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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第二部 原作開始
序章 王都炎上
  第二十話 騎士見習

ラクシュが俺は諜者のほとんどを取り上げられており、ラクシュと三人娘しか残っていないとアルスラーン一行に話していたのは、半分は事実で、半分は嘘だ。確かに、一時的にはあの四人のみになっていたが、ギランに到着した直後に、ラクシュの父親でパルス国内の諜者統括の任にある男が、配下の半分二十人をラクシュの為に送ってきてくれたのだ。あの男は娘にダダ甘だからな。

だが、いくら頭領の娘でも、弓以外は及第点ギリギリのラクシュに統括させるなんて無理な話。そこはカルナから密かに後継者と目されてすらいたフィトナに任せることにした。原作でフィトナは支配者不在となったミスル王国で女王として君臨し、一軍を率いてパルスに侵攻を図ったりしていた。それだけに統率力とカリスマには折り紙付きだ。二十人の諜者はフィトナを前にして、その威に打たれたかのように平伏し、絶対服従を誓ったという。そして、その指示に従い、すぐさまパルス各地に散った。…こいつ、俺より支配者に向いてるんじゃね?まあ、いいや。任せられる仕事は任せてしまおう。

◇◇

おとーさんから譲ってもらった諜者の一人から、私、ラクシュに連絡が入った。

『ザッハーク一党に潜伏中のグルガーンより、尊師の弟子がルシタニアの要人暗殺に動き出したとの知らせあり、注意されたし』だそうだ。

あちゃー、もうナルサスさんたち王都に行っちゃったよ。タイミング悪いなあ、もう。

まあいいか。あの二人なら何にも知らなくても何とかなるなる。私はこのままこの廃村で待機しつつ、殿下への愛のポエムをしたためていようっと。

◇◇

弓を携え逃げる男を、俺、ナルサスとダリューンが追う。だが、男は家々の屋根を飛びつたい、俺たちは地上を走っている。くそ、このままでは振り切られる!そう思った刹那、ダリューンが逃げる男に対して短剣を放った。

「ぐおっ!」

しめた!背中に短剣が刺さって奴が屋根から落ちた。すかさず、俺たちは路上に落ちて横たわり、背に刺さった短剣を抜かんとしていた男に追いつき、剣を突きつけた。

「何者だ、貴様!何の目的があってあのルシタニア人を殺した!」

その問いに、暗灰色の衣に身を包んだその男は含み笑いと共にきしむ様な声で答える。

「くくく、我が名はビード。蛇王ザッハーク様に仕える下僕の一人よ。ザッハーク様復活の為には更なる流血が必要でな。あの様な良識派に賢しらに振る舞われてそれを妨げられては困るゆえ始末したまでのことよ!」

「何、ザッハークを復活させるだと!?」

「その様なことは許せぬな。ビードとやら、お主にはここで死んでもらおう」

「くくく、出来るかな?お前たちごときに!」

くっ、こいつ、その言葉とともに、刺さっていたナイフを俺に投げてよこしやがった。それを躱すも、ビードに距離を取られた。斬りかからんとするダリューンだが、

「ぬっ、こいつ何かを!」

ビードの右手がすばやくひらめくと何かがそこから飛来し、ダリューンはそれをのけぞって躱した。何だ、今のは?

「くくく、操空蛇術の一種でな。魔力で空気を瘴気に染め、蛇の形にして放つ魔道の技よ。しかも我ほどになれば、幾らでも瞬時に放つことが出来る」

「なるほど、先程の矢もそれを用いて遠くへ飛ばしたということか」

「おお、その通りよ。そして、死ぬのはうぬらの方だ!そらそらそら!」

ビードは瘴気の蛇を次々と放ってくる。その為、剣の間合いまで近づくことも叶わない。躱すので精一杯だ。

「おい、ナルサス!どうにかならないのか!」

「こうひっきり無しに飛んでくるのではな!せめて奴の動きを一瞬でも止められれば…」

「ほう、ならばいい手があるぞ?」

ダリューンが人の悪い笑みを浮かべる。こいつがこんな表情をする場合、ろくなことではないんだが…。

「おい、ビード!これを見ろ!」

ダリューンが懐から何ものかを取り出して掲げ、ビードに見せつける。何だ、あれは?光の加減で、俺の位置からはよく見えんが…。

「…な、何なのだ、それは…」

む、ビードがおよそ理解の及ばぬ何かを見たと言わんばかりに硬直している?よし、今だ!俺は一瞬で間合いを詰め、奴の首をはねた。路上に転がった奴の首はそれでもまだ表情を凍りつかせたままだった。

「ナルサス、見事だ!」

ダリューンが先程ビードに見せつけたものを片手にこちらに駆け寄ってくる。んん?何だかそれにはひどく見覚えが…。思い出した!それは

「おい、ダリューン。それはお主が絹の国に赴く際にお守り代わりに心を込めて俺が書いてやった色紙じゃあないのか?」

色紙と言っても、邪魔にならないよう手のひら大程度の大きさだ。そこに俺はダリューンの雄姿を克明に描いたはずなのだが。

「いや、怨念を込めた描いたこの世ならざる者の姿絵だろう?まあ、絹の国でも今ここでも魔除けとして最大限の効果を発揮してくれたがな」

ニヤニヤと嗤うダリューン。常日頃の重厚さなど何処に捨ててきたのかと言う感じである。

「ダリューン、お前!お前なあ…」

俺は二の句を継げずに口を虚しく数回開閉させた。こいつ、人の絵を何に使っているんだ!どうやらこいつには芸術の何たるかをこんこんと説いて聞かせてやる必要がありそうだな!まず、何から言うべきか…

と、思っていると、路地の奥から足音が聞こえてきた。

「何だあ、人がせっかく気持ちよく飲んでたってのに、やかましくしやがってよ…、げっ、ダリューン!?」

酒瓶を片手にフラフラとこちらに歩いてきて悪態をついていた男が、相手がダリューンに気づき、踵を返そうとした。おや、この男パルス兵だ。そして、おそらくカーラーンの一党に属してルシタニアの走狗となっている者だろう。俺たちは目線で合図しあい、奴を追いかけ袋小路に追い込んだ。

「さてと、話してもらおうか!国王夫妻の居所をな!」

◇◇

「待て、待つのだ!伯爵様の、バルカシオン様の仇め!この騎士見習いエトワールがこの手で葬ってやる!」

そう叫び、やたらと剣を振り回してくる小柄な騎士見習いに私、ラクシュは追いかけられている。街中で見つかり、何とか乗ってきた馬のところまで逃げ延び、王都から脱出して安心したのもつかの間、この子単騎でどこまでも追いかけてくるんさー。ああもう、どうしてこんなことになるのさー。


「母上がルシタニア国王に結婚を迫られている!?…そんな、そんな事を許す訳にはいかない…。一刻も早く母上をお助けしないと…」

王都から戻ってきたナルサスさんたちからもたらされたバッドニュースにアルスラーン殿下は一瞬呆然とした後、そう呟き、すがるような目を私たちに向けてきた。いや、そんな顔をされてもねー。正直無理だよー。ここに居る人数だけで、王宮からタハミーネ王妃を助け出そうなんてさー。

あ、シンリァンさんが、まだあわてるような時間じゃないとアルスラーン殿下に語りかけてる。ナルサスさんやダリューンさんもそれに同調してる。そうだよねー、そもそもそんなの他のルシタニアの人たちがやすやすと認めるはずがないしさー。

「確かにみんなの言うとおりだ。今は私の感情より、この国を救うことを考えるべきなのだろう。だけれど、母上は敵中にたった一人で、さぞ心細い思いをされているだろう…。何とか母上の気持ちを安んじて差し上げることだけでも出来ないだろうか」

うーん、けなげだね、アルスラーン殿下は。あんな、冷たい自己チュー女をそこまで気遣うなんてねー。ここはこのラクシュおねーさんが一肌脱いであげるとしようか。よし、いつもよりほんの少しだけ丁寧な口調をこころがけて、と。

「アルスラーン殿下、私はそのお優しい気持ちに大変感銘を受けました。ならば私が王宮に矢文を打ち込み、殿下のご無事をお知らせ参らせましょう」

「おいおい、ラクシュ、王都にはヒルメス王子だって居るんだろう?お前じゃあ見つかったらひとたまりもないぞ?」

ギーヴさん、止めてくれるな。それに私は大丈夫さー。

「ふふん、ギーヴさん、心配ご無用なのさー。実はねー、ヒルメス王子は火が弱点なのだよ。昔焼け死に掛けたからねー。それさえ知ってれば何とか逃げるくらいは出来るさー」


ってな訳で、王都に忍び込んで首尾よく王宮の王妃様がいる辺りに矢文を打ち込めたまでは良かったんだけどねー。何処かでこの子に見られてたみたいなんだよねー。何だかずっと追ってくるんだよー。

騎士見習いエトワールってことは、あのエステル・デ・ラ・ファーノだね、きっと。うちの殿下に聞いたことがあるわー。真面目一辺倒なアルスラーンが唯一心惹かれるかもしれない女の子。真っ直ぐで一生懸命で、庶民として育っていた時期はともかく、王宮で育てられるようになってからは決して出会うことがなかったタイプであるらしい。見つけたら決して殺さずに、アルスラーンの所に連れて行くようにと、うちの殿下からは言い含められていた。

なのに、それがどうして私をこんなにしつこく執念深く追いかけてくるのー。冗談じゃないよー。

「ちょっと待ってよー。伯爵とか、バルカシオンとか、そんな人知らないよー。人違いだってばー」

「しらばっくれるな、弓の悪魔!ジャン・ボダン大司教だけでは飽き足らず、バルカシオン伯爵まで射殺しおって!伯爵は私の恩人だったんだぞ!それをよくも!」

あー、そういうことねー。街の噂で私が「弓の悪魔」って言われてるってのは聞いてはいたよ。至高の聖職者を手に掛けた悪魔のような異教徒、人間離れした弓の使い手、それで「弓の悪魔」ね。何かこう、ひねりが足りないよね。もっと厨二病魂が震えるようなナイスなネーミングはなかったんかーい!それはともかく、その伯爵って人は何者かに弓で殺された。そして、さっきも王宮目掛けて矢を放ってた怪しい人物がいた。それは全て弓の悪魔と思しき私の仕業だろうってことなのねー。よく判ったよ。判りたくないけど。

「ええい、ちょろちょろと逃げよって!いい加減我が刃にかかるのじゃ!」

「うわわっ!」

おっと、今の一閃、首筋をかすめたよ!これ、騎士見習いの太刀筋じゃないでしょー。何でこの腕で見習いなんてやってんのさー。これはちょっと私の腕じゃ殺さずに連れて帰るなんて無理だよー、殿下。それにしつこいし。さっきからどんだけ振り切ろうとしても、全然駄目だしさー。

おっ、そうだ!閃いた。このまま追いかけさせて、アルスラーン一行のところまで逃げ続けよう。そこにはダリューンさんもナルサスさんもシンリァンさんも、あとギーヴさんとかもいる。彼らが束になってかかれば、生け捕りだって難しくはないはずさー。

ざん

そんなことを考えながら向かい風に向かって突き進む中、頭のすぐ後ろでそんな音が聞こえた。

あれ、今なにか斬れた?あれ、髪が?髪がー!ポニーテール美少女と名高い私の髪の馬の尻尾部分がー!ちょっ、マジでヤバい、この子本当に強いって!生きて帰れるの、私ー?

◇◇

パルス暦320年、アトロパテネでの敗戦の後、国王アンドラゴラスの消息は途絶え、王都エクバターナはルシタニア軍により陥落せしめられた。このときをもってパルス王国は滅びた。周辺諸国の史書にはそう記載されることとなるだろう。それをただのカイ・ホスロー王朝の終焉のみでとどめられるかは、今後の俺たち次第であった。
 
 

 
後書き
序章 王都炎上 はこれにて終了です。次回から 第二章 王子三人 に突入します。 
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