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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第六話 過去の歪み

「……申し訳ありませんが、貴女方に出せるものはございません」

言葉自体はへりくだっているものの、一切頭を下げようとせずにムスッとした表情で凰香達にそう言ってくるピンクのシャツと青いロングスカートの上に白い割烹着を着た、赤いヘアピンをつけた茶髪の女性。多くの鎮守府で食堂や厨房を担当することの多い艦娘、給糧艦『間宮』だ。
一向に態度を変えようとしない間宮に凰香はふむ、と顎に指を当てる。
あのあと五人でドックにある荷物を回収し入浴すると同時に泥だらけの服を洗濯、それらを干した後に空腹を満たすために食堂へとやってきたのだ。余談ではあるが、地図を見る限り提督等が入る人間用の風呂は存在していないため、凰香達は艦娘の入渠用のドックで入浴を済ませたのはここだけの話である。
話は戻るが、朝食をとろうとしてまさか食堂で門前払いを喰らうとは思ってもいなかった。
隣に立っている時雨が間宮に聞く。

「………食材すらもないのかい?」
「はい。貴女方が食べられるものは何一つ取り揃えておりません」

間宮が表情を変えることなくそう言ってくる。どうやら間宮の言う通り、ここには食材は無いようだ。それと同時にわかったことが一つある。それは、未だにここには『食事』が存在していないことである。食材が一つもなければ、料理を作ることはできない。故に食事が存在しない。まあ、あくまで『凰香達に出す食事が無い』だけなのかもしれないが。
すると、榛名がさりげなく間宮に聞いた。

「………つまりそれは、ここにいる艦娘達は燃料や弾薬を食べているということですか?」
「はい。貴女方と違ってあの子達は燃料や弾薬等が食事と同じですから、食事を用意せずとも何も問題ないのです」

榛名の言葉に間宮がムッとした表情でこちらを睨み返しながらそう言ってくる。頭にきているのか、言葉の節々に怒気が感じられる。

「そんなに食事が取りたいのでしたら、街にでも繰り出したらどうですか?少なくともここよりも美味しいものが食べられますよ」

間宮が怒気の籠った声でそう言い放ち、そのまま厨房の奥へと引っ込んでしまった。とはいえこれ以上引き留めれば余計に火に油を注ぐようなものなので、凰香は間宮を引き留めなかった。

「………行こうか」

凰香がそう言うと、四人が何も言わずに頷く。そして食堂の出入口の方を向いた。

「………どうせ鎮守府のお金でしょうね」

食堂から出る瞬間に奥から間宮の小さな声が聞こえてきたが、凰香は気づかないフリをして時雨達と共に食堂を出ていった。


………
……



食堂での一件の後、朝食をとるために街へと繰り出した凰香達。
街に来てわかったことだが、ここは佐世保第十三鎮守府の艦娘達に友好的な態度のものがほとんどだった。
鎮守府でのあの対応から見て街の人との関係は険悪なものだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
話を聞いてみると、一番上げられる理由としては鎮守府の近くに住むことによってそこに所属している艦娘に守ってもらえるということだ。確かに横須賀第四鎮守府の周辺も他の地域に比べて住む人が多かった。
これは鎮守府は昔風で言うところの『城』であり、艦娘達は『兵士』である。艦娘達が鎮守府を守るために戦うことで、鎮守府の周辺に住む人は間接的に艦娘に守ってもらえるのだ。
あとは頼りになる、強い、格好いい、可愛い、結婚してほしい等、主に男性による様々な意見が上がっていた。

(最後のやつは憲兵さんにでも言っておこう)

そして次に知ったのは、提督の方が蔑まれているということだった。提督と言っても全ての提督ではなく、あくまでこの状況を作り出した元凶である二代目提督だけである。
凰香が二代目提督が何をしでかしたのかを聞いてみると、『尽きることがないのか?』というほどの数々の悪行が曝け出された。
恫喝に搾取、権力をかさにした横暴な態度等々で、特に多かったのが酒癖の悪さだった。
毎日のように街に現れては提督という身分を良いことに好き勝手に酒を飲んでは店内で暴れ回る、他の客と喧嘩、店内の器物損壊を繰り返し、止めようと近づくものには軍学校で習得した武術を駆使して死人は出てはいないものの多くの市民を大怪我させていたらしい。
この横暴な行為に人々は反感を募らせていたが、暴れ回るのを諌める度に『鎮守府ごと内地に引き上げる』、『艦娘を率いて街を襲う』等と脅迫されたために強く言い出せなかったようだ。
また、泥酔の提督を迎えにきた艦娘が謝罪をして回っていたそうだが、彼女の姿が気に入らなかったのか、人々の目の前で提督による艦娘への暴行が行われることも少なくなかったようだ。しかも、その際暴行を加えられる艦娘は決まって小学生や中学生くらいの少女……駆逐艦や軽巡の艦娘だったようだ。
この話を聞いていた凰香は自分でもわかるほど不機嫌な表情になっていた。
凰香だけではない。時雨は嫌悪に満ちた表情に、榛名と夕立は二代目提督の知られざる悪業に唖然とし、防空棲姫に至っては額に青筋を浮かべ全身が赤いオーラに包まれていた。艦娘達の敵である深海棲艦の彼女でも、二代目提督の悪業は許し難いのだろう。

「……っと、悪いなお嬢ちゃん達。こんな嫌な話を聞かせちまってよ」

朝食兼昼食を食べていた大衆食堂の店主が申し訳なさそうに言ってくる。
凰香は作り笑いを浮かべながら店主に言った。

「いえ、貴重なお話をありがとうございました。……ところで、二代目提督がいたということは『初代提督』もいたということですよね?その方はどういう方だったのですか?」

凰香は作り笑いを浮かべたまま、初代提督だったという父親のことをさりげなく聞いた。すると店主が先ほどとは打って変わって困ったような、それでいて懐かしむような表情で言った。

「そうだなぁ……あの人はあの人でいろいろと話題の尽きない人だったよ」

そう言って、店主が初代提督について話し始める。
昼に執務中にもかかわらず駆逐艦や軽巡の艦娘と街に来てスウィーツを食べていては、眼鏡をかけたセーラー服のような服装の女性にこっ酷く叱られたり、夜に重巡や戦艦、空母の艦娘と街に来ては居酒屋で酔い潰されたりと二代目提督とは違った意味で問題が多かったが、艦娘達を我が子のように可愛がったり、街の人達の声に耳を傾けてくれたりととても人柄の良い提督だったらしい。
父親でもある初代提督の話を聞いた凰香は話してくれた店主に言った。

「……皆さんに慕われていたのですね」
「ああ。こんなご時世でもこの街が都市並みに豊かなのは、あの人のおかげと言っても過言じゃない。まあ、あの人は絶対に『自分のおかげじゃない』って否定するんだろうけどな……………実はここだけの話、あの人が死んだのは『大本営の陰謀』なんじゃないかって噂されてるんだ」
「確か、初代提督は当時の秘書艦を修復不能なまでに大破させてしまったんだよね?」

突然真剣な表情で声をひそめてそう言ってきた店主に、時雨が首を傾げて言う。すると店主が頷いて言った。

「表向きはな。でもその時の状況ってのが、俺達一般人でもわかるくらい不自然だったんだよ」
「不自然、ですか?」

店主の言葉に榛名が首を傾げる。すると店主が言った。

「ああ。その時あの人は大本営に呼び出されたんだが、『秘書艦だけを連れて海路を使ってくるように』って言われたらしいんだ。あの人も不審に思ってたんだが、提督である以上命令に背くわけにはいかない。それで海路を使って大本営に向かった直後に、まるで待ち伏せしていたかのように現れた深海棲艦に襲われたんだ。それであの人を庇った秘書艦が大怪我しちまって、提督を辞めさせられたんだよ」
「………確かに、それは不自然ですね」

店主の話を聞いた凰香はそう言った。
通常大本営に呼び出された場合は深海棲艦に襲われないように安全な陸路で向かう。仮に海路を使う場合でも、しっかりと護衛をつけるのは当たり前な話である。それがたった一人の秘書艦をつけて危険な海路で来いなどと命令してきたのは、明らかに不自然である。

(これは胡散臭い話ね)

凰香がそう思っていると、店主が聞いてきた。

「……ところで、お嬢ちゃん達はどうしてこんな話を聞きたかったんだ?」
「ああ、申し遅れました。私、つい先日佐世保第十三鎮守府に着任した『海原黒香』と申します。以後、お見知りおきを」
「こいつは驚いた。こんなお嬢ちゃんが提督だったなんて。でも、どうしてあの鎮守府に着任したんだ?知ってるだろ?あの鎮守府の現状を」
「はい。私はあの鎮守府にいる艦娘達を助けるために着任したのです。艦娘達は私にとって家族ですから」
「なるほどな。まるで、初代提督を見てるような感じだ。………よしわかった。俺達もあの子達を助けるためにお嬢ちゃん達に力を貸すよ」
「ありがとうございます。その時になったら、ぜひ頼らせてもらいます」

凰香は店主に頭を下げると、代金を支払って店を出る。店を出た途端、凰香の顔から表情がなくなった。
凰香は無表情で防空棲姫達に言った。

「……まさか、前任者がここまで腐りきったクソ野郎だとは思ってもいなかったわ」
「そうね。ここまで頭にきたのは久しぶりな気がするわ」

凰香の言葉に防空棲姫が頷く。防空棲姫があそこまで怒るのは滅多にない。もしここに二代目提督がいたら、防空棲姫は間違いなく二代目提督を殺すだろう。

「でも、街の人達が凰香さんのことを敵視していなくてよかったですね」

夕立が安心したように言ってくる。夕立の言う通り、街の人達が凰香のことを敵視していないということだけでもありがたいことである。それどころか艦娘達を助けることに協力してくれるというのは、凰香達にとって嬉しい誤算であった。
夕立の言葉を聞いた時雨が言った。

「そうだね。もし街の人達が僕達のことを敵視していたらどうしようかと不安になっていたところだよ」
「とりあえず協力してくれるから、遠慮なく力を貸してもらいましょう」

凰香はそう言った。すると防空棲姫が思い出したように言った。

「そういえば、店主が気になることを言っていたわね」
「はい。凰香さんのお父さんは大本営の陰謀で殺されたとか………」

防空棲姫の言葉を聞いた榛名が店主の言っていたことを口に出す。
以前旧泊地に海原少将が来た時に当時の秘書艦を修復不能なまでに大破させてしまったことで提督を辞めさせられたと聞いていたが、大本営の陰謀というのは初耳である。突拍子もない話だが、一般人が嘘をいう必要性がない。しかも初代提督と仲が良かったという人からの情報だ。かなり信用性の高い話だろう。
凰香は防空棲姫達に言った。

「………この話私達だけの中にしておいて、おいおい調べていこう」
「そうね。下手に探って勘付かれたら、闇に葬り去られるかもしれないからね」
「うん、わかったよ。………あとはこれからの食事をどうするかだね」

時雨がそう言う。
時雨の言う通り、都市部に比べて物価が高い。まあ防空棲姫が荒稼ぎしたお金がまだ残っているためそこまで気にすることでもないが、鎮守府で食事が作れるのならそちらの方がいろいろと都合がいい。
すると防空棲姫が言った。

「さっき確認したけど、食堂の厨房にコンロやら冷蔵庫やらはあったわ。調理器具は見当たらなかったし、食材に至っては論外ね」
「なら、この街で調理器具と念のために食器、あと食材は買える分だけ買っていきましょう」

防空棲姫の言葉を聞いた榛名が提案してくる。それを聞いた凰香は頷いて言った。

「そうね。とりあえず当分は私達で買うけど、いずれは食材は海原少将に言えば提供してくれると思う。とりあえずその時になったら大量に要求しておこう」

凰香がそう言うと、四人が頷く。
凰香達は買える分だけのものを買ってから、鎮守府へと戻っていった。


………
……



「……鎮守府に着任してから初めての仕事が『掃除』っていうのは、なんだか微妙な気分だよね」

モップを肩に担ぎ、水の入ったバケツを手に持って部屋の中央にたつ凰香はため息混じりにそう言った。
街から戻ってきた凰香達は厨房に買ってきたものを放り込んだ後、時雨、榛名、夕立の三人は自分の艤装が弄られていないか確認しに工廠に向かい、凰香と防空棲姫はこれから仕事をするために執務室を掃除するために部屋に来ていた。まあ、防空棲姫は他の艦娘に姿を見られるわけにはいかないので、実質凰香一人で執務室を掃除するわけなのだが。
執務室は一ヶ月以上放置されているため、汚れはかなり酷い。さらに艦娘達が憂さ晴らしにいろいろと物品を破壊しているためそのガラクタも多い。おまけに執務室の広さはちょっとした倉庫ほどである。
はっきり言ってめんどくさい。だが、旧泊地と比べればこちらの方が圧倒的に楽だ。
旧泊地のときは全建物の掃除だけで半年、あの露天風呂を造るだけでも一年くらいかかった。凰香と防空棲姫はともかく、時雨は完成した瞬間にぶっ倒れ、そのまま一週間も死んだように眠り続けていたほどである。

「ほらほら、四の五の言ってないで早く始めちゃいましょう」

本人がやるわけではない防空棲姫がそう言ってくる。だが防空棲姫の言う通り、ここで四の五の言っていたって何も始まらない。
凰香は黒いコートのような服を脱ぎ、モップと水の入ったバケツ置いて、箒を手に取って掃除を始めようとした。

「おい」

凰香が掃除を始めようとした時、突然執務室の扉が開く。それと同時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
凰香は振り向くことなく、床を箒で掃きながらめんどくさそうに言った。

「……何の用ですか?天龍さん」

凰香の反応に天龍が「んだと」と詰め寄ってくるが、後ろに控えていた龍田によって引き留められる。引き留められた天龍は落ち着くように深呼吸してから凰香に言ってきた。

「……金剛からてめえの手伝いをしろって命令を受けた」
「はい?」

天龍の口から出た言葉に凰香は掃除をしながら耳を疑ってしまう。すると天龍が言った。

「昨日のことがあいつにバレたんだよ。それで、そのお詫びとしててめえの手伝いをしろって命令されたんだよ」
「はあ……」

天龍の言葉を聞いた凰香は気の抜けた返事をする。昨日のことというのは、おそらく天龍達が凰香の荷物を汚したということだろう。そしてその後重巡洋艦の加古が金剛に報告でもしたのだろう。

(にしても上の命令とはいえ、お詫びに来る玉じゃないでしょうに)

凰香がそう思っていると、天龍が不服そうな表情で言った。

「まあ、今朝の事件のことを考えると、悪いことしちまったしな………」

不服そうな表情の天龍と、その後ろでつまらなさそうにしている龍田。
まあこれは凰香よりも曙の方が大きいが、そんな小さいことを気にしても仕方がない。
凰香は掃除をしながら天龍に言った。

「手伝いにきたと言ってましたけど、邪魔をしにきたわけじゃないんですよね?」
「手伝いに来たって言ってんだろうが!!」
「事故に見せかけて私を消しに来た、って命令じゃないんですよね?」
「だから手伝えって命令されたんだよ!!」
「さて、果たしてどうですかね」

天龍が声を荒げてそう言ってくるが、いまいち信用できない。まあ凰香を消しにかかってきたら、容赦なく返り討ちにするだけである。むしろ、天龍達にそのような行動をさせないようにする方が重要だ。なぜなら天龍達が凰香を殺せば、怒り狂った防空棲姫や時雨が鎮守府にいる艦娘を皆殺しにしかねないからだ。それだけは絶対に防がなければならない。

「……それに、ここを消せるいい機会だしな」

天龍の言葉に凰香は掃除する手を止めて振り返る。その顔には先ほどまでの言葉からは想像できない、一言では表しきれない表情が浮かんでいた。
様々な表情が混ざり合っていたが、一言で表すなら『哀愁』が一番しっくりくるだろう。

「何をボサッとしてるのぉ〜?さっさと終わらせましょ〜」

凰香が天龍の表情を見ていると、いつの間にか背後に立っていた龍田が凰香に鋏を向けながらそう言ってくる。
凰香はため息を吐くと、龍田の方を向いて言った。

「………そうですね。でも掃除するからには、『ガラクタ』は増やさないでくださいね」

凰香はそう言って龍田が持つ鋏をまたしても右腕で握り潰す。さすがの龍田も二回目なのであまり驚かずにガラクタとなった鋏をゴミ袋の中に入れる。
そこから凰香は天龍と龍田を加えて執務室の掃除を再開したのだった。 
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