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人理を守れ、エミヤさん!

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悲しいけど戦争なのよね士郎くん!





 敵と交わす口上無く。
 敵に対して容赦無く。
 敵の事情を斟酌せず。
 一切の情けなく撃滅するべし。

 時間との戦いだ。必要以上に気負うことはないが、かといって余裕を持ち過ぎてもならない。
 合理的に、徹底して効率を突き詰めて自分達を管理せねばならなかった。
 森の中で、用を足すと言って茂みに隠れ、そこでアサシンと小声でやり取りし情報を得る。

 ――竜の魔女として甦ったジャンヌ・ダルク。殺害されたフランスの国王シャルル七世と撤退したイングランド。大量発生している竜種とそれを操っているらしい黒いジャンヌ。確認されたサーヴァントらしき者は現状四騎は確定――

(了解だ、切嗣)

 フランスは世界で最も早く自由を標榜した国家だ。もしフランスが滅びてしまったとしたら、それは時代の停滞を引き起こし、未来はその姿を変えることになるかもしれない。
 そういった意味で、確かにこの時代が特異点足り得る因果があることを認め、アサシンと俺は竜の魔女とやらが特異点の原因であり、聖杯を所有している可能性の高い存在だと推測した。
 目標決定。ジャンヌ・ダルクを討つ。その上で聖杯を確保する。竜の魔女は南東にいるという、向かわぬ理由はない。仮に当てが外れたとしても核心に近い存在なのは明らかだ。

 強行軍で南東の方角に向かっていると、道中、この時代のフランス軍――その残党を発見。接触し、情報を得るべきだというアルトリアの意見を退ける。
 なぜと問われ、俺は端的に答えた。現地の人間と関わる必要がない。必要な情報は既に俺の使い魔が入手して把握してある、と。

 アルトリアは眉を顰め、怪訝そうにした。使い魔? 自分のマスターはいつの間にそんなことを。そこまで考えて、アルトリアは察した。
 自分達の他にサーヴァントがいる。しかしマスターはそれを知らせるつもりはない。マスターの気質から考えるに、そのサーヴァントの方が自分達の前に姿を現すのを拒んでいるのか。気配のなさ、素早い行動と高い情報収集能力から類推するにクラスはアサシンだろう。裏方に徹し、あくまで裏からマスターを補佐しようというプロ意識なのかもしれない。それならば、アルトリアから言うことはなかった。陰の、草となる者は必ず必要だからだ。

 問題はいつ召喚されていたのかだが……いや、そんなことはどうだっていい。確認する意味がない。
 時間にして二時間と三十分ほど一直線に駆けた。英霊とデミ・サーヴァントにはどうということもない距離だが、生身の人間には厳しいのではとマシュがマスターを心配する。するとマスターは言った。

 無用な気遣いだ。この程度どうということもない。その気になれば一日だって駆けていられる。人の身で人外の怪物と渡り合うにはヒトの極限に至らねばならず、そのための訓練は積んでいるんだ。

 戦争の中で最も過酷なのは行軍である。であれば如何に戦闘技術が高かろうと、足腰が弱く足の遅い者達の軍は精強とは言えない。軍隊で延々と走らされるのは、体力作りのためでもあるが、何より長距離の移動を歩行で行なえる下地を作るためなのである。
 アルトリアが同意する。まさにその通りだと。足の遅い、長距離の移動がままならない軍など物の役にも立たない。いつの時代もそれは共通していた。

 進行方向に敵影。

 敵性飛翔体。竜種――あれは下級のワイバーンか。断じて十五世紀のフランスにいていいものではない。
 数は九体か。こちらには気づいていないが……。
 どうしますか、とアルトリアがマスターに訊ねる。汗一つ流していないマスターは、戦闘体勢を取る二人を制し待機を命じた。

 丁度良い機会だ。敵の脅威を図る。

 射籠手に包まれた左手に黒弓を。右手に最強の魔剣グラムと、選定の剣カリバーンの原典に当たる「原罪(メロダック)」を投影。
 エクスカリバーほどではないが、触れるモノを焼き払う光の渦を発生させることができる。消費した魔力はすぐにカルデアから充填されるのだ。魔術回路にかかる負荷は想定していたものより遥かに軽微。
 投影した宝剣を弓につがえ、ワイバーンの内の一体に投射。貫通。射線上のもう二体も易々と貫き、三体を葬った。ワイバーンがこちらに気づき向かってくる。

 構わず。

 今度は投影工程を一つ省き、魔力も絞った再現度七割の「原罪」を投影。無造作に投射。これも貫通。鱗も肉も骨もまるで紙のように貫いた。残り五体。
 更に投影工程を省略。再現度五割「原罪」投影。投射。貫通。残り四体。
 継続して工程を省略。もはや張りぼての粗悪品でしかない再現度三割の「原罪」を投影。投射する。ワイバーンを貫くも、貫通した「原罪」の威力が目に見えて低下していた。残り三体。
 算を乱し逃げ出したワイバーンに向けて、通常の剣弾を放つ。都合六発。一体に対して二射、心臓部と頭部への射撃で事足りた。

 弓を下ろし、マスターは適切な投影効率を割り出せたことを確信。ワイバーンに対しては宝具の投影の必要はない。

「……呆けている場合か? 行くぞ」

 感嘆したように目を瞠くサーヴァント達を促し、マスターらは一路駆けていく。
 マスターは思う。魔力の充実感が凄まじい。強化した脚力を維持することがまるで苦にならない。なるほど、マスターが昏睡している間、冬木での戦闘データから専用の概念礼装を発明したダ・ヴィンチは確かに天才だ。これほどの装備、望んで手に入る物ではない。

 だが、弁えるべし。所詮この身は贋作者。人の域を出ない定命の人間。
 相手がサーヴァントか、それと同位の存在が現れたなら、決して今のように上手くいくことはない。分不相応の魔力を手にしただけで増長すれば命取りになる。
 やがて、マスターとサーヴァント二騎は一つの砦を発見した。
 火炎に炙られ、城壁は崩れ、城門は砕かれている。戦闘の気配はないが、破壊の痕跡はまだ新しい。

「……壊滅してまだ間がないのかもしれません」
「ええ。敵が残っているかもしれません。警戒していきましょう」

 マシュとアルトリアの言葉に頷く。そして暫し沈思し、アルトリアにこの場で待機することを命じた。

「なにを? 戦力の分散は……」
「下策だ。だが、お前をここに残すことの意味、戦争の視点で見れば分かるだろう」
「……それは、確かに有効です。しかしあそこにはまだ無辜の民がいる可能性があります」
いない(・・・)

 マスターの断言に、アルトリアは眉根を寄せる。

「……根拠はなんです?」
「分かっていることを聞くな。敵の拠点を制圧、占拠することが目的なら、あそこまで徹底して砦を破壊することはない。俺達が敵とする連中は、相手がなんだろうと殲滅する手合いだろうさ。そして仮に生き残りがいたとしても意味がない。真の意味で人々を救おうとするのなら、この特異点を正しい歴史の流れに戻し、今ある悲劇をなかったことにするしかないだろう。違うか?」
「道理です。……今は大義を優先します。マスターの命に服しましょう」
「助かる。マシュは俺と来い。お前の守りが頼りだ」
「はいっ」

 場違いなほど気合いの入った応答に、アルトリアと顔を見合わせる。張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ、ような気がした。
 少し苦笑し、アルトリアを残して砦を迂回。向こう側から突入する。
 マシュに身辺の警戒を任せ、自身は遠くを警戒。砦の奥にまで行くと、そこには――

「――――」

 竜を象る旗を持つ黒尽くめの女を発見。こちらを見て、にやりと嗤う。サーヴァント反応。敵、竜の魔女と断定。四騎はいると聞いていたが、五騎ここにいる。ということは、まだいるかもしれない。
 黒衣の男と、仮面の女は吸血鬼か。死徒の気配に似ているが、こちらはそれとは異なり更に『深い』。
 中性的な容貌の剣士が一騎。レイピア状の剣をすぐに解析。担い手の真名はシュヴァリエ・デオン。
 それに、もう一人。十字架を象る杖を持った女。十字架からキリスト教関連の英霊と推定。女となれば、聖女の部類か。挙げられる候補は少ない。行動パターンを割り出せば真名を看破するのは容易だろう。
 男の吸血鬼は杭のような槍を持っている。ヴラド三世の可能性が高い。女の吸血鬼は拷問用の鞭を持ち、蝋のような白い肌をしていた。――血の伯爵婦人だろうか。

 敵戦力評価。ヴラド三世が最たる脅威である。最優先撃破対象に指定。この場で確実に撃破する。

 黒い女が何かを言った。その口上を意識的に遮断。必要な情報だけを得る。
 こちらがマスターで、マシュがデミ・サーヴァントだと見抜いてきた。そして、砦の外に置いてきたアルトリアの存在まで知られている。見え透いた伏兵に掛かると思っているの? と、嘲笑していた。

 ――何故? 気づかれるような落ち度はなかったはずだ。感知能力が高いという一言だけでは片付けられない。それだけの感知能力があるなら、気配遮断しているアサシンにも気づけるはず。なのに気づいていない。
 ……可能性としてあの竜の魔女はルーラーか、それに類するエクストラクラスを得ていると考えられる。ジャンヌ・ダルクならばあり得ない話ではない。
 過去、聞いたことがあった。聖杯戦争を監督するためのサーヴァントが存在すると。それがルーラー。調停者のサーヴァントは、サーヴァントの位置を把握することが可能だと言うが……。それならアルトリアの位置を知られていることにも筋が通る。

 であれば、相手は常にこちらの位置を把握して戦略を練れるということだ。

 それは、こちらに圧倒的に不利となる情報。いつでも奇襲される恐れがある。まだこちらがレイシフトしたばかりということもあり、手を打たれてはいないとなれば……今が最大の好機。都合が良いことに敵の主力と思われるサーヴァントも揃っている。

 やる必要はあっても、やらない理由はない。ここを逃せば対抗策はアサシンだけしかない。

「――令呪起動(セット)。システム作動。セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンを指定。『宝具解放』し、聖剣の最大火力で砦を薙ぎ払え」

 なっ!? 自分達ごと!? と驚愕する敵勢力。爆発的な魔力の気配。
 咄嗟に動いたのは聖女らしきサーヴァント。宝具で対抗しようと言うのか。
 手にしていた黒弓に投影したまま背負っていた「原罪」をつがえ放つ。宝具の解放を妨害する目的で、ヴラド三世と聖女を中心に巻き込むように「原罪」で壊れた幻想を使用。
 有効なダメージを確認。目的達成、宝具展開阻止。

「マシュ、宝具だ」
「了解。宝具、偽装登録――展開します!」

 構えた盾から淡い光の壁が構築される。

 迸る黄金の光の奔流が、横薙ぎ(・・・)にマスターごと砦を、五騎の敵サーヴァント達を呑み込んだ。
 マシュの盾と、アルトリアの聖剣の相性がいいから出来ることだ。もしもブリテンの聖剣以外で、Aランク超えの対城宝具を撃たれたらマシュは耐えられない。
 光の津波を遮る盾の後方で、マスターはその鷹の目でヴラド三世と思われる吸血鬼、カーミラらしき女吸血鬼、竜騎兵のデオン、聖女が聖剣の光に焼き払われたのを見届けた。

 しかし、肝心の竜の魔女は回避した。空を飛んで。

 ――飛行できる? 不味いな。

 決死の顔で回避した竜の魔女は、何かを喚きながら飛び去っていく。
 マスターは冷徹にそれを見据え、最大攻撃力を発揮できる螺旋状の剣弾を弓につがえた。

 魔力充填開始。見る見る内に遠ざかっていく黒い女はまだ射程圏内。仕損じた時のため、念を入れて命じる。

「アサシン。行け!」

 瞬間、赤い影が馳せた。
 それに構わず、遥か上空を行く魔女に向けて、マスターは投影宝具を射出した。
 カラドボルグ。空間ごと捻りきる魔剣。竜の魔女は直前で気づき、防御の構えを見せた。

「――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 着弾の瞬間、螺旋剣を爆破。

 手応えはあった。どのみち、これで射程圏内からは離れただろう。追撃は困難。
 今ので仕留められたのなら僥倖。少なくとも深傷は与えた。しばらくは動けまい。

「先輩。これからどうしましょうか」

 アルトリアが合流してくるのを遠目に見て、マシュが指示を仰いできたのに応じる。
 廃墟となっていた砦は、綺麗さっぱりなくなっていた。人類最強の聖剣、対城宝具を受けたのだから当然だ。
 無事なのは、マシュの後ろにあった瓦礫の山だけ。火も消し飛んでいる。

 マスターは言った。霊脈としては下の下だが、ここでも特に不自由はない。

「――召喚サークルをここに設置しよう。今日はここまでだ」

 日が傾き、夜が来る。深追いは禁物だった。








 
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