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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「……プレゼントは、照れます」

 
前書き
 この日(12月5日)がプレミアの誕生日と聞いてから三時間ぐらいで短編としてでっち上げました 

 
「そういえばショウキの誕生日って今日だっけー?」

 趣味の食べ歩きから帰ってきたプレミアは、そんな言葉をリズベット武具店の外側から聞いていた。今まさに店内に入って、今日はどんなものを食べてきたかを二人に話そうとしていたところで、プレミアはピタリと扉を開く手を止める。

「誕生日……」

 誕生日というものはプレミアも知っていた、ケーキやチキンを食べられる日だというのを。それと周りの人にプレゼントを渡される日だというのも知っていて、プレミアは決意を込めて武具店の扉を閉めた。

「誕生日プレゼントです……!」

 ショウキに誕生日プレゼントを買ってくる――そんな使命を心に秘めて、店内にいるショウキの「来月の今日だ」という言葉を聞き逃しつつ、プレミアは再びフィールドへと歩みを進めていた。


「とはいえ」

 誕生日プレゼントというものの存在は知っていても、それがどんなものかはもちろんプレミアは知らなかった。どちらかというとケーキやチキンを食べる日だと記憶していたため、プレゼントの方まで頭が回っていなかったこともあったが。

「むむ……」

 唸りながら林の中を歩いていくが、さっぱり妙案は浮かばない。以前、普段のお礼に『プレゼントはわ、た、し』というのをやってみたところ、ショウキにはさっと逃げられた上に後でリズから怒られたので、どうやらアレはお気にめさなかったようだ、とプレミアも日々学んでいた。

 プレゼント。ショウキの好きなもの。刀。刀ならショウキはもういっぱい持ってます。ケーキやチキン。それはきっとリズが買っているでしょう。それならさっき食べた、アルゲートそばを買ってくればいい……! といった順で、プレミアの思考回路は進んでいく。そうと決まればと、アルゲートそばの店に戻ろうとした足がピタリと止まる。

「お金がありません……」

 ポケットの中に入れたユルドは、明らかにお土産を買うのに足りず、プレミアは膝から崩れ落ちた。ちょうど『給料日前』ということと、引っ越しで活動範囲が広がったことで、食べ歩きの頻度が増えたことが原因だった。要するに自業自得である。

「まだ……まだです」

 しかして諦めるのはまだ早いと、プレミアはまだ見ぬプレゼントを夢想しながら立ち上がった。足りなかったら稼げばいい、今の自分にはその力があるはずだと、プレミアはモンスターを求めて走り去った。モンスターを倒せばお金が貰える、というのはプレミアも聞いていて――どうしてですか? と聞いても答えてくれなかったが――とにかくモンスターを倒してお金を稼ごうとしたのだ。

 プレミアは走った。恐らくこの浮遊城で最も走った。最初はすぐ見つかるだろうと歩いていたのだが、さっぱり見つからないので走り出した。そのままずっと見つからなかったので走り続け、気づけば浮遊城でも指折りのランナーになった。

「へぶっ」

 転んでしまう。初めての長距離走に足がもつれてしまい、顔から地面へとダイブして乾いた地面に倒れ伏した。状況を知らない者が見れば、まるで行き倒れの死体のようだったが、プレミア本人は至って真面目だった。

「どうして誰もいないのでしょう」

 そのままプレミアはぐるりと回転して空を見上げた。先日、ピナに掴んでもらって飛んだ空はやはり大きく、転んで泥を被ったこともあって少し落ち着くと、ショウキを倣ってゆっくりと息を吐いた。ここアインクラッド第22層は、地上にモンスターがいないことが有名であったが、もちろんプレミアはそんなことを知るよしもない。

「君……大丈夫か?」

 そんな大地に寝転がるプレミアの視界に、突如として男のプレイヤーが広がった。大空を覆い尽くすような白髪の姿に、どれだけ巨大なプレイヤーなのかと錯覚するが、プレミアが立ってみればその背丈はもちろん巨人ということはなかった。

「大丈夫です。少し転んでしまって」

「これはひどい……ほら、これで拭きなさい」

「ありがとうございます」

 丁寧にも布巾をプレミアに渡してくれた男プレイヤーは、仮想世界では珍しい老人の姿そのままといったプレイヤーだった。種族の特徴らしい特徴はどこにもなく、プレミアが話に聞く現実世界の姿のようだった。

「……このアバターが気になりますかな?」

「はい。わたしと違います」

「ははは。まあ……昔いたところで少しありましてな。それより、その……もう少し隠しなさい」

「はい?」

 プレミアがタオルで身体を拭きながらも、ジロジロとプレイヤーの方を見ていたのが気になったのか、老人プレイヤーは朗らかに笑いながらも話をそらす。さらにプレミアが服の下をめくりながら拭いていると、老人が周りを見渡しながらリズのように注意がしてくれて、この人は『いいひと』です、とプレミアは考える。

「ありがとうございました。それと一つ聞いてもよろしいですか?」

「はあ……私でお答えできることであれば……」

 そうして『いいひと』と判断した老人に、プレミアは今までのことを簡単に説明する。お世話になっている恩人に誕生日のプレゼントをしたいのだが、あいにくと時間もお金も目当てもなく、どうすればいいか走り回っていたと。それで転んだと。

「なるほど……時にそのご仁、魚は好きですかな?」

「はい。一緒に食べたこともありますし、生ではダメだと教えてくれました」

「そ、そうですか」

 最近の若い者は分かりませんな――という言葉を小さくボヤキながらも、老人プレイヤーはプレミアの興味津々、どんな名案が飛び出すのかとワクワクしていることが見てとれる輝く目つきに耐えながら語りだす。

「そこの湖で釣り大会をするのですが、うまく釣れたら珍しい魚料理などプレゼント出来るやもしれませんぞ?」

「『つり』……?」

「おや、知りませんかな? この竿で魚を釣り上げるのです」

「なるほど」

 わざわざ老人プレイヤーがストレージから取り出してくれた釣竿を持たせてもらい、プレミアはリズベット武具店で見たことがあると思い出す。売れたところは見たこともないが。とにかく珍しい魚料理というのは魅力で、他の人とも被らずに自分らしいプレゼントだろうと、プレミアもそれをショウキに渡すところを想像していたくご満悦で。

「ですが、わたしはその釣竿を持っていません」

「安物でよければ、その釣竿をあげますよ」

「ありがとうございます。わたしも参加させていただいてよろしいですか?」

「はは、参加などという堅苦しいものではありませんので。ただ、昔のゲーム仲間の内輪イベントですので、少し居づらいかもしれませんが……」

「大丈夫です。わたしはもはや魚のプレゼントしか目に入っていません」

「その意気ですな。会場はすぐそこの湖ですから」

 こういう子なんだな――とプレミアの扱い方を早くも学習し始めた老人プレイヤーに連れられ、釣竿を貰ったプレミアは脳内で必死のイメージトレーニングを繰り返す。そんなイメージトレーニングの中、ふと、お互いに自己紹介をしていないことを思い出して。

「そういえば自己紹介をしてませんでした。わたしはプレミアといいます」

「おお、これは失礼を。ニシダ、と申します」

 老人プレイヤー――ニシダと名乗られ、プレミアは一瞬だけ目をぱちくりさせた。姿だけでなく名前まで変わっている、とプレミアが口に出す前に、林を抜けて会場の湖へとたどり着いた。そこには確かに大勢のプレイヤーがいたが、誰も鎧を装備したような者はおらず、釣りというのはプレミアが思っているより気楽なイベントらしいと思い直す。

「ニシダさん!」

「大丈夫でしたか、PKにやられたかと……」

「ははは。なに、ちょっと拾いものをしましてな。こちらはプレミアさん、さる事情で参加したいということです」

「孫娘か何かですか?」

「プレミア!?」

 そのニシダというプレイヤーの人望か、プレミアも含めて見たことのない数のプレイヤーに囲まれる中、聞いたことのある声がプレミアの耳に届いた。

「キリトに閃光師匠です」

「おお、キリトさんにアスナさん。来てくれましたか……お知り合いですかな?」

「え、ええまあ……プレミアちゃん、師匠はやめてってば!」

「今日はお招きいただきありがとうございます」

「いやいや、一番の大捕物をした相手を呼ばないわけには! ……と、失礼」

 ニシダさんを囲むプレイヤーとは少し距離を取っていた二人は、確かにキリトとアスナだった。どちらも私服姿のまま軽く挨拶を交わすと、ニシダさんは用意された目立つ高台へ登っていく。

「プレミアちゃんに釣りの趣味があったなんて知らなかったよー」

「いえ、はじめてですがニシダさんに誘われまして。つまり、師匠たちは釣りが趣味?」

「俺たちはニシダさんの古い知り合いでさ。まあ、同じく誘われたんだ」

「えー、大変長らくお待たせしました。あの事件から一年半、ようやく皆さんでここに戻って来れたことを……などという長話はよしとして!」

 そのまま《拡声魔法》を使ったニシダさんの声が湖に響き渡るとともに、辺りからまばらな拍手が向けられ、プレミアもとりあえず真似してパチパチと手を叩いていく。

「ルールは簡単、一番の獲物を釣り上げた人が優勝です。では久方ぶりの再会とともに、楽しんでいきましょう!」

 簡単な主催者の挨拶が終わり、拍手もそこそこにプレイヤーたちは目星をつけていたポイントへ向かっていく。どうやらニシダさんが来るまでに決めていたのか、迷いなく釣竿を持って中には飛翔する者までいて。

「ははは。これは出遅れてしまいましたかな」

「じゃあニシダさん。俺たちも二連覇を狙わせてもらいます」

「お手柔らかに。……もし前のようなのが釣れたら、よろしくお願いしますぞ」

 そう言い残すと、ニシダさんも小走りにポイント探しに向かっていく。先程まで沢山いたはずのプレイヤーが、気づいたらいなくなったことに驚きながらも、プレミアは貰った釣竿を握りしめて。

「プレミアは釣り、始めてだろ? 俺が教えてやるよ」

「私も初めてなんだ。一緒に頑張ろうね!」

「はい。誰にも負けません」

「き、気合い充分だな……」

 そうして経験者であるキリトに連れられて、プレミアは湖へと歩を進めていた。とりあえず言われた通りに釣糸を垂らして、ゆっくりと座り込んで魚が釣れるのを待っていると、プレミアは不思議な落ち着きを感じていた。これが『釣り』というものですか――と納得していると、釣竿がピクリと反応する。

「いいか二人とも。釣りっていうのは精神の鍛練だ。精神を集中して自分はここにいないと魚に思わせて――」

「釣れました」

「な!?」

「わ! プレミアちゃん上手いね!」

「そうでもあります」

 そうして幸いなことに、プレミアには釣りの才覚があったらしい。キリトの言う通りに釣糸を無心に垂らすなら得意分野というべきか、元なんの設定を持たないNPCの面目躍如というべきか。何が役に立つかわからない、と素材とにらめっこしてショウキが言っていた意味が、プレミアにもようやく分かっていた。

「くそっ負けるか!」

「キリトくん……」

 そのままプレミアに大差をつけられてたまるかと、キリトも指導を放棄してすぐさま釣竿に飛び込んだ。ただしプレミアとの差は全く埋まることはなく、ただただプレミアがキリトの分まで釣り上げる時間が過ぎていく。

「あ、キリトくん!見てみて、わたしも釣れたよ!」

「ぐぬぬ……」

「キリトくん……」

「む」

「プレミアちゃん、どうしたの?」

 コツを掴んだアスナもそこそこ釣れだしたものの、慌てたキリトは釣り運に恵まれることはなく。そのままプレミアに大差をつけたのみだったが、そのプレミアが釣竿を持ちながら苦い顔をして。

「すごく重いです。キリト、手伝ってもらえませんか?」

「え? ああ」

「……ちょっと待ってキリトくん。このパターン……」

「せぇ……のぉ!」

 釣竿がプレミアの筋力値では持てないほどに強く引っ張られ、このままではプレミアごと湖に引きずり込まれそうなほどの事態に、キリトは自分の釣竿を放り投げてプレミアのものを掴むと。そんな光景にデジャブを覚えたアスナの言葉を聞くことはなく、プレミアとタイミングをあわせて勢いよく釣竿を引っ張った。

『クギャァァァァァ!!』

 大地を引き裂くかのような金切り声とともに、プレミアの釣竿に引っ張られて爬虫類と魚類の進化途中のような、手足のついた巨大なシーラカンスといった様相のモンスターが現れて。その登場だけで湖の水を周囲にぶちまけたことになり、釣った当人であるキリトとプレミアは水浸しとなった。

「キリトくん、プレミアちゃん、大丈夫ー?」

「……ズルいぞ、一人だけ逃げるなんて」

「またキリトさんたちですかなー?」

「プレミアは下がって……プレミア?」

 アスナ含む他の釣り人たちは金切り声が聞こえた時点で空に逃げたらしく、強制的に水浴びさせられたのはキリトとプレミアだけらしいのは、呑気に遠くから見物しているらしいニシダさんの声でわかる。どうやって現れたかは忘れていたが、今度は武器を忘れることはなかったキリトは、手早く終わらせようと片手剣を取り出してプレミアを下がらせようとすると。

「いえ、わたしが戦います」

「え? いや……おい!?」

「ショウキへのプレゼントに相応しいレア物です――!」

 そうしていつかの日のように。シーラカンス系のボスは細剣によって討伐されたが、釣り大会の優勝者は以前の人物とは異なっていた。

「ショウキ。プレゼントです」

 そうしてリズベット武具店に帰るなり、びしょ濡れになったプレミアから、ショウキは皿に乗った刺身を渡された。いったいぜんたいどういう状況なのか分からず、その光景を共に見ていたリズも、ポロリと持っていたハンマーを取り落とした。

「わたしは本当に、ショウキたちに感謝してるんです。ショウキたちがいなければ、今のわたしはありませんから」

「ああ……それは、どうも?」

「だから、せめてものプレゼントです。これだけで恩返しできるとは思いいませんから……これからも、ここにいていいですか?」

「も、もちろん」

 非常に感動的な場面だった。今までずっとショウキたちに恩返しをしたいと考えていたプレミアが、小さな誕生日プレゼントとはいえようやく自分の手でショウキにプレゼントを渡すことが出来て、そんな心のうちを吐露することが出来たのだから。ただプレミアの姿が濡れ鼠でなくて、帰ってきたなりいきなりそんなことを言われず、本当にショウキの誕生日だったなら、ショウキもリズも涙を流すほど感動的な場面だったに違いない。

「……プレゼントは、照れます」

「ちょ……ちょっとプレミア! そんな濡れたまま歩き回らないの!」

 そこまでしてプレミアは『照れる』という感情を学び、顔を赤くしながら部屋に向かって逃げていく。ショウキよりも一瞬先に目が覚めたリズが、タオルを持ちながらそれを追いかけていき、ショウキはただ一人だけ嵐の去った部屋に残されて。

「……意外と、イケるな」

 
 

 
後書き
本当に即興だったので許して許して 
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