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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第七話 今との差異

「……まあ、こんなところかな」

一息吐いた凰香は、あらかた片付いた執務室を見回してそう言う。金剛の命令によりしぶしぶ手伝いにきた天龍と龍田と共に掃除を始めてから約二時間といったところである。
掃除は壊れた家具の撤去から始まり、そこから凰香達の部屋にある代わりの家具を持ってくることでなんとか部屋と呼べる状態にまでこぎつけた。
執務室に凰香が使う机や椅子、本棚を持ってきてしまったため、凰香達の部屋にある凰香のものはベッドだけというなんとも寂しい状態になっている。もういっその事ベッドも持ってきて、執務室を凰香の部屋にしてしまってもいいかもしれない。
とはいえ窓ガラスが用意できていないがために窓は割れたガラスを取り除くだけにとどめたり、カーペットに付いていた汚れは拭き取れるものは拭き取るだけとわりと簡単に済ませているところもある。凰香がいくらあの廃墟じみた場所で生活していたといえ、吹きさらしの部屋で寝るのは勘弁したいものである。

「天龍さん、龍田さん。破かれた本以外の本や資料も念のため残しておいてください」
「うぃ〜す」

執務室に散在していたものをとりあえず一ヶ所にまとめておうた場所に居座っている二人にそう声をかける。天龍は気の抜けた声で応え、龍田は声を出す代わりに手をヒラヒラさせる。金剛の命令だとか曙のためだとか理由付けていたが、ちゃんと手伝ってくれたため予定よりも早く終わりそうだ。

「?」

凰香が資料を片付けていたとき、資料の中から細長い紙の束が出てきた。見た感じ、何かの引換券のようである。だが色褪せとシミで文字がよく見えず、有効期限のようなものも見当たらない。そのことから字が消えて読めなくなってしまったのか、そもそも有効期限が無いのかのどちらかである。

「何かしらね?」

凰香の後ろから防空棲姫が覗き込んでくる。
凰香は作業をしている天龍に声をかけた。

「天龍さん」
「あ…っと」

凰香の声に振り向いた天龍に紙の束を放り投げる。天龍は凰香が放り投げた紙の束を受け取ると、それを訝しげに眺める。そして次の瞬間、急に血相を変えて紙の束を握りしめた。

「お、おい!ここ、これって………」
「整頓していたらなんか出てきました。よくわからないので、掃除が終わったら勝手に持っていっていいですよ」
「マジかよ!?」
「まぁ………」

凰香の言葉に天龍は吠えるように叫び、龍田は珍しく目を見開いて驚く。
そんな二人の様子を気にすることなく、凰香は掃除を再開する。
凰香が掃除を再開しても尚、天龍と龍田は握りしめた紙の束を穴が空きそうなほど見つめていた。

「………………」
「天龍ちゃん………」
「嫌なら別に返してくれてもいいですよ」
「ほ、ほらよ!!」

凰香がそう言うと、天龍が紙の束から二枚ほど引き抜いて紙の束を凰香に返してくる。凰香がそれを受け取ると、天龍が鬼のような形相で凰香に言ってきた。

「いいか!!それはメチャクチャ大事なものだ!!絶対になくすんじゃねえぞ!!あと、そんな束で軽々しく寄越すな!!もっと丁寧に扱いやがれ!!」

口調は荒いが、凰香に注意してきていることは理解できる。そのため、凰香は何も言い返さずに黙って聞いていた。
天龍はそれだけ言うと引き抜いた紙を大事そうにポケットにしまい、執務室に放置されていたガラクタの入っていた袋を摑んで勢いよく立ち上がった。

「おい!あとはこれを持っていけばいいんだな!」
「……ええ、そうですよ」

食いかかるような勢いの天龍にそう返すと、天龍は袋を肩に掛けて勢いよく執務室を飛び出していった。その際、一瞬だけ天龍の何故か満面の笑みが見えた。

「何なんでしょうか?あの人は」
「何でしょうねぇ〜」

凰香の言葉にとぼけるように答えた龍田は、くすくすと笑いながら同じように袋を持って執務室を出ていく。その際の足取りは心なしか軽いように見えた。
すると天龍と龍田と入れ替わるように艤装の点検に行っていた時雨、榛名、夕立の三人が執務室に戻ってきた。

「凰香。
今二人とすれ違ったんだけど、二人の表情が心なしか嬉しそうに見えてね。何かあったのかい?」

執務室に戻ってきた時雨がそう言ってくる。凰香は紙の束をヒラヒラさせながら言った。

「これを渡したら、急にあんな感じになったのよ」
「何だい?それ」
「さてね」

凰香はそう言って紙の束を眺める。すると、端の方に小さな文字が書かれていることに気がついた。
そこにはーーーー

『間宮アイス引換券』

ーーーーという文字が書かれていた。

「ガキね」
「ガキだね」
「子供ですね」
「子供っぽい」

凰香の後ろから紙の束の文字を見た防空棲姫、時雨、榛名、夕立がそうつぶやく。
このようなものだけで喜ぶとは、彼女達もまだまだ子供である。
いや、『彼女達だからこそ』このようなもので喜ぶのだろう。

「…………」
「どうかした?」

凰香が無言で紙の束を眺めていると、防空棲姫が聞いてきた。
凰香は紙の束をポケットに入れて言った。

「……なんでもない。それよりも早く掃除を終わらせよう」

凰香はそう言って、そばに置いてあった袋を摑んだ。


………
……



ガラクタが詰め込まれた袋を全てごみ捨て場へ捨てたことで掃除は終了となった。
凰香が最後の一つを置いた瞬間、天龍は風のように走り去っていく。どうやらそれだけアイスを食べたかったようだ。
残された龍田は凰香達に向かってヒラヒラと手を振って天龍の後を追った。その時に黒い笑みを浮かべていたが、凰香が気にすることはない。
二人が立ち去った後、凰香はスマホを取り出して時間を確認する。
時刻は午後6時30分。そろそろ夕飯の時間である。
昼頃に買ってきた食材などはすでに厨房に放り込んである。一応艦娘達には見つからないであろう場所にしまってあるが、給糧艦の間宮には見つかる可能性はある。もし見つかれば、おそらく後で小言を言われるだろう。
時間帯的にもちょうど艦娘達がいる頃だ。彼女達からしたら凰香達は邪魔者みたいな存在なので、顔を合わせたくはないだろう。
だがそれらは小さな問題である。一番の問題は『今現在の食事の状態』がどうなっているかである。
前に榛名と夕立から聞かされた内容の通り、この鎮守府では前任者の戯言により『食事』というものが存在しない。前任者が消えてからはどうなっているのかは未だわからないが、『食事』が存在するかしないかで今後の動きが変わってくるのは確かである。

(できることなら『食事』があってくれればいいけど、そんな都合のいい話は無いのよね)

凰香がそんなことを思いながら歩いていると、視線の先に食堂が見えてきた。
凰香は歩きながら榛名と夕立を見る。榛名と夕立の表情は少し強張っていた。まあ榛名と夕立はこの鎮守府から脱走した裏切り者なので無理もないが。
凰香は榛名と夕立に言った。

「……二人とも、無理しなくていいから」
「……榛名は大丈夫です」
「……夕立も大丈夫です」

凰香の言葉に榛名と夕立がそう返す。すると時雨が言った。

「もし何かあったら、僕がどうにかするよ」
「……ありがとうございます、時雨さん」

時雨の言葉に榛名がお礼を言う。
やがて凰香達は食堂へと辿り着いた。しかし凰香達はそのまま食堂の中へと入るのではなく、今の状態を確認するために壁に沿って迂回する。そして近くにあった窓から食堂の中を覗いた。
食堂の中では多くの艦娘達が各々に別れてスペースを作り、グループで集まって食事をするという至ってごく普通の風景だった。


…………全員が『無表情』である点を除けば。



「………うわ」

凰香は思わず声を出してしまう。予想していたとはいえ、まさかここまで酷い状態だとは思ってもいなかった。それは他のメンバーも同じだったらしく榛名と夕立はともかく、あの時雨が絶句し、防空棲姫は顔をしかめている。表情が変わっていないのは凰香だけだ。
だが、凰香がいくら感情がないとはいえ、この状況が異常だということは理解できる。
厨房からトレイを持ってくるのも、机について手を合わせるのも、食べ終わってから手を合わせるのも、空の食器を片付けるのも、それらにおいて彼女達の浮かべる表情には感情がなかった。
さらによく見てみると、食器には光沢のある茶色の塊・ボーキサイトと同じく光沢のある鉄のようなもの・鋼材、食卓には相応しくない先端が鋭く尖った重々しい雰囲気の黄土色の物体・弾薬が載せられていた。
それらが載せられている食器の隣には、黒々とした到底食べ物とは思えない液体が満たされている深めの食器が置かれている。おそらくあれは燃料だろう。
それらの味は少なくとも凰香と防空棲姫、時雨はわからない。しかし初めて食事をした榛名と夕立の反応や目の前の艦娘達の表情を見るだけで決して美味しいものではないことは明らかである。
そんな美味しくもないものを艦娘達は箸やスプーン、中には手づかみで口に運ぶものもいる。食べ方は人によって様々だが、共通して言えることは誰一人として無表情を崩さず、かつ一言も話すことなくそれらを食べていることだった。
誰が見ても明らかな通り、これは単なる『作業』である。
榛名と夕立、海原少将、間宮から聞いていたためにわかってはいたことだが、実際に見てみるとやはり信じがたいものであることには変わりない。
すると新たに駆逐艦の一団が食堂に入ってくる。厨房の方へと近づく彼女達も例外なく無表情を浮かべていた。

「間宮さん、『補給』をお願いします」
「あたしも『補給』お願いします」
「こっちも『補給』お願いしまーす」

厨房に近づいた艦娘達が口々にそう告げ、厨房から出されたトレイを受け取って無表情のまま席へとつく。
そんな光景が何回も繰り返されている。つまりこれは彼女達にとって食事ではなく、燃料や弾薬を取り入れる『補給』なのだ。
それがこの鎮守府の食堂において当たり前の光景なのだ。

「これはさすがに反吐が出るわ」

食堂の中の光景を見た凰香はそう言う。深海棲艦である彼女からしても、この状況を『異常』と捉えているのだから当たり前といえば当たり前である。
そして今、凰香達は艦娘達に対して酷いことをしようとしていた。
美味しくもないものを事務的に取り入れる『補給』しかできない彼女達の前で、味もあり温かい『食事』を自分達はしようとしていた。

「……凰香」
「……うん、誰もいなくなってからにしよう」

防空棲姫の言葉に凰香は頷く。そして他の三人を見た。
他の三人も凰香に同意するように頷く。そして艦娘達に見つからないように食堂から離れようとした。

「提督、そこで何をしているのですか?」

不意に後ろから声をかけられる。
凰香が振り向くと、そこには襟元を開けた白いYシャツの上に白いラインの入った黒のブレザーを羽織り、桃色の瞳に白いラインの入った先端がボロボロの青い鉢巻を締め、白い紙紐で先の方を結んだ黒い長髪の、右が短く左が長いアシンメトリーの靴下を履いた少女が不思議そうな表情で凰香達を見ていた。

「……誰ですか?」

凰香は少女にそう言う。
少女は一瞬驚いた表情を浮かべるも、すぐに背筋を伸ばしキリッとした表情で敬礼をして言った。

「初春型四番艦、『初霜』です。皆さん、よろしくお願いします!」 
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