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フルメタル・アクションヒーローズ

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第73話 長電話は近所迷惑

 結局、入浴中は終始生きた心地がしなかった。いや、こうして命が辛うじて残されている分、まだマシなのだろう。

 女湯に引き戻されてすぐ、俺はタオルで目隠しをされ、されるがままに体を洗われていた。
 さすがに大事な場所くらいは自分で見られないように洗ったが、それでも美少女達に三人掛かりで、目隠しをされたまま背中を流されるというのは、なかなか安心できない状況であった。
 シャンプーのいい匂いや、体の端々に触れる柔らかい感触。そして、時々聴覚を刺激する、悩ましい息遣い。これでドギマギしない男は、童貞ではあるまいて。

「ど、どう? 気持ちいい、かな? 龍太君……」
「わかる……? 今、あんたの背中触っとるの、アタシの手なんやで……?」
「ワタクシに、せ、背中を流される喜び、お、おわかりでしてっ?」

 そんないじらしいコトまで言われつつ体を洗われたら、変な勘違いを起こすだろうがよ、ちくしょーめ……。

 ……だが、その時間は俺にとって、美少女達との事実上の混浴を楽しむ――というものではなかった。
 人を極限まで「楽園」に引き込んでから、一気に首でもヘシ折って地獄にたたき落とすつもりではないのか。そう勘繰らずにはいられなかった俺に、女の子の柔らかさを堪能する余裕など、存在するはずがない。
 いつ抱きしめると思わせて、後ろから首を「バキッ!」と折られるのか。いつ目隠ししたまま顔を湯舟に詰められ、窒素死させられてしまうのか。そんな憶測に一秒一秒の思考を支配され、俺は常に怯えていた。
 ――こんな楽園が、無条件で俺に提供されるはずがない。確実に裏があるはずなんだ。

 だが、どうしたことか。
 最後まで、何も起こらなかったのである。

 三人が「誰が俺の『前』を洗うか」で乱闘騒ぎになったくらいで(結局ソコは自分で洗ったが)、特に俺のタマが取られるような場面には、最後まで出くわさなかったのだ。
 そして、美少女四天王が湯舟から上がる頃には、俺は四郷に男湯まで投げ飛ばされていた。目隠しタオルが取れたのはその頃であり、結局俺は女性陣の裸をモロに見ることもなく入浴を終えたのだった。

 そう、まさに奇跡。俺は、まだ生きているのだ。

 独り寂しく身体を洗っていたらしい茂さんには、散々やっかまれたが……命あっての物種だろう。確かに死んでもいいくらいの幸せな状況だったかも知れんが、やっぱり長生きはしたいもの。
 下手をすれば十七年の短い人生に幕を下ろしていたのだから、裸が拝めなくたって万々歳だ。そもそも見る気もなかったんだし。

 ……だが、油断するにはまだ早い。
 たっぷり混浴を楽しませておいて、安心しきったところへ襲撃を仕掛けて来る可能性もある。
 あんなコトになっておいて、ただで済むはずがないのだ。どんな目にあっても、おかしくはないんだと覚悟しなければなるまい。
 就寝中に腹でもかっさばかれて、「中に誰もいませんよ」なんてされるのかと一度でも勘繰ってしまうと、ちゃんと眠れるのかも怪しくなってくる。いや、それだと屋敷が血で汚れるな。なら絞殺……?

 ……あ、でも、謝ったら許してくれるかな? なんだかんだで入っちゃったには入っちゃったんだから、そのことは謝った方がいいのかもしれないし。

 ふとそんな考えがよぎると同時に、俺は救芽井や矢村の部屋がある方へ振り向き――即座に首を戻す。

 ――ムリムリムリ! 怖い怖い怖い! そんな地雷原にバレリーナで突っ込むような無謀極まりないマネできるかぁっ!
 で、でも、やっちゃったことは謝らないといけないだろうし、身体洗ってくれたお礼も、多分ちゃんと言わないといけないのかもしれないし……ぬがああああッ!

 ――という感じに俺は今、この先の未来に絶望と焦燥を覚えながら、廊下を歩いている。今は入浴を終えて、就寝前の自由時間なわけだ。
 黒のタンクトップに赤い短パンという寝間着姿で歩き回るには、いささか豪勢過ぎる廊下だけどな……。

 最初は、自室に戻ってケータイでも弄っていようかと思っていたのだが、久水がいる可能性を考えると、戻るに戻れなかった。つか、なんであいつと一緒の部屋なんだよ……気まずいどころの騒ぎじゃないぞ。
 使用人達のヒソヒソ話によると、救芽井と矢村は裏庭で茂さんの制裁にご執心らしいし、二人に部屋のことで相談するタイミングはなさそうだな。したらしたで、なんかめんどくさいことになりそうな気もするけど。

「はぁ〜……ったく、これから一体どうなるんだか――んっ?」

 ――おや、着信が。なんだか今日はよくケータイが鳴るなぁ。誰からだ?
 ポケットから取り出したケータイを開いてみると……あれ、番号だけ表示されてる。てことは、また知らない人から? 伊葉さんは一応登録した筈だし……。

 と、とりあえず出てみる……か? 救芽井がケータイを持ってない以上、俺が救芽井家側の連絡係ってことになってるみたいだし。
 そういうわけで、俺は恐る恐る通話ボタンを押し――

『龍太君や、元気でやっとるかえ?』

 ――目を、見開いた。

「なっ、なっ……! その声、まさか……!」
『そう、覚えとるならそのまさかじゃよ。元気そうで、何よりじゃ』

「……ゴロマルさんっ!」

 忘れるはずがない。この妙に元気のいい爺さんの声を、俺が忘れるものか!

 救芽井稟吾郎丸(きゅうめいりんごろうまる)、通称ゴロマルさん。救芽井のお祖父さんであり、着鎧甲冑の基礎開発に携わっていた人だ。
 「技術の解放を望む者達」の件以来だし、まさか、またこうして声が聞けるとは思ってもみなかったな……。

『ほっほっほ。久しぶりじゃのう龍太君。樋稟との子作りは、もう済ましたかえ?』
「いきなりとんでもねー話題ぶちこんできやがった!?」
『まぁ、お前さんにはまだ早いじゃろうがな。その様子だと、当分はわしが開発した最新鋭避妊装置も必要なさそうじゃの』
「しかも最先端技術で果てしなく無駄なモノ作ってる!?」

 久々に会って早々の会話がコレとは……。ご令嬢本人といいこの人といい、救芽井家はなぜこうも極端にピンク色なんだ……!

『まぁ、それはさておき。お前さん、明日には四郷研究所でコンペティションに向かうらしいの』
「え? あ、あぁ、そうだけど……伊葉さんにでも聞いてきたのか?」
『そうじゃ。それから、お前さんがズバッと久水家の当主をやっつけた、という話も聞いたぞい』

 なるほど。ゴロマルさんの息子で救芽井のお父さんでもある、甲侍郎さんと伊葉さんは古い知り合いだって聞いた。なら、彼らを通じて、一連の事情がゴロマルさんの耳に入っていても不思議じゃない。

 ……でも、ちょっと待て。

「そっか――って、あれ? なんでゴロマルさんとの電話が通じるんだ? ゴロマルさんって、確か今は甲侍郎さんや華稟さんと一緒にアメリカ本社にいるんじゃなかったっけ? 確か救芽井が、それっぽいことを言ってたと思うんだけど」

 そう。聞くところによると、救芽井家の中で日本に来ているのは、樋稟お嬢様ただ一人、ということらしいのだ。他の家族はみんな、「救芽井エレクトロニクスのアメリカ本社」、という大企業の運営に手が離せない状態らしい。
 そんな中で、なんで日本の俺のケータイに、ゴロマルさんからの通話が来るんだ? 俺のケータイって、国際通話には対応してないはずなんだけど……。

『実は先日、来日してきたところでのう。今は甲侍郎との二人で、松霧町の民宿に泊めて頂いておる』
「へー、甲侍郎さんと民宿に。ふーん……?」

 ――え? 甲侍郎さん?

 救芽井エレクトロニクスの、社長が?

「……ちょ、ちょっと待てェェェェッ!」
『むお? どうしたのじゃ?』
「どうしたもこうしたもあるかッ!? 大企業の社長とその親父が会社ほっぽり出して、なんでこんな片田舎にッ!?」
『まぁ、いろいろあってのう。あ、わしらが日本に来とるという話、樋稟にはナイショじゃよ?』

 い、意味がわからん。その「いろいろ」のために、会社を放り出してまでここに来たってのか?
 救芽井には秘密にしろだなんて言い出すし、もう何がなんだか……。ゴロマルさんのことだから、悪い話だとは思えないけど……。

 ――でも、俺だって今となってはれっきとした「当事者」なんだから、もう少し詳しい事情ってモンを知りたい。お二方がわざわざ来日してるのは、伊葉さんが言っていた「日本の未来」って話と関係してるんだろうか? それとも、単に俺達の応援?

「あ、あのさぁゴロマルさん。コンペティションのことについて、もうちょっと詳しい話が聞きたいんだけど」
『ふむ。それなら甲侍郎に聞いた方がいいじゃろな。甲侍郎、代わってやりなさい』
『わかりました、父さん』

 げっ!? 甲侍郎さんが出てくるの!? 甲侍郎さんと話すのが何となく怖いから、ゴロマルさんにこの話題を振ったのにッ!

『久しいな、龍太君。娘は元気にしているかね』
「え、ええ。あ、あはは……ご無沙汰してます……」

 出た。出やがった。この渋い口調。紛れもなく救芽井の父親、甲侍郎さんだ。

『まず、この度は我々の活動に協力してくれたことを感謝したい。久水家での決闘、実に素晴らしい成長振りだと聞いたぞ』
「は、はぁ、どうも……」

 さすが、救芽井との婚約を半ばゴリ押しで決定してしまうような、アグレッシブ極まりないオッサンだ。言ってることは普通にいいことなのに、まるで責められてるような威圧に感じてしまう。

 しかし、なんか引っ掛かるな。伊葉さんは決闘の結果を聞いた、ってことを言ってたけど、彼は誰からそれを? 結果を聞いたってことは、実際に決闘を見た人から聞いたってことなんだよな?
 救芽井……はケータイ持ってないから論外だし、矢村はああいう人達とはそもそも接点がない。
 久水側の人達や四郷とかは……違うだろうな。ほぼ初対面の彼らが、俺が成長したかどうかだなんて、わかるはずがない。当主の茂さんですら、俺の過去を今日まで知らなかったんだから。

「あの、甲侍郎さん。伊葉さんは決闘の結果を、誰から聞いたんですか?」
『……言っても構わないが、それはもう少し待ってもらいたい。変に気にされて、コンペティション本番でのコンディションに支障をきたされても困るからな』
「はぁ……」

 だが、思い切って聞いてみても、結局はこうしてはぐらかされて終わってしまう。これ以上追及しても、恐らくはのらりくらりとかわしてしまうつもりなのだろう。
 真実を漏らさせられるような話術もない俺には、どうしようもないってわけですかい。

『案ずるな。この先何が起こるとしても、我々は君の味方だ。そのために、私達はここに来た。それだけは、どうか信じてほしい』
「……信じたいですよ。俺としても」
『そんな不愉快そうな声を出すものではない。君は今や、私の義理の息子なのだからな。実の父親だと思って、時には甘えるといい』

 俺に結婚を強いる親父はいない。……と言いたいのは山々だけど、応援してくれる気持ちは正直ありがたい。いろいろと不可解なことが起こりまくって、先行きが不安な今だから、なおさら。
 だから、せめて素直にこれくらいは言っとこう。

「ありがとう、甲侍郎さん」
『うむ。――礼を言うべきは、私達だがな』

 それから、俺は翌日以降のプログラムについて聞かされた。
 まず、久水家を出発して山の裏側に抜けて、海に出る。その海沿いの道を通った先に、海に近い森に隣接した四郷研究所がある。
 そこに滞在しながら、四郷研究所の製品と一定の競争科目で対決し、どちらがより優秀かを競う。……ザッと説明すると、こんなところのようだ。
 ちなみに、救芽井は街を出発する前の頃から、伊葉さんに直接プログラムの説明を受けていたらしい。さっきの伊葉さんからの連絡は、プログラムの確認を取りたかったというだけで、俺がいちいち解説する必要はないんだとのこと。

『その競争科目には、それぞれの最高傑作で臨まなければならない。そうしなければ、製品としてのポテンシャルが証明しきれないからな』
「現時点でのソレが『救済の超機龍』であり、それを扱えるのが俺だけ。だから俺が行くしかない、ってわけですな」
『……済まないな。本来ならば救芽井家だけで解決しなければならない仕事なのだが、まさか君のために造ったというだけだった最新型が、コンペティションに動員される事態になるとは我々も想定していなかったのだ』
「いいですよ。必要とされてるなら、必要とされてることをするだけです。それに、俺は義理の息子なんでしょ? もうよそ者みたいに扱うのは、やめましょうや」

 ――そう。ここまで来て、今さら後戻りなんて出来ない。そんな空気じゃないし、引き返したりなんかしたら、それまで自分のやってきたことを、全て自分で無駄にしてしまうことになる。
 いろいろと不可解なままなのも当然嫌だし不安だが、そんな後味の悪い展開も、俺は御免被る。何かと嫌がってばかりでワガママな奴みたいだけど、それが「俺」なんだからしょうがない。

『……ありがとう、恩に着る。私達に出来ることなら、如何なることでも成し遂げると、約束しよう』
「――たはは、どういたしまして、です」

 それからしばらく、甲侍郎さんやゴロマルさんと取り留めのない世間話を交えて、俺は通話を終了した。
 終わり際に、「何があっても、娘を守り抜いて欲しい。君の力なら、奇跡を再び起こしてくれると信じている」なんて仰々しいエールを送ってきたところを見るに、やはり今回のコンペティションには、俺の知らない何かがあるのだろう。
 それが何なのかは、実際に行かなければ、多分わかりようがない。いくらこの場で考えても、真っ当な答えなんて出てくるはずがないのだから。

「……やれやれ。結局、悩むだけ無駄ってことですかい」

 コンペティションや大人達の言うことを気にするのは、確かにやめるべきなのかも知れない。考えたところで、子供の思考が大人のソレに追い付くわけがないんだしな。
 ……それに、俺には別の不安がある。女性陣にタマを狙われるのは、いつなのか、というところだ。
 正直、目先の問題を考えるなら、こっちを優先するべきなのだろう。……今のうちに、安全な寝床くらいは探しておくべきなのかも知れないな。

 ――と判断し、寝れそうな床でもないかと下を見ていると。

 小さくて愛らしい形状の影が、廊下を彩るカーペットに現れた。

「えっ……?」

 そのシルエットに一瞬おののき、俺は恐る恐る顔を上げる。

 そして、見てしまったのだ。「何を考えているのかが一番わからない」という意味で、現時点で最も会いたくない女性のご尊顔を。

「……ボクの部屋の前で、何を長電話してたの……?」

 ――四郷鮎子様の、訝しむようなお顔を。
 
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