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ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》

作者:カエサル
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ALO編ーフェアリィ・ダンスー
  21.友の為に



象水母に揺られながらリーファたちは常闇の国ヨツンヘイムのどこかへと向かっていく。辺りには天井を覆う氷柱が光を放ち、一面には雪面が広がっている。ここが超危険地帯だということを忘れてしまうほど綺麗だった。

「これからどうしようね」

リーファがボソッと呟く。

「とりあえずだな……」

シュウがニヤッと悪い笑みを浮かべるとリーファの方へと体を近づけてくる。
わずかに嫌な予感がした。そしてその考えは、その数秒後の的中した。

「俺が邪神と戦う前に言ったこと覚えてる?」

ほんの数十分前の記憶を蘇らせる。
邪神と戦う前にシュウが口にしていたこと。
『これで無事だったら……膝枕一回だからな!』

「あっ……」

こちらが思い出したのを気づいてインプはリーファのすぐ目の前まで近づくと今すぐにでもやってもらうぞといいたげな目をしながら笑顔を浮かべている。
確かにリーファは了承はしていないとはいえ、シュウが象水母の邪神を助けるために命懸けで戦ってくれた。それは感謝している。
しかし、膝枕など仮想世界でももちろん現実でもしたことなどない。それに今はキリトやユイだって見てる。
そんなこちらの気持ちなど御構い無しに膝枕……膝枕……、と体を揺らしながらまるで子供のように小声でシュウは呟き続けている。

「あー、もう、わかったわよ! すればいいんでしょ、すれば!」

半ば吹っ切れてリーファはシュウの方へと向くと膝を一度軽く叩く。

「それではお言葉に甘えて」

まるでお願いを聞いてもらえてはしゃぐ子供のような反応をしてから満面の笑みを浮かべてリーファの膝の上へとゆっくりと仰向けで倒れてくる。膝の上にわずかにチクチクとした感触が伝わってきてムズムズする。
やはり意識してすると恥ずかしさで顔が熱くなっていく。

「で、こいつはどこに向かってるんだ?」

そんな気持ちなどまるで理解していないシュウは平然とした顔をしながらリーファの膝の上で話を切り出した。もぞもぞと動きながらいいポジションを探しているのが余計に腹立たしい。
ハラスメント警告が出てきたら容赦無く《YES》と押してやろうかと思わせるほどだった。

「多分だけどあたしたちが目指してる西か東の端の階段とは真逆に向かってるみたいだね。……ほら見て」

指差した先には、薄闇の中でもくっきり浮かぶ、巨大なシルエット。ヨツンヘイムの天井から逆円錐形の構造物が垂れ下がっている。

「……なんだろ、あのツララを囲んでいるウネウネは……」

「あたしもスクリーンショットでしか見たことないんだけどね……。あれは、世界樹の根っこなの」

「「え……」」

「アルヴヘイムの地面を貫いた根っこが、ヨツンヘイムの天井から垂れ下がってるわけ。つまりこの邪神君は、外周じゃなくて真ん中に向かってるのよ」

「まぁ、でも最終目標な世界樹の真下に行けるならいいんじゃねぇか?」

膝の上の少年が呟く。

「ヨツンヘイムから地上に出るルートに世界樹の真下から上がるなんて聞いたことないのよ」

「飛んでいけば……」

キリトがその言葉を言おうとして途中で止める。ヨツンヘイム内で飛行できるのは闇妖精のみ。そもそも根っこの一番下でも地面の中間くらいまで伸びておらず、そこまででも推定二百メートル以上はある。飛行可能なインプであっても少々辛い。

「そうか……ならいまはこのゾウムシだかダイオウグソクムシだかに任せるしかないさ」

キリトが切り替えるようにニヤッと笑う。

「ちょ、ちょっと待ってよ。なにそのダイオウなんとかって。それを言うならゾウかクラゲか、でしょ」

リーファが反論するとキリトの代わりにシュウがわずかに体勢を変えようともぞもぞ動きながら答える。

「確か深海生物だったよな。かなりデカイダンゴムシみたいな生物だよ」

その姿を想像してリーファは身を震わせた。

「わかった、じゃあ、名前つけよ名前! 可愛いやつ!」

リーファが色々な名前を思案していると……

「じゃあ、トンキー」

いきなりキリトが言ったことにリーファはきょとんと瞬きする。
それは小さい頃に家にあった絵本に出てきた象の名前だ。昔、戦争の時に処分されるように命令が出て、飼育員が泣く泣く毒の餌を与えて殺そうとするが利口な象のトンキーはそれを食べずに最後は餓死で死んでしまうという話だった。

「……あんまし、縁起のいい名前じゃない気がするけど」

呟くち、キリトもバツの悪そうな顔で頷いた。

「そ、そうかもな。なんか頭に浮かんできたんだよ」

「ならそれでいんじゃねぇか」

全く考えていないような素振りでキリトの発言に賛成する膝の上の少年を今にでも振り下ろしてやりたかった。そんな気持ちを必死に抑え込んでからリーファは足元の短毛を撫でた。

「おーい邪神君、キミはいまからトンキーだからねー」

当然ながら反応はない。
リーファに続いて、キリトの方に座るユイも、トンキーに声をかけかける。

「トンキーさん、はじめまして! よろしくお願いしますね!」

すると今度は偶然か頭の両耳もしくはエラが動くのが見えた。


────────────────────


象水母の邪神改め、トンキーはリーファたちを乗せて一定のペースを保ちながらどこかへと向かっていく。
その途中で何体もの邪神とすれ違ったがまるでリーファたちなど見えていないかのように素通りしていく。
一定のペースで揺られ続けているせいか、キリトはまた舟漕ぎを始め、シュウに至ってはリーファの膝上で気持ちよさそうに目を瞑っている。この二人は……、と思いながらも時間も時間だし仕方のないことだ。それにこの二人はリーファの無茶な頼みで相当な体力を消耗していることだろう。
しかし、このままではログアウトしてしまうので心を鬼にして叩き起こそうとするとトンキーが急にその歩行を止めた。
慣性によってリーファの体が前に押し出されるのをなんとか耐えるが膝の上で気持ちよさそうにしていたインプはそのまま前方へと投げ出された。

「んがっ──!」

変な体勢で転げ落ちたせいでどこかを痛めたのかのような声を上げるが無視してトンキーの頭近くまで移動して、前方を覗き込んだ。
そこに広がっていたのは穴だ。
それも尋常ではない規模の大きさだった。底には闇が広がるだけでその深さは計り知れない。

「……落っこちたら、どうなんのかな……」

「さぁな、ちょっと確認してくるか」

シュウが翅を広げて飛び出す体勢に入ろうとするとユイが真面目な口調で答えた。

「わたしがアクセスできるマップデータには、底部構造は定義されていません」

その言葉を聞いて慌てて飛び出そうとしていたシュウは翅をたたむ。

「うへぇ、つまり底なしってことか」

「飛び込まなくてよかった」

三人とも後ろに下がり、トンキーの背中の天辺まで戻ろうとしたその時だった。それよりも早く大型邪神が動き出した。
まさか、この穴に放り込む気なのだろうか。
しかし、邪神はそんなことをするでもなく巨体を水平に保ったまま下ろすと脚や長い鼻を丸めていくと完全に動きを止める。
リーファたちは顔を見合わせて恐る恐る背中から降りる。

「……こいつ、何がしたかったんだ……」

「……散歩?」

呆然と呟くキリトとシュウの横を数歩進んでトンキーの毛皮をトントンと叩く。

「おーい、トンキー。あたしたち、どうすればいいのようー」

もう一度トンキーの体を叩いた際に気づいたことがあった。先ほどまで柔らかで弾力があったトンキーの体がカチコチに硬くなっている。
まさか死んでしまったのでは、と思い慌てて毛皮に耳を押し付けた。すると微かではあるが呼吸音のような音が聞こえてホッとする。
黄色カーソルは、先ほどのダメージをフル回復状態になっている。

「おい、シュウ、リーファ。上見てみろよ、凄いぞ」

言われるがままリーファとシュウは顔を上げた。そこには凄まじい光景が広がっていた。
先ほど遠くに見えていた逆円錐に見えた世界樹の根っこが、今はほぼ真上にある。その根っこに抱かれるように巨大氷柱は、かなりの大きさでよくよく眼を凝らすと、その内側には何らかの構造になっている。

「ほんと、凄い……。あれが全部一つのダンジョンだとしたら、間違いなくALO最大規模ね……」

無意識のうちに手を伸ばしていた。もちろん、大氷柱の下端まででもゆうに二百メートル以上の空間がある。たとえ地下飛行可能なインプ族でも到底届かない距離だ。
隣で今すぐにでも飛び立とうとしているインプの首の襟をを掴んで静止させる。
するとキリトの肩に乗っていたユイが鋭い声を発した。

「パパ、東から他のプレイヤーが接近中です! 一人……、いえ、その後ろから二十三人!」

「……!!」

二十四人。明らかに、邪神狩りを目的とした連結(レイド)パーティーだ。
本来なら遭遇を待ち望んだ相手で、パーティーに入れてもらえれば階段ダンジョンから地上への脱出ができる。
しかし、今この状況で接近してくるプレイヤーたちの目的は──
唇を噛み、東方向を睨むと、数秒後、さくさくと雪を踏む音が微かに届く。シルフでなければ聞こえないボリュームで、姿は見えない。恐らく隠行魔法で姿を消している。
手をかざし、看破魔法を詠唱しようとするがそれよりも早く十メートルほど先に水の膜を破るように、一人のプレイヤーが出現。
男性だ。
青みがかっるほどの白い肌、同じく薄い水色の髪。水妖精(ウンディーネ)族だ。肩には小型の弓を掛けている。
装備のグレードの高さやその立ち姿から彼が手練れのプレイヤーだということを告げている。

「あんたら、その邪神、狩るのか狩らないのか」

それがトンキーのことを指しているのだとわかった。
とっさに答えられずにいると男は険しい表情で続けて言った。

「狩るなら早く攻撃してくれ。狩らないなら離れてくれないか。我々の範囲攻撃に巻き込んでしまう」

その言葉が終わらないうちに、男の背後からパーティーの本隊が追いついてくる。二十数名のプレイヤーが姿を現し、全員が白い肌に青系の髪をなびかせていた。つまり、この邪神狩りパーティーは、全員がウンディーネ族になる。
もし《脱領者(レネゲイド)》による混種族パーティーならば同じシルフ、スプリガン、インプのリーファたちを見逃してくれたに違いない。むしろウンディーネ族だけとなれが別種族であるリーファたちをキルした方が好都合なはずだ。好都合な獲物がいるのに忠告してくれているだけでも有り難く思わなければいけない。

───でも、今だけは無理を通さなければいけない。あたしたちを仲間だと思ってくれたトンキーを殺させるわけにはいかないもの。

リーファはトンキーを庇うように立って青髪の男に言う。

「……マナー違反を承知でお願いするわ。この邪神は、あたしたちに譲って」

それを聞いた男と、その後ろのパーティーから軽い苦笑いの気配が流れた。

「下級狩場ならともかく、ヨツンヘイムに来てまでそんな台詞を聞かされるとはね。『この場所は私の』とか『そのモンスターは私の』なんて理屈が通らないことくらい、ここに来られるほどベテランならわかっているだろう」

男の言うことは正しい。狩場を占領する権利もリーファたちにはないし、逆の立場なら呆れてしまう。仮に戦闘中ならば優先権があるためそう言う主張も通るが今は戦闘中ではない。なのでウンディーネたちがトンキーに攻撃してもそれを妨害する権利はない。
強く唇を噛んで俯くリーファの横で二人が動く気配を感じた。
リーファはハッと息をのんだ。またユージーンたちのときのようにハッタリをかまして戦う気なのだろうか。
しかし、相手は二十四人、しかも超がつくほどのベテランだ。いくら二人が強くても今回に関しては確実に無理だ。
しかし二人のとった行動は思いがけないものだった。
二人の剣士は、その場で深く腰を折って、頭を下げたのだった。

「「頼む」」

その声は真剣そのものだった。

「……カーソルは黄色だけど、この邪神は、俺たちの仲間だ……いや、友達なんだ。こいつは死にそうな目に遭いながらここまで来た。最後まで、したいようにさせてやりたいんだ」

「……お願いだ。見逃してやってくれないか……」

一秒ばかりの沈黙のあと次の瞬間、ウンディーネの集団は遠慮なく笑い出す。

「おい……おいおい、あんた、ほんとにプレイヤーだよな? NPCじゃないよな?」

両手を大きく広げた男は一頻り笑い終えると肩から弓を下ろして銀色の矢をつがえた。

「……悪いけど、俺たちも、このフィールドでだらだら遊んでるわけじゃないんだ。さっき、大きめの邪神に壊滅(ワイプ)させられかけてね。くろうしてリメインライトを全部回収して、やっとパーティーを立て直した所なんだよ。狩れそうな獲物はきっちり狩っておきたい。てことで……十秒数えるから、そいつから離れてくれ。時間が来たら、もうあんたたちは見えないことにするからな。───メイジ隊、支援魔法(バフ)開始」

男が手を振ると、部隊の一番後ろに並ぶ魔法使いたちが、次々と詠唱を始める。戦士たちが各種ステータスを増強魔法が包んでいく。

「十……九……八…………」

詠唱の中、弓使いのカウントダウンが高らかに響く。
悔しい気持ちを押さえ込んでリーファは目の前の二人の背中に声をかけた

「……下がろ、シュウ君、キリト君」

「……ああ」

キリトは俯いたまま低い声で返すと底なしの穴の縁を沿ってトンキーから離れていく。
何もできない自分が悔しい。もっと強ければ、大切な友達を守れたかもしれないのに。
リーファは骨が軋むほどに両手を握りしめる。

「……シュウ君?」

そこでリーファは気づいた。シュウが今だにその場にとどまっている。そして俯いていたかと思うと男のカウントダウンを遮って口を開いた。

「あんたらさ……もしもこの場で仲間が殺されたらどうする?」

唇を強く噛み締め、両手は離れた距離からでも見ても分かるほどに強く握られている。それが震えを、いやもっと違う何かを抑えるためのものだ。俯いている見えないがその表情はより一層暗闇が増えたように見えた。リーファはその表情を知っていた。瞳に光を失った絶望。和人と集也が見せたあの表情に似ていると思ってしまった。
秒読みをしていた男が呆れた顔をしながら一度ため息をついて答えた。

「……蘇生させるだけだ。おまえもお仲間のように早く逃げた方が身のためだぞ」

そうか、と小さく呟いたシュウは再び問いかける。

「……それが一つしかない命だとしてもか……」

言葉を聞いてから理解するまでに一瞬のラグの後にリーファは息を呑んだ。
たった一つしかない命。それがトンキーの事を指していることはわかった。NPCやモンスターたちは確かに倒されればまたどこかでリポップする。それは全く同じ形で、同じ行動パターンを与えられたプログラムに過ぎないのかもしれない。しかし、リーファたちに助けてもらい、そしてリーファたちを助けてくれた象水母の邪神はトンキーだけなのだから。
するとウンディーネの男がカウントダウンを再開した。

「三……二……一……ッ!」

その言葉にリーファの反応が遅れているうちに秒読みは最後の数字を言い終わる寸前。その瞬間だった。

「ぐぁぁぁぁ───ッ!!」

ウンディーネ部隊の中腹から絶叫が雪原ヘと響き渡った。リーファは目を疑った。先ほどまで五メートル近く離れていた位置にいたはずのシュウが今は、編隊を組んでいたウンディーネ部隊の真ん中で右手に長剣、左手に槍を構えている。その目の前には、青い炎がゆらゆらと漂っていた。

「貴様!何のつもりだ!」

ウンディーネ族の精鋭部隊は一瞬で陣形を立て直し、先ほどまで邪神へと向けられていた剣や矢をシュウへと向けている。
あれだけの数の武器を向けられてもシュウは臆するどころかその口元には笑みを浮かべていた。

「お前らが言ったんじゃねぇかよ。狩れそうな獲物はきっちり狩っておきたい、ってよ。PK推奨のこのゲームならプレイヤーを狩るのだって文句はねぇよな。それにテメェらは仲間が死んだら蘇生させればいいんだからどれだけ殺されたっていいってことだろ」

その表情は狂気すら感じるほどだった。先ほどまでこの世界をもう一つの現実だとリーファに教えてくれたシュウとはまるで別人だと思うほどだった。
そんなシュウにウンディーネ族の精鋭たちの先頭にいた剣士の一人がわずかに後退する。その隙をインプは見逃さなかった。
刹那のうちに距離を詰められた剣士は、恐怖の声を上げながらも持っていた大剣を振るう。しかし、振り下ろされる位置でもわかっていたかのようにシュウは速度を落とすことなく大剣を交わした後に後ろに引き絞られた槍を一気に前に突き出す。まるで不可視の力がシュウの体を押しているとでも言うように途轍もない威力を蓄えた一撃は一瞬にしてウンディーネの硬い防具を突き破ってHPの八割を削り取る。そこから攻撃の手を緩めずに右の長剣を振り下ろして青い炎へとウンディーネ族を変化させた。

「この程度かよ……妖精ども。……俺の仲間に手を出そうとしたんだ……そっちも殺される覚悟くらいはできてんだろ」

不敵な笑みを浮かべるシュウ。リーファも恐怖を覚えた。しかし、その根底にあるのは仲間を助けたいと思う気持ちだった。確かにどこか変わってしまったのかもしれない。だが、今でもシュウがトンキーを助けようとしていることに変わりはない。

「あのバカ……!」

リーファの隣で同じく動けずにいたキリトが背中の巨剣を抜きとって、ジャッ!という鋭い音を立ててウンディーネ部隊に向かっていく。
それを見てリーファもキリトの背中を追いかけてウンディーネ部隊の中へと突っ込んでいく。
後方で詠唱をしていたメイジ隊の一人にリーファは両手で握った長刀を大上段に撃ち込んだ。
これ以上ない手応えだったが、ウンディーネの防具はやはり相当レア装備でHPの三割ほどしか削れなかった。しかし、すぐに杖を掲げようしたメイジの胴に漆黒の刃が薙いだ。遅れて、どかっ!とうう重々しい衝撃音とともにメイジは吹き飛ばされて青い炎へと消滅する。
キリトはすぐに二人目の敵を仕留めようと動くがそれよりも早くウンディーネ部隊は体制を組み替えていく。中央で暴れるシュウと後方から攻めるリーファとキリト。そのどちらもに対応しているウンディーネ部隊は相当な実力の集団だ。
次第にリーファたちは押されていき、いつの間にかHPは全員半分を切ってしまっていた。
───ここまでか。
これだけの人数相手に善戦しただけでもいいほうだ。それにこれだけの被害を与えればトンキーをこれから攻撃しようなんて思わないはずだ。
しゃがんだ状態のリーファは瞼を閉じ、自身のHPが吹き飛ばされる瞬間を待った。
すると攻撃音よりも早く高らかな啼き声が響いた。その響きは間違いなくトンキーのものだった。
これまで沈黙していたトンキーに目をやる。象水母の邪神の体にはいくつもの深いひびが入っており、そこから黒い血が噴き出してくる。
その光景に唖然としていると、くわぁぁん、という甲高い共鳴音とともにトンキーの体から環状の白光が放たれて、ウンディーネ部隊を包んだ。その途端、彼らの体を覆っていた支援魔法、詠唱途中だった攻撃魔法が消滅する。

───範囲解呪能力(フィールド・ディスペル)

一部の高レベルボスモンスターが持つ特殊能力だ。何がおきたかわからず、その場にいた全員が一瞬で凍りついた。
いくつもの視線が集まる中、亀裂から白い輝きを放ったトンキーの胴体が四散した。いや、これは、脱皮に近い現象だ。トンキーはそのまま上空へと伸び上がっていく。
見上げるとそこには、放射線状に広げられた真っ白い輝きを帯びた、四対八枚の翼だった。

「……トンキー…………」

ひゅるるるる!と高らかな声を放ってから高度十メートルほどで停止するとトンキーの羽が、前触れなく、それまでとは色合いの違う青い輝きに満たされた。

「あっ……やばっ……」

キリトはいきなりリーファの身体を抱え込み、どすんと雪上に伏せさせる。
直後、トンキーの肢すべてから、恐ろしい太さの雷撃が次々と地上へと降り注いだ。
それは容赦なくウンディーネたちへと降り注いでいく。

「撤退、撤退!!」

そんな声とともにウンディーネ隊は一直線に立ち去っていく。その姿が遥か彼方まで消え去ったのを確認してかトンキーが勝利の声を響かせる。
そのまま、わっさわっさと飛んでくると、リーファたちのすぐ頭上でぴたりと止まった。

「…………で、これから、どうすんの」

キリトがどこかで聞いたことのある台詞を呟いた。
それに対する答えは、無造作に伸ばされた長い鼻だった。リーファとキリト、そしてわずかに離れたシュウを絡めとると背中に放り出され、お尻からどすんち着地する。
顔を見合わせて、リーファはとりあえずすりすりと白い毛皮を撫でてからリーファはシュウの方へと近づいていく。
リーファが近づいてきたことに気づいてどこか気まずそうにシュウも視線を逸らした。しかし、リーファはシュウの顔を両手で押さえて無理矢理こちらに目線を向けさせる。
言いたいことも幾つもあった。しかし、リーファはそんな言葉よりも先にシュウを両腕で強く抱きしめていた。一瞬、体がビッくとさせた彼の体をなだめるように背中を軽く叩く。そして耳元で、

「……バカ」

そう小さく呟いた。
すると、すっと力が抜けてシュウはリーファに体を預けてくれた。
仲間の為に命をかけてまで戦ってくれるのは嬉しかった。だが、もうあんな狂気に満ちた姿は見たくない。
リーファはそれからどれだけの間そのままでいただろうか。

「なんだあれは?」

リーファはキリトの声で不意に我に返った。そういえば、この場にはリーファとシュウ以外にもキリトとユイがいたことに。慌ててシュウを半ば突き飛ばすように離れる。

「んがッ───!」

「わぁっ! ご、ごめん」

予想すらしてなかったシュウは顔面からトンキーの背中にダイブして変な声を上げる。思っていたよりも強く突き飛ばしてしまったらしく慌ててリーファは駆け寄る。

「酷いよ。優しくしてくれたと思ったら今度は突き飛ばすなんて。さすがに飴と鞭でも物理的すぎるだろ」

拗ねた子供のように唇を尖らせて言うシュウ。その表情は穏やかなものに変わっていた。それを見てリーファもホッと笑みをこぼしてからシュウを起こすとキリトの元へと近づく。

「どうしたの、キリト君?」

「いや、あそこで何か光ったような」

トンキーはリーファたちを乗せたあと真上の世界樹の根っこまでゆっくり上昇を始めており、上側に地上からとてつもなく大きく見えた逆円錐の氷塊とその内部には幾つもの階層に区切られておりやはり大型ダンジョンのようだ。
キリトが指差す先、氷柱の一番下───その先端に一瞬、黄金に輝く何かが見えた。
眼を凝らすがよく見えない。右手を掲げ、短いスペルを唱える。

「なにそれ?」

遠見氷晶(アイススコープ)の魔法よ」

そう言いいながら大きなレンズを三人で覗き込んだ。

「うばっ!」

光の正体が見えた途端、リーファは変な声を出してしまった。
氷柱の先端に封印されていたのは、透き通るような黄金の刀身に恐ろしいまでに壮麗な一振りの長剣だった。それは間違いなく伝説武器(レジェンダリー・ウェポン)だ。

「せ.......《聖剣エクスキャリバー》だよ、あれ。前にALOの公式サイトで写真だけ見たもん........ユージーン将軍の《魔剣グラム》を超える、立った一つの武器.......今まで所在も解らなかった、最強の剣」

「「さ、最強」」

リーファが掠れた声で説明すると、二人もゴクリと唾の呑み込んだ。
氷塊の中のダンジョンを突破できればあの聖剣を手に入れることは可能だろう。そしてトンキーは氷柱を螺旋状に回っており、氷柱の中ほどからバルコニーが伸びており十分飛び移ることは可能だろう。そこから入れば、《聖剣エクスキャリバー》を手に入れるためのクエストに挑戦することができる。
だが、その上に世界樹の根っこがそのまま階段となっており、上まで伸びている。それは間違いなく───地上のアルヴヘイムへと繋がっている。
しかし、《聖剣エクスキャリバー》のクエストに挑めば地上へと出る手段はなくなる。
徐々に近づいてくるバルコニーに三人とも一瞬、体を動かそうとするが互いに顔を見合わせあってやや照れ混じった笑みを浮かべて、リーファは言った。

「……また来よ。仲間いっぱい連れて」

「……そうだな。多分、このダンジョンはヨツンヘイムの中でも最高難易度なのは間違いないしな」

「さすがに三人での突破はきついだろうしな」

トンキーは未練がわずかに残る三人を乗せて天蓋の階段の近くでスピードを落としてホバリングする。
そして一番下の段に全員が飛び移り終わるとほぼ同時に体をくるりと回転させてた。
巨大な象頭から伸ばされた鼻の先をリーファはぎゅっと握った。

「……また来るからね、トンキー。それまで元気でね。また他の邪神にいじめられちゃダメだよ」

ささやきかけて手を離すと続けて、キリト、シュウが鼻を握り、最後にユイが小さな手でぎゅっと握った。

「またいっぱいお話ししましょうね、トンキーさん」

ピクシーの微笑みながら発した言葉の邪神はふるふると声を鳴らして、降下していく。
そしてみるみるうちにその姿は小さくなり、ヨツンヘイムの薄闇へと姿を消して言った。
これはお別れではない。きっとまたここにきてトンキーの名を呼べばきっと来てくれる。
リーファは目尻に浮かびかけた涙をぬぐい、キリトとシュウと顔を合わせるとニコッと笑い、

「さあ、行こ! 多分、この上はもうアルンだよ!」
 
 

 
後書き
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