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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epica28-B覇王の記憶~Memory of farewell~

†††Sideアインハルト†††

リッドが居なくなってからイリュリアとの小競り合いは激化し、オリヴィエ殿下との穏やかな時間が少しずつ減っていきました。さらにオリヴィエ殿下の両腕の機能がさらに低下し始め、エレミアの籠手での補助があっても武技の洗練さも徐々に欠けていきました。

「そんな中、クラウスとオリヴィエ殿下にとって嬉しい出来事もありました。オーディンさんの治癒魔法や医学の知識がベルカには無いものばかりという話を聞いたクラウスは、オーディンさんを頼り、そして・・・」

――はじめまして。わたくし、聖王家王女オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します。このたびはわざわざアムルよりお越しくださって感謝いたします――

――お初にお目に掛かります、オリヴィエ王女殿下。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードと申します。この娘は同じく医者のシャマル。クラウス殿下やオリヴィエ王女のご期待に添えられるかは判りませんが、私の魔道が御役に立てばと思い、参上しました――

オリヴィエ殿下とオーディンさんの出会い。そんなシーンの最中、「オーディンさんの後ろ、シャマル先生だよね?」とコロナさんが小声でポツリと漏らし、リオさんも「シグナムさん達もいたよね」と首を傾げます。

「ビックリしました。ザフィーラ師匠やヴィータさんも一緒ですし。アギトさんだって」

“夜天の魔導書”や守護騎士についてはどうやら秘匿情報のようで、転生を繰り返すあの方たちはいつの時代も姿が変わらないその真実については知られていないようです。コロナさん達の視線がフォルセティさんに向きますが・・・

「えっと、ご先祖かな~。あ、でもアギトお姉ちゃんとアイリお姉ちゃんは、このベルカ時代に生まれた融合騎だから本人だよ」

少々無茶な誤魔化しをしますが、オーディンさんとルシルさんという例もありますし、「偶然なんだ~」と納得したようです。

――オリヴィエ王女殿下。まず腕以外には問題はありませんでした、ご安心を。おそらく私の持つ魔道を使えば治す事が出来るかと思います――

「オーディンさんの魔法によりオリヴィエ殿下の腕が治ることが判ったのですが、喜んでいたのも束の間、イリュリアの大規模侵攻が確認されたと報せが入りました」

オーディンさんとシャマル先生、それに「シャルのご先祖様ですね」とイクスさんの言うように、オリヴィエ殿下付きの護衛騎士リサが飛行魔法で先行し、クラウスも騎士団を率いての迎撃へ。

――なんと・・・! これがオーディンさんの魔導・・・!――

白銀に輝く巨大な一対の腕が戦船を真っ二つにへし折ったり、殴って拉げさせたり、オーディンさんが戦船の艦載砲で同士討ちを誘ったりと、ほぼ単独でイリュリアの戦船を撃沈せしめた。さらに驚くのは、ラキシュ領上空に留まる巨大な像。馬の首だけのもので、額より1本の角が生え、両側に浮遊する巨腕、頭上に黄金に輝く紋様ガ浮かび、神々しさを感じる。

「なんだ、ありゃ! デケェ!!」

「巨腕はオーディンさんの魔法で、像の方は使い魔だそうです」

「セインテストの魔法ですわね。セティは使えるのかしら?」

「あの銀色の腕はイロウエルですね。魔力の岩石を組み合わせた物で、僕も使えますけど、あんなに巨大なものを構築するだけの魔力が無いから、5分の1サイズくらいになるかと。あと像の方はよくは・・・。セインテストは魔法やスキルなどを次代へとそのまま継承していきますけど、僕はちょっと生まれが特殊で、ああいう使い魔は今のところお父さんしか使えないかと」

「いやそれでもイロウエルという魔法を使えるだけすごいと思うよ」

イリュリアの大規模侵攻は、シュトゥラの圧勝で終わった。侵攻を失敗に終わらせたイリュリアは、これまでと打って変わってシュトゥラへの侵攻を一切中止させた。オーディンさんとシャマル先生はそれから度々王城へと足を運び、オリヴィエ殿下の治療に当たってくれました。その際にささやかながらお茶会を開いたり、戦争後の復興に際しての主な方法を会議したり、楽しい時間がありました。膨大な知識をお持ちのオーディンさんからの数多くの提案に、クラウス達は本当に驚かされていました。

「そんな中、オーディンさんが王城より離れたタイミングを見計らったかのようにリッドが帰ってくる、というのが通例となっていったことで、オリヴィエ殿下が何度かその理由を尋ねた事があったのですが答えはいつも、偶然だ、と変わらず・・・」

「さすがに偶然やないやろうね~。結局その答えって聞けたん?」

「はい。オリヴィエ殿下やクラウスが何度も尋ねたことで折れてしまったのでしょう。リッドはただ、向かい合うのが恐ろしいと感じたから、と言っていました」

「恐ろしい? これまでのオーディンさんを見る限り、そんな感想を抱かへんと思うんやけど・・・」

ジークリンデ選手の考えに「はい。とてもお優しい方でした」と同意した。先ほど皆さんに話したとおり強く優しい人だった。綺麗な銀色の長髪を靡かせ、クラウスやオリヴィエ殿下のように虹彩異色の綺麗な男性。ベルカを訪れることになった自分の目的を後回しにしてでもシュトゥラのため、オリヴィエ殿下のために、時間を割いてくれていた。クラウスもオリヴィエ殿下も、リッドがオーディンさんに恐れている理由が全く判らなかった。

「リッドがオーディンさんを恐れていた原因は、結局なんだったんだい?」

「最後まで判りませんでした。ひょっとしらエレミアの子孫であるジークリンデ選手が、何かしらの資料などを持っているかと思ったのですが。ジークリンデ選手やヴィクターさんでも判らないとなれば・・・」

「なんか気になんな。エレミアってその時代でもやっぱ強かったんだろ? なのに恐がるってぇと、オーディンの戦いを見たくらいしかなくねぇか?」

「ですがクラウス殿下とオリヴィエ殿下は、イリュリア戦争やその前の小規模戦闘などで魔神オーディンの戦いを見たのではないですか?」

「いえ。先ほどの記憶の通りクラウスとオリヴィエ殿下は、直接オーディンさんの魔導戦を見たことがないんです。カスティタスという巨大な使い魔の召喚、当時のベルカを恐怖させた巨大兵器エテメンアンキの破壊などを、遠くから見たくらいで・・・」

エルスさんの問いにはそう答えた私は、リッドがオーディンさんを恐れた理由が、番長さんの考え通りのものなのでは?と考える。ですがオーディンさんはシュトゥラの味方でした。敵ならいざ知らず、味方であるオーディンさんを恐れる理由・・・。やはりオーディンさんの戦いを見ただけで恐れるでしょうか。

「あの子もそういえば・・・恐がっていたような・・・」

「あの子ですか・・・?」

ポツリと無意識のうちに洩れた言葉。ヴィヴィオさんの問いに「はい? 何でしょう?」と首を傾げると、ヴィヴィオさんも「え?」と首を傾げました。そんな私たちを見てヴィクターさんが「アインハルト。今あなた、あの子も恐がっていた、と言ったのよ」と言いました。

「ひょっとして、クラウスとオリヴィエ、リッド以外にも同じ時間を過ごした誰かががおったん・・・?」

「誰かが・・・」

記憶全体にノイズが走って、今見ている記憶と先ほどまで見ていた過去の記憶が混じり始める。ジークリンデ選手の言うように誰かが、仲の良い友人がもう1人いたような気がする。思い出そうとすると記憶映像のノイズが激しくなる。

「あ、おい。子供ん頃の記憶の方になんか映ってんぞ」

「クラウス殿下とオリヴィエ殿下とリッド、それに・・・」

「小さな女の子・・・?」

森の中を散策するクラウス達の映像の中、女の子の姿が映りこんだ。ノイズで顔がハッキリ見えないですが、私はこの子を知っている。いえ、知っていて当然の少女。これはクラウスの記憶なのだから。必死に記憶の中を探り、ノイズに隠れたままの少女の顔を、名前を思い出そうとする。この少女もまた、クラウス達にとってとても大切な友人だったはず。

――クラウス、ヴィヴィさま、あとミア――

その声、その呼び方、チラリと見えたネコのような耳。そう、彼女は確か「クロ、クロゼルグ・・・?」私は少女の名前を口にした。すると靄が晴れるように記憶が鮮明に浮かび上がってきて、記憶のノイズも綺麗になった。

「思い出しました! 魔女の森のクロゼルグです! 名前はそう・・・カイラ・クロゼルグ! どうして彼女の事も忘れていたのか。ヴィクターさんが提案してくださらなければ、私はこれからもクロゼルグの事を忘れていたかもしれません」

「いいえ。私の方もこうして多くの歴史を観られて嬉しいですわ」

クロは、魔法とはまた別の体系である魔女術を使う魔女の一族(クロゼルグ)の一員で、よくイタズラをしてきました。クラウスやオリヴィエ殿下とはとても仲が良かったのですが、どうもリッドとは折り合いが悪く・・・

――い゛ぃー! ミアなんてきらーい!――

記憶映像のようにクロはリッドにはなかなか懐かなかった。リッドも最初はなんとかして仲良くなろうとはしていたけど、やはりクロはツーンとそっぽを向くばかり。

「このクロって子、どうしてリッドさんと仲良く出来ないんだろ?」

「リッドさんもとっても良い人なのにね~」

「でも一緒に行動してるから、心の底から嫌ってるわけじゃないみたいだけど・・・」

「本当に嫌いでしたら、無視をするなりしますでしょうし・・・」

ヴィヴィオさんとリオさんとコロナさんとイクスさんが同じように首を傾げました。そんなヴィヴィオさん達の様子に、ヴィクターさんが「まぁ気の合わないこともありますわよ」と番長さんを見て、番長さんも「そういうこった」と鼻を鳴らしました。確かにヴィクターさんと番長さんの関係に似ていますね。親しいようで反目しあっていたりと・・・。

「それにしても可愛ええな~♪ 耳も尻尾もフサフサや~♪ 触られへんのが惜しい~」

ジークリンデ選手は、クラウスに負ぶさっているクロの揺れる尻尾や耳に触れようと試みていますが、残念ながら幻なのでスカッと透けてしまっている。ジークリンデ選手は可愛いものがお好きなのでしょうか・・・。

「えっと、記憶を元に戻しますね」

大規模侵攻後の1ヵ月は平和でした。オーディンさんのおかげでオリヴィエ殿下の腕もこの頃には完治して、クラウスやリッドと再び鍛錬を始めました。ですが、その平和な時は終わりを迎えた。大規模侵攻の圧倒的勝利が、イリュリアの暴走を引き起こすことになってしまった。王女テウタが父王を殺害して、王座に即位。そして“聖王のゆりかご”と同じく古代の遺産である“ミナレット”を起動し、シュトゥラへと砲撃を開始した。

「さらにイリュリアは、オーディンさん達グラオベン・オルデンの不在で手薄となっていたアムルを占拠しました。クラウスはシュトゥラの戦船艦隊を率い、なおも侵攻を続けようとするイリュリアを迎撃に入りました」

その間にオーディンさん達は、アムルの奪還および“ミナレット”の制圧に動いてくれました。そして地上ではオーディンさん達の活躍によってアムルの奪還も“ミナレット”の制圧も無事に終わり、空で睨み合っていたイリュリアの艦隊も引き下がり、事なきを得た・・・と思っていました。

「イリュリアは、ミナレットに続きさらに古代の遺産エテメンアンキを起動しました。そして・・・」

開かれた傘の骨組みのような形をした“エテメンアンキ”から放たれた8つの砲撃は、イリュリアと敵対するシュトゥラ、バルトはウラル・リヴォニア・リトヴァ、ヴィンランド、シュヴァーベン、ヘルウェティア、ガレアの8ヵ国の都市に撃ち込まれ、多大な犠牲を生みました。

「ひでぇ・・・」

「なんと惨い事を・・・」

「これが現実に起こったものだと思うと・・・」

「ええ、かなり気分が悪いです」

――ベルカに生きる全ての民よ、聴いてください。私は、イリュリアの女王にして、天地統治塔エテメンアンキを統べる天界王テウタ・フリーディッヒローゼンバッハ・フォン・レーベンヴェルトです――

番長さん達が、遠く離れていても視認できるほどの爆炎と黒煙を見て眉を顰め、ヴィヴィオさん達も顔を蒼くしていました。イクスさんは実体験したことの追体験となり、「はい。本当に許されざる暴挙です」と怒りを露にしました。

「イリュリアに下らなければ、エテメンアンキの砲撃によってその国を滅ぼすと言う脅迫の元に、テウタ女王はベルカ半球に宣戦布告をしました。イリュリア戦争の開戦です」

イリュリアに対抗すべく、砲撃を撃ち込まれた8ヵ国の代表が、聖王家の治めるアウストラシアに集結しました。記憶の映像が、クラウス、オリヴィエ殿下と兄リナルド殿下、オーディンさん達グラオベン・オルデン、イクスヴェリア陛下(変身魔法で別人に見えますが)とヴィンツェンツ殿下、ドルテ王女殿下、コルネリエ王女殿下、アルフォンス殿下が円卓に集うシーンに切り替わる。

――噂に聞きし魔神とはどれほどの豪傑かと思えば、 女子(おなご)と見間違うほどの優男だな――

「ヴィクターさん。彼が雷帝、バルトロメーウス・ダールグリュン帝です」

「っ! そう、この方が・・・!」

「お嬢とは全然似てねぇな。オーディンさんに仕掛けた技は、お嬢も使うやつだったけど」

「当たり前ですわよ。しかし本物の破軍斬滅を観られたのは大収穫ですわ」

クラウス達の会議の結果は、イリュリアに屈することなく対抗し、勝利を収めるための連合を建てるというものでした。“エテメンアンキ”内部への突入はオリヴィエ殿下率いるゼーゲブレヒト家の騎士団が請け負い、オーディンさんが“エテメンアンキ”の砲撃防御および破壊を、その他の騎士団は、イリュリアの全周囲より侵攻して敵性戦力の撃破となりました。そして・・・

――エテメンアンキの砲撃は、魔神オーディンの加護によって完璧に無効化されている! 女王テウタもまた、オリヴィエが討ってくれるだろう! 我等はひたすらに前へ! 前へ!――

空を流れる砲撃の着弾地点からは爆炎も黒煙も上がらず、1発で都市を壊滅できる砲撃はオーディンさんの魔法によって防がれていました。さらにクラウス達がイリュリア騎士団との交戦中、オーディンさんは地上から何十kmと離れた砲塔を砲撃で穿ち、さらには“エテメンアンキ”の砲撃を反射し、あっという間に無力化していきます。

「なあ、オーディンってマジで人間なんか?」

「砲撃の射程もおかしいですけど、その威力もおかしいですよ」

「ベルカ史上最強の魔導騎士と謳われるのも、クラウス殿下のこの記憶を見れば納得ですわ」

“エテメンアンキ”の最後は、女王テウタに裏切られたネウストリアの戦船の特攻によって壁に大穴を開けられ、そこをオーディンさんの強大な砲撃によってさらに破壊されて崩落というものでした。地表へ崩れていく“エテメンアンキ”の瓦礫は、オーディンさんの使い魔が細かに粉砕してくれたおかげで、イリュリアにも被害は出なかった。

「女王テウタはエテメンアンキの崩落から逃れ、イリュリア王都の地下にて兄バルデュリス殿下の手に掛かり死亡。殿下がイリュリアの王として即位して、対イリュリア連合に参加したアウストラシアやシュトゥラなどに今後起こる戦に協力することを表明。ですが軍備の軍縮や国土の割譲などの賠償も受け、その弱体化は明らかでした」

イリュリア戦争後、各国は復興の道を進んでいました。イリュリア騎士団の戦争推進派の残党による悪事もありましたが、それも各国の協力で解決していました。が、イリュリア騎士団の総長グレゴールや一部の幹部連中が姿を晦ませたのが各国の不安でした。

「それでもイリュリア戦争で弱っていた各国でしたが、他国からの宣戦布告を受けることなく復興を順調に進めていました」

「そりゃまあ、戦争で弱まったっつっても連合組んでんだから、そう手を出せねぇだろ」

「はい。それもありますが、最大の理由がオーディンさんにありました」

私がそう言うと皆さんが「あー」と納得し、イクスさんが「あのお方だけは敵に回したくないですしね」と懐かしむように目を閉じました。まさに一騎当千の戦力であるオーディンさんが居るということが、他国への抑止力となっていました。リッドも、オーディンさんが王城へ訪れないことが多くなり、王城で過ごす時間も増えていったのですが・・・。

「その平和も長くは続きませんでした。・・・オーディンさん達グラオベン・オルデンの戦死です」

――私がベルカを訪れ、留まる理由だったエグリゴリからの宣戦布告。これが最後の機会でしょう。クラウス。頼みがある。エグリゴリとの戦いの後、私は間違いなく無事じゃない。そもそも無事に生き残れるような相手じゃないんだ。高確率で相討ちだろう。クラウス、オリヴィエ王女殿下、リサ。今までお世話になりました。どうかお元気で・・・――

――あなたの握手に応じれば、あなたとの永遠の別れを受け入れることになる。オーディンさん。だから僕は――僕たちは、あなたの握手には応じられないのです――

――必ず再会しましょう。その時にまたもう一度握手を――

――判った。また逢おう。再会の証として、その時にまた握手を。クラウス、オリヴィエ王女殿下、リサ――

オーディンさんがクラウス達に差し出した右手にクラウス達は応じず、“エグリゴリ”という人型魔導兵器との戦いの後に改めてお別れの握手をしようと約束をしたのですが、「その約束は果たされることがありませんでした」と私は漏らした。オーディンさん達の死が各国に伝わるのはそれから数ヵ月後。最初は噂程度だったものが次第に事実として伝わり、ベルカは再び戦乱の時代を迎えました。

「水や大地を穢す猛毒の弾薬、人も草木も全ての命を腐らせる腐敗の兵器・・・禁忌兵器と呼ばれるそれらが投入され、ベルカの大地は死に向かい始めました。国が滅ぶだけならまだしもベルカという世界そのものが滅びかねないということで、アウストラシアは聖王のゆりかごの起動をベルカ全土に宣告しました。その時はまだ警告としての意味合いでしたが・・・」

――ゆりかごの起動? 確かにこの戦乱を終わらせるには最早その手段しかないようには思えるが・・・――

――クラウス王子。ヴィヴィ様が愚かな選択をしないように気を付けなければ・・・――

――・・・彼女は優しすぎるからね。ゆりかごの王に立候補しないとも限らない――

――こんな時にオーディンさんが居てくれたら・・・――

――おや? 君はオーディンさんのことを苦手としていただろう?――

――それは、そうだけど・・・。僕は彼の実力は認めていたんだよ。恐ろしくもありながら神々しい魔力と魔導。僕は・・・――

――でもオーディンさんはもう居ない。それにイリュリアとの戦いで十分に助けてもらった。これ以上迷惑を掛けることは出来ない。一時とはいえ彼がくれた平和を取り戻すのが、残された僕たちの仕事だ――

クラウス達はオリヴィエ殿下をなんとしても“ゆりかご”に乗せないと考えていたのですが、ある事がきっかけとなり、それがオリヴィエ殿下の決意を確固たるものにしました。記憶の映像が、燃え盛る森のものへと変わる。

――クロー! どこだ、クロー!――

――皆さん、どうか返事をしてください!――

――魔女猫ー! みんなー! どこに居るー!?――

「アウストラシアの宣言したゆりかごの起動、威嚇による圧制を許さないという一部の国が、アウストラシアの聖王血統者と、それを庇護する国や団体を標的にして攻撃を仕掛け始めたのです」

魔女の森を焼き払ったのもそんな国の者たちでした。ヴィクターさんが「ダールグリュンの治めていたバルト三国も、その標的にされていたそうですわ」と肩を震わせ、番長さんも「クソが・・・!」と吐き捨てました。

「この事件の後、オリヴィエ殿下はアウストラシアへと式典に参加する為に、リッドと共に一時帰還したのですが、彼女はそのままゆりかごの聖王となってしまいました。シュトゥラ王家やダールグリュン帝が反発したのですが、それが聞き受け入れられることはなく。ですがシュトゥラ王家やダールグリュン帝の度重なる陳情のおかげか、たった1日だけシュトゥラへ戻ることが許されたのです」

――オリヴィエ! 解かっているのですか! 聖王のゆりかごの王となるということは、即ち死と同義なのですよ!――

――もちろん解かっています。もうベルカの大地を守るためにはこうするしかないのです――

――だからと言って何故あなたが! 他にはいないのですか! ゆりかごと同調できる血統者は!――

――同調率は私は一番高かったのです、クラウス。ですからその分、ゆりかごを長く飛ばせます。少しでもベルカが平和となるための時間が続くように――

オリヴィエ殿下がシュトゥラへ戻る道中、クラウスが騎士隊を率いて敵勢力との交戦をしているのを見て共闘し、これを撃退した後、クラウスはオリヴィエ殿下と問答を繰り広げました。そしてオリヴィエ殿下の意志が固いと判ったクラウスは・・・。

――僕も、リッドも、クロも、そしてきっとオーディンさんも、あなたを死なせたくないから! だから僕は無理やりにでもあなたを止めます!――

――クラウス。・・・ごめんなさい。それでも私はみんなの未来を守りたいんです!!――

クラウスはオリヴィエ殿下のため、オリヴィエ殿下はベルカのために、お互いに守りたいもののために拳を交え、そして・・・。

――あなたはどうか良き王となって、国のため民のために皆と一緒に生きてください。この大地が枯れぬよう。青空と綺麗な花をいつでも見られるような、そんな国を・・・――

「こうしてクラウスはオリヴィエ殿下を止めることが出来ず、オリヴィエ殿下はシュトゥラへ戻ることなくそのままアウストラシアへと帰り、式典の後にゆりかごへ搭乗し、以降クラウス達が再会を果たすことはありませんでした」

“聖王のゆりかご”の浮上を見、“ゆりかご”の威容が戦場の空を支配しました。その後、クラウスは10年以上に亘り戦場を駆け、その間にシュトゥラの王位を継ぎ、覇王として名を馳せました。

――オリヴィエ。あなたがゆりかごに搭乗して一体どれだけ経っただろうか。未だに夢を見る。あなたを止められなかったあの日を。僕があの時、もっと強ければあなたを救えたかもしれない。それだけが・・・――

クラウスの最期の瞬間。いつ息絶えるとも知れないほどに戦いで傷つき、足元には血溜まりが出来ている。空を仰ぎ見ればいつも変わらない曇り空。禁忌兵器が使われ始めた頃からベルカに青空なんて見ない。

――っ・・・!?――

クラウスの胸に突き刺さる一振りの長剣。ガクッと膝を突き、剣を投擲した相手を睨み付けたクラウスでしたが、逆光の所為でよくは見えなかった。ですが、禿頭と巨体という特徴で行方不明のイリュリア騎士団の元団長、グレゴール・ベッケンバウワーだということが判りました。

――オリヴィエ・・・、僕は・・・――

こうして覇王クラウスの生涯に幕が下りました。
 
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