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人理を守れ、エミヤさん!

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第一章「邪竜秒殺戦争オルレアン」
  急げ士郎くん!

 
前書き
プロローグ 

 



「由々しき事態だ」

 憔悴しきった顔で、ロマニ・アーキマンは言った。

「……落ち着いて聞いてほしい。君が眠っている間に特異点を七つ観測したというのは話したね」

 首肯する。ブリーフィングで確かに聞いた。

「今回、レイシフト先に選んだのは、その中で最も揺らぎの小さいものだったんだ。けど……」

 カルデアには、今回の第一特異点で、今後のために聖杯探索の勝手をマスターに掴んで貰おうという思惑があるのだ。その選択は決して間違ってはいない。
 今後、カルデア唯一のマスターが至上命題とするのは、人類史のターニング・ポイントとなるものを歪ませる異物を特定、排除すること。その上で、おそらくあるだろうと推測される聖杯を回収、または破壊することである。

 聖杯ほどの願望器でもなければ、とてもじゃないが時間旅行、歴史改変など不可能。せっかく歴史の流れを正しいものに戻しても、聖杯が残っていればもとの木阿弥とはロマニの言だった。

 管制室のコフィンの前で改造戦闘服の上に赤い聖骸布『赤原礼装』を纏い、ダ・ヴィンチ謹製の射籠手である概念礼装を左腕に装着する。
 改造戦闘服により、投影によって魔術回路にかかる負荷が軽減している感触と、射籠手を通してカルデアから供給される魔力の充実感に己の感覚を擦り合わせ、実戦の最中に齟齬が生じないように当て嵌めた。

 ダ・ヴィンチによると、英霊を維持し、魔力を供給するよりも、概念礼装を通してマスターに魔力を流す方が遥かに簡単だということだったが……ここまでの効果があるとは流石に思わなかった。これなら、まず魔力切れを恐れる必要もなくなってくる。
 カルデア職員から渡されたペットボトルに口をつけ水分を補給する。礼を短く言って返却し、コフィンに入りながらロマニに話の続きを促した。

「……実は君が起きて、レイシフトに向けて準備を整えてる間に……異常なことが起こったんだよ」

 顔面蒼白だった。からからに乾いた声が、危機的状況を端的に告げている。

「この第一特異点の修復完了後の予定として、レイシフトするはずだった第二特異点の座標を早期に特定出来たんだ。それはいいことだろう? でも、それが……僕らが観測した時には、人理定礎の崩壊がかなり進んだ状態になっていたんだ。――ああっ、つまりだね、簡単に、簡潔に言うとだ、人理が崩壊する寸前なんだよっ!」

 喚くようにロマニは唾を散らした。その様は錯乱に近い。
 他のスタッフはまだ何も知らされていないのだろうが、この管制室にいるスタッフは流石に知っているのだろう。張り詰めた雰囲気は、破裂寸前の風船を彷彿とさせる。

 頭の片隅で、人手不足のせいで全体の作業能率が低下しているんだなと悟り。時間に余裕ができたら、その問題を解決する方法を考えねばならないと思う。
 ロマニは息を整えて、なんとか言った。

「カルデアスは既に、第一特異点に座標を固定してある。レイシフトの準備も終わっていて、今更レイシフト先を変更することはできない。下手をすると第一特異点を見失いかねないからだ」

 道理である。予定を土壇場で変更して、急遽別の任務を挟んでもいいことなど何もない。レイシフトを予定通りに行なうというロマニの判断は正しい。
 だが、正しいからとそれで事態が丸く収まるわけではない。

「無茶を承知で頼む。士郎くん、これから赴く特異点の人理定礎を、早急に修復してくれ。一刻の猶予もないんだ、なるべく、なんて曖昧なことは言えない。比喩抜きで、一秒でも早く(・・・・・・)、戻ってきてくれ」

 タイムリミットは。
 聞くと、ロマニは固い唾を呑み込んだ。
 自分がどれほどの無茶を言わんとしているのか、その重圧に喘ぐようにして囁いた。

「――次の特異点が、致命的に修復不可能なところにいくまでに要する時間は、おそらく十日だ」

 管制室のカルデア職員達が、固唾を飲んでこちらを見る。
 凄まじい重圧に、しかし負けず。跳ね返す鋼のような声で、カルデアのマスターは応答した。

「――了解。四日(・・)以内に戻る。それまでに次のレイシフトの準備をしておけ」

 士郎くん、と呼ぶ声。

「病み上がりなのに、すまない。でも、それでも僕らは君に頼らないといけない。お願いだ、どうか無事に戻ってきてくれ……!」

 ロマニ、と苦笑した声。

「俺を誰だと思っている。任せろ、必ず上手くいかせてみせるさ」

 ――アンサモンプログラム スタート
 ――霊子変換を開始 します
 ――レイシフトまで後 3、2、1……
 ――全工程 完了(クリア)  ――グランドオーダー 実証を 開始 します









「さて……」

 今度はコフィンを使用して、正規の手順でレイシフトしたためか、特に問題なく意識は覚醒した。
 傍らを見ると、マシュとアルトリアがいる。召喚予定だったクー・フーリンは、召喚のための準備が間に合わなかった。
 まあ、それはいい。瞬間的に気配を消し、姿を隠したアサシンも、こちらの声が届く所にいるだろう。
 辺りを見渡すと、どうやらここは、どこかの森の中らしい。木々が生い茂り、のどかな空気を醸していた。

 マシュが、緊張に強張った声で言う。

「……時代を特定しました。1431年です、先輩」
「中世か。しかもその時代となると、」
「百年戦争が事実上終結しジャンヌ・ダルクが火刑に処された年でもあります。……それよりもシロウ、気づきましたか」

 アルトリアが補足するように言い、促してくる。俺はそれに頷いて、空を見上げた。

 そこには、青空が広がっていて。
 巨大な光の環(・・・)が、ブラックホールのように横たわっていた。

 な、とマシュが呆気に取られた声をあげる。俺は目を細めた。
 カルデアからの通信が繋がった。ロマニに空を調べるように言うと、彼も酷く驚き、アメリカ大陸ほどの大きさだと教えてくれる。

 空にアメリカ大陸サイズの光の環、か。こうまで目に見える異常があると、なんとも危機感が煽られてくる。
 移動しましょうというアルトリア。それには応えず、沈黙したまま腕を組む。
 訝しげに俺を見るマシュ達を無視し、沈思するフリをしていると、やがて気配を断ったまま俺にだけ見える位置にアサシンが実体化した。
 ハンドサインが、一方的に送られてくる。
 それでいい。アサシンには、レイシフトしたらすぐに周囲の索敵をするように指示していた。

 焦点は合わせず、視界に映ったものを全て見る捉え方をしていると視野が広く保て、アサシンを注視しないでもそのサインは確実に見てとれた。

 敵影なし。

 武装集団あり。

 脅威度『低』。

 接触済み。

 情報入手済み。

 南東に敵性体がある可能性『高』。

 進行を提案。

 ――流石に仕事が早いな。俺は一人ごち、二人に対して言った。

「……南東に向かう。召喚サークルの設置は現時点では不要だ。急ぐぞ」  




 
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