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強欲探偵インヴェスの事件簿

作者:ごません
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舞い込んだ依頼

「あの……相席よろしいですか?」

「ん?あぁ、構わんが」

「ありがとうございます!」

 プラチナブロンドの美少女は、弾けるような笑顔を浮かべて席に着く。そして給仕のパティを呼ぶと料理と酒を注文していく。そんな少女をハリーは油断なく観察していく。背格好は160cm程度と平均的。プラチナブロンドの髪に、整った顔立ち。パティを可愛らしい顔と表現するなら、こちらは美形と称するに相応しい美しさを兼ね備えた顔。瞳の色は翡翠の宝玉のような鮮やかな緑。そして何より特徴的な、先の尖った長い耳が彼女の種族を示していた。

『エルフ……か』

 そう、彼女の種族はエルフだった。深い森の奥地に住まうと言われる、風魔法と弓の扱いに優れた謎多き種族。ハリーも初めて見たという訳ではないが、数える程しか遭遇した事はない。エルフは同族意識が強く、排他的で他の種族と交流をほとんど持たないのだ。中には森の外に出て活動する変わり者も居るらしいと話を聞いた事があったのをハリーは思い出していた。彼女もそんな変わり者の1人なのだろう、身軽さを重視した革鎧を纏って取り回しのしやすそうな短弓を担ぎ、それに矢筒を腰に提げていた。

 首には冒険者の証であるライセンスカードがキラリと光る。ハンターの身分証明書であるライセンスカードは、地球で言うドックタグのような形状をしており、専用の魔道具を使ってデータを読み込む事により個人の身分を保証している。また、ハンターの力量を示す材料ともなっている。ハンターのランクはGから上がっていってA、更にその上にSランクというランク付けが採用されており、ライセンスカードはランクが上がる事に色が変わっていく。彼女のライセンスカードは……銀。上から4番目を示すCランクのカードである。

「……あの、私の顔に何か付いてます?」

 ジロジロと見られていたのに気付いたのだろう、エルフの少女がこちらを窺うように見つめていた。

「いや、エルフが冒険者やってるなんて珍しいと思ってな」

「そっ、そうですか……」

 再び訪れる沈黙。少女は所在無さげに視線を這わせたり、指をモジモジと動かしている。ハリーはそんな様子の少女を気にする事無く、ステーキとジャリライスを胃袋に納めていく。そして料理の全てを胃袋に納めた後にエールを流し込むと、漸く口を開いた。

「……それで?君は俺に用があるんだろ?」

「え?ええっ!なんでそれを」

「理由は幾つかあるが……まずは君の態度だ。さっきからそわそわと忙しなく、こちらの様子を窺っている」

「あう……」

「それに、席の空き状況からみてもおかしい。何で連れ合いもいない君が、態々カウンターが空いているのにこの席に相席を求める?」

 ハリーの指摘通り、先程まで混みあっていたカウンターはまばらにではあるが空いていた。しかもそれはつい先程空いた、という訳ではなく、目の前の少女が相席を求めてきた際には既に空いていたのをハリーは確認している。つまり、ハリーがこの席に座っているのを確認した上でここに座ろうとしたのだ。

「更に、自慢じゃないが俺は人に好かれるような顔立ちはしてない」

「そんな事ーー」

「客観的に見た場合の事実を述べたまでだ、フォローは要らん」

 ありません、と否定しようとした少女の言葉を遮りながらハリーはあくまでも事実を述べた。実際、子供には怯えられるし、他の冒険者達も近寄り難いのか席に着くと潮が引いていくようにハリーの周りには静寂が訪れる。しかしハリーも事実は事実として受け止めてはいるが、気にしているかいないかというのは別問題だったりする。顔に似合わずナイーブな彼は、意外と落ち込みやすいのだ。

「いや、あの、その、あううううう」

 ベラベラと用があるんじゃないかとハリーが判断した材料を並べ立てられ、アワアワしている少々。

「焦らなくてもいい。ゆっくりと落ち着いてから話すといいさ」

「はっ、はいぃ……」

 すーはーすーはー、と幾度か深呼吸をした少女は落ち着いたのか、意を決して話し始めた。

「ハリー=ウォルフガングさんですよね?お願いがあって来ました」





「お願い……お願いねぇ」

 嫌な予感がする、とハリーは直感した。何よりもその頼み事の言い回しに違和感を感じた。冒険者には『指名依頼』という制度が存在する。腕利きの冒険者や特殊な能力を持つ冒険者にしかこなせないような依頼を、依頼者が直々に指名して依頼を要請するのだ。当然ながら多忙な腕利きを指名するのだから、通常の依頼よりも支払われる金額は大きい。その分危険な依頼や難解な依頼だったりするだが。しかし彼女がさっき言った言葉は『お願い』。彼女も冒険者であるからして、指名依頼の存在は知っているハズだ。あえてその言葉を使わなかったという事は、依頼関連の話ではないという事になる。

「はい!実は、私の相方を探して欲しいんです。私立探偵を兼業しているハリーさんに……」

 自分の『お願い』を矢継ぎ早に語っていく少女。その暴走気味の少女を制し、落ち着かせるハリー。

「落ち着け、まだ俺は君の名前すら聞いてないぞ。まずは名乗るのが礼儀って物じゃないのか?」

「あ、はい。そうですね……すいません」

 そう言って落ち着いた彼女は、身の上を語り始めた。彼女の名はミサナディーア。知り合いからは略してミーアと呼ばれているらしい。彼女の生まれたエルフの部族にはしきたりがあり、一定の年齢になると故郷の森を出て他の人種の社会を学ばなければならないらしい。そこで彼女は同い年の幼馴染みであるリプロレーナ……通称リーナと森を出て、ハンターとなりこの街に住み着いた。エルフの高い魔法の素養と弓の腕で着実に成果を上げていた2人は順風満帆、何の問題も無かった。ある日突然、買い物に出たっきりレーナが帰って来なくなるまでは。

「冒険者の失踪、もしくは誘拐か……」

 エルフというのはその種族というだけで価値がある。人とは違う魔法の素養の高さを研究したがるマッドな輩や、その美貌を求める変態貴族や豪商等にならばさぞ高く売れる事だろう。しかも彼女の身分は冒険者。出入りの多いこの職業ならば、居なくなった所で大きな騒ぎにはならない。

「単身で依頼(クエスト)を受けた可能性は?」

「ありません。ギルドでも確認したので間違いないです」

 う~む、とハリーは唸った。2人が仲違いした、等の理由があればリーナ1人がこの街を去ったという事で決着も着くだろう。しかし彼女が居なくなってから一週間以上、目の前のミーアという少女が手をこまねいていた訳ではないだろう。寧ろ自力で何とか見つけ出そうと努力し、途方にくれ、一縷の望みをかけて自分を頼って来たのだろう。

「残念な知らせだが……俺はもう私立探偵は廃業した」

「はい、それは情報屋さんからも言われました、『恐らくそう言われるだろう』って。それでも貴方を頼れと言われたんです」

 やっぱりか。どこの情報屋か知らないが、今度見つけたらただじゃ置かねぇとハリーは密かに決意を固めた。

「『インヴェスの野郎に渡りを付けるなら、ハリーを頼れ』って言われたんですが……あの、インヴェスさんて」

「俺の相棒だ、『元』だがな。奴はまだ探偵業をやっているし、腕も確かだ」

「ほ、本当ですかっ!?」

 是非紹介してください!とミーアは前のめりになる。その目には希望がキラキラと輝いている。ハリーの元相棒であるその『インヴェス』という男、探偵としての腕は超一流と言っても過言ではないとハリーも思っている。思ってはいるのだが、ハリーはどうにも彼女に紹介するのは気が引けた。何せ、

『アイツは人間的な部分はドクズだからなぁ……』

 と、元相棒だからこその評価を下していた。

「紹介してくれというなら紹介はするが……後悔しないか?」

「え?えぇ……まぁ」

「本当にか?」

「はい、大丈夫だと思います」

 ハリーは一度天井を仰ぎ見ると、ハァ……と溜め息を吐いて立ち上がった。

「解った、連れてってやる。行こう」

 そう言うとハリーはのそのそと歩き出した。その足取りは重く、まるで向かうのを本能的に拒否しているかのように緩慢である。そんなハリーの後を慌てて追い掛けるミーア。2人共、ミーアの注文した料理が届いていない事を失念したまま。





 さて、ここでミナガルドの街の造りを軽く説明しようと思う。空から眺めた街の形は円形で、北には壮大なヒンメルン山脈が広がり、天然の防壁の役割を果たしている。残りの東・南・西は重厚な城壁に囲われており、人々の暮らす街はその城壁の内側にある。中心には領主の館が聳え、その周囲を囲うように貴族や豪商の住まう高級住宅街が建ち並ぶ。街の治安は同心円状に外に広がる度に悪くなっていき、壁際の地区は貧民街……いわゆるスラムと化していた。ハリー達の目指す建物も、そのスラムの一角にあるのだ。

「あの、ハリーさん。インヴェスさんて人は本当に腕利きなんですか?」

「何故だ?」

「だって、そんなに腕のいい探偵さんならもっと稼いでいて、こんなスラム街に住んでるなんて……」

「おっと、この辺の地区の悪口はそれくらいにしておくんだなミーアちゃん。そうじゃないと命はないよ?」

 ミーアが周りに視線を走らせると、スラムの住民らしき者達が聞き耳を立てており、剣呑な雰囲気を漂わせている。自分達が必死に暮らしている場所を、『こんな所』呼ばわりされては彼等の怒りも尤もだろう。しかしハリーと自分達の実力差を弁えているからこそ、彼等は襲ってこない。スラムという弱肉強食の世界では、危険を察知できない奴から死んでいくのだ。

「さぁ、先を急ごう」

「は、はいっ」

 少し青褪めながらも、懸命にハリーの後を追うミーア。そしてしばらく走った所でハリーが急停止。頑強な鎧竜の甲冑に、ミーアは強かに鼻を打ち付ける事になる。

「い、いひゃい……ハリーさん!いきなり止まらないで、って着いたんですか?」

「あぁ、ここだ」

 ハリーが示した先にあったのは、今にも崩れそうなレンガ造りのボロアパート。ハリーは遠慮した様子もなく、ズンズンと中に入っていく。ミーアもその後に続く。

 中は外見通りに埃っぽく、所々蜘蛛の巣が張っていたり穴からネズミが出てきたりと余計にボロく感じる。そんなアパートの4階まで上がっていくと、とあるドアの前でハリーが立ち止まる。そのドアには、

“ペット探しから殺人事件の捜査まで!インヴェス探偵事務所”

 と書かれた板キレが斜めに打ち付けられていた。そのドアをガンガンと殴りながら、

「オラインヴェス!中に居るんだろ!?客連れてきてやったぞ!」

 と叫ぶハリーの様は、その凶悪な見た目も相俟って、さながら借金取りに見えなくもない。すると、中からガチャン、ゴトン、ズリズリ……という何だか物を引っくり返しまくっているような音が聞こえる。

「んだよぉ。俺ぁ今から寝るトコだってのに……」

 頭を掻きつつドアの隙間から顔を覗かせたのは、一人の男だった。

 瞬間的に見たミーアの印象は、『綺麗な人だなぁ』だった。身長はハリーよりも頭1つ分低いくらいの推定190cm。筋骨隆々としたハリーと比べるとその線は細いが、いわゆるモヤシではなく鍛え上げられた肉体の細マッチョという奴であろう。その顔立ちは女と見間違えそうになるほど整っているが、声の低さや仕草から男だと判断できる。

 金髪に海のような蒼い瞳。それなりに長いのだろう垂れてきた前髪を掻き上げる仕草は、思わずドキッとしそうになる。というよりも、その優男は室内とはいえパンツ1枚で対応に出てきていた。その身体は僅かに汗ばんで上気しており、先程まで激しい運動をしていたのだろう事を窺わせる。

 その不機嫌そうな寝惚け眼がしっかりとハリーの顔を捉えると、みるみる内に表情が曇ってドアをそっ閉じしようとした。……が、ハリーが右足を挟んでこれをブロック。インヴェスはお構い無しにドアを閉めようとするのでドアがギシギシと軋む。しかしハリーの足はモンスター討伐に使われるような頑強な鎧に包まれている。ドアのプレス等効くハズもない。今ここに、部屋に入れたくない主人公と、無理にでも押し入りたい常識人枠のキャラとの、何とも不毛なドア越しの攻防のゴングが鳴った。
  
 

 
後書き
 ハイ、ようやくですが出てきましたね主人公。しかも初登場シーンから室内なのに汗だくです。パンツ一丁です。理由?察してくださいwww

※以下小ネタ

パティ「あっ、あの娘がいない!ハリーさんも!」

マスター「ハリーの奴にでもツケとけ」

パティ「じゃあこの料理どうするんです?」

マスター「勿体ねぇからパティ、お前食っちまえ」

パティ「やりぃ♪ハリーさん、ゴチっす!」

 苦労性ハリー、勝手に借金生活に突入の巻。 
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