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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epica56イリスとルシリオン

†††Sideイリス†††

「ふんふふ~ん♪」

今日はルシルとのデートなのだ。気合を入れてお化粧も頑張ったし、服装もいつもの可愛い系じゃなくて大人っぽさを出すものを選んでみた。タートルネックニットにミモレ丈のタイトスカート、ポンチョにストール、ブーツと、色もシックに決めてみた。

「今日はご機嫌ですね。御粧しもしてますし」

学院の制服姿でトーストを頬張ってるイクスがそう声を掛けてきた。

「そ♪ 今日は、ルシルとのデートなのだ♪」

「っ! それは羨ましい限りですね」

イクスって、どうもルシルのことを特別視してるっぽい。どうやらオーディンに惚れてたみたいで、その感情をそのままルシルにも向けてるよう。実年齢が1000年単位なため、ルシルとイクスが付き合っても犯罪にはならない・・・はず。ま、もうライバルの枠はないので諦めてもらうしかない。

「そういうわけだから、オットー、ディード、セイン。夕食は外で食べてくるから、父様や母様にもそう伝えておいて」

「「判りました」」「オッケー♪」

フライハイト家の養子として迎えた3人は今メイドモードで、父様と母様を教会本部へ送っていったルーツィアとルーツィエに代わって、わたしとイクスの朝食の準備をしてくれた。

「――っと、そろそろ出るよ。いってきます!」

「いってらっしゃい。楽しんできてくださいね」

「「いってらっしゃいませ」」

「あたしがお見送りするよ!」

イクス達に見送られながらわたしとセインはエントランスに向かい、「んじゃシャル。いってら~♪」ドアを開けてくれたセインに、「ん、あんがと~♪」手を振って応えて、スキップで正門まで向かった。

「ふふ、まだかな~?」

正門を潜って外で待つこと数分。ルシルの愛車“マクティーラ”のエンジン音が遠くから聞こえてきた。音のする方へ体を向けると、サイドカーを取り付けた“マクティーラ”が近付いて来てた。

「おはようルシル~♪」

「おはよう。今日は珍しく大人っぽい私服だな。似合っているし、可愛いよ」

「きゅーん♥ 顔を合わせて最初に服装を褒める! 素晴らしい!」

“マクティーラ”から降りてきたルシルに抱きついて、「褒めて遣わす! ありがと♪」体を離してから、笑顔でお礼を言った。今のルシルは魔導師化によって183cm(だっけ?)の身長に変身してるから、わたしの頭がルシルの胸の位置に来る。鼓動は・・・変化なし。むぅ、やはり強敵だ。

「どういたしまして。じゃあ行こうか」

「ん! この前お願いしたルートを周ってくれる?」

サイドカーのシートの上に置かれたヘルメットを被って、ルシルが差し出してくれた右手を支えにサイドカーに乗り込む。ルシルと頷き合い、“マクティーラ”が走り出したころで口頭から思念通話へ変える。

『カメロード地区のスケートリンクでスケート、教会巡り、あと温泉だったか』

『そっ♪ クヴェル大広場って、大きな池を囲んだ広場なんだけど、この時期は魔法で凍らせてリンクにする。昔はよくトリシュ達と滑ってたんだけど、日本に移り住んでからは何年かに1回くらいしか滑ってないんだよね。こっちに戻ってきてからも休暇が合わなかったりでさ。独りで滑るには寂しすぎるし』

『なるほど。しかしシューズが無いが? レンタル出来るのか?』

『そうだよ。マイシューズは一応持ってるけど、持って行くと荷物になるから置いてきちゃった』

そうしてわたし達は、北区カムランはカメロード地区のクヴェル大広場へ移動。近くの駐車場に“マクティーラ”を停めて、思い思いに滑る家族連れやカップルを視界に収める。

「ところでシャル。君、ふくらはぎ丈のタイトスカートを履いているだろ? それでスケートなんて出来るのか?」

「もち! こう・・・スリットを開けて・・・っと」

タイトスカートの右足側のスリットを、4つの蝶結びしたリボンを解くことで開放する。そしたらルシルが「見えるぞ下着が」ってわたしから目を逸らした。

「そこまで派手に動くつもりはないし、黒ストッキングを履いてるから、見られてもハッキリとは見えないはず」

下着が見えないギリギリまでスカートの裾を何度も捲りながら、ルシルに「どう? 見る?」右太ももを近付けた。

「アホ」

「あいた」

ペチンと太ももを叩かれた。裾を元に戻して、シューズをレンタル出来る店に入る。店員さんからの「いらっしゃいませー!」を受けて、わたし達はカウンターへ。そこでシューズと鍵を借りて、裏口から外へと出る。

「ルシル。そこに靴入れて、シューズに履き変えるの」

裏口から出ると、すのこを敷いて出来てる通路と大きな靴箱が視界に入る。靴箱が鍵付き扉なため、そこに脱いだブーツを入れて、一緒に借りた鍵で閉める。

「んじゃ滑りますか。今日はルシルとのデートだから、30分くらいであがろうっか」

「判った。よし、行こう」

ルシルと一緒にリンクへと入る。最初は慣らしということで、外周をゆっくりと2人で滑る。手を繋いで滑ったり、追いかけっこをしたり、それだけで十分楽しいんだけど・・・。

「むぅ・・・」

「どうした?」

「ルシルと仲良く滑るのも悪くないけど、こう・・・バビュン!と全力で滑りたい」

後ろ向きに滑ってルシルと向き合い、引いていた右腕を前に向かって突き出す。

「とは言ってもな。割と混んでいるぞ? ほら、今はこれで我慢してくれ」

突き出したわたしの右手を取ったルシルは、もう片方の手で覆ってくれた。確かにこれだけでわたしの心は満たされたから、わたしも左手でルシルの手を覆って「ん。我慢する」頷いた。

『本日お越しくださったお客様方。これより本日午前の部のスケートレースを行います。奮ってご参加ください』

「レース? へぇ、今はそんなイベントがあるんだ~」

クヴェル大広場の池は直径140mくらいある。だから拡声器を使ってされたそのアナウンスに反応すると、ルシルが「出てくるか?」って聞いてきた。

「・・・ルシルが応援してくれたら絶対に勝てる。だから・・・」

「ああ、もちろん応援するよ。シャル、行って来い! そして優勝を掻っ攫って来い!」

「うんっ! いってきます!」

参加者を募ってるカウンターへ戻って、レースに「参加します!」と手続きに入る。参加費は無料だけど、ある誓約書にサインを書かされた。曰く、治癒魔法を扱える救護員はいるけど、それでも治せない怪我を負っても責任は負えない、と。

「ではこちらのビブスを服の上から着てください。そしてヘルメットを装着してください」

識別用のナンバーやプリントが施された薄いベスト、ビブスを受け取って、ポンチョとストールを外してから着る。若干胸のところが窮屈だけど、まぁそこは辛抱しようじゃないか。

「ルシル。ポンチョとストール預かっておいてくれる? 待ってる間、匂いを嗅いでいてもいいよ♪」

「どうしてお前は、俺を変態にしたいんだよ・・・。馬鹿なことを言ってないで行った行った」

「はーい♪」

レースのルールは至極単純。100mの直線コースを、1レース5人で速さを競い、それを繰り返す。で、各レースの1位による決勝っていう予定らしい。そして第1レースに参加するわたしは、他の4人をチラッと見る。

(全員男の人か。ふふ、これでもあのセレスに、氷上の妖精、とまで呼ばれたのだ! 負けはせんよ!)

優勝商品は、今年の芸術強化月間内に限定開店してるお店で使える3割引クーポン。3割というのが安っぽいけど、何か美味しい物を食べるのに使わせてもらおう。

「オン・ユア・マーク。ゲットセット」

レンタル屋の店員さんが右腕を高々に上げた。スピードスケーターのようなスタートの構えを取り、「ゴー!」腕が振り下ろされると同時に駆け出す。この時点でわたしと、もう1人の青年でトップ争いだ。

(ちょっ・・・! このフォームにスピード、ひょっとしてプロスケーター・・・!?)

すごい綺麗なフォームを見せる青年から徐々に引き離され始めて、「こんのぉぉぉーーーー!」全力で追いかけた。少しだけ距離が縮まったってところで、自慢の動体視力が捉えたのは、空から降ってきた白い・・・白い鳥のフン。それが胸元に落ちそうになった。

「ぴぎゃっほーう!」

変な悲鳴が出た。普通に陸戦状態ならこんな無様な悲鳴も出さずに余裕で避けれたんだろうけど、残念なことにスケートシューズに滑る氷の舞台の上ってこともあって、「きゃうん!?」お尻を突き出す形でうつ伏せに倒れ込んじゃった。

「もう! いった~~い!」

「おい、シャル! シャル! 見えている! スカートが捲れて、下着が丸見えだ!」

「ほえ?・・・ハッ!」

慌てて姿勢を直してスカートの裾を押さえた。だけどすでに多くの観客に、ストッキング越しとはいえ下着を見られた。それを理解した瞬間、全身が恥ずかしさでカッと熱くなった。

「(ルシル以外の男の人に見られた・・・!)にゃあああああああああああああ!!!」

スケートで負けるわ、大衆の前で大恥をかくわ、酷い目に遭った、なんてぶつくさ言いながらクヴェル大広場を後にしたわたしと、「まぁその、なんだ・・・」言いよどむルシルは、“マクティーラ”の停められてる駐車場にまで戻ってきた。

「はぁ。・・・よし、気持ちを切り替えよう! さっきの事件は、ルシルと1日一緒に居られるための試練だったんだとしよう!」

せっかくのデートを嫌なものにしたくない。だからさっさと切り替えだ。わたしの機嫌が直ったからかルシルはホッとしたのを見て、「ごめんね」謝ってからその手を取る。

「ルシル! 次! 教会巡り行こう!」

「あ、ああ!」

ルシルのエスコートでサイドカーに乗り込み、シートに跨ってヘルメットを被ろうとしている彼に、「ネルケ大聖堂に行こうよ!」提案した。

「構わないが、いきなりそんな大物でいいのか・・・?」

「いいのいいの♪ ほら、しゅっぱ~つ♪」

そんでわたし達は、中央区アヴァロンはログレス地区にあるネルケ大聖堂へと向かう。芸術強化月間だから、大きな街路は交通規制が行われてる。でも小さな道は速度制限ありだけど、バイク系なら通行できるようになってるはず。

「ルシル。そこのグレイス・ガッセ・ツェーを右折~。エンテ・シュトラーセをしばらく直進。んで~――・・・」

ルシルが事前に用意してくれてた芸術強化月間のイベントパンフレットを使ってナビする。毎年露店が並ぶ主要なシュトラーセはやっぱり通行禁止だけど、バスなんかの運行もあるから全てのシュトラーセが通行止めを食らってはいない。

「ルシル、こっち!」

「あ、おいおい。あまり急ぐと、さっきみたいにすっ転ぶぞ?」

「へーき♪ ルシルが手を繋いでいてくれるもん♪」

“マクティーラ”を地下駐車場へと置いたわたしとルシルは、ネルケ大聖堂へと続く大通りグレイス・シュトラーセ・アーを手を繋いで歩く。この通りはどこを見てもカップルだらけで、割と周囲の目を気にせずにイチャイチャしてる。さすがは結婚情報誌のアンケートでミッドチルダ内で結婚式を挙げたい場所6年連続1位、ネルケ大聖堂前の大通りだ。

「おお! 結婚式してる!」

ネルケ大聖堂の建つグリュック大広場に着くと、多数の参列者と、聖堂の入り口に立つ新郎と新婦の姿があった。

「本当だ。こんな日に寒くないのか・・・?」

「・・・ルシル、その感想はないわ・・・」

「え、いや。綺麗だと思うぞ? ただ、心配をしているだけで」

ジト目で見るとルシルが慌てて訂正し始めた。まぁ確かにカラッと晴れているとはいえ1月も後半で、布地の薄いウエディングドレスだから見た目は寒いけどさ。でも結婚式っていうテンション爆上がりだろうし、幸せいっぱいで寒さなんて感じてないんじゃないかな。

「でもさ。寒さを吹っ飛ばすほどに幸せそうな笑顔だよ、新郎さんも新婦さんも、参列者の人たちも」

「ああ、だな。・・・幸せな人を見ると、頑張って平和な世の中にしたいと強く思えてくる。そのための力を持っているし、職に就いているからな」

「だね。・・・でもこれじゃあ聖堂には入れないな~」

芸術強化月間中はかなりの人が集まるから、その1ヵ月間を狙って結婚式を挙げて、その集まってきた人たちにも祝ってもらおうっていう考えをする新郎・新婦もいたりする。まぁ盛大に祝ってもらいたいって気持ちは解かる。わたしもそうだしね。

「しょうがない。次行こう、次!」

「あ、ああ、判った。すぐにマクティーラを持ってき――」

「ううん、このまま歩いてこ~! 徒歩でも十分行けるしね~」

ルシルの腕に抱きついたまま次の目的地、カーリオン地区のオーデム大広場のクローネ教会へ向かう。そこもまた結婚式を挙げたい場所ランキングで毎年上位に入るところだ。さっき歩いたグレイス・シュトラーセ・アーもそうだけど、今歩いてるグレイス・シュトラーセ・ベーも、ドレス専門店が並んでる。

「ねえねえ、ルシル! このドレス、可愛くない?」

あるドレスショップの前を通りかかった時、ショーウィンドウに飾られたプリンセスラインのウェディングドレスを発見。ルシルの腕を引いてショーウィンドウの前に立って、「いいな~」自分が着た時のイメージをする。

「わたしはあの水色かな。はやては純白も似合いそうだけど、あの薄い黄色も合いそう。トリシュは割と薄桃色が似合いそう。ルシルはどう思う? わたしかはやてかトリシュ、この3人と結婚するかもしれないんだし、今の内にこういうのを決めておこうよ」

「え? あ、いや・・・そうだな。シャルはプリンセスラインよりか・・・スレンダーラインで大人っぽさを出せる方が合うかもな。はやては・・・って、待て、待ってくれ」

ルシルからの思わぬ提案に驚いてると、彼はハッとして「俺は、結婚しない・・・」ポツリと漏らした。

「シャル、君とも・・・はやてとも、トリシュとも、俺は結婚しない。出来ない、してはならない。解かるだろ? というか話したろ? 俺は――」

「もうすぐ死ぬから、ってか・・・」

わたしがデートに誘われた理由を、連絡を貰ってからの1週間の間にずっと考えてた。普通なら自宅でお誘いを祝うパーティを開くレベルだけど、その前にルシルから、セインテストの秘密を語られたことで、素直には喜ぶことが出来なかった。

「ねえ、ルシル。こんな話を知ってる? 余命幾ばくもない女性と結婚した男性。幸せな時間を過ごしていた2人を突如襲ったのは、もう治る見込みのない病を患った女性の時間が後僅かというもの」

「・・・」

「病を患った女性は、男性に別れるように言ったの。男性の家族も、もうじき死ぬ女性と別れるように伝えた。だけど男性は、女性と別れることなく甲斐甲斐しくお見舞いに行き続けた。女性はそのおかげか1年以上も生き長らえた。だけど、その幸運は長く続かなかった。病状が悪化して、残り半年しか生きられないと診断された。いよいよ男性家族は、男性と女性を別れさせようとしたけど・・・」

「男は、恋人にプロポーズした。当然、男の両親は反対したが、男は恋人を説得し続け、恋人も実はずっと結婚を望んでいたため、2人は結婚式を挙げることにした」

「そ。女性は結局退院できないまま、それに夫婦としての時間は半年と短いものだったけど、男性も女性も幸せだってっていう話」

ショーウィンドウから離れたわたしは、ルシルの腕からも離れて一足先に歩き出すと、ルシルも遅れて付いて来てくれて、「それが・・・なんだって言うんだ」って聞いてきた。聡いルシルならもう察してるだろうけど・・・。

「あなたがこの前話してくれた、セインテストの秘密。信じたくないけど事実だろうから、それを踏まえて言うよ」

セインテストの秘密。それはオーディンもルシルも、加えて歴代のセインテストはみんな、初代セインテストのクローンだったというものだ。たとえルシルがクローンであってもなんとも思わない。それを言ったらフェイトもヴィヴィオもフォルセティもそうだから。
何よりショックだったのは、ルシルに残された時間があまりにも少ないということ。何の対処もせず、魔力を消費せずにのうのうと暮らして3年。“エグリゴリ”の全滅とリンクして命を落とすなんて言う、クソみたいなクローン設定によっては、リアンシェルトとガーデンベルグを斃したら、ルシルもそのまま死ぬ。場合によったら1年も生きられないってことになる・・・。

「ルシルは、自分に残された時間が無いから、わたし達の告白を断ろうとしてるんでしょ? どうせこのデートだって、わたし達に最後の思い出を、みたいな理由でしょ? 正直大きなお世話なわけ」

「っ!・・・すまん」

「ん。ねぇ、ルシル。さっきの例え話でもそうだけど、本当に好きな人となら短い期間でも結婚できたら嬉しいし、幸せなんだよ。ルシルはさ、もう少し自分の思いに素直になった方が良いと思う。わたし達の為だって言ってるけど、わたしからして見れば逃げてるように感じるの」

「逃げているわけじゃ・・・。俺はただ、君たちを未亡人にするわけには、と・・・」

「だ~か~ら~。それが余計なお世話だって言ってんの。どんだけ短い間でも結婚できたら嬉しいの。あなたが、わたし達の幸せを決めないで」

「あ、ああ・・・」

目を丸くしながら小さく3度ほど頷くルシル。そんなルシルに振り向いて、「今返事したね? したよね?」彼の胸をツンツンつついた。

「もうこれで、わたし達のため、なんていう言い訳は通用しないからね? ちゃんとわたし達3人から選んで結婚すること! オーケー?」

握り拳を作った右手で胸をコツンと打つと、ルシルは「それでも結婚するつもりはないが?」小首を傾げた。わたしとルシルの間で沈黙が流れる。

「はい?」

「ん? いやだって、理由は別に未亡人にしたくない(ソレ)とか、もうじき死ぬから(コレ)だけじゃないから」

「はあ!? 何ソレ初耳なんですけど!?」

ルシルがもう1歩踏み込んできてくれない理由は絶対に、わたし達のため、って考えてたから、さらに理由が追加されたことにビックリだ。

「結婚したくないから結婚しない。それだけでも十分な理由だろ?」

「うっわ、ありえなくない? 自分で言うのもなんだけど、わたしって結構可愛いと思うの。はやてとトリシュも可愛いでしょ? それでも食指が動かないってわけ?」

「そういうわけじゃないが。ただ、しない!」

「なんだそれは~~~~!」

ルシルの頭を両手で鷲掴んでぐわんぐわん揺らしまくる。ルシルは「こらこら、やめんか」されるがまま。結局わたしが疲れるまでルシルの頭を揺らし続けた。

「あ~、視界が揺れる~」

「わたしが言うことじゃないけど、なんで抵抗しなかったの?」

「君を不快にさせたことは事実だから、その罰みたいな・・・」

わたしは呆れて大きく溜息を吐いて、わたしの所為でくしゃくしゃになったルシルの綺麗な銀髪を手櫛で梳きながら「ばか」って、ルシルの頭にこつんと額を当てた。

「結婚したくない、か。なら、わたしはその考えを改めさせるように頑張ればいいわけだ」

「は?」

ルシルから数歩後ろに下がって、「覚悟してね、ルシル! そっちから結婚してください、って言わせてやるんだから!」びしっと指を差して宣言すると、ルシルが小さく鼻で笑ったから「なに?」ジト目で睨む。

「あーいや。お手柔らかに頼むよ」

微笑みを浮かべてくれたルシルに、「いや♥」って即答したわたしは、改めてルシルの腕に抱きついて「次! 次の教会!」へ向かうために引っ張ってく。歴史と由緒のある数多い教会は、ザンクト・オルフェンの自慢であり誇りである。でもだからって・・・。

「どこもかしこも結婚式て・・・。1月に結婚式て・・・。もう少し温かくなるのを待ってからやればいいのに・・・。目的だった教会に入れないなんて」

「今のザンクト・オルフェンを思えば、ああいう幸せの具現とも言うべき結婚式を開いてくれることは助けになるんじゃないか? 教会騎士団・・・と言うより、最後の大隊を擁護する世論の声が今尚強いとはいえ、管理局派からは手痛いお言葉を貰っているからな。少しでもザンクト・オルフェンを擁護しようという人たちからの応援かもしれない」

最後の大隊構成員の中でも幹部クラスは全員重罰を与えたけど、末端の騎士やシスター、それに技術者に聖職者には、罰金・減給・降格などなどの処罰が下された。管理局派はそれだけじゃ足りないから組織全体にもっと重罰を科せ、と言っている人たちだ。

「それはそうかもだけど・・・。むぅ」

「どうする? もう昼食の頃合だし、近くの店で何か食べるか?」

教会巡りは徒歩にしたことでお腹が、くぅくぅ、鳴り続けてる。すんごい恥ずかしいけど、付き合ったり結婚したりしたら、これ以上の恥ずかしいことも数あるだろうし、赤面してるのを自覚しつつ、「ううん。もう次の目的地に行く」ことにした。

「次、というか今日最後の目的地は、北部カムランはベンウィック地区にあるから、マクティーラで行こう」

「ベンウィック地区の温泉というと、有名処で言えばザンクト・アメリア温泉街か・・・?」

当たり(ゲナウ)! ミッドでも五指に入る温泉街で、お昼は温泉街で食べようと思うんだけど、どうかな?」

デートに誘われてからの1週間で、わたしはいろいろと手回しをしてきたのだ。ふっふっふ、と笑っていると、ルシルが「シャル。その不気味な笑み、何か企んでるだろ?」ジト目を向けてきた。

「え? ううん、何も? マジで何も? な~んにも企んでないよ? あそこの温泉たまご、すんごい美味しいの! それをルシルと一緒に食べられるっていうのが幸せすぎて!」

割と本音だから嘘にはなってないから、ルシルも疑わずに「そっか。温泉たまご、美味いからな~」ってニコニコした。

「じゃ、そういうわけで! ザンクト・アメリア温泉街へ出発しんこ~!」

「よし! 行くか!」

湯冷めしないようにバスで行こうって提案してくれたルシルだけど、それじゃあわたしの計画が水の泡になるから、“マクティーラ”で行くことを押し通した。それでまたちょっと不振がられたけど、「とうちゃ~く!」なんとか到着。

「おお、湯気がすごいな。真っ白だ」

「ルシル。アメリアツヴァイトホテルの第2駐車場が開放されてるから、そっちに停めて」

「了解。案内板に従えばいいんだな」

ザンクト・アメリア温泉街。ぐるりと丘に囲まれた約120平方Kmの巨大温泉。当時の教皇アメリア聖下(わたしの高祖母だね)が、ミッドに移住したベルカ人と一緒に、ミッド人に何かお返しが出来ないかということで、温泉の周囲に街を造り始めたのが始まりだ。

「おお! ホテルって話だったが、日本の旅館みたいじゃないか!」

「そう! アメリアツヴァイトホテルは、今は亡きお祖母様が、わたしが留学していた日本とはどのような場所なのかって聞いてきてね。話の中で特に旅館を気に入ってくれたの。そこからはとんとん拍子にこのツヴァイトホテルをお造りになったの。チーム海鳴のみんなも招待したかったんだけど、いろいろと都合が合わなくてさ」

「なるほど。内装もひょっとして和風か?」

「もちろん!(ふっふっふ。自然とアメリアホテルに誘導してやったぜ)」

「それは楽しみだ!」

ここまで来れば残りの計画も上手く行きそうだ。ルシルの後ろだから気付かれないだろうけど、ニヤニヤが止まらない。

「まずは腹ごしらえだな。もうそろそろ限界だ」

「だ、だね~」

急に振り向かれたからちょっぴり焦ったけど、にやけ顔から微笑み顔に出来た。

「こほん。ザンクト・アメリア温泉街に来たからにはまずは温泉たまご! 美味しいお店知ってるから!」

とうとうルシルのお腹も鳴り始めた。ルシルの手を引いて温泉たまごを売ってるお店にたどり着く。ドアを開けるとチリンと鈴が鳴って、「いらっしゃいませー!」キッチンに立つ老夫婦や、テーブル席のお客さんに料理を運んだり、空いた皿を片付けてる他の若い店員さんから挨拶が掛かった。

「こんにちは~」

「あらイリスちゃんじゃない! それに色男も!」

「久しぶり、おじさん、おばさん!」

元気に挨拶するわたしと、調理中なおじさんとおばさんの様子にルシルは1歩引いたところで見てたけど、「あ、いつかのカリーヴルストの・・・!」思いだしたみたいで、わたしの側に寄った。

「おっ、憶えていてくれたかい!」

「局と騎士団の英雄様に憶えていてもらえると嬉しいさね!」

以前、リンドヴルムとの戦いの最中、わたしとルシルの2人で芸術強化月間内でデートした際、露店でカリーヴルストを売ってたおじさんとおばさんだ。だからルシルも「ご無沙汰しています」って小さくお辞儀した。

「注文いいですか?」

「ええ、もちろん!」

「メニューです、どうぞ」

テーブル席に付いたわたしとルシルにメニューを届けてくれた店員の女の子に、「ありがとう」ルシルがお礼を言うと、女の子は顔を赤くして「はい!」目をハートにして頷き返した。ルシルは女の子を見送ってからメニューを開いた。

「ねえ、ルシル」

「んー?」

「笑顔1つくださいな♪」

「ああ・・・、はい?」

ルシルと一緒になったら、こういうモヤモヤとも付き合っていかないといけない。嫉妬で愚痴ったり拳を振るったりしてたら、確実に終わる。だから落ち着くために笑顔をリクエストしたら、最初は呆けてたルシルも、「ほら、これでいいか?」陰りがあるけど、でも綺麗な笑顔を向けてくれた。

「ん! 余は満足じゃ!」

「勝手に満足していないで注文だ。どれどれ・・・」

「わたしはもう決まってるし。まず温泉たまごを2つ。1つは味付けなしで、1つはシンプルに塩。カルボナーラに温泉たまご乗せ。あとイワシのフリットとコンソメスープ、それにシーフードサラダ」

「かなり食べるんだな」

「あんだけ歩いたんだもん。お腹空き空きだよ~。ほら、ルシルも頼んで」

「確かにな。じゃあ俺も温泉たまご2つ、味付けも無しと塩で。カレーピラフに温泉たまご乗せ。
サイコロステーキとコーンポタージュ、あとポテトサラダ」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」

わたし達の注文を受けた女の子を見送って、料理が来るまで食事後の予定を確認する。真っ先に名物である大温泉だ。約120平方Kmっていう馬鹿でかい温泉にゆったり浸かるのがいい。丘の向こうにある海とは地下トンネルで繋がってるから、そっち辺りで茹った体を冷やして、また熱い温泉で温まる、を繰り返すことも出来る。

「お待たせしましたー!」

どこで水着をレンタルするかの話をしていたところで料理が到着。ルシルと一緒に「いただきます!」手を合わせて、早速エッグカップに収められた「温泉たまごー!」を手にとって、スプーンで掬ってパクッと一口。

「ん~~~~♥」

「これは美味い! 温泉たまごって、なんでこんなに美味いんだろうな」

「うんうん!」

他の料理ももちろん美味しくて、ルシルが頼んだ料理も食べたくなってきたから、「ルシル。サイコロステーキ、ちょっとちょうだい」お願いしてみると、「ああ、どうぞ」お皿をスッと差し出してくれた。けどさ・・・。

「やっぱりここは、あーん、でしょ?」

口を開けて待ってると、ルシルが「ぷふ」小さく吹き出した。

「え、なに? 何で急に笑い出すの?」

「いや、なんでもない。そうだよな。くふふ、それでこそシャルだよ」

「もう! なんなの!?」

口の端や歯に何か付いてるのかって思って、手鏡をポシェットから取り出して口の回り、ありえないと思いながらも鼻毛もチェック。特にまずいことはないように見えるけど、ルシルは声には出さないけど笑い続けてる。

「いやいや。くふ。シャル、さっ、どうぞ。あーん、だ」

「わけわかんない。・・・あーん」

モヤモヤしつつもルシルが差し出してくれた、フォークに刺したサイコロステーキを「あむ」パクッと食べた。うん、これも美味しい。ほわぁ、って幸せビームを出せそう。

「じゃあイワシのフリットを半分あげる! あーん!」

「あーん」

間接キスになるあーんを、割とあっさり受け入れてくれたことにちょっとビックリしたけど、フォークに刺した切り分けたフリットをパクッと食べてくれた。

「あぁ、これも美味い」

「なんか今日、ルシル優しい・・・」

「はあ? 俺はいつも優しいはずだぞ? それに今日はデートをしているんだ。相手の女の子に厳しく当たるわけないだろ」

「っ! えへへ♪」

幸せいっぱいな食事も終え、大温泉の周囲を囲う温泉街道を軽く散歩してから、わたしとルシルは温泉に入るための水着をレンタルしてくれるお店に移動。大温泉は公共施設ってこともあって裸での入浴は厳禁で、水着着用が義務付けられてる。

「いらっしゃいませ」

「大人2人でお願いします」

レンタル屋さんへ入ったわたし達は、水着レンタル料を含めた温泉への入湯料を支払い終わり・・・。

「じゃあルシル。わたしの水着姿を楽しみにしててね~♪」

「ああ、期待しているぞ。あ、1つリクエスト。一緒に歩いていても恥ずかしくならないようなやつでな」

「ほーい♥」

ルシルと一旦別れると、女性マークの描かれたカウンターの右隣の廊下を進んで、まずは女性専用のウォークインクローゼットで水着を選択する。50人くらいが1度に入ってもまだ余裕のある広さだから、水着の数も膨大だ。

(私服は大人っぽさを出してみたし、今度は可愛い感じでいってもようか)

白のホルターネックのビキニを選択した。胸元には大きめのリボンをあしらっていて可愛いし、ホルターネックならわたしの胸の大きさを強調できるし、ちょうどいい。胸のサイズばっかりは、はやてやトリシュに絶対勝ってる。ちなみにボトムは膝丈のフレアスカートの付いたものを選んだ。

「よしっ! さ、着替えに行こう!」

鍵付きロッカーの前で水着に着替えて、姿見の前でクルッと1回転。バッチリ決まってることを確認してから、ウォールインクローゼットから出て、カウンターへ伸びる方向とは別の、大温泉へと繋がる廊下を進む。そしてスライドドアを潜れば「おお!」湯気の立ち込める大温泉が目の前に広がる。

「お? 来たな」

「ん、お待たせ♪・・・ルシルは、普通のハーフパンツスタイルだね」

大温泉まで続くすのこロードをルシルと2人で歩く中、ふっと頭に湧いた「ブーメランとかで良かっ――」なんて、冗談をかましてみようとしたんだけど・・・。

「絶対に嫌、死んでも嫌。金を出されても嫌」

「お、おう・・・。冗談だから、睨まないで睨まないで」

割と本気な拒絶に腰が引けちゃった。ビクッとしたわたしを見てルシルは「ごめん」謝ってくれた後、「シャル。水着、とても似合っているよ」そう褒めてくれた。

「~~~~~っ!! ありがと!」

「のわっ!?」

もうそこまで来ていた大温泉へと、抱きついたルシルと一緒にドッバーン!と入湯。深さは3mほどあるから間違っても体を底に強打することはない。

「「ぷはっ!」」

「気持ちいい~!」

「たわけ! いきなり危ないだろうが!」

「今日は厳しく当たらないって言ったのにぃ~」

「限度があることを憶えておこうか? ん?」

ルシルが両手でわたしの頬を挟んでムニムニ捏ねてくるから、「ふぁい」変な返事になった。ルシルはわたしの変顔を「温泉に入ったからかスベスベだしモチモチだな~」なんて言いながら堪能してるけど・・・。

「ちょい待ち。入らなくてもスベスベだしモチモチだったもん」

とりあえずそう反論しておく。お肌の手入れは手間を惜しまずしているから、温泉だけのおかげとは思ってほしくない。ぷくっと頬を膨らませえると、ルシルは小さく吹き出して、「判ってる。どれだけの付き合いだと思っているんだ?」笑顔を見せた。

「むぅ。ルシルばっかり、わたしをキュン♥ってさせる。ずるーい!」

「そんなこと言われても困る。ほら、今は温泉を楽しもう」

ルシルはそう言ってわたしから離れると、「あー、これはいい~」全身から力を抜いてお湯に身を任せてプカッと浮いた。心底気を抜いて楽しんでるみたいだから、ここはちょっかいを掛けずにわたしも「おおう」お湯に身を任せて浮いてみた。

「あ、これ気持ちいい~」

それから2人で大温泉を堪能した。時折5つある浮島に上がって、美味しいジュースやアイスクリームで体をちょっと冷やしてはまた浸かって繰り返した後は、レンタル屋さんに戻って私服に着替えた。

「思った以上に長居したな。皮膚がふやけてしまった」

「だね~。あ、ルシル。夕ご飯なんだけど、マクティーラを停めてるホテルで摂らない?」

さぁ計画を実行に移す時だ。妙な笑い声を出さないように気を付けながら提案すると、「構わないよ」即断してくれた。心の中でガッツポーズをして、ルシルの腕に抱きついてホテルへと向かう。
エントランスに入ると暖房が効いてるようで温かい。

「レストランは・・・」

ルシルが案内板を確認しようとした。そんなルシルから離れたわたしはカウンターへ。スタッフがわたしに気付いて「いらっしゃいませ」お辞儀した。

「今日予約した、イリス・ド・シャルロッテ・フライハイトです」

「少々お待ちください。・・・はい、夕食・朝食付きで1泊のご予約をしていただいたフライハイト様ですね。確認いたしました。こちらが003号室のカードキーと、届いたお荷物となります」

ルシルが今なお案内板の地図を確認中なのをチラッと確認しつつ、「どうも」カードキーと、すでにホテルに配送していたわたしと、前日に買っておいたルシルの着替えを入れたキャリーケースを受け取る

「シャル。レストランはこっちだそうだ。って、そのキャリーケースはなんだ?」

「あ、これ? わたしとルシルの明日の着替えや下着が入ってるの。それは何故かって? ふっふっふ。とルシルは今日、このホテルで1泊するからです!」

「・・・は? いや何言っているんだ? 初耳なんだが」

「うん、今初めて言ったから!」

「・・・帰る」

出口に向かって歩いて行こうとするルシルを「ダメ~」腕を取って引き留めた。

「いいじゃんか~! 1拍くらい~! 知ってるんだからね、トリシュの家に泊まったの! それなのにわたしとは泊まれないって? あんまりだ~~~~」

「ちょっ、しず――くぅ・・・、判った。判ったから。・・・ただ、1つだけ言っておく。トリシュとは何も無かったからな!」

「知ってる知ってる♪」

ルシルの手を引いて、わたしが予約しておいた003号室へと向かう。1ケタ台の部屋はかなり高い。何故なら、なんと部屋に露天風呂が付いているのだ。

「えっと・・・ここだ、ルシルここ!」

「はいはい。って、格子戸だ。本格的だな~」

格子戸をガラッとスライドして開けて入り、身近な通路の先にあるドアをカードキーでロックを開示してドアを開けると、「和室だ。畳の香りも素晴らしい!」ルシルのテンションがうなぎ上り。踏込で靴を脱いで室内に入って行った。

「障子を開けると景色を見られるんだな。しかも露天風呂付き。この部屋高かっただろ、シャル? 宿泊代、俺も出すから」

「(ふふ、子供みたいで可愛い♪)・・・宿泊代に関しては全てわたしに持たせて。ここに泊まるって決めたのも予約したのもわたしの一存だから、絶対にわたしが払う」

「・・・そこまで言ってくれるんだ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう」

「どういたしまして。あ、それはそうとルシル。食事はこっちに運んで来てもらうことになってるから部屋の外に出なくてもいいし、そろそろ魔導師化解いたら? ただでさえ魔力を使うのは体に負担が掛かるし、寿命も減っちゃう・・・んでしょ?」

ルシルはコートをハンガーに掛けてから座椅子に座って・・・

「・・・エグリゴリのような強敵と全力戦闘しないならさほど問題じゃないが。そうだな、少しだけ休ませて貰おうかな」

変身魔法も解除したことで、一気にわたしより背が低くなった。わたしもポンチョとストールをハンガーに掛けてから、脚の短いテーブルを挟んだ座椅子に座る。

「お茶でも淹れようか?」

「ん? あー、じゃあお願いしようかな」

「うん。ちょこっと待っててね~」

ルシルと一緒にお茶を飲んで「ふぅ~」ホッと一息吐く、この夫婦みたいな雰囲気で幸せいっぱいになってた。そんな雰囲気の中で運ばれてきた料理――しゃぶしゃぶに天ぷらに鶏肉の炊き込みご飯などなどを、「いただきます!」美味しく頂く。

「おいふぃ~!」

「うん、美味い! シャル、今回はあーんしないのか?」

「え? 全部ひとりで食べたいからやめとく~♪ ルシルは~?」

「俺も、全部自分で食べる」

「だよね~」

1人前でも十二分な量だった料理には満足のみ。食べ終えた後は「ごちそうさまでした!」手を合わせて、調理してくれた人や食材に感謝。空いたお皿などを従業員さんが回収してからは数十分とルシルと談笑。露天風呂に入るための休息だ。

「そろそろ入ろう~っと」

キャリーケースを開けて下着を取り出す。タオルは備え付けのものを使っていいし浴衣もあるしね。用意を終えたわたしにルシルが「ちょっと待て。部屋を出るから」なんて言い出した。

「え? いいよ、ここに居て。外に出るなら魔導師化しないとダメじゃん」

「いやだって、露天風呂に入るんだろ? 襖などで隔たれているとはいえ、男がこんな近くに居たら気になるだろ、さすがの君でも・・・?」

わたしを気遣ってくれたのは嬉しいけど、ここは攻めよう。そのためにこのホテルを選んだんだから。お茶のお代わりを注いでるルシルに「一緒に入ってもいいんだよ?」ってしなを作ってそう提案する。

「・・・いい。ひとりでゆっくり入る派だからな」

その割りにはアイリと一緒に入ってたみたいだけどね、本局の寮に住んでた頃は。やれやれって肩を竦めたわたしは、備え付けのタオルと下着を手に開けっぱなしの障子を閉めて、さらに磨りガラスの面積が広い格子戸を閉める。これでルシルからは見えなくなった。

「脱衣所は・・・こっちか」

横に伸びる縁側の右側に3人くらいが入れる脱衣所があって、ドアを閉めて着ている服と下着を脱いで裸になる。これからやることに心臓がバックバク。バスタオルで体を覆って、本来は外へ出るためのガラス戸を開けず、ルシルの待つ部屋へと戻る。ルシルはクッキーとコーヒーを嗜んでいて、「何か忘れ物か?」って、わたしの方に振り向いた。

「ぶぅぅぅーーー!! げほっ、ごほっ、えほっ、ぐふっ、ちょっ、おま、何をやって・・・!」

コーヒーが気管に入っちゃったのか激しく咽るルシルの元に歩み寄って、「ルシル」を床に押し倒して馬乗りになる

「待っ! 見える! タオルの裾から(ナカ)が見えるから! 退けマジで! なあ!」

「わたしは本気だよ。本気でルシルを誘惑してる。でも恥ずかしいわけじゃないんだよ? ほら、すごくドキドキしてる」

ルシルの右手を取って私の胸に押し付ける。全身がカッと熱くなって、鼓動が跳ね上がる。本当は、体に巻いてるタオルを剥いで生まれたままの姿で馬乗りになる予定だったけど、ちょっとそこまでの度胸が無かった。今でさえいっぱいいっぱいなのに。

「シャル! な? 変なイタズラはもうやめよう?」

「や。ルシルも一緒に露天風呂に入ってくれたら考えても・・・」

わたしを見ないように顔を逸らしてるルシルの両頬に手を添えて、グイッとわたしに向かせる。

「いいよ?」

「むぐっ!?」

文句が出るより先にルシルの唇を塞いであげた。さぁ、夜は長いよルシル。わたしの本気、見せてあげる。 
 

 
後書き
ルシル
「・・・まったく」

シャル
「ごめんなさい」

ルシル
「さんざん誘惑だとかなんだとか言っていた割には、俺の裸を見たら一瞬でゆでだこになって、一緒に露天風呂に入れなくなって、寝る時も布団を離していたな」

シャル
「調子に乗ってすみませんでしたorz」

ルシル
「ま、そのおかげでゆっくり風呂に入れたし、ゆっくり眠れた。朝食も美味しかったし、なんだかんだ言っても良いデートだったよ」

シャル
「わ、わたしも、その・・・楽しかった」 
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