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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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62話:摘発の始まり

宇宙歴784年 帝国歴475年 12月上旬
アムリッツァ星域 前線総司令部
エルネスト・メックリンガー

「いよいよだな......」

「ああ。いよいよだ」

いつもは大胆不敵なシェーンコップ卿もさすがに今日ばかりは落ち着かない様だ。もっとも結果が判明しだすのに数日、それをきっかけに政府・宮廷職員たちも、健康診断という名目の薬物検査を受けることになるだろう。早ければ年明けには、事態のあらましは判明するはずだ。

「いざとなると、抜け漏れがないかと改めて心配になるな......。今更の話だが、もっと良い案があったのではないかと不安になる。手筈はしっかり整えたはずなのにどうも落ち着かない。初任務という事もあるのだろうがな。メックリンガー、貴官はどうだ?」

「そうだな、初めての心境なのは確かだ。やれる事はやったつもりだが、確かに落ち着かぬな。『人事を尽くして天命を待つ』とでも言えば聞こえは良いが、抜け漏れがないか?もっと何かできたのではないか?と不安を覚える。こんな経験は初めてだな。士官学校の入学試験の最終日でも終了したその日から、絵画のデッサンをしたものだが、とてもそんな気分にはなれぬな」

士官学校を卒業して前線総司令部に任官した私たちだが、ある意味、リューデリッツ伯の縁者であるシェーンコップ卿との交友がきっかけで気に入って頂いた絵画の縁で、引っ張られたのだろうと赴任までは思っていた。だが、伯は私たちの適性の様なものを把握された上で、抜擢と言って良い任務を与えて下さった。シェーンコップ卿は憲兵隊と捜査組織の運用進捗監査、私は定期健康診断とそれに付随した薬物検査の計画・運営を命じられたが、本命は皇族弑逆に関わった組織の関係者の焙り出しにある。
その組織は、薬物を使ってテロや暗殺の実行犯に仕立て上げている可能性があり、今回の健康診断が組織壊滅への第一歩になるはずだ。誰が取り込まれているか分からないので、報告はリューデリッツ伯のみにしてきたし、いくら『いつでも相談を受ける』と言われたところで、気軽に出来る訳もなく、必然的に私たちはお互いに相談しあう仲になった。
あのシェーンコップ卿が、女性との同衾を止めるほど重責を感じてたのだ。幸いにも、帝都からのメッセンジャー役のケスラー少佐や、伯の名代として動いておられるオーベルシュタイン卿からも我々が把握しておくべきことや留意すべきことは適宜連絡を受けていたから、任務にあたって、不便も不満も無かった。言ってみれば権限も情報も与えられ、相談の場も用意されていたのだ。そこまで考えて、現在かんじている変な感情の正体に思い至った。

「シェーンコップ卿、どうやら我らは功を焦っているというか、この環境で結果を出せなかったら我らは無能者だ。それを恐れているのやもしれぬな。もしかしたら私だけかもしれぬが......」

「このワルター・フォン・シェーンコップが功を焦るか......。確かにそうかもしれんな。ここまで環境を整えて、抜擢して頂いたのだ。他の誰に無能と思われても構わないが、伯にそう思われることになるのは不本意だし、楽しい想像では無いな......。確かに貴官の指摘は的を射ているやもしれん」

大胆不敵を自認する意地からだろうが、シェーンコップ卿は落ち着いた雰囲気を取り戻した態をしていた。ただ、彼が本当に困ったり、焦ったりしたときは普段は右手をあごに当てる所、左手を当てる。この癖を知っているのは私だけだろう。左手をあごに当てている彼を見て、私は少し落ち着きを取り戻せた。

「シェーンコップ少尉・メックリンガー少尉、基地司令がお呼びです。執務室へお越しください」

そんな話をしているうちに、ノックとともに基地司令付きの従卒が執務室に入室を求め、伯からの呼び出しを告げた。何か動きがあったのだろうか?シェーンコップ卿と一瞬、顔を見合わせると、基地司令官執務室へと急いだ。

ノックをして官名を名乗り、許可を待ってから入室する。揃って敬礼をすると、教本に載っているような答礼をされ、席を勧められた。

「内密の話があるので、私が声をかけるまで誰も近づけない様にしてくれ。よろしく」

リューデリッツ伯が従卒に声をかけてから、椅子に座られた。横目で見ると、シェーンコップ卿が見事な手さばきでお茶を用意していた。まず伯爵の手元へ、次に私、最後にシェーンコップ卿の手元にティーカップが置かれ、紅茶の良い香りが辺りに漂う。

「相変わらずのお手並みだね。シェーンコップ卿の入れる紅茶は美味だ。冷めないうちに楽しむとしようか?」

伯はそう言うと、ティーカップを口元に運び、香りを楽しんでから紅茶を口に含んだ。私たちも倣うようにお茶を飲む。確かにおいしいお茶だが、これは茶葉の良さだけでなく、特性を理解して入れたからこそのおいしさだ。

「うん。しっかり茶葉の銘柄に合わせた入れ方をしているね。さて、男性を焦らす趣味は無いから早速本題に入ろう。初日分の検査結果から、既に数十名の薬物反応と100件を越える検査逃れが把握されている。両名がしっかり手筈を整えてくれたおかげでもある。良くやってくれた」

伯が笑みを浮かべながら、最新情報を教えてくれた。正直、ホッとしたのは確かだ。横目で見るとシェーンコップ卿もホッとした様子を隠していなかった。

「進捗の監査は継続してこちらでも進めて欲しい。言うまでもないが、緊急だと判断したらすぐに報告を上げてくれて構わない。ただ、今夜は英気を養う余裕はあるだろう。両名とも少し羽を伸ばすと良い」

そう言うとサイドテーブルから小袋を取り出して、私たちの手元に置く。シェーンコップ卿は慣れているのか、お礼を言うと小袋を懐にしまった。

「閣下も相変わらずですな。ありがたく頂戴します」

お礼を言いながら目線がこちらに向いたので、私もお礼を言って懐に納める。

「まあ年代物のワインと料理数品って所だろうが、今回の件を昇進で報いるには少し時間がかかるだろうからね。その猶予代とでも思ってくれ」

用件は終わったようだ。揃って敬礼をし、答礼を待ってから執務室を退出する。今夜はうまい酒が飲めそうだ。ご無沙汰していた歓楽街の馴染みのバーへ二人で繰り出すことになるだろう。


宇宙歴785年 帝国歴476年 4月上旬
首都星オーディン グリンメルスハウゼン邸
ウルリッヒ・ケスラー

「ケスラー少佐、ご苦労じゃった。ブラウンシュヴァイク公爵家もリッテンハイム侯爵家も内密にだが今回の件を了承した。これで貴族階級にも健康診断を受けさせることができるじゃろう。そもそもは陛下のご温情を名目とした話じゃ。断ることは出来ぬ話だが、何かと反発するかと思ったが......。自分の一門や寄り子の醜聞が明らかになるよりも、先年の皇族殺害疑惑の潔白を優先したようじゃ。あの2家が承諾した話を断るなら、その時点で黒と判断すればよい。ここからはとにかく網を早く絞ることを優先しよう」

昨年末の軍の健康診断にかこつけた薬物検査だが、初日からかなりの薬物反応と、検査逃れが発生した。内々に拘束しながら、政府・宮廷の職員にも健康診断を継続して行ったが、軍ほどではないにしても、同様の事態が発覚した。社会秩序維持局の部長クラスや、近衛兵の一部からも薬物反応が出た時点で、陛下に内々に報告し、本来は対象に含んでいなかった爵位持ちの貴族も対象に含める事とした。
そのために、門閥貴族の領袖である2家に内諾を取りに行ったわけだが、グリンメルスハウゼン子爵はうまく話をまとめて下さったようだ。検査逃れや成り済ましを防ぐために、DNA鑑定も併せて実施し、将来的には臣民全員のDNAをデータベース化する案も出ている。書き換えが困難になるように、今回の話の出元である前線総司令部、軍務省、国務省で別々にサーバーを管理し、3ヶ所のデータと照合するような形で、運用する予定だ。
この案は、私とケーフェンヒラー軍医大佐の相談から生まれた案なので、採用されるに至り、二人で喜び合ったのは良き思い出だ。本来なら内務省でもサーバーを一つ管理するべきだろうが、早い段階で社旗秩序維持局の部長クラスから薬物反応が出た事と、貴族と結託して冤罪の可能性がある事件を強引な手段で処理していた背景があり、サーバーを書き換える可能性が高いと判断され、今回の件からは外された経緯がある。

「承知いたしました。既にリスト化された容疑者の収監も開始いたしましたが、想定より数が多い状況です。別途、収監施設を用意する必要がありそうですが、如何なさいますか?」

「うむ、その件だが、軍部の容疑者に関しては、フレイア星域のレンテンベルク要塞で一括管理する。こちらには憲兵隊から増援を送る。貴族の容疑者はガイエスブルク要塞にまとめる。こちらには宮廷警察から増員を派遣する。フェザーンでの拘禁者はキフォイザー星域のガルミッシュ要塞に収監する。一か所にまとめては何かしらの工作を受けるやもしれぬ。この形で進めようと思うが、少佐の意見を聞いておきたい。」

「はっ。良き案かと存じます。ガイエスブルク要塞への増員ですが、目立たぬように情報収集に長けたものを紛れ込ませることを提案いたします。既に内部で醜聞を把握しているとしたら、闇に葬る可能性がございますので」

子爵閣下は少し考え込まれてから、私の提案を了承した。

「統帥本部からは既に最前線に叛乱軍の引き付ける為に6個艦隊での哨戒作戦が立案され、6月から実施予定です。その援軍と言う名目で、3個艦隊を帝都から派兵しますが、こちらの艦隊がフェザーンに進駐します。陸戦隊も10個師団派遣しますので容疑者たちを拘束する猶予は十分に作れるでしょう」

「うむ。軍務の方は儂はからっきしじゃ。少佐の判断に任せる」

何度も見積もった作戦案だ。ここは自分を信じるしかないだろう。

「後は、情報を発表する人選ですが、どなたになさいますか?」

「その件だが、一門や寄り子から予想以上に容疑者が出ない限り、ブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家に任せようと思う。地球教は根絶やしにするつもりで動くが、指の間から砂粒が零れ落ちる事もあろう。皇太子殿下はあのような有様では、そもそも全宇宙への声明文の発表など無理な話じゃ。軍部はもともと警戒されておるだろうし、矢面に立つ存在は多いに越したことは無かろう。直系の血筋は、女系とは言えベーネミュンデ候爵夫人の下におられる。DNA検査をすれば明確になるじゃろうが、例のメイドのお腹の子の種は、皇太子殿下ではない可能性が高いしの。普段から皇室の藩屏を自称しておるのだ。役に立ってもらおう」

陛下とベーネミュンデ候爵夫人の間に生まれたディートリンデさまは、まだ2歳ながら順調に成長為されている。確かに血脈は守られるが......。

「少佐が気にする事も分かっておる。ただ、すでに陛下のご内諾も得ている話じゃ。心が晴れぬやもしれぬがよろしく頼む」

子爵閣下にそういわれては、了承するしかない。しかしながら陛下のご指示とはどのようなお考えで出されたのであろうか......。 
 

 
後書き
エルウィン・ヨーゼフ2世は原作では宇宙歴791年 帝国歴482年生まれなのですが、前倒ししました。原作に沿うと、少なくとも皇太子のルードヴィヒが宇宙歴790年 帝国歴481年まで生きていたことになります。しかしながら成人した皇太子の出番が一切ないので、病に倒れていたとかなにか起きないとつじつまが合わないのと、ルードヴィヒ皇太子の没年が、外伝1巻「星を砕く者」にて帝国暦477年と記載されてもいるので、調整させて頂きました。ご了承ください。 
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