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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン20 独善たる執行者たち

 
前書き
あけましておめでとうございます(激遅)。
新年早々謝罪の言葉から入りますが、どうもこの様子だともうしばらく投稿ペースは戻りそうにないです。とりあえずユーザー情報の所にツイッターアカウント張り付けておきましたので、あんまり更新遅いから野垂れ死んだんじゃねーのかコイツと思った時には確認してください。生きてれば大体何か書いてます。

前回のあらすじ:復讐、専守防衛、戦争……様々な思惑と利害が絡み合い、糸巻と巴は手を組んだ。後々に禍根を残すと知りつつも、それが最も確実でマシな道だったからだ。 

 
 その日の朝は、これまでとは何かが違っていた。すべてを否定され揺れていた鳥居浄瑠(とりいじょうる)の精神はかつての先輩への襲撃を経て限界を迎え復讐へと舵を取り、糸巻太夫(いとまきだゆう)は犬猿の仲である巴光太郎と不承不承ながらに手を組んだ、そんな日。
 そしてその日は、ある少女にとっても何かが変わるきっかけとなる日であった。少女の名は、八卦九々乃(はっけくくの)。デュエルモンスターズのタブー視とほぼ時を同じくして生まれ育ち、それでもなおカードを愛する少女である。
 しかし、そんな予兆が最初からあったわけではない。その日の朝は、少女にとってはいつも通りの朝だった。

「ではおじいちゃん、行って参ります!」
「ああ、楽しんでおいで」

 店の奥から帰ってきた叔父の声に満足し、元気いっぱいにドアを開けて青空の下に躍り出る。その手には愛用の通学カバンが握られ、その中では密かにいつも持ち歩いている携帯用デュエルディスクが揺れる。
 少女はそもそも、この町の住人ではない。もともと両親と住んでいた町の学校が「BV」によるテロ行為によって文字通りに崩壊し、急遽叔父の住むこの町にやってきたのである。無論その地域にもデュエルポリスは存在したのだが、対応の遅れや担当の実力不足といった要因が重なり合ったせいで被害を食い止めることができなかった形になる。
 そしてそれが、少女が糸巻と出会うほんの3日前のこと。それから3か月も経たないほどの短い期間ではあったが、持ち前の人懐っこさとその明るさで少女はすっかりこの町に順応していた。

「あ、八卦ちゃん!」
「おはようございます、竹丸さん」

 飛び出した少女の姿にふんわりと花が咲くような笑顔を向けたのは、茶髪を三つ編みに編んだ丸眼鏡の少女。八卦にとっては、この町に来てから初めてできた友達でもある。

「うん、おはよう」

 そういって差し出された手を、少女もまた手を伸ばし握り返す。そうして雑談しながら通学するのが、ここ最近の少女たちの日常風景だった。といっても、別に大した話をするわけではない。テレビ番組、最近読んだ本、宿題、共通の友人……その時だけ笑って楽しい時間を共有したらそれっきり、もう思い出すこともないような他愛もない話。
 しかしその日は、ほんの少しだけ毛色が違っていた。興奮気味に彼女が切り出した話は、少女にも無関係とは言い難かったのだ。

「ねえねえ、八卦ちゃん。知ってる?今この町に、デュエルポリスの偉い人がフランスから来てるんだよ。ほら、1か月ぐらい前にニュースでやってた、フランスの銀行をたった1人で摘発したっていう鼓さん」
「え、ええ……」

 知っているも何も、つい先日には一緒にケーキまでご馳走になった仲である……とは、さすがに言い出せなかった。少女は、自身がデュエリストであるということすら彼女に明かしていない。秘密というわけではないのだが、この友人の趣味は読書で運動神経はからっきしという典型的な文学少女。それなりに激しいスポーツとしての一面も持つデュエルモンスターズの話をするのは、少女にとっても多少の遠慮があった。
 そもそも先述したように少女自身が対外的には「BV」、ひいてはデュエルモンスターズによって転校を余儀なくされた犠牲者の身。そういった目で見られている自覚を持ちつつデュエルモンスターズが大好きであると公言できないできない程度には、幸か不幸か少女は場の空気を読む能力に長けていたのだ。だから目の前の新しい友人も、普段は完全なる善意から少女の前でデュエルポリスやカードの話をすることは避けていた。今日に限っては、興奮が理性を打ち消したのだ。
 そんなぎこちない返事には、気づいているのかいないのか。頬を紅潮させた竹丸が日頃大人しい彼女にしては珍しく、身を乗り出さんばかりにまくしたてる。

「凄いよね、あの人!外国の最前線で働く格好いい女性、いいなあ、憧れちゃう……」

 うっとりと呟くその姿に、まだ人生経験の浅く話を流す技能の足りていない少女はなんと返したものかと返答に困る。そして迷った末に、無難な質問でお茶を濁すことにした。

「で、でも竹丸さん。そんな話、どこから聞いたんですか?昨日のニュースにはそんなこと一言もなかったですが」
「あのね、八卦ちゃん。実は私、直接その人を見ちゃったの!本屋さんに行く途中でケーキ屋さんの前に人だかりができてたから、なんだろうなあと思ったら」
「へ、へえ……」

 ますます自分の笑顔がぎこちなくなっていくのを自覚しつつも、少女はしかしそれを止められなかった。しかし幸いなことに、目の前の相手はそれすらも気づかないほどに興奮していた。

「それでね、それでね!私、お父さんとお母さんからずっと危ないから近づいちゃダメって言われてたからデュエルって見たことなかったんだけど。機械のモンスターがいきなり出てきたり、しかもそれが動き出したり!相手の怖そうなモンスターが攻撃してきても落ち着いて構えて、もう本当に格好いいなあって!」

 そう語る友人の顔と混じりけなしの光に満ちたその瞳を正面から見て、始めてデュエルモンスターズに触れた時の自分もきっとこんな調子だったんだろうとは容易に想像がついた。その感覚を誰よりも理解できる少女だからこそ、この友人とそれを共有したい。自分にもよく分かる、その言葉を口に出すことができたらどれほどいいだろう。
 無論、その感情を止める者など最初から誰もいない。ただ少女自身が幼い感性の中で、どこか負い目と後ろめたさを感じているだけのことだ。
 曰く、自分は被害者だというのに、デュエルモンスターズを楽しんでいていいのだろうか?不謹慎、とまで考えたわけではない。でも漠然とした感覚の中で、なんとなくデュエルモンスターズに対し肯定的な感情を表に出すことがはばかられたのだ。
 そしてその沈黙を、喋りたかったことをすべて吐き出してようやく少し冷静になった竹丸の頭脳は意味をはき違えて解釈する。曰く、目の前の彼女はデュエルモンスターズのせいでこの町に避難する羽目になったというのに、そんなトラウマ(だと彼女は思っている)を踏み抜いた自分は何と無神経だったのだろうと。何も違わないはずの少女たちに生まれたすれ違いは、ぎこちない沈黙として両者の間に横たわった。

「……」
「……」

 かたや自らの口の重さを責め、かたや自らの不注意ゆえに軽くなった口を恨む。どこまでも近いくせに、真逆な2人の少女。結局その空気はほぐれることもないまま、気が付けば2人の少女は校門までたどり着いていた。

「わ、私、放送委員の仕事があるから」
「あ……」

 嘘だ。竹丸が今年の春、引っ込み思案な自分を少しでも変えたいと一念発起して放送委員へと立候補したことは少女もその友人として知っているが、こんな早朝から放送するようなことなんてあるわけがない。何より嘘をつくのが純粋な八卦の視点から評価してもなお下手な愛すべき友人は、いつも後ろめたいことがあるときに自身の髪をくるくると右手の人差し指で巻き取る癖がある。案の定繋いだ手から離されたその右手は、その明るい茶色の髪を巻いていた。
 しかし教室とは逆方向に小走りで去っていくその後ろ姿に未練がましく手を伸ばしながら、少女はついに声を発して呼び止めることはできなかった。気まずい空気から逃れるための優しい嘘を、少女自身も歓迎する気持ちがどこかにあったからだ。そしてその事実に、2人の少女の心はまたしても静かに痛む。

「竹丸、さん」

 呟いたその名前は、もう友人には届かない。その後を追いかけるか……しかし少女は、自らの弱さに折れた。ためらいがちにゆっくりと、しかし足を止めることはなく教室へと歩き出していく。もうすぐ朝礼が始まる、だからそれまでには帰ってくる、そう自らに言い聞かせながら。
 しかし少女が自分の席に着き、次第に登校してきたクラスメイトが増え、ついにはチャイムが校内に鳴り響き、担任が入ってきても。ついに彼女の席は、ぽっかりと空白のままだった。日頃から真面目で遅刻などしたこともない彼女の不在は、それだけでよく目立つ。

「なんだ、竹丸は休みか?珍しいな、そんな連絡なかったはずだが……ちょっと職員室戻ってみるから、お前ら騒ぐんじゃないぞー」

 教室に入ってくるなりその異変に気が付いた、まだ壮年の教師が首をかしげながらも回れ右して職員室へと戻っていく。当然の権利のごとくざわつき始める教室の中で、少女にはその喧噪も耳に入らなかった。

(なんで、どうして?私の、せいで……)

 負い目は悪い想像を生み、悪い想像は最悪の妄想へと繋がる。普段は美徳であるその真面目さが仇となり、いっぱいいっぱいに抱え込んだ少女の瞳には本人も意識しないうちにじんわりと涙が溜まりはじめた。
 しかし、現実はそんな少女の葛藤など待ってはくれない。教壇の真上に配置されたスピーカーから突如ザリザリと不快なノイズ音が響き、聞き覚えのない声が飛び出した。

『全校の生徒及び教師、並び事務員諸君全てに告ぐ。これより君たちには、我々に協力してもらう。拒否権は存在しない。我々の手にはブレイクビジョン……「BV」が存在し、人質がいる。校庭を見ていたまえ、その証拠を見せよう。魔法カード発動、ファイヤー・ボール』

 その言葉と共に突然空中の何もないところから現れた火球が猛烈な勢いで落下し、校庭のど真ん中に命中して爆音とともに小さな焼け跡を作る。教室内に先ほどまでの喧騒が嘘のように重苦しい沈黙が流れ……何が何だかわからないという混乱を経て、じわじわと現実がその場にいる全員にのしかかる。
 すなわち、この学校は狙われたのだ。「BV」を持つテロリストに。その現実を各々が理解するのを待とうというのか、少しの間沈黙を保っていたスピーカーから再び声が流れる。

『よろしいかね?では次に、人質の声を聞かせよう。なに、そう怯える必要はない。ただ君がここの生徒だとわかるように、そうだな。自己紹介でもしてもらおう』

 しかし、今度はそれだけでは終わらなかった。最初の声とは違う下卑ただみ声が、そのまま流れてきたのだ。

『おいおい兄貴ぃ、それだけじゃ面白くないだろう?この女、ガキのくせに結構いいもの持ってやがると俺は見たぜ。へへ、そうだな。スリーサイズと下着の色、ついでに喋って……』
『やめたまえ。まったく、女性の羞恥が好みとはどうにも度し難いな。君のその性格、もとい性癖は治らないのかね?』
『でもよお……わかった、わかったよ兄貴。あんたの言うとおりにするから、そう睨まないでくれよ』

 下衆な欲望を丸出しに話すもうひとりの懇願を、最初の声が隠そうともしない嫌悪感を込めてきっぱりと拒否する。むき出しになった人の欲に生理的な嫌悪を感じる少女だったが、次の瞬間にはそんな感情も吹っ飛んだ。続けてスピーカーから聞こえてきた今にも消え入りそうな、そしてすぐにでも泣き出しそうな3人目の声は、最悪なことによく知ったものだったのだ。

『に、2年の竹丸……竹丸、夢です。わ、私、助け』
「っ!竹丸さん!」

 その瞬間に少女は反射的に勢いよく立ち上がり、スピーカーをきっと睨みつけていた。そんなことをしても向こうに自分の声が届かないし姿も見えないことはわかっているが、それでも動かずにはいられなかったのだ。白くなるほどに力を込めて握りしめた両手の拳が、そこに込められた怒りのあまり小刻みに震える。

『いいねえいいねえその顔、たまんねえぜぇ。ガキ過ぎるのは間違いねえが、これはこれで……わかった、わかってるっつーの兄貴』
『どうだかな。さて、ご苦労だった。そのまま大人しくしてくれれば、こちらとしても無用な危害を加えるつもりはない。いいね?では、我々からの要求を伝えよう。先生方か、それとも生徒か……いずれにせよこの校内に1人、デュエリストが存在する。その人間を引き渡してもらいたい』

 そこで少女は怒りのあまり煮えたぎっていた頭から、いっぺんに冷水をかけられたように血の気が引くのを感じた。頭が回らず立ちすくむ中で、スピーカーの声だけがいやに大きく響いて聞こえてくる。

『デュエルディスクの電波反応……それも、「BV」の組み込まれていないタイプの物だ。あまり正確な位置は特定できないが、この学校の中にいることは間違いない。この放送も聞こえているんだろう、名も知らぬデュエリスト』

 もしもこの場にデュエルポリスが存在すれば、何気なく放たれたこの言葉の異常性に気が付いただろう。精度こそ低いとはいえ、デュエルディスクの電波反応をキャッチしてデュエリストの位置を特定する。そのような技術はデュエルポリス、そしてテロリストの両サイドがいまだ開発できていない。だからこそ各地のテロ行為を未然に防ぐことは不可能であり、ひとたび犯罪に手を染めたデュエリストがデュエルポリスから逃げきることも不可能なのだ。これは、そんな常識をひっくり返しかねない。
 しかし、いくら糸巻らと親しくともその専門知識までは持ち合わせない少女にはわからない。否、少女だけではない。デュエルポリスと、テロリスト。デュエリスト同士の潰しあいは、一般市民にとってはあまりにも遠い話だと皆が思っている。それこそニュースで見るような、遠い遠い国で起きた話のようなものだと。そしてこれまで遠い話と思い込んでいたその戦いに巻き込まれ、当事者となったときにようやく、それがあまりにも甘い認識、馬鹿げた間違いだったことに気が付くのだ。
 だから誰も、気が付かない。その言葉に含まれた異常を、気づくことなく見過ごしてしまう。

『5分だ。今から5分間待とう。デュエルディスクとデッキを持ち校庭の真ん中、先ほどファイヤー・ボールを当てた位置まで降りてきたまえ。私たちも先に行って待っていよう。もちろん、君もだ。ひとつ忠告しておくが、下手なことはしない方が身のためだぞ。この学校の周辺はすでにフィールド魔法、オレイカルコスの結界で覆われている。脱出も侵入も不可能だ』

 その言葉を最後に、始まった時と同じく突然放送が切れる。そして嫌な沈黙の中で、教室内の視線がゆっくりと校庭側へと向けられていく。おそらく、他のクラスもそうなんだろうと少女はぼんやり考えた。全校の視線は今、校庭に向いている。
 そしてその視線の中で、ゆっくりと3つの人影が歩み出た。2人の男と、その間に挟まれて歩く1人の少女。幾度も足が止まりそうになるたびに、後ろの男がその背中を小突いてまた歩かせる。明るい茶髪に丸眼鏡、疑い用もない友人の姿だ。そして校庭の中央で足を止めた3人が、校舎をぐるりと見渡す。

「よおおぉし!さあ出てきな、デュエリスト!いいか、5分だぞ!もし出てこなかったら、この人質は……来な、バーバリアン・キング!」

 そう叫んで殿を歩いていた男がデュエルディスクに1枚のカードを置いた、その瞬間。突如、校舎に黒い影がかかった。太陽の光を遮るその巨体は、赤い体と角を持つ蛮族の王。大気を揺るがす雄たけびと共に手にした棍棒を振り上げ、上空で振り回して威圧する。ただそれだけで巻き起こった風圧により、校舎中の窓ガラスが一斉にビリビリと震えた。
 先ほどまで何もなかったはずの空間に、しかし今は紛れもなく実体をもって存在するモンスター。生徒はおろかデュエルを忘れた大人たちでさえその光景に呆然となる中で、ひとりの少女が教室を後にしたことに気づいたものはいなかった。

「待っていてください竹丸さん、私が、今……!」

 デュエリスト特有の身体能力で階段を足に羽が生えたかのような勢いで駆け下りるその姿は、ほかならぬ八卦九々乃……しかし仮にこの行動を少女が敬愛する姉貴分である糸巻が見ていれば、それは勇気などという高尚なものではなく、若さゆえの無鉄砲と蛮勇だと断じていただろう。後のことを考えずにその場の衝動だけに身を任せるのは、若者だけの特権だ。
 そして少女が自らの致命的な過ち……まず第一にやるべきであった、この手の事態の専門家たるデュエルポリスへの連絡を怠っていたことに気が付いたときには、既にすべては手遅れだった。

「お姉様に……しまっ……!」

 校庭へと弾丸のような勢いで飛び出してしまった後に今更気が付き、慌てて校舎にとって帰ろうとする少女。しかしそれを見逃すはずもなく、下卑た声が降りかかった。

「ほおう?なんだ、ガキの方だったか。どうだい、兄貴?」
「少し待て、今確認する……ああ、間違いないな。反応が大きくなった」
「へへへ、そうかい。女のガキがもう1人ってわけか……」

 手元のデュエルディスクに目を落とすもう1人の男からのお墨付きを得て、だみ声の男の目が爛々と輝く。どんなおぞましい想像がその脳内で繰り広げられているかは、推して知るべしだろう。ぞわりと鳥肌を立てながらも、精一杯の虚勢を込めてひとりぼっちの戦場で2人を同時に睨みつける。
 確かにお姉様への連絡が頭から抜けていたのは、致命的だ。しかし、まだ終わったわけではない。全校生徒に供し、これだけの人がいれば誰か1人ぐらいはデュエルポリスへの通報を思いついてくれるだろう。ひとたび連絡さえ繋がれば、きっとお姉様は来てくれる。ならばそれまで時間を稼ぐのは、自分の役目だ。静かに腹を決め、決死の覚悟でデュエルディスクを起動する。

「私が相手です。かかって来てください……!」
「八卦、ちゃん……?」

 一時的に驚愕が恐怖を上回ったのか、信じられないとばかりの表情で、人質少女がたったひとりで自分のために立ち上がった友人の名を呟いた。デュエルモンスターズなど聞きたくもないほどのトラウマを抱えているとばかり一方的に思っていた彼女が、先ほど半ば喧嘩別れのように自分から一方的に距離を取ってしまった彼女が、カードの実体化なんて恐ろしい力を持った大人を前に一歩も怯まず歯を食いしばって立ちはだかっている。その頬を静かに伝う涙は恐怖によるものか、それとも自分のために危機へと身をさらす友人の姿を見て感極まったものか。それは、彼女自身にも分からなかった。

「ほうほうほう、ガキのわりにいい度胸じゃないか。いいなあその強がった顔、歪むのが今から楽しみだぜ。なら俺が……」
「馬鹿め。お前がデュエルに回ると、誰がこのバーバリアン・キングを維持するんだ?デュエルポリスどもが嗅ぎつける前に終わらせる、相手になろう」
「いいですよ。まずはあなたからですか」

 例によって糸巻仕込みの、少女の顔立ちにはあまり似つかわしくないふてぶてしい笑みを浮かべ内心の不安を押し隠す。しかし、駆け引きにはまだ疎い少女は男たちの言葉の裏に隠された意味にまで考えが及んでいなかった。

「へへへ、威勢のいいガキだなあ。わかってるだろうが、下手に頑張らない方がいいぜぇ?もしも兄貴にちょっとでもダメージなんて通してみな。もしかしたら俺はびっくりして、そのショックでこのバーバリアン・キングまで手元が狂ってついうっかり!ボーン、なんてことになるかもしれないからなあ?」
「……!?卑怯な!」
「もう遅いぜ、何せそれでいいって言ったのは俺たちじゃなくてそっちの方なんだから、なあ?おっと、こっちのガキに叫ばれたりしたらお楽しみの興が削がれちまうからな、少し黙っててもらうぜ」

 言葉の意味を理解し、さっと青ざめた顔を見て満足したのかより一層その笑みを深くする男。そしてタオルを取り出すと、竹丸の口周りをぐるりと縛り付けて簡易的な猿ぐつわを作ってみせる。兄貴と呼ばれた方はそんな仲間の外道な言葉に、軽蔑の視線をちらりと向けた……しかし、それだけだ。嫌悪感こそ見せど、リアリストな身内の恥を諫めようとはしない。
 勝負として最低限のスタートラインにすら立てていない、絶対に勝てるわけのない絶望的な茶番。その現実に今更ながら気づかされたことで、足元の地面が崩れ落ちていくような喪失感が少女を襲う。結局のところ、まだ社会の汚さを知らない少女はどこか性善説が抜けきっていなかったのだ。現実というものはそう悪いものではないのかもしれないが、少なくとも少女が盲目的に信じていたほど綺麗なものでもない。
 そしてどうにもならない悔しさに目を伏せた、その瞬間。

「派手にやっちゃって、まあ。それならこっちもやらせてもらうよ!さあおいで、グレイドル・ドラゴオオォーンッ!」

 どれほど因果を紡ぎ綿密に事を進めようと、時たま世の理不尽はそれらをすべて唐突に、脈絡もなく吹き飛ばす。およそ緊迫した場の空気には似つかわしくない楽しげな、どこかのほほんとした空気すらも漂わせる大声が響き、一斉に声の方向を見る一同。そこには、ありったけの理不尽が少年の形をとっていた。
 それと同時にまたしても空に黒い影がかかり、バーバリアン・キングの巨体に負けず劣らずの体躯を持つ流体金属めいた光沢の龍とは名ばかりの既存生物の特徴をかき集めたかのような生物が空から音もなく着地して蛮族の王とがっぷり四つに組み合い始める。

「ゆ、遊野さん!?」
「ハローハロー、八卦ちゃーん。この感じだと、まあ間に合ったみたいね」

 男達のことなど、そして背後で自分が引き起こした大型モンスター同士のぶつかり合いすらも眼中にないかのようにひらひらと手を振り、ウインクひとつかましてゆっくりと歩み寄る少年……遊野清明(ゆうのあきら)。突然の乱入者に対しまず気を取り直したのは、リーダーの男だった。

「デュエルポリス……ではないようだな。何の用だ?と聞くのは野暮だろう。オレイカルコスの結界は、どう破ってきた」
「ああ、あれ?そらもちろん正面突破よ。糸巻さんってば仕事中なのに人使い荒いんだから」

 そういって持ち上げた腕輪の付いた左腕。その手がほんの1瞬だけ濃い紫色のオーラを放ち、服に覆われていない手首から上に同じく紫色の痣が走ったかのように見えた……しかしそのいずれも、次の瞬間にはもう消えている。この場の誰も知りようがないことだが、その命を繋ぎ止めて偽りの生を彼にもたらしているダークシグナーの、そして地縛神の力を解放して文字通り力づくに抜けてきたのだ。
 しかし、それどころではなかった少女はその不思議にも大して疑問とは思わなかった。

「お姉様が……」

 ああ、やはり敵わない。自分がこんなへまをしたというのに、お姉様は私のピンチを見過ごしはしなかった。心からの感謝と感動で胸がじんわりと温かくなり、口元が小さくほころぶ。先ほどまでの心細さは、もうすっかり消え失せていた。

「さ、八卦ちゃん。戦える?」
「はい!」
「オーケイ。てなわけで、ここからは2対2だよ」

 並び立つ2人のデュエリストの背後では、巨大モンスター同士の決戦に決着がついていた。両手をがっしりと組みあったままグレイドル・ドラゴンの尾を構成するコブラが伸びてバーバリアン・キングの岩のような肌にその牙を食い込ませ、わずかに怯んだその隙に頭を構成するアリゲーターの口が開いてさらに噛みつきにかかる。完全に戦意を消失したその巨体から力が抜けていき、拮抗していた力のバランスが崩れたことでドラゴンの細腕が蛮族の王を押し倒す。

「バーバリアン・キング!」
「ご苦労様、ドラゴン」

 力尽きたことで実体化が解け、光の粒子となって消えていくバーバリアン・キング。それを見送ったグレイドル・ドラゴンもまた自らの主へと向き直り、その身をカードへと戻していく。

「てめえ……!」
「仕方あるまい。そうだな、タッグデュエルで構わないか?フィールドと墓地は共有、手札誘発を使えるのは直前のターンプレイヤーのみのスタンダードルールだ」
「タッグ、ねえ。僕は構わないけど、八卦ちゃんはどう?」
「いつでもいけます!」
「よしよし、度胸がいい子は嫌いじゃないよ。なら、デュエルと洒落込もうか!」

 タッグデュエルを自分から提案したということは、当然彼らのデッキはある程度の統一性が見られサポートを共有できるように最初からなっている可能性が高い。対して少女たちの即席タッグはデッキ傾向も使うカードもものの見事にバラバラであり、お世辞にもコンボ性があるとは言えない。
 しかしお姉様成分を間接的に補給してややハイになった少女がほぼ何も考えずに即答すると、そのパートナーも諫めるどころかニヤリと笑って腕輪からデュエルディスクの形をした水の膜を展開する。これが、彼のデュエルディスクなのだ。

「「デュエル!」」

「先攻は私からですね。来てください、ブレイズマン!」

 E・HERO(エレメンタルヒーロー) ブレイズマン 攻1200

 最初のターンプレイヤーとなった八卦が取り出したのは、炎を操るヒーロー。ヒーロー使いにとっては最もベーシックであり、その基本形ともいえる滑り出しのひとつである。

「ブレイズマンが場に出た時、私はデッキから融合を1枚サーチすることができます。そしてこの融合を発動!手札の地属性ヒーロー、クノスぺと場の炎属性ヒーロー、ブレイズマンを融合します!英雄の蕾、今ここに開花する。(あま)照らす英雄よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO サンライザー!」
「ほう、いきなり融合召喚か」

 感心したような呟きの中、2体の英雄が混じりあいひとつの英雄として開花する。文字通りに太陽のごとき赤と金の鎧に身を包み、青いマントを翻す戦士が着地した。

 E・HERO サンライザー 攻2500→2700

「サンライザーが特殊召喚に成功した時、私はデッキからミラクル・フュージョンを手札に加えることができます。そしてサンライザーが場に存在する限り、私たちのモンスターは全て攻撃力がその属性の数の200倍だけアップしますよ」
「やるじゃねえか……なんて言ってやりたいところだがなあガキ、そんなことして大丈夫かぁ?」
「えっ……?」
「シングルデュエルならそれも正解だろうが、これはタッグデュエルだぜぇ?貴重なエクストラモンスターゾーンをいきなり塞いだりして、そっちの兄ちゃんは大丈夫なのか、ああ?」

 にやにやと悪意のこもった笑みと共に放たれた指摘に、少女の時が凍り付く。それは返す言葉もないほどの正論であり、つい普段デュエルをするときの癖でパートナーのことを何も考えずやってしまったことに他ならない。
 しかし止まった時を崩したのは、ほかならぬ当の本人だった。

「んー、まあ大丈夫大丈夫。こっちで適当に合わせとくから、八卦ちゃんは気にせずやっちゃってよ」
「は、はい、申し訳ありません」
「いいってことよ。さ、まだ始まったばっかなんだから、もっと気楽にね……というか変に委縮される方が怖いし」

 どちらかといえば最後の一言が本音なのか、ぼそっと付け加えて前を向く清明。

「な、なら……そうだ!このカードをセットして、ターンエンドです」
「よし兄貴、俺から行かせてもらうぜ。ドローだ、来な、アサルト・ガンドッグ!」

 アサルト・ガンドッグ 攻1200

 そして対する男が繰り出したのは、弾倉を巻き長銃を装着されたドーベルマンらしき犬型モンスター。攻撃力でサンライザーにはるかに劣るそれは、しかし銃口を赤きヒーローへと向けた。

「バトルフェイズだ。アサルト・ガンドッグで攻撃!」
「攻撃?これは……」
「何かあるんだろうね。八卦ちゃん!」
「はい!リバースカードオープン、融合解除!サンライザーをエクストラデッキに戻し、その素材2体を墓地から蘇生します!」

 清明の声に合わせて伏せカードを表にし、サンライザーの姿が銃弾を回避するかのように消える。次いで現れたのは、先ほど墓地に送られたはずの2体のヒーロー。

 E・HERO ブレイズマン 守1800
 E・HERO クノスぺ 守1000

「ちいっ、躱しやがったか」
「それだけじゃありません。ブレイズマンの特殊召喚に成功したことで、再びその効果を発動。デッキから融合をもう1枚サーチしますよ」

 先ほど指摘された、埋めてしまったエクストラモンスターゾーンを空け、なおかつ手札を回復するサーチ効果。無駄のない動きに、ようやく男たちも目の前の少女がただものではないということに気づき始める。

「なるほど、素人ではないようだ」
「少しはやるじゃねえか……だがな、その油断が命取りだぜ!速攻魔法、エネミーコントローラー!このカードの効果でブレイズマンの表示形式を攻撃表示に変更、そのままアサルト・ガンドッグでの攻撃は続行だ!」

 アサルト・ガンドッグ 攻1200(破壊)→E・HERO ブレイズマン 守1800→攻1200(破壊)

 無造作にばら撒かれた銃弾に、炎のヒーローが火の壁を作り出して抵抗する。2つの力のぶつかり合いにより校庭で小規模な爆発が起こり、一時的に少女の視界が失われる。

「相打ちを取りに来た……?」
「いや、違うね。融合解除は完全に裏目、起点にされちゃったか」

 面白くなさそうな呟きでそう告げるのを待っていたかのように砂煙の中から更なる銃弾が一斉に撃ち込まれ、それらは残るクノスぺをいともたやすく吹き飛ばし、なお余った弾丸が少女の体を容赦なく襲う。実体化した銃弾はさすがに本物のそれよりも威力は劣るものの、それでも無数にできた傷跡にはうっすらと血がにじんでいた。

 アサルト・ガンドッグ 攻1200→E・HERO クノスぺ 守1000(破壊)
 アサルト・ガンドッグ 攻1200→八卦&清明(直接攻撃)
 八卦&清明 LP4000→2800

「キャッ……!」
「へへへ、気の強い女ってのはいいねえ。ガキのわりになかなかどうして、いい声で鳴いてくれるじゃねえか。アサルト・ガンドッグは戦闘破壊された時、デッキから別のアサルト・ガンドッグを可能な限り特殊召喚できる。この効果で呼び出した2体のアサルト・ガンドッグで追撃したってことよ」

 悲鳴はこの男を喜ばせるだけだと知り、ぐっと口をつぐむ。ようやく晴れてきた司会には、その言葉通りに2体のアサルト・ガンドッグが控えていた。

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ。さあ、もう片方の野郎は任せたぜ兄貴」
「扱いが雑だねえ。僕のターン、ドロー。グレイドル・アリゲーターを通常召喚して永続魔法、グレイドル・インパクトを発動。さらに僕の場に水属性モンスターが存在することで、手札のサイレント・アングラーを特殊召喚」

 次のターンプレイヤーとなった清明が2枚のカードを場に出すと、それぞれ地面からじわりと染み上がってきた銀色の液体が緑のワニを模した形に擬態し、その背後には空中から勢いよくUFOが落下して派手な破砕音を響かせる。

 グレイドル・アリゲーター 攻500
 サイレント・アングラー 守1400

「さて、と。グレイドル・インパクトの効果発動。僕のフィールドのグレイドルカード1枚と相手の場のカード1枚を対象に取って破壊する、グレイ・レクイエム!」

 UFOの内部からおもむろに先端にレンズの付いた太いコードが伸び、そこから何とも言いようのない色をした怪光線が2本同時に放たれる。それをまともに浴びたアリゲーターの姿が再び液状に溶けていき、同時に受けた男の伏せカードが破壊された。

「へっ、任せたぜ兄貴!チェーンしてそのトラップを発動、深すぎた墓穴!ガキ、お前の墓地にいるブレイズマンを選択してこのカードを発動するぜ。そして次のスタンバイフェイズ、そのモンスターを俺たちのフィールドに捕縛できるって寸法よ」
「私のブレイズマン……」
「あー、ごめん八卦ちゃん、これは止められないわ。今はこっちを続けるよ、魔法カードの効果によって破壊されたグレイドル・アリゲーターの効果発動!このカードを墓地から装備カードとして相手モンスター1体に寄生させ、そのコントロールを得る。さあこっちにおいで、アサルト・ガンドッグちゃん」

 ずぶずぶに溶けて銀色の液状となったアリゲーターが音もなく地表を這い進み、立ちすくむアサルト・ガンドッグの足を伝ってシュルシュルとガンパーツやレーダーといったその体内の機構へと侵入していく。そしてその支配が頭にまで及んだ時、文字通りその目の色が変わった。右目は本来の黄色のままに、左目がグレイドルの素体と同じ銀色に塗りつぶされる。

「よしよし、これで僕の場にはレベル4のモンスターが2体。アサルト・ガンドッグとサイレント・アングラーでオーバーレイ!」

 ふわふわ浮かんでいたアンコウとコントロールの移った半機械の猟犬が、それぞれ水色とオレンジの光となって螺旋を描きつつ宙へと昇る。そして反転し落下した2つの光の進む先には、ぽっかりと地面に開いた宇宙空間が。

「千夜一夜の切なる願いに、錨を上げよ救済の方舟!エクシーズ召喚、ランク4。No(ナンバーズ).101、(サイレント)(オナーズ)Ark Knight(アークナイト)!」

 2つの光が宇宙空間に飛び込んだ瞬間、まばゆい光が弾けた。そしてその光に包まれて、校庭を丸々覆いつくすほどに巨大な白き方舟がゆっくりと浮上する。

「そして、アークナイトの効果を発動。オーバーレイ・ユニット2つを取り除き、相手フィールドに攻撃表示で存在する特殊召喚されたモンスターの新たなオーバーレイ・ユニットとして吸収する、エターナル・ソウル・アサイラム!」

 その声に合わせて方舟の一部が開き、その周辺を衛星のような軌道を描きつつ浮遊していた2つの光球が格納される。それにより力を解放したアークナイトが開いたままの格納口から勢いよくアンカーを射出し、無数の鎖が最後のアサルト・ガンドッグをがんじがらめに捕縛しすぐさま巻き上げていった。

 No.101 S・H・Ark Knight(2)→(0)→(1)

「さて、さっきの分の借りぐらいは色付けて返してもらおうか。アークナイトでダイレクトアタック、ミリオン・ファントム・ブラッド!」
「ならトラップ発動、聖なるバリア -ミラーフォース-!攻撃表示モンスターをすべて破壊する、んだが」
「その言い方からすると、わかってて発動した……?とはいえこっちもアークナイト単騎なんだ、ここで1発かまさない意味もないか。アークナイトの更なる効果発動、自身の破壊をオーバーレイ・ユニット1つを身代わりに耐えきる!よって攻撃は続行、そのままダイレクトアタック!」

 No.101 S・H・Ark Knight(1)→(0) 攻2100→侵入者(直接攻撃)
 侵入者 LP4000→1900

 方舟の側面が一斉に開き、その砲門から無数の紫色のレーザーが放たれる。雨のように容赦なく降り注ぐそれは硬い校庭のトラックにいくつもの穴をあけ、その威力は侵入者たちにも降り注ぐ。

「……効くぜぇ」

 一気にライフを削られるその痛みは、いったいどれほどのものか。隣に立つ清明の顔を盗み見る。少なくとも彼は、自分がいまもたらした破壊行為に対して胸を痛めているようなことはないらしい。過去のさっぱりわからない、自分よりせいぜい2、3こ上にしか見えないこの少年は、一体どんな人生を送ってきたのだろう。

「まあこんなもんか、カード2枚伏せてターンエンド」
「直接攻撃を決められたが、最低限モンスターを残し破壊耐性を剥がしたか。ぎりぎり及第点だな、私のターン。このスタンバイフェイズ、深すぎた墓穴の効果によりブレイズマンが蘇る。そして特殊召喚に成功したブレイズマンの効果により、デッキから融合を手札に」

 E・HERO ブレイズマン 守1800

「あなたも融合使いですか!」
「私の融合は少々変則的だがな。そしてチューナーモンスター、サイバース・シンクロンを召喚」

 サイバース・シンクロン 攻100

「チューナー、それに融合……」
「シンクロか、それともリンク?どちらにせよ、せっかく来てくれたんだ。初陣行くよみずきちゃん、手札から儚無みずきの効果発動!このカードを捨てることで、このターンのメインフェイズとバトルフェイズ中に特殊召喚されたモンスターの攻撃力だけ僕らはライフを回復する!」

 2体のモンスターが並んだこのタイミングで清明が繰り出したのは、いつぞやの精霊のカード事件を経て彼の手に渡った精霊を宿すカード、儚無みずき。小さな体で精一杯に両手を広げくるくると楽しそうに踊るその姿は前回少女が邂逅した時とは対照的に楽しげで、少なくとも今の生活にあの妖怪少女が満足していることが読み取れた。
 もっとも、そのことに気が付けたのも少女があのカードには精霊が宿っていることを知っていたからこそだ。最初からそういった目で見なければ、ただのソリッドビジョンの演出にしか見えないだろう。

「回復用カードか?ならば、この手でいこう。サイバース・シンクロンの効果発動!1ターンに1度、私のモンスターのレベルをその元のレベル分だけ上げる。サイバース・シンクロン自身を選択し、レベル4のブレイズマンにレベル2となったサイバース・シンクロンをチューニング」

 レベルが2倍になったことで、その合計値は6。上昇したブレイズマンの周囲を、2つの光の輪になったサイバース・シンクロンが包み込んだ。

「正義は我にあり。闇を食いちぎる捕食者の牙よ、白日の下にすべてを晒せ!シンクロ召喚、レベル6!であえ、ゴヨウ・プレデター!」

 サイバース・シンクロン ☆1→2
 ☆4+☆2=☆6
 ゴヨウ・プレデター 攻2400

 そして現れたのは、金属製のずしりと重い十手を手にした獣人。その攻撃力はアークナイトを上回るが、清明は眉一つ動かさない。

 八卦&清明 LP2800→5200

「バトルだ。ゴヨウ・プレデターでS・H・Ark Knightに攻撃」

 投げつけられたロープ付きの十手が空を裂き、その先端が方舟を貫通する。もはや耐性を失った方舟に炎が上がり、その中へとゆっくりと沈んでいった。

 ゴヨウ・プレデター 攻2400→No.101 S・H・Ark Knight 攻2100(破壊)
 八卦&清明 LP5200→4900

「そしてこの瞬間、ゴヨウ・プレデターの効果を発動。このカードが戦闘で破壊したモンスターを蘇生する。甦れ、満たされぬ魂を乗せた方舟よ」

 ゴヨウ・プレデターがロープをぐいと引くと、一体いかなる怪力のなせる業か十手のかえしが引っかかったアークナイトのボロボロになった船体が引きずられてフィールドを移動する。

「儚無みずきの効果発動!」
「承知の上だ、追撃を行う。そしてゴヨウ・プレデターのデメリットにより、この効果で特殊召喚されたモンスターの攻撃によって与えるダメージは半分になる」

 No.101 S・H・Ark Knight 攻2100
 八卦&清明 LP4900→7000
 No.101 S・H・Ark Knight 攻2100→八卦&清明(直接攻撃)
 八卦&清明 LP7000→5950

「ふん、このぐらい……!」
「だろうな、この程度で倒れるわけがない。だが確実に、その痛みは蓄積する。これでターンエンドだ」
「とはいえごめん八卦ちゃん、ちょっと不利になったかな。どうにか巻き返せる?」

 ライフこそ増えはしたものの、前よりもフィールドの状況は悪い。多少は責任を感じているのかややばつの悪そうな顔でターンを回してきた清明に、しっかりと頷いてみせる。

「はい!私のターン、ドロー!夜薔薇の騎士(ナイトローズナイト)を召喚し、効果発動!このカードの召喚時、手札からレベル4以下の植物族モンスター1体を特殊召喚できます。来てください、クノスぺ!」

 夜薔薇の騎士 攻1000
 E・HERO クノスぺ 攻600

「そしてこの瞬間……清明さん!」

 このタイミングでの声掛け。今度力強く頷き返したのは、その意味を即座に察知した清明だった。

「構わないとも。やっちゃって!」
「はい!攻撃力1500以下のモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間にリバースカード、地獄の暴走召喚を発動です!さらに同名カードを手札、デッキ、墓地から可能な限り特殊召喚できます!」

 それは、清明が前のターンに伏せていたカード。これが通りさえすれば少女の最も得意とするコンボ、クノスペシャルが完成する。
 しかし、それはあくまで「通りさえすれば」の話でしかない。

「手札から灰流うららを使う。デッキからモンスターを特殊召喚する効果を含むそのカードの発動を無効にしよう」
「む、これも駄目かー」

 もし戦っているのが少女1人だったならば、キーカードたるクノスぺを並べる手段を潰されたという事実はその心に重くのしかかっていただろう。しかし無効を受けてなおこともなげに呟く相方の姿を見ていると、不思議と少女自身の気持ちも落ち着いてくる。

「……あ、まだです!夜薔薇の騎士はチューナーモンスター、私がシンクロ召喚だけの女じゃないことを見せてあげます。レベル3のクノスぺに、レベル3の夜薔薇の騎士をチューニング!英雄の蕾、今ここに開花する。華麗なる英雄よ咲き乱れよ!シンクロ召喚、レベル6!スプレンディッド・ローズ!」

 緑を基調とした服に身を包む、華麗なる茨の狩人。少女にとっても初となるシンクロ召喚は、度重なる強者との邂逅によって更なる進化を求めた少女の手に入れた新たな可能性である。

 ☆3+☆3=☆6
 スプレンディッド・ローズ 攻2200

「まず、スプレンディット・ローズの効果を発動!墓地から植物族モンスターのクノスぺを除外することで、あなたのフィールドに存在するゴヨウ・プレデターの攻撃力を半分にします。ブレイクダウン・ローズ!」

 ゴヨウ・プレデターの足元から細い蔦が勢いよく伸び、その半身に絡みついてがっしりと大地に固定する。力を振り絞ってそこから脱出しようとするも、もはや逃げることは不可能。

 ゴヨウ・プレデター 攻2400→1200

「そして、バトルです。スプレンディッド・ローズで……ここは、アークナイトに攻撃します」

 しかし茨の狩人がまずその狙いを定めたのはせっかく弱体化させたゴヨウ・プレデターではなく、その隣に鎮座する方舟の巨体だった。茨の鞭に巻き付かれ締めあげられて、方舟が再び光届かぬ世界へと沈んでいく。

 スプレンディッド・ローズ 攻2200→No.101 S・H・Ark Knight 攻2100(破壊)
 侵入者 LP1900→1800

「そしてこの瞬間、スプレンディッド・ローズのもう1つの効果を発動します。墓地からもう1体植物族のクノスぺを除外することで、このカードは攻撃力を半分にして2回攻撃が可能となります」

 再び茨を構え直し、次なる敵のゴヨウ・プレデターを鋭い眼光で睨む狩人。対する捕食者もまた同じ狩人として覚悟を決めたのか、茨に拘束されたままでその手にした十手を構え直す。

 スプレンディッド・ローズ 攻2200→1100

「おいおい、ガキ。もう1回攻撃はいいが、兄貴のゴヨウ・プレデターの攻撃力は半分になってもまだ1200。それじゃ勝てっこないぜ?」

 それは単純な算数に裏打ちされた、絶対的な数値の差。同じく攻撃力が半減された者どうしなら、元の数値が高い方が勝つ。それはその通りだ。しかしその結果に横槍を入れたのは、流れをじっと見ていた清明だった。

「だろうね。でも、これは残念ながらタッグデュエルなんだよねこれが。八卦ちゃん、今!」
「はい!トラップ発動、グレイドル・スプリットです!このカードは発動後に私のモンスターへの装備カードとなり、その攻撃力を500アップさせます。これで攻撃力は逆転しました、スプレンディッド・ローズでゴヨウ・プレデターに攻撃!エアリアル・ツイスト!」

 2体の狩人がほぼ同時に放った茨の鞭とロープ付き十手が空中で交差し、互いの体を貫きにかかる。しかしその片方は空中で失速し、目的を果たしたのはもう片方のみだった。勝利したその狩人の名は、スプレンディッド・ローズ。

 スプレンディッド・ローズ 攻1100→1600→ゴヨウ・プレデター 攻1200
 侵入者 LP1800→1400

「やった!……あれ?」

 歓喜に湧いた少女の声が、すぐに疑問に変わる。間違いなく茨の鞭は捕食者の体を貫いた……しかし、捕食者の体はなおも倒れない。それどころか自らの体を貫いた茨を掴み、無理矢理に引き抜こうとさえしている。

「その年でここまでの腕前、確かに大したものだ。だが私は今の戦闘において、墓地に存在するサイバース・シンクロンの効果を発動していた。エクストラモンスターゾーンに存在する我々のカードが破壊されるとき、このカードを身代わりとして除外できる」

 その言葉通りに負けはしたものの、破壊を免れたゴヨウ・プレデター。一応グレイドル・スプリットでの強化は永続的なものであるため返しのターンで即攻撃を受けると決まったわけではないが、このターンで相手フィールドの壊滅を狙っていた少女にとってこの身代わり効果はかなりの痛手である。

「……エンドフェイズ。スプレンディッド・ローズの持つ2つの効果は切れます」

 ゴヨウ・プレデター 攻1200→2400
 スプレンディッド・ローズ 攻1600→2700

「なら、ようやく俺のターンだな。兄貴、兄貴の残したモンスター、大事に使わせてもらうぜ!」
「好きにしろ」
「へへへ……お許しも出たことだしな、行くぜ!魔法カード、埋葬されし生け贄を発動!このターン互いの墓地からモンスターを除外して、それをリリースとしてモンスターをアドバンス召喚できる。俺たちの墓地からはアサルト・ガンドッグを、そしてガキども、てめえらの墓地からはアークナイトを除外するぜ」

 互いのデュエルディスクから、2枚のカードが弾き出される。ここで初めて、清明が少し嫌な顔になった。その表情の変化を見逃さず、男が笑う。

「ざまあみろ。その顔からするとやっぱり入ってやがるんだな、七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)のカードがよぉ?」
「さてさて、どーだかね。そんなに知りたきゃまずは僕らに勝ってみな。ねー、八卦ちゃん」
「は、はい?え、えっと……すみません遊野さん、私その、急に振られるの苦手でして……」
「あら残念……おっと、来るよ」

 少女の暗い気分を察知し、わざと自分に不利な状況すらも軽口の種に変えてその気分を紛らわそうというのだろう。一見するとわからないほどのパートナーへの気遣いに、いつだって自由気ままという印象しかなかったこの人がそんなこともできたんだと少し意外な気分になった少女である。とはいえその軽口が、今の少女の心にはただただありがたかったのも事実だった。

「余裕かましてられるのも今のうちだぜ?さあ行くぜ密林の巨人、未開の地に祀られし蛮族の長!バーバリアン・キング召喚!」

 ゴヨウ・プレデターの隣に並び立つのは、先ほども実体化させることでこの学校を物理的に制圧していた有角の巨人。再びその巨体が帰ってきたことで、さるぐつわのせいでしゃべれない竹丸の目にはっきりと恐怖の色が浮かぶのが確かに少女には見えた。他の3人のデュエリストは、バーバリアン・キングの方に気を取られて気づいていない。勇気づけるようにその目を見て、私に任せてくださいとの思いを込めてしっかりと頷いてみせる……すると幸い友人にも少女の覚悟が伝わったのか、同じように頷きかえした。

 バーバリアン・キング 攻3000

「まだだ!装備魔法、シールドバッシュを発動!このカードは通常召喚されたモンスターにのみ装備できてその攻撃力を1000アップさせ、さらに装備モンスターの戦闘で発生する俺たちへのダメージを0にできる。ヒーローの打点は馬鹿にならないからな、ちゃんと対策はさせてもらうぜ。そして最後にバーバリアン・キングの効果を発動!戦士族モンスターを2体までリリースすることで、その数だけ攻撃回数を増やすことができる。俺は兄貴のゴヨウ・プレデターをリリースし、このターン2回の攻撃を可能にさせる!」

 バーバリアン・キング 攻3000→4000

「攻撃力4000の、2回攻撃……!」

 小細工など一切ない、単純にして純粋で……そしてそれゆえに時として何よりも厄介な、力押しの一手。牙を剥く蛮族の王を見上げ、少女は小さく息を呑んだ。そして次の瞬間、高々と振り上げられたその棍棒が大地をかち割らんとばかりの勢いで振り下ろされる。

「バーバリアン・キングでスプレンティッド・ローズに攻撃、さらに続けてダイレクトアタック、剛腕ワイルドクラッシュ!」

 振り下ろされた棍棒は、圧倒的な質量と破壊力を持って直前のターンプレイヤーである少女を襲う……しかしそれは同じ攻撃と一口に表しても、先ほど受けたアサルト・ガンドッグの銃弾とはその威力もスピードもわけが違う。まともに喰らえば良くて骨折、下手をすれば2度とデュエルのできない体になる可能性すらある。

「ああもう、さすがにアレは洒落にならないっぽいね!どいて八卦ちゃん!」

 立ちすくむ少女の前に割って入ったのは、やはり清明だった。腰を低く構えて両腕をクロスさせることで防御の姿勢を取ると、その全身を覆うようにして灰地に紫の筋模様が入ったフード付きローブがどこからともなく生成される。しかし、それを疑問に感じる暇は与えられなかった。直後、そのガードの上から蛮族の一撃が叩きつけられたのだ。もはや殴打というよりも爆撃音と呼ぶ方がふさわしいほどの轟音が響き、校庭のトラックには清明のいた位置を中心に無数のひび割れが走る。

「ゆ、遊野さん!」

 またしても立ち込めた砂煙のせいで、棍棒の着弾点は見えない。しかしそれも折よく吹いた一陣の風によってすぐに晴れていき……そこに繰り広げられていた光景に少女は、物も言えなくなった。

「に、ににに……ぎ……!」

 少女が最後に見たままの防御姿勢で歯を食いしばり声にならない声とともに仁王立ちする清明と、そこに渾身の力で棍棒を叩きつけたまま全身の筋肉を盛り上がらせてそれを押し込まんとするバーバリアン・キング。仮にもモンスターと人間、それもざっと16、7倍はあるほどに体格差を持つ両者が、単純な馬鹿力だけで張り合っている……そんなシュールな絵面が繰り広げられていたのだ。しかも、当の本人はいたって大真面目なのだから余計にたちが悪い。

 バーバリアン・キング 攻4000→スプレンディッド・ローズ 攻2700(破壊)
 八卦&清明 LP5950→4650
 バーバリアン・キング 攻4000→八卦&清明(直接攻撃)
 八卦&清明 LP4650→650

「ゆ、遊野さん……」
「はいはーい、遊野さん、です……よ、っとお!」

 どうにか口を開いて放った掛け声とともに、ローブからわずかに覗いて見えるその両腕を紫色の痣が幾何学模様を描くかのように走ったのが見えた気がした。しかしそれもほんのわずかな時間のことで、少女がその異様な姿をはっきりと視認する前にバーバリアン・キングが力比べに諦めたのか棍棒を引っ込め、解放された清明が肩で大きく息をしたことで少女の位置からは見えなくなった。慌てて近づく間にもまるで風に溶けるようにしてローブだけが消えていき、少女が隣に戻った時にはすでにいつも通りの遊野清明が立っているだけだった。

「ぜー、はー……あー疲れた。ダークシグナーの力の開放も、もう何年振りだっけ……あ、ほんとチャクチャルさん?前が確か、結局会えなかったパラドックスとかいう奴追いかけて時間飛んだときだっけ?そっか、あれからもうそんな経つのねー」
「え、えっと……助けていただいて、ありがとうございます……?」

 ぶつぶつとよく意味の分からない独り言をつぶやいたのち、近寄ってきた少女に聞かれていたことにようやく気付いたのか疲れ気味の顔でごまかすように軽く笑いかける。
 しかしどこか弛緩したそんな時間は、すぐに終わりを告げる。これは少女たちには与り知らぬことだが、今の攻撃を指示した男としては半ば物理的なダメージだけでの殺人も視野に入れ、密かに「BV」の実体化密度設定を最大に引き上げたうえで攻撃宣言を行っていたのだ。それを回避するどころか、生身で受け止めるとは。

「最初のアサルト・ガンドッグの攻撃ダメージがあれだけ通ったってことは、少なくともあの時点で『BV』妨害電波は知のデュエルディスクからも出てねえ。つまり、てめえらガキどものデュエルディスクはデュエルポリス仕様じゃねえってことだ。だってのに、累計ダメージ4350ポイント分の攻撃を生身で受けてピンピンしてるだと……?どんなトリックを使いやがったかは知らねえが、次はねえぞ!」
「痛ちち……悪いけど、僕の場合は鍛え方が違うんでね」

 こちらは男たち、どころか隣の少女にとっても与り知らぬことではあるが、存外その言葉はただの軽口だけではない。思い出すのはかつて彼が今のように次元を越えて旅する自由人になる前、デュエルアカデミア在学生だった時に経験してきた三幻魔、光の結社、覇王軍、そしてダークネスの軍勢との長い戦い。
 常にダメージが実体化し、敗者は命どころか魂まで無事では済まないような闇のデュエルやその痛み、そして恐怖と隣り合わせの日々は、今もこうして彼の糧となっていた。人生何が幸いするかわかんないねえ、まあ僕の人生ダークシグナーになった時に1回終わってるんだけど、とは本人の弁である。無論まともに口に出せば狂人扱いは避けられないので、身内にだけ密かに明かした胸の内ではあるが。

「で?能書きはいいけど、お前さんはまだ何かやったりするわけ?」
「ああ?……チッ、ターンエンドだよターンエンド」
「ならよし。んじゃ僕のターン、ドロー……よあいよし、まだ僕も運は尽きちゃないみたいね。一時休戦を発動、互いにカードをドローして次のターン終了時までに発生する全ダメージが0になる」
「ここで一時休戦だと!?」

 全力で嫌な顔をしながらも、渋々といった調子を隠そうともせず乱暴にカードを引き抜く男。しかもこれは、ただ苦し紛れに引いた延命の一手ではない。タッグデュエルの性質上、次のターンは男の相方である兄貴と呼ばれた方になる。つまりここで使い道のある手札誘発でも引かない限り、いくらカードを引いたところで男がその手札を使えるのは3ターンも後になるのだ。一時休戦は普通に使っても強力なカードだが、このルールにおいてはさらにその凶悪さを増す1枚といえるだろう。

「来た来た来た!おいで、グレイドル・イーグル!そのままバーバリアン・キングに攻撃!」

 先ほどと同じく地中から銀色の水たまりが沸き上がり、ぶるぶると震えながら黄色い鷹の姿を模して大空へと飛び立つ。直線的なその攻撃は蛮族の王によってあっさりと撃墜されるも、返り討ちにあって弾けたその体は銀色のしぶきとなって蛮族の全身に張り付き、蠢き、その内部へと潜り込んでいく。

 グレイドル・イーグル 攻1500(破壊)→バーバリアン・キング 攻4000

「一時休戦の効果で、僕が受けるダメージは0。そして戦闘破壊されたイーグルは、相手モンスターに寄生しそのコントロールを得る!来い、バーバリアン・キング!」

 巨体が向きを反転し、先ほどまでの主に牙を剥く。一転して味方に回ったその威圧感に、改めて少女はグレイドルというテーマそのものへの理不尽を感じた。そして今は、それがただ頼もしい。

「もとより一時休戦で攻撃してもダメージは通らないうえ、シールドバッシュの効果で次のターン以降もこのバーバリアン・キングが与えられるダメージは0。とはいえ腐っても4000打点、そう簡単に突破できる数字じゃないね。最後にこのエンドフェイズ、グレイドル・インパクトの効果を発動。デッキからグレイドルカード1枚を手札に加える、ドール・コール!2枚目のインパクトを持ってきて、これでターンエンド」
「なるほど。真っ先にアークナイトを出すことでミラーフォースを踏み抜く手際、それに先ほどのグレイドル・スプリットでのサポート、そして一時休戦からのグレイドルカード。全く大したものだ、真に警戒すべきはお前の方だったか。だが、まだ手ぬるい。私のターン、ドロー」

 このターンも一時休戦の効果は続いているため、何を引いたところで勝敗がつくことはない。しかしあの男はこの4人のデュエリストの中で唯一いまだ6枚もの手札を保持しており、最も警戒すべき相手であるともいえる。

「魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動。手札のモンスターカード、ゲート・ブロッカーを墓地に送り、デッキからレベル1モンスターを特殊召喚する。現れろチューナーモンスター、ヘル・セキュリティ!そしてサムライソード・バロンを召喚する」

 ヘル・セキュリティ 攻100
 サムライソード・バロン 攻1600

「これでいい。レベル4のサムライソード・バロンに、レベル1のヘル・セキュリティをチューニング。正義は我にあり。地獄の果てまで悪を追う追跡者よ、潜む悪魔に鉄槌を下せ!シンクロ召喚、レベル5!であえ、ゴヨウ・チェイサー!」

 先ほどのプレデターと同じ系統の和装に、同じような十手を握る次なるゴヨウモンスター。しかしそれはステータスもレベルもプレデターに比べるとひとまわり小さく、バーバリアン・キングの相手をするには明らかに力不足だった。

 ☆4+☆1=☆5
 ゴヨウ・チェイサー 攻1900

「そして魔法カード、死者蘇生を発動。私の墓地からゴヨウ・プレデターを蘇生する。ゴヨウ・チェイサーの攻撃力は、自分フィールドに存在するこのカード以外の地属性戦士族シンクロモンスター1体につき300アップ」

 ゴヨウ・プレデター 攻2400
 ゴヨウ・チェイサー 攻1900→2200

 2体のゴヨウが並んだことで、チェイサーの攻撃力がわずかに上昇する……しかしそれも焼け石に水であり、バーバリアン・キングには依然として届かない。

「では、ようやくこのカードを使わせてもらおう。融合を発動、素材とするのは場の地属性戦士族シンクロモンスター、ゴヨウ・チェイサー及びゴヨウ・プレデターの2体。正義は我にあり。捕縛者たちの頂点に君臨する者よ、断罪の裁きで天地を照らせ!融合召喚、レベル10!であえ、ゴヨウ・エンペラー!」

 そして男のデッキコンセプトであろう【ゴヨウ】、その頂点にして異色の存在が満を持してコントロールを奪われたバーバリアン・キングと対峙する。宙に浮かぶ豪奢な椅子に腰かけたのは、一見するとまだ年若い少年のようなモンスター……しかしその眼光は、その名が示す通り皇帝の威圧を既に伴っている。

 ゴヨウ・エンペラー 攻3300

「そして魔法カード、破天荒な風を発動。私のモンスター1体の攻守を次のターン終了時まで1000アップさせる」

 ゴヨウ・エンペラー 攻3300→4300 守2500→3500

「攻撃力4300、これじゃあ」
「そうだ。これでゴヨウ・エンペラーの攻撃力は、シールドバッシュによる補正を考えてもなおバーバリアン・キングを上回った。一時休戦のせいでダメージこそ通らないが、それでも今この瞬間に攻撃する価値がある。バトル、ゴヨウ・エンペラーでバーバリアン・キングに攻撃」

 ゴヨウ・エンペラー 攻4300→バーバリアン・キング 攻4000(破壊)

「そしてこのカードもまたゴヨウの1体、当然その能力を持つ。戦闘によって破壊し墓地に送ったバーバリアン・キングを、再び我々の手に呼び戻す」
「助かったぜ、兄貴。俺のエース、奪われっぱなしじゃ面白くないからな」

 バーバリアン・キング 攻3000

 先のターンに清明が苦労(トップ解決)して奪い取った大型モンスターが、またしてもあっさりと奪い返された。戦況はまたしても逆転し、その全ては少女の肩に託される。
 そんな状況でしかし、少女はどこか今この瞬間を楽しんでいる自分がいることに気づいていた。自分はおろか親友の安全までかかった敗北は許されないこの一戦で、なぜそんな悠長なことが言えるのか。そんなことを考えてしまうなんて、やはり自分はどこかおかしいのではないか。そんな不安に襲われ軽いパニックに陥りかけた少女はしかしそこで、じっと自分のことを見つめている清明、そして竹丸と目が合った。その瞳のどちらにも共通しているのは、少女に対しての信頼の色。
 ああ、そうか。この人たちは、私のことを信じている。たとえ私の感覚が人と違っていても、そんな私を信じてくれる。ならば、私は間違ってなんかいない。そう思えると、すっと気分が楽になった気がした。

「それでは不肖八卦九々乃、行きます!これが最後の、私のターン!」

 カードを引くためデッキトップに手をかけながら、もう1度だけ改めてフィールドの状況を再確認する。バーバリアン・キングとゴヨウ・エンペラー、どちらも打点は高く正面突破は厳しい大型モンスターだ。しかし一方で、それらを守る伏せカードはもう存在しない。搦め手ならば、確実に通用する。
 つまり、と今ある手札にちらりと目をやると、そこにあるのはブレイズマンとサンライザーがそれぞれ自身の効果を使いサーチした融合及びミラクル・フュージョン、それともう1枚。今のままでは、この3枚はほぼ使い物にならないだろう。唯一この状況を打破する可能性が残っているとしたら、それはクノスぺだ。少女にとって永遠不変のエース兼フェイバリットカードのクノスぺをどうにか仲間と共に並べることさえできれば、あるいは勝利の可能性も残っている。いくら強いモンスターが並ぼうと、条件を満たすことでダイレクトアタッカーになるクノスぺには関係のない話だからだ。しかしそのクノスぺは、すでに3枚中2枚が先ほどのスプレンディッド・ローズの効果発動コストとして除外されている。つまりデッキに残るクノスぺは、1枚のみ。
 このドローに、全てがかかっている。

「……ドローッ!」

 相方がありったけの思いを込めてカードを引くのを、清明はその横で静かに眺める。その心に、心配などは浮かんでこなかった。彼の眼から見てもこの年若い少女は本物のデュエリストであり、そういった人種は得てしてドローさえさせておけば大抵何かをひっくり返すものだとそれまでの経験が語っているからだ。
 ねえ、そうでしょう?などと遠く離れた親友や後輩、そして忘れられるわけがない大切な人の顔を思い浮かべ、小さく笑う余裕すらあった。
 果たして、彼の経験に裏打ちされた予想は今回も当たっていた。恐る恐るカードを確認した少女の顔が、ぱっと明るくなる。

「……行きます!召喚僧サモンプリーストを通常召喚し、その際の効果でサモンプリーストは守備表示になります。さらに手札の魔法カード、融合を捨てることでサモンプリーストの効果発動、デッキからレベル4モンスターを特殊召喚します。来てください、2体目のブレイズマン!」

 召喚僧サモンプリースト 攻800→守1600
 E・HERO ブレイズマン 守1800

「なるほど、そして3枚目の融合をサーチすることで実質今のリクルートをノーコストに抑える手か」
「……確かに、そんな使い方もできますね。ですが私の狙いは、こちらの効果です。ブレイズマンの効果発動!1ターンに1度デッキからE・HEROを墓地に送り、その属性とステータスをコピーします。私が選ぶカードは水のヒーロー、バブルマンです」

 E・HERO バブルマン 炎→水 攻1200→800 守1800→1200

 ステータスを下げてまでのコピー効果……しかし、少女の狙いはそこではない。重要なのは、これでバブルマンのカードが墓地に送られたという点。

「そして速攻魔法、ジェネレーション・ネクストを発動!こちらのライフが相手よりも少ない時、その数値以下の攻撃力を持つE・HERO、(ネオスペーシアン)、クリボーの中から1体を選択して私の場に特殊召喚します!デッキより来てください、私の信じる最強のヒーロー!」

 そして呼び出されるモンスターは、もはやその名を呼ぶ必要すらない。互いのライフ差は850と決して大きくはないが、その縛りをクリアして特殊召喚できる少女の切り札。

 E・HERO クノスぺ 攻600

「すべての準備は整いました。魔法発動、ミラクル・フュージョン!私の墓地に存在する炎属性のブレイズマン、そして水属性のバブルマンを除外して融合召喚を行います!英雄の蕾、今ここに開花する。天照らす英雄よ、今再びこのフィールドに咲き誇れ!融合召喚、E・HERO サンライザー!」

 1ターン目を再現するかのように、再び太陽の名を持つヒーローが場に現れる。しかしあの時と違うのは、今のサンライザーには大勢の仲間がおり、それによりその力が最大限に開放されるという点であった。

「そしてサンライザーの効果により、私の場に存在するモンスターの攻撃力はその属性1つにつき200アップします。すなわちサンライザー自身の光、バブルマンをコピーしたブレイズマンの水、サモンプリーストの闇、そしてクノスぺの地です!」

 E・HERO サンライザー 攻2500→3300
 E・HERO クノスぺ 攻600→1400
 E・HERO ブレイズマン 攻800→1600
 召喚僧サモンプリースト 攻800→1600

「これは……」
「くそったれ、俺と兄貴がこんなガキ相手によ」
「ジェネレーション・ネクストは、特殊召喚したモンスターの効果の発動を1ターンの間行えなくするデメリットがあります。しかしクノスぺの持つ他のE・HEROが存在する場合に直接攻撃が行える効果は永続効果、よってその制約にもかかりません」

 少し息を整え、改めて男たちを精いっぱいの力を込めて睨みつける。すでにデュエリストとしての本能が骨の髄までしみ込んでいる自分は、まだいい。しかし目の前の男たちは、それとは全く無関係のこの学校の人たちを……そして何よりも、少女の親友を巻き込んだのだ。
 しかし、それもようやく終わる。万感の思いを込めて、最後の指令を口にした。

「私たちの、勝ちです。バトル、クノスぺでダイレクトアタック!」

 E・HERO クノスぺ 攻1400→侵入者(直接攻撃)
 侵入者 LP1400→0





「はあーっ、ようやく終わりました……竹丸さん!」
「はーい、お疲れさん」

 クノスぺの手痛い一撃を受け、気絶したのかその場に崩れ落ちる2人の男。それには目もくれずさるぐつわをされたままの友人へと駆け付ける少女の背中に、のんびりとしたねぎらいの言葉が飛ぶ。多少もたつきながらもどうにか結び目をほどくと、丸い瞳に安堵の涙をいっぱいに溜めたその顔と目が合った。

「竹丸さん……もう、終わりましたよ。遅くなってしまい、すみませんでした」

 気のきいたセリフなんてもの、真面目な少女には咄嗟に思いつかない。見ればわかるようなヒーローにはあまり似つかわしくない、しかし常に真面目で真剣で時には空回りもするこの少女らしさの溢れる言葉に、助けられた友人はちょっと微笑んだ。デュエリストというこれまで知らなかった一面も知ることになったけれど、目の前にいるのがまぎれもなく八卦九々乃であることを図らずも再確認できたからだ。

「ううん。ありがとう、八卦ちゃん。助けに来てくれて、ありがとう」

 その一方で仲睦まじい少女2人を邪魔しないようにと少し離れたところに気絶した男2人の体を引きずって、さらにその体をどこからともなく取り出したロープで縛りつける清明。頭上の空は、まるで先ほどの勝利を祝福するかのように晴れ渡っていた。 
 

 
後書き
バハシャの復権は嬉しいですが、個人的に4月からのルール変更は怖いの方が先に来ます。
別にそこまで完全開放しなくても、エクストラからの効果による特殊召喚周りのルールさえ変更してくれたらそれでよかったんですけどねえ。
ただそれはそれとして、ペンデュラムのシステム据え置きは(むしろ制限なしの9期がとんでもなかっただけなのは)わかるにせよPゾーンだけでも返して欲しかった今日この頃。スピリットペンデュラムの武道チームがいる限り無理だろうなあ。 
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