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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第八話 一瞬の油断

「初霜さん……ですか」
「はい、そうですよ」

凰香の言葉に初霜が嬉しそうに笑顔を浮かべる。その笑顔には他の艦娘が醸し出す嫌悪感は一切感じられなかった。
だからこそ、凰香はその笑顔に『ただならぬ不信感』を覚えた。
今現在、凰香達はこの鎮守府の艦娘達に嫌われている。今まで出会った艦娘達に避けられ、敵対するような目を向けられている。中には初日から砲撃してきた金剛や部屋を汚してきた天龍と龍田、曙を庇い凰香に向かって喚き散らしてきた潮など過激な艦娘もいる。それ以外の艦娘も凰香達に友好的ではないことは確かだ。
そんな状況の中で初対面にもかかわらずいきなり友好的な態度で話しかけられれば、否が応でも警戒してしまうものである。
現に凰香以外にも防空棲姫と時雨、榛名と夕立も初霜に警戒する視線を向けていた。

「提督、どうかしましたか?」

凰香達が初霜に視線を向けていると、初霜を不思議そうに首を傾げて聞いてくる。これが天龍なら「何見てんだ!」と言って胸ぐらを掴み上げてくるだろう。
すると初霜の髪から妖精さんが這い出してくる。妖精さんは初霜の肩に移動すると、凰香達に向かって笑顔でビシッと敬礼してくる。曙の妖精さんはドックに曙が入っていることを知らせてくれようとしたことから、どうやら妖精さん達は凰香達に敵意を抱いていないようだ。

「……なんでもありませんよ。それよりもあなたはここで何をしていたのですか?」

凰香は初霜にそう言った。初霜は一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに笑顔で答えた。

「食堂に行く途中で皆さんの姿が見えましたので、声をおかけしました」

どうやら興味本意で声をかけてきたらしい。
とはいえここで声をかけられると中にいる艦娘達に気づかれてしまう。

「そうですか。まあこれ以上お邪魔させるわけにもいかないので、私達はこれで失礼します」

凰香は初霜にそう言ってこの場から立ち去ろうとする。だが次の瞬間、

「お待ちください」

初霜がそう言って凰香の左手を掴んでくる。凰香が振り返ると初霜が微笑みながら聞いてきた。

「もしかして提督達はご飯を食べに来たのですか?」
「いや、そういうつもりじゃないよ」

時雨がすぐさま否定する。確かに初霜の言う通りだが、今は食堂に入るべきではない。
しかし初霜は聞く耳持たずといった感じで凰香達に言ってきた。

「大丈夫ですよ。皆さんは本当は優しいですから。では、早速行きましょう」

初霜がそう言って凰香の手をグイグイと引っ張って食堂に向かっていく。それを見た時雨、榛名、夕立の三人が慌てて初霜を止めようとしたが、その度に『偶然凰香が足元の小石や木の根につまずいて』初霜を止めるタイミングを逃してしまう。その間に初霜は歩みを止めることなく、だんだんと食堂の扉に近づいていった。

「凰香、あなたがいいなら力ずくで止めるわよ」

防空棲姫がそう言ってくる。凰香は初霜に気づかれないようにするために、頭の中で言った。

「(だめ。今ここで彼女に何かしたら私達の立場が余計に悪くなる)」

凰香がそう言っている間に、ついに食堂の扉の前にたどり着いてしまった。
扉の前に立った初霜は凰香の手を握ったまま、躊躇することなく食堂の扉を開けた。その瞬間食堂の中にいた艦娘達が一斉にこちらの方に視線が一気に集まる。その視線には友好的なものは一切存在せず、殺気のようなものまで感じられた。
この状況はさすがに分が悪く、時雨達も手を出すことができない。そのため、凰香自身がこの状況から抜け出さなければならない。
しかし凰香が初霜の手を振り解こうと試す度に『偶然机の脚や椅子に引っかかって』タイミングを逃してしまい、初霜に連れられてしまう。
厨房に向かう道中数多の艦娘の横を通ったが、予想通り凰香達の登場によって表情を曇らせている者がほとんどだ。中には凰香達の姿を見た瞬間、食べるスピードを速める者もいる。どうやらとことん『人間』を嫌っているようだ。
そんな艦娘達の反応を見ているにもかかわらず、初霜は気にすることなく厨房に声をかけた。

「間宮さん、ご飯をお願いします」

初霜がそう言うと、それに答えるかのように厨房の奥からトレイを持った間宮がやれやれといった表情で出てきた。
しかし凰香の姿を見た瞬間、憤怒に満ちた表情へと変わった。

「提督!!貴女は本当にーーーー」
「間宮さん、何を怒っているのですか?」

間宮が厨房と食堂を繋ぐ机に身を乗り出さんばかりに凰香に詰め寄ろうとした時、隣にいた初霜が首を傾げて聞いてきた。その瞬間間宮の動きが止まり、表情が歪む。
おそらく、というより間違いなく間宮は凰香が無断で放り込んだ食材や調理器具に気がついて問い詰めようとした。しかし初霜がいる手前、分が悪いと判断したのだろう。

「………次からは自分の部屋に入れることにします」

凰香は間宮に何か言われる前にそう言った。これなら凰香達と間宮以外は事情を察することができないから大丈夫だろう。
凰香がそう言うと間宮が息を呑み、次にうなるような声をあげる。

「……以後、気をつけてください」

しばらくの間続いたうなり声が小さくなり、やがて間宮が何か諦めたような声でそう言ってきた。その表情は『甚だ遺憾である』といった感じである。

「あと皆さんが帰った後で厨房を貸してくれませんか?」

凰香は間宮にそう言った。理由は簡単、凰香達が食べるご飯を作るためである。
しかしここの鎮守府にいる艦娘達は『補給しかできない』ため、この話はタブーに近い。故にあえて伏せておいたが、昼間に放り込んだものを知っている間宮なら察することができるだろう。

「……わかりました。では後ほどいらしてください」

凰香の意図を察してくれたらしく、間宮がそう言ってくる。その言葉を聞いた凰香は間宮に頭を下げると、艦娘達の邪魔にならないように時雨達と共に自室へと向かっていく。

「提督はご飯を食べなくてもいいのですか?」
「提督は今はまだ忙しいのよ。ほら、早く食べちゃいなさい」

後ろで不思議がる初霜の声とそれをかわす間宮の声が聞こえてくるが、凰香は気にすることなく食堂を出ていった。


………
……



食堂を出てから数時間後、凰香達は再び食堂を訪れた。自室にいる間は主に書類整理などを行なっていたが、何かに集中していると時間が経つのは早く感じてしまうものである。
凰香が窓から食堂の中を覗くと、夕食のピークは過ぎたらしく、艦娘は『一人だけしか残っていなかった』。

「……初霜が残ってるわね」

窓から中を覗いていた防空棲姫がそうつぶやく。彼女の言う通り初霜が夕食を食べ終えているにも関わらず、未だに食堂に残っているのだ。
それを見た榛名が凰香に聞いてくる。

「凰香さん、どうしますか?」
「………今のところ初霜は私達に敵意は抱いてないから邪魔するようなことはしないと思うけど、油断はできない。警戒するに越したことはないわ」
「じゃあ中に入るってことでいいね?」

凰香の言葉に時雨がそう言ってくる。
凰香は頷くと、食堂の扉を開けて中に入った。

「あ、提督!」

凰香が扉を開けると初霜が振り向き、凰香の姿を確認した瞬間笑顔でそう言ってくる。
凰香は初霜のそばによると彼女に言った。

「初霜さんは戻らなくていいのですか?」
「提督が何をするのか気になりましたので。……もしかしてお邪魔でしたか?」
「……まあ、邪魔ではないですよ」

凰香はそう言うとそのまま厨房へと入っていき、その後に時雨と榛名と夕立が続く。厨房は意外と広く、四人が入ってもまだまだスペースが有り余るほどである。
すると初霜も厨房と食堂を繋ぐ机から身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。そして先ほど現れた妖精さんも興味津々といった感じで凰香達を見てきた。
凰香は調理器具を準備しながら初霜に言った。

「その子とはいつも一緒にいるのですか?」
「はい。この子は私が建造された時からずっと一緒にいます。この鎮守府で一番仲が良いですよ」
「そうでしたか。それは良いですね」

初霜の言葉に凰香はそう言いながらも、淡々と準備していく。そして調理器具を準備し終えると、凰香は包丁を片手に初霜に言った。

「本当にいいんですか?疲れてるなら戻って休んだ方がいいですよ?」
「私は大丈夫ですよ。『この程度で』疲れたりしませんし、提督達が何を食べるのかが気になるんです」

初霜が笑顔でそう言ってくる。さらっととんでもないことを言ったが、凰香は全く気にしない。
だが凰香としてはできることなら初霜には帰ってほしかった。凰香や時雨はそこまで問題ではないのだが、榛名と夕立は違う。
榛名と夕立は今は凰香の艦娘だが、もともとはここの鎮守府に所属していた。当然初霜のことを知っている。初霜は今は気づいていないようだが、いつ気づかれるかわからない。
それに『補給』しかできない初霜の前で『食事』をするのも、反感を買いかねないのでやらない方がいい。
しかし当の本人である初霜はそのことを全く気にした様子はなく、笑顔でこちらを見ている。
凰香は確認するように榛名と夕立を見た。すると二人は『大丈夫です』と言わんばかりに頷く。
それを見た凰香は初霜に言った。

「じゃあ、そこでおとなしくしていてくださいね」
「了解しました」

凰香の言葉に初霜と妖精さんが敬礼してくる。

「私は自室で適当に食べることにするわ」

凰香が調理を始めようとした時、防空棲姫がそう言ってきた。凰香は初霜に聞こえないように言った。

「じゃあ何か簡単なものも作るよ」

凰香はそう言うと時雨、榛名、夕立の三人と共に調理を始める。
その後、厨房にはまな板を鳴らす包丁の音や肉の焼ける音、グツグツと鍋から煮える音が響く。
凰香達が淡々と調理を進めていくのを、初霜は何も言わずに黙って見つめている。その眼差しは先ほどの笑顔とは打って変わって鋭い視線だった。
凰香はその眼差しを気にすることなく調理を進めていき、あとは具材を煮込む段階に入った。
凰香は時雨と榛名と夕立に言った。

「あとは煮込むだけだから、三人共できるまで休憩していていいわよ」
「じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうよ」
「榛名も休憩させていただきます」
「夕立も同じです」

三人がそう言って厨房から出ていく。すると今まで黙っていた初霜が口を開いた。

「提督、随分と手慣れてますね。ここに来る前に何かお店のようなところにいたのですか?」
「違いますよ。一人暮らしが長かったから必然的に上手になっただけです」

凰香は鍋の火を弱火に調節しながら初霜にそう言った。実際旧泊地にいた時は時雨が建造されるまで防空棲姫から教わって実質一人で料理を作っていた。
また軍学校にいた時は『食事を作るのも士官の役目』ということで全生徒を十人一班に分け、四つの班をその日の食事を作るという当番制だった。もちろん、そこには男性も女性も関係ない。
しかし生まれて此の方包丁を握ったことがない生徒がほとんどだったため、その食事は一言で言えば『悲惨』で、凰香ですら『これは本当に食事なのか?』と思ってしまったほどだ。
そんな悲惨な食事状況の中で、まともに食事を作れる生徒は重宝されるのは当然な話である。その中にいた凰香もその日の当番の生徒に頼まれることが多かった。だが『軍学校全員分』の量を作らねばならないので、その負担はかなり大きい。
凰香はそのことを全く気にしてはいなかったが、防空棲姫は簡単に頼んでくることが少し気に障ったらしく、「頭を下げて頼んできたら作ってあげる」という旨を凰香に言わせていた。防空棲姫曰く、「成績優秀、才色兼備の年下の少女に頭を下げないといけないほど屈辱的なことはないでしょ」とドS精神全開。その言葉通り彼女は屈辱に顔を歪ませる生徒を見てニタニタと愉悦に浸っていた。
その結果男性の生徒は敵が多くなってしまったが、女性の生徒からは何をどう勘違いしたのか「小動物みたい」と可愛がられ、結果的に凰香の味方となってくれた。

「料理を作らないといけませんけど、だからといって訓練の方が手抜きになるわけでもないんですけどね」
「なるほど。提督は料理だけではなく、成績も優秀だったと。提督は完璧な人なんですね」
「完璧なんかではありませんよ。私にだって欠点はいくつかあります」

凰香は使った調理器具を洗いながら初霜にそう言った。それと同時に凰香の頭の中にその欠点が思い浮かんでしまう。

「提督、お鍋から白い煙が噴き出してますよ」

凰香の頭の中に欠点が思い浮かんでいると、初霜がそう言ってくる。それと同時にまるで示し合わせるかのように『タイミングよく』タイマーが鳴った。
タイマーが鳴ると、休憩に入っていた三人が立ち上がり、厨房に入って食器を用意し始める。

「提督、遂にできたんですか?」

タイマーが鳴って完成した、ということを察した初霜がそう言ってくる。
凰香は三人が食器の準備を終えるのを確認すると、白い煙ーーーー湯気が噴き出す鍋の蓋を取った。
今回作ったのはグツグツと煮える茶色いルーとジャガイモやニンジン、鶏肉などの大きめの具材がゴロゴロとしているチキンカレーである。

「おぉ〜………」

机の上から鍋の中が見えたのか、初霜が感嘆するような声をもらす。それと同時に凰香の顔に湯気がぶつかり、スパイシーな香りが鼻をくすぐる。香りからして、完成と見てもいいだろう。
次に凰香はお玉を手に取り、それを鍋の中に入れて茶色いルーを纏ったジャガイモをすくう。そしてジャガイモに箸を突き刺した。抵抗なく箸が刺さることから火は十分に通っている。

「提督!凄いです!凄く美味しそうです!見てるだけでお腹が減ってしまいそうです!」

初霜が意外なことに興奮した様子でそう言ってくる。その様子に防空棲姫、時雨、榛名、夕立の四人が苦笑いする。これは宥めても収まりそうにない。
凰香は先によそっておいた白いご飯にカレーをかけ、防空棲姫が食べるための簡単なものを作るために別の器に少しだけよそう。
それでもまだ一人分だけカレーが余っていたので、凰香はまた器を一つ取り出すと、それに白いご飯をよそい上にカレーをかける。それを見た時雨が聞いてくる。

「凰香、それは誰のだい?」
「彼女のよ」
「ああ、なるほどね」

凰香の言葉を聞いた時雨が納得する。
凰香達は人数分のカレーライスを持って食堂に移動する。すると初霜も釣られるように近づいてくるが、一つ多いカレーライスを見て眉を顰めて凰香に聞いてきた。

「提督、なんで一つ多いんですか?」
「あなたの分ですよ。一人分余りましたので。いらないのなら戻しますけど」
「いえ、折角提督がよそってくれたので、ぜひいただきます」

凰香の言葉に初霜がそう返してくる。
凰香は初霜の前にカレーライスを置くと、初霜の向かいの席に着く。その隣に時雨が座り、初霜の両隣に榛名と夕立が座った。
全員が席に着くのを確認すると、凰香は手を合わせる。それに続き、時雨達も手を合わせた。

「「「「「いただきます」」」」」

全員がそう言うと早速初霜がスプーンを持ち、カレーライスをすくって口に運ぶ。

「ふほふおいひいれふ(凄く美味しいです)!」

初霜がはふはふとしながらそう言ってくる。それを聞いた凰香もカレーライスを口に運んだ。
最後の仕上げとして少し煮込んだために水分が飛びトロッとしたカレーのルーに口の中でとろけて甘みを出す玉ねぎにニンジンやジャガイモ、噛むと肉汁が染み出す鶏肉、そしてそれらが混ざり合いながらも米本来の旨味を失っていない白いご飯。
初霜の言う通り確かに美味しくできていた。
時雨、榛名、夕立の三人も同じらしく、美味しそうにカレーライスを食べている。
凰香は美味しそうにカレーライスを食べている初霜に言った。

「お口に合うようで良かったですが、市販のルーを使ってますよ?」
「提督が作ったものだから美味しいんです!」

初霜が笑顔でそう言ってくる。それを聞いた凰香は思わずカレーライスを食べる手を止めてしまった。まさか初霜の口からこんな言葉が飛び出してくるとは思ってもいなかったからだ。
その間に初霜はどんどん食べていき、そして遂に自分の分を完食してしまった。
カレーライスを完食した初霜が皿の上にスプーンを置き、手を合わせる。

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「提督、もしよかったらまた食べさせてもらってもいいですか?」
「食堂に誰もいない時ならいいですよ」
「ありがとうございます。では、私はお部屋に戻ります」
「はい。ゆっくり休んでください」

凰香がそう言うと、初霜が席を立って自分の皿を厨房に持っていった後に食堂を出ていく。
初霜が食堂を出ていった後、凰香はポツリとつぶやいた。

「……あの子、多分『初めての食事じゃない』と思う」
「やっぱり凰香もそう思った?」

凰香の言葉に防空棲姫がそう言ってくる。
凰香は頷いて言った。

「ええ。初めての食事だったら『提督が作ったものだから美味しい』なんて言葉は出ない」

初めての食事だったら初霜は『それでも美味しい』というような感想を述べるはずだ。しかし初霜は『提督が作ったものだから美味しい』と述べてきた。それは『以前誰かが作ったものを食べたことがある』ということを意味していた。
凰香は榛名と夕立に聞いた。

「ねえ、初霜ってどのくらいこの鎮守府にいる?」
「それはわからないですけど、少なくとも榛名が建造された頃にはすでにいました」

凰香の言葉に榛名がそう返してくる。榛名が建造された時にすでにいたということは、初霜はかなり長くこの鎮守府にいるということになる。
その言葉を聞いた時雨が言った。

「……もしかして、彼女は古株の艦娘かな?」
「今はまだわからないけど、でも可能性はあると思う。どっちにしろ、私達のやるべきことは変わりないわ。皆も協力して」
「ええ」
「うん」
「はい」
「わかりました」

凰香の言葉に四人がそう返してくる。
それを聞いた凰香は最後の一口を口に運んで、カレーライスを食べ終える。
カレーライスを食べ終えた凰香は食器を厨房に持っていくと、食器を流し台に置いてから防空棲姫の食事のためにドライカレーを作り始めるのだった。


………
……



「………提督、これは私達に与えられた罰なのでしょうか?」

食堂から自室に戻る途中、初霜はそうつぶやく。その表情は先ほどとは打って変わって悲哀に満ちていた。
初霜が今言った提督は自分達を虐げ更迭された大車健仁でも、つい先日着任してきた海原黒香でもない。初霜にとって大切な、そして自分達が殺してしまった初代提督のことだ。
そして初霜は『海原黒香の正体』を知っている。
何の因果か、彼女は絶望に暮れる自分達の前に三人の艦娘を連れて姿を現した。これが慰めなのか、それとも罰なのかはわからない。
どちらにせよ、初霜のやることは変わりない。
初霜は悲哀に満ちた表情を消し、強い決意を秘めた目で言った。

「今度こそ私がお護り致します」 
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