| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ランス ~another story~

作者:じーくw
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第3章 リーザス陥落
  第106話 戦うか、逃げるか



 ~リーザス城 2F~



 転移の光が玉座の間を照らした。

「っ……」
「な、なに!?」

 アイゼルとサテラ、そして アイゼルの使途達は息をのんだ。
 それは本当に突然の事だった。人間達とノスが相見えていた事も 復活した魔王ジルがその封印の間に降臨した事も知っていた。
 最早逃げる場所もないが、サテラはせめて 主君と仕えていたホーネットの元へと逃げ……いや、帰還し報告をと考えていた矢先の光だった。

「……………!? ジル、様…………っ!」
「ひ、ひぃ…… じ、じる、サマ……」

 魔王に従う魔人の本能。そして生存本能の双方が何もかもに優先して、アイゼルとサテラ 2人の身体を跪かせた。

「わ、わわわわ………」

 当然、使途達も同じ様にだ。シーザーとイシスに至っては主サテラの命令がないのにも関わらず、サテラと意思疎通をしているかの様に首を垂れた。

「(そ、それにしても、あれ、ジル様……、なの? あんな姿、だっけ……? あれじゃトパーズみたいな……)」
「(どーゆー意味よ!)」
「(シャラップ!やめなさい……! こ、このインティミデイティング、確かに、魔王、ジル様の……)」

 使途達がこそこそと言い争いに似たモノをしているが、アイゼルはそれを咎めたり御したりしない。……いや、する余裕が全くないと言うのが正しい。

「………………」
「っ……っっ……(ほ、ほーねっと……さまぁ……)」

 黙して微動だにしない。それが主を迎えた我々魔人の唯一の作法であり、多少姿が縮もうと嘗ての主君をアイゼルが見間違う筈がない。サテラも本能には完全に敗北しており、僅かに残った心の隙間を埋める様に、今の……以前(・・)の主ホーネットに想い馳せていた。


「………………」


 だが、そんな2人を見る事は…… いや、視界にすら入れる事なく、周囲にふらふらと視線を泳がせるジル。
 その意味が判ったのはアイゼルのみだった。

「(……そう、だな。そういう方……だった)」

 恐怖が、背筋を凍らせていくのが分かる。得体のしれない存在と相見えた時 確かに恐怖した。だが、それとはまたレベルの違った恐怖。かつての絶望を思い出せてしまったから。


『お前が、アイゼルが恐れている……と言う者は かの時代の魔の王か……』


 不意に頭に過るのはあの時の声。
 アレも全てを見通しているかの如き発言をしていたが、この結末をも想定していたと言うのだろうか。

 アレは、十中八九 ほぼ間違いなくあの人間(・・・・)に関係する何か(・・)だ。

 人間ではありえない威圧感をもっていて、更に間違いなく人間に与している。ならば、そんな者が、ここまで見通していたのであれば、何故事前に防ごうとは思わなかったのだろうかと思える。
 
 だが、そんな思考さえも黒く塗りつぶしていく様に、ジルの姿がより一層大きく視界に映った。

「くくく…… アイゼルよ。ようやく……ようやくだ。思いは成ったぞ」

 勝ち誇る様に、声量こそは小さいモノのいつもより遥かに陽気な声をノスは上げていた。

「ええ、ノス……あなたの執念の、勝ち、ですよ」

 アイゼルは思い出していた。
 魔剣カオス、魔王ジル。

 それらは、いずれも千年前に……しかも詳細は不明なままに消え去ったものだった。そして消失と同時に新たな魔王ガイが誕生した。 ガイが何かをしたのは一目瞭然だったが、魔王と魔人の間には絶対服従である為詮索など出来るハズがない。

 それを今日にいたるまで隠れ調べ続け、己例外も動かし、更に利用して開封に至ったノス。最早執念の塊と言う他にはない。

「もはや、ホーネットに……ガイの娘なぞに従う素振りも必要ない。真の主に忠誠を捧ぐ時が戻ってきた」
「……そう、ですね。選択肢もない話です」
「して……サテラよ」
「っっ!!」

 ずっと頭を下に、ノスにさえ視線を合わせられず、身体を小刻みに震わせていたサテラ。不意に呼ばれ、身体に電流が走った様にビクンっと震わせるとおずおずと頭を上げてノスを見た。

「選択肢も無い話……アイゼルは判っておる様だが、貴様は判っているのか?」
「な、なにが……だ? ノス」
「ジル様は、ガイめに封殺された。……長きにわたり苦しめ続けた。そして、今貴様が主君と崇めているのはホーネット。……ホーネットはガイの娘。その罪、子にも向けられると言う事だ」
「っっ……!!」

 ホーネットには関係のない話だ。
 魔王ガイ……、ガイがジルを殺し、魔王を継承した。その後に生まれたのがホーネットなのだから。だが、そんな話が通じる相手ではない。

「言うまでもなく、訊くまでもない話だが、……誰に従うのか、キサマの口から聞いてみたい」

 ノスはにやりと笑ってそう言う。そしてサテラは震えている。
 ホーネットを、裏切る他ない。……否、ホーネット自身もジルに従う他ないのだから 厳密には違う。でも、ホーネットが殺されるのは間違いない。ノスのガイへの憎しみ。それが娘にまで向けられている事は判っているのだから。

「ジル……様、です」
「ふっふっふ…… それで良い」

 満足した様に呟くとノスは背を向けた。

「(ふん。……目の前でホーネットを徐々に苦しめ、血祭に上げ、少しでも止めようものなら同じ地へ送ってやる)」

 ――ノスはサテラをホーネットと共に殺すつもりなのだ。

 ホーネットが傷つけられれば、如何に魔王の行為とは言え 少しも黙ってみていられる筈がない。長く共にいた時が長ければ長い程それは顕著に表れる。

 ガイに与した者どもの抹殺。それが次なるノスの目的なのだから。

「っ……。ノス」

 アイゼルが声をかけた。
 それはサテラを庇う為と言ったものなどではない。圧されていた為そんな余裕はアイゼルには無かったからだ。だが、ある意味では衝撃過ぎる光景を目の当たりにし、反射的に口が動いた。

「その手は……どうしたと言うのです?」
「ぬ……?」

 アイゼルに指摘されノスは右手を改めて見た。右手の指。中指から親指にかけて切断されている自身の手を。

「ふん……。カオス。忌々しい力だ」

 ノスはそれに答える事なく、ただただカオスに憎しみを新たにした。粉砕できなかった事がどれ程悔やまれる事かと嘆くが、ジルが絶対なのは間違いない。


「…………ノス」


 そんな中、ジルが口を開く。

「は、ジル様」
「……………」

 痛い程の沈黙の最中、この場にそぐわない 『くー……』と言う珍妙な音が響く。

「…………」
「…………」

「(えっ、えっ、今……鳴ったのジル様のお腹……?)」
「(ば、馬鹿! 喋るなって……!! 笑いもするな、寧ろ息もするな!!)」
「(2人ともシャラップですっ!)」

 ジルの腹の虫の音。
 あまりの事に思わず大きな声が出そうになった使途達だったが、どうにか小さくする事が出来た。想うだけで殺される気がしたから、気が気じゃなかった様だが。

「くっ…… ふわははははは。ジル様、まずは……お食事ですか」
「………力を」
「はっ。承りました。少々心当たりがございます。……おみ足に障りましょう。失礼を」

 執事めいた仕草でノスは恭しくジルを抱えて歩き出した。
 アイゼルとサテラも、同じ様に素早く立ち上がり、後へと続く。

「(ノスに傷をつけたのは見事……と言う他ありません。人類史上初の快挙、と言うべきでしょう。……恐らくはあの男が……)」
「(ゆ、ゆーり……。さ、サテラは、サテラは……。ほ、ホーネットぉ……)」

 奇しくもアイゼルとサテラが思い浮かべる男の顔は同じだった。
 闘神都市を幾つも落とし、人の世では伝説と称される武士を蹴散らし、様々な逸話を作った魔人ノス。その身体に傷をつけるものなどいる筈がない。ましてや人間でなど考えられない。 
 身体の一部を奪うと言う快挙を目の当たりにしても、未来は1つしか見えなかった。


「(………終わりか、人類も………)」


 漠然と、そんな……予想や諦観というより、もっと確定的な予定図が頭の中へと浮かんでくる。どうしようもない程に、それらは四肢を重くしていったのだった。


























~リーザス城 王女の大居室~


 視界は真っ暗だった。いつから暗いのか判らない。ただ、闇の中でランスは身体が動かせずにいた。そんな世界で小さく、それでいてはっきりと聞こえてくるものがあった。

「……ぃたいの、とんでけー……とんでけー………」
「ん………?(なんだ、声? それに柔らかい感触が)」

 そう、小さな声。だが自分はこの声の主を知っている。いつもそばにいて、それが当たり前で、空気の様な存在。……奴隷と言う名の……。

「む、お……。ふぁ……ん、ここは……?」
「あ、ランス様。お体は大丈夫ですか? 一応、ヒーリングはかけておきました」
「ふむ。問題はない……が、ここはアレか。封印の間の上の。リアの部屋か」
「そーだよー。それにそこはリアとダーリンの愛を育む為のベッド~ なんだけど、そこの奴隷がどーしてもってさぁ……」
「は、はぅ…… で、でも やっぱりユーリさんの言ってた通り、こうした方が……」

 シィルはリアの眼光に竦みあがりそうになったが それでも今は何がベストなのかをしっかりと告げた。その事に関してはリアは渋々了承している為、問題ない。マリスが入れば マリスに任せる所なのだが、今は別用で出払っているからそれも出来なかった。

「む。どういう事だ? それにオレは何時の間に眠ってた?」
「この部屋まで来た途端でした。驚くほどあっという間に……」
「むむ……。そういやぁ戦争が始まってからあんま寝てなかった気がするからな。しょうがないか。がははは」
「(んな訳ないでしょ。色んな子と寝てた癖に……)」

 影から見ていたかなみは、ジロリとランスを睨む。
 この部屋にはいないユーリと一緒に行動を共にしたかったのだが、リアがこの場に残る事。最低限の戦力は残す事と色々説得に近く諭されてこの場に残る事にした。ユーリ直々だったから、仕方ないのも確かだ。


「(……でも、本当に大丈夫……なのかな。こんなゆっくりしてて。……い、いや ユーリさんを疑う訳はないけど…… ど、どうしても不安は残るから。……あんなのを目の当たりにしたら……)」











 思い出すのは、ジルと相対したあの時。

 確かに、ジルは姿を消した。圧倒的な圧力も同じくあの場からは消失した。ユーリたちの話では上に強い圧力を、あの禍々しい気を感じるとの事だったが、それでも 同じ空間にいなくなった、と言うだけで包まれた安堵感は半端ではなかった。
 
 どれだけ通じるかはわからないが、部屋に結界を施し、更には ロゼの秘蔵の結界アイテムとやらも発動させ、少しばかり安心する事が出来た部屋に到着した際には、ランス程ではないが、殆ど全員が身体から力を抜けてしまった。

 ベッドを見るなり、ランスは気絶に近い勢いで倒れ込み、シィルは勿論、リアも心配をしていたが 大丈夫だと言ったのはユーリ。

『オレもアレの傍にいて、アレだけの瘴気を叩きつけられて、……正直ヤバかった。単純な話、ランスはアレと相対するにはレベルが心許なかったんだろう。だから その反動が今きた様だ。戦いはレベルだけじゃないんだが……それでも絶対的な影響は間違いないからな』

 そう言うと、シィルに目を向けた。

『だが、かけておいた方が間違いなく良い。時折ヒーリングを頼めるか? シィルちゃん』 
『は、はい。勿論です』

 シィルは直ぐにランスの元へと駆け寄ってヒーリングをする。
 それを見た志津香は、ユーリの脇腹を小突く。

『何言ってるのよ。……この場で誰よりも休まなきゃいけないのはユーリの方でしょ? 何でもかんでも他人優先してんじゃないわよ。ちょっとは自分を労わりなさい』
『あぁ。返す言葉もない……と、言いたいが、オレはまだ大丈夫なんだ。……クルック―とセルさんのおかげでな』

 ユーリは名を呼んだ2人を見た。
 ランス程……ではないが、2人にもかなりの疲労の色が見える。クルック―は表情には出ないと思われがちだが、それでもユーリには判るつもりだ。……相当消耗していると言う事に。

『大回復。……助かったよ。打ち合わせ通り、と言うだろうが、アレは相当高度な魔法だ。今もきついだろ?』
『いえ、仲間であれば当然です』
『そう、です。あの場で私が出来る事をしただけで……。ユーリさんがいなければ、皆どうなっていたか……』

 必死に錫杖で身体を支えるセルと、立ってはいるものの、薄く壁にもたれ掛かってるクルック―。そんな2人に笑いかけるユーリ。

『それでも礼くらい言わせてくれ。……今はゆっくり休むと良い。ロゼ。頼めるか?』
『はいはいな。もち、アレと相対しに行くんなら、もー、そこまではいかないからね? ちゃんとあたしの100分の1くらいは働くアイテムは渡しとくからさ』

 ロゼはその露出度の高い装備の何処から取り出したんだ? と思うくらいのアイテムを颯爽と取り出していた。
 中でも 『月の加護(微)』は 2人の疲労は勿論、この場の人間全員に効果があるから最高のアイテムの1つだ。

『ロゼはパネェよな……? 薬屋のオレも頑張らねぇと……。大奮発だ。世色癌シリーズばんばん放出キャンペーン、ってな』

 ミリも負けじとアイテムを散財。
 バカバカしいやり取りにも聞こえない事はないが、それでも助かる事この上ない。

『ユーリ。……ここで体力回復に努めるのは賛成だ……が、あまり うかうかも出来ないんじゃないか? アレが動き出せば、瞬く間に地獄へと変わるぞ』
『……うむ。まさか魔人どもの目的が かの魔王の復活を目論んでおったとは。………………』
『トーマ。今更責任を取り、自害を。等とは言わないよな?』
『言わぬよ。清十郎。……もはや儂程度の首1つで済む様な小さな話ではない』

 眼を瞑り、考え込んでいた清十郎が口を開いた。そしてトーマも同様だ。
 あの魔王を前にし、その強さを身体中で感じた。かつてない死を予感させた。その計りがこれから起こるであろう惨劇を容易に連想させたのだ。人類最強の称号を冠していたトーマもそれは例外ではなかった。

『……あの女。ほんとに、魔王………なの……』

 不意にリアも口にする。
 ランスの傍にいて、シィルに二度三度苦言を言ってやろうとしていたが、魔王の話題になればそうはいかない様子だった。それに応えるのはマリス、そしてユーリだった。

『確かに立ち姿と伝承は少し違いますが、……アレは間違いないと推察されます』
『間違いなく魔王だ。……先々代魔王ジル。人類にとって最悪。最凶と称される魔王』

 まるで詳しく知っている様に話すユーリ。
 その知識についてルーツまでも詳しく訊きたかったマリスだが、今は口を噤んだ。

『あの傍らにいた魔人ノス。その名はオレ達でも十二分に知ってるだろ? 闘神都市での魔人戦争……。その逸話は吟遊詩人の詩にも載っている程の大物。アレがあそこまで従う姿勢を見せる相手など、魔王以外にいない』

 ノスの伝説は 異国から来たと言う清十郎を除けば、この場にいる殆どの者が知っている。(ランス知らんと思うが)そのノスが……と言う件の話を訊き、誰もが納得する事が出来た。出来たと同時に恐怖もする。
 あれが間違いなく魔王である、と改めて思い知らされる結果となったのだから。

『……お恥ずかしい限りです。私は、動く事さえも満足に出来ず』
『それを言うならば、オレもだ。死合うと口にしておいて、情けない』
『儂もだ。……(この中で、躊躇せず飛び込んだのはユーリただ1人。………恥じる所は当然。じゃが、なぜそこまで迷いなく魔王相手に……)』

 珍しく悔しそうに表情を歪ませる解放軍のトップクラスの戦力である3人。魔王相手に悔しがる事が出来る事事態が異常だと言えるかもしれないが、そこをツッコむものなど誰もいなかった。
 そして、更にトーマが想うのはユーリの事だ。魔王相手に臆するどころか、最高の業を叩きこみにいった。まるで、御伽噺に出てくる勇者の様に。何故 そこまで出来るのかがトーマにとって不思議でならなかったが、今は口にする事はなかった。

『それで……?』

 そして、ユーリの傍らにいたフェリスはゆっくりとした動きでユーリの前に出た。

『どうするって言うの? ……あれを前にして戦意を失わずさらに啖呵切った事自体 大概おかしな話だけど。……見逃してもらった、と受け取っても良いんじゃない? ……正直に言えば ここらで撤退戦に切り替えた方が生き残る可能性が高いと思うわ』

 リーザス解放を掲げて戦ってきた。それが敗走する……となれば、納得など出来る筈もないが、相手が魔王であればそれも致し方ないと判断するだろう。全ての人類を滅ぼす事が出来る存在なのだから。歴史がそれを物語っているのだから。今の時代が幸運であるだけであり、ほんの少しのズレ、歪で それは儚く、脆く散ってしまう。何千年もの間虐げられ苦しめられた。そして 魔王ガイの時代……境界線が作られた。ただ、それだけなのだから。人間が勝ち取り、得たからではないのだから。

『……ほんと、優しくなったよな? フェリス』
『……は?』

 フェリスの頭にぽんっと手を置くユーリ。
 そしてフェリスは呆けてしまい。素っ頓狂な声を出してしまう。

『戦えば死ぬって判るから止めてくれてるんだろう? オレが死ねば、オレやランスが死ねば、フェリスは自由になれるって言うのに。……皆の事を考えてくれてありがとな』
『ななな、何馬鹿な事言ってんだ!! わ、私は アレと相対したくないだけで……。ゆ、ユーリたちと一緒なら、絶対……アイツと戦うから……』

『(言い訳になってないわねぇ……? 戦うから~って、私も一緒に戦う~って言ってる様なもんだしぃ?)』
『(だねぇ~。愛ってヤツだねぇ~)』
『(…………)』
『(し、志津香。顔、顔怖いってば)』

 
 それはいつもの光景……ではない。口に出さない、行動で示さない。それだけでもある意味異常だ。その空気が弛緩する様な軽いやり取りさえ、今取る事が出来なかった様だ。

『ああ。逃げるのは正直な所反対だ』
『……ユーリさん。その訳を訊かせてもらえますか?』
『勿論だ。根拠ないって訳じゃない。……ま、ランスが起きてから話したいと思ってたんだが、………起きててもコイツは訊かんから、シィルちゃん。覚えといてくれないか?』
『あ、はい!』

 せっせと回復に努めてるシィルにそう言うと、ユーリは皆の前に出た。

『魔王は完全じゃない筈なんだ』

『え……?』


 ユーリの言葉に皆が注目した。

『ジルはお魔王ガイの前……先々代魔王だ。魔王は任期が過ぎるとその力を失う。次世代の魔王に継承する事になる。ガイが魔王になったのは、恐らく カオスでジルを封じた時、返り血を浴びたんだろう。……魔王の血を浴びれば、そのものが次の魔王になる』

 それは、AL教でも上位に位置する者しか知らない世界の極秘の1つ。魔王の継承条件。それが何で一介の冒険者が知っていると言うのだろうか。最早冒険者としての嗜みの1つ、などと簡単な事で終わらせられるものじゃない、と思ったのはクルックーだった。それでも今言及したりしないのは 現状をどうするかが第一だから。

『アレは、恐らく大量の血を失い、且つ魔王の力も殆ど失っている。……ああ、クルックー。1つ聞きたい』

 ユーリの問いにクルック―はゆっくりと頷いた。

『まだ、()は変わってないよな』
『はい。……そう言った通達は来ていません。もしも、変わったのであれば、直ぐに判ります』

 その言葉の意味を理解出来ない者が殆どだった。
 それを悟ったクルック―は補足する。

『次の魔王が出現すれば、……即ち時代が移り変われば、それを知らせ花が存在するんです。魔王が生まれたなら……』

 クルックーは懐の鞄から花を取り出した。いや、厳密には花は咲いていない。蕾のままだ。

『花開き、それを告げてくれます』
『……本部からの連絡とかじゃなく、それを持ち歩いてるのか。ある意味そっちに驚きだ』
『ええ。大変希少なのですが、運よく持ってまして。ここ以外には恐らくAL教本山の聖堂奥にしかないかと』
『……ロゼと似た様なものか』
『なーんでそこで私の名が出てくるのかしら? んな金にならないものなんて、私持ってないわよん』

 クルック―とロゼのやり取りにまた、空気が弛緩したが それも一瞬だった。

『と言う訳だ。……流石にどれくらい消耗しているのかわからん。……だが 今逃げたら、それだけ力を蓄える時間を与えるも同じだ。戦うのなら、今が最初にして最大の好機なんだ。……逃せば、人類は終わる』

 全員の眼を見た。

『かといって、生半可かな戦力じゃ近づく事も容易ではない。人類が一致団結して、なんて話も夢物語だ。……オレ達がやるしかない』

 その数秒後……今度は眼を閉じた。

『勿論、強制はしない。よくよく考えたら、何かリーダーの真似事をしてるが、オレじゃなくランスだし。相手が相手。逃げたいと思った者を引き留めたりはしない。最後は自分で決めてくれ。戦うか、逃げるか。―――オレは決まっている』

 上部を見上げて続けた。





『オレには辿りつかなきゃならない所がある。……こんな所で終わる訳にはいかない』


  
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧