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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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94話:墓穴

宇宙歴795年 帝国歴486年 4月上旬
首都星ハイネセン キャゼルヌ家
ダスティー・アッテンボロー

「前回はシチューでしたから、今回はロールキャベツにしてみましたのよ。お口に合いましたかしら?」

「はい。とても美味しかったです。シチューに引き続き、ロールキャベツも好物になりました」

「夫人の料理を頂くと、好物が増えてしまいますね。ユリアンもまた料理の指導をお願いしたいとのことでした。よろしくお願いします」

ヤン先輩と俺は、キャゼルヌ先輩の奥様、オルタンスさんにお世辞抜きの感想を伝える。前回のシチューも絶品だったが、今回のロールキャベツも『絶品』以外の評価が浮かばない。元ジャーナリスト志望としては、今少し語感に富んだ表現を使いたいところだが、『旨いものは旨い』と言うのが突き詰めた感想と言うものだろう。オルタンスさんも、ヤン先輩の養子になったユリアンも料理の腕前は大したものだ。それに家事も万全。

それに比べて、俺の姉たちのずぼら加減はとんでもないものだ。結婚の話も聞かないし、実家に帰れば俺も掃除を手伝うくらいだ。もっとも『結婚するために料理の腕前を上げて胃袋を掴もう!』などと言った所で、3人の姉たちから集中砲火を食らうだけだ。3人がかりで来られては退路の確保もおぼつかない。そういう意味で実家では、親父は自分の書斎にこもっているのは『戦略的撤退』なのかもしれない。今度、帰省した時には突っついてみるとしよう。

「ユリアン君は一度教えたら吸収してしまうから、生徒としては満点ですけど、教師として教え甲斐が乏しいのが悩ましい所ですわね。いつでもお待ちしておりますわ。気軽に来てくださいとお伝え頂けるかしら」

「ありがとうごさいます。本来なら今日も同席したがっていたのですが、フライングボール部の強化合宿と重なってしまいまして。残念がっていましたし、チケットの方はきちんと頼んであるとのことでした」

「助かるわ。ご近所の婦人方の間でフライングボールが人気でね。なんとかお願いしたいと強引に頼まれてしまって。なんでも通はプロリーグじゃなくてジュニアのアマチュアクラスの時から応援するものらしいわ。コアなファンからはユリアン君も『将来のエース候補』と注目されているんですって。素人目線でも、確かにすごい活躍だったわ」

シルバーブリッジ街は高級軍人の官舎が立ち並ぶ地域だが、宇宙空間での感覚を養う意味でもフライングボールは軍人の子弟に人気のスポーツだが、ユリアンがそこまで活躍しているとは知らなかった。

「応援に行って頂いたようで、ありがとうございます。わたしはどうも騒がしいのが苦手でして......。一度は観戦に行こうとは思っているのですが......」

「ヤンさんが観戦に行くと、それはそれで騒ぎになりそうですものね。さすがに決勝戦まで進めれば記念に一度足を運んでみても良いかもしれないけど、任務との兼ね合いもあるでしょうから無理される必要はないかもしれませんわね」

ヤン先輩は『エルファシルの奇跡』以来、軍部の若手の中ではかなり市民に顔を知られている。当初はサインを頼まれても慣れない笑顔で応えていたが、何かと心外な思いをしていたらしい。最近は人が集まるような場には意識して行かないようにされていたはずだ。

「ヤンにも事情があるからな。その辺にしておいてやってくれ。シャルロット達は寝付いてくれた。あとは男どもで好きにやるからゆっくりしてくれ」

『それではごゆっくりどうぞ』と言い残して、オルタンスさんはダイニングを後にした。場所をリビングに変えて、料理から酒を楽しむ時間に変わる。キャゼルヌ先輩が先導し、ヤン先輩がウイスキーの瓶を、俺がグラスとアイスペールをもって後に続く。ヤン先輩がキャゼルヌ先輩の家にお世話になる時は『シロン産の紅茶』か、『20年物のウイスキー』を差し入れる。自分が飲むのもあるだろうが、今夜は美食に美酒が続くわけだ。これで話題が『明るい』物なら良いのだが......。色々と漏れ聞いている所ではそうもいかないだろう。

「同盟軍の准将と中佐を手なずけるとは......。あいつの料理も大したものだ。それにしても昇進スピードだけ見たら期待のホープなんだろうが、きな臭い噂が流れているな。お前さん方は貧乏くじを押し付けられかねんからな。早速情報交換といこう」

ウイスキーのロックが入ったグラスがいきわたると、軽くグラスを交わしてから本題が始まった。

「これはビュコック提督から漏れ聞いた話ですが、統合作戦本部ではイゼルローン要塞の攻略案が検討されているようですね。シナリオとしては帝国の内戦を考えているようです」

「私は親父が情報元ですが、帝国が進駐した以上、同盟もフェザーンに進駐してそちらからの帝国侵攻を主戦派の議員がふれ回っているらしいですね」

キャゼルヌ先輩はグラスの中で氷を回しながら考え込んでいる様子だった。

「補給の面から考えると、フェザーン進駐には補給線を厚くしないと困難だな。エルファシルの復興が一段落して駐留基地も完成した以上、一度戦線を押し戻した上で、補給基地を最低2つは新設しないと実行できないだろう」

「イゼルローン要塞に関しては『内戦』を想定すれば可能性はゼロではありません。ただ、前回イゼルローン要塞攻略戦から既に20年近く経過しています。要塞の防衛戦力も改訂されている可能性が高いですし、実際、作戦の立てようも無いでしょう。
シトレー校長は帝国艦隊を並行追撃する事で、要塞砲を無力化することをお考えのようです。仮に帝国が『内戦状態』になれば増援部隊の到着は従来より遅くなるでしょうし、要塞主砲さえ無力化できれば勝機はあると思いますが......」

ヤン先輩が言葉を濁すのは、過去2回のイゼルローン要塞攻略戦は言ってみれば『増援が来たタイミングを見越した攻勢防御戦術』が取られている。だからこそ駐留艦隊は艦隊戦を挑んできたが、防御に徹した場合は要塞周辺の制宙権を維持すれば良いだけだ。要塞主砲の射線も正確には分析できていない状況では、こちらから艦隊戦は仕掛けられない。防御に徹っしられたら『並行追撃による要塞主砲の無力化』は実行不可能だ。

「敵さんも増援が遅れるのは分かっている以上、前例とは違う対応を取るだろう。要塞を無視して進撃する事は出来ない訳だから、艦隊戦も挑んでは来ないだろうな。難しい所だな」

「はい。仮に内戦に突入した場合、イゼルローン要塞にはかなりの期間独力で防衛できるような手配をリューデリッツ伯がするはずです。分の悪い賭けになると思います」

そこで香りを楽しむようにグラスを傾けてから、ヤン先輩は言葉を続ける。

「もう一つの懸念は内戦の結果、どちらの陣営が勝利するか?という点にあります。門閥貴族を中心とした保守派が勝利した場合は、帝国の民衆も将来に不安を持つはずですから、安定するまでかなりの時間がかかるでしょう。一方で、軍部を中心とした改革派が勝利した場合は、帝国の民衆にとって同盟は門閥貴族の共犯者というレッテルを貼られることになります。仮に戦争に勝利できたとしても、統治がおぼつかない状況になるでしょうね」

「そういう意味では嫌な噂を耳にしたな。フェザーンを通じて門閥貴族側から政府にアプローチが来ているらしい。フェザーンとしても過去に進駐された経験もあるし、今の体制では一番消費が見込める軍関連の利権から締め出されつつあるようだ。『敵の敵は味方』というが、その味方候補が『帝国の民衆の敵』となると大局を見誤ったという所だな」

「同盟の事だけを考えれば『内戦状態』を長引かせて、その間に戦力の拡充を図るのは分かりますが、門閥貴族と手を結ぶというのは納得できない部分がありますね。下手をすると同盟でも激論が交わされることになりそうですが......」

軍部でいえば、もともとは『帝国の圧政から民衆を解放する』というのは大きな大義名分だし、戦没者の遺族たちの心境も、門閥貴族と言うのは『圧政』の象徴の一つだ。どのタイミングで公表するのか?仮に公表しない場合は、改革派が勝利した場合、特大の爆弾を抱え込むことになる。帝国の民衆の怒りを背景に帝国軍が攻め込んで来る前に、政府がレームダックと化してしまうのではないだろうか。さすがに噂の段階だし、軍人だからこそ入手できた情報をむやみに外に流すわけにもいかない。

「フェザーン進駐の話も少しでも改革派の戦力を引きつけようという謀略の一環なのかもしれないね。だが、漏れ聞くところではフェザーン回廊の向こう側のアイゼンヘルツ星域には大規模な駐留基地があると聞きます。同盟がフェザーンに進駐したとしても、そこから侵攻する事は難しいでしょうし、保守派を帝国の中心と外縁から挟撃できる体制でもあります。今更ですが、これも彼の仕込みですからね。かなり以前から『内戦』も想定して動いていたのでしょう。彼がこちらに生まれてくれていたらとつくづく思いますね」

ヤン先輩がため息をこぼしながら本音を漏らした。親父の調べによると『伯爵家の当主』でありながら気さくな人柄なうえに、身分を問わずに抜擢もするし、その後のフォローも欠かさない。親父に言わせると『理想の雇い主』らしいし、聞く限りでは『当たりの上官』ではあるだろう。そしてかなり以前に打った手が後々にもう一度活きてくるあたり、優れた『戦略家』でもある。シトレー校長ならともかく、あの『事なかれのサンフォード』や『ファッション右派キャスター』では太刀打ちできる相手ではないだろうな。俺もため息をつきたくなった。
とはいえ、独裁制に対抗するために同盟が軍事独裁政権化するとしたら、それこそ、本末転倒だ。同じようなことを先輩方も考えたのだろう。視線が合うと2人とも苦笑いをしていた。今期から正規艦隊司令部の参謀役に転出するが、戦略的なことも考えたほうが良いのだろうか?さすがに部を越えたことをあれこれ考えて、本分がおろそかになっては、それこそ本末転倒なのだが......。 
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