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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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シーホーク騒乱 5

「だれかあの槍を持ったやつを狙撃できる射手はいないか?」
「……遠いな、銃じゃ無理だ。うちの隊にはそこまでの使い手はいないし、魔術の使い手もいない」
「ぐぬぬ~、わたくしが【ライトニング・スピア】を習得していれば……」
「あの槍を持ったやつが鎧どもの親玉なんだな?」
「総大将かどうかは知らんが、少なくともここのリビングアーマーたちを統率しているのは間違いない。やつを討ち取れば陣形を組むことはできず、軍隊として動くことはできなくなるだろう」
「ならあいつに攻撃を集中させよう。みんなで突撃すれば――」
「やみくもに突進しても今までの繰り返しだ。巧妙に分断されてこちらが各個撃破されるぞ」
「ならどうすればいい?」
「陣形には陣形を。と、言いたいところだが……」
「おれたちは警備官だ、軍人じゃない。戦闘の訓練なら受けているが、戦争の訓練なんて受けてないから陣なんて組めるか。だいたい陣を組むだなんて時代遅れの戦術、きょうびの軍隊じゃ教えてないぞ」
「だよなぁ」

 密集陣形や隊伍をならべての布陣は広範囲破壊呪文を撃ち込まれれば甚大な被害を生じる。この世界、この国では散兵戦術が基本である。だが逆に言えば破壊呪文という攻撃手段を持たない相手には絶大な効果を発揮した。

(式神が打てればなぁ)
 
 式神使役は陰陽師の十八番。数には数、式神の作成が可能ならば、相手の数に対抗してこちらも複数の簡易式を展開して陣形を組んで戦えるのだが――。

(いまの俺が式を作ってもインプのできそこないが出てくるだけだしな。そもそも呪術が使えればこんなタイプ・マテリアルの動的霊災、百鬼夜行避けの術で一気に修祓できるのに)

 そうこうしているうちにリビングアーマーたちが動きだした。
 隊列を組み、整然とした動きで進攻してくる。

「く、来るぞ!」
「どうするんだ!?」
「……よし、俺が陣形を崩す。敵の布陣に乱れが生じたら、全員で一気にそこを突くんだ」
「できるのか?」
「できる、できないじゃない。やるしかないなら、やるまでさ」

 秋芳は魔剣を片手にリビングアーマーの集団に立ち向かった。
 
「哈ッ!」

 気合い一閃。
 眼前のリビングアーマーの胴を両断すると、間髪入れずに敵陣に突入し、縦横無尽に剣を奮う。

「嘿ッ!」

 ――剣は示すに虚をもってし、開くに利をもってす。これに遅れて発し、先んじて制す。各種の剣捌きは力に随い行いに逆らってこそ鋭きを得る――。

「呀ッ!」

 斬る、突く、払う、打つ、薙ぐ――。
 点と線、円と直、緩と急、剛と柔。
 素手の延長である武器。剣は敵を倒すためのみに進化した道具。
 ひとりの敵を屠るには一降りの剣があればよく、一群の敵を屠るには、さらに一槍があればよい。
 もしも折れず曲がらず刃毀れもしない剣があったとしたら、一槍も不要。その剣は無敵。

「哈アァッ!」

 剣光が迸るたびに動く鎧たちはその数を減らしていく。
 
「す、すごいじゃないか」

 警備官たちは我を忘れて秋芳の奮戦ぶりに目を奪われていた。

「あ、またあの奇妙な動きをしだしたぞ!」

 単騎とはいえ手強し。
 槍の指揮官の声なき号令に応えてリビングアーマーたちが円陣を組み秋芳を二重三重に取り囲む。
 そして車輪のように陣を回転させ、一隊が攻撃するとすぐにその部隊が下がり、また別の部隊が攻める。循環式の陣形を組み立てた。

(きたな! ……これはまるで講談にある車懸りの陣。その変形じゃないか!)

 車懸りの陣。
 上杉謙信が川中島の合戦で使用したとされる布陣。自軍を円形に配置し、車輪のように陣を回転させながら一陣、二陣、三陣と入れ替わり、攻撃の手を休まずに次々と新手を繰り出す波状攻撃。その起源は古くインド神話にまでさかのぼり、薬師如来を守護する十二神将がもちいたとされる。
 中央に本陣を配置し外側に対して攻撃を繰り返すという通説にある車懸りの陣とはちがい、これは敵を囲み外から内へと攻めてくる。

(この配置、たとえ外から味方が救援に駆けつけたとしても、軍をふた手にわけて対応可能だ。外側の敵には従来の車懸りの陣の動きで応戦すればいい)
 
 内にいる者は完全に孤立し、敵に取り囲まれているというわけである。
 さらに右へ左へと目まぐるしく動き回ることにより、閉じ込めた相手を眩惑させる効果もあった。
剣陣とは奇門遁甲より生まれた術で、目くらましによる戦法である。
 一連の剣法を数人が一体となって操り、陣中の敵に対し隙を与えず攻撃をくわえ、みずからは消耗することがない。
 精巧な陣を組めば少数で大勢の軍にも対抗できる。
 どうすれば破れるのか?
 どんな剣法にも長所とともに必ず弱点がある。
 剣陣もまた同様。
 一陣、二陣、三陣、一陣、二陣、三陣、一陣、二陣、三陣――。
 間断なく攻撃をしかけては離脱し、各々が連続して打ちかかってくるのをしのぎつつ、秋芳は心を落ち着けて相手の動きに集中する。
 妙に守りの薄い箇所がある。わずかだが動きが遅く、鈍い。

(……だが、ちがう。あれは誘いだ。あえて守りの薄い場所を作り、相手を誘導する。囲師必闕のような逃げ道ではない。あそこは死門、真の生門は――)

 陣の形を十分に見極めて一気に弱点を打つのだ。
 気の流れを見る。

(兵に常勢なく、水に常形なし。よく敵により変化して勝をとるもの、これを神という……。そこだっ!)

 もっとも堅固にして鋭敏な一角、そここそが急所。弱点だからこそ守りを厚くし、攻めるに難くする。
 堅陣を突破し、槍を持った指揮官に必殺の一撃を繰り出そうと一足飛びに斬りかかった瞬間、指揮官の手にした槍が閃いた。

「ッ!?」

 眉間、喉、胸。三か所を狙った正確無比にして神速の刺突が秋芳の攻撃を阻む。
 首から上への攻撃は魔剣で受け、胸への突きはとっさに身体をひねることで串刺しを避ける。
 だが次の瞬間、紙一重で避けた槍の穂先が水平に薙ぎ払われた。

「――ッ!」

 地面にころがる寸前になんとか体勢をととのえ、槍の指揮官に対峙した秋芳の胸から鮮血が流れ出す。
 あやうく胴を両断されるところだった。
 鉄布衫功――体内の気を張り廻らせて肉体を鉄のように硬化させる気功術。ルヴァフォースでは硬気功と呼ばれる魔闘術の一種――をもちいて防御しなければ、切り株になっていたことだろう。

「ぬう、あの槍さばきは!」

 ウェンディに介抱されて戦闘を遠巻きに見ていた年配の警備官が驚愕に目を見開く。

「あら、おじいさん。なにか知っていますの?」
「まちがいない、あの槍さばきは『ヒドラ殺し』のゲオルグ将軍じゃ!」
「ヒドラ殺しのゲオルグ将軍……」

 その名前ならウェンディも聞いたことがある。槍術と用兵術に秀でたレザリア王国の騎士団長。七つ首のヒドラを退治した武勇伝が有名で、一瞬で三つの頭部を串刺しにし、続く一閃で残りの首を斬り落としたという。四〇年前の奉神戦争では彼が率いる騎士団によってアルザーノ帝国側は甚大な被害をこうむった。
 本格的に実戦投入された魔導士たちによる〝魔戦〟の中で命を落としたが、緒戦において連戦連勝を飾ったレザリアの英雄、アルザーノの悪夢。

「わしのいた部隊はやつの軍と戦ったことがある。そのときのやつの槍さばき、忘れるわけがない! ゲオルグ将軍じゃ! ゲオルグ将軍が地獄からよみがえったのじゃ!!」
「…………」

 ウェンディは【センス・オーラ】を使ってゲオルグ将軍だと言われたリビングアーマーを視る。ほかのリビングアーマーたちと同様、その身は魔力の輝きにつつまれているが、アンデッドやイモータル。負の生命力を宿した存在ではない。
 だがその動きはあきらかにほかの、いままでたおしてきたリビングアーマーたちとはちがっていた。

「あの槍……」

 ほかのリビングアーマーが素手。あるいはたおした相手から奪ったと思われる剣や曲刀など雑多な武装をしているなか、地味だがしっかりとした作りをしている。遠目でよく見えないが、なにか意匠もほどこされているように見えた。 
 なによりも槍身をつつむオーラ。あれは魔法の武器だ。

 振り下ろしを左右に避ければ水平の横薙ぎ攻撃が、後ろに下がれば刺突が、その刺突をはずされたら横薙ぎの攻撃につながる。
 下手に受ければ武器を弾き飛ばされるほどの剛撃には精妙な技が込められており、すり上げ、すり下ろされて上段や下段からの斬撃がくる。
 疾風の突きに迅雷の薙ぎ払い、颶風のような振り回し。
 間髪入れずの連続攻撃をなんとか受け流しつつ、反撃する。

(シャア)ッ!」

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
 秋芳は相手の長い間合いを封じるため槍を断とうと、けら首の部分を狙って魔剣を振るう。
 甲高い金属音と青白い火花が散った。

(硬い!)

 鉄の鎧を断ち切る魔剣でもっても武器破壊ができない。
 なんらかの魔力が込められていることは見鬼で視て取れたが、種類まではわからない。だがこの槍にも不壊の魔力が付与されているのは確かなようだといまの一撃で確信した。

(壊れない、てのは一番便利でやっかいだわなぁ)

 たがいに魔術なし、魔力の宿った武器を持っての白兵戦。
 技量は互角。
 となれば武器の性能が大きく左右する。
 剣と槍。
 剣のほうが不利だ。
 剣道三倍段という言葉がある。
 空手や柔道など素手の格闘家が武器を持った剣道家に勝つには三倍の段位、実力が必要。
などと書かれることが多いが、これは漫画発祥の言葉で、本来は槍や薙刀といった長物を持った相手に刀や剣で立ち向かうには、剣の使い手は相手の三倍の技量が必要である。
 という考えが元になっているが、実はこの『三倍段』というのも新しい考えで、さらにさかのぼれば攻撃三倍の法則から来ている。
 敵を攻めるには三倍の兵力を要し、守るには三分の一で足りるという、第一次世界大戦でドイツ陸軍が研究していた考えだ。

(この〝三倍〟差をいかにくつがえすか。――十なれば即ちこれを囲み、五なれば即ちこれを攻め、倍すれば即ちこれを分かち、敵すれば即ちよくこれと戦い、少なければ即ちよくこれを逃れ、しかざれば即ちよくこれを避く――数、数、数、数の差、数を作るには……)

 秋芳の身が宙を舞った。跳躍したのだ。
 これには一騎打ちを見ていた周りの人々もおどろいた。アニメやコミック、ゲームなどフィクションでは飛んだり跳ねたりといった技がよくあるが、現実にはそうそうない。まず高く跳躍するほどのバネを身につけるのが困難だし、空中では回避行動が困難で隙が生じるからだ。
 利点があるとすれば落下による勢いで攻撃力を上げることと、相手の意表をつくこと。
 はたしてゲオルグ将軍ほどの達人の意表をつくことができるのか?
 否。
 動じることなく空中にいる秋芳に刺突を放つ。槍の穂先が吸い込まれるように胸を刺し貫いた瞬間、秋芳は霞のように消えた。

「!?」

 感情なき鎧に動揺の色が見えたと思ったのは見ていた人々の錯覚か。
 槍を持った鋼の腕が斬り落とされ、手にした魔槍もろとも地に落ち、続いて鉄兜も地面にころがった。
 
「敵将討ち取ったり! いまだ、攻撃しろ!」
「お、おおーッ!」

 ひかえていた警備官たちがリビングアーマーたちにいっせいに反撃をはじめる。指揮官を失ったことで統率された動きも陣形を組むこともできなくなった鎧たちが次々に壊されていくなか、秋芳は奇妙な既視感をおぼえていた。
 出神の術で闘気を込めた分身を作ると同時に自身は隠形し、敵の不意を突く。
 この作戦は、以前にも使ったことがある。
 場所は陰陽庁、相手は木暮禅次朗。

(なぜだ、なぜ俺は木暮さんと、十二神将を相手に戦ったんだ!?)

 夢などではない。
 これは記憶だ。
 木暮だけではない。
 鏡伶路、滋岳俊輔、山城隼人、弓削麻里、宮地磐夫、倉橋源司――十二神将の錚々たる面々と、自分は呪術戦をした。
 だが、その前後が、なぜそのようなことに至ったのか、それからどうなったかが思い出せない。

(こっちでの生活にかまけていてすっかり失念していたが、俺はなんで向こうの、最近の記憶がないんだ。……ひょっとして、ここ、死後の世界とかじゃないよな? 俺は、生きているよな?)

 鉄布衫功で防いだとはいえ先ほど受けた傷からは血が滲み、痛みを感じる。いまも内力を廻らし鎮痛と止血につとめているが、けして浅傷ではない。
 この痛みは本物だ。
 ここが死後の世界だとは思えない。

「すぐに手当ていたしますわ!」

 駆けつけてきたウェンディが秋芳に【ライフ・アップ】をほどこす。
 傷口はすぐにふさがり、痛みも遠のく。だが秋芳の険しい表情は変わらない。

「まだどこか痛みますの?」
「いや、だいじょうぶだ」

 痛みは引いた。だがひどく消耗している。隠形にせよ出神の術にせよ、気をもちいる術を使えることは使えるが、やはり消費が大きい。そうそう連発はできそうになかった。

「……この槍も魔法の武器だな」
「まぁ、ちょっとうかがいますわね」

 ウェンディが【ファンクション・アナライズ】で調べると、利刃や不壊――攻撃力の増加と破壊不能といった魔法の武器の基本性能にくわえ、白魔【ロード・エクスペリエンス】が永続付与されていた。
【ロード・エクスペリエンス】。物品に蓄積された思念や記憶情報を読み取り、持ち手に憑依させる魔術。
 生前のゲオルグ将軍が愛用していた魔槍。これを手にした者はゲオルグ将軍とおなじ槍術と統率スキルを身につけることができるのだ。

「超レア物じゃございませんこと! これを装備すればわたくしも戦えますわ! ……ぐぬぬ~、お、重いですわ~」
「軽量化の符呪はされていないようだな。必要筋力がたりない、てやつだ。穂先から石突きまで、柄もふくめて総身鉄作り。こんなの俺でも重くてあつかえんわ」
「と、とにかく戦利品として確保ですわ」

 リビングアーマーの掃討が終了し、人々の表情に安堵の色がもどりはじめた頃、ひとりの男が息せき切って駆けつけてきた。
 血と埃にまみれた制服は総督府勤めの衛兵のものだ。
 
「バカでかい鎧の化け物が総督府で暴れている、応援に来てくれ!」
「なんだと!? くそっ、こいつらだけじゃなかったのか。……なぁ、あんたたち。ええと……」
「賀茂秋芳だ」
「ウェンディ=ナーブレスですわ」
「カモにウェンディ。悪いがもうひと働きしてくれないか、シーホークを救うにはあんたたちの力がぜひ必要だ」
「是非もなし、ですわ!」
「……まぁ、お嬢がそう言うなら。ただその前に補給だ、補給。さっきから【ライフ・アップ】を連続使用しているが、マナ欠乏症にはなってないか?」
「まだまだ余裕ですわ」
「だが念のため魔晶石や各種ポーションあたりを用意しておいたほうがいい」

 魔晶石とはその名の通り魔力の詰まった宝石で、自然界に満ちるマナを充え、魔術を使う際の消費マナを肩代わりするのに使えるほか、込められているマナを直接吸収することでマナ欠乏症の治療薬にもなる。
 魔術師にとってはまことにありがたいアイテムだ。

「学院御用達の魔道具店があったはずですわ」

ウェンディのポケットマネーで取り急ぎ補給を終えた秋芳たちは総督府へ急行した。 
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