見て、アルドは音を立てないようにテーブルを片付けると食器を乗せた盆を下げる。

 そこへ新たな人物がやってきた。

「アルド。どうだ、2人の様子は?」
「しー……」

 やって来たのはウィズだ。何時もの恰好で部屋に入ってくるとアルドにクリスと透の事を訊ねるが、アルドは眠ったクリスが再び起きてしまわないようにと静かにするよう口元に人差し指を当てる。彼女の仕草にウィズが言葉を詰まらせると、アルドはなるべく抑えた声で話した。

「先程、クリスさんが目覚めました。ただまだ体力が完全に回復した訳ではないので、軽く食事を摂らせ再び眠らせました。透君の方はまだ目覚めません」
「そうか。まぁメデューサに毒の魔法を浴びせられたのだ。回復にはまだ時間が掛かるか」
「暫くは絶対安静です。それと、透君に関してですが……」
「何かあるのか?」

 どこか歯切れの悪いアルドに、ウィズが訝し気に訊ねると彼女は透に目をやった。フードに隠れて分からないが、その雰囲気は何処か痛ましいものを見ているように感じられる。

「彼は喉に古く深い傷を持っています。恐らく声は失われているでしょう」
「問題ない。口が利けないなら筆談で教えてもらうまでの事だ。あの様子で流石に文字も書けないという事はないだろう」
「いえ、そうではなくて…………」

 アルドが本当に言いたい事はそこではなかった。彼女は可能であれば透の治療をしたいと考えていたのだ。

 しかし――――

「治療したいと言うのなら不要だ。そこまでしてやる理由がない」
「ですが……それでは…………」

 若くして何らかの不幸により声を失ってしまった少年をアルドは痛ましく思っていた。出来る事なら、力になりたい。
 だがウィズはそれを許さない。許す訳にはいかなかった。

「他人に対する情は最低限にしろ。多少施しを与えたいと言う程度ならまだしも、そこまで面倒を見てやると情に抑えが利かなくなるぞ」
「…………はい」
「忘れるな、私は『ウィズ』でお前は『アルド』なんだ。この名はジェネシスを倒す戦士としての名前だ。他人への情など捨てろ。でなければ、耐えられなくなるぞ」
「分かって…………います」

 絞り出すようにして言葉を口から出すと、彼女は黙ってその場を離れ別の部屋へと入っていく。彼女の作業様に設えた部屋だ。
 ウィズはそれを見送ると、彼女が扉を閉めたのを見計らい指輪を交換し魔法を使った。

〈サイレント、ナーウ〉

 部屋全体が魔法陣で包まれると、途端に室内の音が全て消えた。クリスと透の息遣いは勿論、時折外から響いてきた車の走行音なども。

――…………新しい器具を用意する必要があるな――

 アルドが入っていった部屋を見ながら、ウィズはそんな事を考えるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第43話でした。

今回新たに名が明らかになったアルドはウィザード原作で言うところの輪島のおっちゃんポジです。今後もサポートキャラとして幅広く活躍してくれる予定です。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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