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強欲探偵インヴェスの事件簿

作者:ごません
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ドア越しの攻防

 ドアを閉めようとするパンイチのインヴェスVSドアをこじ開けて中に押し入ろうとする鎧姿のハリー。その攻防は意外にも、静かに進んでいく。

「なぁインヴェス、約3年ぶりに……しかも依頼人を連れてきたってのにつれないじゃないか(何ヤってやがるこの性欲魔神!とっととここを開けやがれ!)」

「ハッハッハ、我が友ハリーよ。幾ら依頼人を連れてきてくれたとはいえ、私にも都合という物があるのだよ。生憎先程調査から帰ってきたばかりでね、少し休ませて頂きたい(何ってナニに決まってんだろが!このカッコ見て解んねぇのか!?ハッ、これだから童貞はwww)」

「お疲れの所悪いが、今回の依頼は急がないと不味い類いの依頼だ。せめて話を聞くだけ聞いてから、休んでもらえないか?(童貞ちゃうわ!というか一晩中サカって仕事サボってんじゃねぇよこのヘボ探偵!)」

 ミーアは混乱していた。にこやかにスマイルを浮かべてドア越しに会話を交わす2人には違和感は無い。無いハズなのだが……エルフがとりわけ耳が良いからだろうか?彼等の交わしている言葉以外に、心の声なのか極々小さな声のやり取りなのか、罵声が飛び交っているのが聞こえる。

「済まんが夜通しの調査だったものでね、今の状態で話を聞いても正常な判断が下せるとは思えない。後日改めて訪れてはくれまいか?(うるせぇ!モテねぇからって僻んでんじゃねぇぞこの筋肉ダルマ!だから今から俺は寝るの!眠いの!邪魔すんなこのハゲ!)」

「無理を言ってるのは承知してる。だがな、人の命が掛かっているかもしれない案件だ。迅速に処理したい(ハゲてねぇし!そもそもハゲてねぇし!どうせまだベッドの中に裸のオネーチャンでもいるんだろ?だから部屋に入れたくねぇとかそんな所だろ?このドスケベ!)」

「人命が掛かってるって?それなら探偵の私よりも衛兵等に頼むべきではないのかね?(い・い・か・ら・か・え・れ・よ、この筋肉ダルマ!大体テメェが持ってくる依頼なんて面倒臭ぇか報酬がクソみてぇに安いか、その両方かで最悪なんだよ!)」

「お前も知っているだろう?衛兵隊は確たる犯罪の証拠がないと、捜査はしない。今はそれが微妙な所なんだ、だからお前に依頼を持ってきた(い・い・か・ら・あ・け・ろ・よ!この堕落探偵が!大体お前が値段交渉するとほぼボッタクリレベルの金額提示するじゃねぇか!)」

「どちらにしろ、私は疲れている。また後で訪ねてきてくれ(だぁ~れが『堕落探偵』だ、『強欲探偵』だ『強欲探偵』。プロローグから数えて3話目にしてタイトル変更しようとしてんじゃねぇよこのバカが!)」

「そうも言ってられない事情があるのは話したろ?事は急を要する(3話目とかメタい事言うんじゃねぇよこのドクズが!大体自分で強欲言うな!)」

「あの~……」

「「あ゛ぁん!?」」

「ぴいっ!?」

 ミーアが話に割り込もうとしたら、ヒートアップしていた2人に睨まれた。苛立ちと殺気の籠められたその眼光は鋭く、下手すりゃビームが出るか石化するんじゃないかという迫力があった。もしも視線で人が死ぬなら、ミーアは今7回くらいは死んだ事だろう。蹲ってプルプルしている少女を睨み付ける大柄の男二人。どう見てもお巡りさんに通報されかねない。事案である。気まずくなったのか、ハリーとインヴェスは黙り込んだ。




「とりあえず、部屋片すから5分待て」

 インヴェスはそう言い残すと、再びドアを閉じた。ミーアがこっそり覗いた部屋は、『汚い』以外に表現のしようがなかった。その辺に転がる酒瓶と、ツマミが入っていたのだろう汚れた皿が散乱し、書類が山になって幾つかのタワーを建設していた。更には脱ぎ捨てられた衣服や女性物の下着なども散らかっていて、これが本当に5分で片付くのだろうか?とミーアは甚だ疑問だった。

「エロ本とかはちゃんと隠しとけよ?」

『うるせぇ、黙れ、殺すぞ』

 ハリーが茶々を入れるとしっかりと返事が返ってくる辺り、この二人が仲が良いのか悪いのか、解らなくなりそうだった。そしてきっかり5分後、

「お待たせしました、どうぞ中へ」

 先程とは違いしっかりと服を着たインヴェスが、ドアを開けて2人を中に通した。先程覗いた部屋の中は、見違える程に綺麗になっていた。インヴェスが普段腰掛けているのだろう執務机の前にフカフカそうなソファが向かい合って設置されており、その間にも高級そうなテーブルが置かれている。そして過去の調査資料だろうか、部屋の壁を埋め尽くすレベルで本やファイルのような物が置かれている。

「さて、お話を伺いましょう。さぁ掛けて下さい」

 インヴェスに促され、ソファに腰を下ろす2人。向かい合う形でインヴェスも腰を下ろした。ミーアはその時改めて、インヴェスの身に付けている服装に意識を向けた。

 何というか、キザな剣士が着こなしていそうな服にも見える。しかし曲がりなりにもハンターであるミーアでも、それがハンターが使う装備の形状に良く似ている事を知っていた。

『これって、守護者(ガーディアン)の制服?……でも、何でそれをインヴェスさんが』

 守護者、というのは冒険者ギルドの治安維持組織の名称である。荒くれ者の多い冒険者達、当然のように犯罪に手を染めたりする者もいる。そういった者達を捕縛したり、依頼人と冒険者の間でトラブルが起きた場合の仲裁役など、色々な仕事をしている……いわばギルドの尖兵なのだ。だがその実、黒い噂も絶える事は無く、ギルドの不都合な人間を消して回る暗殺組織だ、という話もミーアは聞いた事があった。

「何か、私の顔に付いていますか?お嬢さん」

「ふえっ!?」

 気付いたらインヴェスの顔を見つめていた事に気が付いた。美しい中性的な顔立ちの彼が、ミーアに向けて柔和な微笑みを向けていた。その目には、先程までは掛けられていなかった眼鏡が掛けられており、知的でクールな印象を彼にプラスしていた。その海のように深い蒼の瞳を見ていると、何だか不思議と頭の中がポワンとしてくる。まるで、瞳の中に吸い込まれてしまいそうな……

「ゴホン。あ~、インヴェスよぉ……客の対応するのに茶の一杯も出さないと言うのは如何なもんかな?」

「おっと失敬、これは失念していた。接客としてはあるまじきミスだね、ハハハ。お2人とも紅茶でいいかな?」

 そう言って軽薄に笑いながら立ち上がったインヴェスは、キッチンに向かったのだろう違う部屋へと引っ込んだ。その去り際、ハリーを睨んだような気がしたミーアである。

「インヴェスさんって、何だかいい人そうですね!」

「……どうだかな」

 ハリーは渋い顔をしている。苦虫を一万匹程口に押し込まれたかのような顔をしている。だが、ミーアにはその理由が解らない。



「あ、美味しい」

「そうですか?久し振りにお茶を淹れた物で。腕が落ちていないか些か心配していたのですよ」

 インヴェスが淹れてきた紅茶は素晴らしく美味しかった。エルフの森で高級なお茶を飲んできたミーアの舌を唸らせる程に。

「さて、改めてお話を伺いましょうか?」

「はっ、はい!よろしくお願いします!」

 そしてミーアはハリーにもしたような説明を再び繰り返した。自分の身元、探してほしい人物。居なくなった時の状況等々。思い出せるだけの情報を話していく。インヴェスは探偵らしく相槌を打ちながら手帳にメモを取っていく。暫くはその問答が続いたのだが、ミーアがモジモジとし始めた。

「どうしました?ミーアさん」

「あの、その、ちょっとお手洗いを……」

 そんなに飲んだとは思わなかったのだが、トイレに行きたくなってしまったのである。

「すいませんねぇ、何分古い建物なので、トイレは共同なんです。この部屋を出て左に曲がり、突き当たりのドアがトイレになっています」

「す、すいません!行ってきますっ!」

 ミーアは我慢の限界が近かったのか、部屋をバタバタと出ていった。部屋に訪れる沈黙。と、それまで黙り込んでいたハリーが口を開いた。

「インヴェス、てめぇ紅茶に盛りやがったな?」

「たりめぇだろ?良い子ちゃんのイケメンインヴェス君のフリは疲れんだよ」

 そう言って懐からタバコを取り出し、人差し指の先に小さな炎を灯して火を付ける。そして両足をテーブルの上に投げ出すと、ぷか~っと紫煙を輪にして吐き出した。先程までの紳士なインヴェスは演技だったのである。今の不良丸出しの姿が彼の素の姿である。

「しかも魅了眼鏡《チャーム・グラス》なんて骨董品まで持ち出しやがって。アレは違法だろうが」

「うるせぇ、バレなきゃいいんだよ」

 インヴェスの掛けていた眼鏡、あれも違法な魔道具……いわゆるマジックアイテムだったのだ。その名も魅了眼鏡《チャーム・グラス》……装着し、視線の合った相手を状態異常である魅了状態に陥れる凶悪なアイテムである。当然ながら相手を魅了状態にして虜にするなど違法行為であり、捕まれば一生牢屋暮らしでも可笑しくないレベルの犯罪である。しかしこの男、悪びれる様子もなく平気で違法なアイテムを使う。




 そもそもインヴェスは人との交渉において、1つの考え方に基づいて行動している。それは、

『頭は弁護士、心は詐欺師、歩く姿はスケコマシ』

 という物で、脳内は常に自分の利益を最優先し、相手を地獄に落とす事すら厭わない。そして心の内は相手には絶対に見せず、常に騙し騙されの戦場にいる気構えを持つ。そして四六時中女を口説き落とすのに余念がない。ある意味クズ過ぎていっそ清々しさすら感じる。

「大体よぉ、ハンターやってるエルフなんざ、欲しがりそうな物好きは国中ゴマンといるぜ?そん中から探し出せってのか。無茶言うなぁこの筋肉ダルマが」

 ふし~っ、と吐き出した煙をハリーの顔面に吐きかけるインヴェス。元からこの依頼を受ける気がないのだ。

「かなり困難な依頼なのは解っている。だからこそお前に会わせる為に連れてきた……多少のリスクは覚悟の上でな」

「へぇ……?俺は報酬次第では受けてもいいぜ?」

 インヴェスの目が眼鏡の奥でギラリと光る。それは獲物を見つけた猛禽の目に似ていた。

「彼女の予算は出せて15万ゴッズが限界だそうだ」

「15万ん?話になんねえな、帰れ帰れ」

 しっしっ、と追い払うように1ゴッズが日本円の1円と同価値と思ってもらって良いが、如何せんこの世界は日本よりも物価がかなり低い。15万ゴッズというの一般の5人家族が普通に暮らして3ヶ月は暮らせる程度の金額なのだが、それでもインヴェスは足りないという。

「俺様ぁあくまでも『探偵』だからなぁ?調査してそこでハイ、終わりなワケだ。追加の『仕事』を頼むなら……別料金ってのは解ってんだよなぁ?元社員のハリー君よぉ?」

「解っているさ、もしも彼女の相棒が何者かによって拐われていた場合……救助も要請する」

「ほ~ぅ、報酬は?」

「前金で60万、成功報酬で140万」

「占めて200万ゴッズか……悪くない。契約成立だ」

 2人はその場で握手を交わす。口約束であり、契約書の類いは交わさない。ハリーは元相棒であるからして、目の前の男の質はよく理解していた。目の前の男は人の皮を被った悪魔……こちらが誠実に契約を履行すれば、その契約は果たされるのだ。契約至上主義者が悪魔の本質なのだから。



「お待たせしました……あれ?ハリーさんは何でそんなに不機嫌そうなんですか?」

「ハハハ、我が友ハリーが不機嫌なのはいつもの事ですよ。さて、お嬢さん……そろそろ報酬の話に移りましょうか」

 先程までのインヴェスとハリーのやり取りはあくまでもハリーとインヴェスの間の契約であり、インヴェスとミーアの間に交わされる調査依頼は別口の話なのだ。

「わ、私が今準備出来るお金は15万ゴッズが限界です!どうかこれで受けては頂けないでしょうか?」

「ふむ……」

 暫く顎に手を当て、思案するフリをするインヴェス。しかし、彼の腹は決まっている。

「お嬢さん……残念だか15万ゴッズではこの依頼は受ける事が出来ません」

「ええっ!?な、何で……」

「まずこの依頼、違法な誘拐組織や奴隷商と敵対する恐れがある。生憎と個人経営の我が事務所では限界があるのですよ」

「幾らあれば……受けて頂けますか?」

「知人に協力を求める為に、その報酬を加算して……最低50万。それで手を打ちましょう」

「ご、50万……」

 とてもではないが中堅ハンターの彼女に払える金額ではなかった。そもそもこの15万ゴッズという金額でさえ、彼女の使わなくなった装備や手元に置いておいた装備に使う予定の素材も全て売り払っての金額だったのだ。

「申し訳ありません。とてもではないですが払える金額ではないです。諦めます……」

 望みが絶たれた。失意のどん底に落ちるミーア。落ち込んだまま部屋を出ようとするミーアに、インヴェスが声をかける。

「待ちなさい、お嬢さん。50万を15万に値切る方法……ありますよ?」

「ほ、ほんとうですかっ!?」

「えぇ、これでも私は契約至上主義者でして。誠実な契約を結べる方になら100%真実しかお話ししません」

 甘い言葉で少女を罠に嵌めようと、悪魔が嗤う。

「それで、その方法はっ!?」

「ここではなんですから、部屋を変えましょう。ささ、こちらです」

 悪魔の計略で地獄に落ちようとしている少女。そこに間一髪、救いの手が差し伸べられた。

「待て、インヴェス」

「何かな?我が友ハリー」

「何故報酬の値切り交渉にベッドが必要になる?」

 少女に救いの手は確かに差し伸べられた。しかしその手は少々無遠慮であったようだ。 
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