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フルメタル・アクションヒーローズ

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第72話 女湯強襲揚陸

 久水邸の大浴場は、男湯と女湯を壁で隔てた形になっている。といっても、その上の辺りは壁が途切れており、まぁその気になれば、登れなくもないのかも知れない。

 俺と茂さんは今、その大浴場の男湯側に行き着いていた。無駄にきらびやかな脱衣所に突入して早々、決闘の時よりも速く全裸になるスケベ根性には、心底頭が下がるぜ……。

「さぁ、貴様も早く脱ぎたまえ。そして共に、エデンへと旅立とうではないか!」
「サラっと共犯者にしようとすんなッ!?」

 ……とは言え、いずれ風呂に入らねばならんのは変わらない。満腹で戦わさせられたり鉄バットで追い回されたりで、服の色使いが全体的に暗くなるほど汗だくになってるんだから。
 俺は若干腑に落ちないままで、茂さんに続き服を脱いでいく。……彼と違い、腰タオルはきちんと装備して。

 ――薄い桃色のタイルが敷き詰められた大浴場は、なかなかに豪勢な造りだった。さすが、金持ちは違う。
 奥の方からは、僅かながら女性陣の話し声が聞こえて来る。どうやら、まだ上がってはいないらしい。……嬉しいやら、悲しいやら。

「楽園だ! 楽園がここにあるッ!」
「静かにしろよ。……あんたの目論みが露見しても知らんぞ」

 このまま居座られたら、茂さんの毒牙に晒され兼ねないわけだが、それはそれで俺も美少女達の、女子会トークをご拝聴できるかも知れない。なんというジレンマ……。

 ま、どうせ覗きなんて働こうとしてもシバかれるのがオチだろうし、別にほったらかしても――

「ふぉおぉっ! ワッ、ワガハイのアンテナに反応アリ! ビンビンに! ビンビンに反応しているッ!」
「チョップで叩き折りたいアンテナだ……」

 ――前言撤回。こんな発情期のサルみたいな出家野郎を野放しにしていたら、あのファミレス事件の二の舞が起こる。大の男のエクスカリバーなんて見せ付けられたら、悲鳴どころの騒ぎじゃなくなるぞ!

「さぁさぁ一煉寺龍太! まずは天使達の澄んだ声に耳を傾けていこうではないか! それから裸をたっぷり……ゲヘヘ」
「もはや後半は隠す気すら失せてきてるな……。頼むから、その仕込み刀ぐらいは隠してくれ。触りたくもないのにヘシ折りたくなるから」

 大浴場に来ただけで暴走状態に陥っている茂さん。あんたまだ何もしてないだろ……。
 そんな状態の彼に手を引かれて、壁まで連行されるのは気持ちのいいことではないが、女性陣の会話内容には興味があるので我慢する。

 ――いやだって、女子ってよく陰口するじゃん? もしかしたら俺の悪口とか言われてるかも知れないし、そういうのって、傷つくとわかってても気になるし……。
 そんな詭弁で、無理矢理盗み聞きを正当化しつつ、俺は茂さんと共に壁に耳を当て――

「あぁんっ!?」

 ……色っぽい嬌声に、悶絶した。俺と茂さんは、同時に二本の紅い水柱を射出し、もんどりうって倒れる。

 ――なんだ今の? もしかして、救芽井の声……?

「さっきはよくもやったざますね! 気安く乙女のプライベートゾーンを侵略するとは、いい度胸ざますっ! これは、そっくりそのままのお返しですわっ! それそれぇっ!」
「あっ、んやぁっ! そ、そんなに激しく――んはあぁっ!」
「……梢の、復讐劇……」
「ふ、ふんっ! あんな贅肉なんか揺らしよっても、龍太はモノにはできんのやけんなっ!」

 壁越しに聞こえて来るのは、四人の話し声――と、エッチな声。救芽井と矢村、それから久水と四郷がいるらしい。
 彼女らが何をしてるのかは……まぁ、大方予想はつく。口にするには勇気がいるけど。

「まさか……樋稟! 君はワガハイに嫉妬するあまり、梢の巨峰をわしづかみにッ!?」
「コイツが口にしやがったァァァッ!?」

 茂さん……その推理力は、称賛に値する。値するけど、言葉選べ。
 あと、別にあんたに嫉妬してのことじゃないと思うぞ。夢を壊しちゃ悪いし、敢えて言わないけど。
 そんな俺の胸中を他所に、彼は鼻の穴からフンスと空気を噴き出し、再び壁にベッタリと張り付いてしまった。この先の会話内容が、よほど気になるらしい。
 ……それは俺も同じだけどな。

 しかし、救芽井ってホントにイタズラ好きだよなぁ。俺に思わせ振りなキスまでして、その上久水のダブルメロンに……ゲフンゲフン。

「ほらほらぁ〜、いい加減降参しなさ――きゃあっ!? は、反撃なんて卑怯ざますっ! や、やめな……はぁあぁっ!」
「うるさいわねっ! 久水さんのこんな無駄脂肪に、龍太君のヴァージンが危ぶまれていただなんて、フィアンセとしての私のプライドが許せないのよっ!」
「い、一煉寺は関係ないざますっ……んあぁっ! そ、それにこんなことしたって――あん!」
「揉めば脂肪が燃焼されて、胸が小さくなると本で読んだことあるの! 私と龍太君の将来のために、協力して頂戴っ!」
「そ、そんなの知らないざますぅ〜っ!」

 ……えと、ちょっと待て。なんだ。なんなんだコレは。
 イヤという程向こうの状況が読めるのに、理性が必死に現実を否定しようとしてる。
 俺のヴァージンがどうのこうのとか、会話内容だけでもツッコミ所はいろいろあるけど、現実の状況が衝撃的過ぎて、脳みその処理能力がそれどころじゃなくなってる。
 ――あら、茂さんがまた倒れてる。今度は顔面蒼白で、血を全部抜かれたかのような表情になっていた。「フィアンセ」ってワードに、想うところでもあったんだろうか?

「――ウ、ウガァァァッ! 無駄脂肪とか、あんたが言うなやぁぁぁぁッ!」
「きゃあんっ!? や、矢村さんまでそんな――やあっ!」
「……まだ慌てる時間じゃない。ボク達はまだ、成長が表出していないだけ……」

 なんか、比較的大人しかったはずの矢村までもが、壁の向こうで荒ぶり出してるし……もう、なにがなんだか。

「ワ、ワタクシと一煉寺はただの幼なじみざますっ! 別に今はなんでも――あぅん!」
「なんでもないわけ、あぁん、ないじゃない! あなたはどうか知らないけど、んんっ、龍太君はちゃんとあなたを覚えてた! く、悔しいけど……ひうっ、それだけ、あの人はあなたを大事にしてたのよっ! それを頭っから否定するつもりなら、もっともっと激しくしてやるわっ!」
「あ、んふっ! ワ、ワタクシは、ワタクシはっ……!」

 ……んん? なんだか今、すごく真面目な話を聞いたような気がする。やってることはアレなのに。

 ――救芽井は救芽井で、俺のことも考えてくれてたってことなのかな。
 確かに気がやたら強いってだけじゃなく、フラれたって背景もあるから、久水のことはつい苦手に思いがちだけど、別に嫌いになったわけじゃない。せめて昔のような間柄に仲直り出来れば、って思う。
 彼女の方は……どうなんだろうか? もし昔の気持ちを覚えていてくれたなら、俺はそれだけで――

「ムハァァァッ! 最愛の女性と妹の、生まれたままの絡み合い! ワ、ワガハイ、もう辛抱ならぬゥゥゥッ!」

 ――あのね茂さん。せっかくイイハナシになって来てたのに、やましい叫びでブチ壊しにしないで下さる? さっきとは打って変わって、血眼で壁をよじ登り出したし。
 もう勝手に裁かれちまえ! と言いたいのは山々だが、せっかくいいムードになりかけたところへ、湯煙殺人事件の被害者になられても困る。……止めるしかないな。

「待てよ茂さん! 今出てったら――っつーか、いつ出て行っても殺されるぞ!」
「止めないでくれ! どうせ、いつでも彼女を心行くまで堪能できる貴様には、わからないことだ! 例え得るものがないのだとしても、ここで手を伸ばさなくては、ワガハイは何一つ手に入れられぬまま、孤独に老いていってしまうばかりなのだッ!」

 うわ……マジだこいつ。壁の切れ目に向かってよじ登りながら、足を捕まえて降ろそうとしている俺に対し、血の涙を流して睨みつけて来る。
 やっぱり、一度心に決めた女性というのは、簡単には忘れられないってことなのか? こんなに一途に想ってあげられるなら、あながち救芽井にとっても悪い話では――

「ぐへへへ……ゆえに最期に一つ、たぁ〜っぷりと楽しませてもらおぅ……げへへへ……」

 ――いや、悪い話だ。つか、最悪だ。こんなのに愛されてたら、そりゃあ救芽井も俺に勝たせようと躍起になるわな……。

「うひゃひゃひゃひゃーッ! ぷるるんおっぱいよ待っておれぇーッ!」
「早ッ!? ヤモリかあんたは!?」

 俺がその性欲剥き出しな態度に辟易した瞬間、茂さんはバッと俺の手を蹴りで払い、カサカサと壁をよじ登って行く! 爬虫類も裸足で逃げ出すスピードだ。

 だが! 彼の好きにさせるわけにも行かない。俺も壁にしがみつき、なんとか追いつこうと足をタイルに引っ掛けていく。さすがに茂さんのようには行かないが、少しずつ天井に向かって進みはじめた。

「く、くそっ! ちょ、待てッ!」
「ケーケケケケ! 待てと言われて待つかボンクラがァァァッ! ナニがなんでもぷりぷりの天使達をめちゃめちゃにしてやらァァァッ!」

 もはや正気を疑うレベルにまでブッ壊れている茂さん。俺の制止など聞き入れるつもりはないらしく、あっという間に仕切りの終わりに到達してしまった。

「ヒャッハァーッ! ついにここまで来てしまったぁーッ! ワガハイの遥かなるエデ――ングフゥッ!?」

 ――しかし、彼の命運もそこまで。壁から顔を出すだけでは飽き足らず、その上に両足を着けて立ち上がったがために、待ち構えていたかの如く飛んできた桶を食らってしまったのだ。
 あんな大声で変態アピールをして、仕切りの上に登る。そんなことをして、見つからないわけがないのに……。

「ふんッ! お兄様の考えることなど、壁越しにお見通しざます!」
「サイッテー! やっぱ女の敵やなッ!」
「そんな卑怯なマネをするなんて……求婚を断って正解だったわね!」
「……後で殺す……」

 おぉふ……みんなして散々な言いようだ。因果応報だとは思うけど。
 あと四郷、お前が「殺す」とか言い出したら、冗談に聞こえないからやめれ。

「ふ、ふひひ、ふほほぉ〜……」

 一方、茂さんは顔面にプラスチック製の桶をブチ当てられながら、至福の表情で鼻血を噴き出している。あんた漢だよ……ある意味では。
 ……だけど、かなり手痛い一撃であることに間違いはないらしい。両足で壁の上に立ったまま、ふらふらと前後に揺らめいている。

 ――こ、これは男湯か女湯、どちらかに落下するパターンかッ!

 もし、どっちに落ちるかを本人がある程度制御できるとするなら、間違いなく女湯にダイブするはず。そんな追い撃ちになるようなマネを許したら、マジでバラバラ殺人でも起こりかねんッ!

「くっ……待て茂さんッ! 早まるな! あんたの人生は……まだ、まだ終わっちゃいないはずだッ! 命の残り香は、欲望を正当化する免罪符にはならないんだぞ!」
「ふひゃひゃひゃい……楽園だぁ……エデンだぁ……おっぱいだぁ……」

 ――ダメだこいつ、早くなんとかしないと。
 俺はなんとか彼の身柄を男湯側に引き戻すべく、必死にタイルを蹴って壁をよじ登る。よ、よし、なんとか追い付いた!

「……ムァイハニィーッ! エクスキューズミィィィッ!」
「なっ!?」

 ……だが、俺の尽力も虚しく、彼はとうとう峠を越えてしまった。もはや、覗きどころか強襲揚陸である。
 取り返しがつかないほどに前傾していく茂さん。俺がようやく彼が立っていた場所にたどり着いた時には、すでに本人は宙を待っていた。

 ――くそッ! 諦めて……諦めてたまるかぁぁッ!

 俺は自分が落ちる危険も顧みず、両手を彼に向かって伸ばし――その両足を掴むッ!

「よし! あとは回収するだ……けッ!?」

 だが、甘かった。
 いや、ある程度は予想できていたはずだ。
 ……茂さんの重さに引きずられ、俺までが落下してしまう展開は。

「うわ、あぁああッ!?」
「むひょひょひょひょ――フンゲェッ!?」

 茂さんの体重に両腕を引かれるように、女湯への墜落を開始する俺の体。抗う暇もなく、俺も彼と同類の道を歩もうとしていた。

 だが、状況はさらに目まぐるしく変化していく。

 女湯に向けて、俺の先を行っていた茂さんの体が、激しい衝撃と共に行き先を反転させたのだ。今度は鼻だけではなく口からも血を噴出しながら、男湯まで吹っ飛ばされている。しかも錐揉みで。

 何事かと思い、下の景色に恐る恐る視線を向けてみると――左手で、あるかどうかも疑わしい胸を隠し、右手で拳を突き上げている四郷のあられもない姿が、一番に視界に映り込んだ。あ、眼鏡外した姿は初めて見るなぁ。

 ――って、まさか四郷がブッ飛ばしたのか? 仮にも俺よりガタイのいい茂さんを?
 あんな小さい体の、どこにそんな力が……?

 ……だが、今はそんなささやかな疑問に悩んでる場合じゃない。
 俺の社会的生命までもが、終了しようとしているのだから。

 死を免れない状況に立たされた時、人は現実に焦り、怒り、そして最期には諦める、という話を聞いたことがある。

 きっと俺は今、その間をすっ飛ばして「諦めて」いるのだろう。

 そうでなければ、こんな状況で落ち着いてなどいられない。

 死を受け入れたがゆえか、俺は成す術もなく、自然な放物線を描きながら女湯という処刑場に投獄されていった。

 ドボン、という重々しい音と共に、俺の視界は美少女達が浸かっていた湯舟に支配されてしまう。衝撃で圧迫された肺から息が吐き出され、幾つもの気泡となって舞い上がっていく。

「悪鬼退散――って、なんで龍太君までぇっ!?」
「きゃあああっ! りゅ、りゅ、龍太まで落ちて来よったぁぁあっ!」
「な、なんで一煉寺までここに来るざますっ!? まさかお兄様と同様にっ……!?」
「……ご愁傷様……」

 お湯にダイブした直後だから、周りの女性陣がどんな反応をしてるのかはわからないが……まぁ、ひどく怒ってるか、軽蔑してるかのどちらかだろう。

 ……だいたいこんな時って、全員から袋だたきにされるのがオチなんだよな。アニメや漫画では大概そうだ。
 それで許してくれるなら万々歳ではあるが――この状況で、そんな願いが通るはずがない。
 婚約は破棄。刑務所行き。翌日の新聞に取り上げられる。ザッとこんなとこだろう。キャーキャー言いながら殴られて終わりだなんて、エロゲーじゃないんだし。
 ……殺されなかったばかりか、男湯まで殴り飛ばされるだけで済んだ茂さんの方が、遥かにマシだったんじゃないか?

 声は後ろの方から聞こえていて、俺はお湯に顔を突っ伏してブクブクしてる状態だ。いっそこのまま、潔く自害(溺死)でもしてやろうか。
 ……と、自棄になろうとしていた時。

「もぉ、龍太ってホンマに変態さんなんやから……。そ、そんなに一緒に入りたいんやったら、ちゃんと言ってくれたらええのに……」
「……この人のことだから、許してくれないとでも思ってたんでしょうね。全く……」

 ――第六感が、超必死に警鐘を鳴らしていた!

 茂さんがダイブした時とは、まるで異質な雰囲気だが……なぜだろう。寄ってたかって殴られるよりヤバい何かが始まっている気がする。
 このままだと、何が起こるんだ? 起きてしまうんだ!?

「い、一煉寺の背中、腕……思ってたより、ずっと、逞しいざます……」
「……梢、顔が真っ赤……」
「えっ!? ち、違うざます! 誰もあんな力強い腕に抱かれて、征服されたいだなんて一言も……!」

 数秒ごとに、警鐘がより激しく危険を訴えて来る。なんだ!? もう何かが起きてるのか!?

「さっきから全然動く気配がないけど……気絶してるのかしら……?」
「つ、つまり、チャンスということでして……?」
「……アタシはやるで! ここで行けんかったら、女が廃るけん!」

 ――なんだ! 彼女達は俺に何をしようとしてるんだ!?
 俺は、俺はどうなってしまうんだ!?

「じゃあ……私も」
「ワタクシもざます!」

 背中越しに感じる警報は、もはや最高潮に達している。何が起きているのか、起きようとしているのか。
 それがわからないまま、何か柔らかいものが俺の皮膚に触れ――

「ぎゃああァァァァ! やっぱ怖いィィィッ! いやァァァァッ!」

 ――恐怖心に全身を支配された俺は、その瞬間に壮絶な悲鳴と共に、湯舟を飛び出した!

「きゃあっ!?」
「りゅ、龍太が起きたっ!?」
「い、いいところで起きるんじゃないざますっ!」

 久水が何のことで怒ってるのかは知らないが、とにかく今は逃げ出したい。なんだかんだ言っても、予測不能の恐怖に堪えられるような覚悟なんて、今の俺には持てないッ!

 後ろでは、生まれたままの美少女四天王がひしめき合っているのだろう。そこに背を向けている以上、俺に後退の二文字はない。
 ゆえに、前進あるのみッ!

「ごめんなさァァァァいィィィィッ!」

 ――要するに逃亡である。

 いずれ、死刑を宣告されるのは目に見えてる。だから今は、精一杯もがきたい。一秒でも生きていたい。
 覗きより遥かに大問題なアクシデントを起こしておきながら、面と向かって謝りもせずに逃げ出す。こんな後味の悪い話はない。

 せめて、後で全員に自首することを人知れず誓い、俺は女湯から逃げおおせたのだった。

「龍太君、待ちなさいッ! ここまで来ておいて、一緒に入らないつもりなのッ!?」
「龍太ぁーっ! せっかくの営みやろぉーっ!」
「待つざます一煉寺ぃぃっ!」

 ……だが、彼女達は自首する暇すら与えないつもりの様子。豪華な脱衣所までたどり着いた俺の足を、救芽井・矢村・久水の三連星が捕まえてしまった。
 そこでつんのめった俺は、倒れ伏すと同時にガツンと顔面を床に打ち付けてしまう。

 ――後ろは見ないぞ。見るのが怖いからな!

「さぁ、お風呂に戻るわよ龍太君。背中、流してあげるから」
「ムッ! せ、背中はアタシが流すんに来まっとるやろっ!」
「あなた達は足でも磨いてあげなさい。背中を流すのは、ワタクシの役目ざます!」
「ご、ごめんなさいィィィッ! もうしないから、ていうか出来るわけないから、お命だけはァァァァッ!」

 俺の上に乗っかりながら、やけにニコニコと談笑してる三人がコワイ! なんだコレ、なんなんだよ!?
 拷問を「可愛がる」って形容してるのと同じだろ今の会話! やめて! やっぱり死ぬのコワイ!

 ――そ、そうだ! 今まで事態を静観して、冷静な判断で茂さんをブッ飛ばしてた四郷様なら、この状況を覆してくださるかも知れない!
 頼む四郷! 俺をさっきみたいに、男湯までホールインワンしてくれッ!

「……梢、がんばれー……」

 ――早々に切り捨てられたァァァァッ!
 なんだよ「がんばれ」って! 久水に何を頑張れって言ってるんだあのロリは! 三角木馬か!? 鞭打ちか!?

「い、いやだ……いやだァァァァッ!」

 そんな切実で悲痛な叫びも虚しいまま、俺は三人に両足から引きずられ、女湯へ連行されていく。あぁ、手を伸ばした先にあったはずの脱衣所が、湯気に消えていく……!
 結局、死を改めて覚悟する暇すら与えられないまま、俺は湯煙という死の世界に幽閉されてしまうのだった。
 
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