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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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63話:それぞれの対応

宇宙歴785年 帝国歴476年 8月上旬
バラード星系 惑星テルヌーゼン
自由惑星同盟軍 士官学校
ジャン・ロベール・ラップ

「ヤン~!こっちよ~」

一緒にベンチに腰かけていたジェシカが、図書館から出てくるのが見える。ヤンも軽く手を振り返す。もともと苦手な科目は手を抜きがちな奴だったが、シトレー校長の粋な計らいを名目に、さぼりにも拍車がかかっているが、大丈夫なのだろうか?まあ学年首席のワイドボーンをうまくいなして戦術シミュレーターで破った実績があるから、その辺も踏まえて行動しているのだろうが......。

「やあ。ジェシカ、ラップ。こんなところでどうしたんだい?」

「どうしたんだい?じゃないわよ。ヤン?今日のランチは3人で取る約束じゃない」

ヤンは頭を掻きながら少し困った顔をしている。ジェシカは隣接する音楽学校の生徒だ。交流を目的としたダンスパーティーで知り合った。その場にヤンもいたが、奴は戦術にはめっぽう強くてもダンスは苦手だ。その場ではフォローのつもりだったが、ダンスのパートナーを務めたのが私だったこともあり、ヤンはジェシカに一歩引いた対応をしている。確かに私はジェシカに好意を持ってはいるが、ヤンの親友でもある。あまり気にすることは無いのだが......。

「今日もシトレー校長の罰を名目に資料整理をしていたのね。貴方のことだから放校になるような事にはならないと思うけど、少しは気を付けないと教官たちにまで目を付けられるわよ?」

ジェシカがからかう様子で声をかけると、ヤンはまた困った様子で頭をかきだした。もともと戦史研究科に在籍していたヤンが、戦史研究科の廃止に伴い、戦略研究科へ転科することになった際、本人以上に戦史研究科の廃止に憤り、抗議活動を始めたのがジェシカだ。当人のヤンは士官学校に入学した時点で軍属扱いになるため、受容するしかないと分かっていたようだが、ジェシカの熱意にほだされて、しぶしぶ活動を共にしたし、私も親友を自認する以上、当然参加した。
それがきっかけで私たちの絆は深まったが、ヤンはその責任を取って、戦史研究科が所有していた書籍の収蔵先の目録を作るという、一見処罰にみえるシトレー校長の粋な計らいを受けたと言う訳だ。

「今日の昼食は何にしようか?いつも通りならAランチがお薦めという所だろうが......」

話を逸らそうとしたのだろうが、さすがにあからさまだろう。だが、これもいつもの事だ。さすにジェシカも気づいただろうが、見逃すことにしたらしい、3人で学食へ向かった。

学食へ入ると、一角にあるモニター画面に人だかりができていた。何事かとも思うが、まずは食券を買い、カウンターへ向かう。各々がランチを調達すると、空いているテーブルに腰かける。ヤンはまず紅茶を口に含んだ。紅茶好きなのは知っているが、学食の紅茶では香りもへったくれも無いだろうに......。

私たちがゆっくりとランチを取り始めると、モニターの一角から駆け寄る人物がいた。ヤンが当直だった際に門限破りを見逃してして以来、何かと恩に着て一緒にいる事が増えたアッテンボロー候補生だ。

「先輩方も、ジェシカ嬢も大物ですね。大変ですよ!帝国軍がフェザーンに進駐したようです。詳細は不明ですが、大手のネットワークニュースはこの話題を繰り返し報道していますよ!」

「帝国がフェザーンに進駐かあ。どうやら6月からの大規模な攻勢は、同盟軍の目を最前線に向けさせる事にあったようだね......」

ヤンは、特段驚くでもなく、ランチを取っていた。さすがに私も驚きを隠せない。アッテンボロー候補生はあきれた様子で首を横に振っている。

「フェザーンの非武装中立は人類の起源から定められたルールと言う訳ではないからね。フェザーン自治領が設立されて100年と少し、帝国との戦争が始まってもう少しで150年。非武装中立にしておいた方が便利だからそうだっただけで、そうでなくなれば当然、帝国がフェザーンに進駐することも、逆に同盟がフェザーンに進駐することも十分にあり得るさ」

「ヤン教授の歴史講義はその辺にして、実際、同盟軍が打てる手は何があるかな?戦力化した宇宙艦隊はイゼルローン方面に出払っている。戦力化中の艦隊を今から派遣したとして、直ぐに派兵を決めても40日はかかる事になるが......」

私が話題を変えると、アッテンボロー候補生が思い出したように意見を述べる。

「先輩、そもそもフェザーン方面に補給線なんて存在するんですか?ランテマリオ星域から先は、星間パトロール位しか行き来していなかったはずですし、民間用の補給港があるくらいですよ?あとは不良債権化して廃棄された資源採掘施設があるくらいです。フェザーン方面に派兵なんて実行できるんですか?」

「無理だろうね......。イゼルローン方面への補給線ですら満足に構築できていない。本来ならエル・ファシル辺りに3個艦隊クラスの駐留基地でも作れれば、かなり状況は良くなるが、まずは宇宙艦隊の戦力化を優先する判断をしている。それに今年度はすでに6個艦隊を動員した事で、予算に余裕もないだろう。フェザーンから救援要請でも受けて、実費は払ってもらえるとかならまだ可能性はあるが......」

そこでヤンは一旦言葉を区切り、紅茶を口に含む。横目で見るとアッテンボロー候補生もジェシカも先を急かすような視線を送るが、どうやら効果は無いようだ。

「名目上とは言え、フェザーン自治領は自治権を帝国から与えられている存在だ。進駐前ならともかく、既に進駐が行われた以上、同盟に帝国軍の排除を頼む判断をするより、目的の達成に協力して一日も早く撤兵してもらう事を考えるだろうね」

なにやら敗訴の判決を聞いているような気分だ。場が静まり返って、ヤンは今更、雰囲気が悪くなったことに気づいたらしい。

「今夜の夕食を食べる前に、明日の朝食の心配をしても仕方がない。まずは自分たちがやれることをやるしかないさ」

頭を掻きながら場の雰囲気を変えようと気の利いた事を言ったつもりのようだが、残念ながらその試みは失敗したようだ。だが、それが妙におかしく、ヤン以外の3人で、顔を見合わせて思わず笑ってしまった。


宇宙歴785年 帝国歴476年 8月下旬
首都星ハイネセン レベロ代議員事務所
ジョアン・レベロ

「我らが帝国は以上の調査の結果から、先年の恐れ多くも皇族暗殺に関して、地球教団が組織的に関与した事。その為の資金援助を含めた買収工作を、一部のフェザーン商人と、自治政府内部の職員が実行した事に確信を得ている。フェザーン自治領主であったワレンコフ氏は我らが帝国の参考人招致に快く応じてくれた。統治機構については、自治領主代行には補佐官の一人であったルビンスキー氏を充てた。治安の回復が確認され次第、帝国軍はフェザーン自治領からの撤兵を開始するであろう」

この数日間、何度も流れた帝国側の公式見解を述べるブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵のVTRが流れている。帝国のフェザーンへの進駐は、政府にとっても、軍部にとっても寝耳に水の事態だった。戦力化を終えた宇宙艦隊はイゼルローン方面で帝国軍と会敵中。残存戦力と地方星系のパトロール艦隊を糾合して、フェザーン方面へ派兵する案も出たが、そもそも補給線も無ければ、予算もなかった。『対応策を検討する』という名目で、各部署で会議は開かれているが、それらはパフォーマンスに過ぎない。同盟に出来ることは無かった。

「悪逆なる帝国の主張がそもそも信じるに値するのか?また撤兵に関してもどこまで約束が果たされるのが疑問が残ります。同盟政府には速やかに軍事オプションを含んだ対応策の実施を期待します。では、次のニュースです」

主戦派の立場を取る女性アナウンサーが、私見を混ぜながらニュースを締めくくった。たしかウインザーとか言ったか?政界入りも取りざたされているが、これが代議員候補とは頭が痛い。マスメディアは好きなことを言うだけだが、政府には予算という制約がある。当選すればさぞかし現実味のある素晴らしい提案をしてくれることだろう。思わずため息が出た。

「レベロ、またため息が漏れているよ。こういう時こそ政治家は明るい顔を嘘でもしなければ市民が不安になるだろう。まあ、君は大抵しかめっ面だからあまり関係ないかもしれないが......」

「ホアン、茶化すのはやめてくれ。帝国からの資料が事実なら同盟は帝国憎しに引きずられて誤った判断をしようとしている。おまけにこのまま行けば、最高評議会議長の椅子は、『事なかれのサンフォード』議員が務めることになる。前例のない事態に、前例の踏襲しか出来ない人間を最高評議会議長にするなど、ジョークでも笑えない。
ましてや主戦派の声が大きすぎて、地球教が実際に危険な存在なのかを捜査するどころか、悪逆なる帝国から弾圧された悲劇の宗教と言う論説まである。同盟内部にも、地球教の勢力が浸透しているのではないだろうか?この件が真実なら、帝国は膿を排除できるのに対して、同盟には膿が残る、もしくは増えることになるだろう......」

「本来なら、この数年のディナール安がすこしでも戻るはずが、変化はなく。逆に、フェザーンマルクに対しての帝国マルクが上昇している。フェザーン人たちは少なくとも帝国の主張を信じている......。だったかな?何度も言われなくても私だって理解している。だが、今の議会の雰囲気では反社会活動防止法を自由惑星同盟の歴史上はじめて、地球教を対象に適用するのは無理だ。私たちは法を守らせる側の立場だ。地道に事を進める事しか今はできない。そうだろう?」

ホアンの言う事は正論だ。たが、地球教はフェザーンにも浸透していた。と言うことは活動資金もかなりの額を用意できるはずだ。メディア、主戦派、そして代議員。世論操作などいくらでもできるだろう。私は民主主義を信奉している。だが、この件に関しては強行な対応ができる専制政治の強みを見せつけられた形だ。

「まずは、フェザーンで拘禁された同盟国籍の地球教関係者と、聖地巡礼と称して貨物船で地球へ行き来していた、帝国臣民でも、フェザーン人でもない拘禁された人々の処遇だな。人的資源委員会に所属する身としては人口はひとりでも多いに越したことは無いが、破壊活動の工作員や、薬物中毒者が増える事は看過できない。とはいえ、自国民の引き取り拒否などできないし、悪逆なる帝国に中毒患者の治療をお願いする訳にもいかない。数万人という話だが、ただで返してももらえないだろう。どうしたものやら......」

さすがのホアンも、頭を抱える問題があるようだ。残念ながら劣勢な戦況の中で、数万人もの捕虜を同盟軍は抱えていない。捕虜交換形式は使えないし、破壊活動の工作員や、薬物中毒者の為に高額な血税を使う事など、世論は容認しないだろう。頭の痛い話が増えるばかりだ......。


宇宙歴785年 帝国歴476年 9月下旬
キフォイザー星域 惑星スルーズヘイム
フェザーン自治領主 ワレンコフ

「ワレンコフ閣下、この館はリューデリッツ伯爵家の別邸になります。警備の方もリューデリッツ伯爵家の者が固めておりますのでご安心ください。生活必需品は一通り取り揃えましたが、不都合があれば遠慮なくお申し付けください。では、失礼いたします」

「あなた......。黙って指示に従いましたが、本当に大丈夫なのですか?」

妻が不安げに尋ねてくるが、ここまでくれば一安心といった所だろう。帝国軍のフェザーン進駐の前夜にRC社所有の屋敷に招待されたことにして妻を同席させて、そのまま保護下に入った。屋敷からは出ることなく、地球教関係者の拘束のアドバイザー的な立ち位置を果たした。
それが一段落したのを受けて、スパイ映画ではないが大き目のトランクの中に潜み、リューデリッツ伯爵家の御用船に乗り込んで半月、リューデリッツ伯爵家の本邸が置かれている惑星ギャラホルンではなく別邸のあるスルーズヘイムに匿われた。フェザーンで拘禁された容疑者の取り調べは、同じ星系にあるガルミッシュ要塞で行われるので、今後はそちらのアドバイザー的な立場になるはずだ。

「うむ。ここまで来れば安心だ。お前には心配をかけたが必要なことだったのだ。もうしばらく辛抱してほしい」

「貴方が安全なら、それで良いのです。フェザーンでの生活は都会的と言えば聞こえが良いですが、変にあくせくしておりました。ここはのどかですし、久しぶりに私の料理でもお食べになってください」

そう言うと、妻は厨房を確認してくると告げて、リビングを後にした。改めてソファーに深く腰掛け、用意されたお茶を飲む。掃除が行き届いた別邸に、帝国でも最高級のソファー。良質な茶葉......。私の共犯者が最大限配慮してくれているのを感じる。
この件が落ち着いたら、何をして生きていくかも考えなければならない。ずっと自治領主になる事を目指してきたが、さすがに戻ることは出来ないだろう。どうせならRC社で面倒を見てもらうのも良いかもしれない。紅茶の香りを楽しみながら、私は久しぶりに安らぎを感じていた。 
 

 
後書き
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