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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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シーホーク騒乱 4

「ウラーッ! ウラーッ! いいぞ、わが鋼の軍団よ。鉄の嵐となって薄汚い金にまみれた豚どもを粛清するのだ! 逃げるやつは拝金主義者だ、逃げないやつは訓練された拝金主義者だ! ウラーッ! ウラーッ!」

 シーホーク総督府はカルサコフ率いるリビングアーマーたちによって猛攻撃にさらされていた。
城壁に開けられた狭間から間断なく放たれる攻性呪文や銃撃によってリビングアーマーたちの数は減っていくが、恐れも痛みも疲れも知らない鋼の群れの勢いは止まらない。
 寄せ手の数が尽きるのが先か、守り手の戦意がくじかれるのが先か。総督府はリビングアーマーたちに押されて徐々に制圧されていく。
 たとえリビングアーマーが全滅したとしてもカルサコフ自身が残っている。
 みずからも魔導の鎧を身をつけた、カルサコフ自身が。
 搭乗操縦型ゴーレム『スターリ・ルイーツァリ』。着用した人間の動きをそのままフィードバックして動かせるだけでなく、音声や思考による制御も部分的に可能な漆黒の巨人魔像。
 四メートルを超える巨躯から繰り出される一撃の威力は破城鎚に匹敵し、その装甲は刀剣を防ぎ銃弾をも弾く。
 このような規格外の怪物を屠れるとすれば強力な魔術のみ。

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え》!」

 その、魔術による攻撃によってルイーツァリが爆炎につつまれた。
 黒魔【ブレイズ・バースト】。収束された熱エネルギーの球体を放ち、着弾地点を爆炎と爆風で薙ぎ払う強大な軍用攻性呪文。
 その威力は大きく、城壁はもとより堅固な鎧や厚い皮膚を持つ生物をも粉々に破壊することができるので、城攻めのさいに多用される爆裂呪文。
 並の人間がこの爆炎に巻き込まれれば消し炭すら残らない。
 
「……朝に嗅ぐ攻性呪文の匂いは格別だな」
「な、なに!?」。

 しかし物陰に潜んでいた総督府勤めの魔導士による不意打ちはカルサコフを倒すどころか、ルイーツァリの外装に傷ひとつ負わせることもできなかった。
 黒光りする金属の表面に無数のルーンが浮かび上がっている。その文字の意味するものは耐魔。
魔術抵抗および魔術防御・回避力上昇、魔術ダメージの減少。
 魔術に対するありとあらゆる防性・対抗処理が施されていたのだ。

「くそっ、《雷帝の閃槍よ》《雷帝の閃槍よ》《雷帝の閃槍よ》!!」

 魔導士は矢継ぎ早に攻性呪文を唱える。
 【ライトニング・ピアス】。貫通力の高い電撃の一閃で敵を射抜く、基本にして最強の呪文と名高いC級軍用攻性呪文。
幾筋もの雷光がほとばしる。
 そのひとつひとつが岩盤を穿ち鉄板をも貫く強力な雷光。だが先ほどの【ブレイズ・バースト】同様、内部のカルサコフどころかルイーツァリの外装にわずかな傷もあたえることもできない。
 必殺の雷光は命中寸前にひしゃげてあらぬ方向へと飛んでいってしまったり、あるいはかき消されてしまうからだ。

「魔法回避率、無効率ともに九〇パーセント超。計算通りだ。さぁ、次は魔法防御力について試させてくれ。んん? ……どうした、早く次を撃て。撃つんだ!」

 必殺の魔術が通用しない鋼の巨人を前に呆然とする魔導士。もはや次の呪文が唱えられる状態ではなかった。
 蒼白になって身をひるがえし、脱兎のごとく逃走する。

「敵に背を向けるとは、敗北主義者め。粛正だな。――鉄拳射出装置起動、アゴーニ!!」

 ルイーツァリの腕の先が本体からはずれ、火箭と化して突き進み魔導士の上半身を吹き飛ばした。
 腰だけを残した二本の足は数メトラほど走ると、もつれるようにしてたおれ、血と臓物をぶちまける。
 射出した拳が【マジック・ロープ】によって自動的に腕に戻るのを見て満足げな笑みを浮かべるカルサコフ。
 そこには無駄な血を流さないよう、【マインド・ブレイク】による精神的ダメージを負った女たちを治療して帰した数日前の面影はない。
 血の臭いに興奮し、死と破壊に悦びを感じる狂人の姿しかなかった。
 これが、カルサコフの、いや、天の智慧研究会と称するテロリストたち全員に共通する正体であった。
 どのような正義やお題目や大義名分を掲げようが、暴力で世の中を変えようとする人間の性根など、しょせんはこのようなものだ。
 そのテロリストの身体にかすかな振動が伝わってきた。
 城壁の上に設置された複数の銃身を環状に束ねた火器――ガトリング砲から猛烈な勢いで鉄弾が発射され、リビングアーマーたちを蜂の巣にしていく。
 その銃弾の嵐がカルサコフにも降りかかっているのだ。

「……ふぅむ、矢避け(ミサイル・プロテクション)は作動せず、か。やはり火器による銃撃はやっかいだ。これは改良の余地がある。だがこの防御力、これはすばらしい!」

 ルイーツァリの表面にふたたびルーンが浮かび上がっている。魔術による攻撃を受けたときとはまた別の種類、物理的な打撃に対する盾のルーンが。

「ウーツ鋼への耐物理・耐魔術符呪。予想通り、いや予想以上の出来栄えだ!」

 ウーツ鋼とは鋼の元素配列構造内に一定周期で炭素の層構造を配列することによって通常の鋼よりも圧倒的に優れた剛性と靭性を持たせた特殊鋼材だ。
 帝国内でもウーツ鋼を工業的に生産できる鍛造技術者の数はとても少なく、年間生産量はごくわずかなため、錬金術による魔術的な手法での錬成法が研究されている。
 だが錬成物の永続的な固定がむずかしく、配列構造の複雑怪奇さから錬成そのものにも時間がかかるという、実に希少な金属なのだ。
 このスターリ・ルイーツァリは、そのウーツ鋼によって造られ、さらに各種の符呪がほどこされた魔鋼鉄のゴーレムなのだ。

 リビングアーマーたちを一瞬で鉄屑へと変えた銃撃の嵐の中を悠然と突き進む。

「いにしえの魔導大戦ではミスリルゴーレムが大量に投入され、大いに活躍したというが、私のスターリ・ルイーツァリもそれに比肩するのではないか? ……くっくっく、シーホーク兵の銃撃はまるで霧雨のようだ。銃撃というのは――《見えざる手よ》!」

 【サイ・テレキネシス】によって周囲に散らばる落ちた銃弾をすくい上げ、飛ばす。
 念動力で斉射された何百何千という数の弾丸が炸裂。
 ガトリング砲は射手もろとも粉々に破壊され、鉄と血肉の混合物となった。
 狭間の狙撃手の頭部を貫通した銃弾は建物内を跳弾して城壁の中にいた兵士たちをも死に至らしめる。
 亜音速で荒れ狂う鉄の飛礫は周囲を一瞬にして死の静寂に満たした。

「どうだね、シーホークの兵士諸君。これが真の銃撃というものだ。……と言ってもだれも聞いていないか」

 念のために生存者を確認。視界を生命探知モードに切り替えてあたりを見渡すと瓦礫の下に生存者を発見した。
 鋼のかいなで瓦礫をどかすと、ひとりの兵士が恐怖におののいた顔で見上げている。

「こ、降参だ。武器は捨て――ッ!?」

 手にした銃を投げ捨て、両手をあげて投降の意思を示す兵士にカルサコフは無言のまま瓦礫を押しつけ圧殺した。

「なげかわしい。ここにも敗北主義者か。ひとたび戦火を交えたからには勝つか負けるか。どちらかが死ぬまで終わることはない、闘争における血と鉄の掟を忘れたか」

 血肉のこびりついた瓦礫を城門にむかって投げつけると、その一撃で崩壊した。
 カルサコフの進撃を阻む障害はもはや存在しない。
 シーホークの権威たる総督府。
 シーホークの権力を司る貴族や豪商。
 シーホークの象徴である商業施設。
 このみっつを徹底的に破壊し、虐殺し、蹂躙し尽くすことで堕落した街を無に帰す。
もはや目的達成は時間の問題だろう。
 勝利を確信し、無人の野を征くカルサコフが歩みを止めた。

「なんだ……」

 操縦席内のモニターが雲地区から潮風地区にかけて展開したリビングアーマーたちの数が減っていることを示している。
 雲地区にはよほどの手練れでもいるのか。
 貴族や豪商らが金にあかせて凄腕の冒険者や傭兵を雇っている可能性はある。彼らが奮戦でもしているのだろうか。

「あちらは〝将軍〟が率いる一隊がいる。たとえ歴戦の冒険者が相手だとしても、まず負けはしないだろうが……」

 このまま総督府の制圧を続けるか、潮風地区にむかうか、カルサコフはしばし逡巡した。





「《駆けよ風・駆けて抜けよ・打ち据えよ》!」
 
 ウェンディの起こした強風で体勢をくずしたり転倒したところを秋芳が斬る。
 最初はそのパターンだったのだが。

「《大いなる風よ》!」
「ウボォアーッ!?」

 三回に一回は誤射し、リビングアーマーに隣接する秋芳を盛大に吹き飛ばす。

「《我は射手・原初の力よ・我が指先に集え》!」
「あいたぁッ!?」

 背伸びして学んだ黒魔【マジック・バレット】を牽制のため放てば散弾と化して秋芳も巻き込む。しかもリビングアーマーはほとんど無傷。

「魔法の(マジックミサイル)は的を外さないんじゃないのかよ! D&Dにはそう書いてあったぞ!」
「そんな本知りませんわ!」
「ガープスか! 呪文射撃判定のあるガープスか!」
「だからそんな本知りませんわ!」
「……もう攻性呪文禁止。回復や支援に専念してくれ」
「ぐぬぬ……、わかりましたわ」

 といってもウェンディが秋芳にすることはなにもない。【フィジカル・ブースト】で身体能力を上げなくても無駄のない動きで攻撃し、回避する。この体術の持ち主に魔術の援護は必要ないだろう。マナのむだ遣いだ。
 負傷することもないので【ライフ・アップ】はいちども使っていない。
 魔剣を振るっているので【ウェポン・エンチャント】も不要だ。
 ウェンディはときおり発見する負傷者に【ライフ・アップ】で治癒する以外は、もっぱら傍観につとめた。

(それにしてもなんて不思議な動き。帝都の闘技場でも、あんなふうな戦いかたをする剣闘士なんて見たことありませんわ)
 
 アルザーノ帝国北部イテリア地方に存在する帝都オルランドはフェジテ以上に発展した都市であり、学術施設や魔術機関のほか観光地や娯楽施設も多い。
 闘技場もそのひとつだ。
 剣闘観戦は貴族の娯楽のひとつで、なかにはみずから参加したり決闘の舞台にする者がいるほどだ。ウェンディ自身はあまり好きではなかったが、公爵家の令嬢としてつき合いなどで何度か観戦したことがある。

 秋芳の剣法は道教に縁のある武当派や峨眉派のもの、いわゆる中国剣法だ。
 連続性のある柔軟な動きが特徴で、軽快で優美。敏捷性と変化に富んでいて、素手による突きや蹴り、組んだり投げたりといった赤手空拳の技も混在している。
 
(武闘というよりも舞踏、まるでダンスですわ!)

 これにくらべれば剣闘士の戦いかたなどなんと無粋で泥臭いことだろう。
 ウェンディに武というよりも舞と称された秋芳の剣だが、そのひとつひとつの動きには必殺の技が込められている。
 中国五〇〇〇年の歴史が生んだ絶技でもって街を荒らすリビングアーマーたちを手当たり次第に斬る。
 斬る。
 斬る。
 斬る。
 斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って、斬りまくる。

 わざわざこちらから探し回らなくても、むこうから襲いかかって来るので迎え撃つのみだ。

「しかしこの剣、よく斬れるなぁ」

 秋芳はウェンディからあずかった小剣をかかげ見て、感心する。
 鉄の鎧をなんども断ち斬ったにもかかわらず、刃こぼれひとつ生じていない。
 小剣――ショートソードといってもことさら小さいわけでも短いわけでもない。あくまで騎兵用の長剣(ロングソード)に対して歩兵用の小剣(ショートソード)という呼称がついているだけで、刀身の長さは七〇センチほど。日本刀とくらべても遜色はない。

「当然ですわ。なにせ古代遺跡から発見された正真正銘の魔導遺物(アーティファクト)ですもの」
「軽量化だけでなく攻撃力を上げる利刃や折れず曲がらずの不壊の魔力が込められているな」

 秋芳は見鬼によって魔剣の性能を把握している。
 
「そのとおりですわ。霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)が施されていますの」

 霊素皮膜処理。
 存在が完全に固定され、物理的・魔術的な変化や破壊を完全に受けつけない古代人の古代魔術(エインシャント)のなせる業。
 近代の魔術師にはどんな理論でどうやったのか、まったく理解も再現も不能な古代人の魔法技術のひとつだ。

「無銘ですがわたくしでさえ鉄を泥のように斬ることのできる魔剣ですわ。ぞんぶんに振るってリビングアーマーたちを一体残らず鉄屑にしてくださいまし」
「まるで青虹の剣だな。せっかくの宝剣を奪われないよう、敵に趙子龍がいないことを祈るよ」

 雲地区、高潮地区を抜け、潮風地区に近づくにつれてそこかしこに鎧の残骸を目にするようになる。街の警備官たちの働きによるものだろう。だが彼らも無事ではなかった。
 破壊されたリビングアーマーの数以上の負傷者を出し、最悪命を落とした者もいる。
 警備官らの帯びるサーベルでは金属鎧に有効なダメージを与えられず、不利な戦いを強いられたからだ。
 機転を利かせて武具屋から臨時徴収した戦鎚(ウォーハンマー)戦棍(メイス)で応戦したり、銃士隊による銃撃や魔導士の魔術によりなんとか引潮地区への侵入を防いでいた。
シーホーク潮風地区。
 花の匂い、香煙の匂い、果物や野菜の匂い、強い香辛料の匂い、揚げ菓子の甘い匂い、炭火が焼ける匂い、牛や犬、羊や山羊、鶏の匂い、人の匂い、土の匂い、木の匂い、水の匂い――。
 豊かで濃厚な匂いは活気の証拠。だがシーホーク潮風地区はいま、剣呑な血と硝煙の臭いに満ちていた。

「くそぅ、なんなんだやつらの動きは!」

 警備官のひとりが思わず悲鳴に似た声をあげる。
 街中を散発的に暴れていたリビングアーマーとちがい、引潮地区へと侵攻する鎧の一団は統制された動きをしており、迎撃が困難だったのだ。
 こちらが攻めればおなじだけ退き、こちらが退けばおなじだけ攻めてくる。
 理屈の上では一進一退になるはずだ。
だがなぜか警備官側が攻めているといつの間にか隊が分断されて各個撃破の憂き目に遭い、逆に退くと際限なく攻め立てられ押し潰されそうになる。
 このままでは、長くはもたない。次に攻めてきたときが終わりだ――。

「わたくしたちも加勢いたしますわ!」
「助太刀するぞ」
「君たちは……、魔術学院の生徒か?」

 警備官たちを率いる隊長は駆けつけてきたウェンディと秋芳にむずかしい表情をむける。
 ウェンディのへそ出し制服のおかげで女子のほうは学院の生徒だと一目瞭然。青年のほうはそれなりに腕が立ちそうだ。しかし――

「君たちふたりだけかい? 魔術の援護はありがたいが、正直ここはもう限界だ」
「ここを突破されたら後がありませんわ。引潮地区の住民の避難は済んでいまして?」
「それは……」
「ならばなんとしても死守するのみですわ!」
「われわれだってそのつもりだ! だがやつら、さっきから妙な動きをしていて……」
「……あの鎧、ほかのとはちがうな」
「え?」
「あの槍を持ったやつ、将気をまとっている。あいつを倒せばなんとかなるかもしれない」

 秋芳の見鬼はリビングアーマーたちのなかに集団を統率する長を見極めた。
 どうやって倒すか、それが問題だ。
 
 

 
後書き
作中の「元素配列構造内」という表記は正確ではないそうですが、原作にそう書いてるのでそのままの表記にしました。 
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