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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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シーホーク騒乱 6

 シーホーク総督府の地下にはバンカーと呼ばれる防魔シェルター機能を備えた危機管理センターが存在する。

「これはあかんこれはあかん、これはあかんでぇ」

 側近たちとともにこの最後の砦に立てこもったヤング・アクスロープ総督が頭を抱えてつっぷする間にも、銃も剣も魔術も効かない魔鋼鉄のゴーレム『スターリ・ルイーツァリ』に搭乗したカルサコフによって総督府は陥落寸前にまで追い詰められていた。

「なんでや~、なんでわいの任官期間中にこないなことがおこんねんっ!」

 商工ギルドが実権をにぎっているシーホークでは国から派遣された総督などにさしたる力はない。それでも庶民から見ればじゅうぶん贅沢な暮らしができ、無茶な散財をしなければ任官を終える頃にはひと財産を作れる。
 野心も才覚もないが安穏で豊かな生活を求める帝都の貴族たちにとっては垂涎の官職だ。
 方々に根回しをしてこの地位に就いたヤング総督だったが、いまはわが身の不幸を嘆くのみだった。
 壁につけられた遠目の水晶板には表の映像が、魔力障壁を強引に突破しようとしているカルサコフの姿が映っている。

「袋の鼠になった気分はどうだ、ブルジョワども!」

 施設に備わった集音機能がカルサコフの声をバンカー内に伝える。

「――寒波に襲われた牧場で羊の凍死を防ぐために努力をかさねる牧場主や、子どもたちに教育と道徳を教える神官や僧侶、自分の店を持つために一日の三分の二以上の時間を家族で働く移民――そういった平凡な市民たちがことごとく死に絶えた後も、貴様らブルジョワジーどもはそこで安全に生き残れるというわけか」

「……は?」
「空気浄化装置もフル稼働し、プールもBARも劇場も兼ねそろえた安全な場所で余生を過ごすつもりか」
「な、なんやねん。王城やあるまいし、ここにそんなんあるわけないやろ。なに言うてんねん、アホか」
「――強欲で傲慢な官僚、無能な政治家、欲得しか考えない悪徳商人たちがのさばる堕落と腐敗の巣窟を、このカルサコフが粛清する!」
「キ印や~、キチキチやんけ、こいつ~」

 恨み、辛み、妬み、嫉み、憎、怒、忌、呪、滅、殺、怨――。
 カルサコフの全身からはありとあらゆる負の感情が実体を持った【カース・スペル】となってにじみ出ているかのようだったが、なによりも強く感じられたのは狂気と妄想。
 襲撃者はそのふたつに囚われた異常者だということを、ヤング総督はいやでも実感した。

「その平凡な市民を数多く犠牲にした、あなたの凶行もここまでですわ!」
「……なんだ、きさまらは」

 いつの間にか大勢の人々がカルサコフの背後をかこんでいた。
 街の警備官や衛兵たちだ。
 彼らの先頭に立っているへそを露出した少女――ウェンディが大声をはりあげる。
 
「なにやら不幸な生い立ちが言い分があるようですが、自分が不幸だからといって他人を不幸にするような真似はゆるしませんことよっ!」

 その奇抜な衣装には見覚えがある。アルザーノ魔術学院の女子制服だ。貴族や富裕層、良家の子弟がつどう魔術の名門校の。
 つまり、この少女は――。

「ブルジョワジー……」
 
 一週間ほど前の彼だったなら、魔術師の卵にして学究の徒たる彼女を見て多少なりとも心を動かされていたことだろう。
 魔術は貴族階級が身につけるべき教養のひとつとされており、そのためアルザーノ魔術学院には貴族の子弟が数多く在籍するのはたしかだ。
 だが聖リリィ魔術女学院――完全に上流階級の子女御用達である全寮制お嬢様学校などとちがい、適性と能力が認められれば一般階級の人間でも入学が可能で、奨学金や特待生の制度も存在し、苦学生と呼ばれる生徒も多数存在する。
 そのことを知らないカルサコフではない。ないはずなのだが――。
 破壊と殺戮に酔いしれ、内に秘めていた妄執に突き動かされている彼の目には、彼女もまた粛清すべき対象にしか見えなかった。
 カルサコフは鋼の巨体を揺り動かし、悠々たる足取りでウェンディを目指す。
 四メトラを軽く超える巨人が一歩一歩と近づいて来る威圧感と恐怖は筆舌に尽くしがたい。
 周囲の警備官らは思わず数歩後ずさる。ウェンディは半歩。それで、耐えた。高貴なる者の義務感が彼女を踏みとどめる。

「これはまたやっかいな相手だな」

 ウェンディのとなり、まったく後ずさらなかった秋芳がつぶやいた。

「あのゴーレム。……中に人が載っているのをゴーレムと呼んでいいのかわからないが、魔術でいくつもの防御処置がほどこされている」
「中に人が!?」
「ああ、外からの攻撃にはビクともしないだろうなぁ。そこで俺に一計がある。ごにょごにょごにょ……」
「ふんふん…………わかりましたわ」

 目前に迫ったカルサコフがウェンディを眼下に見下ろして問いかける。

「その制服、アルザーノ魔術学院のものだな」
「二学年次二組のウェンディ=ナーブレスですわ」
「ナーブレス……。公爵家の者か」
「そうですわ」
「貴族のお嬢様、おまえはなにを楽しむために生きている? 貴族のたしなみで魔術を学ぶことか? おなじ上流階級の貴公子との色恋沙汰か? いま以上に財産を築いて豪邸に住むことか? 位人臣を極めて名声を得ることか?」
「ええ、それらのことはみんな好きでしてよ」
「ふん、俗物が。おまえのような小娘の歳にしてすでに腐っている。これだから貴族は……」

 カルサコフの、スターリ・ルイーツァリの腕が高く上がる。

「けれども、それら以上に好きなものがありますわ」
「それはなんだ」
「領民の――、いいえ、すべての民の笑顔を見ることですわ」
「……綺麗ごとを抜かすなーッ!」

 鋼鉄の腕が振り下ろされる。
 ひとりの少女を血肉の塊にせんとする拳鎚はしかし、ひと振りの剣によって防がれた。
 甲高い金属音が鳴り響く。
 秋芳の手にした魔剣の剣先が鉄拳を止めていた。
 真上からの垂直な打撃を、真下から垂直に受け止めたのだ。

「…………」
「…………」

 カルサコフはそのまま強引に押し潰そうと力を込める。
雷霆万鈞の剛力に秋芳の足下の石畳に亀裂が生じた。しかし秋芳も剣も微動すらしない。
 元の筋力にもよるが、たとえ【フィジカル・ブースト】で増強されていたとしても生身でここまでの力が出せるものなのか、手にした剣はなぜ折れないのか。

「おまえは何者だ」
「…………」
「なぜ応えぬ!」
「なぁ、お嬢。俺の家にはいくつか家訓があるんだ。というか俺が作ったんだ」
「どういう家訓を作りましたの?」
「初対面の相手を呼び捨てにするやつは猿の仲間だから返事をする必要はない」
「なかなか良い家訓ですわね」
「だが名乗りもせずに人に名を訊ねる相手にどう接しろという家訓はまだない。そんな猿にも劣る無礼者が存在することを失念していたよ」
「……カルサコフ! それが私の名前だ。わかったら死ね、名も無き雑草めが!」

 再度拳を振り上げ、叩き下ろそうとするのだが、動かない。
 まるで強力な磁石どうしがくっついてしまったかのように、拳と剣が密着している。

「!?」
「賀茂秋芳。それが俺の名前だ。わかったかテロリスト」

 剣を持たないほうの手で掌打を放つ。
 相手の拳を止めるよう、体内を巡らしていた内力を順停止法から円転合速法へとつなぎ、螺旋回転による捻りをくわえた一撃。
 空手の透かしや骨法の徹しのような浸透系の一撃がルイーツァリの膝に撃ち込まれる。

「――ッ!?」

『損傷率三パーセント。自己修復機能ON、戦闘続行問題なし』
 
 コンソールに被害状況が表示される。
 軽微の損傷。
 だが、はじめて。ここにきてはじめてダメージを受けたのだ。
 続けて剣を閃かせる。狙うは間接部分。といっても四メトラ超えの巨体だ、腰から下の膝や足首の関節部分に斬撃を放つ。
 介者剣法だ。

『――人工筋肉破損――損傷率八パーセント――自己修復機能ON――戦闘続行問題なし――』

 ダメージは微々たるもの。だが蓄積されていけば無視はできない。
 早急に処理する必要がある。

「おのれカモ・アキヨシ! おまえは何者だ!?」
「知ってるじゃねーか」
「ウラーッ!」

 鉄拳鉄脚を振り回す。その様はまさに鋼の旋風。
 だがかすりもしない。まるで風に揺れる柳葉や波に乗って漂う水草かのように、秋芳はするりするりと回避する。

「この異様な動きに先程の奇妙な技と剃りあげた頭……。噂に聞く東方武闘僧(モンク)か?」

 はるか東方にはモンクと呼ばれる徒手空拳の戦闘術や魔術と似て非なる気功術を使う集団がいるという。

「目標固定、ホーミング効果ON、鉄拳射出!」

 猛烈な勢いで撃ち出されたふたつの鉄の拳を紙一重で避けるも、数メトラ先で旋回し、ふたたび秋芳に迫る。

「だがいかなる体術を身につけていようが、しょせんは生身の人間。動き続けている限り、かならず疲労する」

 自動追尾効果により延々と狙い続けてくる鉄拳を、どこまでかわすことができるか。
 右に避け、左に躱し、地を蹴り、宙を舞い、ときに走る。
 走る、走る、走る――。

「距離を取るつもりか。たしかに射出した鉄拳の操作範囲には限りがあるが、こちらもこうして距離をつめれば無意味だぞ」

 総督府内から街中へと戦いの場が移る。
 秋芳を一〇メトラ間隔で追い詰め、隙をうかがうカルサコフ。
 動きが鈍った時を見計らい攻撃するつもりだ。どのような呪文を使おうか、見定めていると、秋芳は様子を見ているカルサコフにむかっていきなり駆け出した。

「なにぃ!?」

 速い。
 ほとんど一瞬で目前に迫られた。
 とっさに攻撃。先端の取れた腕で放った大振りの攻撃は簡単に避けられた。それどころかそれを足場に素早くかけ登ってくる。
 まるで猫科の猛獣か猿のような人間離れした動きは軽功のなせる技。
 頸部のつなぎ目に切り上げ気味の刺突を入れて即座に離脱。
 人間ならば致命傷となる部分への攻撃にカルサコフの視界が、モニターの映像が乱れる。

『――メインカメラ損傷――バランサー低下――』

「まだだ、たかがメインカメラをやられ――ブゥハァッ!?」

 おのれを鼓舞した瞬間、強い衝撃に襲われる。
 秋芳を狙い、追尾していた飛翔鉄拳がカルサコフを、ルイーツァリを撃った。
 誤作動を起こしたわけではない。たんに秋芳が命中寸前に避けたため、射線の急変更ができずその場にいたルイーツァリの巨体に命中しただけだ。

『――損傷率一八パーセント――被ダメージ小破――戦闘続行問題なし――ただし自己修復機能では全体の○○までしか回復できません――』

「……お、おのれ……」

 ルイーツァリ本体と拳に付与された同種の防性魔術は効果を相殺し、魔術によるダメージ減少効果は発動しなかった。
 機体はまだいい。だが破城鎚に匹敵するふたつの鉄拳による打撃による衝撃で、内部にいたカルサコフは全身を強く打ち、数秒間朦朧状態におちいる。
そこに――。

「《駆けよ風・駆けて抜けよ・打ち据えよ》!」

 どこからかウェンディの呪文詠唱が響く。
 黒魔【ゲイル・ブロウ】。局所的に収束する突風を起こして目標を吹き飛ばす呪文だが、狙いはカルサコフではなく、その頭上。
 大きな樽が突風であおられ、ルイーツァリに落下。中身がぶちまけられた。
 独特の臭気が立ち込める。

「なんだこれは……、鯨油?」
「そのとおりですわ! ――《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 黒魔【ショック・ボルト】の電線が地面に火花を生じさせた。周囲を濡らす鯨油に火が点き、ルイーツァリの巨体にも燃え広がる。
 
「ぐおおおおッッッ!?」
「《駆けよ風・駆けて抜けよ・打ち据えよ》!」

 ウェンディはさらに続けて鯨油入りの樽を落として火勢を強める。
 秋芳は飛翔鉄拳から闇雲に逃げ回っていたわけではない。
 港湾労働者たちにまざっての荷運び作業でこの場所に鯨油樽があることは知っていた。
 総督府でルイーツァリの姿をひと目見た時から剣や魔術で倒すのは困難と考え、鯨油入りの樽が多数置かれた荷物置き場に誘導し、先回りしていたウェンディと協力してこうして火計をくわだてたのだ。
 魔鋼鉄のゴーレムがこの程度の火で燃え尽きることはないだろう。
 だが中にいる人はどうか。
 延焼による高熱で蒸し殺されるか、酸欠によって窒息させることができるはずだ。
 はたして秋芳の策は成功したのか否か――。 
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