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ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》

作者:カエサル
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ALO編ーフェアリィ・ダンスー
  20.ヨツンヘイム



「ぶえーっくしょい!」

寒さのあまり大きなくしゃみをしてしまったリーファは慌てて両手で口を押さえた。
素早く出入り口を確認する。幸い邪神には気づかれなかったようでホッと胸をなでおろし、焚き火の前に再び座り込んだ。
見上げると壁や天井には怪物のレリーフが飾られている。辺りは所々凍りついており、雪も舞っている。
寒さをしのぐ揺れる炎に照らされ、背中を壁に預けてあぐらをかいたシュウとキリトは、間の抜けた顔でこっくりこっくりと船を漕いでいる。

「おーい、起きろ!」

小声で尖らせて二人の耳を引っ張るが二人ともむにゃむにゃ言うだけだ。キリトの膝の上には、ユイが丸くなってくうくうと寝息を立てている。

「ほら、寝るとログアウトしちゃうよー」

もう一度シュウの耳を引っ張るとそのままこてんとリーファの太腿の上に頭を転がし、もぞもぞと動いていいポジションを探しているではないか。
まさかの膝枕の体勢に一瞬ドキッと心臓が跳ねるが、すぐにどうやって叩き起こしてやろうかという考えに変わる。
とはいえシュウとキリトが居眠りするのも無理はない。何せ、現在のリアルの時刻は、すでに午前二時を回っている。普通ならログアウトとし、ベットで寝てる時間だ。
しかし今だけは、眠気に抗い起きてなくてはいけない事情があった。
左手で拳骨を作り、シュウの頭目掛けて落下させた。
ヴォクシッ、という爽快な音とともに黄色いエフェクトフラッシュは閃き、シュウは頭を押さえてキョロキョロしながら起きる。

「おはよー、シュウ君」

「……お、おはよう」

まだシュウは状況を完全に把握しくれてないようだ。一度大きなあくびをしてから目を擦って、

「……俺、寝ちゃった?」

「あたしの膝枕でね。小パンチ一発で済ませたあげたのを感謝しなさいよね」

「……そりゃどうも。記憶にないってのが少し残念だな……うーん……もう一回頼める?」

「しません!」

「……ん? ……おはよう」

隣で大きく舟漕ぎしていたキリトがリーファの声で目を覚ました。

「アホなこと言ってないで、夢の中で思いついたナイスな脱出アイデアでも披露したら?」

「夢……。そう言えば……何だったけな……」

訊いたあたしがバカだった、と肩を落とすリーファ。キリトの方も見るがまだ寝起きなためか状況を飲み込めていないようだ。
出口を見やるが、動くものは一切ない。
ログアウト出来ない事情とは、リーファたちは現在《ヨツンヘイム》の奥底に閉じ込められ、地上に出れずにいる。勿論、ゲームから離脱は出来るが、ここは安全地帯ではないので、意識が現実に戻っても、アバターはここに取り残される。そして、放置されたアバターがモンスターに襲われれば無抵抗にHPを減らされ、《死亡》して、セーブポイントのシルフ領《スイルベーン》へと戻され、ここまでの努力が水の泡になってしまう。
アルンを目指していたが到着できそうになかったので、冒険を終わらせようと森の中の知らない小村に降下したのが間違いだった。

「───まさか、あの村が丸ごとモンスターの擬態だったなんてなあ……」

キリトがため息混じりに言った。リーファもふうっと息を吐き出し、頷く。

「ほんとよねぇ……。誰よ、アルン高原にはモンスター出ないないて言ったの」

「リーファだけどな」

「記憶にございません」

やる気のないボケツッコミに続けて、もう一度同時にため息。
村そのものがミミズ型の巨大なモンスターで、強力な吸引力に吸い込まれ、最悪の死に方だ!と確信したが、幸いなことに三分近くでぽいっと放り出された。
とりあえず背中の翅で落下を止めようとするが飛べず、そのまま深い雪に埋まりこんだ。
月や星の輝く夜空の代わりに広がる天蓋、そして目と鼻の先に雪原をゆっくりと移動する異形な姿のモンスター。それは写真でしか見たことがないが、一瞬でわかった《邪神級モンスター》だと。
すぐ顔を出し、何かを喚こうとするキリトと見つけるや否や武器に手をかけようとするシュウを押さえ込んで、リーファは悟った。ここがALO内の広大無辺の地下世界、最難易度フィールド《ヨツンヘイム》に来てしまったということを。
何とか邪神級モンスターをやり過ごし、現在焚き火を眺めながら壁際に体育座りをしている現状だ。

「ええと……脱出プラン以前に、俺、このヨツンヘイムっつうフィールドの知識ゼロなんだよな……」

「右に同じく」

「あたしも、ヨツンヘイムのこと全然知らないんだよね」

すると、シュウが何かを思いついた質問してくる。

「このフィールドで狩りしてるプレイヤーもいるんだよな?」

「いるにはいる……みたいだよ」

「それならさっきのミミズのトラップみたいな一方通行ルートじゃなくて、普通のルートもあるわけだ」

「あるにはある……みたいね。あたしも実際来るのは初めてだから通ったことはないけど、確か、央都アルンの東西南北に一つずつ大型ダンジョンが配置されてて、そこの最深部にヨツンヘイムに繋がる階段があるのよ。場所は……」

メニューを出し、マップを呼び出す。ほぼ円形のヨツンヘイムの地図を見るが、現在地周辺以外の全てが灰色に塗りつぶされている。
マップの上下左右を順番につく。

「ここ、ここ、こことここあたりのはず。あたしたちが今いるほこらが、中心に南西壁のちょうど中間くらいだから、最寄の階段は西か南のやつね。ただ……階段のあるダンジョンは全部、当然ながらそこを守護する邪神がいるわよ」

「その邪神ってのは、どんくらい強いの?」

暢気なキリトの質問に、横目で視線を浴びせる。

「いくら君たちが強くても、今回ばかりはどうもならないわよ。噂じゃあ、このフィールドがオープンした直後に飛び込もうとしたサラマンダーの大規模パーティーが、最初の邪神でさくっと全滅したらしいわ。ちょっと前に君たちがさんざん苦戦したユージーン将軍も、シータも、一人で邪神の相手したら十秒持たなかったとか」

「……そりゃまた……」

「……わお……」

「今じゃあ、ここで狩りをするには、重武装の壁役プレイヤー、高殲滅力の火力プレイヤー、それに支援・回復役プレイヤーがそれぞれ最低はち人は必要ってのが通説ね。三人とも軽装剣士のあたしたちじゃ、何もできずにぷちぷちっと踏んじゃぶされちゃうわよ」

「そいつは勘弁だなぁ」

「全くだ」

頷きながらも二人は、秘かに挑戦心を掻き立てられている。
もう一度睨む。

「ま、それ以前に、九分九厘階段ダンジョンまで辿り着けないけどね。この距離を歩いたらどっかではぐれ邪神を引っ掛けて、タゲられたと思う間もなく即死だわ」

「そうか……、このマップじゃ飛べないんだよなぁ……」

「そ。翅の飛行力を回復させるには、日光か月光が必要なの。でもご覧のとおり、ここにはどっちも無いからね……。唯一、闇妖精(インプ)族のシュウ君は、地下でもちょこっとだけなら飛べるらしいけど……」

翅を確認するがリーファとキリトの翅はすっかり光を失って萎れている。

「となると、実質上、やっぱり邪神狩りの大規模パーティーに合流してもらって、一緒に地上に戻るしか手はない……」

「そーなんだけどね……」

だが、この辺りにプレイヤーの姿形もない。

「……このヨツンヘイムは、地上の上級ダンジョンに代わる最高難易度マップとして最近実装されたばかりなの。だから、降りてきてるパーティーの数はまだ常時十以下しかないらしいわ。偶然このほこらの近くに来る可能性なんて、あたしたちだけで邪神に勝つ確率よりも少ないかも……」

「おーいユイ、起きてくれ!」

キリトが膝の上で眠るユイの頭をつつく。ユイは起きると右手を口元に、左腕を高く伸ばし、大きなあくびをする。

「ふわ……。───おはようございます、パパ、シュウさん、リーファさん」

「おはよう、ユイ。残念ながらまだ夜で、まだ地底だけどな。悪いけど、近くに他のプレイヤーがいないか、検索してくれないか?」

「はい、了解です。ちょっと待っててくださいね……」

こくっと頷き、瞼を閉じる。すぐにぱちっと眼を開いたユイは、首を横に振った。

「すみません、わたしがデータを参照できる範囲内に他のプレイヤーの反応はありません。いえ、それ以前に、あの村がマップに登録されていないことにわたしが気づいていれば……」

落ち込むユイの頭をリーファ指で撫でる。

「ううん、ユイちゃんのせいじゃないよ。あの時はあたしが、周辺プレイヤーの索敵警戒を厳重に、なんてお願いしちゃったから。そんなに気にしないで」

「……ありがとうございます、リーファさん」

ユイの小さな頬にそっと触れてから、キリトとシュウに視線を移す。

「ま、こうなったら、やるだけやってみるしかないよね」

「やるって……何を?」

「まさか……」

にやっとリーファは不敵に笑いかける。

「あたしたちだけで地上への階段に到達できるか、試してみるのよ。このままここで座ってても、時間が過ぎてくだけだもん」

「で、でも、さっき絶対無理って……」

「九分九厘無理、って言ったのよ。残り一パーセントに賭けてみよ。はぐれ邪神の視界と移動パターンを見極めるて、慎重に行動すれば可能性はあるわ」

「リーファさん、かっこいいです!」

小さな手でぱちぱちとユイが拍手。すくっと立ち上がろうとした時、シュウが袖を強く掴んで引き戻した。

「な、なによ?」

よろけながら再び座り、抗議しようとしたがシュウはじっとリーファを凝視し、今までの気の抜けた声ではないきっぱりとした声で言った。

「いや……、リーファはログアウトしてくれ。アバターが消えるまで俺たちが守るからさ」

「え、な、なんでよ」

「もう二時半を回る。リーファ、リアルじゃ学生なんだろ? 今日は八時間以上もダイブしてる。これ以上付き合ってもらうわけには」

あまりにも突然の言葉に言葉を失う。

「階段に着くのだって朝方になるかもしれない。下手したら着かないかもしれない。でも、俺たちは何が何でもアルンに……世界樹にいかなきゃいけないんだ。今日は平日だし、リーファは落ちた方がいい」

「べ……別に、あたしは平気だよ、一晩くらい徹夜したって……」

無理に笑顔を作り、首を振ろうとした時、シュウが掴んでいた袖を離し、頭を下げる。

「リーファ、今までありがとな。リーファがいなかったら、ここまで来ることも出来なかった。ありがとう……」

不意に胸に痛む。耐えきれず、固く両手を握りしめた。

「……別に、キミたちのためじゃないもん」

「え……」

「あたしが……、あたしがそうしたかったからここまで来たんだよ。それくらい、解ってくれてると思ってた。何よ、無理に付き合ってもらう、って。じゃあ、キミは、あたしが今まで嫌々同行したって、そう思ってるの?」

涙が出そうになるのを押し堪え、出口の方に向いて立ち上がった。

「あたし……、今日の冒険、ALOの始めてから一番楽しかった。どきどき、わくわくすることいっぱいあったよ。ようやくあたしにも、こっちの世界ももう一つの現実なんだって、信じられる気がしてたのに……」

右腕で両眼を拭い、駆け出そうとしたその時だった───
雷鳴でも、地鳴りでもない異質な大音響が、ごく至近距離で響いた。
その形容しがたい咆哮は、間違いなく超大型モンスターの声だった。直後、ずしんという地面を揺らす足音も轟く。
先ほどの叫びのせいで邪神を引き寄せてしまった。あたしのバカ……と思いながらせめて囮になって邪神を引きつけようとダッシュしようとすると、シュウが左腕を掴み引き留めた。

「離して! あたしが敵をプルするから、キミたちはその隙に離脱を……」

隣に立つキリトとシュウが外に鋭い視線を向ける。

「いや、待った。様子が変だ」

「ヘンって、何が……」

「一匹じゃない」

耳を澄ますと、小さな声も混じっている。掴まれた腕を振りほどこうとした。

「二匹なら尚のことだわ! キミたちがどっちかにタゲられてからじゃ手遅れになっちゃう! 死んだら、またスイルベーンからやり直しなんだよ!?」

「いえ、違いますリーファさん」

ユイがキリトの肩に乗り叫ぶ。

「接近中の邪神級モンスター二匹は……互いを攻撃しているようです」

「えっ」

「とりあえず、様子を見に行こう。どうせこんな場所じゃ攻撃にも隠れるのにも不便だ」

「そ、そうだね……」

腰の愛刀に手をかけながら、シュウとキリトに続いて薄闇へと進む。
ほこらの東側に徐々に接近してくる、軽く二十メートルは超えてるであろう、青みがかった灰色の特徴が物語る邪神級のモンスターが二匹。だが、二匹の大きさには差があり、か細い小さな声の邪神の方が一回り小さい。
大型の方はぎりぎり人間のようなタイプで、縦に三つに連なった巨大な顔の横から四本の腕を早した巨人のフォルム。その全ての手には鉄骨のような巨剣が握られている。
対して、やや小さい邪神は、巨大な耳と長い口吻で顔は象のようで、後ろの胴体は円形で、それを支える二十本はあろうかという鉤爪の足。その姿は、象の頭がくっついた水母(くらげ)───だろうか。鋭い爪を繰り出して、圧し掛かる三面巨人を退けようとするのだが、暴風のように叩きつけられる四本の鉄剣に押し負け、
体をえぐり、どす黒い体液が飛び散る。

「ど……どうなってるの……」

象水母の鉤爪足が叩き切り、吹き飛んできた足がすぐ近くに落下してリーファの体を揺らした。

「お、おい、ここにいたらやばそうじゃないか……?」

隣で呟くキリトに、頷きながらも動けない。
傷口から白い雪原を黒く染める象水母の邪神から眼が離せない。巨人の鉄剣が浴び、みるみる弱々しくなっていく。

「……助けよ、シュウ君、キリト君」

シュウとキリトが驚いた顔をして、交互に二匹のモンスターを見てから、短く訊ねた。

「「ど、どっちを」」

ハモった二人。

「もちろん、苛められてるほうよ」

キリトは次なる当然に質問を口にする。

「ど、どうやって」

「えーと……」

考えてる間にも象頭の邪神の背中に次々と深い傷が刻まれる。

「……シュウ君、キリト君、なんとかして!!」

両手を胸の前で握り締めながら叫ぶとキリトは天を仰いで両手で黒髪を掻きむしった。

「なんとかって言われても〜〜〜……」

シュウは難しい顔をしながら邪神を凝視している。口元に軽く握られた拳を当てながら何かをぶつぶつ呟いている。
そして、何かを閃いたように低い声がリーファの耳に届いた。

「……あのフォルム……もしかしたら……」

シュウの言葉で察したのかキリトが周囲を見回し、次いで肩のユイに囁きかけた。

「ユイ、近くに水面はあるか!? 川でも湖でもいい!」

すると小妖精は、一瞬瞼を閉じ、すぐに頷いた。

「あります、パパ! 北に約二百メートル移動した場所に、氷結した湖が存在します!」

「よし……いいかリーファ、そこまで死ぬ気で走るぞ」

キリトは早口でそういうとすぐに駆けていく。

「え……え?」

戸惑うリーファの手を掴んでシュウも駆け出す。

「これで無事だったら……膝枕一回だからな!」

シュウの膝枕発言に反論する前に駆け出した。
するとキリトが少し前方で投擲用のピックを指先でくるくると回すと「……せいっ!」という掛け声とともに、眼にも留まらぬ速さで右腕が振られ、一直線に飛翔。
三面巨人の一番上の顔に命中。
邪神のHPをごくごく僅かだけ削りとる。しかしそんなダメージ膨大な量の邪神のHPからすれば無いに等しいダメージだ。それよりもこの場面での問題は───

「ぼぼぼるるるるるううう!」

怒りの雄叫びをあげながら巨人のターゲットが象水母からキリトとリーファ、シュウのパーティーへと切り替わった。

「……逃げるぞ!!」

キリトはくるりと北を向き、雪煙を散らして疾走し始めた。

「しっかり掴まってろよ!!」

「ちょっ……」

嫌な予感がしたがそれを口にする前にシュウはリーファの手を強く握りしめると異常なまでの速さで地を蹴りあげて瞬間的に加速した。

「いやああああああ───!」

《ルグルー回廊》の時同様にリーファの体は水平に浮かび上がり、ぶんぶんと振られる。
直後、すぐ後ろから轟く咆哮と立て続けの地響き。巨人も追ってきている。

「クソッ!! ……予想よりも早いな」

シュウが舌打ちをする。背後の巨大な震動音はすぐ近くにまで迫っている。邪神の身長はリーファの十三倍近くある。その歩幅もそのくらいだと考えれば計算するまでもなくすぐに追いつかれる。

「……しゃあねぇか。───キリト!!」

シュウは大声で前を走るスプリガンの少年の名を叫び急に加速をやめる。しかし慣性によってリーファの体にはいまだ前へと進もうとすると力が残っているためそのまま前方へと大きく投げ出された。

「わあああああああ───!?」

投げ飛ばされたリーファの体を前方にいたキリトが受け止める。
唐突に投げ飛ばされてシュウに文句を言おうとすぐに振り返ると広がっていた光景にリーファは唖然とする。
シュウは左手に槍を右手に長剣を持った状態で翅を広げて三面巨人の正面を飛んだいたのだった。
───まさか!?
シュウが何をしようとしているか容易に理解することができた。リーファたちを逃がすために自分だけで邪神と戦闘を行う気だ。

「シュウ君!?」

助けに加わろうとするリーファの体をキリトが肩に担ぎ上げて再び走り出した。

「ちょ、キリト君!? シュウ君を助けないと!?」

するとキリトは大きく首を横に振るとさらに加速していく。
まさか今まで一緒に戦ってきた仲間を置いていくということなのか。そこまでキリトが薄情だとは思わなかった。
後方では、三面巨人の暴風のように振り下ろされる四本の鉄剣をギリギリでかわし続けてはいるがその動きは危なっかしくいつ当たってもおかしくない。
リーファは体を無理やり動かしてキリトの手から離れようとする。せめてリーファだけでも助けに行かなければ、そうしなければシュウは確実に死んでしまう。
するとキリトは急にブレーキをかけて停止するとくるりと振り返って、大声で叫んだ。

「シュウ───ッ!?」

その言葉を待っていたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべるとアイテムストレージからサブで購入した槍をオブジェクト化する。すると肩に担ぎ上げると鉄剣をギリギリで回避したのちに三面巨人の顔面めがけて槍を投擲する。まるで何かの力が加わったように一直線に突き進んだ槍は巨人の一番上の眉間に突き刺さるとライトエフェクトを発しながらHPゲージを削っていく。それは先ほどのキリトの投擲には比べ物にならないほどにHPバーの一本の二割近くを削り取っていく。邪神はわずかに仰け反る。
ありえない光景に目を疑っているとシュウはこちらへと方向転換し、翅を広げると急加速体勢へと入る。

「しっかりついてこいよ、デカブツ!!」

ワンテンポ置いてからシュウが急加速する。
怒りに狂ったような雄叫びをあげて三面巨人は先ほどよりも早い速度で迫ってくる。
───いったい、何がしたいのキミたちは!!
二人の考えが理解できずにいるリーファの元に三面巨人がほんの十五メートル前までたどり着いたその時だった。
ばきばきっ、という異質な音が響き渡った。
それは、巨人の脚が雪の下にあった氷を入れ踏み抜いた音だった。キリトが停止していたのは、積雪で覆われていた巨大な凍りついた湖の真ん中だった。
雪原が陥没し、三面巨人は自ら造り出した湖にまっすぐ落下し、高い水柱を吹き上げた。

「そ、そのまま沈んでぇぇ……」

リーファが力いっぱい懇願したが、しかしやはりそこまで上手くはいかなかった。すぐに巨人の顔が一個半ほど水面から突き出し、近寄ってくる。
もうダメかと思ったその時だった。リーファたちの目の前に黒衣のインプが上空から降りてくる。その手には、身の丈の十倍近くはある鉄剣が握られていた。それは三面巨人が持っていた剣だ。それを両手で握っている。
確かに今まで色々と驚愕させられてきたが今回のは飛びっきりだった。邪神級モンスターが持っていた武器を持つなんてありえないことだ。それに仮に持てているとしてもそれを振るうことはできない。現にシュウは今にも地面につくほどのスレスレで持っている。

「うぉぉぉぉ───ッ!?」

大気を裂くような叫び声をあげてシュウはその鉄剣を突進してから斬り下ろした。爆発音にも似た音と高々と水柱を立てて鉄剣は三面巨人の一番上の顔に直撃した。
その攻撃によって三面巨人のHPの一本バーの半分近くが一気に削り取られていく。邪神の武器を使ったからここまでの威力が出たのだろうか。そもそもあれだけ巨大な武器を振るうことがプレイヤーに可能なのだろうか。
そんな疑問を浮かべながらリーファはありえない行動をしたシュウを確認する。すると三面巨人の目の前でインプの少年は倒れていた。

「シュウ君!?」

リーファはキリトを振り払うとシュウの元まで駆け出していた。HPを確認するが全損しているわけではない。状態異常などのアイコンなどもない。ならば、体勢を崩して倒れているということなのか。それにしては、倒れている時間が長すぎる。
シュウの元にたどり着いたリーファは体を揺する。しかし、反応がない。まるでアバターから意識が抜け落ちてしまっているとでもいうようにだ。
すると再び、あの奇声が聞こえた。リーファの目の前で三面巨人が怒りに満ちた表情を浮かべている。次の瞬間には水中から振り上げられた鉄剣が振り下ろされる寸前だった。
死を覚悟してシュウを強く抱きかかえて両眼を瞑ったその時だった。

「ひゅるるる!」

そんな雄叫びが轟いた。次の瞬間に襲ってくるはずの衝撃は訪れなかった。ゆっくりと目を開けると愕然として目を見開いた。
ざばっと水を割り、二十本近い肢が一斉に伸び上がると、巨人の顔が腕に次々に巻き付いた。

「……どうやら……うま、く……いったよう、だな……」

腕の中にいた少年が掠れた声で呟いた。

「シュウ君!」

リーファは意識を取り戻したシュウを強く抱きしめる。

「……よかった」

瞳から雫が流れ落ちていく。色々な感情が一気に込み上げてくる。どれだけの無茶をするんだ、なんであたしには言ってくれなかったのかという怒りの感情。先ほどの鉄剣を使ったのはどういうことなのかという驚きの感情。
だが、一番は無事でいてくれてよかったという安堵感だった。

「リーファ、シュウ!! 早く離れろ!」

キリトの声に今自分たちが置かれている状況を思い出した。目の前では邪神たちが暴れている。
リーファはシュウに肩を貸して立ち上がるとキリトがいる辺りまで移動する。
それとほぼ同時だった。巨人の断末魔のような雄叫びとともに凄まじい規模のポリゴン爆散エフェクトが発生した。
慌てて振り返ると、ひゅるるるるぅぅぅぅ……と雄叫びをあげる象水母が無数の肢を高くあげている。三面巨人の姿はもうどこにもなかった。
そしてすいすいと湖を泳ぎこちらへと向かってくる。
ずんずん、と足元を揺るがせて近づき、すぐ目の前で停止した邪神は、マジかで見るとやはり大きかった。

「……で、これから、どうすんの」

キリトが呟いた。
確かに助けようと言ったのはリーファだが、何もこの先のことは考えてはいない。眼の前にいるのは邪神級モンスターであり、一発でも攻撃を受ければ即死級のダメージを受ける。
それに加えて先ほどの戦いの疲労でシュウはクタクタだ。そんな状態では先ほどのように逃げることも難しいだろう。
しかし、普通ならば邪神級モンスターならば視界内に映ったプレイヤーに攻撃を加えてくるはずが攻撃してこないということは、このままやり過ごせるかもしれない。
そんな予想は、すぐに裏切られた。ひゅるるっと啼くと邪神はその長い鼻をまっすぐ三人に伸ばしてきた。

「げっ……」

飛び退こうとしたキリトにユイが、

「大丈夫です、パパ。この子、怒ってません」

ユイの発言に驚愕しているリーファたちを先端が細かく割れた鼻が巻き取ると勢い良く持ち上げた。

「ひえええっ」

「うわぁぁぁ」

情けない声を出すキリトとシュウ、声すら出せずにいるリーファは数十メートルの高さにまだ軽々掲げられるとそのまま背中に放り投げられた。
お尻から墜落し、予想外の柔らかさが落下先を襲う。象水母の胴体には灰色の短毛がふさふさと生えていて、その中央に三人がすっぽり座り込むと、象水母は移動を開始した。
これからどこへ連れて行かれるのだろうという不安をリーファ抱きながらも象水母はそんなのお構いなしと言わんばかりにずんずん、地面を揺らしながら進んでいくのだった。 
 

 
後書き
誤字脱字、気になる点、おかしな点、感想などありましたら気軽に感想ください。
また読んでいただければ幸いです。 
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