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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第四十一話 家族を選ぶこと

 転移魔法によって到着したのは、縦に長いカーペットが敷かれ、その先に一つだけ豪華な席が置かれた玉座の間。

 俺たちはその部屋のちょうど中央に転移され、すぐに互いの背中を守る形で丸く並び、周囲を見渡す。
 
「フェイト、ここが?」

「うん、母さんの拠点」

 俺の問いを理解し、フェイトはすぐに頷く。

 その表情は先ほどと違ってかなり険しいもので、血色が悪くなっているように見える。

「……無理しなくていいからな?」

 恐らくこれから、俺たちは文字通り全てを知ることになる。

 その全ての中に、間違いなくフェイトが傷つく真実があるだろう。

 きっとフェイト自身、そのことは分かっているだろうけど、改めてフェイトの覚悟を問う。

「ありがとう、黒鐘」

 そう言ってフェイトは両手で俺の右手を握り、

「なら、隣にいて欲しい。 私が倒れそうになったら、支えて欲しい」

 真っ直ぐな瞳と強ばった表情で、フェイトは俺にそう言った。

 俺の右手を包む両手は、手袋越しでもフェイトの冷たさと震えが伝わる。

 出会って間もない頃のフェイトだったらきっと、こうして俺を頼ろうとはしなかった。

 アルフにも甘えず、これは全て自分のせいだからと背負い込み、そしてその重みに耐え切れずに倒れてしまっただろう。

 だけど、俺がこうして隣にいて、フェイトは俺を頼ってくれた。

 ならば俺がやることは決まってる。

「いつでも支えてあげるさ。 だから、離れるなよ?」

 右手でフェイトの両手をしっかりと握り返す。

 彼女の震えを止めるために。

 俺の熱で凍えた手を温めるために。

 君は一人じゃないと、伝えるために。

「……うん」

 フェイトの表情は柔らかくなり、震えも弱くなった。

 心なしか、顔色もいい。

 ならいけるはずだ。

 向き合えるはずだ。

「みんな!」

 俺の声に反応し、全員が俺の方を見る。

「みんなは、ここで待っててくれないか?」

「大丈夫なの?」

 なのはの不安げな表情と問いは、どうやら他全員も同様の問いを抱いていたようで、なのはと同じような表情を全員が俺に向けた。

 左腕が使えず、先ほどまでの死闘で魔力も体力も微かで、バリアジャケットもボロボロな俺のことを心配してくれてるのだろう。

 改めて自分の身体を見ると、心配されてもしょうがないと言えるほど、ひどい姿だった。
 
「だ、大丈夫だよ」

 苦笑交じりに答えてしまい、みんなから冷めた目で返された。

 すみません、俺もそちらの立場だったら同じ目をすると思います。

 そんな信用のない俺に呆れた様子で嘆息を漏らした雪鳴は、俺の正面まで近づき、左腰にある鞘に収まったアマネの柄を左手で握る。

 すると雪鳴の左腕を通して魔力が流れ、アマネに注がれていく。

「雪鳴?」

「親へのご挨拶にその姿は無礼」

 機械的な口調でそう言うと、アマネは受け取った魔力を元に俺の身に纏っているバリアジャケットを修復し、新品同様の姿にまで戻した。

「これでいい」

 直った服を見て満足げに頷く雪鳴。

 俺もありがたいことに、必要以上の魔力をもらったので少しは魔法の使用が可能になった。

「ありがとな、雪鳴」

「黒鐘、世話が焼ける」

「あはは……いつも助かります」

 苦笑と一礼で返すと、雪鳴は微笑しながら頷き、後ろに下がった。

 俺は改めてみんなの顔を見ていき、最後にアルフの方を向いたところで停止する。

「フェイトのこと、お願い」

「ああ。 任せろ」

「任せたよ」

 力強く頷き、俺とフェイトは玉座に向かって歩きだした。

 俺の右手はフェイトの左手を握り締め、肩を並べて、同じ歩幅で前に進む。

 玉座には誰もいない。

 だけど俺には分かる。

 玉座の先の壁。

 その更に奥から、誰かの気配を感じていた。

 隠す気のない素直な負の感情が混じった気配。

 ここで待ってるから来いと誘われているのだろう。

 罠かもしれないけど、逃げるつもりはない。

 どのみち、ここで決着をつけなきゃいけないんだ。

 これから先の、未来を生きるために。



*****


 玉座の奥に進むと、光はほとんど消えて薄暗くなった。

 壁の素材も黒一色になり、通路を表すような等間隔の光だけがあたりを照らす中、俺はよく知った鼻を突く匂いに、奥に何があるのかを少しずつ理解し始めた。

 と同時に、フェイトも少しずつ真実に近づいていることを実感しているのか、俺の右手を握る力を強めた。

 俺はそれを優しく受け止めながら歩き続け、そして――――

「来たのね」

 俺たちはフェイトの母、プレシア・テスタロッサのもとへたどり着いた。

 黒よりの紫が印象的な服装と髪。

 落ち着いた様子でこちらを見ているが、怒りや殺意のような負の感情が伝わってくる。

 だけど、俺たちが何より驚いたのは、彼女が愛おしそうに撫でる生体カプセルだ。

 科学者が生物の生体研究を行うため、老化や腐敗を無くすことができる液体。

 これを見るのは初めてじゃないし、管理局の科学系の場所に行けば必ず一台は置いてあるものだ。

 だから俺がここを来る前、鼻を突く匂い――――消毒液の匂いに、病院や研究施設を連想していたんだ。

 だけど、法律や倫理、宗教など様々な観点から人間をこのカプセルに入れるのは原則として禁止されている。

 それでも行うのは非合法の実験、禁術の研究、レアスキル持ちの人間の遺伝子研究などを目的としているものばかりだ。

 それら全ては禁止されて、行えば死罪になることだってある重罪だ。

 だけど、そう言う違法なことをしているから驚いたわけじゃない。

 俺たちが驚いたのは、カプセルの中にいる“少女”の姿だ。

 培養液に漬けられ、体育座りで眠りっている、金髪の長い髪が特徴的な少女。

「っ……」

 俺の右手を握る、金髪の長い髪が特徴的な少女の左手が、今までにないほどの力が込められる。

 そんなフェイトを見ず、プレシアは俺を射抜くような眼光で睨む。

「あなただけ?」

「戦いに来たわけじゃない。 大人数じゃ話せないこともあるだろうしな」

「話すことはないわ」

「悪いけど、こっちは話してもらわなきゃいけないことがたくさんあるんだ」

 少なくとも、目の前の光景くらいは教えてもらわなければ困る。

 フェイトと瓜二つの少女がなぜ、生体カプセルの中で眠っているのか。

「私には時間がないの。 あなたの質問に答える時間もない」

 そう言って彼女は自分の背の高さに迫るほどの長さを持つ長杖型デバイスをこちらに向け、魔力を込める。

 紫色の魔力光が電気に性質変換され、杖の先端で雷の槍を生み出す。

 それを俺たちに向け、

「ジュエルシードを今すぐ全部、私に渡しなさい」

 さもなくば撃つ。

 そう言う意味合いで彼女は俺たちに杖を向ける。

「母さん、聞いて」

 フェイトは不安げな表情のまま、プレシアに声をかける。

 しかしその表情はとても、親が子どもに向けるものとは思えないほど濃い怒りを帯びていた。

「フェイト……あなたには心底ガッカリしたわ。 思えばあなたは最初から、私を失望させ続けていたわね」

「え?」

 フェイトはどういう意味なのか理解しきれない様子でプレシアを見つめる。

 最初から。

 その意味が、俺にも理解できなかった。

「私が望んだ形として生れず、私が望んだ在り方をせず、私が望んだことを達成できない」

「……まさか」

 こんな時に限って俺の思考は物凄い勢いで、最悪のシナリオを描き出す。

 プレシアの言動、フェイトの対応、二人の距離感。

 そして生体カプセルの中で眠るフェイトと瓜二つの少女。

 今ここに、全てのカードは揃った。

 それらを全て並べていき、俺が今までに経験してきたことと、ケイジさんたちが経験してきたことを思い出しながら、この事件の全てを解明していく。

「あら、あなたはそこの出来損ないと違って理解が早いようね」

 心にもない賞賛の言葉を無視し、俺はプレシアを睨みつける。

 なぜならその賞賛は、俺の予測を正解だと伝えているようなものだから。

 ならば俺の心には沸き上がらずにはいられない感情がある。

 ――――怒りだ。

「なんで、どうしてそんなことができるんだよ……アンタは!!」

 怒りを声に乗せ、プレシアにぶつける。

 しかし動揺するようすもなく、彼女は開き直った表情で答える。

「目的のためには手段を選ばない。 選ぶ余裕も時間もなかったからそうしただけのことよ」

「そんなの……」

「く、黒鐘!」

 俺が怒りで暴走してしまいそうなところを、フェイトは両手で俺の右手を包むことで抑えてくれた。

 フェイトの顔を見ると、彼女は不安に染まった表情をこちらに向け、今にも泣き出しそうだった。

「ごめん」

「ううん。 だけど、教えて」

「……」

 教えて。

 そう言われて、俺は迷ってしまう。

 もし本当に俺の予想が当たっているのなら、それをフェイトが知るにはあまりにも辛く、重すぎる。

 俺が言うべきか悩んでいると、深いため息を吐きながらプレシアは杖の先に溜めていた魔力を霧散させ、話した。

「フェイト。 あなたは私の娘じゃないわ」

「ぇ……」

 フェイトが小さく、か細い声を漏らした。

 そこには今までにないほどの衝撃と混乱が感じられる。

 だけど、もう耳を塞いでも遅いし、逃げることもできない。

 俺たちは覚悟を決めなければいけない。

 たとえそれが、どれだけ理不尽な真実だとしても。

「この子を亡くしてから、私は暗鬱な時間を過ごした」

 生体カプセルの中にいる少女を愛おしそうに見つめ、二人を遮るガラスを優しく撫でる。

 その姿は、その仕草は、まさに母親が愛娘に接する姿に見えた。

「この子の身代わりで作った人形を、娘のように接するのも」

 そこで言葉は途切れ、プレシアは再び俺たちへ……フェイトへ視線を向けた。

 明確な怒りを瞳に込めて。

「フェイト。 あなたはアリシアの代わりに作った人形。 そしてアリシアの記憶を移して、だけど何一つ同じにはならなかった失敗作よ」

「っ!?」

 グシャリ、と。

 俺の耳に、何かが握りつぶされた音が聞こえた。

 そしてフェイトの何もかもを悟り、絶望した姿を見て知った。

 今の音は、壊れた音だと。

 ――――人の心が、壊れた音だと。

「アリシアを生き返らせるための研究で、うまくいくはずだったのに」

 プレシアの表情は怒りから失望、悲しみに変わる。

 彼女にとってカプセルの中の少女……アリシアと呼ばれる少女がどれだけ大事なのかは理解した。

 それが自分の愛娘で、恐らく何かしらの事件・事故で命を落としたことも。

 つまり、

「記憶転写型のクローン技術の研究と、死者蘇生の技術・禁術の研究。 これがアンタがしたことだな」

「そうよ。 その通り」

 感情のない笑みが俺に向けられる。

 反対に俺の中で湧き溢れる熱を持った怒りが声に宿っていく。

「フェイトがアリシアって子にならなかったから、フェイトを利用してジュエルシードを集めたっていうのか?」

「失敗作なら、せめて有効に使わないとね。 だからフェイトの記憶からアリシアと言う名前を削除して、使い魔を世話役につけて鍛え上げさせた」

 ――――フェイトは幼い頃、リニスと言う山猫が元の使い魔から魔法の教育を受けていた。

 研究で面倒を見てくれないプレシアの代わりの世話係で、常にフェイトの、そしてアルフの側にいてくれた家族だったらしいけど、ある日姿を消した。

 それが使い魔としての契約終了に伴う生命の終了と知ったのはそれからしばらくしてからだった……と、俺はフェイトから聞いた。

 そしてプレシアの通りなら、恐らくイル・スフォルトゥーナもまた作られた命なのだろう。

 魔法適正を限界まで上げる過程で感情、思考パターンに狂いが生じて強い殺意を抱くようになった……というのは俺の見解だけど、恐らくこれで当たってるはずだ。

「出来損ないの失敗作とはいえ、魔法の才能だけなら充分にあったから、それだけなら役に立ったわ」

「…………ろ」

「けど結局、失敗作は失敗作。 作り物の命は所詮作り物。 本物の命の代わりにはならない」

「……め、ろ」

「アリシアはもっと優しく笑ってくれた。 アリシアは時々わがままだったけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた。 アリシアはいつでも私に優しかった」

「……やめろ」

「フェイト。 あなたは私の娘なんかじゃない。 ただの作り物」

「やめろって言ってんだろ!!」

 怒りの咆哮に魔力を乗せ、突風を踏み出してプレシアにぶつける。

 ――――過去に逢沢 柚那が俺に放った、風を纏った咆哮の模倣。

 しかしそれをプロテクションで防ぎ、プレシアはフェイトに言い放った。

「だから、あなたはもういらない。 どこへなりと消えなさい」

「っ」

 フェイトの目が見開き、全身が痙攣したみたいに小刻みに震える。

 俺の右手を通して、フェイトの震えや絶望が伝わってくる。

「最後にいいことを教えてあげるわ」

 そう言いながらプレシアは俺たちに向けて再び魔力を溜めた杖を向け、

「あなたを作り出した時からずっとね――――」

 俺たちに向け、砲撃レベルの強力な雷光を放つ。

「――――私はあなたのことが、大嫌いだったのよ」

 その一言と共に、雷光は俺たちの眼前まで迫って爆発した。


*****


 母さんは、私のことなんか一度も見てくれなかった。

 母さんは、最後まで私に微笑んではくれなかった。

 母さんが会いたかったのはアリシアで、私はただの失敗作。

 分かっていた。

 もしかしたら私は、母さんにとって不必要な存在なんじゃないかって思っていたから。

 だからこうなることも、『もしかしたら』と思うくらいには予想していた。

 だけど、実際に現実になって、やっぱり辛かった。

 どれだけ覚悟しても、やっぱり私は母さんに認めてもらいたかったから。

 どんなに酷いことをされても、どんなに否定されても。

 それでも、笑って欲しかった。

 そのためなら、どれだけ傷ついても戦えた。

 自分のことを捨ててでも頑張ろうと思えた。

 そうして、たくさんの人を傷つけてきた。

 黒鐘は、そんな私に何度も手を差し出してくれた。

 裏切って、傷つけて、逃げた私を、それでも追いかけてくれた。

 そして、ボロボロになって、全てを尽くして戦ってくれた。

 私なんかのために。

 私のような、作られただけの人形に。

 それが嬉しかったから、頑張ってみようと思えた。

 母さんと、ちゃんと正面から向き合ってみようと思った。

 そしてこうして、向き合ってみた。

 ……だけど、なにも変わらなかった。

 何かを変えられるかもしれない……なんて、ちっぽけな希望を抱いて向き合ってみても、私にはなにも変えられなかった。

 母さんを笑顔にすることすらできなかった私は、やっぱり失敗作なんだろう。

 母さんを笑顔にすることのできない私は、生きる意味なんてないって思ってきた。

 なら、今の私は――――




「逃げるな」




 私の正面に、真っ黒な人影が立つ。

 すると眼前に迫る閃光は真っ二つに割れ、私と彼の左右に分かれて通り過ぎ、後ろで爆発して風圧だけ私達に届く。

 私の正面に立つ少年は、力強くその場に立ち、右手でしっかりと刀を握っていた。

 その姿は私とは正反対だと思った。

 小指突かれただけで倒れそうな私は、デバイスを武器にして握ることもできない。

 戦うことも、向き合うこともできない。

「捨てればいいってわけじゃない。 目を背ければいいってわけじゃない。 逃げればいいってわけじゃ、もっとない」

「黒、鐘……」

 それはこちらを向いてないけど、私に向かって言ってるようにも聞こえて、私は彼の背中をただ真っ直ぐに見つめた。

 彼はその背中に、どれだけ大きくてたくさんのものを背負っているんだろう。

 私は彼に、背負わせてばかりだ。

 彼はずっと向き合ってくれて、ぶつかってくれた。

 私はずっと目を背けて、逃げ続けていた。

「誰も、誰かの代わりになんてなれない。 だって俺たちは俺たちであって、それ以上でもそれ以下でもないから。 なら、フェイトだってアリシアの代わりでも、失敗作でもないはずだ。 フェイトはフェイトとして生まれて、フェイトとして生きることしかできないんだから」

「私は……私として」

 黒鐘の言葉が、私の心に突き刺さる。

 それは痛みとは違って、私の中にある黒いモヤみたいなものを貫いていく。

 私にとって私とは、なんだろう。

 アリシアの代わりとして生きていた今までを失った私は、何になるんだろう。

「……あぁ、そうだ」

 自問自答して、ようやくわかった気がする。

 私は、何も始まってなんかいなかったんだ。

 誰かの物語を引き継いでいただけ。

 私のこれからはきっと、ここからで、これからなんだ。

「黒鐘」

「なんだ?」

 こちらに背を向けたままの黒鐘に、私は伝える。

「私のこと、ずっと……見ててくれるかな?」

「もちろん」

 即答してくれた。

 だけど、私の問いはまだ続く。

「私のこと、アリシアの代わりでも、母さんの人形でもない、私として見てくれるかな?」

「もちろん」

「うん……ありがとう、黒鐘」

 充分だ。

 私はもう、充分に救われた。

 だって私には、黒鐘がいて、アルフが、いて、あの子達がいる。

 私を、フェイトとして向き合ってくれて、接してくれた人達がいる。

 だからちゃんと始めよう。

 アリシアの代わりでも、母さんの人形でもない、私のお話。

「私達の全ては、まだ始まってもいない」

 私は黒鐘の右隣に立って、もう一度、母さんと向き合う。

「母さん。 私は、フェイト・テスタロッサです。 アリシアの代わりじゃない、フェイトです。 そして私は、黒鐘の側にいたいです」

 黒鐘は右手で、私の頭を撫でてくれた。

 強い敵を倒してきたその手は、とても優しく私の頭に触れていて、それが凄く嬉しかった。

 そんな彼と、これからもずっと一緒にいたい。

 失敗作だったとしても、フェイトとして。

 だから、

「だから母さん」

 私は黒鐘の方を見ると、私が何を言いたいのか察してくれた彼は刀を母さんに向けた。

 すると刀は青緑の光を放ちながら、12個のジュエルシードを出現させる。

 私はそれを、母さんに渡した。

「今まで、お世話になりました」

 その場で深々と頭を下げて、私は母さんに背を向けた。

 そして一歩一歩、ゆっくりと歩き出し、母さんから離れていく。

 私が言いたいことも、母さんが言いたいことも、きっとこれで充分なはずだ。

 私はいつまでも、母さんに縋っているわけにはいかない。

 ちゃんと私の意志で、私の選んだ道で生きていきたいから。

 そしてその相手が、母さんはアリシアで、私は黒鐘なんだ。

「……ぐすっ」

 しばらく歩いて、気づくと泣いていた。

 ちゃんと決断したはずなのに、こうして私は泣いてしまう。

 私はまだ、弱い。

 どれだけ覚悟を決めても揺らいでしまうくらいに。

 溢れた涙を、一人じゃ止められないくらいに。

 だけど、今は大丈夫。

 私が歩いた先には、みんなが待ってくれるから。

 しばらく歩いて、玉座の間に戻った私を、アルフと、あの子達が待っててくれた。

「フェイト!」

 アルフは嬉しそうな笑顔でこっちに駆け寄って、抱きしめてきた。

 照れくさいけど、私も抱きしめ返す。

 私がどれだけ辛い思いをしても、アルフがいてくれた。

 そしてこれからは、他のみんながいてくれる。

 そう思いながら、私は生きていこう。

「フェイト、黒鐘は?」

 逢沢 雪鳴の質問に、私は少し恥ずかしくなりながらも、

「多分、母さんとお話してる」

「大丈夫なの?」

「うん。 少し話すだけだって言ってたし、渡すものも渡したから」

 そう。

 私は私のやることを終わらせた。

 あとは黒鐘だけだ。

 黒鐘は私を支えるためだけに母さんの前に行ったわけじゃない。

 母さんと話したいことがあるんだって言ってた。

 だから私は待つことにした。

 彼の帰りを。

 そして帰ってきたら、ちゃんと伝えよう。

 フェイトとして選んだ、私の生き方を――――。


*****


「行ったわね」

「そうだな」

 フェイトの足音が聞こえなくなって、俺たちはようやく口を開いた。

 なぜかフェイトが歩いている間、何も言えなかった。

 彼女が歩いていく姿をただ見つめ、その音を聞いていたかったのかもしれない。

 自分の意志で歩きだした、その瞬間を。

 それが終わり、俺は再びプレシアと向き合った。

 フェイトはフェイトで話終わったようだけど、俺はまだ終わってない。

 むしろこうして話してみて、尚の事言いたいことが増えた。

 だけど、たくさん生まれた言葉を紡ぐ時間は本当に残されていないだろう。

 もうすでに管理局の人がこちらに迫っていて、突入されればすぐにここに来るだろうから。

 だから残された時間で、聞きたいことを聞いて、言いたいことを言っておこう。

「アンタは、やっぱりフェイトの親だよ」

「違うわ。 あの子は私の娘じゃない」

 プレシアは頑なにそう言う。

 だけど俺には分かる。

 それが嘘だってことが。

「そうやってアリシアを100%愛するためにフェイトを憎もうと必死になる所。 フェイトに愛を抱く度に憎もうとして、そうしきれない不器用さはやっぱり親子だと思う」

「あなたに何が分かるの!?」

 怒り任せに放たれた雷光。

 直撃すれば命はないだろうそれを、しかし俺は避けなかった。

 だってそれは俺に当たることなく、俺の目の前の床に直撃するだけだから。

 プレシアが優秀な魔導師なのはフェイトを見れいれば分かる。

 その人が、たとえ感情に身を任せたといえど、50mもない距離を外すなんてありえない。

 ならばこれはプレシアの意志だ。

「分かるさ。 俺はフェイトを見てきたから、アンタのことも多少は分かる」

「私がアレに似てるみたいな言い草ね」

「逆だよ。 フェイトがアンタに似てるんだ」

 フェイトはプレシアのために傷ついた。

 プレシアが自分の願いを叶えるために、叶わない分を自分が痛みとして背負ったあげようとしたからだ。

 もっと別の方法だってあったはずなのに、そうやって痛みの方向にしか物事を考えられない不器用さ。

 それを似てないだなんて言わせない。

 なんで親と子は似るのだろうか。

 血が繋がってるから?

 DNA、遺伝子が共通してるから?

 いや、きっとそう言うことじゃない。

 それはフェイトを見ていれば分かる。

「フェイトはずっと、アンタに憧れていたんだ」

「っ!?」

 ここで始めて、プレシアの表情が固まる。

 驚いた様子で目を見開き、言葉を失った様子に見える。

 流石に憧れているとは思わなかったのだろう。

「記憶がアリシアのコピーだったとしても、その時の記憶に嘘がなくて、フェイトとして生まれてからもアンタの側にいたなら、きっとフェイトはアンタに憧れを抱いたはずだ」

「……なぜ、私なんかを」

 それは、不意に溢れた彼女の本音なのだろう。

 自分なんかを、と。

 そうやって自分を見下す所だってフェイトそっくりだ。

「私は、あの子を傷つけてばかりで、否定してばかりだったのに……なのに、どうして憧れなんて」

 分からない。

 なぜ。

 疑問だけが、プレシアの中に浮かんでいるのだろう。

 親でも、子どもの心まではわからないだろう。

 だから俺が言う言葉だって、100%正解とまでは言わない。

 だけど、俺ならきっとそう抱いて、フェイトもそう抱いていたはずなんだ。

「たとえアリシアの記憶だったとしても、本当の家族じゃなかったとしても、アンタが笑顔が大好きだからじゃないか? その笑顔に憧れて、たとえ長女(アリシア)でなかったとしても、その笑顔を一番側で見ていたいって思ったんじゃないかって、俺は思う」

 そう。

 親の笑顔に憧れて、その笑顔の側にいたい。

 俺たち子どもが求めるものなんて、たったそれだけなんだ。

 そして、そんなもののために死力を尽くすんだ。

 その笑顔がこちらを向いてくれるだけで頑張れる。

 その笑顔が続いてくれるなら、いくらでも強くなれる。

 そう思って憧れて、マネをするようになって、親と子は似ていくんだ。

 あの笑顔を振りまける人になりたいと思うから。

 ――――子どもが最初に憧れるのは親だと、誰かが言っていた。

 親を失った俺には実感がないけれど、フェイトを見ていたらその意味がわかる気がした。

 だから、そんなフェイトは強くなっていった。

 親のもとから自分の意思で離れようと思える程に。

「プレシア・テスタロッサ」

「なに?」

 俺は決別したフェイトを支えるために、プレシアと向き合う。

「俺は小伊坂 黒鐘と言います。 親はすでに亡くなり、義母に育ててもらってる身です。 まだ未熟で、誰かに叱ってもらわないと命だって捨ててしまうような不誠実な男です。 それでも、フェイトの笑顔を守るために生きて、強くなるつもりです。 フェイトはたくさんの友達に支えられて、これからも強くなります。 だから、俺にあの子のこと、任せてもらえますか?」

 姿勢を正し、深々と頭を下げ、プレシアの言葉を待つ。

 俺がプレシアのもとに向かったのは、この事件の全貌を知るため。

 そして何より、これからフェイトを支える許可をもらうためだ。

 それが、なんともまぁ遠回りで命懸けな道のりになってしまったと思う。

「……そう、ね」

 小さな、吐息に混じったような声が、プレシアから発せられた。

 だけど俺が頭を上げるのは、プレシアが返答をするときだ。

 それまでは待つ。

「小伊坂、黒鐘……だったかしら?」

「はい」

「あなたはフェイトのこと、好きかしら?」

「はい」

「フェイトのこと、守ってあげられる?」

「全力を尽くします」

「……そう」

 短い返事を残し、プレシアは何かを操作しだした。

 俺の視線は床しか写っていないので何をしているのか分からないが、操作音が消えると人の声が聞こえたので、恐らくどこかの映像を見ているのだろう。

 少し耳を凝らすと、聞こえてきたのはフェイトの声。

 それを皮切りになのはや雪鳴、柚那たちの声がノイズ混じりに聞こえる。

 恐らく玉座の間の映像を見ているのだろう。

「……フェイトは、アリシアの代わりになるはずだった。 アリシアの全てを受け継ぎ、アリシアとして生きるはずだった」

 今、プレシアがどんな表情と心境でそう言っているのか、俺には分からない。

 だけど、少なくともそこには怒りは感じない。

「それが失敗したことも、アリシアと一緒に過ごせないことも、研究の途中で病に冒されたことも、何もかもが失敗続きだったことも、何一つあの子に責任はない」

「え……」

 頭を下げながらも、俺には今の発言が驚きでならなかった。

 今、この人はフェイトに詫びてるのか?

「たとえ作り物でも、命は生まれただけで奇跡で、祝福するべきことで、ただそれが私の理想と違っただけ」

 プレシアは懺悔を続ける。

 俺にだけ聞こえる声で。

 ホントはそれを、ちゃんと伝えるべき相手が居るはずなのに。

 それができない不器用さのせいで傷つけ、傷つけあってしまったなんて……。

「私は、あの子にアリシアの全てを奪われると思って怖かった。 そう思って、あの子と向き合うことから逃げてしまった」

 怖かった。

 それは間違いなく、プレシアがフェイトに対する接し方の根本なのだろう。

 フェイトはアリシアの代わりとして生まれ、アリシアの全てを引き継ぎ、アリシアとして生きていく。
 
 だけどそれはアリシアが生きてるのではなく、アリシアの代わりが生きていると言う事実。

 さらにフェイトが『アリシア』ではなく、『アリシアに似た別人』として生まれてしまったがために、フェイトがアリシアを奪い、これからもアリシアが進むはずの未来を奪っていくのではないかと恐れたんじゃないだろうか。

 ――――いくらお姉ちゃんでも、人間は造れないし造らないよ。

 天才と称され、画期的なデバイスを多く作り上げた俺の姉さん。

 俺は一度、姉さんに甘えて妹か弟が欲しいと願ってみたことがある。

 だけど姉さんは笑顔で無理とキッパリ否定したのを覚えてる。

 俺の知るなかで、姉さんが唯一不可能と断言したことだけど、今ならその意味が分かる。

 多分だけど、プレシアの実験は成功してるはずなんだ。

 人を造る禁断の技術。

 不可能であり不可侵でもあるそれに手を出した科学者は、プレシアだけではないはずで、その多くがプレシアと同じ結果を出して失敗と言ったのだろう。

 だけど、それは失敗じゃないはずだ。

 だってフェイトは生きていて、自分の意思で選んで進んでいるのだから。

 だから俺はこう思う。

 人を造る技術は成功しても、それを受けてが失敗と判断したから失敗と呼ぶのだと。

 結果が失敗なんじゃない。

 失敗と結果付けしたから失敗なんだ。

 それが最初から分かれば、きっと今よりは悪くない結果が生み出せたんじゃないだろうか。

「あそこにいるのは、アリシアじゃない。 あれはもう……いえ、最初から、アリシアとは別の道を生きてる」

 フェイトはなのは達に囲まれ、きっと涙を乗り越えて生きていく。

 誰かの代わりじゃなく、フェイト・テスタロッサとして。

 プレシアはようやく、それに気づいたのだろう。

「小伊坂 黒鐘。 頭を上げなさい」

「はい」

 プレシアに言われ、俺は頭を上げてプレシアを見る。

 そこには――――涙を流し、だけどどういう表情をしていいのか分からないような、複雑な表情を浮かべた、フェイトの母親がいた。

「私は家族になれなかった。 だから、あなたが家族として、あの子と向き合って欲しい」

「家族……ですか」

 親のいない俺には、難しい課題だと思った。

 親を忘れた人間が家族をやる。

 ごっこ遊びもいいところだ。

 そんなことが、俺にはできるのだろうか。

「あなたなら大丈夫よ」

「え?」

 優しい声音に、俺は驚きを隠せなかった。

 今までで一番優しい、母親の声。

 フェイトに聞かせたかったと思うほどの声音に、俺は思わず涙を流す。

 どうして、この人はそれをフェイトに向けられなかったのだろうか。

 そしてどうすれば、そうあれたのだろうか。

 後悔と悲しみだけが心に残る。

「あなたはフェイトが作られたと知っても、変わらずにあの子を見つめていた。 フェイトはフェイトだと思えるのなら、あとは時間があなたとフェイトを家族にしてくれる」

「……はい」

「フェイトのこと、頼んだわね」

「はい!」

 俺は力強く返事をした。

 それを聞いて安心したのか、プレシアは全てのジュエルシードを手元に寄せ、そして背を向けた。

「なら、あなた達はここを出なさい。 強力な次元震が予測されるわ」

「……はい」

 ホントは管理局の人間として、この人を逮捕しなければいけない。

 それが俺の仕事でもあるけど、それはできなかった。

 俺も、家族を失った側の人間だから。

 そして一歩間違えれば、プレシアと同じ側になっていたはずだから。

 そんな彼女を逮捕するなんて、俺にはできなかった。

「それではプレシアさん、アリシアと……良い旅を」

「ええ」

 それを最後に、俺は背を向けて走り出した。



「さて、アリシア、行きましょう。 今度こそ、一緒に過ごすのよ。 あなたの妹を紹介できないのは、残念だけど」



*****


「お待たせ!」

「黒鐘君!」

 戻ると、なのはが駆け寄ってくる。

 その後ろに他のみんなもついていた。

 俺は笑顔で頷き、全てが終わったことを伝える。

 プレシアはジュエルシードを使ってここからいなくなること。

 そしてそれに伴い、強力な次元震が発生するから避難しろとのこと。

 それだけを伝え、俺はみんなと一緒に出口へ向かった。

 そこまで行けばケイジさんたちが待っているはずだから。

「あ、あの!」

「なんだ、フェイト?」

 歩き出そうとしたとき、俺の正面にたったフェイトが顔を真っ赤にし、両手を前に組んで指をもじもじといじった。

 少し俯いているフェイトが何を伝えようとしているのかを待っていると、なぜか……ホントになぜか唐突に、背後から冷たい視線が突き刺さった。

 背後……なのは達がいる。

 だが、なぜ彼女達が冷たい視線を?

 なんて疑問を抱きつつ、フェイトの言葉を待つと。

「お……おお、お……」

「お?」

 動物園で聞いたことのありそうな野生の声を……なんてはずもなく、恐らく緊張して声が震えてるのだろう。

 それでもしっかりと伝えようとしているフェイトの言葉を、俺はプレシアから任された身としてしっかり待つと――――、



「お……お兄ちゃん! ……って、呼んで、いい?」



 上目遣いで、そんなことを言い放った。

 その瞬間、背後から悲鳴のような、怒声のような声が上がり、場は一時騒然としたが……まぁなんやかんやあってアースラへ帰ることができた。

 プレシアから任されたとはいえ、早速苦労する未来が見えてしまった。 
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