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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「わたしの部屋……なにもありません」

 
前書き
12月5日はプレミアの誕生日だと当日の夜に知ったので、即興の短編を投稿しましたので、予約投稿の時間で見に来た方は前話をどうぞ。いや別にいいかもしれない

昔話テイストにしようとしたために最初はですます調ですが、すぐに力尽きて普段の文体に戻っています 

 
 むかしむかし、あるところに。プレミアと呼ばれるようになった少女がいました。名前もなく記憶もなく住処もなく仲間もなく役割もなく、ただこの世界に放り出された彼女は、運よくその全てを手に入れることが出来ていました。

 その幸運を噛み締めながらも、リズベット武具店の自室から目覚めたプレミアは、ふと、自分の部屋を見回して思いました。

「わたしの部屋……なにもありません」

 そうなのです。プレミアの部屋としてあてがわれた部屋でしたが、そこにはプレミア個人のものは何もありませんでした。強いて言えば、ユイと一緒に買ってきたお揃いのパジャマと、いつぞや間違って買ってきた斧ぐらいでしょうか。ただしそれらは『いんてりあ』とは呼べません、とプレミアは考えると、途端にプレミアは自身の部屋が空っぽに見えてきたのです。

「こうしてはいられません」

 プレミアは急いでベッドから飛び起きながら、他の人の部屋はどんな様子だったか思い出します。ショウキの部屋は、かっこいいカタナが飾ってあり、ロッカーの中には大量のカタナがあり、ベッドの下にはカタナが置いてありました。リズの部屋には『こーひーめーかー』なる道具に、店のことをまとめた本と、壁には写真がよく飾ってありました。

 部屋というものは、その人がどんな人かが少しだけ分かるのだと、プレミアは聞いたことがありました。だけど今のプレミアの部屋は空っぽです。空虚です。ならばそんな部屋の主であるプレミアもまた、何もない空っぽなのでしょうか。

 そんなことはありません、とプレミアは思います。前のわたしならともかく、ショウキたちと一緒になれた今のわたしは、『空っぽ』ではないのです、と。

 無表情ながらもそんな決心を秘めたプレミアは、パジャマからいつものワンピース、さらにその上から外付けの鎧兜を装着し、細剣を腰に帯びて準備万端です。何かするにはまず形から入るべき、というものを聞いたことがあったからです。

「むん」

 そうして気合い充分の格好で、プレミアはがらんとした印象の自分の部屋に別れを告げると、居住スペースからリズベット武具店へと移動していく。とはいえこの時間、早朝にショウキとリズがいることは珍しく、今日もまた例外ではありませんでした。

「おう、おはよう」

「おはようございます。エギル。それに……」

 リズベット武具店の隣に設置された喫茶店には、朝方に全ての準備を終わらせておくというエギルの姿があります。それに今日はエギルの巨大な姿だけではなく、噂に聞く『よっぱらい』のように、グラスを片手に机に突っ伏した男がいます。

「……キリト? 大丈夫ですか?」

「……ああ、プレミアか……おはよ――って、なんだその格好!?」

「はい。気合いを入れました。どこか変でしたか?」

「変……っていうか」

「まあ座れよ。朝飯、用意してあるぜ」

「いつもありがとうございます、エギル」

 キリトです。眠そうな目で気だるげに挨拶をしていましたが、プレミアのフル装備を見たら目が覚めたようで、飛び起きながら驚いてくれました。対称的に何でもないように落ち着いているエギルからの誘いを受けて、黄金に輝くチャーハンが用意された机にプレミアは座ります。

「いただきます」

 大体プレミアの朝ごはんをこうして用意してくれるのは、開店の準備と時間がバッチリ合うエギルでした。何でも美味そうに食ってくれるから用意しがいがある、というエギルの言葉の通りに、プレミアはガツガツとチャーハンを頬張っていきます。

「それで……なんで町中で武器なんてつけてるんだ?」

「ふぁい。ふぁひゅはひはひひゃひゃひょ」

「た、食べ終わってからでいいぞ」

「……失礼しました。まずは形から入るべきと聞きましたので」

「何かあったのか?」

「はい。非常に大変な事態ですので、力を貸していただけると」

 いいタイミングで飲み物のおかわりを入れてくれるエギルに、どこか苦笑いしつつも心配そうにしてくれるキリトに、プレミアは事情を打ち明けることにしました。ただし自分が空っぽではないことの証明、ということはどうしてか恥ずかしくあり、ただ部屋に何もないことの相談となりましたが。

 ……プレミアは気づいていません。恥ずかしいから、という理由で隠し事をするAIというものが、どれだけ異常なものなのかを。

「部屋か……俺は寝に帰るだけだからな……」

「なるほどな……自分の好きなもんを飾ってみるってのはどうだ?」

「わたしの好きなもの、ですか」

 幸いなことに、そんな異常性は目の前の二人には伝わることはなく――当然です、 隠しているのですから――キリトはともかく、エギルはしっかりとした案を出してくれました。それを元にプレミアは考えてみましたが。

「以前、キリトとクラインに食べさせてもらった《辛口らぁめん》が好きになりましたが、アレは飾れそうにありません」

「……おい、キリトよ。よりにもよってアレを食べさせに行ったのか?」

「き、気に入ったみたいだからセーフだろ? ……プレミア、食べ物はなしだ」

「……食べ物はなし……ですか……」

 残念ながらプレミアが思い浮かんだものは、『痛さは強さ!』なるキャッチコピーを掲げた《らぁめん》なる食べ物でしたが、キリトから食べ物はなしだと言われて電撃を浴びせられたような感触に襲われます。好きなものと聞かれてプレミアの脳内に浮かんでいたものが、全てなしだと言われてしまったのですから。

「わかりません……」

「……悪いが、俺も力になれそうにないな。キリトよ、ユイちゃんはどうなんだ?」

「ああ、ユイに聞いてみるか。プレミア、いいか?」

「はい。問題ありません。それと、ごちそうさまでした」

 不幸なことに、そんなプレミアの悩みには目の前の二人は力になれそうになく。やはり頼りになるのはAI仲間という訳ではありませんが、プレミアが朝ごはんを食べ終わっている間に、キリトがユイを呼んでくれました。記憶のないプレミアにはもちろん分かりませんが、『おねえちゃん』がいたらユイのような存在のことをいうのでしょう。

「その前に。装備は戻しといた方が、話が早いんじゃねぇか?」

「確かに、気合いはたまりました。つまり、もう戦闘服でなくても構いません」

「いや、そういうことじゃ……まあいい。ユイ、起きてるか?」

「……はい、パパ。おはようございます」

 エギルの言葉に納得したプレミアが装甲を取り除いて、いつもの服装に戻るとともに、中空に妖精姿のユイが現れます。空中を自由自在に飛び回るその姿をプレミアはむしろ羨ましがっていましたが、ユイはあまり小さい妖精の姿を妹分には見られたくないらしく、プレミアの姿を見た途端に人間の姿に戻ります。それでも背丈は、プレミアとあまり変わらないのですが。

「おはようございます、皆さん。それにしても、今日はお早いんですね、パパ」

「あ、ああ……まあな」

「……もしかして、また徹夜でレア掘りに行ってたんですか? 約束したじゃないですか、あんまり徹夜ではやらないって!」

「確かにキリトは『てつやあけ』だそうですが、掘る……というと、噂に聞く『たいむかぷせる』という……」

「そ、そんなことより! ユイ、プレミアが相談があるらしいんだ」

「プレミアがですか?」

「はい。実は」

 徹夜明けから娘の説教とプレミアの謎知識に場をかき乱される前に、キリトは幸いにも話を流すことに成功した。事態を見守っていたエギルが、ユイのためのミルクをサービスで取り出すとともに、プレミアは今の悩みをユイにも相談します。もちろん自分が空っぽだということは秘密に、ただ、部屋に何もないことが気になるというだけで。

「なるほど……プレミアはまだ私物も少ないし、自分の部屋を貰ったのも最近ですからね」

「ユイの部屋を、参考に見せてあげればいいんじゃないか?」

「だ、ダメです! パパにはデリカシーが足りません!」

「わ、悪い……」

「そもそも飾る私物が無いんなら、ちょっと見てきたらどうだ?」

 名案とばかりに放ったキリトの言葉は、他ならぬ娘の手に……口によって即座に却下されました。代わりと言ってはなんですが、店の準備を終わらせたエギルが、何やらパンフレットを持ってきていました。隣同士に座るプレミアとユイに渡されたその紙には、女性プレイヤー向けの小道具を販売する雑貨店のことが載っているのです。

「わあ……ここ、最近すごく話題の雑貨屋さんなんだって、ママも言ってました! プレミア、ここに行ってみませんか?」

「そこで部屋を飾れるのですか?」

「はい。かわいい飾り物がたくさん売ってますから、プレミアが気にいるものもきっとありますよ。ありがとうございます、エギルさん!」

「ほ、ほら、ユイ。プレミアも。おこづかいあげるから、これで買ってきな」

「キリトも、ありがとうございます」

 おこづかいでパパ的な威厳を落とさないようにしようとするキリトでしたが、残念ながら雑貨屋を提示した張本人であるエギルには及ばなかったようです。エギルはうなだれるキリトの肩に手を置き、慰めるふりをした勝利宣言をしていましたが、もはやそんな光景は少女たち二人にとっては関係のない話です。

「ではプレミア! 早速行きましょう! あ、パパはすぐ寝なきゃダメですよ?」

「はい。善は急げ、です」

 そうしてプレミアとユイは男二人に見送られ、その店に向かっていきました。リズベット武具店からエギルに提案された雑貨屋さんはそう遠くなく、転移門を通ればすぐそこにある場所でした。それはリズベット武具店も雑貨屋も、転移門から近い好立地を店主が勝ち取っているからなのですが、まだプレミアにそんなことは分かりません。

「む」

「プレミア、どうかしました?」

「いえ、以前あちらに、リズとケーキを食べに行ったことがあるカフェさんがあるのですが、その時はこちらの『ざっかやさん』は目にはいりませんでした」

 前はなかったはずのものがあるとは、不思議なこともあるものです、とプレミアは首をかしげます。その彼女が以前に来た時には、食べる前からケーキに夢中だったというだけですが。

「それはプレミアがケーキに夢中だったのでは?」

「……なるほど。何かに夢中になるとそれ以外が消えてしまうとは、勉強になります」

 それはユイにも見抜かれていたようでしたが、プレミアはまた一つ、この世の不思議をしみじみと学びます。そんなことを話しながら二人は店に入ると、そこは少し雑多な印象を与えては来たものの、確かに噂になるに相応しい品揃えを誇っていました。

「わぁぁぁ……! プレミア、見てください! これなんかかわいいですよ!」

「はい。ユイがかわいいと思うなら、『かわいい』のだと思います」

「む……」

 そんな少女にとっては夢のような光景を前にして、ユイのテンションが少し上がりますが、姉的な立場の前にどうにか思いとどまります。今回はプレミアのために来たのですから、落ち着かなくてはいけません、とユイは自分に言い聞かせます。

「それじゃダメですよ、プレミア。プレミアのために来たんですから、プレミアがかわいいって思わなくちゃ」

「ふむ……」

 そうしたユイの内心はもちろん知りませんが、プレミアは素直に忠告にしたがって、まずは改めて店内を見渡します。まだ朝というタイミングだからか、店内にはあまり人はおらず、店番も専用のNPCのようでした。ただしたくさん並んでいる雑貨にはあまり『ピンとくる』ものがなく、どうしたものかとプレミアは悩みます。

「ありました」

「どれですか?」

 そうしてプレミアは、店内にあったものの中で最も『かわいい』ものを決めました。

「あのアルゴそっくりのものが一番かわいいです」

「はい?」

 ただしワクワクと問いかけたユイが聞いたものは、彼女の想像を絶するものでした。もちろんユイ本人も雑貨屋は見て回っている、どころか、プレミア以上に興味津々でしたが、プレミアが言う『アルゴそっくりのもの』に覚えがありません。

「……どれのことですか?」

「あのフードを被ったものです。どう見てもアル――」

 ――それ以上の言葉は、少女たちの口から発せられることはありませんでした。疾風のような速度で少女たちの口を塞ぎ、一瞬のうちに雑貨屋から離れていったのですから。まるでプロの誘拐犯のような鮮やかな手口に、採点員がいたら万雷の拍手を送っていたことでしょう。

「むー!?」

「ゆっくり。ゆっくりダ……落ち着けヨ……」

 そうしてユイたちが気づけば、雑貨屋の前のカフェへと来ていました。必死の抵抗も空しく誘拐されてしまいましたが、誘拐犯に二人をどうこうする気はないようです。ゆっくりと二人の口から手を離し、フードからその顔を晒します。

「……アルゴさん?」

「なんということでしょう……アルゴそっくりの雑貨からアルゴ本人になりました……!」

「いや、そういうことじゃなくて……だナ……」

「そういうことではないなら、お久しぶりです。ごきげんよう」

 なんと誘拐犯の正体は、突如としてアルゴそっくりの雑貨からアルゴ本人に姿を変えた、かの《鼠》の渾名を持つ情報屋でした――というのはともかく、プレミアのマイペースさに調子を崩されたアルゴが、どうしたものかと肩を竦めます。

「いきなり酷いです、アルゴさん!」

「悪い、悪かっタ……お詫びにここのケーキでもご馳走するヨ」

「それは、とても嬉しいです。ありがとうございます」

「ちょっと……プレミア!」

 知り合いとはいえいきなり誘拐などとしでかして、一体どういうことかとユイはアルゴを問い詰めようとしますが。さっと話題をそらしてプレミアをケーキに誘導するアルゴを前に、ユイは怒るに怒れなくなってしまい。

「ユイちゃんはいらないのカ?」

「……いります」

 せっかくなのでケーキをいただくことにしました。


「むふー」

「プレミアは相変わらず、いい食べっぷりだナー」

「……それで、どういうことなんですか?」

「あー……まあ、それはだナ……」

 そうして名物のケーキを三人で舌鼓を打つとともに、それはそれとしてユイはアルゴを問い詰めると。歯切れの悪くまたごまかす口八丁を考えようとするアルゴに、ユイは他者にも見えるようにシステムメッセージを表示する。

「これ以上ごまかす気なら、今すぐママを呼びます」

「あーわかった、わかったヨ! ……ママに似ていい子に育ってるみたいだナ……」

「ありがとうございます」

「……オレっちもそこそこ名の売れた情報屋をやってるわけダ。イメージってのは重要なんだヨ」

 しかしてよく出来た娘の脅迫に耐えることは出来ず、アルゴは観念して細々と語りだした。アルゴとしてはその一言だけで察してもらいたかったようだが、ユイは続きを促すように首をかしげているし、プレミアは話し半分でケーキに夢中だ。

「……つまり、オレっちがかわいい雑貨を買いに来てるなんて噂がたったら、その、商売がやりにくくなるんだヨ……」

「……そういうものなんですか?」

「アルゴがかわいいものを買って何が悪いのですか?」

「そういうものなんだヨ! とにかく、ヒミツにしてくれないと……あー……酷いからナ!」

 あの神出鬼没、正体不明の《鼠》がかわいい物目当てに雑貨屋巡り――ともなれば、確かに《SAO生還者》辺りからすれば、噂の出所を確かめる程度にはスキャンダルだったが。そんな駆け引きはまだ少女たちには難しいらしく、二人してケーキを食べながら首をかしげています。

「よくわかりませんが、わかりました。秘密だと頼んでくれるなら、秘密です」

「……そうですね。プレミアの言う通りです」

「助かるヨ……」

 アルゴも普通のプレイヤーが相手ならば、弱味をちらつかせて口封じするだけで済む話だが、この二人を前にしたら「酷いからナ!」などと小学生のようなことしか言えないとは。力がどうしようもなく抜けていくことを感じながら、それはそれとして、アルゴも気になっていたことを聞き返します。

「なあプレミア。ちゃんと変装していたつもりだったんだが、どうして分かったんダ?」

「アルゴはアルゴですから、当然です。ごちそうさまです」

「……ナルホド」

 ……成程、などとはもちろん言ってみただけである。ユイにはバレていなかったわけで、アルゴの変装が下手だった訳ではないようだが、はてさて。

「そういえば、アルゴに聞きたいことがありました。お金もあります」

「……さっきのことをヒミツにしてくれればお釣りがくるヨ。なんダ?」

「はい。実は」

 これがキリト辺りならば値段交渉に繋がる流れだったが、アルゴといえども満足げにケーキを頬張って、頬にクリームをつけたままのいたいげな少女と交渉する気はなく。プレミアの頬を拭いてやりながら内容を聞いてみれば。

「わたしが空を飛ぶ方法を知りませんか?」

「ン……ああ、ナルホド」

 今度こそ本当に成程、とアルゴは言えた。この世界は空を飛べることが前提となっていることが多々あり、その中で空が飛べないプレミアは確かに不便だというのは、以前から分かっていた。

「先日、ピナが飛ばしてくれて気持ちよかったので、アルゴなら何かご存じないかと」

「わたしは何も分かりませんでした……」

 とはいえ、本来は飛ぶことが出来ない、ということが屋外ではありえないゲームに、ユイも打開策を見つけることは出来なかった。……とはいえ、そんな不便な状況を特に改善しようとしていなかったのは、ショウキに抱えられて飛ぶプレミアがとても満足げだと、ショウキ当人以外は知っていたからだったが。

「……心当たりがない訳じゃないガ……」

「それで充分です」

「……女神、ダ」

 流石は《鼠》の面目躍如といったところか、不承不承ながらアルゴは手がかりを語りだした。本来ならば情報として売り出すことすらはばかられる、もはや希望的推測としか言えないものだったが。

「女神、ですか?」

「ああ。女神系のNP……女神って呼ばれる連中は、翼も日光がなくても浮いてるからナ」

「なるほど!」

 特定のクエストにしか出現しない女神と呼ばれる専用のNPC……どうしてかプレミアの前でNPCと呼ぶのははばかられて、アルゴは少し口を濁したものの。この《アルヴヘイム・オンライン》の住人である彼女らは、どんなフィールドだろうと浮遊することが出来るのは事実だ。

「……まあ、女神に会えるわけもな――」

 ただし女神系のNPCが現れるクエスト、例えば《天使の指輪》などは決まって高難易度であり、流石のアルゴと言えどもプレミアを連れての攻略は難しく。他に方法はないものかと、ケーキと一緒に頼んでいた紅茶を優雅に嗜みながら、背もたれに身体を預けていると。

「では、知り合いの女神に頼みにいってみましょう!」

「……ハ?」

 ――名案を思いついたかのように笑うユイに、アルゴは椅子から転がり落ちかけた。



「ショウキ、こっちこっち!」

 一方、現実にて。ショウキはリズに呼び出され、待ち合わせ場所である公園に赴いていた。もはや驚くこともないが、ショウキとて随分と早く到着しているにもかかわらず、リズは先に場所取りまで済ませていた。

「悪いわね、わざわざ呼び出しちゃって」

「いや……どうした?」

「そんな大したことじゃないわよ」

 別に公園に何があるわけでもない。ならばリズに何かあったのかと、内心では逸っていたショウキを見透かしたようにリズは苦笑して。そんな簡単なやり取りでも、こちらの考えをお見通しとは――と感服しつつ、ショウキはリズの前の席に座ると。

「大したことじゃないのにわざわざ呼び出したのか?」

「ええ。これからちょっと、忙しくなりそうだから。その前に会っときたかったのよ……なんてね」

 そうは言うもののリズの表情からは厳しさや辛さなどを感じることはなく、あくまで嬉しい悲鳴からか忙しくなる様子で。ショウキがそんな彼女の表情をうかがっているのがバレたのか、照れくさそうに笑うリズにいわく。

「この夏休み、お母さんの知り合いのお店に修行させてもらうことになったの。自分の店を持ちたいなら、どんなに辛いか見てきなさい、って」

「…………」

 リズの将来の夢である、現実でも自分の店を持つというもの。両親からは反対されていたとショウキは聞いていたが、その申し出は激励なのか諦めさせたいのか。とはいえ両親の思惑がどうであれ、リズがどう選択するかは決まっている。

「……よかったな」

「ええ! もうバッチリとコツを盗むつもりよ! ……だからその、プレミアにちょっと言っておいてくれる?」

「あー……実はその……」

 もちろんリズがログインできる頻度は少なくなるだろうと、あちらの世界の店でのアルバイト兼同居人に教えておいてくれないか、という彼女の願いに……ショウキは即答しかねた。理由は明白であり、怪訝な表情で首をかしげるリズの追求の前に、自分から口を開いていた。

「俺も、なんだ。やりたいことが見つかったから、少ししたら、向こうにはいけなくなるかもしれない」
 
 

 
後書き
こんな感じでプレミア側とショウキ側が交互に進行する分かりにくいスタイル 
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