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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第39話:力無き者の戦い

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 雨の降る街の上空を、ライドスクレイパーの後ろにクリスを乗せた透が飛んでいた。傘を差せる状態ではないし合羽も着ていないので、降りしきる雨が2人の体をずぶ濡れにする。

 2人の様子は酷く疲弊している様子だった。それもその筈で、つい先程まで2人は追撃してきたノイズと魔法使い達と一戦交えたばかりなのだ。
 幸いな事に負傷こそしなかったが、断続的にやってくる追撃に2人は疲れ切っていた。しつこい追撃と雨の冷たさに体力を奪われた2人は、休息を欲していた。

 どこかに雨風を凌いで休息できる様な場所は無いだろうか?

「ん? 透、あそこ!」

 突然クリスが何かを見つけ、透の肩を叩き街中のある一点を指差した。
 見るとそこには、管理する者が居なくなったのか外観が荒れ放題となった廃ビルがある。雨風凌いで体を休めるにはちょうど良い。

 廃ビルに飛び込む前に、透は周囲を見渡す。折角体を休める場所を見つける事が出来ても、敵にその場所がバレては意味がない。幸いな事に、度重なる追撃の失敗から敵は一度体勢を立て直す為に後退しているのか、周囲にはノイズの姿もメイジの姿も見当たらなかった。

 改めて廃ビルの適当な部屋に飛び込んだ透は、着地と同時にバランスを崩し倒れそうになる。度重なる襲撃と冷たい雨に体力をかなり奪われたらしい。
 そんな彼の体を、同じく疲れ切っている筈のクリスが支える。

「透、大丈夫か? ほら、ここなら……」

 クリスに支えられながら透は部屋の奥に向かうと、壁に凭れ掛かるようにして座り込む。彼を座らせたクリスは、一度周囲をもう一度警戒して安全を確認すると抱き着くように彼の隣に腰掛けた。

 雨に濡れて冷えた体を互いの体温で暖め合う。フィーネの館で再会したあの時の様に…………。

「結局、大人なんて信じられなかったな」
「…………」
「このまま遠くに逃げよう、透。あたし、透と一緒なら……どこまでだって…………」

 安全な場所に辿り着いた事と透の体温に緊張の糸が切れたからか、最後まで言い切る前にクリスは眠りに落ちていった。
 静かに寝息を立てるクリスの背を優しく撫でる透。その顔は慈愛に満ちており、心から彼女を労わっているのが見て取れた。

 しかしその表情とは裏腹に、彼の心はこのままではいけないと危機感を抱いていた。

 クリスは逃げようと言ってくれたが、恐らくメデューサからは逃げきれない。例え海外に逃げたとしても奴らはきっと自分達を見つけるだろう。結局、2人に待っているのは片時も心休まる時の無い逃亡生活だ。
 当然そんな生活がずっと続く訳がない。そう遠くない内に体力的・精神的に限界がきて捕まってしまう。

 その結果、自分が始末される事はまだいいが、クリスまでもが奴らの手に掛かる事は耐えられない。
 逃げる以外の道を見つけなければ。

 透が思い浮かべたのは、響を始めとする二課の装者と魔法使い。響は敵である筈のクリスを助け、更には対話で分かり合おうとしてくれた。他の者達もそうだ。日本政府はともかくとして現場に出てくる4人は信用できる。
 とは言え自分達は二課の、日本政府の敵として対峙してきた。恐らく投降すれば2人は拘束されるだろう。

 しかし話せば分かってくれるだろう彼らの方が、問答無用で殺しに掛かってくるジェネシスよりもずっと良い。

「ん……透……」

 不意にクリスが寝言と共に抱き着く腕に力を込めた。見ると目元には僅かながら涙が浮かんでいる。
 透はその涙をそっと拭い、再度彼女の背を優しく撫でながら自身も休息をとる為に瞼を閉じた。目を閉じて体から力を抜くと、直ぐに睡魔が彼を眠りに誘っていく。

 睡魔に身を委ねながら、透はどのようにして二課にコンタクトを取るかを考えつつ眠りに落ちるのだった。




***




 響と未来が仲違いをしてから一夜が明けた。昨日以上に冷え切った雰囲気のまま2人は朝食を済ませ、一言もしゃべらぬまま授業を終え、別々に学院を後にした。
 響は二課本部へ、未来は真っ直ぐ自宅の寮へ────

「お、居た居た!」
「──え?」

 俯きがちに歩いていると、横から現れた颯人が未来に声を掛けた。突然の事で理解が追いつかず目を白黒させた未来だったが、それがつい先日弓美達と共に観た噂の手品師である事に気付く。更には自然公園で響と共によく分からないものに変身して戦っていた事を思い出し、未来の顔に緊張が走る。

 表情を強張らせた未来に颯人は軽く苦笑し、手品で小さな花束を出して見せた。鮮やか且つ予告なしの手品に未来が目を奪われると、颯人は更にその花束を手の平サイズのブローチに変えてしまった。

「お近づきの印に、どうぞ」
「あ、どうも」

 差し出されたブローチを、やや警戒しながら受け取る未来。最初の驚愕は大分薄れてきたが、それでも先日の自然公園での事もあって完全には警戒心が抜けてくれないらしい。

 こちらを警戒する未来に、颯人は軽く肩を竦めた。

「警戒されたね。もしかして、俺も響ちゃんを戦いに巻き込んだ連中の1人、とか思ってる?」
「ッ!? それは……」

 言い淀む未来。その反応は颯人も予想していたので、特に気分を害することはしない。寧ろ彼女がそう思うのは当然の事だ。彼女は彼の事を何も知らないのだから、そう思っても仕方がない。

 警戒する彼女の心を静める為、颯人は次の行動に移った。

「ま、ここで長話ってのもなんだ。突然のお誘いで恐縮だけど、どこか適当なところでお茶でもしないかい?」

 颯人の誘いに、未来は未だに警戒しながらもついて行くことにした。
 彼の雰囲気などから少なくとも危険な人物ではない事は察する事が出来たと言うのは勿論だが、響が戦っている事に関してより深い話が聞けるかもしれないと思ったからだ。

 2人はその場から少し歩き、リディアンの裏手にある小さな公園のベンチに腰掛けた。周囲にはあまり人の気配がない。話の内容が内容なので、他人に聞かれる危険の少ない場所を選んだのだ。

 ベンチに着くと、颯人は近くの自販機で缶コーヒーを二つ買い一つを未来に渡した。

「ま、まずはこれでも飲んで落ち着きなよ」
「ありがとうございます…………それで、あの……」

 コーヒーは蓋すら開けず早速本題に入ろうとした未来だったが、颯人がそれよりも早くに自分の缶の蓋を開け中身を一気に流し込んでいるので思わず言葉を飲み込んでしまう。

「ん、失礼。それで、本題だけどね」
「あ、はい」
「まぁ、最初に言いたい事は……響ちゃんの事は許してやってくれって話だな」
「許す?」

 颯人の言葉に未来の表情が更に険しくなるが、彼はそれに気付きつつ話を続けた。

「そう。響ちゃんについては、もう大体の事情は聞いたと思う。あの子にもおいそれと話せなかった理由があるんだ」
「それはもう響にも聞きました」
「そうだな。つまり、君が響ちゃんと喧嘩したのは響ちゃんが許せないんじゃなくて、響ちゃんに対して何もしてやれなかった自分が許せなかったから…………だろう?」

 その言葉に未来は目を見開いた。正に彼の言う通りだったからだ。

 先日響を拒絶してしまったのは、響が自分の知らない所で戦い傷付いているのにそんな事を知らずにのうのうと過ごし何もしてやる事が出来なかった自分を許せなかったから。共に痛みを共有することも苦労を肩代わりする事も出来ず、彼女の負担となるしかないのが耐えられなかったからだ。

 そんな思いを見抜かれてしまった事に、未来は思わず思考を停止させてしまった。

 驚いた拍子に未来の手から蓋の開いていない缶コーヒーが滑り落ちる。それを見て颯人は小さく肩を竦めると、落ちた缶コーヒーを拾って未来に渡すと話を続けた。

「未来ちゃんの気持ちは分かるよ。俺も一度は自分の無力さに心が折れそうになった」
「手品師さんもですか? あ、えっと──」
「おっと、そう言えばまだ名乗ってなかったな。こいつは失礼。明星 颯人だ。以後お見知りおきを」
「は、はい。もう知ってるみたいですけど、小日向 未来です。それで、颯人さんはどうして?」
「詳しく話すと長くなるからここじゃ割愛するけど、俺も昔自分に力がなくて大切な奴が居なくなるかもしれないって事に心が折れそうになったことがあるのさ。自分が情けなくてね」

 未来は颯人の話に聞き入った。缶コーヒーを開ける事も忘れて、その中身が完全に冷めた事にも気付かず彼の話の続きを待っていた。

「で、まぁ、色々あってね。力を手に入れて大切な奴を守れるようになって、命懸けだったけどそいつを助ける事が出来たのさ。その時、そいつが何を思ったと思う?」
「え? ありがとうとか、感謝……ですか?」

 予想通りの答えに、颯人は当時の事を思い出し笑みを浮かべた。これは当事者でないと絶対思いつかないだろうから仕方がない。

「答えはね……『心配』だよ。未来ちゃん」
「心配?」
「そ。そいつ曰く、『何馬鹿なことしてんだ』だってさ」

 あの時は本当に無茶をし、そして奏に心配をかけてしまった。3年間音信不通だった事もあり、奏がどれだけ心配していたかは想像するに難くない。
 その事に自分が奏にとってどれだけ大事な存在であるかが分かり、嬉しく思うと同時に彼女をいたく心配させてしまった事に申し訳ない気持ちも芽生えてくる。

「多分、俺とそいつの関係を2人に照らし合わせるなら、未来ちゃんが俺の立場になるんじゃないかな?」
「私が?」
「そ。響ちゃん、よく君の事言ってたよ。よっぽど君が大事なんだろうな。そんな君が待っててくれるから、響ちゃんは頑張れるんだ。生きて君の所に帰る為にね」

 颯人と奏だってそうだ。互いに相手が居るから、生きて帰る為に最大限の力を発揮できる。帰る場所が、大事な相手が居れば人は限界以上の力を発揮できるのだ。

「言いたい事は分かります。でも……」

 それでもやはり未来の心には、ただ帰りを待つしか出来なことに対する(わだかま)りがあった。何となくその気持ちが分からなくもない颯人は、困ったように小さく唸る。誰かを大事に思うあまり、じっとしていられない気持ちは分かるからだ。

「こう考えてくれないか? 響ちゃんを迎える事が未来ちゃんの戦いだって」
「迎える事が?」
「そうさ。響ちゃんと一緒に戦いたいって言う未来ちゃんの気持ちは分かるけど、もし本当に未来ちゃんが戦いの場に出て怪我したり最悪死んじまった場合、響ちゃんはとんでもない位悲しむ。未来ちゃんもそれは望んじゃいないだろう?」

 そんなの、言われるまでも無い事だった。未来にとっても、響が悲しみ絶望するのは望むところではない。

 ただ待つのは辛い。だがそれに比べて命と隣り合わせの危険な戦いに身を投じる事は楽な事なのかと言われたら、そんな事は無い。戦う事は戦う事で辛いだろう。そして響は、そんな戦いに身を投じている。

──あぁ、なんだ……同じ事なんだ──

 敵を討つ事だけが戦いなのではない、戦場に向かった者をひたすら待つこともまた戦いなのだ。いや、戦いに向かった者が帰る場所を護る事こそが戦いと言っても良い。
 未来に求められる戦いとはそう言うものなのだ。

 謂わば、力無き者が出来る戦い。戦わずに行う戦いがそこにあったのである。
 響を迎える事こそが未来の戦いであると言う、颯人の言葉の意味を未来はここで漸く理解できた。

「颯人さん、ありがとうございます」
「おっと、礼を言うのはまだ早いぜ未来ちゃん。何せ大事なのはこれからだからな」
「これから?」

 これから一体何があるのかと首を傾げる未来だったが、視界の端に映ったこちらに近付いてくる人影に言葉を失った。

「え!?」
「み、未来!?」

 そこに居たのは、奏に連れられてきた響だった。

 出会った2人は互いに見つめ合ったまま固まり、仕立て人たる颯人は実に愉快そうに笑みを浮かべ、そして奏はそんな彼に呆れを含んだ笑みを向けるのだった。 
 

 
後書き
という訳で第39話でした。

今回は割と賛否両論分かれる展開だったかもしれませんが、この作品ではこんな感じに未来を諭す事にしました。何事も無ければ颯人も本来は未来と同様のポジションに収まっていた訳で、下手をすれば闇を抱えた人物になる可能性もありました。ただ彼の場合は実際に力を手に入れて奏の隣に並び立てるようになって、そこで漸く守る側が何を思っているかが分かったからこういう事が言えるようになったって感じです。

次回はひびみく仲直りの仕上げになります。こんな感じの拙作ですが、今後もお付き合いいただけますと幸いです。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等宜しくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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