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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第四十二話 後始末

 終わり良ければすべて良し。

 不器用な俺にとってこの言葉はとても救いを感じる言葉だ。

 結果に至るまでの過程でどれだけのミスを犯しても、最後に理想通りの結果を迎えることができれば万々歳。

 たとえ最初に描いていた道筋とは大きく逸れていたとしても、結果が全てだと思えばどんな失敗があっても立ち直れる。

 そういう意味では今回の『ジュエルシード事件』は、当初の予想していた結末とは大きく違うものになった。

 最初はジュエルシードをなんとか集めきって、ユーノとお別れするみたいな感じ。

 次はフェイトやアルフ、イル・スフォルトゥーナの出現があったので、三名の猛攻を防ぎつつジュエルシードを回収しきるみたいな感じ。

 なんて思っていた俺の計画はどれもうまくいかず、結局は全てのジュエルシードをプレシアに渡して、フェイトとアルフを保護すると言う結末に至った。

 プレシアのことも、逮捕して刑を受けている間にフェイトとの関係を取り戻すこともできたかもしれないけど、それはあくまで俺の予想であって二人の心情はそれを望んでいなかったかもしれない。

 ――――後の調査で、プレシアが今回の件に至るまでの全容が見えた。

 今から二十六年前、中央技術開発局の第三局長だったプレシアは、個人開発の次元航行エネルギー駆動炉『ヒュードラ』の設計主任をしていた。

 大エネルギーを保有する駆動炉の開発は常に危険と隣り合わせで、僅かな演算ミスがそのまま失敗に……果ては大規模な爆発を起こしてしまう。

 プレシアのそれまでの経歴と、本人の能力や性格を合わせみて、駆動炉の開発は失敗しないはずだと思ったけど、改めて深く調べた所であることを知った。

 この駆動炉『ヒュードラ』は前任だった開発主任から中途半端な形で引き継いだものだった上に、開発には短い期間しか与えられていなかった。

 前にも言ったが、駆動炉の開発は危険と隣り合わせだ。

 一から作ることがどれだけの労力を費やすか、少し調べただけでも察するのは難しくない。

 もちろんそれが成功すれば、人々の生活を豊かにする可能性すら秘めているものだが、リスクも大きい。

 だから本来、こういった大型駆動炉の開発は一度決めたメンバーで最後まで行うのが常識だ。

 たとえ引き継ぐことがあっても、主要メンバーを変えることは滅多にない。

 なぜなら途中で引き継がれた側は、前任の人がしてきたこれまでの演算を再度計算し直さなければいけないからだ。

 数値に僅かなミスも許されない。

 だから中途半端に完成しているそれを最初から見直し、ミスがないか確認するのは苦労も多いが、何よりミスを見つけた瞬間が厄介だ。

 その箇所の数値のミスは、その後全ての数値が狂っていることを指すからだ。

 そしてプレシアは、上司から短い期間での開発を命令されていた中で、そのミスを見つけてしまったのだ。

 振り出しからのスタートを考えればとても間に合う期間じゃない。

 前任者のずさんな資料管理や、複数の人間が変更した記録が残された設計やシステム。

 そしてトドメに絶対的に間に合わないスケジュール。

 失敗する。

 それは、プレシアだけでなく全ての職員が察していたことだった。

 ――――プレシアは何度も上司に開発期間を長引かせて欲しいと打診したと、その後の調査で開発に関わっていた職員が証言している。

 しかしその願いは叶わず、しかも最悪なことに開発期間が更に短くされた。

 失敗する結果は確定してしまった。

 プレシアはきっと、何度も足掻いただろう。

 自身の持てる全てを使って、せめて最悪の事態だけは避けようと努力しただろう。

 だけど、結果は変わらなかった。

 駆動炉は暴走を起こし、中途半端な設計が災いして安全装置が機能せず、中規模次元震を起こしてしまった。

 これによって研究所の周辺では全ての酸素が光と熱の燃料となって消滅。

 生物は全て、苦しみを感じることなく死を迎えた。

 そしてこの事故に巻き込まれていた人の中に――――アリシア・テスタロッサの名前があった。

 ここまでの資料を読んで、俺は全てを理解した。

 研究者……特に、開発主任ともなれば家に帰ることも少ないだろう。

 俺がリンディさんとほとんど一緒に過ごしたことがないように、アリシアって子もプレシアと過ごした期間は短かったことだろう。

 プレシアはアリシアと過ごす時間を得るため、開発には真剣で必死に取り組んでいたはずだ。

 全てが終われば一緒に過ごせる。

 それが……まさか自分が責任者として関わっていた駆動炉によって、全てを失うなんて、夢にも思わなかったはずだ。

 プレシアは一体、どれだけ自分を責めただろうか。

 どれだけ自分の不甲斐なさを恨んだだろうか。

 それを、親と言う立場を経験していない俺が理解するのは、まだまだ時間がかかるだろう。

 ――――更に調査を進めた俺は、駆動炉の開発失敗がプレシアの責任になって裁判が起こされたことを知る。

 しかもそこに管理局は一切介入せず、全てがプレシア一人の責任として押し付けられていた。

 プレシアが違法な手段とエネルギーを用い、安全よりもプロジェクト達成を最優先したのが全ての原因である。

 当時の資料にはそう記されており、プレシアは別の研究所へ左遷された。

 開発失敗の責任は上層部や前任者の責任だと言うことはできたはずだ。

 管理局を介入させれば、それこそ本当に裁くべき相手を裁けたはずだ。

 プレシアがそうしなかったのは、きっと疲れたからだろう。

 最愛の娘のために費やした努力によって、最愛の娘を死なせてしまった。

 そう思えば、誰かを責めるなんてやってられなかっただろう。

 それでもほかの資料によれば、左遷された研究所でプレシアは数々の実績を残している。

 まるで研究に取り憑かれたように働いていたことだろう。

 資料だけ見れば、仕事をきっちりこなしているから立ち直っていると予想してしまう人もいるだろう。

 だけど……きっと、この時すでに狂っていたのだろう。

 アリシアを取り戻すための研究を、死者蘇生の研究をしていたのだろう。

 そして見つけたのが、一つ一つが大きな規模の次元震を発生させるほどの高エネルギーを持つロストロギア、ジュエルシードだった。

 その後の話しは知っての通りだ。

 では次に事件その後の話をしよう。

 俺たちがプレシアと話をした場所、『時の庭園』の内部を調査したところ、エネルギーを失った十二個のジュエルシードが発見された。

 俺とフェイトがプレシアに渡したものだろう。

 エネルギーがなくなっており、プレシアとアリシアが発見されなかったということは、恐らくそういうことだろう。

 プレシアが目的の場所に辿りつけたかどうかは分からない。

 むしろ確率としてはゼロに限りなく近いと、リンディさんとクロノは語っていた。

 それでも俺は願わずにはいられない。

 最愛の娘のために起こした数多の大罪。

 その果てが、せめて地獄ではなく、彼女が望む理想郷であって欲しいと。

 プレシアとアリシア、そしてイル・スフォルトゥーナと、イルが所有していた残り九個のジュエルシードは行方不明。

 この事件に関わったフェイト、アルフを除いた全ての容疑者が行方不明と言う後味の悪い結果に終わった。

 だが、今回の一件を通して俺が調べたプレシアの経歴と、駆動炉の開発で発覚した数多のミス、偽装、隠蔽が決定打となってアレクトロ社の上層部のほぼ全職員が逮捕されると言う、歴史上最大の事件は解決した。

 これでせめて、同じような事故で誰かが悲しむことはなくなるだろう。

 こうしてジュエルシード事件と、駆動炉開発事故は終わりを迎えることとなった。

 終わり良ければすべて良し。

 そう思うことができたかどうかと問われれば、良かったと言い切ることはできない。




*****


 全てが片付き、俺も入院生活やら書類業務やらが終わって数日が経過した。

 病室でリンシアさんにまた入院ですか? と呆れ混じりのお説教を喰らい、ケイジさんからはプレシアを逃したことで厳重注意を受けるなど、とにかく説教されるのが多かった。

 更には罰として、今後、管理局側からの命令・許可なく事件に介入すること、緊急時以外の魔法を使用することを禁ずるという重たい罰がきた。

 ……重たいとは言うけど、そもそも魔法を使わないため、仕事をしないために海鳴にいるんだから当たり前と言えば当たり前なのですが。

 なんてことがあり、約一ヶ月ぶりの海鳴の町に戻った俺はなのは、フェイト、ユーノ、アルフ、雪鳴、柚那を連れてあの場所へ向かった。

「姉さん、久しぶり」

 海鳴病院の姉さんが眠る病室だ。

 雪鳴と柚那は何度も訪れているが、なのは達は始めてで、全部が終わったらちゃんと紹介しようと思ったのだ。

「今日は、俺の友達を連れてきたよ」

 姉さんの様態は相変わらず、良くも悪くもないって看護師さんが言っていた。

 それを聞いて安心していいのかどうなのか、五年経っても明確な答えはない。

 だけど、こうして生きているのなら、希望を抱き続けることが出来る。

 そう思いながら、今日までの一~二ヵ月の話しをみんなで姉さんに話した。

 それぞれが姉さんに挨拶をしながら、自分のこと、今までのことを話して、最後にみんなが『早く起きてください』と願ってくれた。

 姉さんの表情は、心なしかいつもより穏やかな気がした。

「それで、姉さん。 ここにいるフェイトなんだけど、俺たちの義妹(いもうと)になったんだ」

 最後に俺はフェイトを隣に寄せ、姉さんに見やすい距離で話した。

「フェイトは事件で親もいないし、親戚もいないから、俺が引き取ることにしたんだ。 といっても、俺がというかリンディさんなんだけど」

 俺の兄妹(かぞく)になる。

 それがフェイトがプレシアと決別した時に選んだ新しい道だった。

 俺もプレシアからフェイトを任された身として、フェイトとどういう立ち位置で接すればいいのか迷っていただけに、その提案はありがたかった。

 そしてこのことを俺の義母であるリンディさんに話しをしたところ、今はまだ事件の後始末が残っているから、それが全て片付いたら手続きをしようとなり、正式に家族になるのは早くても数ヶ月は先のことになる。

 だけどすでに俺たちの中では義兄・義妹の関係が成り立ちつつあるため、書類は後付けのものになりそうだ。

 その関係をフェイトの主人であるアルフも快く受け入れており、アルフからも兄貴と呼ばれるようになった。

「あ、あの、黒鐘と海嶺の義妹(いもうと)になります、フェイトです。 これから、よろしくお願いします」

「フェイトの使い魔のアルフだ。 ご主人共々、よろしくお願いします」

 フェイトとアルフは深々と姉さんに頭を下げる。

 姉さんがもし目覚めていたら、なんて言っただろう。

 ――――い、いもうと!? わ、私達、お兄ちゃん、お姉ちゃんとして頑張らなくちゃね!!

 なんて、かなり動揺しながらも受け入れてくれるだろう。

 眠っている姿はとてもクールな印象を持たれやすいが、素はかなり表情・感情ともに豊かで騒がしい方だ。

 きっとみんなは驚いて、でもその接しやすさに馴染んでいくことだろう。

 姉さんはそうやって不思議と、誰とでも仲良くなれる才能を持っているから。

 名前にあるように、海のように広い豊かで穏やかな心の持ち主だから。

「そんな黒鐘のお嫁候補の逢沢 雪鳴です。 不束者ですが、よろしくお願いします」

「おい」

 そんなほっこりとした空気をぶち壊す雪鳴の発言が、この場にいた全ての少女たちの心に火をつけてしまった。

「わ、私だって候補です!! 高町 なのはです、よろしくお願いします!」

「い、いや、待てって……」

「わわわ、わたしゅ……私だって、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいです! 逢沢 柚那です!」

「落ち着けって」

「私も、今は義妹だけど、将来は妻になりますフェイト・テスタロッサです」

「フェイトもか!?」

 少女たちは何度目になるか分からない挨拶をすると、互いに警戒しながらにらみ合い、火花を飛ばしあっていた。

 俺が声をかけても無視されているあたり、どうやら少女たちは敵しか認識できないほど集中してしまっているようだ。

「なんでこんなこと……」

「今に始まったことじゃないからね?」

 病室の隅っこに移動して悩むと、人間の姿のユーノが肩を叩きながら呆れ混じりに言った。

 アルフも俺の隣に立ち、フェイト達のにらみ合いを苦笑しながらも傍観していた。

「フェイト、プレシアの時もそうだったけど、好きな相手には真っ直ぐな子だから」

 と、流石この場で誰よりもフェイトを知ったる使い魔は冷静に語る。

 アルフがあの輪に混ざらないでくれたことが唯一の救いなきがする。

 俺とユーノだけじゃ荷が重すぎる。

「え、僕は無関係でしょ?」

「裏切り者ぉ!!」

 真顔で両手を振って『え、巻き込まないでよ』とジェスチャーするユーノを心の底から呪う。

 ならばアルフと一緒に頑張って止めるしかな

「アタシはフェイトの味方だから戦力にならないよ?」

「役立たずめがぁ!!」

「あ、ちょ!?」

 味方と思っていた二人に裏切られ、世界に絶望した俺は今持てる最速を持って四人の背後に周り、

「にゃ!?」

 なのはを、

「っ!?」

 雪鳴を、

「へう!?」

 柚那を、
 
「はう!?」

 フェイトを、

 四人をまとめて一撃を持って気絶させることで事態を終息させた。

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

 忘れてはいけないが、一応ここは病室だ。

 騒がしい方が姉さんも目覚めるかも知れないけど、病院で騒がしくするのはほかの患者へ迷惑がかかる。

 ならばさっさと争いを止めるしかなかったのだ。

 そう、これは必要な手段だったんだ。

「こうして俺はまた、罪を背負うのか」

「「いやいやいや」」

 大切な四人を倒した罪で天を仰いだ俺に、冷めた目で二人の男女がツッコミを入れるのだった。

「……ええっと、これは一体どういう状況ですか?」

 そんなカオスな病室のドアがスライドして開くと、俺の担当看護師――――リンシア・エイル・アンジェラスさんが花束を手に、私服で立っていた。

 その表情は、できればこの状況に関わりたくないな~と言ったような、困り果てた様子だった……お察しします。


*****


 気絶した四人は部屋の隅で寝転がし、アルフとユーノに面倒を見させた。

 当たり前だけど、四人分の布団なんてないから冷たくて硬い病室の床で寝てる。

 まぁそのうち目を覚ますだろう、かなり手加減したし。

 そんな混沌を生み出した四人は去ておいて、俺は姉さんが寝るベッドを挟むようにリンシアさんと向かい合うように座った。

 リンシアさんが姉さんを診るのは半年ぶりだ。

 俺と同じように面倒を見てくれていたから、その間からずっと気になっていたのだろう。

 姉さんの胸に右手をそっと置くと、その手は白く発光した。

 これはリンシアさんの魔力光、そして行っているのは胸の奥にあるリンカーコアに干渉することでそこから流れる魔力に乱れがないかを測っている。

 白の魔力色は、何色にも染まれることから全ての魔導師との魔力干渉ができる特異な魔力だ。

 それを持っている魔導師はかなり少なく、管理局でもリンシアさんくらいだろう。

 そしてそれを医療面に活かすことで、魔力を持つ全ての患者の様態を瞬時に知ることができる。

 リンシアさんが若くして管理局の看護師で偉い立場になれたのは、この能力が大きな理由だ。

「……ふぅ」

 検査を終えたリンシアさんは、疲れた様子で息を漏らしながら俺の方を見る。

「問題ないようですね。 最後に検査した時と、何も変わらない」

「そう、ですか」

 何も変わらない。

 それは最後に検査した時とリンシアさんは言ったが、詳しく言えば『五年前からずっと検査しているが、ずっと変わっていない』が正解だ。

 五年前から姉さんは成長も老化もしていない。

 まるで時が止まったように、何も変わらない。

 血液や魔力はちゃんと流れていて、呼吸もしているのに。

 心臓が動いているし、脳も活動しているから生きているけど、目を覚まさなければそれを実感できない。
 
「私も日々、海嶺さんの様態に関わる資料を読み尽くしていますが、どれも根本的解決には」

「そうですか」

 申し訳なさそうにしているが、リンシアさんには感謝しかない。

 多くの医者が現状維持に重きを置く中、解決法を必死に探してくれているのだから、リンシアさんを感謝はすれど責めるだなんてできるものか。

 現にこうして別の次元世界に足を運んでまで姉さんに会いに来てくれたんだ。

 本当に心の底からこの人の存在には救われてると思う。

「リンシアさん、一ついいですか?」

「はい?」

「姉さんが目覚めない理由で、リンシアさんがこれじゃないかと思うことはありますか?」

「病気なのか、そうでないか……ですか?」

「はい」

「……」

 俺の問いに、リンシアさんは腕を組んで目を閉じた。

 きっと全ての知識を用いて様々な仮説を立てているのだろう。

 多くの医者が姉さんに対して様々な仮説を立てたけど、どれも説明不充分だと感じた。

 いや、それはしょうがないことなのだろう。

 だって父さんや母さんと違い、姉さんは無傷で意識を失っていただけなのだから。

 父さんと母さんには切り傷があった。

 不意打ちによる一閃が致命傷だったのだろう。

 だけど、姉さんと俺は無傷で発見され、姉さんは意識不明。

 この差は何なのか。

 姉さんが意識を取り戻さないのは、そこに全てがあるんじゃないかと思う。

 だけど俺は医者じゃない。

 医療知識なんてほとんどなく、素人の仮説ほど役に立たないものはない。

 だから専門のリンシアさんから意見がもらいたかった。

 そう思いながらしばらく待つと、リンシアさんは真剣な表情のまま目を開ける。

「まだ未熟な知識ですが、よろしいですか?」

「お願いします」

 未熟で構わない……というか、俺はリンシアさんを未熟だとは思わない。

 どれだけの名医がどれだけの仮説を立てようと、俺はきっとリンシアさんの方を信じるだろう。

 それほどまでに、俺はこの人を信じているから。

「……病気と言うのは、遺伝や病原体、体質など、調べれば必ず特定できるものです。 海嶺さんの場合、身体の全てを検査しても異常は見られず、むしろ健康体。 つまり病気ではない」

 本来ならば……と、言葉を濁したのはきっと、目を覚まさないのと、成長と老化が起きないからだろう。

 病気ではないが異常状態と言う矛盾。

 これに仮説を立てるのであれば、恐らく、

「ここからは医療分野から外れ、魔導師のリンシアとしてお話します」

「……はい」

 そう。

 別の仮説を立てるとすれば、恐らく魔導師目線になる。

 つまり――――魔法が関係している。

「私の仮説は二つ。 禁術級魔法の使用です。 魔法は指定エリアに魔法陣を展開、固定させることでその場に指定した魔法を出現させることです。 魔法陣の展開、停止、固定、魔力の分解、再構築、発動などの細かいプロセスを踏みますが、その途中にある『停止』を術式化させ、人体の成長や老化を停止させている可能性があります……というのが一つ目です」

「停止……というか、封印に近いですね」

「確かに、停止の最終形が封印とも言えますね」

 つまり姉さんは魔導師の術式によって眠らされているということ。

 だけど、それには疑問が残る。

 なぜそんな無意味なことをしたのか、だ。

 人一人の成長や老化を停止させるのは、かなり大規模な詠唱と術式、そして大量の魔力の消費が必要になる。

 父さんと母さんを殺しておいて、姉さんをそうする必要はなかったはずだ。

 最初から姉さんが目的で襲撃したのなら、それこそ姉さんを眠らせる必要はなく、殺害するのが普通だろう。

 眠っているのならば、いつかは目覚めてしまうのだから。

 仮に姉さんが眠っている間に何か、悪い計画を企てている者がいたとしても、姉さんが邪魔になる計画があるとは思えない。

 それこそ邪魔なら殺せばいいのだ。

 わざわざ禁術を用いてまでする必要がどこにある?

 そこに納得がいかない限り、この仮説が正解とは言い難い。

「二つ目は、ロストロギアの影響を強く受けてしまった場合。 例えば対象の人物の未来を喰らうようなロストロギアがあったとすれば、海嶺さんが目を覚まさないのが成長や老化の概念を奪われてしまったから」

「っ……」

 ロストロギア。

 この世に無限に存在し、そしてどれも発動すれば世界に影響を及ぼす代物。

 ジュエルシードもその一つだった。

 あれを収集した側だから、ロストロギアの怖さは理解できる。

 その中の一つに、もしリンシアさんの仮説に似てるものがあるとしたら……。

 それは納得ができる。

 だけど疑問が残るとすれば、両親の死だ。

 もしロストロギアの目的が他者の未来だとするならば、父さんと母さんのを奪わずに殺害した理由はなんだ?

 年齢が関係するのか?

 ならば俺たち以外の同年代の子どもが狙われていたはずだ。

 だけどこの事件に巻き込まれたのは俺たち小伊坂一家だけだ。

 俺たちだけが、別々の被害に遭った。

 その理由は……やはり分からない。

「すみません。 私が思いつくのはこのくらいです」

 申し訳ない表情で深々と謝罪するリンシアさんに、俺は慌てて声を上げる。

「い、いやいや! とても参考になる話でした! だから頭を上げてください!」

「……そう、ですかぁ?」

 顔を上げたリンシアさんの瞳には、大粒の涙が溜まって、今にも流れそうだった。

 頬は赤く染まり、先程までの真面目な大人びた表情から子供のような表情に変わった。

 そのギャップがとても可愛らしいのだが、ほっこりしてる場合じゃない。

「もちろんです。 姉さんのこと、大事に想ってくれて弟として嬉しいんです。 リンシアさんのような綺麗で優しい人に出会えて、俺も姉さんも幸せです」

「や、やだ……綺麗だなんて」

 と、頬を両手で包みながらもじもじさせ、表情が緩んだリンシアさん。

 その様子にホッとしながら、改めて感謝の思いを伝える。

「俺や姉さんは、ずっとリンシアさんに助けられてます。 俺たち姉弟(きょうだい)にとって恩人なんです」

「そ、そんな……恩人だなんて」

 嬉しそうな、恥ずかしそうな、そんな複雑な表情のまま視線を彷徨わせるリンシアさんに、俺は精一杯の感謝を込めて。

「いつもいつも、ありがとうございます。 これからも、俺たちのこと……支えてください」

 気づけば俺たちはリンシアさんなしでは生きていけなくなっていた。

 俺なんて、事あるごとに怪我をして、その度にリンシアさんに呆れられながらも面倒を見てもらっている。

 本当は迷惑をかけたくない反面、これからも面倒を見てもらいたいと言う甘えもある。

 そんな本音を、感謝とともに伝えた……はずだった。

「や……やだもぉ。 支えてくださいだなんて」

「……?」

 頬は熟したりんごのように真っ赤で、瞳からはハートマークがうっすらと見える(気がする)。

 おかしい。

 俺が思っていた反応と違う。

 こんな背後から幸せオーラが溢れ出るようなリアクションは全く予想していなかった。

《マスター》

「うお……アマネか。 どうした?」

 急に右ポケットから女性の声の淡々とした声が聞こえたので驚いたが、アマネだった。

 長い付き合いで今更驚くとは思わなかった。

《マスターはリンシア様のこと、どう思いますか?》

「質問が雑じゃない?」

《これは失敬。 ではストレートに。 リンシア様のこと、好きですか?》

「もちろん」

「ひゃっ」

「ひゃ?」

 ポケットからアマネを取り出して返答をすると、正面からリンシアさんのか細い声が聞こえ、疑問を抱きながらそちらを向くと、

「す、好きだなんてそんな……わ、私は黒鐘さんの担当看護師で、黒鐘さんが傷ついた時だけの女で充分で……ああでも、弟がいたらなぁって可愛がりたいのもあるのも確かで、頭を撫でて癒されたいなぁなんて、思ってたりなかったり? それが弟以上の関係だなんて、海嶺さんになんて説明すれば……あぁ、こんな時どうすればいいのかなんて、勉強してないから分かりませんぅ~!」

「あ……あの、リンシア、さん?」

 あまりにも光速で聞き取れないリンシアさんの独り言を、俺は言葉が浮かばないながらも声をかけると、我に戻ったように驚き、目の焦点をこちらに合わせる。

「はっ!? わ、私としたことが」

「だ、大丈夫ですか?」

「はい、冷静です。 ちなみにお子さんは何人欲しいですか?」

「全然冷静じゃないじゃん!?」

「あ、私は何人でも構いませんよ? むしろ子宝には恵まれたいというか……はっ!? わ、私ったら、子宝だなんて……これじゃ、私が子作りを望んでいるみたいじゃないですか。 お付き合いはもっと健全に……で、でも、子どもかぁ……可愛いだろうなぁ」

 あ、また意識がどっかに飛んだ。

「あ、アマネ」

《自分で招いたことですのでデバイスを巻き込まないでください》

「そこをなんとか!」

 なのは達と違ってリンシアさんにまで攻撃はできないよ!?

 穏便に収めたいがために知恵を絞るが、残念なことにこれっぽっちも妙案は浮かばず、

「兄貴ぃ」

「アルフ、どうかしたか?」

「フェイト達が起きたんだけ……ど……」

「あ」

「黒鐘君」

「黒鐘」

「「お兄ちゃん」」

 目を覚ました四人の少女から禍々しいオーラが溢れ、殺意に近い感情を俺とリンシアさんに向ける。

 そしてデバイスを起動させながら、


「「「「その女誰ぇ!!!!!」」」」


「お、お前ら! ここ病室だから!! 落ち着……ぎゃあああああああ!!?」

「問答無用なの!」

「浮気者の旦那には成敗」

「お兄ちゃんは私だけじゃ満足できないの!?」

「私から目を離せないようする!」

 四人の少女の四人の武器、四つの魔法が狭い病室内で激しくぶつかり、俺に迫る。

 俺を助けないユーノとアルフは、しかし病室外の人には迷惑をかけまいと病室内部を強力な結界で封じてくれたようだ。

 なるほど、助かっ……てない!!

「私たちの全力全開、受けてみるの!!」

「や、待て……それ、マジで、ダメだぞ!?」

 なのはをはじめとした四人が一斉に発動させたのは、砲撃魔法。

 もちろん非殺傷設定だし、姉さんとリンシアさんとは反対方向にいるし、彼女たちにも結界は張ってある。

 けど、ここで撃っていい道理はないぞ!?

「「「「全力全開!!」」」」

「や、やめ――――」



 目の前に迫った四色の閃光。

 それが俺が最後に見た光景だった。

 そんな混沌に混沌をかけあわせたような現場の後始末は、なんとか激しい魔法を防ぎ切ったユーノとアルフ。

「えへへ、結婚初夜でもう子作りだなんて旦那様ったら大胆っ………………って、あれ……?」

 妄想から不意に我に返ったリンシアさんが病室のど真ん中で黒焦げになり、大の字で倒れている俺を発見したことで騒動は終わりを迎えた。


 姉さん……騒がしくて、ごめん……ね……ガクッ。 
 

 
後書き

今回は色んな意味で『後始末』に困るお話でした。

それにしても、魔法に対する独自解釈が過ぎるんだよなぁ……どうしよ。

リリカルなのはと言う作品すらアンチ扱いしだしてる気がしてならない。

キーワードの編集を考える今日この頃でした。

 
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