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お茶の精

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第六章

「それだけで違うからな」
「家族がいるとか」
「あんただってそうだろ」
「ああ、それはな」
 鷲塚も将棋を指しつつ土方に応えた。
「婆さんがいた時はな」
「もう死んで二年になるか」
「今よりずっとな」
「そうだったな、本当にな」
「後は死ぬだけでもか」
「家族がいるとな」
 それだけでというのだ。
「違うからな」
「それでか」
「その娘がいるならな」 
 お静がというのだ。
「それだけで全く違うからな」
「あの娘が来てよかったか」
「そう思うさ、わしはな」
「そうか、しかしな」
「しかし?」
「わしは長い筈がない」
 米寿を迎えた、そこまでの歳ならというのだ。
「だからな」
「それでか」
「もう少しで死ぬのにな」
「家族がいてもか」
「先立たれてもいいのか」
 家族にというのだ。
「わし等みたいに」
「いいだろうな」
 これが土方の返事だった。
「それはそれでな」
「そんなものか?」
「ああ、人間出会いと別れは絶対にあるだろ」
 生きていればというのだ。
「それならな」
「わしが先に死んでもか」
「それもいいだろ、後な」
「後?」
「わしもだよ」
 土方は鷲塚の駒の配置を見つつ言った、見れば穴熊囲いでかなり堅固な守りだ。彼の将棋の特徴だ。
「それはな」
「家族より先に死んでか」
「家族に看取られるってな」
「思っているか」
「ああ、だからな」
 それでと言うのだった。
「あんたもな」
「あの娘と一緒にいてもか」
「それで駄目だと思うとかな」
「そうした考えはよくないか」
「引っ込み思案ってやつだよ」
 鷲塚の今の考えはというのだ。
「だからな」
「それでか」
「そんな考えは捨ててな」
 幾ら高齢でもというのだ。
「家族と暮らせばいいんだよ」
「そうしたものか」
「人と人の別れはは絶対にあるだろ」
 土方は笑って言った。
「もうな」
「それを嫌がってもか」
「仕方ないものだよ、あんたもこれまで生きていてだろ」
「ああ、別れはな」
 それこそとだ、鷲塚は答えた。
「婆さんだけじゃなくてな」
「幾らでもあっただろ」
「親に祖父ちゃん祖母ちゃんにな」
「兄弟姉妹ともな」
「五人兄弟で生きているのはわし一人だ」
 鷲塚はこのことにも寂しく言った。
「もうな」
「わしは芋うちがまだいるけれどな」
「しかしこの歳になるとな」
「兄弟姉妹もな」
「いなくなるな」
「もっともそれは生きているとな」 
 年齢を重ねることだけでなく、というのだ。 
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