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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 儚想のエレジー  2024/10
  24話 真意

 老爺と軍の一件の後、俺達は子供たちの住処である教会まで足を運んだ。
 彼等を保護しているというプレイヤーに彼等の身柄を引き渡せば目下の用事に一つ区切りがつくものと考えていたが、当の保護者は先客として訪れた子連れの男女二名と共に軍に囲まれた子供たちを救出しに向かったのだという。その先客とやらが余程の数寄者であることは言うまでもない。殊勝な連中もいたものである。
 とはいえ、俺達は彼等に倣うようなことはなく子供達には扉にロックだけ設定するように助言だけくれてやって教会から離れることにした。ティルネルはせめて保護者が戻るまでは子供たちの護衛をしていたいと言っていたのだが、そもそも想定外の出来事の連続で子供のお守りなどする気にはなれないし、キバオウの件もある。俺が言うのもおかしな話だが、今の彼は軍が前線で攻略に邁進していた頃と比較して不安定というか希薄な雰囲気がある。言葉を交わす上でそれを表面上に表わさないのは組織の上に立っていたからこそ培った美徳なのだろうが、今思えばキバオウの申し出に首を横に振っていたならば、ともすれば最後の邂逅となっていたようにさえ思えてならない。


「で、さっきの爺さんは何だと思う?」


 後方をとぼとぼと歩くキバオウに質問を投げかける。
 状況から考察すれば、喧嘩を売った軍のプレイヤーがすげなく返り討ちになったというだけの他愛のない風景だっただろう。だが、あくまでもあの老爺の言葉を真実とするならば挑発として殺害を仄めかす言葉も用いていたようだ。それは下層の治安維持に路線変更した軍のスタンスにあるまじきものだっただろうし、何よりも気に掛かるのは老爺の殺意だ。
 彼の眼差しは、これまで見てきた快楽目的で他のプレイヤーを害する輩とは一線を画するものがあった。鋭くて冷たい、まるで幾重にも鍛えられた刃物めいた雰囲気はこれまでに見たことがない。つまり、今までにない《確固たる殺害目的》を秘めているのだろうが、この考察の真偽を確かめる術はない。となれば、キバオウの見解も聞いておきたい。


「すまん、ありゃあワシにも分からん」


 情報源は答える。
 しかしそれはある事実を裏付ける証拠となるのだが確証は持てないし、それが確定したからと言って必ずしも何らかの進展に寄与するとも限らない。記憶の片隅にでも留めておく程度で良いだろう。ついでにもう一つだけ確認がてら質問をしてみることにする。


「あの爺さんとやり合ってた連中と、さっきの子供を襲っていた連中は、これまでALSと接触した間には会ったことのない顔だった。誰だ? 何時から軍に所属している?」


 ほんの少し息を呑む音が耳に残ったが、一拍置くとキバオウは答える。


「………ワシもシンカーに軍の頭を譲った後のことには口出しせんかったもんやから、どんな目利きで人材を選んだかまでは知らんし、いつどんなのが来たかなんてのも把握しとらん。せやけど、あんボケどもが攻略の前線におったっちゅう記憶はない。それだけは断言できる」
「そうか、なるほど」


 ある種の記憶の補完というか照合を兼ねての質問だったが、概ね予想通りだった。
 これで一つ事実関係が確定したが、今はそのことをキバオウに語るべきではないだろう。直情的な行動に訴えられれば事態は彼の望む方向に進展しないのだから。


「しっかし、そんな質問に意味があるんか?」
「いや、然して意味は無い。強いて言うなら世間話程度だが」
「だが………って、なんや、言うてみい」


 言葉尻に目敏く指摘するキバオウに、全容から遠ざけながら一言だけ告げた。


「アンタは人を見る目がないわけじゃなかった、ということが分かった」
「それがなんや?」
「意味は無い、かも知れない。とだけ言っておこうか」
「………ハッキリせんのう」


 ごちるキバオウを後目に、アプローチする手法としての仮説が組めた。
 だが、未だ未知数も多く闇雲に行動するには尚早な感もある。それらを払拭する為に必要なものは即ち情報である。そして、情報を扱うに当たって俺の知る限り最も長けた人物のうち、尚且つその分野にまで精査した上で誂え向きの者といえばおよそ一人しかいない。気は進まないが、それに賭けて無駄足だったならば別の手段も控えている。どうあれこの段階は他力本願になりそうだ。


「とりあえずはこの層で出来ることは今のところもうない。移動する頃合いだろう」
「でも、もしまた先の顔触れで諍いが起きたら今度は対応の仕様がないんじゃないですか?」
「せやな。あの連中が顔合わせようもんなら、次は爺さんも遠慮無しに何かしよるんは目に見えとる」


 ティルネルの問題提起に、キバオウが追従する。
 ごもっともな意見だが、その点については相応に懸念を払拭しうる材料があっての判断だ。


「爺さんの方は、あの手口を見る限りかなり狡猾というか周到に状況が整わないと行動に移らない筈だ。例えば、さっきのPKなんかは相手に警戒心があったら成立しない。その点で言えば今の軍の連中はかなり怯えている頃合いだ。向こう数日は圏内からも出られない程度には警戒心が張り詰めているだろうよ」
「………つまり、睨み合いの膠着状態っちゅうことか」
「爺さんも軍も短絡的じゃなければ、って条件がつくけどな。だがこれは喧嘩や弱い者いびりの範疇を越えてもはや命の遣り取りだ。これだけ長く生き延びたSAOプレイヤーであるならば弁えているべき一線だ」


 ともあれ、あくまでも希望的観測だ。
 ついさっき目の当たりにした彼等の行動原理を完全に把握できているなどあるわけないし、そもそも見誤っている公算さえ高い。軍については精々賊程度の悪さしか出来ないだろうが、あの老爺はレッドプレイヤーと同列の危険度に位置付けねばならない相手ということは想像に難くない。一般的な判断基準を適応して良いのかさえ分かったものではないが、疑念に拘泥していてもこちらが身動きを失してしまう。


「分かった。せやけど、次の目的地っちゅうんはどこなんや?」
「情報のプロと落ち合う場所。どこかはまだ未定だが」


 言ってしまえば、情報のプロとはアルゴのことだ。
 俺がプレイヤー相手に慣れない情報収集を強行して時間を掛けるよりも、マイナーなトレンドまで商品として揃えているであろう情報屋に頼ってしまった方が断然速いという見解だ。ついでにティルネルの目的まで始末がつけば尚良い。流石に只事ではない現状で薬草探しなどと呑気なことを言っていられる場合ではないことはティルネルも理解の上だろう。だが、おざなりにしてしまうのも気が引けるし、あわよくばアルゴに任せてしまおうという策だ。
 それだけ告げ、数か月ぶりにフレンド欄が表示されたポップアップウィンドウからアルゴの名前を探し当ててタップし、短めのメッセージを送信後待つこと数分。返信を受け取って待ち合わせ場所の指示を確認するべくメッセージを開封する。


「待ったカ?」
「うぉぅ!?」


 目に映った長文を読み進める間もないうちに、突如として背後から掛けられた声に内臓が浮くような感覚に襲われる。つられて縮こまるティルネルを後目に音源である背後へと視線を向けると、懐かしい顔が悪戯っぽい表情を向けていた。


「………隠蔽スキルはカンストしてるんだろう? その変わり映えのしない装備でどうやって気配消してるんだ」
「オネーサンのレベルともなると、もうスキルがどうとかいう次元じゃなくなるのサ。………で、今日は珍しくお出掛けカ?」


 腫物を避けるように、器用に会話を繋げるアルゴの気遣いには感服させられる。
 そもそもアルゴとはグリセルダさん救出時に僅かな依頼をしてから音信不通となっていた。その当時の関係者やレッドギルドの所在等、諸々の情報から参照すれば俺が何をしたのかは彼女には容易く知られることだろう。グリセルダさんの所在を眩ませる為に行動するように頼んでおきながら今日まで何も音沙汰無く過ごしてきたのは申し訳ない限りだが、それを糾弾せずに自然体で接してくれているのは、今はとても有難い。


「まあ、そんなところだ」
「外に出て歩けるようになっただけ回復したってことだナ。引きこもりにならないでヨカッタヨカッタ。というワケで、懐かしい顔もあるんだし早速お仕事のオハナシでもしに行こうカ」


 言うなり、踵を返して主街区の中心地、転移門広場を経由して五十層主街区《アルゲート》へと移動する。ごみごみとした乱雑で大雑把な街並みで、迷い込むプレイヤーが相当数存在すると言われる街をあたかも勝手知ったると言わんばかりに進むアルゴの後を追うこと数分。ものすごく見覚えのある黒人プレイヤーのショップやら、その常連の見覚えのある顔が通り過ぎ、寂れた飲食店らしき建物の中に通された。隅に蜘蛛の巣が張っていたりテーブルが汚れていたり文句を言うに事欠かない内装である。いや単に掃除不足か。


「ここならオイラ達以外に人はいないナ。………よし、じゃあ要件を聞こうカ」
「俺からの頼み事というと語弊がある。具体的にはそっちから聞いた方が齟齬が無いだろうよ」


 左隣に座るキバオウを指差しながら、アルゴの視線を誘導する。


「………アー、もしかして、ファーミングスポットとか経験値稼げるエリアの情報希望とかカ?」
「そんなんいらん。………情けない話やけど、知りたいんは身内のことや」
「軍の中で一大派閥を築いている最古参の言葉とは思えなナ。こりゃあワケありカ?」


 挑発ではなく、純粋に驚いたというようにアルゴが声を挙げる。
 対外的にもキバオウ一派が悪人として広く認知されている証左なのだろう。或いは、現在のSAOにおいて軍の情勢はそれほど重要視されていないということでもあるのだろうが、アルゴも軍の動向には世間一般と同様の見解であったらしい。


「オっさんはただ担ぎ上げられてるだけらしい。自分を担ぎ上げてる連中が何をしでかしているのかさえ聞かされないまま今に至るそうだ」
「まぁ確かに、そうじゃないと質問の意味も通らないし、でもナー………」


 得心のいかない疑問があるのか、アルゴは腕を組んで唸り出してしまった。
 そもそも、軍がどんな悪事を働いているのかという疑問を解き明かすことがキバオウの目的ならば既に達成しているのだ。子供から徴税と称した恐喝を行い、老人を殺害しようとデュエルを申し込んだ。結果はイレギュラーの立て続きでお粗末なものだっただろうが、はじまりの街という《戦うという選択が出来なかった者》をいたぶる行いはとても褒められたものではないだろう。では、キバオウはそれを糺す為に何ができるだろうか。何も出来ないのだ。担ぎ上げられただけの、形骸化した旗印には一切の権限を与えられていない。隠れ蓑か蜥蜴の尻尾程度にしかならないことなど当人が一番理解していて然るべきだ。
 つまり、この矛盾を矛盾でなくする情報を、キバオウはまだ語っていないのではないか。そう結論付けるより早く、俺は浮かび上がった疑問を口にしていた。


「なぁオっさん、まだ俺達に話していないことがあるよな」


 キバオウが硬直し、沈黙が訪れた。
 黙秘権を侵害するつもりはない。そもそも言葉を詰まらせるほどの動揺が何を意味するのか、詳細に至れずとも疑わしき部分を掠めたと判断するに余りある材料だ。キバオウの発言を待とうと構えるが、しかし意外にも間をおくことなく彼は頭を下げた。その姿は何故か、猛然と振り降ろされるモーニングスターを想起させたが、言わぬが花というやつだろう。


「………すまん。まだ、ホンマのことを言えてへん。………むしろ、シラを切り通すつもりやった」


 やはり、予想通りの言葉を聞く結果となった。
 だが、違和感に薄々勘付いていながらも目に前の煩わしさを理由に現実逃避しようとしていた俺には責める権利などあろうはずもない。しかし、何も知らないまま闇雲に突き進むというスタンスを維持するには無責任な状況にあるというだけだ。その為には、キバオウの真意を確かめるより他ないのだから。


「で、実際はどうなんだ?」
「何も知らされてないちゅうんはホンマや。ワシはあくまでも御輿で何も聞かされんし、他の連中が好き勝手やっとる。新顔も多いみたいやけど、どんなのがおるのかも全く知らん。これは嘘やない」


 一拍置き、キバオウは再び話を始める。


「せやけど、二週間前くらいやったか。ワシは連中がコソコソと話しとるのを立ち聞きしてもうた。そん時に言っとったんや。ウチのモンだけで、フロアボスと戦うっちゅう話やった」


 思わず目が見開いた。
 人員が潤沢な軍ならば自前の頭数でフルレイドを組むことも難しくはないだろう。ただし、人数を揃えるだけで乗り越えられるほどフロアボス攻略は優しくない。情報収集や装備、フロアボスの特性に合った人員配置の打ち合わせ等、相応の準備を経て行われるものだ。軍がボス攻略会議に出席したとなれば、昨今の攻略組の情報に疎い俺の耳にも入る程の騒ぎになるだろう。しかし、実情は何も音沙汰のないままだ。おまけにフロアボス攻略会議は、ボスが齎す得難いリソースによってそれ自体の情報機密性の高い会議となっている。古参や新進気鋭問わず、誰かが死亡して戦線の崩壊を防ぐという意味合いでレベル面での敷居も高いが、何よりも青竜連合や血盟騎士団のような大型ギルドの利権が水面下で絡み合っているだけに生半可な理由では参加することさえ難しい。これらの条件から鑑みて、軍は間違いなく攻略会議の席に着けていないだろう。
 つまり、軍がフロアボスに挑むとなれば、敵の情報を持たぬままに攻略組の選抜レイドよりも先んじてフロアボスに戦闘を挑むという選択肢しかない。どう考えても自殺行為だ。あまりにも絶望的な状況を語ったキバオウに割り込むように、アルゴは鋭くキバオウに問うた。


「二週間前ってことは、あの七十四層フロアボス攻略のことカ!?」


 キバオウは無言のまま俯きながら、静かに深く頷いて答える。
 厭世的に引き籠っていた期間に起きた出来事だからだろう。俺はフロアボス攻略についての情報を全く知らない。ティルネルやヒヨリなら何か情報を得ているのだろうが、こういう時に無知でいるのは我ながら居た堪れない。それを察してくれてか、アルゴが当時の出来事を説明してくれた。


「一週間くらい前に、軍の独断専行で七十四層のフロアボスにちょっかいを出したって事件があったんだヨ。セオリーなんてあったモンじゃない、人数も少なければ装備も整っていない状態で、オマケに情報収集もしていない軍からは三名の犠牲者を出したけど、たまたま近くにいたキー坊やアーちゃん達に助けられてどうにかボスも倒しちまった、ってオチなんダ」
「この辺りの層のボスに通用するくらい軍がレベリングを推し進めていたのか?」
「ボス戦に駆り出されたプレイヤーはそれなりに通用するステータスだったんだろうけど、軍の部隊は早々に戦意を喪失していたみたいダ」


 どのようにフロアボスを退けたのかが不明であったりとどうにも腑に落ちない話だが、論点が逸れてしまいそうなので追及はしないでおく。しかし、過ぎてしまった話というのがどうにも救えない話だが、キバオウが見過ごすとも考えられない。だからこそ、彼は軍の本拠地を単身抜け出してきたのだろう。
 キバオウは面目ないとばかりに項垂れている。伏しがちな表情は心痛が読み取れるが、奥歯を噛みしめて目を見開いては視線をこちらに向けた。


「今のワシもシンカーと変わらん。全部を投げて知らんふりして逃げとった。けど、このままじゃいかん。軍は変わりよった。戦う力のないプレイヤーを虐げて、アホどもがのさばって命を捨てるような無茶しよる………ディアベルはんに顔向けできん。だから、ワシもこれから軍の実情を知るフリをしてホンマの目的に誘導しようとしとった………せやけど、そりゃ卑怯やな。やっぱりこういう事は正直に言わなあかん」


 次の瞬間、キバオウは椅子から立って床に膝をついていた。
 そして、両の手を床について頭を下げる。床に向けられた口から押し殺した濁声が響く。


「改めて頼む。………ALSを………いや、《軍》を潰してくれんか」 
 

 
後書き
嘘バレ回。


あやふやだったキバオウさんの目的が明かされ、燐ちゃん達のメインクエストが定まったシーンとなります。軍の悪事を知るために見聞するだけなら道端のプレイヤーに一言尋ねれば終わってしまうようなところから、軍を潰す壮大な目標へ燐ちゃん達を誘導しようとしたキバオウさんですが、腹芸が絶望的にヘタクソだったようです。ただし今作のキバオウさんは善人枠。お飾り過ぎて自身の派閥の新人にさえ軽く見られていますが、きっとうまくやってくれるでしょう。

そして燐ちゃんは引き籠り期間が長かったせいですっかり情弱キャラになってしまいました。下手したら時事的な情報はティルネルさんのが詳しいという状態。かなり深刻です。浦島太郎って怖いですね(他人事)

オマケにキリアスコンビとまたしてもニアミス。
時間軸としては以前お話しした通り「朝霧の少女」と重なる時間軸。いやむしろ同じタイミングですねこれ。更に言えばその裏側となります。こいついつもDLCみたいなストーリー構成してんな。


次回、数少ないヒヨリちゃん視点へと移ります。
燐ちゃんが伏せてきた彼自身の所業を、当時の生き証人と共に解き明かすストーリーとなっています。果たしてヒヨリちゃんは燐ちゃんの歪んでしまった内面を理解し、受け止めることが出来るのか。

ちょっと重めになる予定です。



ではまたノシ 
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