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戦国異伝供書

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第十七話 大返しの苦労その八

「そういうことじゃ、ではな」
「これからはですな」
「わしはわしの陣に戻る」
 そうすると言うのだった。
「ではな」
「はい、それでは」
「また言うが精々尻尾を隠しておれ」
 立ち上がろうとするその中でもだ、長益は松永にこう告げた。
「何時までも出来ると思わぬことじゃ」
「では若しそれがしの茶に毒が入っているなら」
「わしが飲めば終わりであった」
 まさにだ、そうなっていたというのだ。
「お主がな」
「殿の弟君を毒殺したとなって」
「確実にそうなった、しかしわしはまだ死ぬつもりはない」
 長益はまだ茶を楽しみたい、それで毒が入っていると思われる茶に口も手もつけることはしないのだ。
「だからじゃ」
「それがしの茶は飲まれませぬか」
「決してな、精々お主一人の茶を楽しんでおれ」
「それは寂しいことですな」
「寂しくなるのも自業自得じゃ」
 松永のこれまの行い故にというのだ。
「まことにな、まあその平蜘蛛は見事じゃ」
 その茶器を見てだ、長益はそれは誉めた。
「兄上が誉めるだけはある」
「この平蜘蛛はそれがしの命ですので」
「誰にも渡さぬか」
「これだけは」
「お主が若し謀反を働いてもじゃ」
 企ててもというのだ。
「兄上もそれを差し出せば許そう」
「そうなのですか」
「兄上は寛容じゃ、一気にことを進められるが」
 その政たるや果断だ、先の先を読みそうして政を進める。それが信長の政だ。
 だがそれと共にだ、彼はなのだ。
「器の大きい方、例えな」
「それがしが謀反を企てても」
「そしてじゃ」
 しかもと言うのだった。
「そもそもお主を召し抱えていることもじゃ」
「殿だからですか」
「兄上以外に誰がお主の様な者を使うか」
 松永の様な危険極まりないとみなされている者をというのだ。
「大体のう」
「それでなのですか」
「何かあってもそれを差し出せばじゃ」
 平蜘蛛、それをというのだ。
「許されるとは言っておく」
「左様ですか、しかし」
「それを差し出すならか」
「それがし願っていまして」
「願いとな」
「死ぬ時は」
 その時はというのだ。
「その平蜘蛛と共に」
「茶器と共にか」
「そう思っております」
「そこまで平蜘蛛に入れ込んでおるか」
「左様です」
「そうか、茶器が好きなのか」
「いけませぬか」
 長益に笑みを浮かべて問うた。
「このことは」
「それはよい」
「よいですか」
「認める、わしは茶が好きじゃ」
 もっと言えば茶に全てを注ぎ込んでいると言って過言ではない。長益の茶道楽はそこまで至っているのだ。
「だから言うが」
「茶器を好きなことはですな」
「愛しておるな」
「まさに」
「そのことは認める、わしもお主が虫唾が走るまでに嫌いじゃが」
 それでもというのだ。 
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