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人理を守れ、エミヤさん!

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やっぱりマシュマロなのか士郎くん!




 ――何時か何処かの時間軸。



 カルデアの食堂にしれっと居座り、サーヴァントでありながら完全に馴染んでいる青いバトルドレス姿の騎士王サマ。
 彼女に対してえもいえぬ敬意を霊基(カラダ)の奥底から感じるも、それよりも更に深い、自身の内側より生じている強い感情の渦に、マシュは自分でも戸惑っていた。

 制御できない想い。騎士王が召喚されてからずっと続く心の感触。こんな気持ちは初めてで、正直なところ持て余してしまっている。
 こういう時は尊敬する先輩に訊ねればいいと経験上学んでいた。あの人はとても物知りだから、きっと今度もこの感情の正体を教えてくれるはずだ。

 ……でも、流石にいつも教えられてばかりというのは情けない。少しは自分で考えてみよう。

「セイバーさん……」
「? はい、なんでしょう」

 正体不明の感情を自分で分析してみると、論理的に考えてその原因はイバーにあるような気がして、マシュは思い切って彼女に対し今抱いている疑問を質してみることにした。
 声は固く、顔も堅い。マシュ自身は気づいていないが、それはとても友好的とは言えない表情だった。常の礼儀正しく生真面目な少女には見られない表情は、きっとマシュをよく知る人物ほど驚くものだろう。

 しかしその、どこか剣呑な顔に、セイバー・アルトリアは気を悪くした様子もなく、いたって好意的で友好的な、物腰柔らかな調子で応じた。
 その余裕のある態度も、マシュを苛立たせている。苛立っていることに気づかないまま、棘のある声音で彼女は問いを投げた。

「今、カルデアの物資は乏しく、誰もが辛い思いをしています。食料の備蓄も非常に心許ないので、特異点にレイシフトした際には、聖杯探索と平行して食料を調達することも重要な任務となっているのはセイバーさんもご存知のはずです」
「ええ、確かに」
「――でしたら何故セイバーさんは食堂(ここ)に? 食事の必要のないサーヴァントの方は、みんな自重してくださっているのですから、セイバーさんもみなさんに倣うべきではないでしょうか」

 サーヴァントだって元々は人間なのだから、娯楽に乏しいカルデアの中で食事ぐらい楽しみたいはずだ。
 だが、今のカルデアには無駄にしていい食料は米粒一つありはしない。故にサーヴァント達は皆、生きている人間のために食事を我慢しているのだ。
 先輩の父であるアサシン、強くて頼りになるランサーのクー・フーリン、とても厳しいけど信頼できるアグラヴェイン。彼らは文句一つ言わない。特にアグラヴェインなんて、カルデアに召喚されて以来、恐らくカルデアで一番働いてくれている。一度も休まずに。サーヴァントに休養は要らないと言って。我が王のために、と。

 だというのにこの騎士王と来たら……堪え性というものがないのかと厳しめに言ってしまいたくなる。
 しかし。アルトリアの余裕は崩れなかった。

「その通りです。ですので私も、最初の一度だけで自重しています。ここにいるのは、食事以外の楽しみがあるからです」
「食事以外に食堂ですることなんてないはずです」
「いいえ。……ここからはシロウの姿がよく見える。私にはそれだけでいい」

 アルトリアは、日向のように温かい表情で、厨房でマシュと自身の分の料理をしている先輩――衛宮士郎の姿を眺めていた。
 真剣に料理と向き合う佇まいには、ある種の風格がある。言葉一つ差し挟むことの出来ない領域にいる彼に、アルトリアはマシュの知らない心を向けていた。
 思わず、言葉を失う。それは、なんて――

「……サー・アグラヴェインが何も言えない訳です」

 ぽつりと溢れた呟きは、マシュの物ではなかった。霊基が仕方無いな、と言っているようで。なんだか、負けたくないなんて、何かの勝負しているわけでもないのに思ってしまった。
 アグラヴェインは騎士王を見て何を思ったのか。複雑そうな、苦しげな、熱した鉄を飲み下すような苦渋の表情で、それでも騎士王を「我が王」と呼んだ。
 ただその後に彼は士郎を何処かに呼び出して、何かを話していたようだった。その後の彼は、恐らく過去一度もないほどに酔い潰れていて、士郎は頬を赤く腫らしていた。

 それからの彼は士郎をマスターとしっかり呼び、士郎はアグラヴェインを親しげにアッくんと呼び始めた。
 アグラヴェインは嫌そうな顔を崩さなかったが、それでもどこか士郎のことを認めていた。

 酔わないはずのサーヴァントが酔っていたのは、例によって例の如くダ・ヴィンチが絡んでいるのだろう。例え死んでいようと神様だって酔わせて見せるとは士郎の言である。何を目指しているのかは不明だが、なぜか今までで最も毅然としていたものだ。

「……」

 むすっと黙り込んで、マシュも士郎の姿を負けじと見つめる。
 なんとも言えない空気の中、士郎は調理を終え、夕食となるホタテのホイル焼きとさつま芋のレモン煮を二人分運んできた。ほくほくの白米もある。

「お待たせ。……アルトリアも飽きないな。見ていて何が楽しいんだか」
「何を楽しみにするかは私の勝手でしょう。それに」

 言いながら、アルトリアはマシュに慈しむような目を向けた。

「待っている間、彼女と話しておくのも私にとっては楽しいものです。まるで年の離れた妹を見ているようで」
「ん? 仲良くやれてるのか。それは重畳」
「……」
「マシュ? どうかしたのか?」

 むっつりとした表情でむくれているマシュを、士郎は気遣うように頭を撫でた。
 ……色々な時代の様々な特異点にレイシフトして、そこで多くの人々と触れ合う中で気づいたのだが、士郎が頭を撫でるのは子供などの保護対象だけである。それはつまり――そういうことだった。

「……やめてください」
「!?」

 ぽつりと呟くと、士郎は驚愕したように固まった。そして「マシュに反抗期が!? そんな、バカな、うちの子に限っては有り得ないと思ってたのに……!」なんて慄いている。
 わたし、子供じゃないです……誰にも聞かせるつもりのない呟きが聞こえたのか、ぴたりと止まった士郎とアルトリア。俯いたマシュに、士郎はややあって優しく言った。

「……どうかしたのか?」
「……」
「……アルトリア、悪いが少し席を外してくれ。余り聞かれたいことでもなさそうだ」
「はい」

 アルトリアは席を立ち、離れていく。そしてその姿と気配が食堂から無くなると、士郎はもう一度、噛んで含めるように語りかけてきた。

「なあマシュ。何か気になることでもあったのか?」
「……」
「俺は神様じゃない。言ってくれないと分からない。だから、思ったこと、感じたことをそのまま言ってほしい」
「……わたし、は……」

 包み込むような包容力だった。そこには隠しようのない慈愛の色があって、マシュは溢れてくる気持ちを抑えることができなかった。
 醜い気持ちを、溢してしまう。こんな汚い想いを知られてしまえば、きっと嫌われてしまう。怖いのに、止められなかった。

「……わたし、セイバーさんが嫌いです」
「……」
「今まで、先輩はわたしといてくれたのに……最近はずっと、セイバーさんとばかりいて……」
「……」
「……え、あ、違っ、そんな、わたしはそんな、嫌いなんて……」
「本当に?」
「あ、ぁ……」
「本当はアルトリアが気に入らないんじゃないのか」
「ぅ、……」
「……」
「……わたし、最低です……セイバーさんは、あんなにもいい人なのに……」
「……そうか。……よかった」

 マシュにとって、この気持ちは感じたことのないもので。
 醜いと、汚いと思ったから、知られたくなくて。
 でも、聞かれてしまって。自分を抑えられなくて。
 知られてしまった、士郎に嫌われてしまう。嫌だ、それだけは、嫌だ。そう思って、混乱しそうになっていると。――士郎は信じられないことに、安堵の息を吐いていた。

「……え?」

 戸惑い、声を上げる。

「これは受け売りなんだが……」

 そう前置きして、士郎は苦笑した。誰かを思い出すような目だった。

「少女は嫉妬を手に入れて、初めて女になるそうだ。……おめでとう、マシュ。お前は今、人として成長した。卑下することはない。ただ認めてこれからの糧とするといい。それが……大人の特権だ」

 言って、マシュの頭を撫でようとし、手を止める。
 困ったように笑みを浮かべながら、士郎は手を引っ込めた。

「……子供扱いはできないな。これからは、レディとして扱わないと」
「ぅ……」
「食べよう。冷めたら味が落ちるからな。ほら、いただきます」
「ぃ、いただき、ます……」

 促されて、マシュは赤い顔を隠しながら両手を合わせた。
 ……これは、喜び?  大人として見られたことへの。それとも……。ぐるぐると頭の中で感情の波が渦を巻く。
 胸が苦しい。なのに、悪くない気持ちだった。

 ――セイバーさんに、謝らないと。

 士郎と向き合って、汚い感情を手に入れて。
 それでもマシュ・キリエライトの心に変容はない。
 いっそう強まった意思の結晶が、少女を女にして、輝きを強いものとしていった。





 
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