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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン21 歯車たちの不協和音

 
前書き
正直今作は前作の反省を踏まえ1年でサクッと終わらせるつもりで書き始めてました。あと明るく楽しい遊戯王。
前者はだいたい執筆ペースが悪いですが、なんかこう私の書く人たちっていざ自由に動いてもらうとなぜか重い方に暗い方に話が転がるんですよね。シリアス薄めタグはそろそろ外さないとタグ詐欺になりそう。

前回のあらすじ:清明の癖にピンチに駆け付けるヒーローみたいなことしてる。おかしい。 

 
「さて、と。どうしてくれようかねこいつら」

 空き教室のひとつで、清明が腕を組む。こいつら、というのは言うまでもなく、昼間から堂々と校内へと襲い掛かってきたテロリスト2人組のことである。当初は校庭端の適当な木にまとめて縛り付けて尋問の準備だけ整えておこうと思ったし事実そうしていたのだが、場所の都合上ほぼすべての教室から丸見えとなるため全校生徒が常にその一挙手一投足に注目を注いでいる状況に辟易して校内へと引きずり込んだのだ。

「とりあえず、お姉様に連絡を入れるべきではないでしょうか」

 おずおずと意見したのは、ちゃっかり彼に付いてきていた八卦である。あれだけ派手に暴れた後でその日のうちに何食わぬ顔して教室に戻れるほど、少女の神経は図太くない。

「あの、お姉様って……?」

 そしてその横で少女の服の端を掴む竹丸が、さらにおずおずと問う。本来ならば彼女は日常に戻った方がいいのではないかと清明自身は思ったりもするのだが、先ほどまでのトラウマやさらされる好奇の目、どのみちどこかで事情聴取に諮りだされるであろう可能性を考えるとこちらに来たくなる気持ちもわからなくはないので何も言わない。少なくとも教に関しては、教室よりも自分たちのそばにいた方が彼女としてもまだマシだろう。

「お姉様……つまり糸巻さんね。とりあえずさっき連絡は入れたけど、向こうは向こうで鼓さんともどもちょっとばかし立て込んでるみたい。一応鳥居君がこっち来るとは言ってたけど、今一つそれがいつになるかはっきりしなくてねえ」
「糸巻さんに鼓さん?それって確か、朝に話したデュエルポリスの人たちだよね。八卦ちゃん、デュエルポリスとも知り合いなの?」
「あー、えっと、その……はい」

 目を丸くして問いかける友人にしまったという表情を浮かべ、少女にしては珍しく歯切れ悪く視線を泳がせた末に消え入りそうなほど小さな声で肯定する。しかし彼女の興味はどちらかといえば、友人の隠し事よりも少しだけズレたところを向いていたようで。

「そ、それじゃあもしかしてこの人も……?私たちとそんなに変わらないように見えるけど」
「いや、清明さんはそういうわけじゃないんですけど……ええっと」

 いまだ気を失ったままの縛られた2人組を前に腕を組む清明を指さし、ひそひそと声を潜める少女たち。どれだけ小声になったところで他に何も音のしないこの教室ではいくら離れたところで彼にも丸聞こえなのだが、どちらもそこまでは気が回らなかったようだ。彼としてもここで助け舟を出してもよかったのだが、少女が自分について普段どんな印象を抱いているのかという若干意地の悪い好奇心からあえて気が付かないふりをする。
 そして困りきったのが、答えに詰まった少女である。知り合ってかれこれひと月以上経つにもかかわらず、いまだそのはっきりした立ち位置を言い表せないこの青年。学校に通うわけでもなく、さりとて定職についているわけでもない。ケーキ屋で居候して多少の小銭を得ているということは知っているが、それは仕事のうちに入れていいんだろうか。
 この人、なんなんだろう。もう幾度となく繰り返してきた問いが脳内をぐるぐると駆け回り、いつまでも答えに窮するその沈黙を彼女はこう受け止めた。
 すなわち、あまり人に言えないような立場なのだろう。

「もしかして、お仕事してない人……なの?」
「あー、えーっと……そうかも、しれないですね……」
「待って!?」

 ずっこけそうになった当の本人である。もっともいくら丸聞こえとはいえ、思春期真っ最中な年頃の少女たちのひそひそ話に聞き耳を立てていた天罰が下ったのだという説もある。

「き、聞こえていたんですか!?びっくりしました!」
「びっくりしたのはこっちだよ!僕ずっとそんな目で見られてたの!?」
「えっと……」
「あ、否定はしてくんないのね……」

 遊野清明、23歳。少年のままの見た目はともかく実家ではパティシエとしての実績もある叩き上げの洋菓子職人であり、元の世界ではデュエルアカデミア卒業後も近場のデュエル大会にふらりと参加してはそれなりの結果を出して小銭を稼いできた男である。間違っても、ニート疑惑を掛けられるいわれはない。と、本人は思っていた。
 ちなみに実際のところ、この世界での彼は住所不定の職業不詳どころかまともな役に立つ身分証さえ持ち合わせていないので、あながちその評価も間違ってはいなかったりする。

「まーいいや、今度ゆっくりお話ししよーね八卦ちゃん。それよか今はほら、竹丸さんだっけ?君もこっちおいで」
「え?私も、ですか?」
「うん、どうやらお客さんっぽいし。これは、下手に近寄らない方が良さそうだと見たね」
「それってどういう……?」

 意味深な言葉の意味をそこまで問おうとしたところで、わずかに遅れて少女にも近寄ってくる異様な気配が察知できた。今にも破裂しそうなほどに張り詰めた、怒りや憎しみでぐちゃぐちゃになった感情の塊。それが、ゆっくりとだが確実にこの場所へと近づいてくる。

「こ、これは」
「さーて、どちらさんですかっと。扉は開いてるよー」
「え?ええ?」

 教室の扉を隔て、その気配が止まった。すりガラスのためにいまだ姿は見えず、ぼやけて見えるその恰好からは相手が中肉中背ぐらいの体格であることぐらいしかわからない。そしてそんな得体のしれない気配を前に臨戦態勢を整えるふたりとは違い、いまだに話についていけないのがこれまで争いごととは無縁の生活を送ってきた竹丸である。教室内に扉を通してたちこめるどろどろとした空気にはさっぱり気が付かないが、わからないなりに周りの状況から何かが起きていることだけは察し、しかし何が起きているのか、自分はどうしていいのかわからない。

「ほら、ちょっとごめんね」

 おろおろする小さな肩を、さりげない動きで清明が手をかけて後ろに下がらせた。思いのほかしっかりとしたその感触を妙に意識して、頬がかあっと赤くなる。当の本人が前方に神経を集中させていたためその変化に気づくことがなかったのは、彼女にとっては幸いだった。
 そんな甘酸っぱい思春期少女の機敏などお構いなしに、ゆっくりと扉がスライドする。

「よう」
「……あれ?」
「鳥居、さん……ですよね?」

 顔を出したその人影に、警戒していた2人が同時に首を傾げる。現れたその顔は見間違えようもなく鳥居浄瑠そのものであり、先ほどの鬼気迫る気配から彼らが想像していた敵の増援とは真逆の存在だった。包帯を巻き松葉杖に体重を預ける痛々しい姿ではあるものの、本人はさほど気にしている様子もない。

「なんだ、俺の顔を忘れたのか?まあいいさ、入るぞ」

 その口調は明らかに、いつもの彼と違う。しかし同時に、その違和感を口に出せないような雰囲気を鳥居は漂わせていた。その怪我はどうしたのか、などという当然の疑問すらも口にするのがはばかられるような無言の拒絶。
 結局誰も口を開かない沈黙の数秒が続いたのち肩をすくめ、松葉杖を巧みに動かして片足をやや引きずるように教室に入る鳥居。その前に立ち塞がる格好になっていた清明たちが慌てて脇にどいたことで、いまだ縛られて意識のない2人組へとその視線がまっすぐに届く。冷たい視線がその姿を射抜き、ややあって短い呟きがその唇から漏れた。

「そうか、こいつらか」
「「……!」」

 その言葉を発した、その瞬間。首を傾げながらも警戒を解きつつあった少女の背に冷たいものが走り、同じものを感じ取った清明もその横で反射的に腕輪型に戻したデュエルディスクに手をかける。
 2人の戦士をそこまで反応させたなんてことのないその言葉からにじみ出ていたのは、まぎれもない敵意と殺意だった。エンタメデュエルを謳いあくまでも自分で定めたショーマンとしての役に徹していた鳥居浄瑠とは似ても似つかない、抜き身の刃のように研ぎ澄まされた負の感情。

「やっと見つけた、この時期にデュエリストの狩りだと?タイミング的に考えても、お前たちが手がかりなんだろう?管理人も監視カメラも期待外ればっかりだったんだ、今度こそまともな情報吐いてもらうぞ……!」
「あの、鳥居さん……?」

 狂気的なものさえ見え隠れする目で、カツカツと松葉杖の音を響かせながら気を失った侵入者たちの元へと近寄っていく鳥居。恐る恐るその背中に声を掛けようとした少女を、清明がその途中で無言で首を横に振り止めた。何が起きてこうなったのかはさっぱりわからないがこの調子だと何を言っても無駄だ、それどころか下手に邪魔をするとこちらまで敵認定されかねない……そう判断しての行動であり、そして実際にその見立ては正しい。
 そして清明はまた、こうも考えた。これから鳥居がこの男たちに何をして口を割らせにかかるにしても、どう婉曲に表現したところでそれはあまり愉快な光景にはならないだろう。無言で開いたままのドアを指さし、自分と八卦、そして竹丸を順に指し示す。言わんとしていることを理解した少女もややためらいがちに小さく頷き、友人と共にそろそろと教室を後にした。
 鳥居が彼らを振り返ることは、最後までなかった。





 そして、それとは同時刻。家紋町の繁華街を、2人の男が連れ立って歩いていた。かたや、くたびれたスーツ姿でスーツケースを手にした、髪がやや薄くなりかけている冴えない日本人の中年。かたや身の丈2メートルはある、がっしりとした体形の外人。どこからどう見てもアンバランスな組み合わせの2人だが、彼らはれっきとした連れである。それも、一部の世界ではそれなりに名の知れた。
 日本人の名は、青木(まさる)。外人の名は、人呼んでロベルト・バックキャップ。かつてはそれぞれが『太陽光発電』、『後ろ帽子の(バックキャップ)ロブ』の二つ名と共に表舞台で一世を風靡した元プロデュエリストであり、現在でも様々な事情からデュエルポリス入りを良しとせず、かといってテロリストに直接加担するでもなくフリーランスで裏のデュエル世界をプロとしての実力ひとつで渡り歩いてきた、歴戦の戦士たちである。

「それにしても、家紋町とは。まさかこんなに早く、この町に戻ることになるとは思いませんでしたよ」
「全くだ。俺もお前もこの場所、苦い記憶ある」
「悪い思い出じゃありませんけどね、でしょう?」
「……ああ。そうだな」

 彼らの言う苦い記憶とは他でもない、つい先日この町で開かれた裏デュエルコロシアムのことだ。開催当初は全くのノーマークだった無名の新人、鳥居浄瑠にその人生経験で遥かに上回る青木ばかりか、裏デュエル界でもかなり上位に位置する猛者としてその名を轟かせてきたロベルトまでもが敗北。あれからしばらくは両者とも一気に落ちこんだ自らの評判を取り戻すため、かなりの苦労を強いられたものだ。

「それでもあれは随分と、楽しいデュエルでしたよ。いつ以来でしたかね、あんな気分で負けを認められたのは」
「ああ」

 そう目を細める青木に、ロベルトも先日の戦いを思い出すように小さく頷いた。しかし、いつまでも過去の記憶ばかりに浸ることはできない。彼らはこの地に遊びにではなく、仕事のため訪れたのだから。雇い主は裏デュエルコロシアムの開催者でもあった巴光太郎……しかしその依頼の内容は、あの時とはまるで異なる。

「まあ彼にはこの町にいる限りいずれまた会う機会もあるでしょうが、それより今はこちらの件ですね。『二色のアサガオ』……あの朝顔さんを簡単に下すほどのデュエリスト、心当たりはありますか?」

 そう問いかける青木に、ロベルトが無言で首を横に振って応える。にべもない返答にですよねえ、と嘆息した。近年のデュエリスト人口そのものの減少とそれに伴う質の大幅な低下は彼らもよく知るところであり、悲しみつつもどうにもできないのが現状である。そしてまた、彼らがそれに依存しているのも事実。世代交代がまともに機能していないからこそ、もう現役を10年以上続けている彼らにいまだ裏の仕事が回ってくるのだから。

「……とにかく、メールだと最低限のことしか書いてありませんでしたからね。早く巴さんと合流して、詳しい話を聞きましょうか。同じ元プロ仲間として、見過ごすわけにはいきませんからね」
「同感。だがその前に手土産、用意できそうだ」
「ちょ、ちょっと!?」

 手土産。そう言うが早いが、いきなり歩くスペードを引き上げるロベルト。長い足をフルに生かしてがしがしと進む横を、小走りを通り越して半分走りながら青木がどうにかついていく。表通りから裏道に抜け、さらにいくつもの角を曲がり、次第に入り組んだ路地裏へ。彼がその足をようやく止めたのは、三方向を古いビルの壁面に囲まれた行き詰まりに飛び込んでからだった。いくら普段からダメージの実体化するデュエルで鍛えているとはいえ腹も出てきた中年男性に急な運動は厳しかったのか、息を切らしながらも青木がわずかに遅れて顔を出す。

「ま、まったく……急にどうしたん、ですか……」

 そう文句を言いつつも、そこにいた連れの姿に青木は目を丸くした。普段は大柄な体に隠れて目立たないが、ロベルトが肌身離さず持ち歩いている自らのデュエルディスク。それが今は起動状態にあり、すでに装着済みでデュエルの始まりを今か今かと待ちわびている。
 そしてこの状況を見てなおもなすべきことがわからない、そんなことでは裏の世界を生き抜くことなどできはしない。青木ももはや何も聞かずにスーツケースの中から同じくデュエルディスクを取り出して起動し、愛用のデッキをセットした。
 そして、まるで2人の用意が終わるのを待っていたかのようなタイミングで3人目の人影が路地裏へと現れる。

「あれがあなたの言っていた、『手土産』ですか?」
「愚問だぞ。お前が朝顔を潰した、そうだな?」

 それは質問というよりも、確認のための問い。人影はしかしその問いに直接は答えず、その腕に装着したデュエルディスクを起動させた。

「……青木勝。ロベルト・バックキャップ。覚悟」
「名前を知る。つまり我々の経歴も知っている、だな?にもかかわらず1人で挑むか」
「取りつく島もなし、ですね。仕方がありませんね、随分と軽く見られたものですが、我々にとっても朝顔さんの敵討ちです。ルールはバトルロイヤル、攻撃は一巡後から。エクストラモンスターゾーンは2か所を早いもの順……こんなところでよろしいですか?」

 青木の提案に、人影は無言で頷いた。デュエルディスクによってランダムに定まった先攻1ターン目のターンプレイヤー、つまり最も早く攻撃が可能となるデュエリストはその人影だった。3分の2を外したことで同時に表情が歪む2人だが、すぐに気を取り直していったいどんな手で来るのかを見極めるべく神経を集中させる。

「……。……!」

 地雷蜘蛛 攻2200→3200

 人影が最初に繰り出したモンスターは、レベル4の下級モンスターでありながら高い攻撃力と強烈なリスクを併せ持つ昆虫モンスター。さらにそこへ装備魔法、愚鈍な斧が装備されることでその攻撃力は1000上昇する。

「(装備モンスターの効果を無効にする装備魔法、愚鈍な斧にデメリットアタッカー。普通に考えれば【スキドレ昆虫】の類でしょうが……)」
「(あの朝顔を倒した実力。それだけで勝てるはずがない)」

 最初に繰り出された2枚のカードからデッキを判別すべく、2人のプロがアイコンタクトをとる。現時点で最も可能性が高いのは、今出てきた地雷蜘蛛や地獄大百足(ヘル・センチピード)などのデメリット効果の代わりに高い攻撃力を持つモンスターでメインデッキを固め、それをまとめて無効化することで高攻撃力のメリットだけを存分に発揮しつつ相手の厄介なモンスター効果を封じ込める通称【スキドレ昆虫】。墓地で発動する効果にはスキルドレインが及ばないことから、共振虫(レゾナンス・インセクト)などのサポートカードで戦線を維持しやすいのが強みのデッキである。
 しかし2人の元プロは、それだけで朝顔に勝つことはほぼ不可能だと断言する。理由は単純、スキルドレイン下での戦闘では純粋な数値が物を言うからだ。彼の操る【Sin】は当たり前のように攻撃力4000台をはじき出し、【インティ&クイラ】が互いを蘇生する効果もまたスキルドレインには邪魔されない。【スキドレ昆虫】自体の強弱ではなく、単純に朝顔のデッキとは相性が極端に悪いのだ。
 そんな思いを知ってか知らずか、さらに人影は次のカードを出す。

「……」
「超進化の繭、ですか」

 速攻魔法、超進化の繭。装備魔法を装備した昆虫族モンスターをリリースし、デッキから昆虫族モンスターをその召喚条件を無視して特殊召喚するカード。速攻魔法ということは当然このターンは伏せておき、相手の除去に合わせサクリファイス・エスケープを狙うことも可能だったはずである。しかしこの人影はそんなことお構いなしに、攻撃できるわけでもない1ターン目に躊躇なく発動した。その真意を推理する暇もなく地雷蜘蛛の姿が裂け、内部から毒々しい色の羽根を持つ巨大な空飛ぶ虫が羽化した。

 究極完全態・グレート・モス 攻3500

「……」

 そしてそれ以降、何をするでもなくターンが終わる。確かに昆虫族の中でも最強の固定値を誇る攻撃力3500という数値は魅力ではあるが、逆に言えばただそれだけだ。これといったモンスター効果を持つわけでもなく、ただ攻撃力を武器に上から殴るしかないカード。仮にもプロデュエリストを相手に伏せカードの1枚もなくそれだけを立たせて終わるというのは、あまりにも愚策だった。

「攻撃されなければ生き残る、とでもお考えですか?私のターン、ジェネクス・ワーカーを召喚します」

 ジェネクス・ワーカー 攻1200

「そしてジェネクス・ワーカーの効果を発動。このカードをリリースすることで、手札からジェネクス1体を特殊召喚します。我が人生に光を差した、決して消えない不屈の太陽。たとえ幾たび沈もうと、明日が来ればまた日は昇る。我が相棒、ソーラー・ジェネクス!」

 ソーラー・ジェネクス 攻2500

 太陽光を遮る暗い路地裏に、ひときわ明るい光が差した。ソーラーパネルを装着した、ジェネクスの中でも珍しいシャープな人型の……そしてぼろぼろのカードそのものについた無数の傷により、ソリッドビジョンが若干不安定な彼のフェイバリットカード。

「出し惜しみは厳禁ですね。魔法カード、死者蘇生を発動。ジェネクス・ワーカーを蘇生し、もう1度その効果を発動。今度手札から特殊召喚するカードはレベル2、(アーリー)・ジェネクス・ケミストリ」

 A・ジェネクス・ケミストリ 攻200

 わざわざ呼び出したモンスターは通常召喚時にしかその効果を使えず、ワーカーよりレベルもステータスも劣る1枚。しかしこのカードをあえて場に出したのも、青木の戦術の一環だった。

「そしてフィールドのジェネクスが墓地に送られたこの瞬間、ソーラー・ジェネクスの効果発動!相手プレイヤーに500のダメージを与える、ソーラーシュート・NICHIRIN(ニチリン)!」

 ??? LP4000→3500

 ファーストダメージはまだ軽い、牽制程度の一撃……しかしそれは積み重なり、決して無視できない数値でもある。

「魔法カード、ダウンビートを発動。私のフィールドからレベル2の闇属性機械族であるケミストリをリリースすることで、1つレベルが下で同じ種族及び属性のモンスターをデッキから特殊召喚します。レベル1、リサイクル・ジェネクス!」

 リサイクル・ジェネクス 攻200

「……そしてケミストリが墓地に送られたことで、再びソーラー・ジェネクスの効果を発動。ソーラーシュート・NICHIRIN!」

 ??? LP3500→3000

「そしてレベル1のリサイクル・ジェネクスを、真下のリンクマーカーにセット。物言わぬ進化のデータに導かれ、電脳の世界より新たな息吹が命となる。リンク召喚、リンクリボー!」

 リンクリボー 攻300

 攻撃に対する抑止となりうるリンクリボーが、ソーラー・ジェネクスの隣に立つ。しかしここで重要なのは、リンクリボーそのものではない。その素材としてリサイクル・ジェネクスが墓地に送られたことで、またしてもソーラー・ジェネクスの炉心へと光が集まる。

 ??? LP3000→2500

「あとは任せましたよ。最後に装備魔法、ビッグバン・シュートを究極完全態・グレート・モスに装備。装備モンスターの攻撃力は400アップします。私は、これでターンエンドです」

 究極完全態・グレート・モス 攻3500→3900

 究極完全態の攻撃力を上げてまで上げられたトスの意味することに気づき、ロベルトが手札を見て小さく笑う。おそらく、青木が狙っているのはこういうことだろう。まったく、もし自分の手札が悪かったらどうするつもりだったのだろう。

「いや、杞憂か。心得た、俺のターン。永続魔法、炎舞-「天璣(テンキ)」を発動。発動時効果処理、デッキからレベル4以下獣戦士、加える。疾走(はし)り抜けよ、妖仙獣 鎌壱太刀(カマイタチ)!そしてもう1枚永続魔法、修験の妖社。このカードは妖仙獣が場に出る、妖仙カウンターを置く。鎌壱太刀召喚、効果発動。別の妖仙獣を通常召喚、振り下ろせ、鎌弐太刀(カマニタチ)!」

 妖仙獣の基盤となる下級モンスター3兄弟のうち、長男と次男である鎌壱太と鎌弐太刀がつむじ風とともに現れる。その風に誘われるかのように、背後に出現した社の中央では2つのろうそくに火がともる。

「天璣の効果。このカードあるかぎり、獣戦士の攻撃力アップ」

 妖仙獣 鎌壱太刀 攻1600→1700
 妖仙獣 鎌弐太刀 攻1800→1900
 修験の妖社(0)→(1)→(2)

「さらに鎌弐太刀の効果、さらに別の妖仙獣を通常召喚。俺はこの、2体のモンスターをリリースする」

 ロベルトの猛攻は止まらない。2体の妖仙獣が再びつむじ風となって消えていき、それとは比較にならないほどの大怪風が狭い路地裏を蹂躙する。人気のないビルの窓は割れかねんばかりに震え、道の角に置いてあった青いポリバケツがすさまじい勢いでどこかへ吹き飛んでいった。

「逢魔が時。妖魔の神域脅かされしとき、その怒り星々さえも揺るがす大怪風となる!アドバンス召喚、解き放て……魔妖仙獣 大刃禍是(ダイバカゼ)!」

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000
 修験の妖社(2)→(3)

 そしてその風の中から、あやかしの長たる4つ足の妖獣が解き放たれる。赤き瞳を光らせて大地を踏みしめ、高く首を上げて堂々たる支配者の咆哮を放つ。

「大刃禍是の効果。召喚及びペンデュラム召喚時、フィールドのカード2枚をバウンス。俺が選ぶのは俺自身の天璣、そして青木のビッグバン・シュートだ」

 2つの竜巻がその叫びに追従するように巻き起こり、ロベルトの指定した2枚のカードを天高く巻き上げる。だが、これにより失われたカードは2枚ではない。吹き荒れる風にも負けず対峙していた究極完全態が突然苦しみだし、その6本の足でもがきながらも抵抗空しく次第に姿が消えていく。その様子を冷静に観察しながら、青木が種明かしを行う。

「私の手札にビッグバン・シュートが戻ったことにより、そのもう1つの効果を発動します。このカードがフィールドを離れたことで、装備モンスターはゲームから除外されますよ」

 これこそが彼らの狙い。妖仙獣の得意とするバウンスは強力ではあるが、メインデッキに投入されているカードに対しては相手の手札を増やしてしまうことにもなる。特殊召喚モンスターである究極完全態に対してはそれでも十分な封じ込めではあるのだが、手札コストやレベルを生かしたトレード・インの弾にでもされては目も当てられない。
 ならばどうするか?さらに手の届かない場所、除外ゾーンへと追いやってしまえばいい。カード種類を問わない大刃禍是のバウンス能力に、ビッグバン・シュートの持つ特異な効果。これらを組み合わせることで、それが可能となる。ロベルト1人のデッキにはそんなギミックを詰め込むだけの余裕がなくとも、青木の力を借りればそれも可能となる。バトルロイヤルという形式をとっているとはいえ、事実上タッグを組んでいるこの2人だからこそ可能なコンボといえるだろう。

「続けるぞ。修験の妖社の効果を発動、妖仙カウンター3つを取り除きデッキより妖仙獣を手札に。応えよ、左鎌神柱(サレンシンチュウ)!そしてこの左鎌神柱を、そのままレフト(ペンデュラム)ゾーンにセッティング」

 修験の妖社(3)→(0)

 光の柱と共に空中に浮かび上がる、青い鬼の面が取り付けられた巨大な鳥居の片割れ。当然それだけではペンデュラム召喚は不可能だが、ロベルトの狙いはそこではない。これは展開に繋げるための挙動ではなく、布陣を固めるための守りの一手。場の妖仙獣の破壊に対し1度だけ身代わりとして機能する左鎌神柱を置くことで、返しの反撃に備えようというわけだ。
 ソーラー・ジェネクスがダメージを与え、大刃禍是が場を荒らす。次のターンには再びサーチ効果の使える天璣を手札に抱え、リンクリボーと左鎌神柱により最低限の防御も確保したことで、もはや勝負の大勢は決したといっても過言ではない状況。
 しかし。たった1ターン、それだけで十分だった。

「これは……」

 震えた青木の声が、風に流れて消えていった。その横ではロベルトが、拳を握り締めて立ちすくむ。

 ソーラー・ジェネクス 攻0
 リンクリボー 攻0
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻0

 歴戦の戦士たちの全てが、無に帰った。ソーラー・ジェネクスはもはや光を取り込むこともなく、力なく垂れた両腕からひび割れたソーラーパネルの欠片が散っていく。大刃禍是もまた妖獣の気迫を失い、そよ風程度しかない空気の流れと共に子犬のようにひれ伏して尾が地面に伸びる。そして両者を待ち受けるのは、ただ敗北の2文字のみ。

「よもや、私たちのタッグが……それにそのカード、あなたは……」
「よせ、もはや言葉は無用。来い!」
「……!」

 覚悟を決めたロベルトの一喝に、人影の場のモンスターが動く。灼熱の光が急速に視界いっぱいに広がっていき、彼らの意識はそこで途絶えた。

 青木 LP4000→0
 ロベルト LP4000→0

「……」

 全身を炎に包まれ焼かれ、悲鳴すら上げることもできずにその場に崩れ落ちる2人の敗者。一本松一段、朝顔涼彦に次ぐ同じ手口での犠牲者にはもはや一瞥も与えることなく、人影はその場を去っていった。





 数時間後。犬の散歩中に偶然焼け焦げた意識不明の怪我人を発見したという通行人からの通報を受け、救急車とともに糸巻が現場に辿り着いた。虫の息で辛うじて生きているだけの元同僚の変わり果てた姿に、拳が白くなるほどに力を込めて両手を握りしめる。
 2人を乗せた救急車がその場を後にするのを見送ってから、煙草を取り出して火をつける。そのまま煙を吸っては吐くも、その日の煙草からはまるで味がしなかった。勢いよく手近なコンクリートの壁を殴りつけ、そのまま前に倒れて額を冷たいコンクリートに付ける。

「クソッ、何やってんだ馬鹿野郎!朝顔だけじゃねえ、青木のおっさんにロブもだと!?アンタら全員揃いも揃って元プロデュエリストだろうが、これだけズタズタにされて何がプロだ!」

 吐き出されたのはその言葉尻だけ捉えれば、横暴で乱暴なことこの上ない言葉……しかし彼女の声は虚勢こそ張っているものの普段の彼女からは想像もできないほどに震え、誰にも見せないその表情は今にも泣き出しそうに歪んでいる。

「……どいつもこいつも、アタシ1人ばっかり置いてきやがってよ……アタシはまだ、許しちゃもらえないのか……?」

 ずるずると倒れ込むように漏らした言葉は、嘘偽りのない彼女の本音。普段は決して口にしない、彼女がその命尽きるまで背負い続けるしかない十字架。
 しかしその弱音を聞く者は、誰一人としていなかった。 
 

 
後書き
満を持して現れた今章ボス。一応デュエルのヒント自体は出ているので、よほど私と思考回路が似ている人ならば今回のワンキルギミックもこの時点で割り出せる……かも。
あ、一応明言しておくとボスさん(仮名)が喋ってないのは演出です。本来は顔も隠さずちゃんと喋ってますが、画面上では顔に影がかかり口パクでしか視聴者には認識できないあれだと思っておいてください。 
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