| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ターン19 幕間の妖狐

 
前書き
誤算その1:当初はデュエルも書くつもりだった
誤算その2:というかそもそも今年中に2話は投稿するつもりだった(前回投稿時点)

えー、はい。リアルタイムで読んでくださっている方々、お久しぶりです。
……(またまた)大変遅れてしまいました。すいません。
こうまで遅れが続くと、プロフィールに生存報告代わりのツイッターアカウントでも乗っけた方がいいんでしょうかね。

前回のあらすじ:唐突に現れたかと思えば即座に退場していった鳥居の元先輩、一本松一段。彼の持ち込んだデュエルフェスティバルの裏に潜む陰謀の影により、物語は新たな方向へと動いていくことに。 

 
「チッ、おい鼓!そっちはどうだ、何かあったか!?」

 幾分か八つ当たり気味に怒鳴りつける糸巻の声が、自然公園に響く。太陽はようやく東の空から顔を出し始め、まだ宵闇の残滓が西の空を染めつつも、急速に東から差し込む陽光によって上書きされていく時間。
 そんな時間には似つかわしくない怒声に対し、これまたその声色だけで仏頂面が思い浮かぶほどの不機嫌そうな返事が飛ぶ。

「こっちも駄目だ。あたり一面に草が潰れた後……何か壁のようなものでも実体化させたんだろう。逆に言えば、それ以外何も出てこない。誰かは知らんが、逃走経路を塞ぎつつこの証拠隠滅。相当の手練れだな」

 時刻はまだ早い。しかし彼女たちにとっては、それはあまりにも遅すぎた。
 一本松一段が全身に大火傷を負い、意識不明の重体で病院に担ぎ込まれたのが昨夜の12時。その尋常ではない怪我の程度と全身が焼け焦げているにもかかわらず現場はその足元すらほとんど燃えた様子がないという異様な状況から、「BV」によるものだと当たりがついてデュエルポリスの2人に連絡が来たのがその4時間後。それだけでも致命的な伝達の遅れだが、しかしその12時という数字すらも彼が何者かに襲われた時刻とイコールではない。
 と、そこで鼓の携帯がシンプルな着信音を響かせた。朝の空気に響き渡るそれをすぐさま手に取り、相手を確認しすぐさま耳に当てる。

「はい、こちらデュエルポリス……はい、わかりました。それで、被害者の容体ですが……はい、ありがとうございます。引き続き治療のほど、よろしくお願いします」
「病院か。なんだって?」

 通話中にそばに来ていた糸巻が、今にも彼女を揺さぶりかねない勢いで問いかける。

「少し落ち着け、糸巻。まず容体だが、まだ意識は戻りそうにない。ただ、いいヒントが見つかった。被害者の付けていた腕時計だが、それがどうも襲撃された時間に壊れて針が止まっていたらしい。それによると襲撃時刻は昨夜、午後8時ごろだそうだ」
「8時?アタシらと別れてすぐか。それだけの怪我して丸々4時間も野外で放置……キッツいな」
「辛うじて一命はとりとめたらしいが、まあ危険なことに変わりはないな」

 普段の調子はどこへやら、完全に真剣な仕事モードでひそひそと話す2人。普段から時間帯を考慮した周囲の迷惑などお構いなしなこのタッグが珍しく声を潜めているのは、その場にいる3人目の調査者の姿があったからだ。
 そして、鼓はともかく糸巻が柄にもなく他人に気を使ったのが悪かったのか。折よくその3人目が、ぎこちなく松葉杖にもたれかかりながらよたよたとやってきた。目の下に隈のできた見るからに陰鬱な、しかしどこか鬼気迫る表情で口を開く。

「糸巻さん、こっちも裏取れました。叩き起こしてやりましたよ……一本松先輩、やっぱりゆうべはホテルに帰ってないそうです」
「お、おう。そうか、悪いな」

 その3人目の男は、名を鳥居浄瑠といった。しかし本来、彼もまた先日のカードの精霊事件で受けた怪我が完治しておらず、リハビリ真っ最中の身の上なはずである。当然直属の上司である糸巻も、いくら被害者が彼の知己とはいえ……むしろ知己だからこそ、間違っても彼をこの場に呼びつけて仕事を手伝わせる気などなかった。なんなら、この事件のことすらも彼には可能な限り隠し通しておこうとさえ思っていたほどである。
 にも拘わらずそんな彼が自分の体のひどい状態を押してこの場に来ていたのには、あるシンプルな理由があった。それに初めて気が付いたとき、糸巻は思わず天を仰いで呻き声を漏らしたものだ。

「にしても、あの一本松先輩が……驚きましたよ糸巻さん、なにせ真夜中にいきなり急患だってんで飛び込んで来たのが、もう10年以上会ってない先輩だったんすから」
「だろうな!」

 同じ病院への搬送という、馬鹿馬鹿しいほどにシンプルな理由。しかし考えてみれば、それは必然でもあった。そもそも一本松自身が鳥居の入院する総合病院に近いという理由から一夜の宿を選び、そこに戻る途中で襲われたのだ。当然、担ぎ込まれるとしたらその場から一番近いその場所に決まっている。

「じゃあ俺、ちょっと監視カメラの映像洗ってきますわ。さっきここの管理人にも電話して今すぐ管理棟の鍵持ってこいっつっといたんで、そろそろこっち着くと思いますんで」
「ああ、わかった」

 包帯をあちこちに巻き付け、松葉杖に頼らねばまともに歩くことすらおぼつかない体。エンターテイナーとして、演劇デュエリストとして、舞台を駆けまわっていた彼と同一人物とは思えないその後ろ姿を見送りながら、鼓がポツリと呟いた。

「私はあの男とは初対面だが、控えめに評してもひどい有様だな」
「安心しろ、アタシも同感だ。巴のアホに叩きのめされてだいぶ精神的に参ってた矢先、今回のこれだからな。今はブチ切れてんのと復讐心だけでどうにか前向いてるが、正直かなりヤバい。絶対こうなるのは目に見えてたから、アイツには知らせたくなかったんだよな」

 不満げに唸るが、すでに彼がこの件に首を突っ込んでしまったという事実は覆らない。今すぐ病院に帰れと怒鳴りつけたところで、はいそうですかと素直に言うことを聞くような男でもない。そもそも、彼女らだけでは人手が圧倒的に足りていないのもまた事実。もはや動き始めてしまった歯車は、どうすることもできはしないのだ。
 やりきれない思いで近くのベンチに腰掛け、いつも通りに煙草に火をつける。目撃者も証拠もない雲を掴むような現場捜査に嫌気がさしてきたというのもあるが、それでもここまででどうにか確認できた情報を整理したかったというのもある。

「被害者、一本松一段。以下個人情報は省略、と。狙われた理由は……まあ、明らかだろうなあ。一応、ただのチンピラの仕業で昨日の話とはなんも関係のない全くの偶然なんて線もあるが……」
「まずないだろうな。焼け焦げた財布の中にボロボロの現金が入っていたそうだし、そもそも昨日のデュエルを見る限り、あの腕前なら大抵の奴は返り討ちに会うのがオチだろう。つまり下手人は、最低でもプロデュエリスト級に腕が立つことになる」

 隣に腰を下ろした鼓と共に、つい昨日に一本松本人から聞いた話を思い出す。表のルートに回せない、なおかつデュエルフェスティバルの開始日までにと急ぎで運び込まれた謎の品物。その話を嗅ぎつけたことを察知された、というのは子供でも予想がつく。

「アタシもそう思う。その辺の雑魚が八卦ちゃん以上の腕っぷしと自分のやらかしたことに証拠隠滅するだけの脳味噌付けてみろ、そんなもんいくらアタシでも商売あがったりだ」
「違いないな」

 煙を吐き出し、朝焼けに照らされたそれが上に昇って消えていく様をぼんやりと眺める。今度沈黙を破ったのは、鼓の方だった。

「ところで糸巻よ。お前はどう思う?」
「どう、っつーと?」
「昨日の話だ。被害者から聞いた謎の荷物について、私たちが知っている、ということについては漏れていると思うか?」
「それなんだよなあ……」

 苦々しげに呟き、またしても煙を吐く糸巻。鼓の質問の意図は、彼女もわかっている。
 すなわち一本松一段は情報を漏らしたことへの粛清としてこの襲撃を受けたのか、はたまた情報を掴んだことに対する口封じのために襲われたのか、だ。
 実際のところ彼女らにはいまだ『この町に謎の荷物が運び込まれた』という一点しか情報がない。そのうえで今回の敵……そう、「敵」である……は、そのことをどこまで知っているのか?どう判断し、次にどんな手を打ってくるのか?今現在企まれているよからぬことは、その計画が悟られた段階で破棄できるようなものなのか、それとも強行してくるのか。
 その全てに答えはない。その苛立ちからか、無意識のうちに糸巻の手にした煙草のケースは握り潰されていた。

「ただどっちにしても、デュエルフェスティバルは中止できないよな。これができればだいぶ楽になるんだが」
「それは私も同感だ。だが、無い物ねだりは見ていて気持ちのいいものではないな」

 時期と場所を考えれば、敵の狙いはデュエルフェスティバル一択だと考えるのが自然だろう。もちろん、それすらも隠れ蓑であり本命が別に存在する可能性も捨てきれるものではない……しかし、テロリストの隠れ蓑にしてはあまりにも贅沢すぎるイベントであることも確かだった。今でこそデュエルモンスターズの凋落とともにその名も落ちぶれたデュエルフェスティバルだが、そこは腐っても鯛。「BV」前の世界を知る者にとって、その名の示す意味はあまりにも大きい。神聖視されている、といってもいい。だから糸巻も鼓も口ではこう言っているものの、たとえ自分たちがどれだけ追い込まれようと、このイベントを中止するなどという判断は最初から選択肢に入ってはいない。
 開催は決定事項。そのうえで、次善の策を練る。

「とはいえ、何狙ってるのかさっぱり見えてこないのが不気味なんだよなあ。会場の爆破か?参加者の闇打ちか?一般客だって集まるんだ、単に「BV」を起動させるだけでもそれなりに被害は出る」
「だが、我々デュエルポリスが会場に散らばれば妨害電波で……ああいや、そういえば本部に話が来ていたな。お前が見たとかいう、実体化率がこれまでの比にならない最新式のことか」
「ああ。巴のヤロー、くっだらねえもん作りやがって。デュエリストをなんだと思ってんだ、今度会ったらいい加減マジで締めてやる」

 そう息巻いて握り潰したままだった煙草の空き箱をぐっと持ち上げ、ちょうど直立した人の首あたりの高さで両手を使いギリギリと締め上げる。万力のような力によってすっかり原型をなくした空き箱を遊歩道を挟み向かい側の自動販売機近くにあるくずかごに投げ入れたところで、ふと何かに気づいた鼓が弾かれたように立ち上がった。先ほどまでとはまるで違う冷たい目つきでデュエルディスクを起動するその姿にただならぬものを感じ、糸巻も反射的にデュエルディスクの電源を入れてから彼女の視線の先を見る。
 その目はすぐに、驚愕に見開かれた。

「おはようございます、いい朝ですね。もっとも私としては、朝一番から貴女の顔なんてもの拝まなくてはいけないので気分は最悪ですが」

 敵意はないと言わんばかりに両手を肩の高さまで上げ、これ見よがしに両手を開いて何も持っていないことをアピールしながら近づいてくる存在。その男の名を、彼女たちはよく知っている。

「噂をすれば、か。久しいな、『おきつねさま』……巴光太郎」
「貴女に直接お会いするのは随分と久々ですね、『錬金武者』の鼓千輪さん。フランス支部でのご活躍、拝見させていただきましたよ。まったく面倒なことをしてくれました、おかげで後始末が大変でした」

 字面だけ見れば何気ない挨拶にも聞こえるが、両者を隔てる壁は大きい。「BV」付きのデュエルディスクと一本松一段を倒すほどの腕前を持ち、人一人を半死半生に追い込んでなおかつ一切の手がかりを残さない用意周到さ。そしておまけに、この家紋町に出現する存在。口に出しこそしなかったものの、2人の中でその容疑者リストのぶっちぎりトップで名前の挙がっていた男。それが、自分の方から彼女たちの前にその姿を現したのだ。どれほど自分が無防備であるとアピールしようが、そんなものは信用するに値しない。

「なんのつもりかはどうだっていい。アンタ、自分に前科がいくつあるのかわかってんのか?わざわざ顔出すとはいい度胸だな、コラ」
「任意同行を求めても構わないか?ひとつ断っておくと同行の義務はあるが、拒否する権利をやるつもりはない」

 デュエルディスクを構えたまま臨戦態勢をとる、それぞれその二つ名では夜叉と武者とまで称された2人の有無を言わさぬ無言のプレッシャー。常人ならば完全に戦意喪失してその場にへたりこむ、どころか失禁してもおかしくないほどの圧力を前に、しかし巴はまるでそんなもの感じた風もなく、ただ肩をすくめるのみにとどまった。

「ああ、怖い怖い。勘違いしないでいただきたいのですが、今日の私は貴女らデュエルポリスに喧嘩を売りに来たわけではないのです。むしろその逆ですね」
「逆、だあ?なんだ一体、寝ぼけてんのか」
「……貴女に馬鹿にされるのは人一倍腹が立ちますね。ですが自体は急を要することですし、ここは単刀直入に話しましょう。まず……」

 そこまで口にしたところで、またしても鼓の携帯がけたたましい着信音を響かせる。意味ありげな笑みと共にどうぞ出てください、とジェスチャーする巴からは目を離さずに、素早く片手で取り出したそれを耳に当てる。そこから聞こえてきた言葉は、その腕ひとつでデュエルポリスフランス支部長にまで上り詰めた百戦錬磨の彼女にとっても驚くべきものだった。

「この番号、さっきの病院からか?こちらデュエルポリス。すみませんが、少々手短に……なんですって!?」

 電話口に声を荒げると、隣の糸巻が普段目にしない彼女の動揺に眉をひそめる。それでも巴からは決して視線を外さないのは、彼女がプロだからだ。一方その巴はといえば、相変わらずホールドアップしたまますべてお見通しだと言わんばかりに薄く笑う。その表情が気にかかったものの、電話口の向こうで自分よりもひどいパニックに陥っている看護師をなだめる方が先かと気を取り直す。

「……失礼しました。迅速な報告、ありがとうございます。何か被害者の身元を示すものは……そうですか。外傷は……なるほど。では言うまでもないでしょうが、引き続き治療をよろしくお願いします。もし何か判明しましたら、お手数ですがこちらに連絡をお願いします。では」

 通話を打ち切り、先ほどまでよりもさらに一段と厳しい目つきで巴を睨む鼓。

「おい、一体何の電話だったんだ?」
「緊急搬送。先だっての一本松一段と同じ、デュエルディスクを装着した男が全身火傷による意識不明の重体で担ぎ込まれた……!」
「はぁ!?昨日の今日で、また誰かやられたってのか!?」
「ああ。何せ身分証明になりそうなものは全部燃えていたそうだから、まだ身元も不明だがな。だが火傷の具合からいって、同じ手口なことは間違いないらしい」

 新たな被害者。声を張り上げる糸巻に答えたのは、それまで黙って話を聞いていた巴だった。

「身元特定の必要はありませんよ。被害者は私も、そして貴女がたもよく知る人物です。『二色のアサガオ』、朝顔涼彦。一連の流れによる2人目の犠牲者は、彼です。そしてそれを重く見たからこそ、私はよりにもよって貴女相手におてて繋いで仲良しごっこをしに来たんですよ」
「朝顔ぉ!?嘘だろ、アイツが?」

 朝顔涼彦、かつての二つ名は『二色のアサガオ』。主にこの町の周辺をテリトリーとするプロ崩れの裏デュエリストであり、【インティ&クイラ】と【Sin】の2つの要素を操ってのシンクロ召喚と大型モンスターによる蹂躙を得意とする実力者。フランス帰りの鼓にとっては懐かしい同業者の名前でしかないが、糸巻にとってはつい先日に発生した精霊のカード事件で顔を合わせたばかりである。
 そして驚愕と同時に彼女が感じたのは、この場に八卦がいないことは不幸中の幸いだったという安堵である。廃図書館での暴走を経てあの少女があの男、そしてその舎弟に対しなぜか懐いていたことは彼女にも見て取れた。そんな存在が意識不明の重体にまで追い込まれたというのは、あまり本人に聞かせたい類の話ではない。

「……この間見た時は、まだアイツの腕は落ちてなかったはずだが。それでも負けたのか」
「ええ、彼は昔と同じくいいデュエリストでしたよ。腕が立ち、度胸もあり、人を惹きつけ場に馴染む力も申し分ない。だからこそ、私も彼に一任していたんです。それが完全に裏目に出ましたね」
「一任?何の話だ?」

 さらりと出てきた一言を聞き逃さなかった鼓に詰め寄られ、やれやれと嘆息する巴。

「ああ、そういえばそちらはまだ掴んでいないはずの話でしたね。となると、そこから話さなければいけませんか。私の持つ……いえ、持っていた例の新型『BV』。どうも最近、それを狙ってくだらない動きがありましてね。そちらから見れば私たちは一括りに『BV』を使うテロリストかもしれませんが、その技術のひとつ下ではこれで結構派閥もあるんですよ」
「……そうだろうな」

 その言葉に頷く2人。かつての事件によって職を、地位を、生活を追われすべてを奪われたデュエリストは多い。そのマネージャーや専属記者などの関係者も含めれば、その数は決して馬鹿にならない。もしも復讐者と化したテロリストが一枚岩ならば、いくらデュエルポリスが奮闘しようともソリッドビジョンの実体化、その数の暴力で世界は今よりもはるかに悪い状況に陥っていただろう。
 しかし、現実はそうはなっていない。デュエルポリスの発足以降、いつだって世界は薄氷の上で綱渡りするような不安定かつ脆い小康状態をどうにか保ってきていた。
 それはつまり、敵の内部で何らかの足の引っ張り合いが今なお行われているということに他ならない。誰も口に出しはしないが、デュエルポリス内部でもその事実は公然の秘密として認識されていた。

「それにアンタの開発した新型、まだ世界のどこでもまともに実用化されてないだろ?あれが出回りさえすれば、認めたくはないがアタシらはもう総崩れだ。デュエルポリスは『BV』を無効化できる、それが一番のアドバンテージだったんだからな」
「ええ。デュエルポリスの壊滅だけなら、本来我々がその気になりさえすれば簡単な仕事でしょう。もっとも、そこで話が終わらないからこそどこの組織も下手に動けないわけですが。あくまでも世界への復讐は、我々にとって通過点。重要なのは、その後の世界の覇権。私としては正直、どうでもいいんですけどね。そのせいで貴女方デュエルポリスがいつまでものさばっていては、それこそ本末転倒だとも思うのですが……おっと失礼、話が逸れましたね」

 いつの間にか脇道に向かっていた話を軌道修正し、少し間を空けたのちまた口を開く。

「簡潔に話しましょう。我々は今回、あの新型『BV』の技術の一部と引き換えに資金提供を同業の方に打診しました。なにせ、鼓千輪。貴女がフランスでご活躍されたフルール・ド・ラバンク摘発事件は、少なからず我々の資金繰りに影響を及ぼしていましたからね」
「それは何よりだ」

 確かな殺気のこもった視線を受け止めてなお鼓は眉一つ動かさず、平然と短く返す。巴もその反応は予期していたのかそれ以上嫌味を積み重ねるような真似はせず、すぐに話を進めた。

「どこまでこちらの手札を明かさずに済むか、その情報に対しいくら引き出せるか……こちらがそういった作業を任せていたのが、今回の犠牲者となった朝顔です。私が直接交渉の窓口に立ってもよかったのですが、私よりも彼の方が性格的に適任である点、万一のことがあった際に技術的なことには疎い彼ならば口を割る心配がないという点を重く見た形になりますね。少々用心しすぎかとも思ったのですが、まさか本当にこんな思い切ったことをしてくるとは」

 なんてことないような口ぶりだが、その言葉や表情には隠し切れない後悔や焦燥の色が浮かんでいた。彼が狂的ともいえるその敵意と憎しみをむき出しにするのは、あくまで糸巻ただ1人に対してのみである。それ以外の存在に対してはえげつないとはいえそれ止まりであり、身内に対してはこうして人並みに責任を感じることもある。だからこそ、身をえぐるような屈辱を押してまで彼女の前に姿を現したのだろう。これは糸巻にも言えることではあるが、本人の強さに頼り切った恐怖による支配だけでは、決して人は寄ってこないのだ。

「……で。アンタは一体、この後どうしたいんだ?」
「戦争ですよ」

 ズバリ切り込んだ糸巻の声に伏せていた顔を上げ、ノータイムで即答する。

「まあ人数の都合上、そこまでの規模にはならないでしょうが。抗争、というのがいいところでしょう。しかし、そんな呼び方はどうだっていい。彼はいいデュエリストでしたし、私の顔に泥を塗った罪は重い。落とし前は付けていただかないと、ねえ?」
「んなこと聞きたいんじゃねーよ。なんでそこに、アタシらを絡ませる必要がある?勝手に潰しあってろアホ」
「私も、できることならそうしたかったんですがね。ただ今回の場合、私の個人的な感情を横に置いてでもデュエルポリスを巻き込んだ方が効率がいいと判断しまして。この町に荷物が運び込まれた、そんな話は聞いていませんか?」
「……!」

 一本松一段と、朝顔涼彦。点と点でしかなかった2つの襲撃事件が、1本の線で繋がった瞬間だった。

「その中身、カードですよ。カードショップはもちろん焼き討ちを免れ保存されていた好事家のコレクションや、果ては小学校のタイムカプセルに入っていたデッキまで掘り起こしてかき集められた大量のカード。鎖付き爆弾(ダイナマイト)、パイナップル爆弾(ボム)、破壊輪……よくもまあこんなに集めたものだと思いますが、大量の爆薬系カードです」
「そうか、そういうことか……!」

 そのラインナップから犯人の狙いを悟った鼓が、やられたと小さく呻く。そしてそれは、糸巻も同感だった。2人の頭に浮かんだ筋書きを、巴がなぞるように言葉にする。

「カードは集められ、『BV』は奪われた。決行はデュエルフェスティバル当日……一斉に実体化されたそれらのカードが爆発を起こせば、どれほどの破壊力を生み出すことか。少なくとも、この町ひとつは軽く吹き飛ぶでしょう。なんなら、この国の地図の形すら変わりかねません。デュエルポリスの権威は地に堕ち、私どもも無事では済まなくなる。まったく、派手なことを思いつくことだ」
「……いや、待て。それだけの爆発を起こすとなると、起動役も無事では済まないだろう。新型『BV』とやらも一緒に吹き飛べば、その技術もロストするのでは?」
「いい質問ですね、流石はフランス支部代表。ですが、その点も抜かりはないようです。爆発系カードと同時に少量ですがホーリーライフバリアー、ピケルの魔法陣、バリア・バブルといった防御系カードの流入も確認されていますから、それを利用して自分だけダメージを防ぐつもりなのでしょう。ご丁寧に水陸両用バグロス Mk-3なんてのも1枚混ざっていましたから、この町一帯が水没しても問題ない、ということですね」

 さわやかな朝の日差しが照らす中、重苦しい沈黙が立ち込める。もはや事態は、ただの襲撃事件に留まらない。当初彼女たちが考えていたよりも、はるかに切迫していた。

「……とまあ、私から言えることはこんなところです」

 そういって話を締める巴だが、当然それで終わるはずがない。いったい何桁単位で犠牲者が出るかもわからないような話なのだ、流石の糸巻も真剣にあらゆる可能性を詰めようとする。

「そのアホども、今から開催までにとっ捕まえられないのか?」
「それができるなら我々の手でとっくにやっていますよ、単細胞。かなり派手に動いているはずなのですがどれだけ手を尽くしてもまるで足取りが掴めず、運び込まれたカードどころか奪われた新型『BV』内蔵デュエルディスクの行き先すらわからない。ここまで尻尾を掴ませないとなると、もう当日までにどうにかするのは無理ですね」
「現場を押さえるしかないか。犯人の狙いは、デュエルポリスの権威の失墜と同業他社の壊滅、そして新技術の奪還。となると、起爆のタイミングはデュエルフェスティバルの状況を見て一番盛り上がる瞬間か」

 鼓の分析に顎に手を当て、少しの間沈思黙考する糸巻。今回の開催地として彼女が押さえたのは、駅前広場。これまでにも何度か別のイベントで使用されたことがある、ある程度開けた地である。周辺には小さなビルが立ち並んでおり、中には一般市民の住むマンションも存在する。

「ふむ。そーなると、少しは場所も絞れてくるな。それでも面倒な仕事には変わりないが」
「ちなみに、今回の参加者はどれほど決まっていますか?もしよろしければ、私の方でも息のかかったデュエリストを何人か参加させたいのですが」
「お前の?あー、青木のおっさんとかロブの奴あたりか。あと、朝顔の舎弟とかか?」
「ええ、なので3枠程度ですね。私自ら出ていくのも手ではありますが、あまり私が表に出るとそちらの彼がうるさいでしょう?」
「……誰のせいなんだかな」
「はてさて。で、どうします?こちらが提供できる情報は、全てお出ししました。あとは貴女が首を縦に振るか、それとも横に振るかですよ」

 そちらの彼というのは、言うまでもなく鳥居のことだ。巴とて無論、自分との邂逅が彼の体と心にどれほど深い傷を刻み込んだのかは承知している。
 ただ、承知したうえでそれをえぐっていくだけのことである。いくらデュエルポリスとは根本的に敵対する立場にあるとはいえそれを趣味と実益の両立と公言してはばからないその感性は糸巻との不仲の……特に14年前から顕著になったその関係の、星の数ほどある理由のひとつに数えられる。

「はー……結局、最後はアタシが決めなきゃいけないのか」
「私に振るなよ?ここはお前の管轄だからな」
「だよなぁ……」

 もちろん状況と最悪の事態を考えれば、巴とここで手を組まない選択肢はない。それは糸巻自身、頭ではよく分かっていた。しかしそこで即断できずに、彼女にしては珍しく歯切れの悪い調子でぽりぽりと頭をかく。
 無論そこには、糸巻自身の巴に対する個人的な嫌悪感もある。だが、彼女とて一応はいい大人である。理由がそれだったならば、ぐっと堪えてこの一大事を乗り切ることもできる。事実この場を任されたのが鼓だったならば、彼女はそうして眉一つ動かさずに合理的な判断を下せただろう。
 しかし、それでも。まだ糸巻には、わずかに迷うだけの理由があった。

「アイツがなあ、どうなるか」

 これもまた、言うまでもなく鳥居のことだ。ただ心が折れて傷を負ったというだけならまだしも、今の彼はそれに加えて目先の怒りと復讐心に囚われたせいで明らかに視界が歪んでいる。そんな状態で自分と巴が手を組んだなんて話が耳に入った時、ただでさえボロボロになり、危うい均衡の元に成り立っている彼の精神にその事実はどれほどの悪影響を生むだろうか。
 彼女の勘は、今この瞬間こそが彼女たちにとって決定的な分岐点になると告げていた。しかしそれは何百何千、下手をすれば万単位の人々の安全と、鳥居浄瑠というたったひとりの男を天秤にかけろという話に等しい。彼女がどれだけ苦しみ悩もうとも、結局のところ結論など最初から決まっているのだった。苦い顔で重い口を開き、予定調和の言葉を絞り出す。

「……わかったよ。お手手つないで仲良くなんざなる気はないが、今回ばっかしは仕方ない。利害の一致だ、手を組もうじゃねえか」

 それを口にした瞬間、もう後戻りはできないという思いがその心に重くのしかかる。しかしいくら必然の回答だったとはいえ、それを答えたのは他でもない彼女自身なのだ。

「ええ。貴女なら、そう判断すると思っていましたよ。結局、ご自分の部下のことは裏切るんですよね?懐かしのあの時のように」

 含みのある笑みに露骨に嫌な顔をし、しかし何も言い返さずに目を背ける糸巻。そんな彼女の反応をそれとは対照的に楽しげな表情で眺めた巴がでは、と彼女たちに背を向けて、歩き出す寸前にその懐から1枚のメモ用紙を取り出した。

「失敬、大切なことを忘れていましたよ。こちら、今回の件が終わるまでの私の連絡先です。それでは、またお会いしましょう」

 その手を離れたメモ用紙はひらひらと宙に舞い、それを鼓が空中で捕まえる。一方の糸巻はその背中が見えなくなるまで、じっと巴の去った方角を見つめていた。 
 

 
後書き
今作はシリアス書くつもりはなかったのに、やりたいようにやるとなぜかばりばり重苦しい方向にばかり話が転がる不思議。

なお、本年の投稿はこれが最後となります。少し早いですが皆様、よいお年を。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧