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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第二部 原作開始
序章 王都炎上
  第十九話 焚書未遂

一部の傭兵から、うるさくて眠れないとの苦情が入った。何かと思えば、バハードゥルとパリザードの夜の営みが余りにも激しくてうるさ過ぎるのだという。ちょっと待て、まだ結婚式を挙げてないってのに、もうお励みになっているというのか!

二人を呼びつけて叱りつけたものの、パリザードの方は一向に悪びれない。バハードゥルの方は頻りに頭を下げては来るんだけどな。

「既に結婚についてはお許し頂けたはずだけど、何処に問題が?結婚式はキレイな体で?ってもう既にキレイじゃありませんが?もう少し声を控えろ?無理無理。何らかの形で何処かに逃さないとどうかなりそうだから、声に出すことで逃してるんですが?回数を減らせ?お断りします」などというのだ。全くにべもない。

だったらせめて屋外の遠く離れた場所でやるようにしてやれ。傭兵たちの安眠を奪うなと言っておいた。

その翌日以降、わざわざ二人の濡れ場を見に行って、バハードゥルの体の一部の大きさを目の当たりにしてしまい、心神喪失状態になる奴が現れるようになったが、自業自得だ。もうどうでもいいから放っておこう。

今日はパルス暦320年11月26日か。原作では王都エクバターナで焚書の儀式が行われ、王立図書館の一千万冊以上の蔵書が一冊残らず焼却されてしまうという事件が起こるはずの日だ。だが、原作でこの儀式を主導したボダンが、この世界ではもう死んでいるんだよな。となると、果たして原作通りにこの儀式が行われるんだろうか。

あと、ダリューンとナルサスが国王夫妻の安否確認のため王都に潜入してて、この儀式を目撃するはずなんだが、どうだろう。潜入しないってことはないよな?ラクシュにはエクバターナを脱出して以降の夫妻の状況は知らないと言うように言い含めておいたから、多分潜入して現在の動向を探ろうとするはずなんだが。まあ、なるようにしかならないか。

◇◇

ヒルメス殿下が生きておいでで、正体を隠してルシタニアの手先になっている!?

その話をラクシュ殿から聞かされ、俺、ナルサスは正直その真偽を疑った。だが、言われてみれば、確かにそれもあり得ることなのかもしれない。

ヒルメス殿下は火事で焼死したと言われているが、誰も死体を確認していない。もし生きていたとしたら、アンドラゴラス王を、偽りの王を推戴するパルスを激しく憎んだことだろう。そして、他国を引き入れ滅ぼさんとするかもしれない。気持ちは判る。しかし、決して共感は出来ない。

アトロパテネの戦いでは従軍した二十万人強の将兵が戦場に倒れ、その多くが生きて帰ることがなかった。王都にも七万弱の将兵がいたはずだが、陥落したことでそれも失われたことだろう。王都に暮らす人々も何万人が犠牲になったか計り知れない。つまり、少なくとも数十万人以上が彼の復讐心を満たすためだけに犠牲になったのだ。そんな事が許されていいのだろうか。いや、いいはずがない。

ルシタニア人は勿論だが、ヒルメス殿下も必ず俺たちの手で叩き潰す。だが、まずは国王夫妻の安否を知ることだ。それが判らなくては取るべき選択肢が限られてしまう。驚くべき情報をもたらしたラクシュ殿も、自分たちが王都を離れて以降のことは知らないという。何となれば、ラジェンドラ殿下は王太子である兄に戦いを挑んで敗れ、国を逐われた身の上であり、その際にほとんど全ての諜者を没収され、残ったのはラクシュ殿を含めて四人の女諜者と武将二人のみだという。最早情報を湯水のように得る手段はない訳だ。ならば、俺とダリューンで王都に潜入するしかない。聞けばヒルメス殿下の剣腕はダリューンに匹敵するという。余人に任せては危険すぎるからな。


王都に潜入したその日、南門前の広場で、焚書の儀式が盛大に執り行われようとしていた。だが、それに真っ向から異を唱えたものがいた。口ひげは黒々としているものの、後頭部に僅かに残った頭髪は白い、どちらかと言えば学究肌の線の細い六十歳前後の男だ。それが口角泡を飛ばして大司教らしき男に詰め寄っている。

「確かにこれらは異教の書物であろう。だが、これ程貴重な書物の数々をろくに研究もせぬまま渦中に投じようとは何事だ!十分な時間を掛けてその価値を判断してからでも遅くはあるまい!」

「い、いや、貴重だとしても聖典と同じことが書かれているなら聖典さえあればいいので必要ないし、聖典にないことが書かれているならそれは涜神の書だ。焼き捨てても構わぬはずだ!そうであろう?」

どうにも大司教とやらは押され気味だ。そう言えば、先日ジャン・ボダンとかいう名の先代の大司教がラクシュ殿の弓にかかって死んだばかりで、今ここに居る大司教はその地位を引き継いだばかりなのだろう。そして人選にも成功したとも言い難いようだ。貫禄がない。迫力もない。

「知っておるか!パルスには麻酔という技術がある。そのまま手術しては痛みで死んでしまいかねない患者を眠らせ、安全に手術を執り行うというものじゃ。それがあればどれだけの負傷兵が命を落とさずに済んだと思う?そんな有用な技術をただ聖典に書いてないことだからと闇に葬るつもりか!それが神の御心に適うことだと思うのか!」

「そ…それは…」

口ごもる大司教の前に悠然と進み出た者がいた。「王弟ギスカール様だ」との囁きが周囲のルシタニア兵から聞こえる。

「もう良い、控えよ!…大司教!バルカシオンの申すとおりだ。何ら確認も行わずに全てを焼くことは私が許さん!」

「…で、ですが王弟殿下…」

「何だ!私の命令に従えないというのか!祈るか異教徒を責め殺すしか能のないお主ら聖職者が、軍を編成し、指揮し、自ら戦ってきた我らより尊いとでもいうつもりか!増長するのも大概にしてもらおう!お前たち、撤収だ。本は全て元に戻し、この場を掃き清めて立ち去るのだ!良いな!」

「ははっ!!」

うなだれる大司教を尻目に周りのルシタニア人たちが慌ただしく動き出した。多くのものは広場に無造作に積み上げられた本をまとめて図書館に戻しに行き始め、大司教は聖職者たちに促され、いずこかへ戻っていく。また、バルカシオンと呼ばれた老人に小柄な騎士装束を纏った者―騎士見習いだろうか?―が嬉しげに駆け寄っていくのも見えた。

「ナルサス、良かったではないか?本が焼かれずに済んで」

「いいや、そうでもないぞダリューン。これはな、政治的な見世物さ。聖職者の長を公衆の面前で論破し、更に王権に従わさせることで、教会権力の失墜を印象づけたのだ。更にルシタニア人全てが野蛮で傲慢な征服者ではなく、異なる文化に敬意を払う理性的な強者だと見せようとしたのだ。多分、あの王弟とやらが仕組んだのだろう。全く、ルシタニアにも食えない奴が居る…」

その時、居合わせた人々の耳を鋭い羽音が叩いた。一人の男の胸にいずこからか飛来した矢が突き立ち、ゆっくりと前のめりに倒れた。

「伯爵様!バルカシオン様!」

騎士見習いと思しき者が必死に呼びかけるも、何一つ言葉を返さぬまま息を引き取った。

「ナルサス、あそこだ!」

ダリューンが指差す方向、広場の北にある家の屋根に弓を携えた人影が見えた。ラクシュ殿か?いいや、違う。彼女はアルスラーン殿下や他の者達と一緒に郊外の無人となった集落に潜んでいる。それとは別の何か良からぬことを企む者の仕業だろう。

「追うぞ、ダリューン!」

俺たちは弓を持ったまま逃げ去ろうとしている人影を追いかけ、駆け出した。

◇◇

バルカシオン伯爵はいつも私の事をエトワールと呼んだ。何度も「私の名前はエステルです。エトワールなどという名は捨てました!」と訴えても、その場は詫びるものの、次に顔を合わすとやはり私をエトワールと呼ぶのだ。古い友人だったという祖父から託された私をまるで本当の孫娘のように思ってくれていたのかもしれない。女の子なのだから、戦いの悲惨さなどとは無縁でいるべきだと本当は言いたかったのかもしれない。でも、もう何も言ってくれない。答えてさえくれない。一本の矢がこの方の命を奪っていってしまったから。

「おのれ、誰だ!誰が殺した!誰がこの矢を打ち込んだのだ!」

伯爵様のご遺体を抱きかかえたまま、周りを見回す。するとおずおずと答える者があった。

「どこから飛んできたものかは判りませんが、だとするとこれは『弓の悪魔』の仕業かもしれません」

「『弓の悪魔』だと?何なのだそれは!」

「先日、ジャン・ボダン大司教を遠矢にて殺した者です。この方の死因も弓。だとすれば、おそらくは…」

おのれ、弓の悪魔め!必ず復讐してやる!伯爵様の仇を絶対に取ってやるからな!

◇◇

ちょうどその時、ラクシュは超盛大にくしゃみをしたらしい。

「嫌だなー、殿下以外の人からの電波なんて受信したくないのにさー」などとぼやきながら。
 
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