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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第四話 遭遇戦

宇宙暦788年4月15日19:00 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、
レストラン「サンタモニカ」 オットー・バルクマン

 やっとカヴァッリ中尉おすすめのラビオリが来た。
ワインは七百八十六年産だけど中々だ。
俺は黙って話を聞いている。
何故なら、たとえ上官であっても女が絡むとマイクの悪乗りが始まるからだ。
話に参加しても途中でマイクに遮られてしまう。ヤマトも面白がって奴を止めようとしない。『いいじゃない、若いんだから』なんて言いやがる。お前は中年か?
今までの三年間もそうだった。女が絡むとロクな事がない。お陰で俺には女っ気ひとつありゃしない。
まだ十八歳でこんな状況じゃ、我ながら先が思いやられる…。

 「ちょっと、バルクマン兵曹、聞いてるの?」
「え?ああ、聞いてますよ。分艦隊の編成までおかしくなってる、って話でしょう?」
「あら。ちゃんと聞いてるじゃない」
「でも、こういう話はウィンチェスター兵曹の方が得意ですよ」




4月15日19:15 レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 カヴァッリ中尉は酒はあまり強くないようだ。
ラビオリはまだ来たばかりだというのに、グラスはもう三回ほど空になっている。あ…四回目だ。で、すでに顔は真っ赤になっている。
しかし…オットーの奴、なんという話の振り方をしやがるんだ。俺ラビオリに集中したいのに…。
「編成が、どうおかしくなっているんです?」
「リンチ少将の本隊が八百隻。第1分艦隊が四百隻。第3分艦隊が四百隻。我々の第2分艦隊が四百隻」
合わせて二千隻。
「どこもおかしくないのでは?」
「数はね。でも、ウチの分艦隊は半数が強襲揚陸艦なのよ。おかしいでしょう?」
なるほど。本部どころか艦隊陸戦隊全てが第2分艦隊に集められているのか。
「貴方達に愚痴ってもしょうがないんだけどね。強襲揚陸艦二百隻だから、陸戦隊が大体一万名。艦隊戦だと出番ないじゃない、彼等。何で艦隊に着いていかなきゃいけないんだ!とかあたしに言うのよ?あたしはね、ただの旗艦の内務長なのよ、分艦隊司令部に言わないでなんで只の旗艦乗組員のあたしに言うのよ!」
確かに…。確かにそうだが、この人絡み酒なのか?

 「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない!まだあるのよ!」
「まだある、って…何があるんです?」
「残りの二百隻がいるじゃない。艦隊戦になったら分艦隊の戦力は半分しかないのよ?分艦隊としては無傷なのに戦力は半分。哨戒に回されるのよ。ウチの分艦隊は哨戒しかしない、武勲の立てようがない、どうなってるんだ!って。あたしのせいじゃないのに!」
「…まあ、そうですね…」

 イゼルローン方面で有人惑星があるのはこの星系だけだ。警備艦隊が配備されているのもイゼルローン方面ではここだけだから、当然アスターテやティアマト、アルレスハイムやパランティアなどの星系まで哨区が広がる。警備艦隊といっても二千隻、有事のためにはまとまった戦力を運用しなくちゃならないから、艦隊戦力の半減している第2分艦隊を哨戒専任に当てているのだろう。哨戒には基地の作れそうな無人惑星や衛星の臨検も含まれるから、陸戦隊が必要なのも頷ける。哨戒はとても大事だ。
合理的と言えば合理的、リンチ少将、中々やるじゃないか。原作では有能な軍人、という書き方をされていたからな。にしても彼の率いる本隊と第1、第3分艦隊合わせても千六百隻。最前線の警備がこの戦力じゃ、リンチ少将も頭が痛いだろう。

 「にしても、なんで中尉の所に文句が舞い込むんです?」
「…え?だってそれは……あんたたち聞いてないの?」
「我々は着任初日ですよ」
「あ…そうだったわね。そりゃ知らないか」
そこまで言うとカヴァッリ中尉はグラスの中身を一気に飲み干した。…六杯目…。
「…あたしの一番上の姉さんがリンチ少将の奥さんなのよ」
「…え?」
「少将から見たら義理の妹ね。だから艦隊司令部の文句はみんなあたしの所にくるの。皆、面と向かって少将の文句言えないから。…仕方ないとは思うわよ?でも、身内だからってあたしに言う事なくない?」



4月15日20:30 レストラン「サンタモニカ」 マイケル・ダグラス

 ヤマトがずっとカヴァッリ中尉の愚痴を聞かされている。
“ちょっと出来る男風”に質問なんかしたのがいけなかった。
根拠地隊に行きたい、なんてオットーには言ったが、こいつらと一緒なら配置先なんてどこでもよかったんだ。
配置先の状況なんて、行けばどうにかなるもんだ。
しかしこれは…初日から拷問だな。いや、ヤマトの方が中尉に尋問しているのか?
オットーは個人携帯端末(スマートフォン)を片手に酒を飲んでいる。俺の話にも生返事な有り様だ。
ぐぬぬ…このままではエル・ファシル初日からミソが付いてしまう。
カヴァッリ中尉は可愛い。だけど飲む度にこの状況では色々と萎えると言うものだ。…標的を変えよう。
…あの子にしよう。ウエイトレスに声をかけるのはROE(交戦規定)違反というものだが、他に女性客が居ないこの状況では仕方がない。

 「ねえ、お嬢さん」
「はい?何でしょうか。追加のご注文ですか?」
「いや…追加には追加なんだけど」
「?」
「以前から思っていたんだけど、俺が注文したいのはキミなんだ」
「…えっ?」
フッ。決まった。やっと意味がのみこめたのか、真っ赤な顔をしている。反応も可愛い、遭遇戦としては上々だ。
「困ります、お客さん」
「まあまあ。…この状況を見てよ。上官の愚痴に付き合わされる部下、生返事で黙々と呑みに走る奴…俺はどうしたらいいんだい?キミにちょっと話相手になって欲しかっただけさ。それくらいならいいだろう?」

 ウエイトレスは周りを見渡した。釣られて俺も周りを見渡したらカウンターの中のマスターと目が合ってしまった。特に咎める様な顔はしていない。同じ様にウエイトレスもマスターを見る。
…彼女は諦めた様な顔をして、空いているテーブルから椅子を引寄せ俺の隣に座った。
…じっくり腰を据えて撃ち合うつもりか。面白い。

 「…少しだけですよ。周りのお客さんの目もありますから」
「ありがとう!キミが天使に見えるよ!…ヘイゼルの瞳がとても素敵だね。俺はマイケル。マイクって呼んでくれ。キミの名前を聞いてもいいかな?」
「フ…フレデリカです」
「名前も素敵だね!学生かい?おいくつ?」
「じ、14になったばかりです。…名前を誉めてくれてありがとう」
「14だって?とてもそうは見えないな。大人びて見えるよ…ああ、これは勿論いい意味でだけど」

 少し焦った(フリ)様子の俺を見て、彼女はニコッと笑ってくれた。可愛い!…俺は決して少女趣味ではない、大人びて見えるフレデリカ嬢がいけないんだ。
「あら。お上手ですね。いつもそうやって女の子に声をかけているんでしょうね。見たところ…軍人さん?艦隊の方ですか?」
「そんなことはないよ。キミが素敵だからつい声をかけてしまったんだ…そうだよ、今日着任したばかりなんだけどね」
「アハハっ!ウエイトレスは私と向こうにいるマーベルさんしか居ないのに?失礼だけど、マーベルさんは結構お年を召してらっしゃるし、その状況で『キミが素敵だから』って言われても…それに今日着任したのに『以前から思っていた』っておかしくありません?」
くっ…中々、用兵の妙を見せてくれるじゃないか…。

 「そこまでにしとけよ、マイク」
「いきなりだな、オットー」
「せっかくのいいお店なのに、お前のせいで出入り禁止になったらどうする」
「う…今回は敗けを認めるとしよう。でもフレデリカさん、連絡先だけでも教えてくれないか。素敵だと思っているのは本当なんだ」
「どうしようかなあ。常連さんになったら教えてあげてもいいですよ」
「分かった。ちょくちょく通わせてもらうよ」
…あれ?みんなこっちを見るんじゃない!戦術的撤退という言葉を知らんのか!



4月15日21:00 レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 「貴方の同期、下手ねえ」
「…あのウエイトレスの戦術能力が高いのでしょう。中々、中央突破という風には行きませんよ」
マイクは大きくため息をついてグラスをあおった。オットーは肩で笑っている。
それにしてもフレデリカって、あのフレデリカ・グリーンヒルか?
もしそうなら世間は狭いというか何と言うか…。

 「貴方はどうなの?ヤマト・ウィンチェスター兵曹?」
俺が修業式の夜の出来事を誇らしく説明しようとした時、皆の個人携帯端末(スマートフォン)が一斉に鳴り出した。
メールフォルダを開くと、一通のメールが届いている。

『緊急呼集。パランティア星系外縁部にて、第224哨戒隊が帝国軍哨戒部隊と思われる艦艇と接触。総員帰艦せよ』

 皆の個人携帯端末(スマートフォン)にも同じメールが届いていた。
「中尉、これは」
「メールの通りよ。急ぎましょう」
 
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