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カラミティ・ハーツ 心の魔物

作者:流沢藍蓮
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Ep10 英雄がいなくても……

〈Ep⒑ 英雄がいなくても……〉

「……まだ目を覚まさないのか」
 フェロンがリクシアのベッドを覗き込んだ。
 あれから一週間。力を使い果たしたリクシアは、いまだに目を覚まさない。
フェロンは思う。
「高名な魔導士に頼めば、もしかして――?」
 目覚めるかもしれない。しかしそれには金がいる。そして町を転々と旅するだけの彼に、そんな金があるはずもない。それに、傷の癒えきっていない彼に、長い旅ができるはずもない。
 しかし、このまま彼女が目覚めない可能性だってある。ある、のに――フェロンは何もできない自分をもどかしく感じた。
「詰んだ、ね」
 完全に手詰まりだ、どうしようもない。フェロンは考える。リクシアを助けるために、ひたすら。
「古い知り合いでも訪ねてみようかな……」
 叶わぬ夢だ。どこにいるかもわからないのに。それに皆、リュクシオン=モンスターにやられて死んでしまっている可能性が高い。
フェロンはリクシアに呼び掛ける。
「……ねぇ、リア」
 起きて。目覚めて。
 大切な人のためになりたいのなら。眠ってないで、起きてきてほしい。
フェロンは願うように呟いた。
「君のことを、みんな、必要としているぞ……」

  ◆

 時は、待ってはくれない。
「またですかぁ!?」
 ルードのすっとんきょうな声が響いた。
「お客さん、お客さん! また来ました! 魔物です!」
 隠れていろと、フェロンは叫ぶ。彼はゆらりと立ち上がった。
「……フェロン、さん?」
 ルードの声に、心配が混じる。
「フェロンさんはまだ完調じゃないんですから、やめたほうがいいですよ!」
「……でも、行かなきゃ」
 言って、腰の片手剣に触れる。手を開き、閉じ、足を動かし、感覚を確かめる。
 大丈夫だ、戦える。
 今は、こんなことには真っ先に飛んでいく、元気で明るい英雄はいない。正義感の塊みたいな少女はいない。 英雄は、眠ったままだから。でも、英雄が不在でも、英雄が必要なときだってある。
 だから、彼は立ち上がる。
 英雄がいなくても。その目を覚まさなくても。
「……君がくれた命だろう?」
 あのとき。彼女が割って入らなかったら、彼は絶対に死んでいた。
「僕は、行くよ、ルード」
 「フェロンさん!」その目に決意を込めてフェロンが店を出ようとすると、その背に声が追いすがる。彼はその声を無視して、しっかりと言葉を紡いだ。
「英雄がいないなら、僕がその代わりをすればいいんだ」
 彼女がいるなら、絶対にそうする。正義感の塊みたいな子だから。
(それを、恩返しとしたいんだ)
 彼は広場にその足を踏み出した。

  ◆

「いやぁ! やめてぇっ!」
 現れた魔物は全部で三体。そのうちの一体が、幼い女の子を襲おうとしていた。フェロンはその場へ駆け出し、稲妻のような速さで抜刀する。
 大丈夫、戦える。傷はそれなりに癒えた。
「きゃぁぁぁああああああっ!」
 悲鳴を上げる女の子を背にかばい、その片手剣は魔物を一閃した。

「……何とかなったみたいだ」
 魔物を一体、斬り捨てると、驚く女の子はそのままに、フェロンは同い年くらいの少年に襲いかかっていた魔物へと走る。
 大丈夫だ、戦える。この程度でへたるような体力じゃない。
「わおっ! お前……!」
「そこをどけッ!」
 紫電一閃。斬りかかった刃は確実に、怪物の喉元をしかととらえた。
 英雄がいないなら。英雄がいないなら。力を尽くして代わりとなろう。
 フェロンは剣の露を払う。
「……二体目」

 三体目の魔物は、なんとルードの宿の前にいた。
「……馴染みの宿だ、やらせるか」
 フェロンはそう吐き捨てながらも、自分の心を叱咤した。
大丈夫、戦える。まだまだ剣は鈍っちゃいない。
「フェロンさんー!」
 泣きつくルードに優しく笑いかけ、彼は英雄の代わりに剣を振るった。それはあっさり魔物を斬った。くずおれた魔物は人に戻る。魔物は美しい、美しい、娘だった。それを見、泣き伏す家族たち。フェロンは知っている。これが摂理だ。
「…………」
フェロンは振り向かずに、宿に戻った。

  ◆ 

 宿の部屋で、フェロンは膝をつく。剣を支えにして何とか倒れずにしている。
――彼は、限界だった。
 ちっとも余裕じゃなかった。大きな傷がないのが不思議なくらいだ。
「……三体も相手にすればぁね」
 荒い息をつき、呼吸を鎮める。
「……リア」
 フェロンはそっと呼びかけた。
「君は、いつまで目覚めないわけ?」
 あんな大きなことがあったのに、英雄はいまだ眠ったままで。
「……目覚めろよ」
 呼びかけても、何一つ反応はないままだ。
 英雄はいない、英雄はいない。英雄の代役ももう戦えない。
「誰がみんなを守るのさ……」
 リクシアは、目覚めない。

 
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